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(…マツカが来なかったら、死んでいたな…)
 危うく心中になる所だった、とキースがフウとついた溜息。
 ジルベスター星系を後にする船、エンデュミオンの中の一室で。
 本当にヤバイ所だった、と今だから分かる命の危機。
 もしもマツカが来ていなかったら、今頃は…。
(死んで二階級特進か…)
 いわゆる殉職、少佐から大佐に二階級もの昇進を遂げるのだけれど。
 自分はとっくに死んでいるから、少佐だろうが大佐だろうが、全く意味が無い有様。
 そういう流れになる所だった、もう少し運が悪ければ。
(……ソルジャー・ブルー……)
 狩ろうとしていた獲物がガバッと剥いた牙。
 まさに窮鼠猫を噛むといった所で、どう考えても死亡フラグが立っていたのがあの時の自分。
 メギドの制御室を狙った自爆テロのようなサイオン・バースト、それに巻き込まれかけたから。
 何処から見たってリーチな状況、生きているのが不思議なくらい。
 あそこにマツカが来ていなかったら…。
(…あいつと心中…)
 伝説のタイプ・ブルーと心中、しかも頭に「無理」とつく。
 こっちに死ぬ気は無いわけなのだし、無理心中でしか有り得ない。
 ソルジャー・ブルーの方は死ぬ気満々、その気でやって来たのだから。
(…無理心中は御免蒙りたいぞ)
 私にはまだまだやるべきことが、と頭に浮かべた「任務」の文字。
 ジルベスターから戻ったら直ぐに、グランド・マザーから次の任務が下される筈。
 なにしろ「出来る人間」だから。
 冷徹無比な破壊兵器と言われるくらいに、仕事の鬼で有能だから。


(それに、シロエのメッセージもだ…)
 戻ったらスウェナが自分に渡してくれる筈。
 そういう約束、連絡したなら、いそいそとやって来るだろうスウェナ。
 シロエが自分に宛てたメッセージ、それが何かは知らないけれど…。
(死んだら、それも見られないからな…)
 なのに、なんだって自分は、死亡フラグを幾つも立てていたのだろう?
 もう真剣に危なかった、と背筋にタラリ流れた冷や汗。
 どうしてあんなに高揚したのか、ヤバイ場所へと自分で出掛けて行ったのか。
 獲物を狩ろうと、ハンティングだと、猟銃ならぬ拳銃を持って。
(しかも、相手はタイプ・ブルーで…)
 よく考えたら、拳銃なんぞで倒せるようなモノではなかった。
 メギドの炎も止めるくらいの力を持つのがタイプ・ブルーで、メギドと拳銃を比べてみれば…。
(レーザー砲に素手で向かって行くようなものか?)
 盾も持たずに素っ裸で。
 船にも乗らずに、この身一つで。


 そんな所だ、と気付いてゾッとさせられた。
 ソルジャー・ブルーがその気だったら、先に自分が殺されていても文句は言えない。
 拳銃片手に、「やはりお前か!」と格好をつけたその瞬間に。
 いくら対サイオンの訓練を積んでいると言っても、相手の力は桁外れだから。
(…しかし、向こうも…)
 攻撃しては来なかったな、と捻った首。
 椅子に腰掛け、顎に手を当てて、思い出してみるメギドの制御室。
 自分が撃った最初の三発、それは見事にソルジャー・ブルーに当たった筈。
 血が噴き出すのをこの目で見たから、間違いはない。
(だが、あの後は…)
 シールドを張って、弾を防いだソルジャー・ブルー。
 つまり余力は持っていたわけで、最初からシールドしていれば…。
(あいつは無傷でいられた筈だぞ?)
 よく分からん、と思い浮かべた、ソルジャー・ブルーの血まみれの姿。
 自分も大概、無茶だったけれど、あっちも相当に無茶だったんだが、と。


 無理心中の危機から生きて戻れたのは、マツカのお蔭。
 マツカは未だに意識不明で、医務室のベッドの上だけれども。
(…助けに来たのがマツカで良かった…)
 これがスタージョン中尉だったら、まるでシャレにもならない話。
 自分ともどもソルジャー・ブルーと心中を遂げて、船の指揮官さえもいなくなる始末。
 そうなっていたら、エンデュミオンまで沈んだという結果も有り得る。
 メギドから離れる機会を逸して、爆発と共に宇宙の藻屑で。
(…よほど悪運が強いらしいな、この私も)
 運も才能の内だからな、と思ったけれども、運はともかく、そうなった理由。
 無理心中をさせられそうになった理由は、どう考えても、百パーセント、自分にあった。
 ギリギリまで粘っていたのだから。
 ソルジャー・ブルーが放った最後のサイオン、それが来るまでいたのだから。
 逃げる代わりに近付いて行って、ヤバすぎる距離に。
 それに…。


