「サム・ヒューストンさんの病状ですが…」
急激に衰弱が進んでいます、と医師に告げられた言葉。
「此処から動かすのは難しいですか」と尋ねたけれども、「責任は負いかねます」と。
(……サム……)
思わず噛みそうになった唇。置いてゆくしかないのか、と。
この星に、友を。…もうすぐ捨てる予定のノアに。
顔には出さずに堪えたけれど。
それは容易いことだったけれど。
医師と別れて、キースが向かった病院の庭。
サムはパズルで遊んでいた。
子供に戻ってしまったサムの、お気に入りのパズル。
こうなったサムと再会した日から、いつでも持っているパズル。
「やあ、サム」
近付けば、サムは顔を上げ、笑顔になった。「赤のおじちゃん!」と。
そう、サムから見た自分は「赤のおじちゃん」。
「キース」とは呼んでくれたことが無い、ただの一度も。
それでも、サムは友だと思っているから。
サムの血を固めて作ったピアスと、今日までずっと一緒だったから。
此処にいる「友」に合わせて微笑む。
「いい子にしてたか、サム」と。
今の友が喜ぶだろう言葉で。
ノアから連れては出られないサム。
置いてゆくしか道が無い友。
この星がミュウの手に落ちたならば、もう会えないかもしれないのに。
(…これが最後になるのだろうか…)
まさか、と振り捨てた弱気な自分。
ノアが落ちても、サムならばきっと大丈夫だから。
癪だけれども、サムを壊してしまったミュウたちの長。それがサムの幼馴染だから。
(…サムの身体さえ、持ち堪えたなら…)
いつか会える日もあるだろう。
その時、世界はどうなっているか謎だけれども。
もしかしたら自分は囚われの身で、宇宙の全てはミュウのものかもしれないけれど。
…それでも自分は進むしかない、そのように創り出されたから。
マザー・イライザが無から自分を、そのように創り出したのだから。
サムに話せるなら、全て話してしまいたい。
自分の生まれも、背負わされた荷も。
けれど今では、叶わない話。
サムが壊れていなかったならば、笑い飛ばしてくれただろうに。
「何やってんだよ」と、「お前らしくもないぜ」と。
(…そうだな、きっとサムなら言うんだ…)
「お前はお前に決まってんだろ」と、「お前が何でも気にしねえよ」と。
マザー・イライザが創り出そうが、皆とは違う生まれだろうが。
何処も少しも変わりはしないと、「俺たち、ずっと友達じゃねえか」と。
けれども、聞ける筈もない。
サムの言葉を聞けはしなくて、隣にはサムという名の子供。
それでもポツリと口にしてみた独り言。
サムを見舞った時の習慣、けして答えが返りはしないと分かっていても。
話せば心が軽くなるから、友に打ち明けた気がするから。
「…パルテノンが私に元老となるよう要請して来た」
そして続ける、いつものように。
サムが応えるわけもないのに、かつての友が隣にいるかのように。
「腑抜けた老人たちも、ようやく強力な指導者の必要性に気付いたわけだ」と。
途端に「凄いや!」と返った答え。
ハッと息を飲んで友を見詰めた、元に戻ってくれたのかと。
なのに違った、サムが「凄い」と眺めているのは万華鏡。
「光がキラキラしながら飛び散ってゆくよ」と。
返ってくる筈もなかった答え。…単なる偶然。
フッと苦笑して、また続けた。
「…SD体制に依存した人類は、もうそれ無しでは生きてゆけなくなってしまった」
自分から檻の中で暮らすことを選んだ者たちの、哀れなる末路だ。
…それでも私は、この体制を守るしかない。
そのために生まれたのだから。
サムには届く筈がない、と紡いだ言葉。
「そうだねえ…」とサムは返した。
まるで分かってくれたかのように。
そのままサムは零したけれど。
「いつもいつも、パパは勉強しろって、うるさいんだ。…嫌んなっちゃうよ」と。
やはり通じてはいなかった話。
けれど、「そうだね」と言ってくれたサム。
きっとサムなら言うだろう言葉、かつての友ならくれた言葉を。
それだけでフッと消え失せた重荷。
サムもそう言ってくれたのだから、と。「そのために生まれたんだよな」と、サムが。
だから、サムへと向けていた笑顔。
「サムはいつまでも子供のままなんだな」と、今のサムへと掛ける言葉を。
「うん」とサムは笑顔で答えた、「ママのオムレツは美味しいよ」と。
今日は不思議に噛み合う会話。
傍で聞いたなら、少しもそうではないだろうけれど。
自分は独り言を話して、サムも心のままに話して。
それを会話と言いはしなくて、ただ隣り合っているだけのこと。
別の世界の住人同士で、世界はけして交わりはしない。
(…だが、今日は…)
サムと話している気がする。
時の彼方から、かつての友がヒョイと覗いて。
「どうしたんだよ」と、「元気出せよ」と。
そんなことなど、有り得ないのに。
起こる筈もないと、知っているのに。
(……不思議だな……)
何度もサムを見舞ったけれども、今日まで一度も無かったこと。
