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(この命なぞに、それほどの…)
 価値があるとは思えないがな、とキースは皮肉な笑みを浮かべた。
 首都惑星ノアの国家騎士団総司令の個室で、ただ一人きりで。
 もう夜更けだから、側近のマツカは下がらせた後。
 彼が淹れていったコーヒーだけが、机の上に残っている。
 その「マツカ」に、今日も「救われた」。
 キースを狙った暗殺計画は頓挫し、実行犯も背後の者も、全て捕らえられ、投獄された。
 もう何度目になるのだろうか、数える気さえ起こりはしない。
(私を殺そうとする輩の方が、私よりも遥かに、このシステムに忠実で…)
 何の疑問も抱いていないことだろう。
 機械に支配されることにも、人生までをも機械に左右されることにも。
(彼らをトップに据えておく方が、よほどマシだと思うのだがな…)
 私は半ば異分子だぞ、という自覚はある。
 本物の異分子とされる「ミュウ」には及ばないのだけれども、この体制に向いてはいない。
 SD体制への批判だったら、幾らでも挙げて語れるだろう。
 ただ、その相手が「いない」だけで。
 広い宇宙の何処を探しても、「それ」を語り合える相手はいない。
(ミュウの連中なら、理解出来るだろうが…)
 彼らとは「語り合う」以前の問題、ミュウたちは「キース」を許しはしない。
 ジルベスター・セブンを焼かれた恨みを、彼らは忘れないだろう。
 指導者だったソルジャー・ブルーが、二度と戻って来なかったことも。
(…彼らと話せる時が来るなら、もう、その時には…)
 人類はミュウに敗れた後で、敗者としての会談になる。
 それまで「キース」が生きていれば、の話だけれど。
 暗殺されてしまうことなく、グランド・マザーの計画通りに、国家主席になれば、の話。
(こればかりは、なんとも分からないからな…)
 とはいえ、生きているのだろうさ、という気がする。
 いつか、「その時」が訪れるまで。
 ミュウが人類に勝利を収めて、このノアはおろか、聖地たる地球に向かう時まで。


 自分自身を観察するほど、価値などは無いと思える命。
 確かに能力は高いけれども、このシステムには批判的なのが「キース・アニアン」。
 致命的とも言える欠陥なのに、機械は何も言っては来ない。
 結果さえ出せればいいのだろうか、中身の方はどうであっても。
(皆が見ている私自身は、冷徹で…)
 ジルベスター・セブンで「そうした」ように、ミュウに対して容赦はしない。
 SD体制に反抗的な者にも、少しも同情したりはしない。
 端から捕らえて投獄したり、辺境の惑星に送りもする。
 国家騎士団総司令として、体制に逆らう星に赴き、殺戮を繰り広げることさえもある。
(…しかし、私は…)
 心の底では、このシステムを認めてはいない。
 かつてシロエが「そうした」ように、批判したい気持ちは常に心の何処かに在る。
 それを語れる相手さえいれば、夜を徹して語り合うことだろう。
 場合によっては手を取り合って、システムに立ち向かうこともあるかもしれない。
 ミュウたちが日々、「戦っている」のと同じように。
 機械に、システムに反旗を翻し、賛同する者たちを率いて「反逆者」として。
(…それをやりかねない、私の命などには…)
 本当に何の価値も無いな、と思うけれども、機械はそうは考えない。
 キースは「シロエ」のように消されず、この先も行きてゆくのだろう。
 暗殺されてしまわなければ。
 機械から見れば「無能」な輩が、「キース」に取って代わらなければ。


 考えるほどに、価値の無い命。
 これを欲しがる輩がいるなら、くれてやっても構わない。
 機械は「キース」を失うけれども、無能な輩がトップであっても、人類という種族の方は…。
(結果的には、同じ結末を迎えるのだしな?)
 恐らく世界は「ミュウのものだ」と踏んでいるから、人類の末路は変わりはしない。
 国家主席が「キース」でなくても、国家主席になれる人材が不在でも。
(…そうは思うが、グランド・マザーは…)
 そんな道など望まないから、「キース」は生きてゆくしかない。
 誰かに暗殺されない限りは、予め敷かれたレールの上を。
 Eー1077で全くの無から生まれた時から、定められていた宿命の道を。
(…いっそ、暗殺されてしまっていた方が…)
 楽だったろう、と思う日が、そう遠くない未来に待っている気がしないでもない。
 ミュウに敗れて、彼らに捕らえられてしまえば、きっと、そうなる。
(ジルベスター・セブンを焼き、ソルジャー・ブルーを殺した私を…)
 ミュウたちは憎み、けして許さないことだろう。
 拷問されるか、心の隅々まで覗き込まれて、掻き回されて苦しむ時が続くのか。
 「いっそ、殺せ!」と叫んだところで、彼らが殺すとは思えない。
 モビー・ディックでキースを「殺そうとした」、あの子供でも「殺さない」だろう。
 「殺して、楽にしてやる」ことなど、あの子供でさえ考えはしない。
 「キース」の望みを叶えるなどは、愚の骨頂というものだから。
 「殺してくれ」と叫び、願うのなら、叶えないのが、最高の復讐と言えるから。


(…勘弁願いたい未来なのだが…)
 そうなる前に殺された方がマシなのだがな、と背筋が冷える。
 恐ろしい予感が当たった場合は、生き地獄に落ちることだろう。
 ミュウに捕まり、死ぬことも、狂うことさえも出来ない、地獄の日々。
 モビー・ディックで牢にいた時、それと似たような経験をした。
 あの時も充分、拷問だと感じていたのだけれども、その比ではない目に遭わされる。
 誰も止めようとは考えなくて、ただ傍らで「見ているだけ」。
 ジョミー・マーキス・シンさえも。
 あの船から逃げる切っ掛けになった、盲目だったミュウの女も。
(…もう負けるのだ、と分かった時点で…)
 自ら命を断ち切ったならば、その苦痛から逃れられるだろう。
 死んでしまった「キース」の身体は、ミュウが持ち去り、切り刻むかもしれないけれど。
 ソルジャー・ブルーに心を読まれたからには、もう正体は知れているだろう。
 「機械が無から作った生命」は、いったい、どういうものだったのか。
 それを知ろうと、ミュウの研究者が解剖しようが、何をしようが、それはいい。
 死んだ後なら、全ては「どうでもいい」こと。
 刻んで調べられたところで、もう「キース」には「分からない」から。
 けれど…。
(そうなる前に、自ら命を捨てることなど…)
 果たして、それは可能だろうか。
 機械が、全てを統治するグランド・マザーが、そのような選択を許すだろうか。
 マザー・イライザが無から作った「キース」を、機械は失うわけにはいかない。
 どれほど敗色が濃い戦いでも、機械は諦めたりしない。
 機械の思考は「0」か「1」かで、他の選択など有り得ないもの。
 完膚なきまでに叩きのめされ、何もかも「ゼロ」になってしまうまで、機械は「戦う」。
 いや、「戦え」と命じるだろう。
 「0」になってはいないからには、まだ戦いの局面は「1」。
 機械は、けして「諦めない」から、「キース」も戦い続けるしかない。
 負けた時には、屈辱的な運命が待っていようとも。
 ミュウに囚われ、死ぬことさえも出来ない地獄に突き落とされる他は無くても。


