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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

「…これは……」
 なんなんだ、此処は、とシロエが見回した周囲。
 E-1077のシークレットゾーン、フロア001と呼ばれる区画。
 てっきり改造室かと思った。此処へと足を踏み入れる前は。
 すまし顔をしたキース・アニアン、彼を「機械の申し子」と罵倒していた頃は。
(……胎児……)
 それにキースにそっくりなモノ、と信じられない思いで見詰める。
 尻尾が生えているような胎児、其処から少しずつ育った姿。
 赤ん坊の次は幼児といった具合に、並ぶ幾つもの「キース」たち。
 それから「キース」と対を成すように、同じように並ぶ金髪の女性。これも幾つも。
(…あいつ、機械じゃなかったんだ…)
 そうだとばかり思ったのに。
 彼の冷たい皮膚の下には、精巧な機械が隠されていると踏んだのに。
 だから此処までやって来た。
 キースの正体を暴いてやろうと、「自分が何かを知って壊れてしまうがいい」と。
 なのに、いたのは「人間」の群れ。
 かつては「人間」だったモノたち、今はもう息をしていないモノ。
 多分、機械が残したサンプル。
 これを胎児から作り上げた機械、あの憎いマザー・イライザが。
 きっと何かの参考のために、育てる途中で標本にして。…途中で命を奪い取って。
(そうなってくると…)
 キースは「生き延びた」モノなのだろう。
 マザー・イライザに気に入られたか、とびきりの出来の人間なのか。
(まあ、とびきりではあるけどね…)
 優秀には違いないだろうさ、と眺める内に気付いたこと。
 胎児から此処に揃っているなら、キースは此処で「育った」モノ。
 E-1077から出てはいないし、何処からも此処に「来なかった」のだ、と。


 何処からも「来はしなかった」キース。
 そのことは、とうに知っていた。
 彼と同郷の誰に訊いても、皆、「知らない」と答えたから。
 同じ宇宙船で着いた筈の者も、キースを覚えていなかったから。
(…此処にいたんだとは知っていたけど…)
 まさか「育って」いただなんて、と胸にこみ上げる不快感。
 機械仕掛けの人形だったら、「やっぱりね」と、ストンと納得できたのに。
 キースが機械で出来ているなら、高笑いをして済ませたろうに。
 「ほらね」と、「あいつは機械だった」と。
 感情などは無くて当然、あったとしても機械の計算。
 マザー・イライザだって怒るし、そうプログラムしてあるだけ。
 「こういう時には怒るものだ」と、機械の頭脳が弾き出したら怒るだけ。
 そうだとばかり思っていたのに、「人間」だなんて。
 人工子宮から「生まれる」代わりに、その中で「育ち続けた」なんて。
(…ぼくは途中で取り出されたのに…)
 もう充分に生きてゆける、と判断された段階で。
 遠い昔なら母の胎内、其処で育って「月が満ちた」ら、「出産」だっただろう時点で。
 自分は其処で取り出されたから、エネルゲイアに運ばれた。
 養父母の許で育つようにと、「セキ・レイ・シロエ」の名を与えられて。
 もう顔さえも思い出せない両親だけれど、幸せだった子供時代。
 あれは自分の宝物なのに、何もかも機械に奪い取られた。
 懐かしい家も、両親も、全部。
 此処に、E-1077にやって来るには、それは「不要」とされたから。
 成人検査で消されてしまった自分の過去。
 今もその過去を掴み取ろうと、取り戻したいと、日々、苦しんでいるというのに…。


 それとは逆だ、と睨み付ける胎児。それに幼児も、少年だって。
 此処に並んだ「キース」たちの群れは、人工子宮だけしか知らない。
 水槽の中から出ずに育って、途中で成長を止めたサンプル。
 何らかの事情で機械がそう決め、彼らの命を奪ったから。
(でも、こいつらは死んだことさえ…)
 知りやしない、と沸々と湧いてくる憎しみ。
 それともこれは嫉妬だろうか、「何も知らずに」育って、死んだモノたちへの。
 人工子宮から出ていないのなら、きっと自我さえ持たなかった筈。
 彼らの周りには「誰もいない」し、「誰とも触れ合わない」のだから。
 育てていたろうマザー・イライザ、其処から知識を得ていただけ。
 キースが特別優秀なように、「エリートとして生きてゆくための」知識。
 それだけを流し込まれていたなら、彼らは何も「考えはしない」。
 与えられる情報を受け止めるだけで、「そういうものか」と理解するだけ。
(…機械が学習するのと同じで…)
 ヒトの形を持っていたって、まるで伴わない「感情」。
 「此処で終わりだ」と生命を繋ぐ機械と切り離されても、苦痛さえ覚えない生命。
 彼らは「理解する」だけだから。
 自分の命は此処で終わると、「学ぶ日々はもう終わったのだ」と。
 だから彼らに「表情」は無い。
 胎児はともかく、幼児にも、それに少年にも。
 自分が知っている「キース」にそっくり、それほどに育った標本にも。
 水槽の外で生きていたなら、彼らの顔にはきっと恐怖があるのだろうに。
 そうでなければ無念の表情、あるいは苦痛に満ちた表情。
 どれも彼らは持っていなくて、「感情が無い」ということの証拠。
 「キース」は此処から外に出たから、幾らかは感情があるのだろう。
 普通の人間と比べてみたなら、まるで全く足りないけれど。
 いくら感情を持っていたって、所詮は「機械の申し子」だけれど。