ほんの偶然の重なりとはいえ、「サムが応えた」と思うようなこと。
夕陽が庭を照らし出す中、偶然でもいいと思えた出来事。
サムは答えてくれたのだから、と。
そうしたら…。
「あっ、小鳥!」
木の枝に三羽、白い小鳥が並んで止まった。
嬉しそうに見上げ、立ち上がったサム。小鳥の方へと歩き出して。
そして数えた、三羽の鳥を。
「キース、スウェナ、ジョミー…」
昔語りか、と自分も同じに白い小鳥を見上げたけれど。
「みんな、元気でチュかー!」
そう叫んだサム。
思わずアッと見開いた瞳、それは本当にサムだったから。
遠い昔に、「元気でチューか?」と、サムは確かに言ったのだから。
教育ステーションで共にいた頃、ナキネズミのぬいぐるみを握りながら。
「元気でチューか?」と。
自分も真似てサムを見舞った、ぬいぐるみを手に。
「元気でチューか?」と、「難しいものだな。サムのようにはなかなか出来ない」と。
あの時、笑ってくれたサム。
「お前、最高!」と、「メチャメチャ癒されるぜ」と。
そう、あのサムでしか有り得ない。
「元気でチューか?」と言えるのは。
たとえ小鳥が相手であっても、サムは確かにサムだったのだ、と。
(……サム……)
お前なんだな、と座ったままで見ていた友。
さっき確かに其処にいたな、と。
それでは自分の言葉に答えていたのもサムだったろうか。
「凄いや!」と、それに「そうだねえ…」と。それから、「うん」と。
神は奇跡を起こしただろうか、サムに会わせてくれたのだろうか。
(……そんなことが……)
ある筈がない、とはもう思わない。
自分はサムを見たのだから。「元気でチューか?」と小鳥に呼び掛けたサムを。
奇跡なのか、と驚く自分の隣で、戻って来たサムが手に取ったパズル。
お気に入りのパズル。
それを「あげる」と差し出したサム。
「みんな友達」と。
サムの笑顔と、貰ったパズル。
「……友達か……」
呟いた言葉に、サムは応えなかったけれども。
自分は答えを得たのだろう。
時の彼方から来てくれたサム。
ほんの僅かな時だったけども、サムは此処まで来てくれたから。「元気でチューか?」と。
サムが友だと言ってくれるなら、「みんな友達」と今でも言ってくれるのならば。
(…キース、スウェナ、ジョミー…)
置いて行っても大丈夫だぜ、とサムは教えてくれたのだろう。
「ジョミーも俺の友達だから」と、「心配しないで置いて行けよ」と。
お前はノアを離れていいぜと、ジョミーも俺の友達だから、と。
(……そうなんだな? サム……)
ならば行こう、とパズルを手にして立ち上がった。
旅立つ自分にサムが贈ってくれた餞、それが大切なパズルだから。
それと一緒にノアを旅立とう、サムは「行けよ」と背中を押してくれたのだから。
そのために自分は生まれて来た。
人類を、SD体制を守るためだけに。
「そうだねえ…」とサムも言ってくれたから。
そのために生まれたことを、使命を、サムは否定はしなかったから。
「元気でチューか?」と、時の彼方から戻って来て。
お前ならきっと大丈夫だぜと、サムは言いに来てくれたのだから…。
友がくれた言葉・了
※いや、これってそういうエピソードだよな、と思うわけですが。…深読みしすぎ?
放映当時は「今回、ミュウ側はスルーですかい!」と呆然だった自分。人生、謎だわ…。
(…シロエ。いったい誰に…何をされた?)
覗き込んだベッドの上。苦痛のためか、汗の浮かんだシロエの顔。
灯りが落とされたステーションの中庭、自分を呼び止めたのはシロエだけれど。
「とうとう見付けましたよ、キース。…あなたの秘密をね」と。
けれど、意識を失ったシロエ。
続きを口にする前に。
それにシロエが座っていた場所、外された通風孔の蓋。
シロエは其処から出て来たのだろう、誰かに追われて。
このステーションで追われることがあるなら、追っている者は…。
(…マザー・イライザ…)
他には誰も思い付かない。マザー・イライザしかいない。
だからシロエを連れて戻った。自分の部屋に。
シロエが口にした「あなたの秘密」も、気掛かりでならないことだけれども。
それよりも気に懸かるシロエのこと。
いったい誰に何をされたか、どうして追われることになったか。
(…マザー・イライザに…)
逆らいすぎただろうか、シロエは。
優等生のくせに、システムに対して反抗的。要注意人物の指示さえ出ていたシロエ。
彼ならば何かやるかもしれない、マザー・イライザの不興を買いそうなことを。
こうして追われることになろうとも、自らの意志を貫き通して。
(…目を覚まさない内は、何も分からないか…)
少しでも身体が楽になるよう、注射と、額に冷却シート。
後は目覚めを待つよりは無い。
シロエの意識が戻って来るまで。
そうしてベッドの脇に座って、ふと目を留めたシロエの枕元。
何の気なしに置いてやった本、シロエがしっかりと抱えていた本。
(…ピーターパン…?)
