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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

(二階級特進させて貰ったが…)
 メギドの件もお咎め無しなのだがな、とキースが歪めた唇。
 ジルベスター星系からノアに戻って来た夜、自分のためにある部屋で。
 事故調査に出掛けて、遭遇したミュウ。
 最初の一人は自覚すらも無しに、人類軍の中にいた。
 偶然パスした成人検査。
 自分が何者なのかも知らないままで、劣等生のふりをしていたマツカ。
 彼に殺されかかったけれども、スパイならばともかく、ただのミュウでは…。
(私を殺せるわけがない)
 無謀とも言えたマツカの攻撃。彼にとっては命が懸かっていたのだけれど。
 失敗した後には、震え、泣くことした出来なかったマツカ。
 彼の姿にサムが、シロエが重なって見えた。…どうしたわけだか。
 だから殺さず、ジルベスターまで連れて行ったら…。
(並みの人類より、役に立ったというのがな…)
 なんとも皮肉な話だけれども、ミュウのマツカに救われた。
 ただ一人きりでジルベスター・セブンまで、行方不明の自分を捜しにやって来た彼に。
 そればかりか、メギドでも救われた命。
 あの時マツカが、自分を追って来ていなければ…。
(ソルジャー・ブルーと心中させられていたぞ)
 まず間違いなく、巻き添えになっていただろう。捨て身でメギドを沈めたミュウの。
 ソルジャー・ブルーが破壊したメギド。
 本来だったら、あれほどの兵器を失った自分は降格処分か、左遷だろうに。
 それが当然だと思っているのに、咎められることは無くて特進。
 グランド・マザーは、どれほど自分を買っているのか。
(…有難く思うべきなのだろうが…)
 余計なことだ、と覚える苛立ち。
 この先もきっと、自分が歩いてゆくだろう道は…。


 グランド・マザーの手の中なのだ、と心の中で吐き捨てる。
 そうやって歩いてゆくのだろうと、それ以外に歩める道などは無いと。
(…マツカは連れて帰って来たが…)
 これからも側に置くのだがな、と決めている実に役立つマツカ。
 彼がミュウだとグランド・マザーに悟られたならば、ゲームは自分の負けになる。
 もしもマツカが処分されたら、あるいは連行されたなら。
(…そのくらいのゲームは許して欲しいものだな)
 他に自由は無いのだから、と零れる溜息。
 自分はグランド・マザーの手駒で、そのように動かされてゆくだけ。
 それに不満を覚えた所で、どうすることも出来ない自分。
 ならば行くしか無いのだろう。
 この道の先が何処であろうと、何が自分を待っていようと。
(…私はそういう訓練を受けた)
 だから従う、と考えはしても、最初から答えは決まっていても。
 どうにも落ち着かない心。
 メンバーズとして繰り返し訓練を受けたこの身でも、軍の規律を思い出しても。
(……ソルジャー・ブルー……)
 奴のせいだ、と分かってはいる。
 初めて自分を負かした男に、またしても負けを味わわされた。
 傍目には自分の勝ちだけれども、ソルジャー・ブルーは倒したけれど…。
(…自分の命を捨ててまで…)
 メギドを沈めて死んでいった男。
 きっと永遠に彼に勝てない、彼のように生きることは出来ない。
 指導者としての自分の立ち位置、それを捨ててまで戦い、そして散るなどは。
 自分の信念を貫き通して、命までさえ捨て去ることは。


 そういう教育は受けていない、と胸に湧き上がる悔しさと怒り。
 定められた道を進むことしか教えられずに生きて来た自分。
 E-1077でも、メンバーズになってからの日々でも。
 従うことが自分のやり方、生きる道だと無理やり納得させて来た心。
(…マツカを生かして…)
 機械の鼻をあかしてやった、と束の間、酔っていた勝利。
 ジルベスター・セブンから生還した後、功労者のマツカを国家騎士団に転属させて。
 マツカの正体が知れているなら、けして通りはしない許可。
(グランド・マザーでも、気付かないという所がな…)
 してやったり、と思っていたのに、それが自分の「自由」の限界。
 マツカが救いに駆け付けたメギド、あの時、命を拾ったばかりに…。
(…もう、この先は…)
 きっと前線には出てゆけない。
 ミュウが相手でも、二度と出来ない命のやり取り。
 それをしようと目論んでみても、他の者が派遣されるから。
 上級大佐になった自分は、指揮官としてしか生きてゆけない。
 前線に派遣するべき人材、それを選んでは配属するだけ。
 もしも自分が殺されるようなことがあるのなら…。
(…暗殺だけということか…)
 自分の昇進を妬む輩に毒を盛られるか、車や部屋ごと爆破されるか。
 そんな死に方しか出来はしなくて、生きてゆく甲斐もない命。
 指揮官だったら、いくらでも代わりはいるのだから。
 たとえ自分が斃れたとしても、次の誰かが任に就くだけ。
 まだ前線に立っていたなら、充分な働きが出来るだろうに。
 ミュウの母船を追って追い続けて、宇宙の藻屑にすることさえも。


