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「ソルジャー。あの捕虜ですが…。新たな危険が判明しました」
 実に恐るべき存在です、とキャプテン・ハーレイが深くした眉間の皺。それは切迫した危険を訴え掛けるには充分なもので。
「何が分かった?」
 そう問い返したジョミーだけれども、「こちらへ」と案内された部屋。いつも長老たちが会議をする部屋、其処に着くまでは何も話して貰えなくて。
(…どうなってるんだ?)
 仲間たちに聞かれたらマズイのだろうか、とハーレイに促されるままに部屋に入ったら…。
「あの男、とんでもないヤツじゃわい!」
 ゼルが大袈裟に肩を震わせ、ヒルマンも重々しく頷いた。「あの男」というのは、先日捕えたメンバーズ・エリート、キース・アニアン。
「…信じられないことだがね…。あの男がつけているピアスを見たかね?」
「あ、ああ…。あれが何か?」
 爆発物でも仕込んであるのか、とゾッとしたけれど、「いいえ」と即座に返った返事。そういう危険は無いらしい。けれど、危険なのはピアスだという。
「両方の耳にしてるだろ、アイツ。あたしやエラなら分かるんだけどさ」
 女だったら普通のことだ、とブラウが指差す自分のピアス。だけど、アイツは男だろ、と。
「…あいつの趣味だというだけだろう?」
「その趣味が危険なのです、ソルジャー。…私やブラウとは違います」
 それに、あの男は軍人です、とエラが厳しい表情で言った。一般人ならまだ分かるけれども、前線に出てくる軍人に装身具は許されていない筈、と。


 長老たちが口々に語ったこと。もし装身具を許可されたとしたら、それだけでも特例中の特例。グランド・マザーに目をかけられた者で、ただのメンバーズとはわけが違うと。
 その上、捕虜がつけているピアス。装身具がピアスなことが問題。
「ピアスの何処が問題なんだ?」
 分からないから訊き返したら、長老たちは顔を見合わせてから。
「…そのぅ…。言いにくいのだがね、男が右耳にピアスをつけたら…」
 ゲイのアピールなのだそうだ、とヒルマンが代表で口を開いた。
「ゲイ…? ゲイというのは何のことだ?」
「…口にするのも恐ろしいのだが…」
 こういう趣味の持ち主のことで、と思念波で耳打ちされたこと。ジョミーは腰を抜かさんばかりに驚き、とんでもないと震え上がった。あの男はそういう人種だったか、と。
(…キース・アニアン…!)
 ウッカリあいつの太腿なんかを触ってしまった、とゴシゴシと手を擦り合わせていたら。
 それに成り行きで組み伏せられたし、と身の危険さえ感じていたら。
「右耳だけなら、まだいいのだがね…。左耳にもつけているのが…」
 ヒルマンが顔を曇らせているから、「言ってくれ!」と先を促した。右耳がゲイなら左耳の方は何になるのか、あまり聞きたくもないのだけれど。知ったら不幸になりそうだけれど、此処で逃げてはいられない。ソルジャーたるもの、敵を知らねば。
「言ってくれ、ヒルマン! 左耳のピアスは何なんだ!」
「…いや、それが…。左耳はノーマル、いわゆる普通だというアピールで…」
 右にも左にもピアスとなったら、バイしかなかろう、とヒルマンの答え。バイというのは両刀使いで、男も女もオッケーな人種。あの男はどうやらバイのようだ、と。


「…バイだって…!?」
 それはコワイ、とジョミーの背中に走った悪寒。長老たちも恐れ戦く、グランド・マザーの覚えがめでたい、バイなメンバーズ。男も女も端から食らって、食らい尽くすのではなかろうか。
「ソルジャー、危険じゃ。ヤツは拘束しておくべきじゃ」
 でないと近付いた者が何をされるか…、とゼルに言われるまでもない。自分だって迂闊に近付きたくないし、もちろん他の者だって。出来れば船中に周知徹底させたいけれども…。
(…却って不安を煽りかねないか?)
 伏せておくか、と緘口令を敷いた捕虜の正体。筋金入りのバイらしいこと。
 けれども、それから数日が経って、酷く後悔する羽目になった。ナスカの方へ降りている間に、逃げ出してしまったキース・アニアン。
 すったもんだの末に、キースは宇宙へ逃れたけれども…。
(……とても訊けない……)
 無事でしたか、と見舞ったブルーとフィシス。
 ブルーは長い眠りから覚めて、まだ満足に動けない身体でキースと対峙したらしい。キースが人質に取っていた二人、フィシスとトォニィを救おうとして。
(トォニィの方は、いくらバイでも…)
 殺そうとしていたくらいなのだし、多分、興味は無かったと思う。
 けれど、ブルーは超絶美形で、なんとも危険そうではある。格納庫でいったい何が起きたか、訊かない方がいいのだろう。性犯罪の被害者は心に深い傷を負うのだと、例の会議で聞いたから。
(フィシスも、連れ去られてしまったわけだし…)
 ギブリの中で何をされたか、これまた訊かない方がいい。心に傷を負っていたなら、その傷口に塩を擦り込むようなものだから。
(……あの男……!)
 よくも、と歯軋りするしかない現実。ブルーとフィシスがレイプされたかもと、でなければレイプ未遂だ、と。


 そんなこんなで、ジョミーも、それに長老たちも、見事に勘違いしたキースの正体。メンバーズにしてバイな男だと、ブルーとフィシスを毒牙にかけた悪魔だと。
 おまけにブルーはメギドに単身殴り込みをかけ、そのまま戻って来なかったから。
(…やっぱり、心の傷が深くて…)
 きっとブルーはキースを許せなかったんだ、とジョミーが流した後悔の涙。
 「あなたの心の傷に気付かなくてすみません」と、「ぼくが相談に乗るべきでした」と。
 キースを殺して自分も死のう、と思い詰めてブルーは死んだから。もっと自分がしっかりしていたら、悲劇は起こらなかったから。
(…ブルーがキースを殺せていたら…)
 マシだったのに、と止まらない涙。憎いキースは逃げ延びたらしく、二階級も特進したという情報までが入って来たから、更に腹が立つ。
(……ブルー……)
 レイプされた挙句に、その犯人を殺すことさえ出来ないままで…、と嘆くしかない。それに…。
(…もしかしたら、ブルーは殴り込んだ先でも…)
 悪魔のようなバイのキースに、弄ばれてしまったかもしれない。あまり考えたくないけれど。
 メギドは沈んだと聞いているから、それは無かったと思いたいけれど。
(……ぼくは愚かで、未熟でした……)
 あなたとフィシスを、死ぬより酷い目に遭わせてしまいました、と何度詫びても既に手遅れ。
 何もかもあの男のせいだと言いたいけれども、捕虜にしたのは自分だから。とても危険なバイの捕虜だと、皆に知らせもしなかったから。