そんなに大事な本なのだろうか、ずいぶんと古いこの本が。
作られてから何年経っているのか、何度も繰り返し読まれたらしい古び方。
いつから持っていたのだろうか、と眺めたけれど。
(…馬鹿な…!)
有り得ない、と見詰めたシロエの持ち物。
自分は覚えていないけれども、成人検査を受ける時には、荷物を持ってはいけない決まり。
身に着けていた服や小物などなら、そのまま通過出来るのだけれど…。
(こんな本だと…)
成人検査を通過出来るとも思えない。
それともシロエは懸命に抱え、手放すまいとしたのだろうか。
彼を此処まで連れてくる時、意識は無くとも、本を抱えたままだったように。
(…まさか…)
本当にそうやって持って来たのか、と手に取った本。
ステーションでこれほどの時を経て来た本だというなら、ライブラリーの蔵書だから。
背表紙にそれを示す印が刻み込まれている筈だから。
(……無い……?)
其処に見慣れた印は無かった。
ライブラリーの本の現在位置をも知らせる筈の、その刻印は。
(…やはり、シロエの…)
本だったのか、と驚いたそれ。
興味が出て来た、古びた本。
どうしてシロエは今も大切に持っているのか、ステーションまで持って来たのか。
どういう中身の本なのだろうか、ピーターパンは。
(…だが、シロエのだ…)
これは読むまい、と枕元へと戻してやった。
シロエが大切にしている本なら、勝手に中を見てはいけない。
幼い頃から持っていたなら、なおのこと。
中を見ずとも、答えは得られる。
ライブラリーのデータベースにアクセスしたなら、恐らくはきっと。
(…マザー・イライザに気付かれないよう…)
注意せねば、と心を落ち着け、呼び出した画面。
「ピーターパン」とタイトルを打ち込み、出て来たデータを読み進めたら…。
(…子供たちだけの世界で生きる少年…)
永遠に年を取らない少年、それがピーターパンだった。
なんと危険な本なのだろうか、この社会では大人になることを拒めはしない。
そういう意思を表示したなら危険思想で、心理検査も免れないのではなかったか。
(……要注意人物……)
それでは、シロエはこの本のために、禁を犯して追われたろうか。
大人にならない永遠の少年、ピーターパンのように生きていたいと願ったろうか。
シロエがその目を覚まさない内は、その胸の中は分からないけれど。
心の中まで覗き見ることは、人間の身では出来ないけれど。
(…マザー・イライザなら…)
人の心を覗けるのだった、だからシロエも見付かったろうか。
ピーターパンのように生きてゆこうと、逆らい続けて、何かをして。
「見付けましたよ」と言った秘密とやらを、ステーションの何処かで掘り起こして。
そして追われて、それでも離さなかった本。
幼い頃から大切に持って、成人検査も本を持ったままくぐり抜けて来て、そして今まで。
何があろうとも離すものかと、懸命に本を抱え続けて。
(…そんなに大切な本だったのか…)
開いて読まなくて良かったと思う、あの本はシロエの宝物だから。
もしかしたら命さえも投げ出すくらいに、あの本と共にとシロエは願っているだろうから。
(……シロエが起きたら……)
訊いてみようか、「その本はとても面白いのか?」と。
シロエが暴いた秘密とやらも気になるけれども、それよりも、本。
やっとシロエの心の欠片を掴んだように思えるから。
システムに逆らい続ける理由を、垣間見たような気がするから。
…訊いてみようか、シロエの意識が戻ったならば。
彼に話す気があったとしたら。
「その本はずっと持っているのか?」と、「いつから持っていたんだ?」と。
自分の秘密も気になるけれども、シロエの心も気に懸かるから。
機械を、システムを憎み続けるシロエの心。
それが何故なのか、訊きたいから。
システムへの疑問は自分も同じに持っているから、それをシロエと話してみたい。
「その本はとても面白いのか?」と、「危険思想に見える本だが、楽しいのか?」と。
シロエの意識が戻ったら。
彼が自分と話してもいいと、そう考えてくれるのならば…。
訊いてみたい本・了
※ピーターパンの本、キースが渡した筈なんですよね、逮捕しに来た警備員たちに。
