(捕虜にしたのはいいんだが…)
何処に閉じ込めればいいんだろう、とジョミーは頭を抱えていた。シャングリラに戻る小型艇の中で、さっきから。
ナスカにやって来たメンバーズの男、キース・アニアン。階級は少佐。
そのくらいしか読み取れなかった、心の遮蔽が強すぎる男。身体能力もかなりのものだし、気を失っている今はよくても…。
(意識を取り戻したら、危険な男だ)
仲間たちに危険が及ばないよう、監禁せねばと思うけれども、問題は船の構造だった。ミュウの箱舟とも言えるシャングリラ。捕虜を監禁出来るような場所は…。
(無い筈だよな?)
あの船で誰かを閉じ込めると言ったら、ヒルマンがたまにしているお仕置き。悪戯が過ぎた子供たちを押し込む小部屋くらいで、その正体は備品倉庫で。
(外から鍵がかかるというだけ…)
なんとも心許ない牢獄。メンバーズ相手に役に立つとも思えない。
これは困った、と悩む間に、小型艇はシャングリラに滑り込んで行って…。
「なんだって!?」
ジョミーが耳を疑った言葉。格納庫で帰りを待ち受けていた長老たち。彼らが言うには…。
「じゃから、お誂え向きの部屋があるんじゃ。こやつを閉じ込めるにはピッタリじゃわい」
一度も使ったことは無かったんじゃが、とゼルが繰り返した「座敷牢」。
「座敷牢…?」
なんだそれは、と訊き返したら、「そのままの意味じゃ」という返事。座敷牢、すなわち座敷な牢獄。監禁用の部屋だと言うから驚いた。
何故、シャングリラに監禁用の部屋が必要なのか。ミュウの箱舟、名前通りの楽園なのでは、と心底仰天したのだけれども、「使っていないと言っただろう」とヒルマンがフウとついた溜息。
「今まで出番が無かったのだよ、問題を起こした仲間は一人もいなかったから」
「ええ、そうです。幸いなことに、誰もが健康でしたから…」
身体はともかく心の方は、と引き継いだエラ。
説明によると、ミュウは精神の生き物とも言える。その精神の力がサイオン。
もしも常軌を逸したならば、サイオンで船を壊しかねない。そういう状態に陥った仲間を収容するべく、座敷牢を作っておいたという。シャングリラを改造した時に。
「色々と便利に出来てるんだよ、座敷牢だから」
其処だけで全部間に合うようにね、とブラウも押した太鼓判。バストイレ完備、その上、心理探査用の設備まであるのが座敷牢。精神状態をチェックするのも欠かせないから。
一気に解決した難問。捕虜を閉じ込めるのに格好の場所が座敷牢。
(丁度良かった…)
いいものがあった、とジョミーは感謝したのだけれど。早速キースを其処に突っ込み、心理探査を始めたけれども、無かった収穫。
キースの心理防壁は堅固で、どうしても破れなかったから。下手に進めたら精神崩壊、欲しい情報を頂く前に廃人になってしまうから。
「…此処までにしよう」
仕方ない、と日を改めることに決めた尋問。何か良策が見付かるまでは、座敷牢に入れておけば充分、と。
長老たちの話によると、破壊力では定評のあるタイプ・イエローでも壊せないらしい座敷牢。
メンバーズといえども人類なのだし、サイオンは持っていないから…。
(いくら暴れても、座敷牢は絶対に壊せない)
其処で暮らしているがいい、と放置プレイを決め込んだ。座敷牢だけに、中に入らずとも外から出来る囚人の世話。食事も、それに入浴だって。
かくして決まったキースの処遇。当分は放置、世話は座敷牢のマニュアル通り。
(初使用だが…)
熟練の仲間もいないけれども、マニュアルがあれば初心者でも世話が出来るだろう。手の空いている警備の者でも使って、「これだ」とマニュアルを渡しておけば。
だから、ジョミーは目を通しさえもしなかった。座敷牢用のマニュアルには。
マニュアルを受け取った警備員の方も、相手は人類の捕虜だとあって…。
(…マニュアル通りにやればいいよな?)
それで全く問題無し、とパラリパラリとめくったページ。
精神に異常を来たした仲間だったら、色々と気を遣うけれども、所詮、相手は捕虜だから。
ミュウの敵の人類、おまけに物騒なメンバーズ。
(何も遠慮は要らないさ)
人類には散々、酷い目に遭わされて来たのだから、と考えたキースの世話係たち。マニュアル通りの世話で充分、それでも上等すぎるくらい、と。
そうとも知らない、捕虜になったキース。失っていた意識が戻って来たら…。
(何処だ、此処は!?)
見たこともないガラス張りの部屋。ドームのようになった構造。自分は椅子に座らされていて、手足を拘束されていた。そう、その椅子にガッチリと。
(…ミュウどもの仕業か…)
上等だ、と思ったけれども、ピンチはピンチ。どうやら自分は、モビー・ディックの中に囚われているらしい。逃げ出そうにも、右も左も分からない船に。
(第一、此処から出る方法が…)
あるのだろうか、と見回す間に、何故だか俄かに催して来た。いわゆる生理的欲求なるもの、そう言えば最後にトイレに行ったのは…。
(…ジルベスター・セブンに降下する前…)
着陸用の船に乗り込む直前、母船で用を足したのが最後。あれから水分さえも摂っていないし、今まで持ち堪えただけで…。
(…どうしろと?)