 一方、逃れたキースの方。そちらも周囲に派手に勘違いをされていた。
 エラが指摘した通り、軍人の身では認められない装身具。なのに両耳に真っ赤なピアスで、常につけているものだから…。
「おい、セルジュ。…アニアン大佐のピアスなんだが…」
 教官時代には無かったよな、とパスカルに訊かれて、頷いたセルジュ。
「間違いない。見てはいないし、それに…」
 ジルベスターの事故調査に向かった時からだと聞いている、と視線を走らせた先にマツカの姿。いつの間にやら、キースの側近中の側近、国家騎士団に転属になって来た青年。
「マツカか…。やっぱり、そういうことか?」
「多分…。あのピアスで周りにアピールしておけば、誰もマツカに手を出せないしな」
 お目当てはマツカだったんだろう、とセルジュは苦々しい顔で。
 きっと何処かで嗅ぎ付けたんだと、大佐好みのマツカの存在を…、とブツブツ愚痴を零すから。
「ぼやくなよ。…それともアレか、お前も大佐のお側仕えを希望なのか?」
「大佐の御指名なら、喜んで。その趣味は無くても光栄だ。…しかし…」
 生憎とまだ呼ばれていない、とセルジュもパスカルも間違えていた。マツカはキースのベッドに呼ばれて、夜のお相手をするのが仕事、と。
 もちろん、例のピアスのせいで。絶妙な時期にキースが装着したせいで。


 人類側でもこんな具合で、あまつさえ…。
(…一生かけても、知りたい所なんだがねえ…)
 サム・ヒューストンからは何も聞けそうにないし、と白衣の医師がついた溜息。
(…血液でピアスを作れますか、と言って来た上に、そのピアスをだね…)
 両耳につけてアピールだしね、と溜息の医師。彼がサムの血でピアスを作って、キースの両耳にピアス穴を開けた。…言われるままに。
(右耳のピアスはゲイのアピール、左耳のピアスはノーマルでだね…)
 だからバイだと言いたいんだろうが、という所までは分かる。キースとサムとの深い関係、それも容易に分かるけれども、どうにも解けない謎が一つだけ。
(いったい、キースはどっちでだね…)
 サム・ヒューストンはどっちだったのだろう、と未だに分からない彼らの関係。キースがサムを組み敷いていたのか、それともサムに組み敷かれて悦がる方だったのか。
(それが分かるなら、相応の対価を払う用意はあるのだが…)
 誰も教えてくれないだろうね、と嘆いている医師、彼が最初の勘違い野郎というヤツだった。
 キースはバイな男なのだと、サムがキースのパートナーだったと信じて疑わない男。


 サムの血のピアスを作った医師でもこの有様だし、他の者たちが間違えるのも無理はない。
 キースはバイだと、ブルーとフィシスは被害者なのだと、泣きの涙のジョミーとか。
 上級大佐の大のお気に入りはマツカなのだと、信じ込んでいる部下たちだとか。
 そしてキースは何も知らない、皆が間違えていることを。
 サムとの友情の証なのだと、毅然とピアスをつけているから。
 グランド・マザーに忠誠を誓ったエリートとして。
(…私はサムを忘れまい…)
 一生サムの血と共に在ろうと、生涯これを、と決めているキース。
 本人だけが知らない誤解は、きっと永遠に解けないまま。気付かないのでは、誤解を解こうと思いさえしないままだから。
 右耳のピアスはゲイのアピール、左耳ならノーマルの証。
 赤い血のピアスは、キースの両耳に今日も輝く。誤解を山と背負ったままで。人類にもミュウにも誤解されたままで、右耳に、それに左の耳に…。

 

        罪作りなピアス・了

※本気で自分の頭の中身が謎になって来た今日この頃。ピアスだよな、と思っただけなのに。
 どう間違えたらバイなキースの脅威になるのか、なんか色々とスミマセン…。





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「結婚なんて言ったって、所詮、ただの逃げ。挫折でしょ?」
 あるのはせいぜい、慰めだけ。
 そう言って悪ければ…、心の平穏かな。
 キースに投げ付けた自分の言葉。
 結婚するために教育ステーションを去った、スウェナの船を見送った後で。
 キースとサムが其処にいたから、ぶつけてやった正直な思い。
 本当にそう思っていたから、心の底から。
 去って行ったスウェナは負け犬なのだと、自分はそうはなりはしないと。
 あんな人間と付き合っていたキース、彼の程度も知れたものだと。
 「ぼくの敵じゃあ…なかったかな?」と皮肉な笑みを浮かべてやった。
 お前なんかに負けはしないと、自分の方が上なのだと。
 下級生の今は、まだまだ敵わないけれど。
 キースが築いたステーション始まって以来の秀才の地位は、まだ覆せはしないのだけれど。
 自分が卒業するまでは。
 四年間の教育課程の全てを終えて、キースの記録を塗り替えるまでは。


 結婚して去ってゆく者は敗者、せせら笑って部屋に戻ったシロエだけれど。
 逃げでしかないと、エリートにもなれない負け犬なのだと、スウェナを思い浮かべたけれど。
(…あの宇宙船…)
 遠ざかり、青い光の点になって消えていった船。
 スウェナと、彼女の未来の夫を乗せていた船。
 あの宇宙船は何処へ行くのだろうか、幾つもあると聞いた一般人向けの教育ステーション。
(まさか…)
 宇宙港の技師をしている男だと聞いた、スウェナの相手。
 そういう男と結婚するなら、技術系の人間が暮らす育英都市が向いているのだろう。
 いつか二人が一般人として養父母になるなら、きっとそういう都市に行く。
(…エネルゲイア…)
 自分の故郷もその一つだった、技術系のエキスパートを育てるための育英都市。
 ならばスウェナを乗せた宇宙船は…。
(パパとママがいた教育ステーション…)
 其処へと向かって行ったのだろうか、何も聞いてはいないけれども。
 あの船が直接向かわなくても、二人は乗り換えて行くのだろうか。
 今では顔も思い出せない両親、あの優しかった二人が出会った場所へ。
 結婚しようと決めた所へ、そういう教育ステーションへと。