大切な本だと気付いたからこそだよな、と考えていたら、こんな結果に…。
「やあ、サム。具合はどうだ? こうして君と会うのは何年ぶりかな」
…もう十二年になるか、とキースが語りかけた友。
今は病床にあるサム・ヒューストン。教育ステーションで出来た友人。
あの頃は、いつも一緒だった。
十二年ぶりに顔を合わせても、「ああ、サムだ」と直ぐに思えたほどに。
けれども、サムは…。
「覚えているか、私のこと。…キース・アニアンだ」
そう名乗ったのに、何も返らなかった反応。
サムはこちらを見もしなかった。
白いベッドに座ったままで、病院のものだろうパジャマのままで。
機嫌よく歌を口ずさみながら、子供用のパズルを弄りながら。
(……地球……)
サムが歌っている、「地球」と何度も繰り返す歌を。
共にステーションにいた頃、いつかはと皆が夢を見ていた星の名前を。
未だ、自分も目にしてはいない。
メンバーズ・エリートに選ばれた今も、地球は未だに見られないまま。
サムはもう、行けはしない地球。
事故で失くしてしまった記憶。壊れてしまった、大人の心。
幼い子供に戻ったサムは、もう二度と地球を目指せはしない。
それは分かっていた筈なのに。
病室に来る前に聞いた説明、残酷に過ぎる真実を医師に告げられたのに。
(…サム…)
本当に分かっていないのだろうか、サムには何も。
訊いてみたなら、何か答えが返りそうなサム。
今はこちらを見ていないだけ。
サムと視線を合わせたならば、瞳を覗いて尋ねたならば。
ジルベスターへ旅に出ると話しても、まるで反応が無かったサム。
其処で事故に遭い、今は病室にいるというのに。
「サム、ジルベスターで何があった?」
…君は辺境星区の輸送船に乗っていたんだ、とサムの頬に触れ、瞳を覗き込んでみた。
何か記憶が戻って来るかと。
なのに微笑み、「おじちゃん、誰?」と訊き返したサム。
彼の中には、もはや自分はいなかった。
かつて「友達」と呼んでくれたサムは、「友達」のキースを忘れていた。
サムの瞳に映る自分は、「知らないおじちゃん」。
あまりにも悲しすぎた再会。
十二年ぶりに会えた友。こういう姿になってしまうなど、誰が想像しただろう。
ステーションを卒業する時、「また何処かで」とサムと別れた。
メンバーズの道を進む自分と、パイロットの道をゆくサムと。
互いの道は分かれたけれども、いつか会える日が来るのだろうと。
きっと互いに顔を見るなり、気付いて名前を呼び合うだろうと。
(……サム……!)
メンバーズとして、常に殺して来た感情。
冷徹な破壊兵器と呼ばれたくらいに、誰にも見せない自分の心。
それが波立つ、激しい怒りに。
抑え切れない、深く悲しい憤りに。
気付けば、サムの肩を掴んで揺さぶっていた。
「しっかりしろ、サム! 思い出せ、なんでもいい!」
覚えていることを全部話せ、と感情のままに揺さぶった肩。
サムの手を離れて転がったパズル、サムの心はパズルへと向いた。
自分を押しのけ、「あっ、駄目、逃げちゃ!」と。
床にしゃがんでパズルを掴むと、「捕まえた…」とホッとした笑顔。
そのまま二人で床に座って、サムの話を聞き続けた。
子供に戻ったサムにとっては、此処はアタラクシアなのだろう。
サムの故郷のアタラクシア。
嬉しそうにサムが話し続けるのは、両親や学校、幼馴染といった故郷のことばかり。
マザーが消した記憶が戻って、それよりも後の全てが消えた。
サムの中から、一つ残らず。
友達だった自分の顔すら、サムは覚えていてくれなかった。
「バイバイ、またねー!」と手を振ったサム。
ベッドに座って、明るい笑顔で。
多分、自分はサムに懐かれたのだろう。
友達だったからではなくて、サムの話を一つずつ聞いては、頷いたから。
医師や看護師たちとは違って、同じ視点に立っていたから。
(……サム……)
友の変わりように、ざわめく心。
湧き上がってくる怒りの感情。
顔に出さないように抑えて、出て来た病棟。
其処にいたスウェナ、聞かされた思いがけない名前。
(…セキ・レイ・シロエ…)
彼の名前も十二年ぶりになるのだろうか。
シロエが乗った練習艇。それをこの手で撃ち落としてから。
(…私宛のメッセージがあっただと…?)