この部屋にトイレは見当たらないが、と流石のキースも悟った自分の危機。行きたいというのに無いトイレ。其処まで案内してくれそうな、人影さえも見えはしなくて。
(……これはマズイぞ……)
なんともマズイ、と焦っていたら、いきなりガコンと抜けた椅子の底。座面の一部が。
(待て、この椅子はトイレなのか!?)
そうだったのか、と慌てる間に、椅子から出て来たロボットアーム。それが拘束された手足の代わりに、器用に下ろしてくれたファスナー。
何も頼んでいないのに。周りはガラス張りだというのに、遠慮なく。そして…。
やられた、と呆然とするしか無かった。手足を拘束されたままでトイレ、屈辱だとしか言えない状況。なのに忌々しい椅子の方には、ウォシュレットが完備されていた。更に温風、それも適温。こういう温度だったら快適だ、と平時だったら希望するかもしれない温度。
なにしろ、ミュウの船だから。
座敷牢に入るのは精神に異常を来たした仲間、と想定していたものだから。
例の椅子に座った人間の様子を見ながら、上手い具合に世話をするように出来ていた。トイレが済んだらウォシュレットの出番で、次は温風。快適に用を足せるようにと。
すっかり終われば、ロボットアームがファスナーを上げて元に戻して、それで終了。座面の穴も閉じてしまって、椅子は元通りになったけれども…。
(…これから毎回、こうなるのか!?)
私の尊厳はどうなるのだ、と叫びたくても身分は捕虜。人類同士なら、捕虜の待遇について色々と細かく決まっているのに、相手はミュウ。人類の規則は通用しない。
(…こんな屈辱的なトイレは…)
人類の世界には存在しない、と怒鳴りたい気分。少なくとも普通の所には、と。
捕虜をこういう風に扱うのがミュウのやり方か、とキースの心に生まれた憎しみ。サムの仇もさることながら、私への待遇も最悪すぎる、と。
ガラス張りの部屋で、拘束されたままで行く全自動トイレ。
もうそれだけでもキースにとっては屈辱なのに、上には上があったというのが座敷牢。食事の方はまだマシだったけれど、ロボットアームが口に突っ込むだけだけれども。
(今度は何だ!?)
ガコーン! と椅子の前後左右に出て来た柱。それをまじまじと見ている間に、枠だけになってしまった椅子。座面ばかりか抜けた背面、辛うじて身体を支えられる程度。
(いったい何が起こるというのだ…!)
サッパリ分からん、と思っていたら、再び出て来たロボットアーム。それは甲斐甲斐しくブーツを抜き取り、お次は服を脱がせにかかった。手足を拘束しているパーツと連動しながら、まるっと裸に剥いてしまって、下着も綺麗に剥ぎ取ったからたまらない。
(なんだ、これは…!)
どうするつもりだ、と色を失ったキースの四方で、柱からバーン! と出て来たブラシ。恐らくブラシだろう代物、それがウィンウィンと回転し始め、ビシューッ! と吹き付けられた液体。
毒かと一瞬身構えたけれど、どう考えてもボディーソープとしか思えない香り。
(ま、まさか…)
私を洗おうとしているのか、という読みは間違っていなかった。ウィンウィンと回転しながら接近する柱、洗車よろしく丸洗いされた。
挙句にロボットアームに開けさせられた口、シャカシャカシャカと歯磨きまで。
全部終わったら乾燥用の温風が吹き付け、ようやく服を着せて貰えると考えたのに。
(……この状態で待機しろと!?)
脱がされた服は、床から出て来た洗濯機らしき代物の中で回っていた。多分、乾燥させている途中、そうでなければ脱水中と言った所か。
(…あれが終わるまで…)
代わりの服も貰えないのか、と見詰めるしか無かった洗濯機。メンバーズの制服も下着も纏めてガンガン洗っているから、もう素っ裸でいるしかなくて。
(せめてタオルの一枚でも…!)
頼む、と切実に願ったけれども、そのシステムは無いらしい。ただ、何らかの着衣を希望という思考が漏れていたのか、ロボットアームがやって来て…。
(ブーツだけ履かせて貰っても…!)
ますます間抜けなだけなのだが、と鉄の精神さえ崩壊しそうなミュウの連中に入れられた檻。
とりあえず椅子は元の姿に戻ったけれども、今も変わらず素っ裸だから。タオルの一枚でも前の部分に掛けてくれたら、という気持ちなのに、ブーツだけが足に戻って来たから。
(…この檻はいったい、何なのだ…!)
ミュウどもは私に何をする気だ、とズタズタにされたキースの尊厳。全自動トイレも大概だけれど、丸洗いの方も酷かったから。
せめてタオルをと願った途端に、ブーツを履かされてしまったから。
裸ブーツなど、一度も聞いたことがない。海賊どものリンチにしたって…。
(これよりはマシな扱いの筈だ…!)