(なんて奴らだ…)
 キースも、それに「こいつら」だって、と湧き上がるのは激しい怒り。
 人工子宮の中にいたなら、感情さえ生まれないけれど…。
(…失うものだって何も無いんだ…)
 現に彼らは、死の瞬間さえ、「何も恐れていなかった」から。
 証拠が彼らの顔にあるから、ただ「憎い」としか思わない。
 同じ世界に生まれて来たのに、どうしてこうも違うのか。
 人工子宮から外に出されて「セキ・レイ・シロエ」になった自分と、「キース」とは。
 外の世界を知らないキース。
 ずっと水槽の中で育って、養父母さえも持たないキース。
 彼には「過去が無い」のも当然、最初から「持っていない」のだから。
 誰もキースを「育てなかった」し、機械がせっせと知識を与えただけなのだから。
(……こういう風に生まれて来たなら……)
 ぼくも苦しみはしなかったんだ、と握り締める拳。
 人工子宮の外の世界を知らなかったら、両親も故郷も無かったならば。
 感情さえも持たずに育って、「今日からは外で暮らしなさい」と外へ出されたならば。
 そういう生まれの自分だったら、きっと辛くはなかっただろう。
 苦しいとさえも思いはしなくて、ただ勉学に励んだだろう。
(何も失くしていないんだから…)
 成人検査で過去を消されることも無いから、「生まれた」後には「得るもの」だけ。
 人工子宮から外に出たなら、「外の世界を知ってゆく」だけ。
 何一つ失くさず、失いもせずに。
 「子供時代」という大きすぎた代償、それを一切、払うことなく。
 ただ、のうのうと此処に、E-1077に「生まれ落ちる」だけの生命体。
 それがキースで、「生まれなかった」モノがこの標本たち。
 何故そうなったか、マザー・イライザしか、多分、知らないだろうけど。
 命を絶たれた「彼ら」に訊いても、無表情なままで「終わったから」と言えば上等だけれど。


 これがキースの正体だなんて、と抑え切れない怒りの感情。
 彼の正体が機械だったら、何も思いはしないのに。
 「やっぱりそうだ」と勝ち誇るだけで、証拠を撮影して帰るのに。
(…どうして、あいつが…)
 人間なんだ、と考えるだけで腹が立つ。
 それも過去など持たない人間、「何も失くしはしなかった」モノ。
 マザー・イライザが「お行きなさい」と此処から出すまで、人工子宮で育った人間。
 故郷も両親も持ちはしないで、持っていないから「失くさない」。
 成人検査で奪うものなど何も無いから、きっとキースは成人検査も…。
(通過してなんかいないんだ…)
 あの憎むべき成人検査を知らないのならば、どれほど幸福な人生だろう。
 何一つ機械に奪われもせずに、この場所に「生まれ落ちた」なら。
 過去という対価を支払うことなく、E-1077に来られたのなら。
(……幸福なキース……)
 あいつはなんて幸せなんだ、と噴き上げるような憎しみと怒り。
 「何も失くしていないなんて」と、「ぼくは全てを失ったのに」と。
 水槽を端から叩き割りたい、この幸福な「人形」たちを。
 マザー・イライザが育てた人形、人工子宮から出しもしないで、このステーションで。
(…あいつが機械だったなら…)
 こんな思いはしなかったのに、と唇を噛んで、気を取り直す。
 まだ終わりではないのだから。
 キースを育てた「ゆりかご」は此処で目にしたけれども、まだ足りない。
 どういう意図で育てて来たのか、それを暴いてやらないと…。
(キースという名のお人形さんを…)
 叩き壊せはしないからね、と自分自身を叱咤する。
 「こんな所で、打ちのめされている場合か」と。
 キースの全てを暴くのだろうと、「そのために此処に来たんだから」と…。

 

        過去を持たぬモノ・了

※シロエが言っていた「幸福なキース」。どの段階でそう考えたのか、と思ったわけで。
 正体を知る前だろうな、と書いてみた話。「無から作った」と知ったら別の思考になりそう。







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(幸福なキース…)
 あの時、シロエがそう言ったんだ、とキースの胸を掠めた言葉。
 首都惑星ノアで与えられた部屋。其処で一人で迎えた夜更け。
 遠い昔に、E-1077でシロエが口にしていた。
 「あの憎むべき成人検査を知らない、幸福なキース」と。
 聞かされた時は、何のことだか分からなかった。
 「成人検査を受けていない」と畳み掛けられても、「お人形さんだ」と嘲られても。
 けれど今なら、その意味が分かる。
 廃校になったE-1077、其処で全てを知ったから。
 マザー・イライザの忌むべき実験、無から作られた生命が自分。
 成人検査などは必要なかった、「目覚めた」時が生まれた時だったから。
 E-1077に入る年まで、水槽の中だけで育って来たのだから。
(…あれでは何も知るわけがない…)
 マザー・イライザが教える知識以外は、何一つとして。
 故郷も両親もあるわけがなくて、過去さえ持っていないも同然。
 成人検査よりも前の記憶は、けして「失くした」わけではなかった。
 最初から無くて、持つことさえも出来なかったもの。
 けれども自分は幸福だろうか、あの時、シロエが言っていたように…?
 本当に「幸福なキース」だろうか、過去さえ持たない生命でも…?


 フロア001にあった標本、一つ間違えたら自分も標本だった筈。
 それとも標本にさえもならずに、廃棄されて終わりだっただろうか?
 マザー・イライザは、「サンプル以外は処分しました」と事もなげに言っていたのだから。
 標本にするだけの価値すらも無いと、打ち捨てられて終わりの命。
 そうなっていたかもしれない自分が、今、此処に生きていることの皮肉。
 フロア001を覗いたシロエは殺されたのに。
 何もかもマザー・イライザの罠で、自分がシロエを殺したことさえ…。
(…指導者としての、私の資質を…)
 開花させるための計算だったという。
 ならば確かに、「幸福なキース」なのだろう。
 標本にもならず、捨てられもせずに、「理想の子」として育った自分。
 傍から見たなら、誰もが羨む「幸福なキース」。
 きっと未来も、約束されているだろうから。
 自ら反旗を翻さぬ限り、人類の指導者への道を歩んでゆくだろうから。
 …グランド・マザーの導きのままに。
 言われるままに任務をこなして、敷かれたレールの上を歩いて。
(いつかは国家主席様か…)
 軍人からは出ない指導者、そう、今まではそうだった。
 国家主席になれる元老、其処に至るには違う道から行かねばならない。
(行ってやろうとは思っていたが…)
 恐らく自分が努力せずとも、されるのだろうお膳立て。
 グランド・マザーが陰で動いて、パルテノン入りするよう、巧みにシナリオを書いて。