まさか、そんなことがある筈もない。
あの状態でシロエが自分に、何かを遺せた筈もない。
だから、スウェナが言っていたことはハッタリだろう。
メッセージではなくて、せいぜい、遺品。
「ピーターパン」とスウェナは口にしたから、シロエの本でも見付かったのか。
遠い日に「これを」と、警備員たちに渡した本。
匿っていた部屋から、運び去られてゆくシロエ。彼に持たせてやって欲しい、と。
(…爆発の中で、あの本が…?)
残るとも思えないのだけれども、そのくらいしか思い付かない。
シロエの遺品で、ピーターパンなら。
今日は思い出ばかりの日だな、と零れた溜息。
友達だったサムはいなくなってしまい、シロエも時の彼方に消えた。
どちらにも、多分…。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
彼が関わっているのだろう。
シロエが練習艇で逃亡した日も、彼のメッセージを聞いた。
サムはM絡みの事故で全てを失くした、これから向かうジルベスターで。
もはや憎しみしか感じないM。
ミュウの長、ジョミー・マーキス・シン。
(それがサムの幼馴染だとは…)
なんという酷い冗談だろうか、こんな話があっていいのか。
けれども、動かし難い現実。
シロエはともかく、サムの心を壊したのはM。
サムが懐かしそうに話した、幼馴染がサムを壊した。
ただ一人、友と思ったサムを。
いつか会えたらと、「また何処かで」と、十二年前に別れたサムを。
(…サムが私を忘れていても…)
やはり今でも、友だと思う。
そうでなければ、あんなサムの側で話を聞いてはいないから。
任務があると、直ぐに立ち去っていただろうから。
(…サムは一緒に来てくれたんだ…)
今も忘れない、ステーションで起こった宇宙船の事故。
サムだけがついて来てくれた。
あの時、サムがいなかったならば、自分は此処にいられなかった。
パージの時にぶつけた衝撃、それで壊れてしまったバーニア。
宇宙の藻屑になる所だった、サムが助けに来なかったなら。
(…サムだけが…)
ついて来てくれて、それからもずっと友達だった。
一緒の食事や、他愛ない話。
サムがいたから、きっと人らしく、自分は生きていられたのだろう。
ステーションで過ごした四年間を。
その友を、Mが壊してくれた。友の心を、サムの全てを。
(…Mの拠点へ、礼に行くなら…)
もしも相棒を選んでいいなら、パイロットにサムを選びたかった。
今となっては選べないけれど、サムはもう船を操ることなど出来ないけれど。
そう、相棒を一人選んでいいなら、迷わずにサムを選んだだろう。
Mの拠点へ出掛けるにしても、他の任務に就くのだとしても。
自分が此処に生きていられるのは、サムが一緒に来てくれたから。
危うく宇宙に消える所を、サムが救ってくれたから。
そのサムと共に旅に出ようか、ジルベスターへ。
これからはサムと生きてゆこうか、Mとの戦いが始まるとしても。
(…サムだけが友達だったんだ…)
他には誰もいなかった。
心から友と呼べる者など、ただの一人も。
サムは壊れてしまったけれども、友達だから。
選んでいいなら相棒にしたい、ただ一人だけの友達だから。
そうして、耳に留めつけたピアス。
サムの血を固めた、赤いピアスを両耳に。
(…行こうか、サム。…ジルベスターへ)
「おう!」と声が聞こえた気がした、耳に馴染んだ懐かしい声が。
病院で会ったサムがそのまま、立派な大人に戻った声が。
何処までもサムと共にゆこうか、Mの拠点へ、そのまた先へ。
いつかは共にパルテノンへも、サムが歌った遠い地球へも。
選びたいのは、サムだけだから。
相棒に一人選んでいいなら、迷わずにサムを選ぶのだから…。
友の血と共に・了
※キースのピアスまで考察しちゃってどうするんだよ、と自分にツッコミ。
書きたくなったら何でも書くけど、テメエ、専門はMの元長だったろうが、と!