(タイプ・ブルー相手に拳銃一丁…)
 この段階で既に、相当にヤバイ。
 自分で自分に死亡フラグで、レーザー砲に素手で向かって行くようなもの。
 出会い頭に即死していても不思議ではなくて、三発もお見舞い出来たのが奇跡。
 相手は凄すぎる化け物なのに。
(先手必勝とは言うんだが…)
 銃を向けてから発射するまでに、嫌というほどあった筈の「間」。
 「まさしく化け物だ」などと詰っていた間に、ブチ殺されたって自業自得としか言えない。
 よくぞ見逃して貰えたと思う、サイオンの一つも食らわずに。
 「死ねや、ボケ!」と、頭を粉々に吹っ飛ばされずに。
 なにしろ相手は、伝説のタイプ・ブルーな上に…。
(…モビー・ディックで会った時には…)
 食らったのだった、彼の攻撃を。
 一撃必殺のパンチとも言っていいかもしれない、ヤバかったから。
 ミュウの女が庇わなかったら、多分、終わっていただろう命。
 それをケロリと忘れたのが自分、ノコノコ出掛けて行ってしまった。
 綺麗サッパリ忘れたままで。
 ソルジャー・ブルーがその気だったら、会った途端に命は無いということを。
 拳銃なんかはただのお飾り、一瞬の内に自分の命が消し飛ぶことを。


(いったい、私は何をしたんだ?)
 考えるほどに謎な自分の行動、どう間違えたら拳銃なんかでタイプ・ブルーを狩れるのか。
 逆に狩られて殺される方で、死亡フラグを立てていたとしか思えない。
「伝説の獲物が飛び込んで来たのだ。出迎えて仕留めてやるのが…」
 狩る者の「狩られる者」に対する礼儀だ、と格好をつけていたけれど。
 アレを狩るのだと思ったけれども、ヤバすぎた自分。
 そういえば、マツカに止められた。
 「行っては駄目です」と。
 同じミュウなだけに、マツカには分かっていたのだろう。
 自分がどれほど無謀だったか、無茶をしようとしていたのかが。
 立ちまくりだった死亡フラグが。
 だからコッソリついて来たわけで、無理心中の危機から自分を救えたわけで…。
(…マツカ様様だが…)
 無茶をやらかした自分の方は、もう馬鹿としか言いようがない。
 馬鹿でなければ間抜けかトンマで、阿呆などとも言うかもしれない。


(…メンバーズともあろうものが……)
 それに私としたことが、と自分の頬を張りたいくらい。
 どうしてあれほど、狩りに夢中になったのか。
 ソルジャー・ブルーを狩ろうと思って燃えていたのか。
 拳銃一丁で出掛けただけでも危険すぎるのに、無理心中の危機が迫るまで。
 マツカの到着がコンマ一秒遅れていたなら、命が消し飛ぶ寸前まで。
(…とても冷静とは言えないが…)
 私らしくもないのだが、と自分の行動を振り返っていたら分かったこと。
 要はソルジャー・ブルーが問題、どうしてもアレが欲しかった。
 狩って殺して、自分のものに。
 極上の獲物でまたと無いから、粘りまくって、撃ち続けて…。
(…スカッとしたんだ…)
 「これで終わりだ」と撃った一発、それがシールドを突き抜けた時に。
 赤い瞳を砕いた時に。
 ついに仕留めたと、私の勝ちだと。
 もう最高の気分だったけれど、勝ったと嬉しかったのだけれど…。


 あの時、ハイになっていた自分。
 ソルジャー・ブルーが床に叩き付けたサイオン、それが広がるのが爽快だった。
 青い焔が噴き上がるように、自分に迫って来た壁が。
 これで終わりだと、とても気分が良かったけれど。
 やっと獲物を仕留めたのだと、私のものだと青い光に酔っていたけれど。
(自分も終わりだと、何故気付かない!?)
 サイオンの青い壁に飲まれたら、其処で終わりな自分の命。
 気付かないとは何事なのだ、と激しく自分を叱咤した。
 馬鹿めと、何をしていたのだと。
 其処でポロリと、目から鱗が落っこちた。
 「私はアレが欲しかったんだ」と。