(…この命さえも…)
 私の自由にはならないのか、と絶望的な気持ちになる。
 グランド・マザーが、このシステムが健在な限り、自分の手では死ねないのか、と。
(…きっと、そうだな…)
 銃を手にして、自分に向けて撃つよりも前に、機械が「それ」を取り上げるだろう。
 監視カメラとセットになった、警備システムで「キース」の手を撃ってでも。
 要は「キース」が生きてさえいれば、機械はそれで満足する。
 生きているなら、部下を使って「戦える」から。
 二度と「死」などは考えないよう、死ぬための手段も全て封じて、飼い殺しにする。
 「SD体制のために戦え」と、完全な敗北が訪れるまで。
 機械も壊され、SD体制が「ゼロ」となり、無に帰す時が来るまで。
(…私には、死という選択さえも…)
 まるで許されてはいないのだな、とシロエが少し羨ましくなる。
 自分自身の意志を貫き、宇宙に散ったセキ・レイ・シロエ。
 あの時、彼の影響を受けて、「このシステムに従うよりは」と死を考えても無駄だったろう。
 そう思考する「心」を修正されていたのか、あるいは、心はそのままにして…。
(死のうとしても、死ねない現実を突き付けて来て…)
 諦めの内に生きてゆくことを、あの年齢で受け入れさせていたものか。
 「そちらなのかもしれないな」と思うものだから、気が付かなくて良かったと思う。
 誇りを守って死ぬことさえも許されない、と知っていたなら、この世は既に地獄だから。
 命までも機械に握られていては、心の底には暗い淵しか見えないから。
(…何もかもが「ゼロ」になる日まで…)
 生きてゆくしかないというのも、立派な拷問というものだろう。
 実際、どうやら、そうなのだけれど。
 ミュウどもの手に落ちる時まで、命を絶てずに生き永らえるしか無さそうだから…。




            この命さえも・了


※原作のキースは「ジョミーに殺される」最期を選びましたが、違ったのがアニテラ。
 そして原作の方も、機械が健在だった間は、操られたりしたキース。強制的に生かされそう。









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 女神を見付けた。
 一粒の真珠、地球を抱く女神。
 未だに座標すらも掴めぬ母なる惑星(ほし)。
 その星の鮮やかな真の姿を、ガラスケースの中に漂う幼い少女が夢に見ている。
 君こそが長い年月追い求めて来た、ぼくの夢の化身。
 ………君はぼくの女神………。



 ブルーが其処を訪れたことに意味は無かった。
 人類が作り上げた管理システムの要、ユニバーサル・コントロール。
 ミュウを探し出し、秘密裏に処分することを任務の一つとする憎むべき施設。
 根底から破壊してしまえれば、と何度思ったことだろう。
 しかし施設を壊したところで何になる?
 再び一から作り直され、ミュウへの憎しみが今よりも更に増すだけだ。
 消し去りたくとも消すことの出来ぬ、ミュウを狩る者たちの堅固な城塞。
 せめてもの意趣返しにと、ブルーは時折、その中へ密かに入り込む。
 幾重にも張り巡らされた防御システムと警備センサー。それらを潜り抜けて自由自在に、また気まぐれに闊歩するなど、勤務している職員ですらも許されはしない。
 そんな場所をミュウが、それもミュウの長が歩き回っていると知ったら、このユニバーサルを統べる者たちはどんな表情を見せるのだろう。
 あからさまな嫌悪か、それとも侮蔑と激しい憎悪なのか。
 悲しくも愚かしい、自分たちに向けられる人類の思い。分かり合える日がいつか来るのか、永遠に来はしないのか…。
 暗澹たる思考に囚われながら、ブルーは今日も城塞の奥深い通路を巡る。目指す場所も探す物も無いまま、厳重なセキュリティー・システムを潜り抜けては右へ、左へと…。


 そうして辿り着いた扉の奥。
 薄暗く広い部屋の中央に、ぼうっと青く発光している大きなガラスケースが在った。
 その中に……。
(……人……?)
 初めは標本なのかと思った。保存用の液体に漬けられ、研究対象として切り刻まれる運命にあるミュウの亡骸。
 惨いことを、とブルーの心に悲しみと怒りが湧き上がる。
 死んでなお安らぎを許されぬ仲間をせめて地上から解き放たねば、と足早にガラスケースの方へと向かった。抜け殻となった肉体を跡形もなく消し、ケースを満たす液体をも…、と近付いた足だったけれど、それが床へと縫い止められる。
(……生きている……?)
 ミュウだからこそ感じ取ることが出来る微かな鼓動と柔らかな波動。
(…これは……)
 人工のものでしか有り得ない臍帯に繋がれた幼い少女。
 長い金の髪を揺らす美しい少女はミュウではなくて、また人類でもないものだった。
 人類が……、否、人類を管理するシステムそのものが無から創り出した生命体。それを示すデータが部屋のそこかしこに散らばり、ブルーに無言の警告を発するけれども。
(……綺麗だ……)
 一糸纏わぬ少女の姿に魅入られたように、ブルーはケースへと歩み寄っていった。


 膝を抱き、人工羊水の中に浮かぶ金の髪の少女。
 眠る彼女には臍帯を通して膨大な情報が流し込まれ続け、人類よりも遙かに高い知能を有する指導者として覚醒させるべくプロジェクトが淡々と進行している。
 それは少女が完成した暁に、ミュウの破滅を約束しかねない恐るべき計画であるというのに。
 何故かこの少女に心惹かれる。
 まだ指導者としての自我に目覚めてはおらず、ただ幸せな夢を見ているだけの幼い少女に。
(…君は……)
 呼び掛けようにも、少女は名前を持たなかった。無事にガラスケースから出される日までは数字と記号の組み合わせで呼ばれる実験体に過ぎない少女。
 それなのにどうして、君は微かな笑みさえ浮かべて水槽の中で微睡めるのか…。
(…君は……何を夢見ている…?)
 ミュウが殲滅され、人類しか存在しない理想郷なのか、と覗いた夢に在ったもの。
 それは青く輝く一粒の真珠。
 遠い昔から焦がれ続けた母なる地球。
 その瞬間に、ブルーは少女に惹かれた理由を悟った。
 地球を抱く女神。
 君こそが、ぼくの夢の化身だ……。


 震える手をガラスケースへと伸ばすブルーに呼応するように、少女の身体がユラリと揺れた。
 伝説の人魚さながらに泳ぎ寄り、無垢な微笑みがブルーただ一人のために向けられる。
「……ぼくの女神……」
 唇から漏れた言葉は少女の耳に届いただろうか?
 ガラスに触れたブルーの手のひらに、少女の白く小さな左手が内側からそっと重ねられた。
 途端に流れ込む、先ほどよりもずっと鮮やかな地球の映像。
(………欲しい)
 この地球が、地球を抱く少女が。
 少女の瞳は開くことはなく、ブルーのサイオンも、この部屋に溢れる数多のデータも、彼女が生まれつき盲目であると告げていた。
 指導者となるには不向きな身体。それでも彼女を育成し続ける理由は次の個体を創り出すため。生殖能力さえも欠いた少女は、肉体的な欠損を除けば最高の出来であったのだ。
 彼女を育て上げ、遺伝子データから欠陥を取り除き、今度こそ人類に相応しい指導者を創り出す。そのためだけに人工羊水の中で育まれる少女に確たる未来は無いだろう。
 目的が果たされた時には処分されるか、一介の市民としての記憶を植えられ、捨てられるか。
 それならば……。