拷問だったら、どんなものでも耐えられる。そういう風に訓練されたけれども、想定外すぎる全自動トイレに丸洗い。かてて加えて裸ブーツで、もう唇を噛むより無かった。
人類とミュウは違いすぎると、殲滅すべき生き物だと。
そんなこんなで、キースの憎悪は増す一方。来る日も来る日もこの扱いだし、たまに拘束が解ける時間はあっても、じきに拘束されるから。メンテナンスの間だけしか自由になれない、そういう仕様の牢だったから。
(…あのミュウの女…)
たった一度だけ、メンテナンス中に来合わせた女。マザー・イライザかと見間違えた女、それが漏らした船の構造。此処から自由になれるようなら、脱出用のルートは頭の中。どう行くべきかは分かっているから、一刻も早く逃げるに限る。
(ミュウと我々とは、決定的に違いすぎるのだ…!)
捕虜の扱いを見れば分かる、とギリギリギリと噛み締めた奥歯。よくもと、これが捕虜に対する扱いなのかと。
そしてジョミーは、今も知らないままだった。座敷牢がどういうシステムなのか、マニュアル通りに捕虜を扱ったらどうなるか。
マニュアル通りに実行している係の定時報告は、「順調です」の一言だったから。
捕虜は一向に何も吐こうとしないものだから、どうやって心を読めばいいのか悩み続けるミュウたちの長。
そうする間も、キースが憎しみを募らせているとは夢にも思わないままで。
全自動トイレと丸洗いの日々で、ガラス張りの部屋でブチ切れていることも知らないで…。
座敷牢の男・了
※キースが捕虜になっていた間、ガラス張りの部屋でお風呂だろうか、と考えただけ。
監視付きでお風呂はキツイよね、と思っていたのに、何故こうなった。ごめん、キース…。
(ブラウニー…!)
今日はツイてる、とシロエの顔に浮かんだ笑み。
ステーションの食堂、ティータイムの趣味は無いのだけれど。
暇がある日は欠かさないチェック、どういう菓子が出されているか。
メニューにブラウニーがあればラッキー、これだけは食べていかなければ。
「ブラウニーと…。シナモンミルクも、マヌカ多めにね」
注文したら、渡されたトレイ。
それを手にして向かったテーブル、邪魔をされない隅っこがいい。
丁度いい具合に壁際に空席、今日は本当にツイている。
ストンと座って、早速頬張るブラウニー。
チョコレート味の小ぶりなケーキを、手づかみで。
これはそういう菓子だから。そうやって食べるケーキだから。
(ママのブラウニー…)
とっても美味しかったんだよ、と顔が綻ぶ。
此処のブラウニーはママのと同じ味だと、ママのケーキ、と。
成人検査で消されてしまった沢山の記憶。
ぼやけて霞んでしまった両親、けれどブラウニーの記憶は残った。
母が得意なケーキだったと、いつも出来るのが楽しみだったと。
そのブラウニーがメニューにあるのを発見した時、どれほど嬉しかっただろう。
どんなに心が弾んだだろうか、初めて注文してみた時は。
(ママの方がきっと上手なんだよ、って…)
そう思いつつも、心の何処かで願っていたのが母の味。
ブラウニーが得意だった母は自慢だけれども、あれと同じ味のが食べられたら、と。
料理上手な人がいたなら、同じ味かもしれないと。
(あんまり期待はしてなかったけど…)
マザー・イライザが支配しているステーション。
そんな所に母のような人がいるわけがないし、どうせ美味しくないのだろう。
やたらパサパサしているだとか、チョコレートの味が濃すぎるだとか。
そうだとばかり思っていたのに、食べてみたら同じだった味。
奇跡のように此処で出会えてしまった、懐かしい母のブラウニー。
あれ以来、ずっとチェックを欠かさない。
ブラウニーをメニューに見付けた時には、それを頼んで至福の時。
誰にも邪魔をされない席で。
手づかみで食べる小ぶりなケーキを、頬を緩めて。
今日も美味しい、と大満足だったブラウニー。
顔さえおぼろになった両親、けれども舌は忘れなかった。
母のブラウニーはこの味だったと、ステーションでも出会えた、と。
少し汚れてしまった手を拭き、空になったトレイを返しに行ったのだけれど。
途中で擦れ違った生徒のトレイに、ブラウニー。
さっきまで自分が食べていたケーキ。
そのせいだろうか、耳が捉えたその生徒の声。
並んで歩く友人に向けて言った言葉で、なんということもない言葉。
「美味いんだよな、ここのブラウニー。母さんのと同じ味なんだ」
えっ、と見開いてしまった瞳。
呆然と見送った、トレイを持った生徒。
彼の母もブラウニーが得意だったというのは、まだ分かるけれど。
(……同じ味……)
まさか、と信じられない気持ち。
どうして母のと同じ味のを、彼の母親が作るのだろう?
そんなにありふれたケーキだったろうか、母の得意のブラウニーは?
(誰でも作れて…)
同じ味になるとでも言うのだろうか、あの思い出のブラウニーは?