 自分では努力してきたつもり。
 上級大佐の今はともかく、ジルベスター星系での事故調査に出発するまでは。
 Mの拠点へサムの仇を討ちに行かねば、と決意を固めた所までは。
(…ソレイドでミュウのマツカを生かして…)
 グランド・マザーの鼻を明かしてやった、と嗤ったけれど。
 「シロエの二の舞は演じなかった」と、「マツカを必ず生かしてみせる」と考えたけれど。
 その一方で自分は何をしたのか、本当に正しかったのか。
 ジルベスター・セブンを砕いたこと。
 伝説と言われたタイプ・ブルー・オリジン、ソルジャー・ブルーを殺したこと。
(…私はとどめを刺していないが…)
 むしろ、ソルジャー・ブルーに逆に殺されかけたけれども、撃ったことは事実。
 彼を狩ろうと、モビー・ディックでの負け戦の借りを返そうと。
 けれど、自分は正しいことをしたのだろうか…?
 実はシロエもミュウだったのだ、と知っていながらミュウの拠点を滅ぼそうとした。
 メギドまで持ち出し、跡形も無く。
 それが正しい道だったのか、あるいは「幸福なキース」に生まれたせいで…。
(…自分では、まるで自覚が無くても…)
 ミュウを敵視し、殲滅するよう、与えられた使命があるかもしれない。
 シロエが「ゆりかご」と呼んだ所で、水槽の中で育つ間に。
 こうあるべきだ、と教え込まれて、そのように動くプログラムが。
 もしもそうなら、何処までが自分の意志なのか。
 何処からが機械の命令なのか、それを自分は見分けることが出来るのか。


(…幸福なキース……)
 シロエは「幸福」と言ったけれども、きっと真実なのだろう。
 あれから時が流れたお蔭で、自分にも出来た「過去」というもの。
 シロエが失くした「目覚めの日」までの十四年間に匹敵するほど、今の自分も生きて来た。
 E-1077で「目覚めて」から。
 あの水槽を後にしてから、外の世界に出て来てから。
(…E-1077にいた間だけでも…)
 二度も見せられた記憶処理。
 サムは「幼馴染のジョミー」を忘れて、シロエは「皆から忘れられた」。
 どちらもマザー・イライザの仕業、あれを大々的にやるのが成人検査というものだろう。
 シロエは酷く憎んでいたから。
 故郷も両親も、何もかも機械が、成人検査が「忘れさせた」と。
 それが成人検査の正体ならば、自分は間違いなく「幸福なキース」。
 何も失くさず、忘れることなく、此処にこうして生きているから。
 「幸福なキース」を育て上げた全てを、あまさず覚えているのだから。
 マザー・イライザが計算ずくで、殺すように仕向けたシロエのことも。
 ミュウの長のジョミーと幼馴染だから、と出会わせたサムやスウェナのことも。
(…何処までが機械の計算なのか、命令なのかは掴めないが…)
 それでも「何一つ忘れていない」のは、「幸福」なことと言えるだろう。
 サムの、シロエの、記憶が薄れて曖昧になれば、どれほど悔しく辛く思うか。
 今だから分かる、シロエが口にした「幸福なキース」の「幸福さ」が。
 シロエは過去を奪われたから。
 …忘れたくなかった過去を奪われ、両親も故郷も失ったから。


 そうならなかった自分は「幸福」だと思う。
 「幸福なキース」は確かに今も幸福だけれど、本当に自分は「幸福」だろうか?
 機械が無から作った生命、最初から過去など持たなかったもの。
 故郷も両親も持ちはしないで、幼馴染もいないまま。
 その上、機械に育てられたから、何処までが自分の本当の意志か、それさえも掴めない自分。
(…ジルベスター・セブンを滅ぼしたのも…)
 自分の意志だと思うけれども、ミュウから見たならただの虐殺。
 メギドを持ち出し、焼き払うほどの必要が果たしてあったのかどうか。
 …止めに現れたソルジャー・ブルーを、狩りの獲物のように扱い、何発も撃ったことさえも…。
(勝ちたかった、というだけではなくて…)
 ミュウを殺せ、という機械のプログラムが働いていたかもしれない。
 自分の意志だと考えた「あれ」に、機械が仕組んだ何かが絡んでいなかったとは…。
(…言い切れないし、そうでないとも、また言えない…)
 機械が自分を作ったことは本当だから。
 シロエを、サムを「部品のように」使って、自分を育てたのだから。
 そんなことまでやった機械が、何を自分に教えたか。
 何をするよう育て上げたか、それさえも今は分からない。
 それでも自分は「幸福」だろうか、「幸福なキース」と言えるだろうか?
 自分の意志さえ、本物かどうか怪しいのに。
 いつか反旗を翻さない限り、「私の意志だ」と自信を持っては言えないのに。
 機械に敷かれた道を歩んでゆく間は。
 グランド・マザーの意志と自分の意志とが、重なり合っている間は。


(いくらマツカを生かしていても…)
 その程度では、とても持てない自信。
 「これが私の意志だ」とは。…「何もかも自分で決めたのだ」とは。
 どう足掻いても、今の自分は「幸福なキース」。
 何も知らない者が見たなら、あの時のシロエが此処にいたなら。
 約束された指導者の未来、それに「知らない」成人検査。
 傍から自分を眺めるだけなら、きっと幸福だろうから。
 自分の意志さえ危ういままでも、皆に羨まれる「幸福なキース」が確かに自分なのだから…。

 

         幸福な生命・了

※シロエが言っていた「幸福なキース」。あの意味をキースが知るのが、遅すぎるアニテラ。
 本当に幸福な奴だったよな、と思っていたら、こういう話に。幸福すぎても不幸だよね、と。