「キース、キース! なあ、一緒に飯食おうぜ!」
「…かまわないが」
「よーし!」
パチンと指を鳴らしたサム。
エスカレーターを今にも駆け下りそうなほどに、嬉しそうな顔で。
(…食事を一緒に食べるだけで…)
どうしてそんなに喜ぶのだろう、とキースは不思議に思ったけれど。
サムとは付き合いがあるものだから。
新入生ガイダンスの日に握手を交わして以来の仲だし、そういうこともあるだろう。
講義の時には、サムが隣に座っている日も多いから。
多分、一緒に食事をするのも、そうした日々の延長の一つ。
握手を交わして自己紹介をしたら、知り合いになって、講義の時にも隣り合わせで。
次の段階に進んだ時には、「一緒に食事」となるのだろう。
ステーションでは、自然に生まれるグループの一つ。
一人の食事から二人の食事に、そうやってテーブルの人数も増えてゆくのだろう。
こうしてグループが生まれるのだな、と漠然と考えただけなのに。
一緒のテーブルに座ったサムは、本当に楽しそうだった。
(栄養補給に過ぎないんだが…)
必要なエネルギーを身体の中に取り込む行為、食事はそうではなかったのか。
身体や頭脳を養うためには、欠かせないものが栄養補給。
すなわち食事。
いつもそう考えて食べていたのに、しっかりと噛んで食べているのに。
向かい側で大きく口を開けているサムにかかれば、食事はまるで娯楽のよう。
この時間をとても楽しんでいるといった風情で、幸せそうで。
(…何がそんなに嬉しいんだろう…?)
分からないな、と眺めていたら、サムの視線が他所へと向いた。
口一杯になるほど頬張ったステーキ、それをモグモグ噛みながら。
何かを探しているかのように、テーブルから逸れてしまった視線。
そうやってサムが見ている先には…。
(また、人混み…)
これも不思議なことだった。
今までに何度か目にした光景。
時々、何かを探しているかのように見えるサム。
これは訊いても特に問題無いだろう、と判断したから、問い掛けてみた。
「何を探しているんだ、サム?」と。
返った答えは、「友達がいないかと思ってさ」だった。
「…友達?」
耳に馴染みが無い言葉。
オウム返しに問い返したら、サムが話してくれた「友達」。
アタラクシアで一緒だったという友達。サムの故郷のアタラクシア。
そして訊かれた、今度は逆に。
「お前も、此処に来る前の友達のことって、気になるだろ?」と。
(……友達……?)
確か、親しい仲間のことをそう呼ぶのだったか、「友達」と。
けれども、思い出せない「友達」。
ただの一人も、顔の一つも。
成人検査の前の出来事は、何も覚えていないから。
記憶の欠片もありはしないから。
だからサムにもそう告げた。
「覚えていない」と、何の感慨も無く。
実際、今日まで不自由したりはしなかったから。
淡々と告げただけだというのに、「そうなのか…」と口ごもったサム。
その表情が曇っているから、自分は何か間違ったのかと、「友達」について尋ねてみた。
自分にとっては些細なことでも、「友達」はとても、大事なものかもしれないから。
「友達とは、そんなに重要なものなのか?」と。
「い、いや…。どう…かなあ…?」
そう言いながらも、人のいいサムは「友達」の話を続けてくれた。
「俺の考えなんだけどさ」と、「お前みたいに頭が良くはねえんだけどな」と断りながら。
「なんて言うかさ…。重要って言うより、大切って感じになってくるかな、友達ってのは」
「…大切…? それは重要という意味ではないのか?」
言い回しを変えただけなのでは、と考えたけれど、サムは「うーん…」と首を捻った。
「ちょっとニュアンス、違うんだよなあ…。上手く言えねえけど…」
「大切」の方が温かみがあると思うんだよな、と自分のカップをつついたサム。
「重要」だと機密事項か何かのようだと、何処か響きが冷たいんだ、と。
「…そういうものか…。よく分からないが」
大切なものが「友達」なのか、と頷いていたら、サムは「理屈じゃねえぜ」と笑い出した。
「キース、お前って、面白すぎ…! 友達っていうのは、難しいモンじゃねえんだぜ?」
勉強して分かるモンじゃねえから、と可笑しそうなサム。
どちらかと言えば勉強の逆で、サボッて遊んだ方が「友達」は増えるものだから、と。
「…サボるのか…? それは非効率的な気がするが…」
「お前、最高! …お前がサボるって、それは無理だろ?」
それに友達、出来てるじゃねえか、とサムが指差した自分の顔。
此処に友達、と。
「……サムが友達……?」
「俺はそのつもりだったんだけどなあ…。迷惑だったか?」
「…いや、かまわないが」
さっきも言ったような気がするな、と思った言葉。
サムは破顔して、「それじゃ、俺たち、友達だぜ」と手を差し出して来た。
「今日からよろしく」と、「元から友達だったけどな」と。