(…そんな…)
 もしもスウェナが、スウェナの相手が、其処へ向かって行ったなら。
 ステーションでの教育課程を終えた後には、エネルゲイアへ行くかもしれない。
 自分が育った、懐かしい町へ。
 すっかり記憶が薄れてしまった、曖昧になった故郷へと。
(挫折したくせに…)
 メンバーズの道を諦めたくせに、途中で投げ出してしまったくせに。
 慰めどころか、スウェナは本物のエネルゲイアを手に入れる。
 それこそ心の平穏そのもの、自分にとっては何と引き換えにしてでも帰りたい場所。
 其処にスウェナは帰ってゆくのか、自分の代わりに。
 宇宙港の技師と結婚するから、その結果として。
 自分のようにエネルゲイアが出身地の子供、そういう子供を育てるために。
(…たった四年で…)
 もしかしたら、もっと短いかもしれない。
 スウェナは卒業間近だったし、結婚相手は既に何処かを卒業している男だから。
 四年も勉強しないでも済んで、ほんの二年か三年ほどで養父母になるのかもしれない。
(そうでなくても…)
 たった四年でエネルゲイアに行けそうなスウェナ。
 卒業した後の配属先が、エネルゲイアになったなら。
 其処へ行くよう、ステーションのマザーが命じたならば。


 負け犬だとばかり思ったスウェナ。
 挫折なのだと思った結婚。
 けれども、それは間違いだろうか、そんなにも早くエネルゲイアに行けるなら。
 行ける可能性が高いのだったら、スウェナがいつか手に入れるものは…。
(…ぼくが帰りたくても帰れない場所…)
 育った家が何処にあったかも忘れてしまって、戻れない場所。
 記憶を失くしてしまった場所。
 其処にいたという実感さえも薄れたけれども、もしもその場所に立てたなら…。
(思い出すかも…)
 どう歩いたら、両親の家へ行けるのか。
 懐かしい家の扉を叩いて、もう一度両親に会えるのか。
 スウェナの代わりに、自分が其処に立ったなら。
 故郷の土を踏めたとしたら。
(…たった四年で行けるんだ…)
 あるいはもっと短い期間で、エネルゲイアへ。
 機械が行き先に選びさえすれば、スウェナは其処へと辿り着く。
 どんなに遅くても、自分が此処を卒業する頃、スウェナはエネルゲイアに着く。
 自分は行けはしないのに。
 行きたいと願い続けたところで、どうにもなりはしないのに。
 エリート候補生の道に入った時点で、遠くなった故郷。
 恐らく地球のトップに立つまで、チャンスは巡って来ないだろうに。


 なんてことだ、と愕然として、それから思い浮かべた両親。
 今は顔さえぼやけてしまって、どんな顔だか分からないけれど。
 多分、マザー・イライザに似ている母。
 そして大きな身体だった父。
(パパもママも…)
 スウェナが行くだろう教育ステーションで出会った筈。
 父は技術系のエキスパートだったけれども、母と結婚していたのだから。
 独身のままでいてもいいのに、養父の道を選んだ父。
(…パパもそうだった…?)
 何処かで母とバッタリ出会って、恋をして、勉強し直して。
 ひょっとしたら母もそうかもしれない、コースを途中で変更して。
 スウェナがその道を選んだように、卒業間近で別の道へと。
(…そういうことも…)
 無いとは言えない、養父母としては年配だった両親。
 自分は何人目かの子供だろうけれど、スタート自体が遅いかもしれない。
 最初から一般人向けのコースに入った者よりも。
 途中で進路変更したなら、スウェナのような道を歩んだのなら。


(挫折で、逃げで…)
 自分はキースにそう言ったけれど、本当に結婚は挫折だろうか。
 本当にただの逃げなのだろうか、スウェナが選んだあの道は。
 ステーションから遠くへ去って行った船、あの船がスウェナを連れてゆく道は。
(…ママみたいに優しいお母さんになって…)
 子供を愛して育てるのならば、それは挫折と言うのだろうか?
 逃げたと言ってもいいのだろうか、両親が辿って来たかもしれない道を。
 何処かで出会って、恋をして、進路を二人して変えて。
 その先で自分を育てたのなら、それでも挫折で逃げなのだろうか…?
(ママは挫折なんか…)
 していないと思う、優しかった父も。
 二人とも自分の自慢の両親、今では顔も忘れていても。
 育てられたことは忘れていないし、温かい手だって覚えている。
 どんなに機械が消していっても、おぼろげなものになってしまっても。
 いつか二人に会いに行きたいし、あの家に帰り着くのが夢。
 その両親が負け犬だなんて、もしも誰かが口にしたなら…。
(ぼくはきっと…)
 酷く怒って罵るのだろう、それを言った者を。
 言葉だけではとても済まなくて、拳を振り上げるかもしれない。
 殴り飛ばして、掴み掛かって、声の限りに怒鳴るのだろう。
 「お前なんかに何が分かる」と、「ぼくのパパとママを馬鹿にするな」と。
 最高の両親だったから。
 今も誰よりも愛しているから、きっと自分は許さない。
 両親を馬鹿にした者を。…負け犬なのだと言い捨てた者を。


(結婚なんて…)
 ただの逃げだ、と思うけれども、それも機械の仕業だろうか。
 本当はメンバーズよりも素晴らしい道で、両親はそれを歩いただろうか。
(…パパ、ママ…)
 どうだったの、と訊きたいけれども、今は会うことも出来ない両親。
 スウェナの方が先に会うのだろう、街の何処かですれ違って。
 同じ建物に住むかもしれない、隣の住人になることだって。
(…逃げじゃなかった…?)
 挫折したわけではなかっただろうか、このステーションを去ったスウェナは。
 両親と同じ場所に行くなら、同じ道を選んで行ったのならば。
(分からないよ、ママ…)
 パパ、と心で呼び掛けるけれど、返らない答え。
 それに自分はきっと行けない、スウェナが歩いて行った道へは。
 エネルゲイアへの近道なのだと分かっていても。
 それを選べば、と気付いていても。