 けれど出来ない、その生き方。
 グランド・マザーは指揮官の道を用意したから、其処を歩んでゆくしかない。
 だから苛立ち、心が騒ぐことになる。
 ソルジャー・ブルーを思い出したら、彼の死に様を思ったら。
(…伝説のタイプ・ブルー・オリジン…)
 どう考えても、ミュウの社会では頂点に立つ男だったろう、ソルジャー・ブルー。
 人類で言えば国家主席にも等しい存在、けして前線には出てゆかない筈。
 それが人類の社会なら。
 人類が定めた枠の中なら、グランド・マザーの采配ならば。
(しかし、あいつは…)
 それをものともしないで出て来た、自分の立場を考えないで。
 あるいは自ら捨てて来たのか、ミュウの連中にも「否」と言わせはせずに。
 ミュウどもがそれを許したのならば、羨ましいとも思う生き方。
 思いのままに生きていいなら、望む場所で死んでゆけるなら。
 あのような立ち位置に置かれていてさえ、己の心に忠実に生きて死ねるなら。
(…ミュウというのは、皆そうなのか?)
 マツカは弱いミュウだけれども、遠い昔に、ああいうミュウを知っていた。
 当時はミュウとは知りもしないで、E-1077を卒業してから知ったこと。
 セキ・レイ・シロエ。
 自分がこの手で殺した少年、シロエもまたミュウの一人だという。
 あのステーションにいた「Mのキャリア」は彼しかいない。
 軍の噂では、そのMは処分されているから。
 同時期に在籍していた候補生の一人が、Mのキャリアの船を撃墜したそうだから。
(…私とシロエ以外に、誰がいるんだ?)
 今は廃校になったE-1077、其処で起こったと流れる噂。
 Mのキャリアはシロエでしかなくて、その船を撃墜したのが自分。
 シロエは自分の意のままに生きて、意のままに死へと飛び立って行った。
 あの頼りない練習艇で。…武装してなどいなかった船で。


 セキ・レイ・シロエの鮮烈な生き様、それを彷彿とさせるミュウ。
 メギドに散ったソルジャー・ブルー。
 彼は自由に生きたというのに、死に場所を選び取ったのに。
 自分はといえば、もはや選べはしない死に場所。
(…暗殺されても、死に場所を選べはしないのだ…)
 自分の意志とはまるで関係無く、道半ばにして殺されるのが暗殺だから。
 この生き方を選ばされたなら、せめて全うしたいのに。
 志を遂げて散ってゆきたいのに、暗殺者どもは一顧だにしない。
 ある日、突然に訪れる終わり。
 それを望んではいないというのに、爆弾で、あるいは盛られた毒で。
(…あいつのようには、もう生きられない…)
 ソルジャー・ブルーが生きたようには、最期まで戦士であったようには。
 よくも名付けたものだと思う、「ソルジャー」というミュウの長の称号。
 言葉通りに、戦士として生きたソルジャー・ブルー。
 そうして宇宙に散ったけれども、まるでシロエのようだったけども。
(…私には、けして…)
 あの生き方は許されない、と分かっているから苛立つばかり。
 どうしてこういう道に来たかと、何故、この道を進むのかと。
 何ゆえに此処を歩いてゆくかと、逃れられる術を自分は知っている筈なのに、と。
(シロエのように生きたならばな…)
 機械の言いなりにならない人生、それを自分が選び取ったら訪れる終わり。
 シロエも、それにソルジャー・ブルーも、マザー・システムに逆らい続けて散ったから。
 其処を進めば彼らのように生きてゆける、と承知だけれども、選べないから苛立つしかない。
(…いつか終わりがやって来るまで…)
 死の方から自分を訪ねて来るまで、生きてゆくしかないのだろう。
 いくら死に場所を探し求めても、自分の意志では選べないから。
 そう生きる道を進むしかなくて、生きてゆく道はグランド・マザーの手の中だから…。

 

         出来ない生き方・了

※グランド・マザーの意志に従い続けるのがキース、けれど感情はあるわけで…。
 シロエやブルーの影響はきっとある筈なんだ、と思っているのが管理人。駄目っすか?






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(船だ…)
 初めて見た、とシロエが眺めた窓の向こう。
 E-1077の食堂、其処のガラス窓の向こうは宇宙。瞬かない星が輝く空間。
 此処に来てから、何度目の食事になるだろう。
 ただ黙々と食べていた時、その船たちが戻って来た。
 そう、「船たち」。
 何機もの同じ形をした船、このステーションに所属している練習艇。
 何年生かは知らないけれども、上級生たちが乗っているのだろう。
 自分の年ではまだ乗れない船、宇宙を飛んでゆける船。
 その瞬間に閃いたこと。
 あれに乗ったら、飛び出せる宇宙。
 このステーションから解き放たれて、ほんの束の間、飛んでゆける宇宙(そら)。
(…練習艇でも…)
 船の仕組みは同じ筈。
 遠い星へとワープしてゆく船、それらと何処も変わらない筈。
 違う部分があるとしたなら、恐らくは…。
(搭載している燃料くらい…)
 所詮は練習用の船だし、想定していないワープや恒星間の航行。
 其処を除けば、何もかも多分、同じだろう。
 この牢獄まで自分を乗せて来た船と。
 懐かしい故郷から自分を連れ去り、無理やり運んで来た宇宙船と。
 練習艇の存在は知っていたのだけれども、飛んでいる姿を見たのは初めて。
 格納庫さえも縁遠い場所で、其処へ出掛ける用も無いから。


 けれども、何の前触れも無しに、心の中に住み着いた船。
 E-1077に何隻もある練習艇。
(あれに乗るには…)
 どういう資格が要るのだろうか、自分の年では本当に乗れはしないのか。
 必要な単位を取得したなら、上級生たちの中に混じって飛んでゆくことが出来るだろうか…?
(部屋に帰ったら、調べなきゃ…)
 船に乗れたら、此処から逃れられるから。
 忌まわしい機械が支配する場所、マザー・イライザの手の中から。
(通信回線は繋がってたって…)
 物理的には、何の支配も受けない所が宇宙空間。
 マザー・イライザは、E-1077を離れることは出来ないから。
 万能の神を気取っていたって、その正体はコンピューター。
 メモリーバンクが置かれた此処から、外へと自由に出られはしない。
 出られたとしても、せいぜい幻影。
 母の姿を真似てくる姿、あれを見せるのが限界だろう。
(…気持ちいいよね…)
 マザー・イライザがいない宇宙へ飛び出せたなら。
 憎い機械の目から逃れて、鳥のように自由に飛んでゆけたら。
(間違えました、ってふりをして…)
 故郷の方へと舵を切ることも出来るだろう。
 エネルゲイアがある星へ。
 クリサリス星系のアルテメシアへ、懐かしい星が浮かぶ方へと。