(ぼくだけの思い出の味なんだ、って…)
思っていたのに、違うかもしれないブラウニー。
それならばそれで、いいのだけれど。
ブラウニーが得意だった母親の子供は、誰でも「この味!」と思うのならば。
大切にしていたブラウニーの記憶。
自分だけだと思った偶然、ステーションで出会った母の味。
けれど、さっきの生徒もそうだと言ったから。
他にもきっといるに違いない、あのブラウニーが大好きな生徒。
(ぼく一人だけじゃなかったんだ…)
まるで特別な儀式のように味わっていたブラウニー。
もう一つの思い出、マヌカ多めのシナモンミルクとセットにして。
その思い出が揺らいだ気がして、ラッキーな気分も減ってしまった感じ。
他にも同じ儀式をしている生徒が何人もいるだなんて、と。
ガッカリしながら戻った部屋。
机の前に座って溜息を一つ、台無しになったラッキーデー。
せっかく母の思い出の味を食べたのに。
ブラウニーに出会えた日だったのに。
(本当に美味しかったんだけどな…)
ママのと同じ味のブラウニー、と頬杖をついて考えていたら、閃いたこと。
料理にも、お菓子作りにも…。
(レシピ…!)
それが同じなら、同じ味にもなるだろう。
さっきの生徒の母のレシピと、自分の母のが偶然にも同じだっただけ。
ついでに、ステーションのレシピも。
きっとそうだ、と救われた気分。
幸運にも同じレシピで作ったブラウニーに出会えた生徒が二人。
自分と、さっき見掛けた生徒。
(ステーションのは…)
レシピを調べられる筈、とアクセスしてみたデータベース。
其処で見付けた、ブラウニーのレシピ。
(ママもこうやって…)
作ったんだ、と懸命に記憶を掻き回すけれど。
後姿しか思い出せなくて、その手元までは分からない。
材料をどう混ぜていたのか、どうやって型に入れていたのか。
でも、これなんだ、と眺めたレシピ。
母の手元を思い浮かべながら、こんな感じ、と粉をふるって。
卵を溶いて、チョコレートを湯煎にして溶かして。
(ママが作っていたブラウニー…)
これを忘れずに覚えておきたい。
いっそ書き抜いて持っておこうか、ピーターパンの本に挟んで。
そしたら何処へ行くにも一緒で、いつか地球まで行った時にも同じ味のを食べられるだろう。
自分で作る機会はなくても、誰かに頼んで。
「この通りに作って」とレシピを渡して、母のと同じブラウニーを。
(それがいいよね…)
書いておくのが一番だから、とメモする紙を取り出したけれど。
はずみに指が滑ってしまって、どうスクロールしたのだか。
(……嘘……)
ズラリと並んだブラウニーのレシピ、それこそ画面を埋め尽くすほどに。
幾つも幾つも、得意とする人の数だけありそうなほどに。
ついでに其処に書かれていたこと。
ブラウニーの由来はハッキリしないと、アメリカ生まれだとも、イギリスだとも。
だからレシピも、「これだ」と決まったものなどは無いと。
(それじゃ、ステーションのブラウニーのレシピは…)
母のと偶然同じだったのか、それとも違うものなのか。
ゾクリと背筋に走った悪寒。
もしかしたら、違うのは自分の方かもしれない。
(マザー・イライザ…)
それに、記憶を消してしまった成人検査。
母の味だと思っていたのは、偽りの記憶だっただろうか。
ステーションに馴染みやすいようにと、機械がわざと作った仕掛け。
ブラウニーが得意な母の子供には、このステーションの味がそれだと思わせる。
さっきの生徒も、それに自分も、まんまと罠にかかっただけ。
本当は違う味のを食べていたのに、これがそうだと思い込まされて。
母の味だと勘違いをして、それは幸せな気分になって。
(……まさか、ママの味……)
違うのだろうか、あのブラウニーは母の味ではないのだろうか。
またしても自分は騙されたろうか、成人検査に引き摺り込まれた時と同じに…?