(…待ってて、パパ、ママ…)
 いつか必ず会いに行くから、と零れた涙。
 その時はぼくに教えて、と。
 何処で出会って、どうして養父母になったのか。
 その道は幸せな道だったのかを、自分を育てて幸せだったかを。
(…きっと幸せに決まってる…)
 そういう答えが返るだろうから、自分の心が憎らしい。
 結婚なんてただの逃げだと、挫折だと思う、この考えが。
 その道を行けないらしい自分が、きっと行けないだろう自分が。
 パパもママも最高だったのに、と溢れ出す涙が止まらない。
 ぼくは何処かで間違えたろうかと、どうしてこうなってしまったのかと…。

 

         選べない道・了

※「結婚なんて…」と馬鹿にしたシロエ。原作シロエも同じでしたけど、甘めなアニテラ。
 あのシロエなら、後でドツボにはまりそうだな、と…。こういうのを自業自得と言うかも?





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「半年も経てば、恐らく全員、マザー牧場の羊だ」
 そう言ったことは確かだけれど、とシロエが抱えている頭。まさか本当に羊だなんて、と。
 周りを取り囲むモコモコの羊、どっちを向いても羊の群れ。夜だからパチパチ燃えている焚火、それを囲んで羊の番。なにしろ羊飼いだから。羊の番が仕事だから。
「…恐らくお前のせいだぞ、シロエ」
 あの台詞は忘れていないからな、とキースにジロリと睨まれた。あれから長年経ったけれども、私の記憶に間違いはない、と。
「そうだぜ、俺も聞いていたしよ…。お前、確かに羊と言ったぜ」
 サムまでキッチリ覚えているから、なんとも立場がマズかった。羊飼いの仲間は多いけれども、誰も覚えが無いらしいから。彼らが生きた歳月の中で、羊絡みの発言なぞは。
「アニアン閣下…! やはり、こいつのせいですか?」
 牧場で羊と言ったのなら、と不愉快そうなのがセルジュというヤツ。かつてキースの部下だった一人、中でも一番偉そうな態度。
「確証はないが…。他に羊と牧場と言った者が無いなら、シロエなのだろう」
 言霊というものがあるらしい、と声をひそめるキース。迂闊な言葉を口にしたから、皆に呪いがかかったようだ、と。
「ぼくは呪いなんか、かけてませんから!」
 そんな力もありませんから、と叫んだけれども、「甘い」と切って捨てられた。言霊とやらは、言った本人の能力とはまるで無関係だ、と。
「お前があれを言った時に、だ…。呪いがかかっていたのだろう。だからこうなった」
 ミュウのヤツらが一人も混ざっていないのが証拠、とキースが見回す羊飼いたち。キースの部下やら、グレイブやらと多彩な面子が揃っているのに、ミュウは一人もいなかった。
 キースの部下として生きた、変わり種のマツカを除いては。それと自分も、一応はミュウ。この二人だけが辛うじてミュウで、とはいえ人類の世界で生きて死んだ者。


 キースが言うには、マザー牧場の羊として生きていた面子。それが集められて羊飼いの群れで、こんな所で羊の番をしているらしい。モコモコの羊の群れに囲まれ、焚火をして。
(ぼくのせいで…?)
 それで羊、とシロエは泣きたい気分。ピーターパンと行くネバーランドなら嬉しいけれども、羊飼い。夜に羊の番だなんて、と。
「ぼくたち、これからどうなるんですか…!」
 一生、羊の番でしょうか、と叫んでからハタと気が付いた。全員、とっくに人生終了、一生も何もこれが結末。ハッピーエンドを迎える代わりに、羊飼い。ずっとこうして羊の番。
(…酷すぎるかも…)
 あんな台詞を吐かなきゃ良かった、と俯いていたら、「諦めるな」と肩を叩いたキース。
「まるで救いが無いということもないだろう。…羊飼いだからな」
「どういう意味です?」
「知らんのか、聖書。羊飼いが夜に羊の番なら、救い主キリストの降誕だぞ」
 可能性の一つに過ぎないが…、とキースが語ったキリスト降誕。もしも聖書の通りだったら、天の御使いが現れる。神の栄光に照らされて。
 それに夥しい天の軍勢、神を賛美して歌うという。
 「いと高き所には、栄光が神にあるように。地の上に住む人々に、平和があるように」と。
 そのメッセージを受け取ったならば、ベツレヘムという町に行けばいい。クリスマスの夜に馬小屋で生まれたキリスト、救い主の赤子を拝むために。
「ああ、なるほど…。そしたら、羊飼いの役目は終了というわけですか…」
「上手く行けばな。我々は人類代表なのだ」
 聖書の羊飼いたちもそうだ、と言われてみればその通り。救い主の誕生を知らせる使いは、羊飼いの所に現れるから。
「時空が捩れているわけですね。…キリストが生まれた時代辺りに」
「お前の迷惑な台詞のせいでな!」
 それを忘れるな、とループした話。周りの視線がとても痛いから、羊の中へと逃げ込んだ。モコモコの群れに隠れていたなら、さほど視線は刺さらないから。