 乗ってみたい、と思った船。
 マザー・イライザの目から逃れられるなら、束の間の自由が手に入るなら。
 逸る心で、返しに出掛けた食事のトレイ。
 走り出したいような気分で、戻った自分に与えられた部屋。
(…訓練飛行……)
 それはいつから許されるだろう、何年経てば飛べるのだろう?
 今はまだ、宇宙に出てゆけるだけ。
 船外活動と称した授業で、無重力での訓練を受けているというだけ。
 どうすれば宇宙を飛べるのだろう、とデータベースにアクセスしてみたけれど。
 自分でも飛べる術は無いかと、様々な手段を探すのだけれど。
(……どう転がっても……)
 今の年では下りない許可。
 トップエリートの成績を取っても、実年齢が邪魔をする。
 目覚めの日を過ぎて間も無い場合は、不安定とされるその感情。
 常に冷静さが要求される宇宙空間、其処での操縦には不向き。
 出来るのは船外活動くらいで、練習艇に乗れる資格は無い。
(パイロットは駄目でも、通信士くらい…)
 そう思うけれど、そちらも不可。
 万一の時には、パイロットに代わって飛べる技術が必要だから。
 このステーションでは成績不良の劣等生でも、他のステーションから見ればエリートばかり。
 通信士といえども、鮮やかに船を操れるもの。
 並みのパイロットよりも巧みに、初の操船でも経験を積んだ人間並みに。


 どうやら乗れはしない船。
 マザー・イライザの手から逃れたくても、束の間の自由が欲しくても。
「どうして…!」
 何故、駄目なんだ、と机に叩き付けた拳。
 途端に気が付く、「この感情が駄目なんだ」と。
 練習艇に乗れないだけで、いらつき、怒りを覚える自分。
 ついさっきまでは、「このステーションから自由になれる」と、とても気分が良かったのに。
 やっと方法を見付け出したと、それは機嫌が良かったのに。
(…目覚めの日を過ぎてから、間も無い場合は…)
 不安定だとされる感情、今の自分はまさにそれ。
 この時期を過ぎたとされる年までは、練習艇には乗り込めない。
 いい成績を収めても。
 最高の点数で必要な単位を取得したって、けして乗せては貰えない船。
 あれに乗れたら、自分は自由になれるのに。
 訓練飛行の間だけでも、ステーションから出られるのに。
(……マザー・イライザ……)
 あの機械め、と思うけれども、マザー・イライザが決めた規則ではないだろう。
 何処のステーションでも規則は同じで、自分の年では乗れない船。
 今、あの船に乗りたいのに。
 あれで宇宙へ出てゆきたいのに、自由に飛んでみたいのに。
 自由に見えても、それは決められたコースでも。
 「間違えました」とミスをしない限りは、故郷に機首を向けられなくても。
(このステーションから出られるだけで…)
 一歩、故郷に近付くのに。
 記憶もおぼろになった故郷に、両親が住んでいる星に。


 一度生まれた夢は消えなくて、どうしても消すことは出来なくて。
 けれど、自分の今の年では、シミュレーターさえも、まだ使わせては貰えない。
 それは必要ないものだから。
 どんなに腕を上げたとしたって、練習艇に乗れる年ではないのだから。
(畜生……!)
 直ぐ其処に自由が見えたのに。
 このステーションから逃れる方法、マザー・イライザから離れる術が見付かったのに。
 なのに開かれない扉。
 固く閉ざされ、まだ開いてはくれない扉。
(…そういうことなら…)
 気分だけでも飛んでやるさ、とデータベースを探してゆく。
 シミュレーターは使えなくても、似たようなものがある筈だから。
 自主練習のためとも言えるシステム、自分の部屋でも訓練を積んでゆけるもの。
(航路設定とかだったら…)
 きっと何かが見付かる筈、と探す間に出会ったもの。
(ふうん…?)
 それは一種のゲームだけれども、明らかに訓練用だと分かる。
 シミュレーターに向かうようになったら、自分の部屋からアクセスして重ねる仮想訓練。
(丁度いいってね)
 今の間に腕を上げれば、最初の訓練飛行では、きっと…。
(ぼくがリーダーになれる筈…)
 航路設定を間違えました、と故郷に舵を切ろうとも。
 教官に酷く叱られようとも、その選択が出来る権利が手に入る。
(…最初にするのは、航路設定…)
 だったらこう、と入れてゆく座標。
 いきなりワープになるのだけれども、故郷のクリサリス星系のもの。
 いつか飛ぼうと、自由になれたら最初に機首を向けようと。


 そうして何度も重ねた練習。
 自由自在に操れるようになった船。
 シミュレーターさえ使えないのに、まだ使わせては貰えないのに。
(ぼくは自由になってやる…!)
 練習艇に乗せて貰える時が来たら、と挑み続けて、その時はついにやって来た。
 マザー・イライザの手から逃れて飛んでゆく時が、自由な宇宙(そら)へ飛び立つ時が。
 ただ一人きりの船だけれども、目指す先は自由。
 チームメイトは誰もいなくて、代わりにピーターパンの本でも。
 行き先は座標も知らない地球でも、きっと其処まで飛んでゆける筈。
 ピーターパンの声が聞こえたから。
 船で宇宙に滑り出したら、いつの間にやら、両親も一緒に乗っていたから。
 だから行ける、と飛んでゆくシロエ。
 この日が来るのを待っていたから、やっと自由な宇宙(そら)へ飛び立てたのだから…。