そんな、と涙が零れたけれど。
本物の母のブラウニーを食べられたら分かることなのだけれど、それは叶わないことだから。
いつか偉くなって、エネルゲイアに戻る日までは、どうすることも出来ないから。
(きっと、違うんだ…)
あれは本当にママのなんだ、と唇を噛んで言い聞かせる。
疑問を覚えた自分の心に、辛くても今は騙されておけ、と。
母の味だと考えておけと、ブラウニーが得意だった母がいたのだから、と。
もしも注文しなくなったら、それまで忘れそうだから。
母の美味しいブラウニーまで、それを作ってくれた母まで。
そうなれば機械の思う壺だから、今は我慢して騙されたふりを。
可能性はとても低いけれども、本当なのかもしれないから。
このステーションで食べるあのブラウニーは、母の味かもしれないから…。
ブラウニーの味・了
※シロエが夢に現れたジョミーに、「美味しいんだよ」と自慢したママのブラウニー。
幸せそうな顔で作る姿を見ていたっけね、と考えていたら…。ごめんね、シロエ。
ゼウス級一番艦、ゼウス。
人類統合軍が誇る最新鋭の宇宙戦艦、ミュウ殲滅作戦に赴く連合艦隊の旗艦。
軍人ならば誰もが指揮したいだろう船、その艦長に選ばれた男。
彼の名はグレイブ・マードック。
史上初めて国家騎士団からパルテノン入りした、元老キース・アニアンを乗せる艦長だけども。
「久しぶりだな、マードック大佐」
「ジルベスター以来です、閣下」
キースが呼び掛けた言葉通りに、彼の階級は大佐だった。ジルベスターでも大佐だったのに。
あれから長く経つというのに、一階級も上がっていないのがマードック大佐。キースの方は同じジルベスターで二階級特進、その後も順調に出世したのに。
大佐の上には少将、中将と続いてゆくわけで、本来だったら…。
旗艦ゼウスを指揮する者は、大佐などでは有り得なかった。軍というのはそういう世界。
けれども、キースが抜擢したのがマードック大佐。
(万年大佐でも、腰抜けよりは役に立つからな)
そう、誰が呼んだか「万年大佐」。人類統合軍の者なら「大佐」と聞けばピンと来るのが万年大佐で、マードック大佐。
もっとも、彼とて出世を目指した時期だってあった。
ジルベスターでは野望に燃えて、キースよりも先にミュウを殲滅しようとしていたくらい。
ところがどっこい、彼の野望がズッコケたのがジルベスター。嘘ではなくて、本当の話。
此処で勘違いをしてはいけない、「残党狩りをしなかったからだろう」と。
キースが命じたミュウの残党狩り、応じなかったマードック大佐。
曰く、「我々は電磁波障害で、その命令は受けられなかった」。
「私は軍人だ。戦争となれば敵と戦う。だが、これは戦争ではない。これは虐殺だ」
キース・アニアン。…奴こそ化け物だ。
そう言ったのが彼だけれども、キースや上層部が知るわけがない。まるっと信じた電磁波障害、ゆえにお咎め無しだった。
昇進の話も出たというのに…。
「なんだと!?」
それは本当なのか、と愕然としたのがマードック大佐。
噂のジルベスター星系から帰還した後、キースと同じく上級大佐に昇進させるという話。上級とつけば次の昇進では恐らく少将、トントン拍子に出世できそうだけれど。
顎が外れそうなほどに仰天したわけで、「とんでもない」と断った昇進。
何故なら、条件付きだったから。
(…そんな規則があろうとは…)
お気に入りの副官、ミシェル・パイパー少尉が問題。副官と言いつつ実は愛人、彼女を連れて行けないらしい。
大佐までなら副官は異性でオッケーだけれど、それより上だと必ず同性。つまりは、昇進の話を受けたら最後…。
(ミシェルとお別れ…)
有り得んだろう、と思わず叩いた机。潤いのない人生なんぞは御免蒙る。
かくして蹴り飛ばしたのが昇進の話、彼の野望は其処で潰えた。頑張って出世すればするほど、薔薇色の人生が遠ざかるから。麗しの副官がいなくなるから。
(むくつけき野郎を侍らせてまで…)
出世したいとは思わんね、とツイと眼鏡を押し上げておいた。
軍人たるもの、美しき女性を侍らせてなんぼ、仕事の合間にイチャついてなんぼ。
それが出来ない人生なんて、とマードック大佐が固めた決意。
昇進なんぞは糞食らえだと、出世なんぞもしなくていいと。
(人生、大切なことは二つだけだ…)
麗しい女性との恋愛、それから気に入りの酒。他のものは全て、消えてしまってかまわない。
何故なら、全部醜いからだ、とフッと格好をつけて呟く。
朴念仁には分かるまいなと、化け物のキース・アニアンにも、と。
出世街道から外れた裏道、其処を行こうとマードック大佐は驀進し続け、相も変わらず女連れ。
何処へ行くにも副官のミシェル、出世よりかは女を取った。
誰が呼んだか「万年大佐」で、女を選んだと評判の男。
けれども、軍人としての手腕は確かだったから。万年大佐でも、凄腕の軍人だったから。
(ついに私にも運が向いて来た…)
旗艦ゼウスと来たものだ、とマードック大佐が湛える笑み。
出世しなくても、転がり込んで来た人類統合軍の旗艦ゼウスの艦長の地位。
この作戦が終わった後には、出世せずとも人生、順風満帆だから。
女連れのままで人類統合軍のトップで、今をときめくマードック大佐になれるのだから…。
マードック大佐の事情・了
※いや、どう考えても旗艦ゼウスの艦長が「大佐」は変だよな、と。それも万年大佐って。
何か事情があるんだよ、と思った途端にピンと来た「女」。これっきゃないでしょ!
「答えを聞こう。人類は我を必要や、否や」
とてつもない高みから降って来た問い。グランド・マザーからキースへの。
これはマズイ、と動いたジョミー。これにキースがどう答えるかで、ミュウの未来が決まってしまうから。
「キース、ぼくらは理解し合える!」
そのことは君が一番分かっているだろう、と言ったのに。
「…お前は人類の真の愚かさを知らない」などと言い出したキース。ますますもってヤバイ方へと行きそうな雰囲気、ミュウの未来を守らなければ。
「そんなことはない!」
ぼくは人間に育てられた、とキースの説得にかかろうとした時。
(…???)