 そうやってシロエは羊に隠れて、キースたちが続けた羊の番。早く天使がやって来ないかと、神の栄光が辺りを照らさないかと。焚火を囲んで待っている内に…。
「キース、何か来ます!」
 ミュウだけあって勘の鋭いマツカが指差した方。モコモコの羊の群れの向こうは真っ暗な闇で、誰が見たって何も見えない。キースも、セルジュも、グレイブたちも目を凝らすけれども…。
「何も見えんぞ?」
 天の使いなら光り輝く筈だが、とキースが首を捻った時。
「なんか聞こえねえか?」
 変な音が、とサムが言い出して、間もなく誰もが耳にした音。テケテン、テケテンと妙にリズミカルで、まるで太鼓でも叩いているよう。
「アニアン閣下…。天使は太鼓を叩くんですか?」
 おまけに変な節回しですが、とセルジュが指摘するテケテンな音。天の軍勢なら、もっと荘厳な音楽の方が似合うのに。太鼓でテケテン、テケテンやるより、ハープなんかが似合うだろうに。
(((テケテン、テケテン…?)))
 天の軍勢のセンスは良くないようだ、と誰もが思ったBGM。テケテン、テケテン、テレツク、テレツクと小太鼓が鳴って、テレツクテンテン。
 あまりのことにシロエも羊の群れから出て来て、目をパチクリとさせている始末。これに関しては責任は無いと、ぼくの責任は羊飼いまで、と。
 テンテンテレツク、テケテン、テケテン。
 天の軍勢は光り輝きもぜすに、テレツクテレツク近付いて来て…。


「なんだ、貴様は!」
 どうしてお前がその立ち位置に、と怒鳴ったキース。
 テレツクテンテンと小太鼓を打ち鳴らす天の軍勢、その先頭に立っていたのは、あろうことかミュウの長だった。それも忌々しいアルビノの方の。
 なんだってヤツが天の御使い、そんな素敵な立ち位置に…、とキースは歯噛みしたのだけれど。
「どうしても何も…。我々は進化の必然だからね」
 天の御使いとも思えない台詞を吐いてくれたのが、ソルジャー・ブルー。もう少しオブラートに包んだ物言いをして欲しいものだ、と誰もが思った。
 人類はミュウに破れたのだし、この配役は諦めよう。あちらが天の軍勢になって、自分たちの方が羊飼いでも。
 けれども、天の御使いたちはキリストの誕生を告げに来たわけで、いわば救いの神というヤツ。これからベツレヘムの馬小屋に行って、キリストを拝めばお役目終了。きっと時空の捩れも直って、羊の群れとはオサラバだから…。
(((もうちょっと優しい言葉遣いで…)))
 喋れないものか、と羊飼いたちが見詰めたソルジャー・ブルー。天の御使いな役どころならば、もっとソフトに喋って欲しい、と。
 そうしたら…。
「…天の御使い?」
 このぼくが、とソルジャー・ブルーは目を丸くした。それにキリストと言われても…、と。
「違うのか?」
 これはそういう話だろうが、と食ってかかったキースだけれど。
「…まるで間違ってはいないかな…。ぼくたちが来ないと年が明けないし」
「「「はあ?」」」
 紀元が切り替わるという意味だろうか、と首を傾げた羊飼いたち。確かキリストの誕生を境に暦が変わっていたかと、紀元前とその後だったような、と。


 キリストが生まれる前が紀元前、生まれた後は紀元何年、と数えていたのが昔の暦。SD暦に切り替わる前は、そういう暦の筈だから。
 それで天の御使いがやって来ないと、年が明けないのかと思ったら…。
「違うね、君たちが飼っているのは羊。ぼくたちの方は…」
 こういうヤツで、とソルジャー・ブルーが合図をしたら、テケテン、テケテンと始まった音楽。天の軍勢なミュウの面々、彼らが小太鼓でテレツクテンテン。
 その間を縫うように現れたジョミー、トォニィやらキャプテン・ハーレイやらと、それは豪華なメンバーだけれど。
「「「サル!??」」」
 なんでまた、と羊飼いたちも唖然呆然、ミュウのお歴々はサルを連れていた。一人に一匹、二足歩行をしているサル。妙なベストを着ているサルで、それがテケテン、テケテンと…。
(((…踊っている…)))
 小太鼓のリズムに合わせてテケテン、テケテンと踊るサルたち。テンテンテレツク、テケレツテンテン、それはいわゆる猿回しだった。ジョミーやトォニィの合図でテレツク、テケレツ、軽快にサルたちは踊り続ける。二足歩行で、それは楽しげに。
「新しい年はサル年だからねえ…」
 でもって古い年が羊で、とソルジャー・ブルーはフッと笑った。羊飼いのターンはこれで終了、お役御免というヤツだから、と。
「なんだと!? では、我々はどうなるのだ!」
 貴様たちが取って代わるのか、とキースが怒鳴ると、ソルジャー・ブルーは余裕の笑みで。
「そうなるのかな? 干支の引き継ぎに関してはね」
 サルが進化してヒトになったのは有名な話、と言い返されてグッと詰まったキース。それで進化の必然という台詞が出たかと、ミュウの側にサルがつくのか、と。


 干支の引き継ぎと言われた途端に、羊飼いたちは理解した。西暦2015年とやら、自分たちが生きていたのとは少しズレた時空。そこで一年が終わるのだと。未年が去ってゆくのだと。
(((2016年は申年…)))
 サルに関してはミュウに分がある、ミュウは進化の必然だから。ヒトの進化を語る上では、サルは欠かせない存在だから。
「シロエ、どうしてサルと言わなかった!?」
 何故、羊だと言ったのだ、とキースがキレても、普通、牧場でサルは飼わない。サルと言ったらモンキーパークで、牧場と言ったら羊とか。
「シロエを苛めないで欲しいね、彼の責任ではないと思うから」
 たまたま羊と言っただけだし、とソルジャー・ブルーが言うのも事実。そうこうする間にテケレツテンテン、猿回しのサルたちが焚火の周りで暖を取り始めた。動物は火を恐れるのに。
「どういうことだ!?」
 このサルどもは、とキースも羊飼いたちも驚いたけれど。
「未年の最後を締め括るホットなニュースと言うべきかな? あれは何処だったか…」
 焚火で暖を取るサルたちの群れが現れたそうだ、とソルジャー・ブルーに告げられたニュース。何処かの時空で焚火を恐れないサルたちが現れ、年の瀬の話題になったという。
(((そんなニュースまで…)))
 来てしまったらもう駄目だ、と羊飼いたちが悟った敗北。とりあえず来年はミュウの年、と。
 焚火をミュウたちに譲り渡して、自分たちはこれから流浪の民か、と思ったら…。