 

         乗れない練習艇・了

※原作はともかく、アニテラのシロエは訓練飛行はしていないんじゃあ…、と思っただけ。
 逃亡する時も自分で操船してるというより、サイオンだったし…。そういう捏造。






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(…私の他にはいないだろうさ)
 宇宙広しといえども一人も、とキースが唇に浮かべた笑い。
 国家騎士団にも、宇宙海軍にも、誰一人として。
 けれど決めた、と迷いなど無い。
 サムの血で出来た、赤いピアスをつけること。
 グランド・マザーは「否」とは言わなかったから。
(軍規も一応、あるのだからな)
 任務を離れた時はともかく、それ以外では禁止されるのが装身具。
 勲章などは許可されていても、耳にピアスは許されない。
 だから尋ねた、グランド・マザーに宛てて。
 「友の血で作ったピアスをつけても、よろしいでしょうか」と丁寧に。
 拒否されたとしても、つけるつもりではいたけれど。
 任務は結果が全てなのだし、ピアスをつけても成果を上げればいいだけのこと。
 これまで通りに、これまで以上に、ただ淡々と。
(しかし、マザーは…)
 何の返事も寄越さなかったし、許可されたと見ていいだろう。
 同じ時に送ったジルベスター星系に関する質問、それへの答えは来たのだから。
(…つまり、つけてもいいらしいな?)
 これで何処でも、堂々と。
 「グランド・マザーの許可は得ている」と、「マザーに問い合わせてくれてもいい」と。
 もっとも、そんな度胸を持った者など、恐らくいないだろうけれど。
 マザーが許可を出したと聞いたら、誰もが黙るだろうけども。


 もうすぐ出来る予定のピアス。
 検査のためにとサムから採られた、血液の一部を加工して。
 サムは検査を酷く嫌うから、ピアス用にと採血させはしなかった。
 「既にあるものを加工しろ」とだけ、病院の方にも伝えることを忘れなかった。
 子供の心に戻ったサムには、採血用の針は怖いだけなのだから。
(私と一緒だった頃のサムなら、平気だったろうにな…)
 E-1077での、候補生時代。
 あの頃のサムなら、採血どころか大手術でさえも、きっと笑っていただろう。
 「大したことじゃねえよ」と、「ちょっと痛いかもしれねえけどな」と。
 強い心を持っていたサム、死ぬことさえも恐れなかった。
 入学して間もない頃の事故では、ただ一人だけで自分について来てくれたから。
 上級生たちさえも出ようとしないで、去ってしまった宇宙船の事故。
 救助に行こうと支度していたら、サムも隣で開けたロッカー。
 「船外活動は得意なんだ」と、「しっかり食って、しっかり動く。それだけさ」と。
 宇宙へ救助に出掛けてゆくこと、それだけでも危険だったのに。
 其処で制御を失った自分を、サムは迷わず助けてくれた。
 命綱すらつけもしないで、命懸けで。
 しかも命を懸けたことさえ、まるで自覚の無いままで。


 それほどまでに強かったサム。
 強くて、優しかったサム。
 サムほどに強く優しい男を、今も自分は知らないのに…。
(…あそこで何があったんだ…?)
 ジルベスターでMに出会った恐怖か、彼らがサムに何かをしたか。
 サムの心は壊れてしまって、チーフパイロットを殺したという。
 持っていたナイフで一撃の下に。
 死んだパイロットと血染めのナイフと、返り血を浴びたサムの顔。
 それが、漂流していた船を発見した者たちが中で目にしたもの。
(お蔭でサムは殺人犯で…)
 罪には問われないというだけ、心が子供に返ってしまって正常ではない状態だから。
 優しかったサムに、人を殺せはしないのに。
 どう考えても、それは事故でしか有り得ないのに。
 だから悔しい、サムの仇を討ちたいと思う。
 サムを壊したMを探し出して、根こそぎ宇宙から滅ぼすこと。
 そのためにジルベスターを目指すし、サムの血と共に在ろうと思う。
 友と呼べる者はサムだけだから。
 今もやっぱり、ただ一人きりの友だから。


 そうするために選んだピアス。
 サムの血で作ったピアスを身につけ、何処までもサムと共にゆく。
 赤い血のピアス、それが血だとは誰も気付きはしなくても。
 「男のくせにピアスなのか」と、冷たい瞳で見られたとしても。
 グランド・マザーが許したとはいえ、「ピアスをつけた男」には違いないのだから。
 傍目には女々しい男と見えるか、はたまた洒落者と思われるのか。
(…どうせ、誰にも…)
 自分の真意は分かりはしないし、伝えようとも思わない。
 話したいという気持ちすら無い、誰も知らないままでいい。
 サムの他には友はいないし、他に欲しいとも思わない。
 自分の周りに、そうしたい者はいないから。
 友と呼びたい者もなければ、友にしたい者も今日まで一人も見なかったから。
(…もしもシロエが生きていたなら…)
 上手く機械と折り合いをつけて、生き延びてくれていたならば。
 彼ならば友に成り得たと思う、憎まれ口を叩いても。
 「またですか?」と嫌そうな顔で、何かといえば喧嘩ばかりでも。
 けれどシロエは自分が殺して、とうに宇宙から消えた人間。
 だから友など見付からない。
 今までも、そしてこれから先も。