「あ、ああ…。…よろしく頼む。そうか、サムが友達だったのか…」
握手した手は、温かかった。
初めての「友達」と交わした握手は。
サムが口にした「大切」という言葉はこれだったのか、と思った「友達」。
確かに冷たいものではないな、と。
(…サムが友達…)
少し分かったような気がする、「友達」は大切なものなのだと。
故郷の友達は一人も覚えていないけれども、サムという友達が自分にも出来た。
「重要」とは違って、「大切」なもの。
きっと「友達」は、人に欠かせないものなのだろう。
握手した手は、とても温かかったから。
サムと一緒に食べた食事が、美味しかったと思えて来たから。
楽しそうに食事していたサム。
あの表情の元はこれだったのかと、友達と一緒の食事だったから、そうなったのかと。
(…これが友達……)
明日は自分から誘ってみようか、「一緒に食事しないか?」と。
自分にも「友達」が出来たから。
サムの姿を先に見付けたら、友達のサムを見掛けたならば…。
初めての友人・了
※キースとサムの出会いは、マザー・イライザの計算だったという話らしいですけど。
実際、監視していましたけど、この二人の友情は本物だよな、と書いてみた話。
「キース先輩、遅刻でしょうか?」
来てませんよね、とシロエが見回す教室の中。もうすぐ朝のホームルームが始まる時間で、席にいなければ地味にヤバイという頃合いで。
「…俺はなんにも聞いてねえけど?」
連絡もねえし、とサムはのんびり、ジョミーだって。
「ほら、アレ…。いつもの月参りってヤツじゃないかな」
「月参りで遅刻は多いですしね」
それですよ、きっと、とマツカも至ってのんびりコース。
シャングリラ学園1年A組。そこに揃ったブラックリストな面々、それが特別生というもの。
一般人には秘密のサイオンを持った超能力者、と言えば非常にカッコいいものの、大した能力は持っていないらしい残念な面子。
思念波で連絡を取るのがせいぜい、後は外見が年を取らない程度というオチ。
ところが、此処に天才が一人。彼の名前はキース・アニアン。
サイオンを持った生徒が特別生になるには、一度卒業するというのがお約束。再入学して、学校生活再びの所を、天才は華麗に勘違いした。
他の面子は何も考えていなかった卒業後の進路、それをガッツリ見据えて行動。
「進路を決めるのは普通だろう」などと言ってはいけない、シャングリラ学園は普通ではない。
サイオンを持っていると分かれば、一年限りで卒業な運び。三年ある筈の高校生活、なのに一年限りでサヨナラと来た。
そのためだけに卒業旅行もしてくれるという強烈な学校、しかも一年生は全員、対象。おまけに特別生などという美味しい制度の説明も無くて、「アンタは卒業」と告げられるだけ。
これで進路を決められる方がどうかしている、履歴書になんと書けばいいのか分からない世界。
「中卒」はガチでいけるけれども、「高卒」と言っていいのかどうか。
さりとて「高校中退」でもないし、なのに高校の授業は一年分しか受けていないから、学歴では中退になったようなもの。
まあ、普通はオタオタするしかないから、他の面子は投げた人生。
「きっとなんとかなるであろう」と、「卒業式の後に進路相談会があるようだから」と。
卒業してから、進路相談もクソも無いのだけれど。
各種企業の採用期間はとっくに終了、バイト人生まっしぐらっぽい感じだけれど。
それでも人生をブン投げた面々、けれど天才はそうではなかった。
幸いなことに頭も良ければ、家業も立派にあったから。
生まれ育った家がお寺で、「坊主になる」と言いさえしたなら、そのまま家業を継げる人生。
よって、その道を選んだ天才、キース・アニアン。
彼は真面目に、宗門校と言われる大学の面接を受けた。宗門、すなわち寺が属する宗派の本山が経営している大学、寺の跡継ぎは大歓迎。
自分の名前を書けさえしたなら、入試もチョロイと噂が立つほど優遇される寺の跡継ぎ。
そんなわけだから、シャングリラ学園で一年しか学んでいないキースも特別枠で面接となった。
「試験なんかは受けなくていいです」、そんなアバウトな入学制度。
面接に出掛けて師僧の名前と継ぐべき寺を言えば合格、後は大学に入るだけ。
キースは堂々と「師僧は父のアドスです」と告げ、「家は元老寺と言います」とやって、見事に合格、翌年からは二足の草鞋な学生生活。
シャングリラ学園と大学を掛け持ち、そうして立派な坊主になった。
特別生には出席義務など無かったお蔭で、大学優先。ちゃんと四年をキッチリ務めて。
姑息な手段で、髪の毛はバッチリ死守したけれど。自慢のヘアスタイルをキープだけれど。
そんな天才、キースは只今、副住職。
アドス和尚に便利に使われる日々で、押し付けられるのが月参り。