「引き継ぎが済んだら、正月とかいうモノらしいけどね?」
 みんなで焚火で餅を焼くのだ、とソルジャー・ブルーがキッパリと言った。
 その内に初日が昇ってくるから、それを見ながら宴会らしい、と。
「「「宴会!?」」」
「そう、宴会。飲んで騒いで、三日間ほど…。箱根駅伝とやらも見てね」
「「「箱根駅伝…」」」
 なんだそれは、と羊飼いたちは思ったけれども、どうやら焚火は譲らなくてもいいらしいから。
「分かった、とにかく宴会なんだな?」
 シロエのせいでババを引いたのではないんだな、と念を押したキース。このまま焚火でかまわないのだなと、羊飼いの役目が終わりなだけで、と。
「そのようだけど? ぼくたちの方も、猿回しは年越しだけだからねえ…」
 干支の引き継ぎが無事に終わるまで、君たちも羊飼いをよろしく、と言われた羊飼いたちは張り切った。役目を終えたら宴会なのだし、此処を去らなくてもいいようだから。
「こらっ、そっちへ行くんじゃない!」
「大人しくしていて下さいよ~!」
 モコモコの羊が逃げないようにと頑張る羊飼いたち、BGMに流れるテレツクテンテン。大勢のミュウたちが鳴らす小太鼓、焚火の周りで踊るサルたち。
 こうして2015年が暮れて、やがて新しい年が来る。未年が去って、サルの年。
 テンテンテレツク、テケレツテンテン、年が明けるまでは羊飼いたちと猿回しのコラボ。干支の引き継ぎをちゃんと済ませて、新しい年が来るように。
 テケテン、テケテンと年は暮れてゆく、そしてもうすぐ2016年になる。
 年が明けたら、人類もミュウも揃って宴会。餅を焼いたり、おせちにお雑煮。
 箱根駅伝なども見ながら、「無事に新しい年を呼べた」と干支の引き継ぎを語り合いながら…。

 

         ゆく年くる年・了

※今年はヒツジ年だったっけな、と漠然と考えただけなんです。来年はサル、と。
 なんだってこんな話になったか、今度こそ自分が分からないかも…!





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(…こんな日の何処が目出度いんだ…)
 サッパリ分からん、と顔を顰めたキース。
 今日の日付は十二月二十七日、今日を含めてあと五日ほどで今年も終わる。
 たったそれだけ、それ以上でも以下でもない日。ずっと前から。
 けれども、部屋に山と積まれたプレゼントの箱。
 定番のリボンがかかった箱やら、凝ったラッピングやらと、それは賑やか。
 これを寄越した連中の顔が見えるようだ、と零した溜息。
(国家騎士団、上級大佐…)
 いつの間にやら、アイドルスター並みの人気を誇っていた自分。
 全く自覚は無かったのに。
(冷徹無比な破壊兵器ではなかったのか…?)
 それは軍部の中だけだったろうか、と情けない気持ち。
 軍人だというのに、この大量のプレゼント。
 朝からマツカやパスカルたちが台車で運び込んで来た。
 「全部、大佐にお届け物です」と、「セキュリティーチェックは済んでいます」と。
 つまり爆発しないということ、危険はまるで無いということ。
 中身は菓子の類だろう箱も、こだわりの逸品が入っているらしい箱だって。


 迷惑な、と思うけれども、届いたものは仕方ない。
 今日は自分の誕生日だから、あちらこちらからドッサリと届く。
 前からチラホラ来てはいたものの…。
(昇進して以来、拍車がかかった…)
 画面に姿が映し出されただけで、黄色い悲鳴が上がると聞いた。
 あれはセルジュからの報告だったか、「凄い人気ですよ」と。
 そんなわけだから、今日は朝からプレゼントの山。
 きっとまだまだ増えるのだろう、今日の間に。
(……まったく、何処が目出度いんだか……)
 人工子宮から出されたというだけ、それが世に言う誕生日。
 SD体制が始まる前だったならば、もう少し意味もあっただろうに。
(…そういえばミュウのガキどもがいたな…)
 あの連中には誕生日があるか、と思うけれども、所詮は化け物。
 生身で宇宙空間を飛んで来たミュウの長、ソルジャー・ブルーと変わりはしない。
 第一、トォニィとかいう子供には危うく殺されかけたし…。
(ロクでもないな…)
 誕生日なんぞ、と歪めた唇。
 ついでに自分の誕生日の場合、人工子宮から取り出されるよりも酷いのだが、と。


 マツカだけが知っている、E-1077に向かった任務。
 あそこで処分して来たモノ。
 その正体まではマツカも知るまい、自分そっくりの標本の群れを消して来たとは。
(私もアレと同じに育って…)
 たまたま計算通りに上手く運んだというだけなのだが、と浮かべた自嘲の笑み。
 どうやら自分は人ですらないと、無から作られた人形だから、と。
(あのガラスケースから出された日が、だ…)
 十二月二十七日だっただけで、本当に人工子宮より酷い。
 赤ん坊ではなくて、少年の姿で自分はこの世に出て来たのだから。
 それを誕生日と言っていいのか、実際、とても怪しい所。
 なのにドッサリ、プレゼントの山。
(…後でマツカに処分させるか…)
 自分そっくりの標本の群れを処分するよりは、マシな方法があるだろう。
 食べ物の類は希望者に配ってしまえばいいし、他の物だって。
(利益を出すなら…)
 バザーでもすれば良かろうと思う。
 国家騎士団の名も自分の名も伏せて、何処かでスペースでも借りて。
 上がった利益は、バザー開催に奔走した者たちで分ければいいし、と考えた。
 バザーでなくても、他にも方法は色々と…、と。