(ぼくが貰って何がいけない?)
 ブルーは再び微睡み始めた少女を熱い瞳で見詰めた。
 青い地球を抱いた夢の化身。
 ミュウの長として独りミュウたちを守り導き、戦い続けることだけがブルーの全てで、他には何ひとつ持ってはいないし、与えられることもありはしなかった。
 ソルジャーの称号も、居室の青の間も、ミュウたちの尊敬と羨望を集めはしても、ブルーにとっては重くのしかかる枷でしかない。
 戦闘能力を持ったミュウ、タイプ・ブルーはブルーしか存在しないがゆえにソルジャーであり、青の間ですらブルーの防御能力を最大限に発揮するためのシャングリラの砦。
 一人で安らげる部屋さえも無く、導いてくれる者もいない孤独な生。
 だからこそ夢の標にと地球を求めた。青い水の星に還り着く日だけを夢見て、今日まで戦い続けて来た。
 その夢の星を抱く少女が目の前にいる。無から創り出され、不要となったら捨てられるだけの寄る辺なき身の、美しく無垢な夢の化身が…。
(…決めたよ、ぼくの大切な女神。……ぼくは君を必ず手に入れる)
 いつか必ず迎えに来る、とガラスに口付けを一つ落としてブルーの姿はユニバーサルの研究室からかき消えた。
 ブルーが存在していた記録は何処にも残らず、少女は地球の夢を見る。そしてブルーもまた、自らが女神と呼んだ少女をシャングリラへと迎え入れる日を夢に見る……。


 その日からブルーは仲間には言えない秘密を抱えた。
 シャングリラを抜け出し、ユニバーサルへと忍び込むこと自体は問題では無い。それは以前から何度も繰り返していたし、長老たちも承知している。
 けれど、人類に………それも指導者とすべく無から創られた少女に心奪われ、彼女の許を訪れるために抜け出していると知られるわけにはいかなかった。人類を憎む長老たちならユニバーサルを攻撃しかねない。ブルーを誑かした少女を消し去り、ソルジャーの正気を取り戻すために。
 ………それよりも更に厄介なのが、少女を迎えた後のこと。
 少女はミュウの因子を持たない。それは人類であるという動かぬ証拠。如何に地球の映像を抱く少女といえども、シャングリラに人類を乗せられはしない。


「……だけどね、君は安心していて…」
 ぼくの力があれば大丈夫だよ、とブルーは少女を外界から隔絶するガラスケースに手を添える。
「君が人類だと悟られないよう、ぼくが必ず守るから。…君はぼくだけの女神だから…」
 ぼくが見付けた、とガラス越しに語りかけるブルーに少女が微笑む。
「…ありがとう、ぼくを信じてくれて。……ぼくのフィシス…」
 重ね合わせた手から感じる少女の信頼。
 まだ漠然とした赤子のような感情だけれど、少女はブルーを慕い、懐いた。
 そんな優しくも穏やかな日々に、数字と記号だけが組み合わされた少女の名前はそぐわない。
 だからブルーは密かに彼女に名前を付けた。
 ミュウと判断されてからの過酷な人体実験の中で失くしてしまった、普通の人として生きていた頃の自分の記憶。その中に在った筈の母の名なのか、幼馴染か、あるいは大切な何かに付けた名前か。
 それが何かは分からないけれど、少女に名前をと思った時に記憶の底から浮かび上がった名を迷うことなく彼女に与えた。
 「ぼくの女神」、「ぼくのフィシス」と恭しくガラスケースに口付けながら。
 もちろん、その名をユニバーサルの研究者たちに刷り込むことも忘れてはいない。少女はガラスケースから出されると同時に、フィシスと名付けられるだろう。ミュウの長が与えた名前とも知らず、彼女に相応しい名だと信じて……。


「…また来たよ、フィシス」
 この前よりも少し大きくなったかな、とブルーは今日もガラスケースの前に立つ。
 初めて少女を見付けた日から既に三年は経っただろうか。この部屋に飛び交うデータからすれば、フィシスが外界へと出される日までは半年も無い。
 外界で更に半年ほど育て、必要なデータを集め終わったら彼女は処分されてしまうか、あるいは一般市民となるか。
 その前に彼女をシャングリラへ、と気は焦るけれど、ガラスケースの中から連れ去ることは彼女にはリスクが高すぎた。生命を維持する人工臍帯と彼女の身体を切り離す術が無かったのだ。
 人工臍帯の構造と仕組みは分かっている。しかし彼女の肉体をある段階まで育て上げるために組まれたシステムは外からの介在を許さない。無理に外せば自然出産だった時代の言葉で言う死産、フィシスの命を奪う結果になるだろう。
「…君が此処から出されてしまったら、会いに来られなくなってしまうね…」
 だけど必ず迎えに来るから、と告げるブルーがガラスに伸べた手にフィシスの白い手が重なる。その度にフィシスが見せてくれる地球がブルーを慰め、未来への希望を繋いでくれる。
「君が人類でもかまわない。…ぼくと一緒に来て欲しいんだ」
 ぼくには君が必要だから、とブルーは真摯に語りかける。
「出来るならば君をミュウにしたかったけれど、そんな方法をぼくは知らない…」
 そんな魔法があったなら、とブルーがガラスケースから離した手の上に浮かべて見せた青く輝くサイオンの玉をフィシスの見えない瞳が追った。
「…君には見せたことが無かったか…。これがぼくの力。ぼくのサイオン」
 見えるかい、と人工羊水の中に小指の先ほどのサイオンの玉を泡に紛れて忍び込ませた。
 それはフィシスに自分を知って貰いたいがゆえの、他愛無い戯れ。
 ……ほんの戯れだったのだ……。


 ガラスケースの向こうに浮かんでは消える幾つもの泡。
 青く光るブルーのサイオンの玉も、そのように消える筈だった。けれど……。
「………フィシス?」
 フィシスはブルーが送って寄越した光の泡に顔を輝かせ、初めて玩具を貰った子供のように両手で大切に包み込んだ。それでも所詮、泡は泡。指の間から細かい粒となって立ち昇り、消えてゆく玉にフィシスが落胆の表情を見せる。
「…今の光が気に入ったのかい? そうか、君の側には何も置かれていないから…」
 初めて外の世界の物に触れたんだね、とブルーが二つ目のサイオンの玉を送ると喜びの感情が伝わって来た。儚く消えてしまう泡でも、フィシスはそれが気に入ったようだ。三つ、四つ、と泡を送って、フィシスがそれを掴まえて。
 ガラスケース越しに、どのくらいそうしていただろう?
 気付けばシャングリラに戻らねばならない時間が近付いていて、ブルーは名残惜しげにガラスに触れた。
「…フィシス、ぼくはそろそろ帰らなければ…。遊びの続きは、また今度」
 これでおしまい、と送り込んだサイオンの玉にフィシスは悲しそうな顔をするなり、それを愛らしい唇で捉えた。まるでキャンデーでもあるかのように口の中に含み、コクリと喉が上下する。
「……フィシス?!」
 身体に害を及ぼす類の力を乗せてはいなかったけれど、サイオンの塊であったことに間違いはない。人工臍帯で維持されているフィシスの生命には毒となるのでは、とブルーの背筋が冷たくなったが、飲み込んだフィシスはそれは幸せそうに微笑んでみせた。
「……心臓が止まるかと思ったよ…。あまり驚かせないで、ぼくの女神」
 ぼくは若くはないんだからね、とガラスケースに口付けをしてブルーはシャングリラへと一気に飛んだ。
 サイオンを見せても怯えなかった愛しい女神。
 一日でも早く、君が欲しいよ……。