檀家さんの家を回って読経で、それが済んだら着替えて登校。
シャングリラ学園がいくら型破りでも、制服は決まっているものだから。
登校するなら制服は必須、坊主の世界の制服な衣と袈裟ではコスプレにしかならないから。
「…キース先輩、今日は何軒回るんでしょうねえ…?」
午前中だけで済むんでしょうか、とシロエも首を捻る有様、ハードな世界が月参り。
「運が良ければ三軒ほどだろ。でもよ…。お婆ちゃんとかに捕まっちまうと…」
一軒で時間を食っちまうしな、とサムが言うのも、また正しい。
月参りに来る若い副住職、それを労おうと、お茶やお菓子を用意しがちな御老人。
実年齢の方はともかく、見た目は高校一年生なキース、ご老人からすれば孫のようなもの。
「今日は小僧さんが来てくれるから」といった感覚、ケーキなんかも出るらしい。
「どうなるのかしら? お茶とお菓子で、ゆっくりお喋りコースかしらねえ…」
私たちは今日も授業だけれど、とスウェナが言った所でチャイム。
廊下の方からコツコツと聞こえた高い靴音、それもお馴染みの1年A組名物の音で。
ガラリと開いた教師の扉、軍人さながらに入って来たのは眼鏡の男。
「諸君、静粛に!」
いつもうるさくて嘆かわしい、と眼鏡をツイと押し上げた、担任のグレイブ・マードック。
出席を取る、と順に読み上げる名前、それが止まって…。
「キース・アニアン。…欠席だな」
「「「えっ!?」」」
思わず叫んだ特別生の面々、月参りだと思っていたから。
月参りコースで遅刻な場合は、そこは「月参りか。…午後からだな」といった具合になるから。
あの天才が欠席だとは、と教室もザワザワ、いったい何が起こったのかと。
日頃、柔道部で鍛えているキース、そう簡単には風邪も引かない筈なのだが、と。
「やかましい! キースは法事だ!」
「「「法事!?」」」
そっちはアドス和尚の管轄では、と驚く特別生の御一同様、若すぎるキースが法事に出たなら、貫禄不足。檀家さんにもご迷惑だと、出るならせいぜい手伝いくらい。
そういう時には「明日は親父の手伝いで法事だ」と、予告があるのが常というヤツで…。
本当に何が起こったのかと、その日は派手に飛び交った推測。
元老寺もついに世代交代の時が来たかと、アドス和尚は引退なのかと。
「…楽隠居して、ゴルフ三昧とかもありそうですしね…」
ゴルフの会もありましたよね、とシロエまでが知る、アドス和尚の私生活。ゴルフの会で旅行に行ったら、キースが代理でババを引かされ、学校で文句を垂れているから。
「ゴルフでなくても、なんか色々やってるよなあ…。キースの親父さん」
キースも、とうとう住職かよ、とサムも頭を振る始末。
「そうなると、自由が無くなるわよねえ…」
「住職だと仕方ないですけどね」
スウェナとマツカも気の毒に思うキースの身の上、ジョミーもそれは心配そうに。
「…住職をするってことになったら、学校、来られないのかなあ…?」
「ウチの学校、出席しなくても、誰からも文句は出ませんけどね…」
でも、ストレスは溜まるでしょうね、とシロエが同情、他の面子も。
来る日も来る日も読経三昧、それがキースのデフォになるのかと。法衣に輪袈裟がデフォ装備になり、それが普段着の毎日なのかと。
そうやって皆が心配しまくり、同情しきりだったというのに…。
「「「ギックリ腰!?」」」
次の日、キースは朝からきちんと登校して来た。これが今生の別れになるかと眺めた面々、朝の挨拶を交わそうとしたら…。
「そうだ、親父が朝のお勤めの前にやらかしたんだ!」
迷惑すぎる、とキースが語った、アドス和尚のギックリ腰。
歯を磨こうとしていた朝の洗面所、何が悪かったか痛めた腰。その日に限って法事がビッチリ、午前も法事で午後からも法事。
和尚不在では出来ないのが法事、キースが出るしか無かったという法事が二つも。
「…なんだ、そういうことでしたか…。ぼくはてっきり、世代交代かと」
思い込んでしまって心配しちゃいましたよ、とシロエが切った口火、他の面子も口々に。
「いやあ、良かったぜ! 俺もホントに心配でよ…」
「ぼくも心配しちゃったってば、今日はお別れの挨拶かも、って…」
「縁起でもないことを言ってくれるな!」
俺はまだまだ住職なんぞは絶対やらん、と怒鳴る天才、キース・アニアン。
副住職くらいは務めてやるが、親父に逃げられてたまるものかと。
そんなこんなで無事に戻った副住職のキース、シャングリラ学園、今日も平和に事も無し。
もうすぐカツカツと足音が廊下に響きそうだけれど、ホームルームの時間だけれど。
「諸君、静粛に!」と出席が取られ、賑やかな一日が始まるけれど…。
副住職の事情・了
※2008年の春から書いているらしい、イロモノなシャングリラ学園シリーズ。
オリキャラ排除で、一人称な日記風も排除、ちょこっと落書きしてみましたですv