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「それでね…」
 ママ、と呼び掛けた所でパチリと覚めた、シロエの目。
 見上げた天井、それはシロエの嫌いなもので。
(…ぼくの部屋……)
 だけど、ぼくの好きだった部屋じゃない、とベッドの上から睨み付ける。
 此処はE-1077で、懐かしい故郷とは違うから。
 大好きな部屋があったエネルゲイアは、「戻れない場所」になってしまったから。
(今のママも、夢…)
 直ぐ側で何かしていた母。
 自分は何をしていたろうか、夢の中では?
 皮肉なことに夢の中では、ぼやけてはいない母の顔。それに父だって。
 とても鮮やかに見えているのに、夢が覚めたら覚えてはいない。
 どんなに記憶の海を探っても、もう見えはしない両親の顔。
 だから悔しい、こうして夢から覚めた時には。夢だったのだと知った時には。
(…もう一度…)
 眠ったら思い出せるだろうか、夢の世界に飛べるだろうか?
 母とさっきの話の続きが出来るだろうか、と考える。
 今日の講義は休んでしまって、夢の続きを追い掛けようかと。
(…何だったっけ?)
 午前中にある筈の講義は、と思い出そうとして気が付いた。「休みなんだ」と。
 今日は日曜、E-1077にも休日はある。
 休暇も無しに勉強ばかりを続けさせたら、生徒は疲れてしまうから。
 肉体的にも精神的にも疲弊したなら、いい結果など出はしない。
 そうならないよう、カレンダー通りに休みはある。
 日曜日の今日は講義の無い日で、何をするのも個人の自由。
(だったら、寝てても…)
 いいんだよね、と戻ろうとした夢の中。母がいた世界。
 けれど…。


 なまじ「休んでもいい日なんだ」と、気分が高揚したせいだろうか。
 いくらベッドに入っていたって、一向に訪れない眠気。
 入ってゆけない夢の中の世界、あれからかなり経ったのに。
(…もう無理だよね…)
 眠くならないなら眠れやしない、と諦めて起きて、顔を洗って。
 袖を通した、候補生の服とは違った服。休日ならば外に出てもいい服。
 普段は部屋でしか着られないけれど、好きに選んで「自分の物」に出来た服。
(家にいた頃は、ママが選んでくれていたのに…)
 母が選んでくれた服なら、こういう服になっただろうか?
 「良く似合うわよ」と言ってくれたのか、「シロエにはこっちの方がいいわ」と言ったのか。
 もうそれすらも分からないけれど、今の自分が選ぶなら、これ。
 少なくとも制服よりはいいから、「自分の好みだ」と思えるから。
 それを着たなら、次は朝食。
 候補生の部屋にキッチンなどは無いものだから、休日でも行かねばならない食堂。
(シナモンミルク、マヌカ多めに…)
 忘れないように今日も言わなくちゃ、と心の中で唱える呪文。
 此処へ来てから思い出したこと、きっと誰かが好きだったもの。故郷の家で。
 自分か、それとも父か、母なのか。
 小さな切っ掛けで蘇った記憶、これを注文するのが幸せ。
 「確かに誰かが好きだったんだ」と分かるから。故郷に繋がる記憶だから。
 それを忘れずに頼まなくちゃね、と部屋から踏み出した通路。
 食堂はこっち、と迷わず歩いて行ったのだけれど。
 幾つかの扉の前を通って、曲がったりもしていたのだけれど。
(あれ…?)
 気付けば近付いていた食堂。
 じきに着くわけで、シナモンミルクを注文だけれど、その食堂。
 「其処へ行こう」と考えただけで、他には何も思っていない。
 右へ行こうとも、左だとも。…真っ直ぐだとも、此処をどう曲がるとも。


 途中で目覚めた夢の世界と、故郷の記憶のシナモンミルク。
 それに囚われて歩いていたのに、何処も見回してはいなかったのに。
 もう立っているのが、食堂の入口に当たる場所。
(どうやって此処まで来たんだっけ…?)
 思い出せない、道中のこと。
 誰かとすれ違ったりしたのか、それとも誰もいなかったのか。
 こっちへ行こうと考えていたか、「こっちは違う」と考えたのか、それさえも。
(ちょっと待ってよ…?)
 ぼくは何にも考えてない、と振り返ってみた、今、来た方向。
 それをどういう風に辿れば部屋に着くのか、それならば分かる。
 いとも簡単に思い出せるし、つまりは部屋から食堂までの道順は…。
(ぼくが覚えていると言っても…)
 多分、無意識、あまりにも何度も通ったから。
 余所見していても迷わないくらいに、考え事に夢中でも辿り着くほどに。
(…此処に来てから、まだそんなには…)
 経っていないのがE-1077という場所。
 成人検査の後に船に乗せられ、ピーターパンの本だけを持って離れた故郷。
 覚えているのは、その船の中で「我に返った」ことと、「過去の記憶を消されていた」こと。
 テラズ・ナンバー・ファイブが消してしまった、子供時代の記憶をすっかり。
 両親の顔も、故郷も、家も。
 家があった場所も、幼い頃には得意になって何度も書いた住所も。
(…全部、機械に消されたけれど…)
 もしかしたら、と思ったこと。
 今、こうやって食堂まで歩いて来た自分。
 何処を通ったか、誰に会ったのかも、まるで気付きもしない間に。
 その上、夢の世界の中では鮮やかに見える両親の顔。
 だったら、家もそうかもしれない。
 家から何度も出掛けた場所へは、今の食堂までの道と同じに行けるとか。
 慎重に記憶を辿ってゆけば。…こっちの方だ、と進んでゆけば。