 とにかく全部、処分なのだ、とプレゼントの山を苦々しい気持ちで眺めていたら。
「嫌ですねえ…。キース先輩」
 誰のお蔭でプレゼントを貰えると思ってるんです、と声がした。
 振り返ってみたら、立っていたシロエ。
 E-1077にいた頃と同じに制服姿で、少年のままで。
「……シロエ?」
「そうですよ。ぼくが先輩のデータを色々調べましたから…」
 キース先輩の誕生日だけが知られているんです。今日だってことが。
 他の人たちは謎のままです、先輩よりも人気の高い人もね。
「…他の人だと? それに人気とは…」
 何のことだ、と首を捻った。
 一番人気は自分の筈だし、だからこそのプレゼントの山なのだから。
「分かりません? じゃあ、この人なら知ってますよね」
 どうぞ、とシロエが部屋に呼び入れた人物。
 印象的な赤い瞳のアルビノ、メギドと一緒に消え失せた筈のソルジャー・ブルー。
「お、お前は…! 何処から入った!?」
「何処からも何も…。ぼくやシロエに壁や扉が意味を成すとでも?」
 スイと通り抜けるだけだから、とソルジャー・ブルーは不敵に笑った。
 それに君よりも私の方が人気は上だ、と。
「何故、お前が!」
 私より上になるというのだ、と解せないけれども、シロエも可笑しそうに笑っている。
 「本当に何も知らないんですね」と、「キース先輩は幸せですね」と。


 そんなシロエが「これ、知ってます?」と手にしている本。
 表紙に「地球へ…」と書かれた一冊、シロエはパラパラとページをめくって。
「この本の中だと、ぼくたちは登場人物なんですよ」
 お伽話の世界みたいに、一つの世界が入っていて…。
 その世界の話を読んでいる人たちがいるんです。それこそ世界のあちこちにね。
 ソルジャー・ブルーが一番人気で、その次は、さあ…。誰なんでしょう?
 キース先輩もけっこう人気ですけど、さっきも言った通りにですね…。
 誕生日ってヤツが分かっているのは、キース先輩だけなんです。
 ぼくが調べていたからですよ、とシロエは本のページを指した。
 「こういう挿絵になっています」と、お蔭で本を読んだら誰でも分かるんです、と。
「ば、馬鹿な…。私も本の登場人物だと?」
「この本がある世界の人たちにとっては…、ですけどね」
 そうですよね、とシロエが視線を向けると、頷いたアルビノのソルジャー・ブルー。
「世界というのは一つではないよ。…この世界だけが全てではない」
 私や君にとっては、この世界こそが本物だけどね…。
 この世界がお伽話のように見える世界も、また存在する。
 其処では、君の誕生日だけしか分からないことを、今も嘆いている人も多いのだから…。
 大切にしたまえ、そのプレゼント。
 それが言いたくてね、私も、シロエも。


 処分させようなどと罰当たりなことを…、と言われてハタと気が付いた。
 それも真実かもしれない。
 自分の生まれが何であろうと、祝ってくれる人が大勢いるわけで…。
「そうだった…。バザー送りはやめておくか」
 マツカたちと開けて、使い道を真面目に考えるか、とプレゼントの山をじっと見詰めて。
 それでいいか、と向き直ったら…。
(…いない…?)
 ソルジャー・ブルーも、それにシロエもいなかった。
 別の世界へと消えたかのように。
(…夢だったのか…?)
 それにしては妙に生々しい夢で、人としての道まで説かれたような気もするから。
 プレゼントを処分するなど罰当たりな、と言われた声が耳に残っているから。
(…たまには、マツカたちを労うとするか…)
 今日の仕事が終わった後には、皆でプレゼントを開けるとしよう。
 食べ物だったら分けて宴で、他のプレゼントは…。
(クジ引きだな…)
 誰に一番いいのが当たるか、きっと賑やかなことだろう。
(少し早いが…)
 ニューイヤーのパーティーだと思っておくか、と決めたプレゼントの使い道。
 夜までには、もっと増えるだろうから。
 マツカたちが何度も運んで来るだろうから、今夜は宴。
 シロエに、それにソルジャー・ブルーに、諭されたような気がするから。
 標本と同じに処分したのでは、罰当たりな気がして来たから…。

 

        誕生日の訪問者・了

※アニテラの登場人物で誕生日が分かっているのって、キースだけなんですよね…。
 それもシロエが調べたせいだし、と12月27日の記念にちょこっと小ネタ。





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(…売らないと帰れないんだよね?)
 これを全部、とジョミーが眺めるマッチの山。籠に山盛り、それを売らないと家に帰れない。家と言っても、怖い父親が思い切り番を張っているのだけれど。
(…逆らったら酷い目に遭うし…)
 もう散々な目に遭っちゃったから、と思い出すのも情けない気分。父親のブルーは、それは厳しくてキツかったから。頑固ジジイと呼ぶのがピッタリ、そういう感じ。
(今日は大晦日なのに…)
 しかも、とっくに暮れてしまって、街は夜。しんしんと雪が降り積んでゆく。
 こんな夜でも、マッチを売らずに家に帰ったらブルーに張り倒される、と懸命に売ろうとするのだけれど。
「すみません、マッチを買ってくれませんか?」
 ほんの一束でいいんです、と褐色の肌のガッシリした男の袖に縋ったら。
「ブリッジは火気厳禁だ! そんなモノが買えるか!」
 キャプテンの責任問題だからな、と怒鳴り飛ばされた。買ってくれるどころか、大股で歩き去ってしまった男。肩章と緑色のマントまでついた、立派な服を着ているのに。
(…ぼくに怒鳴られても…)
 そういうのはブルーに言って下さい、と心で泣きながら、呼び止めたジジイ。ツルリと禿げた頭だけれども、やたら偉そうなジジイなのだし、きっとお金もあるだろう。
「マッチを買ってくれませんか? 一束だけでいいですから」
「なんじゃと? わしにマッチを持ち込めと言うのか、機関部に!」
 エンジンが火事になったらどうするんじゃ、と激怒したジジイ。機関部にマッチを持ち込んだが最後、エンジンはパアでワープドライブも駄目になるわい、と。
 その上、「縁起でもないわ、この大晦日に!」と突き飛ばされて、派手に転んだ。
(……ジジイ……)
 パワーだけは無駄にあるみたい、と雪の中に突っ伏したままで見送った。今度も駄目、と。