(…サムだけなんだ…)
 自分と共に在れるのは。
 共に在りたいと今も思う「友」は、命を懸けてもいい友は。
 サムの血のピアス、それがサムへの友情の証。
 ピアスにしようと決めた理由は二つある。
 一つは、「邪魔にならない」こと。
 耳は動かす部分ではないし、其処にピアスをつけていたって、動きを束縛されないから。
 たとえ肉弾戦になろうと、自分の邪魔にはならないピアス。
 せいぜい耳たぶが千切れる程度で、そのくらいの傷は掠り傷とも言わない。
(これがペンダントの類だと…)
 きっと何処かで邪魔になる。
 「邪魔だ」と感じる時が来る筈、サムの血を「邪魔」と思いたくはない。
 ほんの一瞬、反射的に感じただけだとしても。
 直ぐに「違う」と思い直しても、一度「邪魔だ」と考えたならば…。
(サムを邪魔だと言うのと同じ…)
 そうならないよう、ピアスを選んだ。
 鏡に映して眺めない限り、自分の目では見られなくても。
 ただ指で触れて「此処にいるな」と思うだけしか、サムを確かめる術が無くても。


 そしてもう一つ、そちらの方が遥かに大切。
 自分の身体に傷をつけねば、ピアスをつけることは出来ない。
 耳たぶに穴を開けること。
 ほんの僅かな赤い血と痛み、けれどもピアスをつけるためには欠かせないもの。
 サムがMたちに壊された痛み、それはどれほどのものだったか。
 想像さえもつかないものだし、きっとサムにしか分からない。
 サムを襲った痛みと苦しみ、心が壊れてしまうほどのそれ。
(…少しだけでも…)
 分かち合いたいと思うのが友、だからこそ開けるピアス用の穴。
 両方の耳に、サムの血と共に在るために。
 ピアスをつけないのならば必要ない傷、それを自分の身体に刻む。
 どんな拷問にも耐えられるように訓練を受けた、今の自分の身体には…。
(蚊が刺したほども痛まなくても…)
 まるで痛みを感じなくても、耳のその部分に風穴は開く。
 風穴と呼ぶにはささやかすぎて、針で刺した程度の大きさでも。
 向こう側さえ見えないくらいに、放っておいたら直ぐに塞がりそうなくらいに小さくても。
(それでも、傷は傷なのだからな)
 だからピアスだ、と触れてみる耳。
 今は傷一つ無い耳だけれど、じきに小さな穴が開く。
 サムの血のピアスをつけてやるために、何処までもサムとゆくために。
 ジルベスターへも、Mがいるだろう蛇や悪魔の巣窟へも。


(じきに行ってやるさ)
 サムを壊したMの拠点へ、友が流した血の報復に。
 殺人犯にされてしまったサムの代わりに、Mどもを全て血祭りに上げる。
 返り血を浴びたサムの写真は、血まみれの姿だったけれども…。
(…私の方は、耳に血のピアスだ)
 Mが気付くか、気付かないままか、気付いたならばどう出て来るか。
 ジルベスターではどうなるにしても、自分はサムと共にゆく。
 サムの血で出来たピアスが出来たら、両方の耳に開ける穴。
 それが自分の決意だから。
 何処までもサムと共にゆこうと、サムと在ろうと、そのために選んだサムの血のピアス。
(少しだけでも、「痛い」と思えればいいのだがな…)
 ピアス用の穴を開ける時。
 サムの痛みを、サムの苦痛を少しでも分かち合いたいから。
 傷から溢れるだろう血だって、ただの一滴ではない方がいい。
 その血の分だけ、サムの所へ近付けるから。
 ピアスが無ければ無いだろう傷、それが深くて酷く痛むほど、サムの心に近付けるから。
 耳たぶに穴を開ける時には、願わくば出来るだけ強い痛みを。
 開ける時に必ず流れ出す血も、出来るだけ多く。
 サムはそれより、遥かに多く苦しんだから。
 Mに心を壊されたサムは、この先もずっと、元に戻りはしないのだから…。

 

        選んだピアス・了

※どうしてサムの血のピアスだったんだ、と考えていたら、こうなったオチ。
 ピアスは実際、動くのに邪魔にならないわけで…。ドッグタグというのもありますけどね。






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「一切の記憶を捨てなさい。あなたは全く新しい人間として…」
 地球の上に生まれ落ちるのです、と告げられた声。ブルーの頭の中で。
 それが誰かは分からないけれど、女性の声。「一切の記憶を捨てなさい」と。
(ぼくの記憶…)
 今日まで生きて来た日々の、自分の記憶。
 それを捨てろと、捨ててしまえと命じられるのが「成人検査」の正体。
 誰も教えてはくれなかったけれど、健康診断の一種なのかと頭から信じていたけれど。
 呼びに来た係は看護師だったし、検査に付き添う者も看護師。
 成人検査に使う機械も、医療用のそれに見えたから。
(これが成人検査だなんて…!)
 騙されたのだ、と悟った瞬間。
 成人検査について教えてくれた学校の教師に、検査を受けに来た此処の職員たちに。
(忘れるなんて…。全部忘れて、違う人間になるなんて…!)
 嫌だ、と悲鳴を上げた途端に弾けた何か。…そして本当に起こった爆発。
 気付けば機械は砕け散っていて、宙に浮かんでいる幾つもの破片。
(…いったい何が…?)
 事故でも起こったのだろうか、と呆然と眺めた金属片。
 其処に映っている顔は…。
(…これが、ぼく…?)
 嘘だ、と見開いてしまった瞳。
 破片に映った自分も瞳を見開くけれども、その瞳の色。
(……ぼくの目じゃない……)
 赤い、と見詰めた破片の中。
 水色だった瞳は赤に変わって、金色の髪も今は銀色。
 とても自分とは思えないのに、それは間違いなく自分自身で…。