 思いがけなく得られたヒント。
 家の住所が分からないなら、その逆の手を使えばいい。
(ぼくの部屋は覚えているんだから…)
 今も記憶に残っているのが、エネルゲイアの家で暮らした子供部屋。
 機械も其処までは消さないらしくて、部屋のことなら覚えている。
 その部屋にあった、アルバムの中身は怪しくても。
 多分、飾っていただろう写真、其処に両親の顔は無くても。
(…でも、あの部屋はぼくの部屋…)
 あそこから逆に進んでみようか、家の外へと。
 まずは自分の部屋を後にして、リビングなどを通り抜けて。
 いつも父が「ただいま、シロエ」と入って来ていた、あの扉から外に出て。
(通路に出たら、エレベーターで…)
 住んでいたのは高層ビルだし、間違いなくあったエレベーター。
 それに乗り込んで下に降りたら、ビルの一階に着くだろう。
 其処がどういうフロアなのかは分からないけれど、外へ出たなら…。
(何処かへ歩いて行ける筈だよ)
 場所さえ覚えていない学校、その門の前に立てるとか。
 休日には何度も出掛けたりした、公園に辿り着くだとか。
(学校とか、公園だったなら…)
 多分、上手に調べさえすれば、何処に在るのか分かる筈。
 機械が偽のデータを混ぜても、注意深く探していったなら。
 「こういう道の先に在った」と、「こう曲がって…」と辿って行ったなら。
 きっと身体が覚えている筈、自分の記憶の中には無くても。
 何も考えずに「あの部屋」を出たら、子供部屋を後にして歩き出したら。
 最初はリビングなどを進んで、「ただいま、シロエ」と父が帰って来た扉。
 あの扉から通路に出たら、エレベーターに乗ったなら。
 何処に着くかは分からなくても、何処だっていい。
 エネルゲイアの何処かに着けたら、それが手掛かりになるのなら。


 やっと見付けた、と弾んだ胸。
 ワクワクしながら食堂で頼んだシナモンミルク。
 これから起こる素敵な出来事、それを思いながら、いつものように。
 「シナモンミルクも、マヌカ多めにね」と弾ける笑顔で。
 食事はきちんと食べなくちゃ、と一人きりで座る食堂のテーブル。
 友達なんかは欲しくも無いし、誰かと食べる趣味も無いから。
(栄養はきちんと摂らなくちゃ…)
 うんと頭を使うんだしね、と黙々と食べて、食事の合間にシナモンミルク。
 これを好んだのは父か、母なのか、それとも幼い自分だったか。
(パパ、ママ、もうすぐ…)
 ぼくたちの家を見付けるからね、と嬉しくてたまらない休日。
 なんて素晴らしい日なんだろうと、もうすぐ家が分かるんだから、と。
 食堂からの帰りの通路も、そのことだけで胸が一杯。
 何処を歩いたのか、どう歩いたかも気付かない内に着いていた部屋。
(ほらね、やっぱり…)
 あの部屋からだって、今のと同じように何処かへ、と転がったベッド。服を着たままで。
 そうして、そっと閉ざした瞼。
(うん、ぼくの部屋…)
 こうだったよ、と思い浮かべた懐かしい故郷の子供部屋。
 部屋の扉を開けて進んで、気付けばリビングに立っていて。
(あそこの扉から、パパが「ただいま」って…)
 よし、と扉を開けたのだけれど。
 通路に出たらエレベーターに、と勇んで外に踏み出したけれど。
(……嘘……)
 扉の向こうはただの空間、通路と思えば通路のようで、道路と思えば道路のような。
 おぼろに霞んで、あるわけがないエレベーター。
 機械はきちんと計算していた、「扉を開けて外に出てゆく」子供がいるということを。
 こうして住所を探り出そうと試みる子がいることを。


 だから行けない扉の向こう。
 …これからもきっと、夢でしか。
 夢の中でしか出られない扉、夢でしか出会えない両親。
(…テラズ・ナンバー・ファイブ…)
 許せない、と激しく噴き上げる怒り、けして機械を許せはしない。
 自分の故郷を奪ったから。
 両親も家も、何もかも全て、機械に消されて何も残っていないのだから…。

 

        部屋を出たなら・了

※意識しないで歩いていたって、いつの間にか辿り着けた食堂。それなら、と思い付いたのに。
 機械に消されて、残っていなかった家の外の通路。住所は分からないままなのです。






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(自らの命を犠牲にして、メギドを止めたのか…)
 ソルジャー・ブルー、とキースの心を占めるもの。そう、今も。
 メギドを失い、グレイブの艦隊に残存ミュウの掃討をするよう命じたけれど。
 その時からの思いで、今も消えない。
 自室に引き上げ、こうしてシャワーを浴びている今も。
 グレイブが指揮する艦隊とは別に、こちらの船はジルベスター・エイトから離脱中。
 ミュウどもが「ナスカ」と呼んでいた星、ジルベスター・セブンも遠ざかりつつあるけれど。
 ジルベスター・セブンは砕けて、跡形も無いのだけれど。
(…ソルジャー・ブルー…)
 もういない、伝説のタイプ・ブルー。…タイプ・ブルー・オリジンと呼ばれた男。
 自分が彼を撃ち殺したと言っていいのか、それとも成し遂げられなかったか。
(これで終わりだ、と…)
 撃ち込んだ弾は、彼のシールドを突き抜けて右の瞳を砕いた。
 あれで終わりだと思っていたのに、倒れなかったソルジャー・ブルー。
 代わりに起こしたサイオン・バースト、噴き上げるように広がり始めた青い光の壁。
 危うく、それに…。
(巻き込まれていたら、今頃、私は…)
 生きて此処にはいなかったろう。
 サイオンの光に一瞬にして焼き尽くされたか、あるいは意識を失ったのか。
 もしも、あそこに倒れていたなら、自分の命は無かった筈。
 メギドの制御室は、そういう所だから。
 発射される時に其処にいたなら、命が危ういエネルギー区画。
 それが常識、だからマツカは「行っては駄目です」と止めにかかったし、後を密かに…。
(つけて来ていたから、私を救い出せたんだ…)
 サイオンの光に巻き込まれる直前、走り込んで来た忠実なマツカ。
 彼が自分を抱えて「飛んだ」。
 瞬間移動で、制御室からエンデュミオンの艦内まで。