 それから暫くフィシスの許を訪れることは叶わなかった。一日千秋の思いで次の機会を待ち、ようやくガラスケースのある部屋に立ったブルーの頬を温かな何かが撫でてゆく。
 シャングリラでは馴染み深い、その気配。けれど人類の世界、それもユニバーサルの中枢とも言える奥深い部屋で感じ取ることなど無かった気配。
(……何故……)
 何処から、と探るよりも前にガラスケースの中でフィシスが動いた。
 美しい人魚、地球を抱く女神。
『…まさか…。フィシス、今のは君なのか…?』
 この部屋で初めて紡いだ思念に、言葉にならない思念が返る。
 ブルーを慕う思いだけで占められた、ただただ、「好き」という感情。
 「好き」よりももっと舌っ足らずな、「すき」と告げる幼く無垢すぎる思念。
『……フィシス……。どうして、君が……』
 君にサイオンは無かった筈だ、と声に出さなかったブルーの言葉に答える代わりに、フィシスはガラスケースの中に湧き上がった泡を口に含んで飲み込んでみせた。
 フィシスとサイオンの玉で戯れた記憶が蘇る。
 あの日、最後に送り込んだ小さな青いサイオンの玉をフィシスはコクリと飲み下した。ブルーのサイオンを食べたフィシスが身の内にサイオンを持っている。人をミュウにする魔法など何処にも無いと思っていたのに、自分がフィシスをミュウにしたのか……。
 呆然とガラスケースを見詰めるブルーにフィシスの無邪気な思念が伝わって来た。
 この間の遊びの続きをせがむ愛らしい女神。
 君が望むなら、いくらでも。…ぼくのサイオンを欲しいというなら、いくらでも……。
 ブルーが送り込むサイオンの玉と戯れ、フィシスは気まぐれにそれを飲み込む。
 もっと…。もっと、飲み込むといい。
 君のサイオンが強くなるから。ぼくと同じミュウになれるから…。
 もうシャングリラに君を迎えても大丈夫。
 誰も君のことを人間だなどと言いはしないし、誰も気付きはしないだろう。
 ぼくの女神、ぼくだけの愛しい、大切なフィシス。
 いつかシャングリラに君を連れてゆくよ……。


 ブルーが与えるサイオンの玉を、青く輝く泡を何よりも好んだフィシスはミュウとなった。
 だが、研究者たちはそれと気付かず、彼女をガラスケースから取り出すための準備を始める。自分と接触していたことがフィシスに災いを招かぬように、とブルーはフィシスに別れを告げた。
「…フィシス。もうすぐ君が其処から出る日がやって来る。ぼくは必ず迎えに来るけれど、君の記憶は消してゆくから」
 待って、と小さな悲鳴のような思念がブルーの心を掠めたけれど。
「さようなら、フィシス。…また会える日まで、どうか元気で……」
 ぼくの女神、と最後に呼んでガラスケースに口付ける。
 それがブルーの別れの挨拶。
 フィシスが好きだった青く光る泡が無数に湧き上がり、少女の身体を包み込んで消えた。少女が懐いて慕い続けた、ブルーとの日々の記憶と共に……。


 ブルーのサイオンの泡から生まれた、ブルーが魅せられた地球を抱く女神。
 ガラスケースから出された少女は研究者たちにフィシスと名付けられ、ユニバーサルで成長する。
 半年の後、全てのデータを採取された彼女はミュウであるとされ、処分が決まった。
 フィシスと初めて出会った時から、ブルーが待って、待ち焦がれた日。
 …待っていて、フィシス。
 ぼくが今、行く。
 いつか必ず迎えに行くと、ぼくは約束しただろう?
 君は忘れてしまったけれども、ぼくは約束を違えない。
 ぼくの女神、ぼくだけの大切な女神。
 ぼくが愛した夢の化身…。


 処分されると決まったとも知らず、ベッドの上でタロットカードを繰っていたフィシス。
 現れた死神のカードにその顔が曇る。
「…大丈夫」
 あなたは? と尋ねたフィシスの問いには答えず、ブルーはフィシスの右手に自分の手を添えて死神のカードの天と地を替えた。
 死神のカードは正位置ならば「死」を、逆さになれば「死地からの生還」を意味する。
「…旅立ちの時」
 え? と怪訝な面持ちのフィシスの頬を両手で包み、ブルーは優しく囁いた。
「ぼくを信じて。君を必ず守るから」
 フィシスの小さな手がブルーの両手に、その温もりを確かめるように重ねられた。
 記憶は確かに消したのだけれど、フィシスは自分を覚えている。
 その魂の底で、ブルーと過ごしてきた日々を。


「…こっちだ。フィシス」
 小さな左手をしっかりと握り、ブルーはフィシスを部屋の外へと導いた。
 誰にも追わせない、追わせはしない。
 ぼくは女神を手に入れる。



 フィシスと二人、通路を走って、それからシャングリラへと青い空を翔けて。
 ついに手に入れた地球を抱く女神を、ミュウたちは感嘆と称賛の言葉を尽くして迎えた。
 元は人類であるとも知らず、無から創り出された者だとも知らず…。
 そしてフィシスは女神となった。
 ブルーのサイオンの泡から生まれた、ブルーの、そしてミュウたちの女神。



 ぼくの女神、ぼくの大切なフィシス。
 君の秘密は君自身にも教えない。
 ユニバーサルでの記憶も君のために消すよ、君が幸せでいられるように。
 ぼくのサイオンから生まれたミュウだと、君さえも気付かないように。
 全てはぼくが背負ってゆくから……
 フィシス、君の抱く地球をまた見せてくれないか?
 青く、何処までも美しい星。
 本物の地球に辿りつけるよう、ぼくはミュウたちを導こう。


 君はぼくの行く手を照らし出す女神。
 美しく清らかな、ぼくだけの女神。
 フィシス……。
 君は知っているかい?
 遠い遠い昔の地球の神話に、青い海の泡から生まれた美しい女神がいたことを…。




           アフロディーテ・了


※お蔵入りしていた、まさかのブルフィシ。
 もう永遠に「出す日は来ない」と思っていました、いや、本当に。
 元々はブルフィシ派だった管理人、遥か昔に、「いつか友への贈り物に」と書いた件。
 ところが機会が訪れないまま、ブルフィシな友は別のジャンルに移動という。
 管理人も既にハレブルの人になっていたので、「もういいや」と、片付けて終わり。
 そして流れた長い歳月、アニテラがBlu-rayになって帰って来ることに。
 「これを逃したら、公開のチャンスは二度と無い!」と、蔵から引っ張り出して来ました。
 元のファイルに、「2013年8月8日」という恐ろしい日付が。
 「そうか、殆ど10年前か」と、自分が一番、ビックリかも。