なんだ、と思わず失った声。キースの方もポカンとしている、明後日の方を向いたまま。
「「「ハイ・ホー、ハイ・ホー…」」」
景気よさげな歌が聞こえて来て、ツルハシを担いで行進して来る七人の小人。
これで固まらない方がどうかしている、ソルジャーだろうが、国家主席だろうが。此処は地球の地の底深く、グランド・マザーが認めた者しか入れない筈の空間だから。
なのに…。
「「「ハイ・ホー、ハイ・ホー、仕事が好き~」」」
そう歌いながらやって来る小人たち。
どうしたわけだか、グランド・マザーも沈黙中で、歌声だけが高く響き渡って。
ハイ・ホー、ハイ・ホー、と直ぐ側まで来た小人たちが訊いた。「白雪姫?」と。
「「白雪姫?」」
キースとジョミーの声がハモッたけれども、七人の小人が見上げるのはキース。国家主席をガン見したまま、七人の小人はもう一度尋ねた。「白雪姫?」と、キースに向かって。
「し、白雪姫…。私がか?」
「雪のように白い肌に、黒い髪だけど?」
「赤い頬と唇は、年のせいかイマイチだけど…」
「白雪姫?」というのが質問、つまりキースは白雪姫か、という質問。白雪姫といえば七人の小人で、そのくらいのことはジョミーも知っているから。
声も出ないらしいキースは放って、小人たちに向かって問い返した。
「もしもキースが白雪姫なら、どうなるんだ?」
「あんた、王子様?」
斜めなことを訊かれたけれども、此処で負けたら駄目な気がした。だから…。
「ぼくが王子なら、いったいなんだと!?」
「あー、それだったら…」
助けないとねえ、と答えた小人たち。白雪姫を悪いお妃から守らないとと、ハッピーエンドにしなければ、と。
「悪いお妃は何処にいるんだ!?」
「「「あそこ」」」
七人の小人たちが指差したものは、グランド・マザーというヤツだった。よりにもよってアレが悪いお妃、キースが白雪姫ならば。ついでにジョミーが王子ならば。
これはどういう展開なんだ、と流石のジョミーも詰まったけれど。
七人の小人たちが言うには、「悪いお妃」が此処に来てから六百年近く。小人たちは来る日も来る日も白雪姫を探しているという。ハイ・ホー、ハイ・ホーとダイヤモンドを掘りながら。
(ダイヤモンド…? 売りに行く先も無さそうなのに…)
もう本当に意味が不明だ、とジョミーは思ったけれども、あるいはチャンスかもしれない。小人たちは白雪姫を「悪いお妃」から守るそうだから。
駄目で元々、当たって砕けろ。人生、出たトコ勝負だとばかり、七人の小人に訊いてみた。
「君たちは、悪いお妃を倒せるのか?」
「「「白雪姫を守るためなら!!」」」
あっさりサックリ、倒すという返事。こんな小人がどうやって、と謎は山積み、そうは言っても渡りに船。この際、キースが白雪姫でもいいだろう。グランド・マザーを倒せるのなら。
そう思ったから、キースを彼らに紹介した。「正真正銘、白雪姫だ」と。
「ぼくが保証する。雪のように白い肌に黒い髪だから、キースは白雪姫なんだ」
「待て、ジョミー!」
私の立場はどうなるんだ、と空気が読めないキースが言うから、「シーッ!」と唇に人差し指。
「今は白雪姫でいいだろう! ぼくが王子ということで」
「そ、そうか…。そうだな、私が白雪姫…らしい」
キースが「白雪姫」と名乗った途端に、躍り上がった小人たち。やっと白雪姫が来た、と。
「「「ハイ・ホー、ハイ・ホー、仕事が好きーっ!!」」」
ツルハシを担いだ小人たちのパワーは凄かった。ハイ・ホー、ハイ・ホー、と歌いまくりながら行進してゆき、グランド・マザーをガッツンガッツン。
六百年近くもダイヤモンドを掘り続けたツルハシ、それでガンガン叩きまくって、ハイ・ホー、ハイ・ホー。
「「「ハイ・ホー、ハイ・ホー」」」
仕事が好きーっ! と歌う彼らは、まさに無敵の戦士そのもの。聳える巨大なグランド・マザーもなんのその。足元の方からガッツンガッツン、せっせ、せっせと壊してゆく。
「どうなっているんだ…」
グランド・マザーを破壊出来る筈などがない、と白雪姫なキースが呟くけれども、これが現実。七人の小人に、グランド・マザーの攻撃は通用しなかった。
ならば、とグランド・マザーが放った剣の攻撃、それも届きはしなかった。あまつさえ…。
「白雪姫と王子は守らないと!」
「ハッピーエンドな結末のために!」
其処に立っていれば安全だから、と自称・王子と白雪姫にもシールドのサービスつきだった。至れり尽くせりの七人の小人、ハイ・ホー、ハイ・ホーと壊しまくって…。
気付けば「悪いお妃」なグランド・マザーは、ただの瓦礫の山だった。何が何だか分からないけれど、どうやら全ては終わったらしい。
「グラン・パ!」
トォニィが突然降って現れて、その光景に唖然としてから。
「グラン・パ、ぼくと一緒に帰ろう。こんな所、もういいだろう!」
「あ、ああ…。うん、帰ろうか」
キースは一人で帰れるだろうし、とトォニィと一緒に行こうとしたら。
「「「王子様!!」」」
行っちゃ駄目! と七人の小人に掴まれたマント、「白雪姫を置いて行っちゃ駄目」と。
「し、白雪姫って…?」
もしかしなくても、と慌てたけれども、言い出しっぺは自分だったから。
(…キースとハッピーエンドになるわけ?)