 そうして辛くも救われた命。
 自分の命がどれほど危ういものであったか、嫌と言うほど思い知らされた。
 残党狩りを命じた後に、「部屋に戻る」と戻って来たら。
 酷く疲れを覚えていたから、気分転換に浴びようと思った熱いシャワー。
 バスルームの扉を開けた途端に、其処の鏡に映った自分。
(セルジュたちにも見られたな…)
 煤まみれになった、あの顔を。
 けれど彼らは、「ソルジャー・ブルーと死闘を繰り広げた結果」なのだと思っているだろう。
 戦いの最中に起こった爆発、その時に浴びた煤なのだと。
(…それならば良かったのだがな…)
 生き残ったことを誇れもするし、死の淵からの生還の証と言えるのだから。
 メギドを失ったほどの爆発、それを食らっても「生き延びる術」を持っていたのだと。
(…だが、実際は…)
 マツカが助けに来なかったならば、失われていた自分の命。
 本当に命の瀬戸際だったと、顔についた煤が示していた。
 間一髪で救われただけで、そうでなければ失くした命。
 サイオンの光に焼かれて死んだか、あるいはメギドの発射で命を落としたか。
 どちらにしたって、生き残れていたわけがない。
 いったい自分は何をしたのか、どれほど愚かだったのか。
 それを突き付けられたのが鏡、其処に映った煤まみれの顔。
 「これがお前だ」と、「お前がやったことの結果がこれだ」と。
 マツカがいなければ死んでいたのだと、「なんと無様な姿なのだ」と。
 煤まみれの顔が映っているのは、生きて此処にいる証拠だけれど。
 その命は何処から拾って来たのか、ちゃんと自分で守ったのか。
 答えは「否」で、一人だったら失くした命。
 瞬間移動など出来はしないし、きっとメギドの制御室で。
 ソルジャー・ブルーと共に倒れて、それきりになっていたのだろう。
 「アニアン少佐は戻らなかった」と報告されて。


 元より、命が惜しくはない。
 軍人なのだし、惜しいと思ったことさえも無い。
 ただ、その「命」の失くし方。…何処で失くすか、どう失くすのかで違う価値。
 命を捨てた甲斐があるなら、軍人冥利に尽きるのだけれど。
 何の成果も上げることなく死んでいったら、それは無駄死に、犬死にでしかない。
 いくら「名誉の戦死」でも。
 作戦中の死で、二階級特進になったとしても。
(…まさに無駄死にというヤツだ…)
 あそこで死んでいたのなら。
 ソルジャー・ブルーに巻き添えにされて、命を失くしていたのなら。
 自分が死んでも、何の役にも立たないから。
 この艦隊の指揮官の自分、それを失くしてきっと混乱したろう「その後」。
 セルジュが代理を務めるとはいえ、彼も詳しくは知らない作戦。
 「目的はミュウの殲滅」だという程度しか。
 如何にセルジュが副官だとしても、伝えられない軍事機密も多いのだから。
(それなのに何故、私は、あの時…)
 ソルジャー・ブルーが来たと知った時、制御室へと行ったのか。
 彼を狩ろうと考えたのか。
 「仕留めてやるのが、狩る者の狩られる者に対する礼儀だ」などと格好をつけて。
 伝説の獲物が飛び込んで来たから、それを仕留めに行ってくる、と。
(保安部隊では、太刀打ち出来ない相手だが…)
 ただの兵士では歯が立たないのがソルジャー・ブルー。
 自分は身をもって知っているから、ミュウどもの船で負け戦を味わわされたから…。
(今度は勝ちたかったのか?)
 ミュウの船ではなく、自分の船が戦場だから。
 より正確に表現するなら、自分の船とドッキングしているメギドを舞台に戦うのだから。
 「今度こそ勝つ」と思っただろうか、それが出掛けた理由だろうか?
 ソルジャー・ブルーの覚悟のほども知りたかったし、見届けたくもあったから。
 「お前は、どれほどの犠牲を払える?」と。


 そうして出掛けて行ったメギドで、またも無様な負け戦。
 傍目には「勝ち戦」だけれど。
 セルジュたちも、きっとグランド・マザーも、そうだと思うだろうけれど。
(しかし、自分を誤魔化すことは…)
 けして出来ない、勝ち戦だなどと思えはしない。
 マツカが自分を救いに来たこと、それを誰にも漏らさなくても、自分自身は誤魔化せない。
 あそこでマツカが来なかったならば、失くした命。
 それも犬死に、何の役にも立ちはしない死。
 艦隊が無駄に混乱するだけ、指揮官が死んでしまっただけ。
 「名誉の戦死」で、「ソルジャー・ブルーと死闘を繰り広げた末の最期」でも。
 ソルジャー・ブルーと共に散っても、皆が自分を褒め称えても…。
(…私の死などは、それだけのことで…)
 実際の所は、狩るべき獲物に返り討ちにされただけのこと。
 ソルジャー・ブルーに巻き添えにされて、命を失くしてしまっただけ。
 彼を狩ろうと考えたから。
 「今度こそ、私が勝ってみせる」と、自分の誇りにこだわったから。
 いくら伝説のタイプ・ブルーでも、「今度はそうそうやられはしない」と。
 二度も負け戦でたまるものかと、「来たことを後悔させてやる」と。
 相手はミュウで、宇宙から排除されるべきもの。
 撃ち殺してやれば自分の勝ちだし、反撃されても「今度は勝つ」。
 メギドが発射されてしまえば、彼が来た意味は無くなるから。
 ソルジャー・ブルーは「狩られるために」飛び込んで来ただけのことになるから。
 飛んで火にいる夏の虫だし、彼を殺せば自分の勝ち。
(…まさか、サイオンをバーストさせるなど…)
 まるで思いはしなかった。
 サイオン・バーストを起こしたミュウを待つものは、「死」のみ。
 命を捨てる覚悟が無ければ、サイオンを全て放出するのは不可能だから。
 そんなミュウなど、見たことがない。
 聞いたことすら一度も無かった、死への引き金を自ら引いたミュウの話は。