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(パパ、ママ…。会いたいよ…)
 ほんの少しの時間でいいから、とシロエはベッドの上で膝を抱える。
 Eー1077の夜の個室で、思うのは故郷のことばかり。
 けれど、鮮やかには思い出せない。
 成人検査で消された記憶は、努力してみても蘇らない。
 逆に、どんどん薄れてゆく。
(ぼくが忘れたくなくて、あれこれ努力してるのを…)
 此処を支配するマザー・イライザは、とっくの昔に見抜いている。
 過去にこだわり続ける「シロエ」が、システムから離脱してゆく危険にだって気付いている。
(だから、せっせとコールされて…)
 マザー・イライザに呼び出される度に、「何か」を其処に「落として来る」。
 それが何だったか、自分でも分からないのだけれども、大切な「何か」。
 シロエの「過去」に繋がる記憶で、大切に守り抜きたいピースが、消されて無くなる。
(…パパとママの顔も、あちこちが欠けてしまってて…)
 どんな面差しで、どんな瞳の色だったのかも、今では忘れ去ってしまった。
 記憶の中の両親の顔は、まるで焼け焦げた写真のよう。
 「こういう顔だ」とピンと来る部分、肝心の所が霞んでしまって残っていない。
(…それでも、ぼくは…)
 両親のことを忘れはしないし、今も会いたくて堪らない。
 一瞬だけでも家に帰れたら、どれほど幸せなことだろう。
 「パパ、ママ!」と呼び掛けて、両親が振り向いてくれた瞬間、許された時間が終わっても。
 「面会時間は終わりですよ」と係が扉を閉めてしまって、お別れになってしまっても。
(…ホントに、一瞬だけでいいから…)
 会わせて欲しいよ、と思うけれども、システムはそれを許しはしない。
 成人検査で別れた両親や故郷、それらは確かに在るというのに、子供は其処に帰れはしない。
 SD体制が敷かれた世界は、大人の社会と子供の社会を分けているから。
 「大人と子供が、一緒に暮らしてゆける世界」は、育英都市の中だけにしかない。
 十四歳になった子供は、其処を離れて旅立つしか無くて、記憶も消されてしまうのだから。


 それでも、其処に帰りたい。
 そう願うことは、機械にとっては「有り得ない」ことで、誤った考えだとされる。
 「シロエ」の軌道を修正するべく、機械は記憶を「消し続ける」。
 一つのピースを消しても結果が出ないのならば、次のピースを、といった具合に。
(……悪循環だよ……)
 自分でも自覚しているけれども、頑張っても、どうすることも出来ない。
 心は両親を求めてしまうし、故郷に帰りたい思いも消えない。
(…帰りたいのに…)
 パパとママがいる家に帰りたいよ、と膝に顔を埋めていて、ハタと気付いた。
 「帰りたい」のは、「懐かしい」のは、「ぼくの方だけかもしれない」と。
(……パパとママにとっては、ぼくは何人目かの子供だよね……?)
 けして若くはなかったのだし、「シロエ」の前にも、子供を育てていただろう。
 育英都市で暮らす夫婦の仕事は、まず一番に「子供を育てること」。
 父は研究者だったけれども、それは「二番目の仕事」に過ぎない。
 「シロエの父親であるということ」、それこそが父の仕事だったと言ってもいい。
 母の場合は言うまでもなく、「シロエの母」であることが役目。
 二人とも、「シロエ」を愛して、可愛がってくれたけれども…。
(…もしかして、あれも…?)
 仕事だったというのだろうか、「シロエ」を愛して育てることが。
 そういう教育を受けて来たから、愛して、大事に育てたのか。
(……まさかね……?)
 いくらなんでも、そんなこと…、と思いはしても、「そうではない」という証拠は無い。
 両親が見せてくれた笑顔も、優しかった手も、何もかも「仕事上」のものだったろうか。
 育てる子供が「シロエ」でなくても、両親は同じに「愛した」ろうか。
(…そうじゃなかった、なんていうことは…)
 それこそ無いよ、と薄れてしまった記憶の中の両親を思う。
 あの優しさが演技だったとは、とても思えない。
 そして「本物だった」としたなら、両親は「違う子供」でも愛するだろう。
 「シロエ」ではない子供でも。
 まるで違った顔立ちの子で、性格も、性別も違ったとしても。


(……パパとママなら……)
 きっとそうだ、と悔しくなる。
 今も会いたくて堪らない二人は、他の子供の「両親」でもある。
 どんな子供かも知らないけれども、その子は、きっと「何処かにいる」。
 「シロエ」と違って、両親のことなど忘れてしまって、普通に暮らしていることだろう。
 マザー・システムの言いなりになって、大人しい羊になってしまって。
(…そんなの、酷い…)
 パパとママを忘れてしまうなんて、と悲しくて、辛い。
 あんなに優しい人たちのことを、どうして忘れられるのだろう。
 何もかも忘れ去ってしまって、平気で生きてゆくことが出来るのだろう。
 両親は「愛してくれた」のに。
 それが両親の「仕事」だとはいえ、愛も、優しさも、本物なのに。
(…相性の悪い子供だった、って言うのなら…)
 まだ分かるけど、と唇を噛む。
 人間には「相性」というものがあるから、「合わない」場合は、どうしようもない。
 子供同士でも、それで喧嘩になったりもする。
(…養父母のことは、此処では学ばないから…)
 知らないけれども、子供と相性が悪かった時は、養父母を替えたりもするのだろうか。
(養父母と、衝突してばかりだと…)
 健全な精神を持った子供は育たないだろうし、そういう時には「替える」かもしれない。
 相性の良さそうな夫婦を探して、「途中から」の育児になったとしても。
(子供を育て終わった親なら、手が空いてるし…)
 前にも子供を育てているから、途中からでも「上手くやる」だろう。
 もしも、そういうことが「ある」なら、「取り替える」まではいかなくとも…。
(…両親と、あまり合わない、って子も…)
 この世界には「いる」のだろうか。
 「シロエ」の両親のように優しい親でも、「何処となく」肌が合わない子供。
 さほど親には関心が無くて、成人検査で引き離された後は、思い出しさえしないような子。
 「親を愛していなかった」ならば、そうなるだろう。
 懐かしいとも、「また会いたい」とも、思う理由が「無い」のだから。


(…パパとママが、ぼくより前に育てた子供の中にも…)
 そういう子供がいたのだろうか。
 それとも、「愛されて、愛して」育ったけれども、成人検査で「忘れた」ろうか。
 Eー1077にいる候補生たちが、誰もが「そうである」ように。
 二度と戻れない過去のことなど、気にもしないで暮らしているように。
(…どっちなのかは、今のぼくには分かりもしないし…)
 分かったところで、得なことなど何も無いけれど、一つの「可能性」を見付けた。
 「そうなっていたら」、今の暮らしが「楽になる」もの。
 膝を抱えて嘆く代わりに、毎日、楽しく生きてゆけそうな道。
 「ぼくは自由だ」と歓声を上げて、未来だけを見て、過去など捨ててしまえる人生。
 「シロエ」はそうはならなかったけれど、「そうなる」可能性なら「あった」。
(…パパとママのことを、愛さなかったら…)
 大好きになっていなかったならば、「シロエ」の「今」は楽だったろう。
 もう「両親」は「いない」のだから、彼らのことなど「二度と考えなくてもいい」。
 システムもそれを推奨していて、「思い出しなさい」とは、けして言わない。
 そういう場合は、成人検査は、まさしく「未来への扉」。
 まるで好きではない両親がいた家を離れて、希望に満ちた社会に向けて旅立ってゆける。
 何処のステーションに行ったとしたって、もう両親は「いない」から。
 うるさく小言を言われもしなくて、生活に口を出されもしない。
 それほど自由なことがあるだろうか、「もう両親はいない」だなんて。
 「二度と会わずに生きてゆける」上に、「忘れてしまってかまわない」なんて。
(……最高だよね……)
 ホントに最高、と「その可能性」について考えてみる。
 両親に関心が無かったならば、どれほど素敵だっただろうか、と。
 記憶が薄れてしまったところで、嘆き悲しむ必要は無い。
 むしろ「思い出せない」くらいに、綺麗に忘れ去ってもいい。
 両親のことなど「どうでもいい」し、「まるで好きではなかった」のだから。