そんな殺生な、と青ざめたって、後悔先に立たず。覆水盆に返らずとも言って、ジョミーに退路は無さそうだった。ついでに白雪姫なキースも。
というわけで…。
「「「ハイ・ホー、ハイ・ホー、仕事が好きーっ!」」」
七人の小人たちの歌声が響く毎日、ガッツガッツとツルハシを振るう彼らの仕事が、ようやく理解出来て来た。彼らは地球を作り直そうと、毎日せっせと仕事中で…。
「ジョミー・マーキス・シン。…お前のせいだぞ」
お蔭で私はこんな所で白雪姫だ、とキースがぼやくけれども、ジョミーも囚われの王子だから。お互い、此処から出られないから、おあいこと言うか、どっちもどっち。
シャングリラはとっくに地球を離れて去って行ったし、キースの部下たちも去って行ったし…。
その代わりと言っては何だけれども、いつの間にやら増えていた面子。
「キース先輩が白雪姫だったとは、ぼくも思いもしませんでしたよ」
そんな情報、フロア001にも無かったですねえ…、と呆れるセキ・レイ・シロエ。彼の隣ではソルジャー・ブルーが頭を振り振り、「ジョミーが王子ねえ…」と。
「知らなかったよ、君が生まれた時から見ていた筈なんだけどね」
何処の国の王子様だったんだい、と呆れ返っているミュウの元長。ぐるり見回せば、サムも来ているし、マツカもいるしで、どうやら此処は…。
((お伽の国…))
ハッピーエンドの国だったのか、と悟るしかないジョミーとキース。
きっとその内に、もっと面子が増えるのだろう。シャングリラで去ったトォニィだとか、キースの部下のセルジュたちとか。
そしてその内、地球はすっかり青く蘇って、本当に本物のハッピーエンドが来るのだろう。
ハイ・ホー、ハイ・ホー、と小人たちは今日も歌い続ける、ツルハシを担いでハイ・ホーと。
白雪姫と王子のためにと、ハッピーエンドの結末を、と。
「なんでキースが白雪姫に…」
「やかましい! それで命を拾ったろうが!」
お前が私を白雪姫にしたんだろうが、とジョミーとキースの腐れ縁。小人たちは白雪姫と王子様だと今も信じて疑わないから。違うと言ったら後が無いから、今も王子と白雪姫。
いつか本物のハッピーエンドが来るまでは。
ハイ・ホー、ハイ・ホー、と七人の小人がツルハシで掘って、青い地球が戻って来るまでは…。
白雪姫と王子・了
※ラストは地の底だったよなあ、と思っただけ。気付けば頭に響いていた「ハイ・ホー」。
丁度いい具合にキースが白雪姫な黒髪、王子もいるからと思ったオチ。馬鹿だ、自分。
「キース・アニアン。今回の件はよくやりました」
お蔭で被害は最小限に止まりました。これからの、あなたの活躍に期待します。
(マザー・イライザ…)
まさか褒められるとは、と嬉しいけれど。
少し複雑な気持ちもするな…、と思ったキース。自分の部屋で。
新入生を乗せていた船の衝突事故。
危うく区画ごとパージされる所だったのを、サムと二人で助けに行った。
そうして見事にやり遂げたけれど、それを褒められたのだけれども。
(…サムは呼ばれなかったんだ…)
サムには無かった、マザー・イライザのコール。
二人で救助活動をしたのに、サムがいたから自分は帰って来られたのに。
(マザー・イライザは…)
救助に向かった決断のみを買っているのだろうか。
それならば分かる、サムがコールをされなかったこと。称賛を受けなかったこと。
サムは自分を手伝ってくれただけだから。
「船外活動は得意なんだ」と、「しっかり食って、しっかり動く」と。
そう、サムは救助に向かおうと決めてはいない。決めた自分について来ただけ。
同行するなら誰にでも出来る、それがたまたまサムだっただけ。
だから評価はされることなく、サムは呼ばれなかったのだろう。
誰にでも出来ることだから。
「救助に向かう」と決断すること、行動を起こすことが重要。
自分はそれをやったけれども…。
サムには無かった称賛の言葉。マザー・イライザからの労い。
けれど、そのサムがいなかったならば、自分は生きて戻ってはいない。
パージの衝撃でぶつけたバーニア、壊れてしまった宇宙空間を移動するための装置。
あの時、サムが助けに来てくれなかったら、間違いなく死んでいただろう。
ステーションには戻れないまま、酸素切れになって。
(サムが助けてくれたから…)
こうして生きていられる自分。
しかも、自分を助けに来たサム。彼もまた命懸けだった筈。
(あの宇宙服のバーニアは…)
本来は一人用のもの。二人分の姿勢を制御できるとは限らない。移動の方も。
なのに、迷わず飛んで来たサム。
失敗したなら、サムも宇宙の藻屑になりかねなかったのに。
危うい回転をし続けていた自分の巻き添えになってしまって、回り続けて、酸素切れで。
一度勢いがついてしまったら、宇宙空間では止まれないから。
サムだけ慌てて逃げ出そうにも、手遅れということもあるのだから。