(ぼくじゃない…!)
 こんなのは、ぼくの姿じゃない、と愕然とした所でフッと覚めた目。
 上の方には見慣れた天蓋、「青の間」と呼ばれる自分の部屋。
(……夢……)
 夢だったのか、と何度か瞬きした瞳。
 側に鏡は無いのだけれども、きっと瞳は赤いだろう。
 今の自分が持っている色はそうだから。
 赤い瞳に銀色の髪で、色素が抜けてしまったアルビノ。
 もうこの姿で長く生きたし、とうに馴染んでいるけれど。
 「変だ」と思いもしないけれども、久しぶりに見た遠い日の夢。
 あれは本当に起こった出来事、全てが変わってしまった、あの日。
 金色の髪と水色の瞳を失くした自分は、一切のものを失くしてしまった。
 未来も、「人」として生きてゆく権利も。
 成人検査用の機械を壊したサイオン、それが目覚めてしまったから。
 「ミュウ」と呼ばれる異人種になって、もう人権は無かったから。
(…あの時から、ぼくは…)
 もう人間じゃなくなったんだ、と痛烈に思い知らされる。
 「殺さないで」と悲鳴を上げていた看護師。駆け付けて来た保安部隊の者たち。
 彼らは自分に銃口を向けて、問答無用で撃ったから。
 「ぼくは何もしない」と訴えたのに、聞く耳も持たなかったのだから。
(…無意識の内に、サイオンで弾を止めなかったら…)
 きっと自分は死んでいたろう、機械の破片が浮いていた部屋で。
 撃ち殺された後の身体は、切り刻んで調べられたのだろう。
 「こいつに何が起こったのか」と、「どういう理由で変化したか」と。
 そして研究室に並ぶサンプル、元は自分の一部だったもの。
 赤い瞳や、脳などが入った幾つものケース。
 自分の名前のラベルが貼られて、いつでも取り出して調べられるように。


 嫌な夢だ、とベッドの上に起き上がる。
 自分は辛くも生き延びたけれど、その後の地獄も無事に脱出できたのだけれど。
 この瞬間にも、きっと何処かで同じ目に遭っているだろう仲間たち。
(…タイプ・ブルーは、今も確認されていないが…)
 そういう情報は来ていないから、自分と同じに変化した者はいないと思う。
 けれど「ミュウだ」と判断されたら、待っているものは「死」でしかない。
 その場で撃たれて処分されるか、実験動物として扱われるか。
 もとより生かすつもりは無いから、過酷な人体実験の末に迎えるだろう「死」。
 死体は刻まれて保存されたり、ゴミ同然に廃棄されたり。
(…ぼくは何人も助けたけれど…)
 処分されそうになったミュウの子供を、何人も助け出したのだけれど。
 それが出来るのは、この星でだけ。
 シャングリラと名付けたミュウの箱舟、白い鯨が雲海に潜むアルテメシアだけ。
 他の星では、手も足も出せはしないから。
 ミュウの子供が何処にいるのか、それさえ掴めはしないのだから。
(…ぼくたちが此処で助けた以上に…)
 その何倍も、何十倍も。
 あるいは何百倍かもしれない、何千倍でもおかしくはない。
 膨大な数だろうミュウの子供たち、彼らが命を落としていても。
 研究施設に送り込まれて、死に続く道を歩んでいても。
(ソルジャー・ブルーと名乗ったところで…)
 ミュウの長だと宣言したって、変わることなど何一つない。
 自分は何も変えられはしない、この星、アルテメシアでさえも。
 発見されては処分されてゆくミュウの子供たち、彼らを救うことしか出来ない。
 それも「間に合った」時にだけ。
 運よく事前に発見したとか、救出が間に合ったとか。
 そうでない時は、救い出せない子供たち。
 最期の思念がこの胸を貫き、儚く消えてゆくというだけ。悲鳴だったり、泣き声だったり。


 この船で何度、歯噛みしたことか。
 「救えなかった」と、「どうして早く気付かなかった」と。
 ソルジャーと言っても名前ばかりだと、「戦士」でさえありはしないのだと。
 名前通りに戦士だったら、戦い、敵を倒せるだろうに。
 ミュウを端から殺すシステム、それを打ち砕けるのだろうに。
 けれど自分は「助けて逃げる」ことしか出来ない、殺されかかった子供たちを。
 子供たちを殺せと命じる機械を壊すことさえ、今の自分には叶わない。
 SD体制を敷いた地球のシステム、グランド・マザーが宇宙に広げたネットワークの…。
(この星の分だけの端末さえも…)
 破壊できずに、見ているしかないテラズ・ナンバー・ファイブという機械。
 ミュウの子供を発見しようと見張る機械を、成人検査を行う「それ」を。
 戦士だったら、戦って壊すべきなのに。
 端から機械を壊さない限り、ミュウの子供は殺されてゆくだけなのに。
(…ぼくの代で、いったい何処まで出来る…?)
 何処まで変えることが出来るのか、この世界を。…この理不尽なシステムを。
 ミュウというだけで殺す世界を、ミュウが生きられない今の時代を。
(…人類と手を取り合えたなら…)
 分かり合うことが出来たなら、と思うけれども、夢のまた夢。
 さっき自分が見た夢と同じ、人類はミュウを「殺す」だけ。
 そうでなければただ恐れるだけ、「殺さないで」と。
 ミュウの力を、サイオンを思念を忌み嫌うだけ。
 自分一人では何も出来ない、「ソルジャー・ブルー」と名乗りはしても。
 ミュウの長だと人類たちに認識されても、船の仲間たちに崇め、敬われても。
(ぼくには力も、それだけの時間も…)
 どう考えてもありはしない、と思うのは自分の命の「終わり」。
 それが来るまでに何が出来るか、一つでも変えてゆけるのかと。
 ミュウの時代に続く扉を見付けられるか、扉の鍵を開けられるかと。