(…そうなっていたら…)
 楽だったろうし、今だって、こうして嘆いてはいない。
 この時間まで起きているなら、きっと勉強しているのだろう。
 「なんとしてでも、メンバーズになってやるんだから」と、懸命に。
 他の候補生たちが寝ている間に、寝る間も惜しんで、自分の能力に磨きをかける。
 より良い成績を出して、皆より百歩も、二百歩も先を行くように。
 「睡眠時間を削った」分も、「深く眠る」ことで取り戻す。
 でないと訓練についてゆけずに、成績を落とすことになるから、体調管理も抜かりなく。
(絵に描いたような、立派な候補生ってヤツだよね…)
 それにシステムにも逆らわないから、マザー・イライザの覚えだって「いい」。
 その時が来たら、メンバーズに相応しい人材として、推薦もしてくれるだろう。
 「シロエなら、間違いありません」と、太鼓判を押して、出世コースに送り出してくれる。
 間違いなく、そうなる道なのだろうし、とても楽ではあるのだけれど…。
(…パパとママが嫌いで、早く離れてしまいたい、なんて…)
 日々、思いながら生きることなど、絶対に「したくなかった」と思う。
 後に苦しむことになろうと、愛して生きていたかった。
 実際、「シロエ」が「そうした」ように。
 今も会いたくて堪らないほど、両親が大好きだった子供時代は、大切な宝物なのだから…。



           愛さなかったら・了


※子供の行動が怪しいから、と通報するような親がいるのが、SD体制の時代ですけど。
 親の愛情がその程度だったら、子供の方はどうなんだ、と思った所から生まれたお話です。









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(またか…)
 懲りるということを知らん奴らだ、とキースは溜息を一つ零した。
 首都惑星ノアの、国家騎士団総司令のための個室で。
 今日もマツカが未然に防いだ、「キース・アニアン」の暗殺計画。
 初の軍人出身の元老として、パルテノン入りするのが内定してから、何度目だろうか。
(以前は、暗殺計画を立てる者と言ったら…)
 同じ軍人で、出世しそうな者同士での足の引っ張り合いだった。
 もっとも、そう考えているのは相手だけのことで、キースは出世に興味など無い。
 今までもそうだし、これから先も、その考えは変わらないだろう。
(出世したところで、私は嬉しくなどないし…)
 地位にも金にも執着は無いし、出世しなくともかまわない。
 終生、ただのメンバーズとして、任務一筋に生きたっていい。
(…だが、そうやって生きてゆくことは、私には…)
 けして許されてはいないのだ、と覚悟しているし、諦めてもいる。
 「キース・アニアン」は「作られた者」。
 Eー1077で、マザー・イライザが無から「キース」を作り上げた。
 その目的は、理想の指導者を生み出すこと。
 SD体制を揺るぎなく守り、人類を導いてゆくことこそが「キース」の存在意義だと言える。
 だから逸脱など許されないし、何処までも出世してゆくしかない。
 いつの日か、頂点に立つために。
 二百年間も不在のままになっている、国家元首の座に就くことが「キース」の使命。
 直接、グランド・マザーの意を受け、人類を、地球を導いてゆく。
(…最初から、そう決められていて…)
 そのために作られた人間なのだし、誰にもそれは覆せない。
 そうとも知らずに、愚かな人間たちの方では、せっせと暗殺計画を立てる。
 かつては軍人だけだったけれど、今はパルテノンにいる元老たちまで加わりつつある。
 自分たちの地位を脅かしそうな、目障りな「キース」を消そうとして。
 「出る釘は、早く打たねばならん」と、芽を出す前に摘み取り、葬り去るために。


 しかし彼らが何をしようと、計画は端から破綻してゆく。
 誰も「ミュウ」とは知らない側近、「マツカ」が才覚を発揮して。
 サイオンを使って計画を見抜き、暗殺者の弾も「素手で」受け止められるのが「マツカ」。
(…マツカがいる限り、どんな計画を立てても無駄というもので…)
 「キース」の命は潰えることなく、出世の階段を昇ってゆく。
 グランド・マザーが意図する通りに、パルテノン入りを果たした後には、国家元首の座へと。
(もしも、マツカがいなかったなら…)
 暗殺計画を防ぐ役目は、誰が担っていたのだろうか。
 今はマツカの活躍のせいで「影が薄い」、本来の部下たちなのか。
(奴らの方では、マツカを能無し呼ばわりで…)
 コーヒーを淹れることしか出来ない、と揶揄するほどだし、そうかもしれない。
 「マツカ」を拾っていなかったならば、案外、使える人材な可能性もある。
(…そうでなければ、大変なことになるのだからな?)
 グランド・マザーが期待する人材、マザー・イライザが作った「キース」。
 人類は「キース」を失えないし、グランド・マザーも、それは同じこと。
 「キース」無しでは、人類はおろか、SD体制も立ち行かない。
 グランド・マザーも充分、承知している筈だし、策を講じることだろう。
 部下たちが「使えない人材」だった時には、先手を打って、暗殺者を消してしまうとか。
(…グランド・マザーならば、可能だろうな…)
 暗殺計画の実行者を「実行する前に」探し出し、処分することは出来る。
 全ての人類を「支配している」機械なのだし、怪しい動きも見抜けるだろう。
(監視カメラをフル稼働すれば、簡単に出来ることなのだし…)
 必要とあらば「寝ている間に」全人類の思考もチェック出来る筈。
 「キース」に関わりそうな者たちだけを「選んで」やるなら、もっと容易いことだと思う。
(暗殺計画を立てる奴らが、私という芽を、先に摘もうとするように…)
 グランド・マザーも、同じ行為を「彼ら」を相手にやってゆくだけ。
 「疑わしい者は、葬っておけ」と言わんばかりに、「疑い」の時点で処分する。
 軍人ならば、辺境の最前線へでも飛ばして、戦死を装って消せばいい。
 元老だったら、車に細工するなど、不慮の事故でいくらでも「消す」手段はある。
 グランド・マザーが「消す」と決めたら、誰も逃れることは出来ない。
 SD体制の社会においては、全ては「グランド・マザーの御意志」のままなのだから。