 次に通り掛かった温厚そうな白い髭の爺さん、いけそうだと声を掛けたのに。
「マッチねえ…。子供たちが火遊びをしたら大変だからね」
 船が燃えたらどうするんだね、と諭すような口調になった爺さん。子供たちは何でもオモチャにするから、マッチは危なくて持ち込めないね、と。
(…また売れなかった…)
 雪はどんどん降って来るのに、寒くなってゆく一方なのに。気付けば凍えそうな寒さで、足元は裸足。いつの間にか靴を失くしたらしい。
(あの爺さんに突き飛ばされた時かな…?)
 ブルーに知れたら、また叱られる、と泣きたいキモチ。叱られるだけで、きっと新しい靴などは買って貰えないから。
(これからは裸足でマッチ売りなんだ…)
 冬はまだまだ厳しくなるのに、大晦日に靴まで失くすなんて、と悲しいけれども、全部売らないと帰れないのが籠の中のマッチ。
(でも、寒いし…)
 足も冷たいから一休み、と家と家との隙間に座った。少しだけ軒が張り出しているから、頭の上に屋根がある気分、と。
(寒いよね…)
 まるで売れないマッチだけれども、火気厳禁だの、船が燃えるだのと断りまくられてしまった危険なブツ。つまりは燃やせば火が出るわけで…。
(一本くらい…)
 ちょっと温めるだけだから、と一本シュッと擦ってみた。小さくても火には違いないから。
(暖かい…!)
 いいな、と冷えた手をかざした途端に、目の前に現れた立派なストーブ。温まれそう、と手足を近付けようとしたら…。


(あ…!)
 消えてしまった大きなストーブ。代わりに燃え尽きたマッチが一本。
(…もう一度、ストーブ…)
 暖かかったし、とシュッともう一本マッチを擦ったら、その光で透けた家の壁。大晦日の御馳走が並んだテーブル、それはまるで…。
(ママが作った料理みたいだ…!)
 ブルーとセットのフィシスではなくて、本物のママ。もういなくなってしまったけれど。
 ママの料理だ、と眺める間に、またまた消えてしまったマッチ。もっとしっかり、懐かしいママが作った料理を見たかったのに。
(…もう一度、ママの…)
 料理が見たいよ、とマッチを擦ったら、光の中に浮かんだ家。厳しいブルーに捕まる前に、本物のママと暮らしていた家。パパも一緒で、幸せだった。本物のパパとママがいた家。
 あそこに帰ろう、と駆け出そうとしたら、マッチの炎が消えてしまって…。
(……ママ、パパ……)
 なんで、と見上げた空に流れた星。
「…今、誰かのサイオンが爆発したんだ…」
 きっとそうだ、と思った理由は、前にみんなが言っていたから。
 「あの子のせいで」と責められた自分。ブルーは大変な目に遭ったのだと、勝手に飛び出した挙句に成層圏まで駆け上がるなんて、と。
 誰もが自分に厳しい世界。ブルーは怖いし、マッチも売れない。大晦日なのに、全部売らないと家に帰ってゆけないのに。…怖いブルーが番を張っている家だとしても。


(…もう一本くらい…)
 夢を見たってかまわないよね、と擦ってみたマッチ。一瞬でも夢が見られるなら、と。
 そうしたら…。
「ママ…!」
 明るいマッチの光の中に立っている母。ブルーとセットのフィシスではなくて、本物のママ。
 会いたかった、と喜んだけれど、マッチの炎が消えてしまったら、母だって消えてしまうから。
「待って、ママ…!」
 お願い、ぼくを連れて帰って、とマッチを一束、思い切って擦った。大きな炎が出来るだろうし、ママはずっと側にいてくれるよ、と。
 その炎の向こう、眩い光を纏った母が両手を広げて、「ジョミー!」と呼んでくれたから。
「ぼくも一緒に行くよ、ママ…!」
 家に帰ろう、と抱き付いて、抱き締め返して貰って。そのまま天に昇ろうとしたら…。
「ジョミー・マーキス・シン。…不適格者は処分する!」
 いきなり母の姿が変わった、奇妙に歪んだ顔の化け物に。何処から見たって機械でしかない、不気味な影を纏ったものに。
(……嘘……!)
 テラズ・ナンバー・ファイブ、と悟った母の正体。どうしてこんなことになるのかと、母と一緒に家に帰れるのではなかったのか、と。
 もう本当に泣きたい気分で、どうすればいいかも分からなくて…。


「嫌だーーーっ!!!」
 こんなの嫌だ、と絶叫したら、パァン! と頬を叩かれた。「いい加減にしろ」と。
「……ブルー……?」
「いい夢だったかい? ジョミー」
 ぼくの力は本当に残り少なくてね、と説教を垂れ始めたソルジャー・ブルー。このシャングリラを束ねている長、寝たきりと言ってもいいほどなのに。
(…こんな時だけ、無駄に元気で…)
 でもって怖い、と頭を抱えるしかない、ブルーのベッドの枕元。青の間の奥。
 来る日も来る日も此処に呼ばれては、昼間の特訓の成果を報告させられ、場合によっては厳しい説教。長ったらしくて終わりもしないし、ついついウトウトしてしまうわけで。
(……あのままママと行っていたなら……)
 シャングリラから無事に逃げられたかな、と思うけれども、オチがあまりに酷すぎたから。
 懐かしい母はテラズ・ナンバー・ファイブに化けてしまったから、あの夢だって…。
(…ぼくには似合いの結末なんだ…)
 ママは迎えに来てくれないんだ、と自分の境遇を嘆くしかない。
 幼かった頃に読んだ童話の通りだったら、母と天国に行けるのに。ハッピーエンドが待っているのに、どうやら自分には無いらしいから。
「ジョミー? 今、ぼくが言ったことを復唱したまえ!」
「えっ? え、えっ、待って下さい、ブルー!」
 もう一回最初からお願いします、と土下座せんばかりのソルジャー候補、ジョミーの未来は大変そうで。マッチ売りの少女みたいな逃げ道さえも用意されていなくて、ただひたすらに…。
(…努力しろって?)
 いつまで続くの、と号泣モードのマッチ売りの少年、いやソルジャー候補。マッチを売る方がずっとマシだ、と夢の中へと戻りたくても、今夜は逃がして貰えそうにない。
 説教の途中で居眠ったから。挙句に素敵な夢を見過ぎて、ブルーに張り飛ばされたから…。

 

       マッチ売りの少年・了

※どう間違えたら、ジョミーがマッチを売るんだか…。本気で自分が分からないです。
 この時代でもマッチはあるんですかね、レトロ趣味な人向けに作ってるかな?





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