 燃えるアルタミラを脱出してから、今日までに流れた長い歳月。
 ミュウは長寿で、外見さえも若く留めておけるけれども。
(…それでも、不老不死じゃない…)
 自分の寿命はどれほどあるのか、あとどのくらい生きられるのか。
 ミュウの子供を助け出すのが精一杯の今を、無力な自分を変えられるのか。
(ぼくの命が燃え尽きる前に…)
 神が一つだけ、願いを叶えてくれるなら。
 人の力では成し得ないこと、奇跡を起こしてくれるのならば。
(…ぼくは、地球より…)
 ミュウの未来を選ぶのだろう、と思うのは自分が「ソルジャー」だから。
 皆を導いて此処まで来たから、きっと最期まで自分はソルジャーだろうから。
 ミュウの長なら、そう名乗るのなら、捨てねばならない「自分のこと」。
 それだけの覚悟は出来ているけれど、いつでも「自分」を捨てられるけれど。
(…ぼくの思いだけで選んでいいなら…)
 青い地球を、と願う気がする。
 死の床に就いて、神に願いを問われたら。
 どんなことでも「一つだけ」夢を叶えてやろうと、神が耳元で囁いたなら。
(ぼくにしか聞こえない声ならば…)
 青い地球まで連れて行って欲しい、この目で地球を最期に見たい。
 そうは思っても、選べないとも、また思う。
 さっきのような夢を見る度、自分の力の限界を思い知らされるから。
 生きている間に何処までやれるか、まるで自信が無いのだから。
(ぼくはきっと、いつか…)
 地球への夢を捨てる気がする、仲間たちのために。
 ミュウが殺されずに生きてゆける世界、その礎となるために。
 そうなれば地球は見られないけれど、自分の命が役に立つならそれでいい。
 名前ばかりでも、ソルジャーだから。
 ソルジャー・ブルーと名乗った以上は、死の瞬間まで「自分」を捨てねばならないから…。

 

         長としての道・了

※「地球を見たかった」というブルーの呟き、あれが未だに忘れられない管理人。
 長としての自分はどうあるべきか、ずっと考えていたんだろうな、と思っただけ。
 いや、実は前PCがブルー様の祥月命日の翌日にクラッシュ、新PCは酷い不良品でね…。
 「本体もOSも壊れてる」なんて思わないから、2週間もそいつと戦ってたオチ。
 不良品だと分かって交換、「自分を取り戻したくて」リハビリにブルー。見逃して下さい。






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(E-1077…)
 此処での暮らしに何の意味が、とシロエの心に蟠る疑問。
 何もかも全部、嘘ばかりだから。
 機械は平気で嘘をつくから、それに従う人間だって。
(いい成績を取れる奴しか来ないって…)
 そう教わったのが、このE-1077。
 エリートを育てる最高学府と言われるけれども、果たして本当にそうなのか。
 好成績を収めたならば、メンバーズへの道が開かれるのか。
(卒業生の中から、メンバーズは選ばれているけれど…)
 本当に最高学府なのかどうか、疑わしい気にもなってくる。
 もっと他にも優れた教育ステーションがあって、メンバーズが養成されているとか。
 社会に出たなら、同じメンバーズでも、他のステーションの者に劣るとか。
(絶対に無いとは…)
 言い切れないよね、と疑問は残るし、解けさえもしない。
 この世界は嘘で出来ているから、偽りに満ちた世界だから。


 身をもって思い知らされたこと。
 機械は嘘をつくということ、機械に従う人間たちも。
(…パパとママだって…)
 結果的には、自分に嘘をついていた。
 自分が生まれて来た時から。
 セキ・レイ・シロエという名を貰って、両親の子供になった時から。
(…ぼくは何人目の子供だったの?)
 それさえも分からない自分。
 両親は何も語らなかったし、自分の方でも疑わなかった。
 育ての親だと知っていたって、「ぼくのパパだ」と。
 自分を産んではいないと知った母でも、「ぼくのママ」。
 生まれた時から一緒だったし、家の中には沢山の写真があったから。
 赤ん坊の頃に撮った写真も、多分、初めて歩いた日に写したのだろう写真も。
(…きっと、そうだよね?)
 記憶はぼやけてしまったけれども、そういう記念の日の写真。
 バースデーケーキを前にした写真もあったろう。
 両親は自分を愛してくれたし、写真が溢れていたのだから。
 思い出せなくても、沢山の写真が家のあちこちにあったから。