 つまり、「キース」は「消し去れない」。
 誰がどんなに努力しようと、出世を止めることは出来ない。
(私がマツカを拾っていなくて、部下たちも「使えない」者だったなら…)
 屍が無駄に増えただろうな、という気がする。
 暗殺者と、計画を立てた者だけを「選んで消す」など、グランド・マザーは恐らく、しない。
 「そうなる前に」疑わしい者を全て消しておくのが安全な策で、安心でもある。
 機械が考えそうな良策、効率の良さも「そちらの方が」遥かにいい。
 何人死のうが、代わりは「いくらでもいる」わけなのだし、誰も困りはしないのだから。
(…「キース」が死んだら、そうはいかないのだからな…)
 何千人でも「先に殺してしまう」だろうさ、と考えた所で、ハタと気付いた。
 確かに「それでいい」のだけれども、「キースの次」はどうなるのだろう、と。
(今は、確かに…)
 「キース」がいれば間違いは無いし、SD体制も、地球も、人類の未来も安泰と言える。
 現状ではミュウに押され気味でも、機械は危機とは考えていない。
 「キース」が頂点に立ちさえすれば、巻き返せると踏んでいるのがグランド・マザー。
 そのために「キース」を作ったからには、きっと役立つに違いない、と。
(…確かに、そうかもしれないが…)
 勝算はゼロとは言わないけれども、問題は「次」。
 暗殺計画を防ぐことは出来ても、「キース」の寿命を延ばせはしない。
 「人類」として「作られた」キースは、あくまで「人類」、寿命も人類と変わらない。
 ミュウどものように長寿ではなくて、メギドで対峙したソルジャー・ブルーとは事情が違う。
(私は、タイプ・ブルー・オリジンのように、何百年も…)
 生きて人類を導けはしない。
 せいぜい、もって百年だろうか。
(…その間だけは、グランド・マザーの理想の統治が出来たとしても…)
 「キース」の寿命が尽きてしまったら、その次の代はどうするのか。
 Eー1077の実験室は、既に「キース」が破壊した。
 あそこで「キース」の後継者を作り、育てることは「もう出来ない」。
 ならば、何処かで「作る」のだろうか。
 それとも、「キース」の「次の代」など、まるで考えてはいないのか。


(…どちらかと言えば…)
 後者のような気がするのだが、と恐ろしくなった。
 「私の後を引き継ぐ者など、いないのでは」と。
 グランド・マザーの言動からして、その可能性は非常に高い。
 「キースの次」を考慮に入れていたなら、Eー1077を処分するにしても…。
(…あれほど長く、廃墟のままで放置するよりは…)
 早々に消して、痕跡を残さないのが「上策」だろうと思われる。
 「シロエ」のように「好奇心旺盛な」探索者の類が、再び出ないとは限らない。
 あんな廃校を放っておいたら、調べたくなる者も出るだろう。
(立ち入り禁止、と規制してみても…)
 宇宙空間を旅する者は、SD体制に従順な者たちばかりではない。
 枠から外れた海賊なども、あの宙域を通る恐れがある。
(何か、お宝でも見付かるかも、と…)
 彼らが其処へ舵を向けたら、隅々まで探し回るだろう。
 当然、フロア001にも、彼らは「遠慮なく」入り込む。
(マザー・イライザが、それを防げるかどうか…)
 怪しいものだな、と「廃校になっていた」Eー1077を思い返した。
 監視カメラも、恐らく壊れていたことだろう。
 侵入者を探知出来はしないし、迎撃用のシステムが生きていたかも危うい。
 「押し入った者たち」は、フロア001に入って「キース」を目にする。
 人類の世界で異例の出世を遂げてゆく「キース」と同じ顔の標本、それが「在る」のを。
 彼らが「真実」を手にすることも、そこまでいったら「ある」に違いない。
 それを彼らが「脅し」に使うか、どうするのかは分からないけれど…。
(危険なことは、間違いなくて…)
 そういう危険を伴うからには、早々にE-1077を、この世から消しておかなければ。
 「もう使わない」施設と、とうに終了した実験なら、跡形も無く。
 何処かで「キースの次」を作っているのだったら、なおのこと。
(データは全て取った筈だし、私だったなら、そのように…)
 古い施設は破壊し、次の実験に全力を注ぐ。
 「キース」の統治の後を引き継ぎ、次の時代の要になるべき指導者を育成するために。


 なのに、機械は「そうしなかった」。
 長い年月、Eー1077を宇宙に捨て置き、無策のままで「其処に置いていた」。
 誰が入り込み、「キース」の秘密を暴き出しても、不思議ではない状態で。
(…あれほど、無関心だったのは…)
 多分、「キース」で「片が付く」と思っていたからだろう。
 ミュウどものことも、人類の、SD体制の行く末にしても、何もかも「キース」が片付ける。
 厄介事は「キース」の代で終わりで、其処から先は…。
(どんな輩がトップだろうが、国家元首が空位だろうが…)
 安泰だと思い込んでいるのだろうな、と深い溜息が零れ落ちた。
 「私の次など、きっと作っていないのだ」と。
 ならば、この先、何があろうと、どうなろうとも、「キース」一人が背負うしかない。
 後を継ぐ者は、いないから。
 どう人類を導こうとも、人類に未来は「無いのだ」と思う。
 着実に「次の代」を作って、代替わりしてゆくミュウのようにはいかないから。
 ミュウには「次の世代」がいるというのに、「キース」には「次がいない」のだから…。



              後を継ぐ者・了


※原作だと、キースの「次」の実験体を作っていたわけですけど、違うのがアニテラ。
 「キースの後は、誰が継ぐわけ?」と考えた所から生まれたお話。真面目に、後が無い…。









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(仕組み自体は…)
 ごくごく単純なんだけどね、とシロエが睨み付けるモノ。
 Eー1077の夜の個室で、仇のように憎々しげに。
 苛立ちをこめて眺める先には、ごく平凡な通信機が一つ据えられていた。
 此処にいる生徒たちなら誰でも、自室にそれが置かれている。
 マザー・イライザとの連絡用とは違った機械で、用途は文字通りに「通信機」。
(Eー1077の生徒は全員、エリート候補生だから…)
 他者との同居や共同生活は禁止で、個室に他人を招き入れることも許されない。
 当然、部屋では「一人きり」だけれど、だからと言って孤立しているわけではない。
 「部屋に招いてはいけない」だけで、食堂などの共用スペースで会うのは自由。
 もちろん待ち合わせだって出来るし、そのためには連絡手段が必要になる。
(あらかじめ、場所や時間を決めていたって…)
 何か用事が出来てしまうとか、急に体調を崩したとかで、行けないこともあるだろう。
 マザー・イライザにコールされたり、授業でいきなり課題を貰って、自由時間が消えたりも。
 そういう時に、相手を放っておいてはいけない。
 なにしろ約束しているのだから、相手は待っていることだろう。
 「あいつ、遅いな」と時計を眺めながらも、「その内、来るさ」と待ち続ける。
 暇つぶしにと本を読んだり、通り掛かった誰かと話をしたりするかもしれないけれど…。
(待ってる間も勉強しよう、なんて考える奴は…)
 いくら此処でも、ほぼいないよね、と断言出来る。
 黙々と勉強しながら人を待つなど、Eー1077の候補生でも、あまりやりたくないだろう。
 喜んでやる者がいるとしたなら、普段の日常生活からして、既に変人に違いない。
(…例えば、キース・アニアンとかね…)
 彼ならそうだ、と思うけれども、他の候補生たちは「キース」ではない。
 無駄に待たされる時間が出来ても、勉強などをするわけがなくて、それは決して…。
(好ましくも、望ましくもないことで…)
 マザー・イライザは喜ばないから、其処で通信機の出番になる。
 約束している相手を呼び出し、「悪いが、行けない」と連絡するのが此処でのルール。
 相手を待たせてしまわないよう、時間を無駄にさせないように。
 新たに待ち合わせの時間を決めるとか、先送りにするとか、通信機を使って連絡を取る。
 この通信機の役目の一つは、そういったこと。