(…基礎の基礎なんだ、そういう知識は…)
無重力訓練の講義の最初に叩き込まれる。
サムが知らない筈は無いのに、迷うことさえしなかった。
死んでしまうかもしれないのに。…巻き添えになって、後悔しても遅いのに。
まさに命の恩人だったサム。命懸けで助けてくれたサム。
運よく二人で助かっただけで、下手をしたなら、彼もまた死んでいたろうに。
(ぼくだったら…)
出来たろうか、と自分に問い掛けてみる。
あの場面で立場が逆だったなら、と。
(…多分、直ぐには飛び出していない…)
戻り損ねたら無い命。
何処かに命綱を取り付け、それから宇宙へ飛び出したろう。
ただし、それでは間に合わないかもしれないけれど。
姿勢を制御できなくなったら、何のはずみで高速移動を始めてしまうか分からないから。
パージされた区画に引き摺られてゆくゴミの一つに、ぶつかったならば終わりだから。
弾き飛ばされてしまうだろう身体、アッと言う間に彼方へと消える。
恐らくサムもそれに気付いた。
だから即座に飛んで来た。…命綱など、つけることなく。
(何故、そこまで…)
出来たのだろう、と思った時に不意に頭に浮かんだ言葉。
(……友達……)
サムが教えてくれたと言っていい言葉、そして自分はサムの「友達」。
それで来たのか、と思い至った。
サムは自分の友達だから。
きっと「友達」というものは、そう。
命を預けたり、命懸けで一緒に行動したりと、強い絆を持つのだろう。
自分が礼を言った時にも、サムは笑っていただけだから。
「いやあ、しっかり食って、しっかり動く。それだけさ」と。
本当に命を懸けてくれたのに、恩着せがましいことも言わずに。
それが「友達」なのだろう。
互いに信頼し合っているから、迷わずに懸けられる命。
同じに預けられる命で、「友達」だからこそ出来る行動。
なるほど、と納得出来たこと。
サムだからだ、と。
(命綱を確保、と思うようなぼくは…)
まだまだ友達と呼べないのだろう、真の意味では。
サムは友達だと言ってくれても、あそこで迷わず行動出来はしなかったから。
(しかし、今なら…)
迷わずに出来る、サムを助けに飛び出して行ける。
やっと「友達」になれたのだろう、命懸けで来てくれたサムのお蔭で。
そうするべきだ、とサムに教えて貰ったから。
(友達か…)
なんという奥の深い言葉か、と改めて思い知らされた。
命も惜しまず、共に行動出来る相手が友達。
迷わず命を懸けることが出来て、命を預けられるのが真の友達。
(命綱を確保しているようでは…)
駄目なのだな、と自分自身を叱咤した。
そんな腰抜けでは、「友達」が逃げてゆくだろうから。
サムのお蔭でやっと分かった、と深く頷いた「友達」という言葉だけれど。
自分もサムの真の友達になれそうだ、と嬉しくなったのだけれど。
「はあ…? 命懸けって、お前…」
ポカンと口を開いたサム。
二人で食事をしていた席で。
「いや、だから…。あの時、サムが来てくれたのは、友達だからだろう?」
命綱無しで、あんな頼りないバーニアだけで、と続けたら。
「そりゃまあ…。そうかもしれねえけどよ。俺って、考えなしだから…」
先に身体が動いちまった、命綱なんか忘れちまっていたよ。
こりゃあ成績下がりそうだな、と笑ったサム。
基礎の基礎だってえのによ、と困ったように頭を掻いて。
どおりでマザー・イライザに褒めて貰えなかったわけだと、こんなウッカリ者では、と。
失敗したぜ、と笑い続けて、それからサムは笑顔で言った。
「あのさ…。そんな大袈裟なモンじゃねえんだよ、友達ってのは」
命懸けだとか、預けるだとか…。
そんなんじゃ命が幾つあっても足りやしねえぜ、とポンと叩かれた肩。
「こうして一緒に飯とか食えれば充分なんだよ」と、「友達ってのは、そういうモンさ」と。
「…そうなのか?」
「そう、そう! だから、お前はしっかり考えてから動いてくれよ?」
間違えたって命綱無しで来ちゃいけねえぜ、とサムは注意をしてくれたけれど。
サムの命が危うい時でも、自分の安全を優先するよう、釘を刺されてしまったけれど。
(…でも、ぼくも行こう)
もしも、そういう時が来たなら、命綱は無しで。
命綱など考える前に、友達の命を最優先で。
それが本当の友達なのだと、サムから教えられたから。
サムは「違う」と言うだろうけれど、それが真実だろうから。
命を預けられる相手が真の友達、命懸けで助けに行くのが真の友達。
そういう友を持って初めて、一人前の人間だろうと思うから。
そうありたいと今は思っているから、その時は自分も、命綱は無しで…。
本当の友・了
※あの事故、サムが一緒に行かなかったら、キースは本当におしまいだった筈なんですが…。
サムが行ったのもマザー・イライザのプログラムだったら、ブチ切れちゃってもいいですか?