 両親に愛されて育った子供。
 そうだと今も信じるけれども、両親は嘘をつき続けた。
 「ただいま、シロエ」と抱き上げてくれた、大きな身体をしていた父も。
 ブラウニーを作るのがとても得意な、お菓子作りが上手な母も。
(…ぼくはパパとママの、一人息子のシロエじゃなくて…)
 きっとセキ・レイ・シロエの前にも、一人息子はあの家にいた。
 一人息子でなかったとしたら、両親の大事な一人娘が。
 そういう子供がきっといた筈、写真さえも残っていなかっただけで。
 両親が一切何も語らず、隠し通していただけで。
(パパとママなら…)
 そうだったのに決まっている、と思わざるを得ない悲しい現実。
 成人検査で記憶を消されて、両親の顔もぼやけて分からないというのに…。
(……どうして……)
 こんなことだけ、自分は覚えているのだろう。
 他の子たちの親に比べたら、両親は年を取っていたと。
 けして若くはなかったのだと、残酷にすぎる現実だけを。
 あの姿ならば、「セキ・レイ・シロエ」は両親の「最初の子供」ではない。
 自分の前にも誰かいた筈で、一人息子か、一人娘か。
 あるいは両方いたというのか、「セキ・レイ・シロエ」は三人目の子で。
 他にも「セキ」と名前がつく子を、両親は育てていた筈で…。


 どうして、と机に叩き付けた拳。
 あんなに優しかった両親、パパとママが嘘をつくなんて、と。
(…でも、本当に…)
 嘘だったんだ、と分かる、懐かしい故郷での暮らし。
 両親の愛がいくら本物でも、あそこでの暮らしは嘘だった。
 成人検査の日を境にして、自分の世界から消える幻。
 もう戻れなくて、帰れない日々。
 故郷の土を踏めはしなくて、住所すらも思い出せない家には…。
(…どう頑張っても、帰れやしない…)
 そうなることを知っていたのが、父と母。
 両親も成人検査を受けたし、どんなものかは知っていた筈。
 学校の教師たちならともかく、両親だったら…。
(…本当のことを…)
 教えてくれても良かったのに、と零れる涙。
 成人検査を受けた後には、どうなるのか。
 目覚めの日を迎えてしまった子供は、どういう道を歩き出すのか。
 機械が監視していたとしても、自分を愛してくれていたなら。
 手放したくないと思ってくれていたなら、一言、伝えて欲しかった。
 「全部忘れてしまうんだよ」と。
 「今の間に、しっかり覚えておくのよ」と。


 そうしてくれたら、頑張ったのに。
(……この本に……)
 ピーターパンの本の文字の間に、色々なことを書き込んだのに。
 自分の記憶が消された後にも、手掛かりになるだろう大切なことを。
 家の住所も、両親の顔の特徴も。
(似顔絵だって…)
 力の限りに頑張って描いたことだろう。
 絵心はあまり無いのだけれども、それでも精一杯の力で。
 「これがパパの顔」と、「ママの顔はこう」と。
 挿絵のページに紛れ込ませて、両親の姿を描き残した筈。
 後で見たなら、「こういう顔だ」と分かるよう。
 機械が記憶を消してしまっても、両親を思い出せるよう。
(…でも、パパもママも…)
 何も話してくれなかったから、こうなった。
 セキ・レイ・シロエは故郷を忘れて、両親の顔も今ではおぼろ。
 家に帰ろうにも分からない住所、「アルテメシアのエネルゲイア」としか。
 機械に全てを消されてしまって、何も残りはしなかった。
(…この本しか…)
 ピーターパンの本しか残らなかったんだ、と溢れて止まらない涙。
 世界は嘘で作られていると、「パパとママも、ぼくに嘘をついてた」と。


 ネバーランドよりも素敵な地球へと、其処へ行こうと頑張ったのに。
 いい成績を取り続けたならば、きっと開ける筈の道。
(…シロエなら行けるさ、って…)
 父が言ったから、頑張った。
 母は笑っていたのだけれども、子供心に「頑張らなくちゃ」と思ったから。
 両親の自慢の息子になろうと、そして素敵な地球に行こうと。
(…そうするつもりだったのに…)
 世界は嘘で出来ていたから、こんな所に連れて来られた。
 エリートを育てるらしい所へ、E-1077へ。
 成人検査で記憶を消されて、故郷も、両親も全部失くして。
 機械が支配している世界へ、マザー・イライザという名のコンピューターが治める場所へ。
(此処でいい成績を取ってれば…)
 メンバーズになれて、地球へ行く道も開けるのだと聞くけれど。
 マザー・イライザも、教官たちもそう言うけれども、世界は全て嘘ばかり。
 両親でさえも嘘をついたし、どうして信じられるだろう?
 マザー・イライザを、それに従う人間たちを。
 地球にいるというグランド・マザーが、全てを統治している世界を。


(…此処でメンバーズになったって…)
 本当にトップに立てるのかどうか、なんとも疑わしいけれど。
 メンバーズになって更に昇進したなら、国家主席になれるというのも怪しいけれど。
(…だけど、それしか…)
 今の自分に行く道は無くて、トップに立たねば変わらない世界。
 嘘だらけの世界を変えるためには、自分がトップになるしかない。
 国家主席の地位を手に入れ、グランド・マザーを止めること。
 「ぼくの記憶を返せ」と命じて、失くした記憶を取り戻すこと。
 そうしたいならば、此処が嘘で出来ている世界でも…。
(…少しでも可能性のある方へ…)
 歩いて行くしかないんだよね、と分かってはいる。
 何度も考えて出した答えで、きっと他には道が無いから。
 進むべき道はただ一つだけで、其処を行くしかなさそうだから。
 それでも、たまに悲しくなる。
 「此処での暮らしに何の意味が」と。
 こんな所に来たくなかったと、人生に意味などありはしないと。
 世界は全て嘘だらけだから、何もかも嘘で出来ているから。
 あの優しかった両親でさえも、赤ん坊の自分を迎えた時から、嘘をつき続けていたのだから…。

 

          嘘で出来た世界・了

※シロエが陥る思考の迷路。「パパとママも嘘をついていた」と。優しい両親だったのに。
 そういう嘘をつかせていたのも機械なんですよね、機械嫌いになるわけです。






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