 候補生同士で通信機を使う場面としては、待ち合わせなどの他に「勉強」もある。
 食堂などで集まる代わりに、各自、個室で勉強しながらの学習会。
 仲間と活発に意見を交わして、知識を増やして、実力をつける。
(ぼくは、そういうのは御免だけどね)
 マザー牧場の羊なんかと群れたくないよ、と思っているから、出たことは無い。
 けれど、その種の集まりはあるし、通信機は活用されている。
 候補生同士で使う他にも、教授たちとの連絡手段にもなる。
 予習や復習をしている時に、自分では分からないことが出来たら、担当の教授に質問せねば。
(多分、普通は、教授に質問する前に…)
 仲間同士で「どう思う?」などと、自分たちの力で解決を図ることだろう。
 下手に教授に連絡したなら、藪蛇になってしまいかねない。
 質問をした内容以外に、逆に質問をされてしまうということもある。
 「君は何処まで、この学問を理解しているのかね?」と、実力を試される羽目に陥る悲劇。
 エリート候補生といえども、それを喜ぶ者など、恐らくは「皆無」。
 いたとしたなら「キース・アニアン」、彼の他には、きっと一人も…。
(いやしないから、通信機は、やっぱり…)
 候補生同士で使うのが基本の筈なんだよね、とシロエは機械を睨み付ける。
 「ぼくには使う機会が無いけど」と、「教授に質問することだって、無いんだから」と。
 何か質問したいのだったら、授業で出会った時にする。
 個室からまで聞きたいくらいに、「勉強」に執着してなどはいない。
(…ぼくは、キースとは違うんだから…)
 オンとオフとは切り替えるよね、と通信機を指の先で弾いた。
 「これをどういう風に使うか、考える方が有意義だよ」と。
 そう、この機械は「通信機」であって、連絡用の機械。
 その気になったら、「キース・アニアン」だって「呼び出せる」。
 彼から連絡先を聞き出し、それを打ち込みさえすれば。
 「聞き出さなくても」、調べる方法だってある。
(ハッキングなんかしなくても…)
 候補生たちを管理しているセクションに通信を入れて、問い合わせれば答えが出る。
 自分の名前や学生番号、そういったことをきちんと伝えて、聞きたい相手を告げたなら。
(向こうで勝手に、ぼくが本人かどうかを調べて…)
 正しいことが確認出来たら、簡単に教えて貰えるだろう。
 「キース・アニアン」の連絡先なら、これになります、と、アッという間に。


(連絡先さえ知っていたなら、連絡出来て…)
 相手と会話も出来る機械が、この「通信機」というモノになる。
 ただし此処では、通信範囲がかなり制限されていた。
 連絡を取れる相手は、あくまでEー1077の「関係者」だけ。
 候補生や教授、管理セクション、それに食堂などの施設などとも通信可能な機械だけれど…。
(Eー1077のポートに入って来た船や…)
 船の乗員と通信しようとしたって、それは全く出来ない仕組み。
 エリート候補生としての日々の暮らしに、「彼ら」は無関係だから。
 余計なことに気を取られないよう、候補生たちは「隔離されている」と言っていいだろう。
 とはいえ、相手は「たかが通信機」だし、シロエから見れば「単純な」機械。
 制限をかけている仕組みは分かるし、それを解除する方法も分かる。
 ほんの数回、あるコマンドを打ち込んでやれば、機械は直ちに、何処とでも通信可能になる。
 ポートの宇宙船はもちろん、この宙域を飛行中の宇宙船とも繋がるようになるけれど…。
(でも、制限を解除したって…)
 ぼくが通信したい先には繋がらないんだ、と深い溜息が胸の奥から溢れて来る。
 この制限を解除したなら、この通信機から連絡不可能な場所は無くなるのに。
 理屈から言えば、宇宙の何処でも、何処の星でも「呼び出せる」のに。
(…地球には連絡出来ない、っていうのは無理もないけれど…)
 地球は「人類の聖地」と呼ばれて、座標も明かされていない星。
 其処に在るという「グランド・マザー」ともども、SD体制の最高機密の一つ。
 だから「繋がらなくて当然」、それを不思議だと思いはしない。
 機密とは「そうしたもの」なのだから、知るべき時がやって来るまで、知らなくていい。
(…だけど、ぼくが通信したいのは…)
 地球なんかとは違うんだよね、と、また溜息が零れてしまう。
 「通信したい」と思う場所には、何の機密も、恐らく存在していない。
 あったとしても、大したものではないだろう。
 宇宙に幾つも散らばっている育英惑星、其処なら「何処でも」ありそうなモノ。
 子供の育成に関する機密で、ユニバーサル・コントロールの管轄下に置かれている「何か」。
 きっと「大したものではない」のに、それが「シロエ」の邪魔をする。
 故郷の惑星、アルテメシアと「通信したい」と願っているのに、不可能だから。
 この通信機にかけられている制限を解除したって、繋がってはくれない「連絡先」。
 アルテメシアに繋ぐだけなら、問題は全く無いのだけれども、希望の場所には繋がらない。


(…パパ、ママ…)
 声だけでも聞けたら嬉しいのに、と通信機をいくら睨み付けても、繋がらない「それ」。
 通信するための方法だったら、今も忘れていないのに。
 Eー1077で更に通信に詳しくなって、アルテメシアの「呼び出し方」も知ったのに。
(…惑星には、それぞれ固有の番号があって…)
 通信する時は「その番号」を打ち込んでやれば、特定の惑星に連絡出来る。
 それに加えて、それぞれの星で使われている「連絡用の番号」、それが連絡先になる。
 例えば、父が所属していた研究所ならば、アルテメシアの番号を入れて…。
(それから、エネルゲイアの番号で…)
 その後に続けて、父の研究所の連絡番号を打ち込めばいい。
 そうすれば「機械」は、即座に自分の役目を果たして、父の研究所を呼び出してくれる。
 呼び出し音が何回か鳴って、誰かが、応答するのだろうけれど…。
(通信に出るのは、きっと、担当の職員で…)
 父を呼び出してくれと言っても、願いは叶えられないだろう。
 研究所の番号は分かるけれども、その番号は「誰でも連絡出来る」表向きの番号に過ぎない。
 所属している研究員を呼び出すためには、他に専用の番号が要る。
(その番号は、ぼくが此処から調べても…)
 見付け出せない辺りからして、何か「機密」を扱っているに違いない。
 だったら仕方ないのだけれども、本当に連絡したいと願っている先は「其処ではない」。
 アルテメシアの番号の後に、エネルゲイアの番号を入れて…。
(その番号を入れてやったら、呼び出し音が鳴って、ママが「はい?」って…)
 懐かしい声で「セキですけれど」と、応えてくれる「連絡先」。
 故郷で暮らした家の「番号」、それは機密でも、秘密でもない。
 エネルゲイアの、いや、アルテメシアの住人だったら、誰でも知ることが出来る番号。
 「セキ博士の家に連絡するなら、この番号」と、教えてくれる番号さえも存在する。
 あの星の住人が「その番号」に通信を入れて、問い合わせれば「貰える」答え。
(それなのに、いくら、どう頑張っても…)
 パパとママの家が見付からないよ、とシロエの瞳から大粒の涙が溢れ出す。
 かつて故郷で暮らした頃には、その番号を知っていたのに、機械に記憶を奪い去られた。
 今も「通信の知識」はあるのに、子供時代より増えたというのに、その番号が分からない。
 分かりさえすれば、この通信機の制限を解いて、両親の家を呼び出すのに。
 懐かしい声を聞けさえしたなら、それだけで、きっと満足なのに…。



              分からない番号・了


※成人検査で家から引き離される子供ですけど、養父母は、そのまま住み続けるわけで…。
 だったら「連絡先」は変わらないし、機密事項でもないよね、と思った所から出来たお話。









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