 きっと最初から、ソルジャー・ブルーは命を捨てる気だったのだろう。
 生きて戻ろうとは微塵も思わず、ただ一人きりでやって来た。
(たまたま、私に遭遇したから…)
 何発も弾を撃ち込まれた末の死だったけれども、そうでなくても死んだのだろう。
 メギドもろとも、命を捨てて。
 持てるサイオンを全て出し尽くして、メギドそのものを道連れにして。
(…そしてあいつの思い通りになったというわけだ…)
 メギドは沈んで、ミュウどもの船はワープして逃げた。
 ソルジャー・ブルーは仲間を救った、自らの命を犠牲にして。
 あの船に乗っていた仲間を守って、宇宙に散ったソルジャー・ブルー。
 彼が守ったのはミュウの仲間と、その未来。
 逃げ延びたならば、巻き返しのチャンスもあるだろうから。
 場合によっては、ミュウの勝利もまるで無いとは言い切れないから。
(…あいつは無駄死にしなかった…)
 無駄死にどころか、万が一、ミュウが勝利した時は、どれほどの価値があることか。
 ソルジャー・ブルーが捨てた命に、仲間のために払った犠牲に。
 それに引き換え、自分はといえば…。
(…マツカが助けに来なかったなら…)
 犬死にだった、と情けない気分。
 またしても自分は負けたのだろう、ソルジャー・ブルーという男に。
 もう永遠に前に立ってはくれない男に、逝ってしまって「二度と戦えはしない」相手に。
 それを思うと、もう見たくもない自分の顔。煤まみれになっていた時の顔。
(…煤と一緒に、何もかも洗い流せたら…)
 ソルジャー・ブルーに負けたことまで、洗い流してしまえたら、と浴び続ける水。
 熱いシャワーを浴びるつもりで来たというのに、水しか浴びる気になれない。
 犬死にしかけた愚かな自分を、ソルジャー・ブルーに負けた自分を、流し去りたい気分だから。
 水ごと全てを洗い流せたら、きっと元通りの自分が戻って来るだろうから…。

 

          永遠の敗北・了

※なんだってキースは「ギリギリまで粘って」撃ち続けたのか、未だに疑問な管理人。
 とりあえず今はこんなトコです、考え方としては。結果だけを見ればブルーの勝ちだ、と。







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(全ての者が等しく地球の子ね…)
 そして仲間だと言われてもね、とシロエが浮かべた皮肉な笑み。
 E-1077に連れて来られて、もうどのくらい経ったろう?
 けれど未だに出来ない仲間。いない友達。
(欲しいとも思わないけどね?)
 ぼくの方から願い下げだよ、と思う「仲間を作る」こと。
 それに「友達」、どちらも要らない。
 手に入れたいとも思いはしないし、いつでも一人きりの自分。
 何処へ行っても、何をする時も。
 一人で暮らすよう定められた個室、それ以外の場所にいる時も。
(みんな、嫌いな奴ばかりだ…)
 初対面の時からそういう印象、だから誰とも繋がらない。
 チームを組むよう強制されたら、仕方ないから従うけれど。
 くだらないことで減点などはされたくないから、組んでおくチーム。
 けれども誰の指図も受けない、自分からだって指図はしない。
(どうせ、どいつも…)
 機械の言いなりになった人間、全ての者たちが等しく「地球の子」。
 生まれ故郷で育ててくれた両親よりも、マザー・イライザを選んだ者。
 それが「地球の子」、どうやら此処では。
 他の教育ステーションでも、基本は同じなのだろう。
 其処を治めるコンピューターを、親の代わりに慕う者たち。
 そういう人間が「地球の子」ならば、自分は「地球の子」でなくてもいい。
 どうせ地球には幻滅したから。
 地球に行くには、大切な過去を捨ててくるしか無いのだから。


 ネバーランドよりも素敵な場所だ、と父が教えてくれた「地球」。
 「シロエなら行けるかもしれないぞ」という父の言葉で、胸が躍った。
 きっと行こうと、いつか必ずと。
 そうすれば父も喜ぶだろうし、母も喜んでくれるだろうと。
(…なのに、地球って…)
 地球に行くための第一段階、エリートが行ける教育ステーションに入ること。
 自分の夢は叶ったけれども、あまりにも大きすぎた代償。
 夢の星の地球に行き着くためには、支払わねばならない「過去」という対価。
 子供時代を、育った故郷を、両親のことを忘れること。
 自分の過去を捨て去ること。
 それが地球への第一歩だった、何も知らずに憧れたけれど。
 其処へ行きたいと願ったけれども、支払わされてしまった対価。
(…パパ、ママ…)
 顔だって思い出せやしない、と唇をきつく噛みしめる。
 故郷の景色もぼやけてしまって、本物かどうか怪しいもの。
 その上、忘れてしまった住所。
 子供だった自分が住んでいた家、其処の住所が思い出せない。
 文字を初めて覚えた頃には、得意になって書いたのに。
 アルテメシアのエネルゲイアの、その先までもスラスラと。
 けれど今では書けない住所。
 手さえも覚えていてくれなかった、あんなに何度も書いていたのに。
 幼かった自分が繰り返し書いて、両親に見せては自慢したのに。


 過去を失くしたと気付かされた時、もう此処に来る船にいた。
 ピーターパンの本だけを持って、他の何人もの候補生たちと。
 此処に着いたら、行くように言われたガイダンス。
 その時に映し出された映像、この世界のシステムを解説するもの。
 養父母たちの姿も映っていたのに、「パパ」や「ママ」と口にする者もいたのに…。
(全ての者が等しく地球の子…)
 そう聞かされた途端、誰もが変わった。
 促されるままに手を取り合って、和やかに始まった自己紹介やら会話やら。
 誰一人として、もう両親を思い出そうとはしなかった。
 育ての親より仲間が大切、此処で友達を作ることが大切。
 アッと言う間に出来たグループ、そうでなければ二人組とか。
(でも、ぼくは…)
 入りそびれた「地球の子」たちの輪。
 何故だか「違う」と思ったから。
 自分は彼らと同じではないと、「地球の子」とやらにはなれそうもない、と。
 あの時、心が求めていたのは映像の中にいた養父母たち。
 彼らの姿は、何処もぼやけていなかったから。
 今はぼやけて思い出せない、自分を育てた両親の顔。
 父が、母の顔が、あの映像のように鮮やかに思い出せたなら、と願っただけ。
 どうして映像の養父母たちは「違う人」なのかと。
 彼らの代わりに「父」を、それに「母」の姿を、映して見せて欲しかった。
 そうしてくれたら、二度と忘れないのに。
 ほんの一瞬、映し出されただけにしたって、生涯、忘れはしないだろうに…。


 映像の中には「いなかった」両親、多分「映っていなかった」故郷。
 其処に焦がれて、焦がれ続けて、今も入れない「地球の子」たちの輪。
 入りたいとさえ思わないけれど、こちらから願い下げだけど。
(…あんな連中と一緒だったら…)
 きっと、こちらまで毒される。
 「朱に交われば赤くなる」という言葉通りに、自分自身も染まってしまう。
 機械の言いなりになって生きる姿に、過去の自分を捨ててしまった人間たちに染まってゆく。
 自分でもそうとは気付かない内に、じわじわと毒に侵されて。
 毒を少しずつ摂取したなら、毒が効かなくなるのと同じ。
 いつの間にやら「これは毒だ」と思わなくなって、気付かないままにすっかり「地球の子」。
 両親を、それに故郷を忘れて、マザー・イライザを母と慕って。
(…そんな風になるくらいなら…)
 独りぼっちで生きる人生、そちらの方がよっぽどマシ。
 友達が一人もいなくても。
 「仲間」と呼べる者もいなくても、チームメイトの中でさえ孤立していても。
 それが自分の生き方なのだし、寂しいと思うことはない。
 一人きりの日々に満足だけれど、ふとしたはずみに思うこと。
 自分は昔からそうだったのかと、故郷での自分はどうだったかと。
(エネルゲイアの学校だって…)
 此処と同じに、大勢の同級生たちがいた筈。
 彼らの中でも一人だったかと、自分は孤独だったのかと。
 友を作りはしなかったのかと、「友達」は誰もいなかったのかと。


(ぼくの友達…)
 両親さえも覚えていないし、友達の顔を覚えている筈もないけれど。
 きっとそうだと思うのだけれど、どうしたわけだか、次々と頭に浮かぶ顔。
 それに名前も、時には何処のクラスの子かも。
(…全ての者が等しく地球の子…)
 そのためだろうか、友達の記憶がまるで消されていないのは。
 何処かで彼らと出会った時には、もう一度手を取り合えるように。
 「また会えたな」と、「久しぶりだ」と。
 同じ故郷で育ったのだと、また友情を築けるように。
(…余計なお世話って言うんだよ…)
 こんな記憶がいったい何の役に立つんだ、と思うけれども、実際、役に立つらしい。
 此処での候補生の中にも、「幼馴染」と組んでいる者がいるようだから。
 「あいつと、あいつは同郷だってよ」などと噂も耳にするから。
 そういうケースを聞く度に覚える激しい苛立ち。
 「友達なんか」と、「そんなものが何の役に立つ?」と。
 けれど、此処ではそうなのだろう。
 大人の社会で生きてゆくには、「両親」よりも「友達」が大事。
 故郷には二度と戻れないから、両親と暮らせはしないから。
 もう手の届かない世界よりかは、これからも共に生きられる仲間。
 だから機械は「過去」を残した、両親の代わりに「友達」を。
 何もかも全て消しはしないで、「友達」だけは残しておいて。
 「友達」はいつか役に立つから。
 もう用済みの「両親」などより、遥かに意味があるものだから。


 それが機械の判断だけれど、だから故郷では「友達」を持っていたようだけれど…。
(こんな記憶なんか…)
 捨ててしまってかまわないから、両親を覚えていたかった。
 何を捨てるか選べるのならば、友達の方を捨てたと思う。
 同じ過去なら、要らないものは「友達」だから。
 それは無くても生きてゆけるから、現に自分はそうなのだから。
(地球の子なんかに、なれなくていいから…)
 なりたくもないから、要らない友達。
 どうせ友達を作らないなら、不要なのだろう「友達」の記憶。
 思い出すだけで腹が立つから、普段は記憶の海に沈める。
 瓶に詰め込んで、海の底深く沈めてしまって、知らないふり。
 けれども、たまに…。
(ぼくに友達はいたんだろうか、って…)
 考えるとこうして思い出すから、もう考えない方がいい。
 友達なんかは欲しくもないし、この先も、きっと作らないから。
 自分は一人で生きてゆくから、孤独に生きてゆきたいから。
(…ぼくには友達なんか、一人も…)
 いやしないんだ、と自分自身に言い聞かせる。
 ずっと昔からいはしなかったと、これから先もいないのだと。
 機械が「友達」を勧めるのならば、そんな「友」など要らないから。
 独りぼっちでかまわないから、忘れてしまいたい故郷の「友」。
 記憶の海の深淵の底に、瓶に詰めて沈めてしまいたい。
 二度と浮かんで来ないよう。
 二度と苛立たなくて済むよう、永遠に思い出せないように…。

 

        友達の記憶・了

※シロエが作らない「友達」。それに「仲間」も。欲しいと思うことも無いから。
 けれど故郷ではどうだったのか、と考えてみた話。友達の記憶は残るみたいですしね?






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