(…ソルジャー・ブルー…)
 拳銃一丁で出掛けたくらいに、狩ろうと思った最強のミュウ。
 伝説とも言われたタイプ・ブルー・オリジン、彼に自分が固執したのは…。
(…私の心に入り込んだ男…)
 モビー・ディックで、一瞬の内に読まれた心。
 読まれた衝撃もさることながら、今にして思えば、その力。
 誰にも破ることなど出来ない心理防壁、それを易々と突破した男。
 初めて出会った強大な敵で、好敵手とも言えるけれども…。
(…私と対等に戦える者など、ただの一人も…)
 今までに出会ったことがない。
 だから惹かれた、あの男に。
 自分と互角に戦える者に。
 彼と戦い、勝利を収めてみたかった。仕切り直しをしたかった。
 モビー・ディックでは負け戦な上、自分はトンズラしたわけだから。
 今度は逃げてたまるものかと、アレが欲しいと挑んだ狩り。
 私のものだと、極上の獲物を手に入れようと。


 それで出掛けて行ったんだ、と気付いた狩り。
 自分の命の心配もせずに、拳銃一丁という無茶すぎる武器で。
(あいつはミュウで、敵だったから…)
 狩る方へと思考が向かったけれども、アレが敵ではなかったら。
 自分と同じに強いと噂の、人類軍か国家騎士団の兵士だったなら…。
(…殴り合いで始まる友情というのが…)
 この世にはある、と何処かで聞いた。…何かで読んだのかもしれない。
 拳と拳で始まる友情、何度も激しく殴り合った末に。
 互いの力が尽きる所まで、死力を尽くして戦った末に。
(もしかしたら、私は…)
 良き敵にして、良き友というのに出会ったろうか。
 自分と互角に戦える友に、拳と拳で語れる友に。ソルジャー・ブルーという名の友に。
 それを思い切り間違えたろうか、友ではなくて敵なのだと。
 獲物なのだと、狩るべきだと。


(……間違えたのか……?)
 だとしたら、嵌まってゆくピース。
 一つ一つがカチリ、カチリと。
 本気で殺すつもりだったら、もっと用心して行ったろう。
 拳銃一丁で出掛ける代わりに、盾になりそうな部下を大勢引き連れて。
 無能な部下でも、盾くらいなら身体一つで務まるのだから。
(それに、あいつを撃った後もだ…)
 反撃してみせろ、と煽った自分。
 ソルジャー・ブルーの戦意を掻き立てるように、闘争心に火を点けるかのように。
 さっさとトドメを刺せばいいのに、いったい何をやっていたのか。
 第一、無駄に放った三発。ソルジャー・ブルーに撃ち込んだ弾。
 三発もあれば余裕で急所を狙えるだろうに、どうして外して撃ったのか。
(私の腕なら、最初の一発…)
 それで息の根を止められていた。
 もちろんメギドは沈みはしないし、無理心中の危機にも陥らなかった。
 武器が拳銃一丁でも。
 相手が最強のタイプ・ブルーでも。
 なんとも理解に苦しむけれども、自分でも謎な行動だけれど。
(…あいつに何かを期待したのなら…)
 殴り合いで始まる友情とやらを望んでいたなら、その展開でもおかしくはない。
 わざと急所を外していたのも、反撃するのを待っていたのも。
 無理心中を図ったソルジャー・ブルーの最期の攻撃、それを爽快に感じていたのも。


(……無理心中から生まれる友情……)
 いくらなんでも、それは、やりすぎ。
 心中したら全てが終わりで、自分は殉職扱いだけれど。
 ソルジャー・ブルーも死んでしまって、何も始まらないと思うけれども…。
(…相手はソルジャー・ブルーなのだし…)
 勘違いしていた自分の心に、とうに気付いていたかもしれない。
 「友達になりたいなら、そう言えばいいのに」と、「なんだって、銃を向けるんだ」と。
 それならば分かる、出会い頭に攻撃されなかったのも。
 何か言いたげな顔で見ていたけれども、一言も発しなかったのも。
(…向こうも呆れ果てていて…)
 なんという馬鹿がやって来たのだ、とポカンと見ていただけなのだろう。
 「ちょっと待て」とも言えないくらいに、呆れてしまって、面食らって。
 そうしている間に、撃たれてしまったものだから…。
(…元々、死ぬ気でやって来たのだし…)
 受けて立とう、と無理心中を決意したのに違いない。
 喧嘩上等、共に死のうと。
 あの世で仲良く喧嘩しようと、殴り合いの後には友情なのだと。


(……ソルジャー・ブルー……)
 そうだったのか、と今頃、ようやく理解した。
 自分は彼と仲良くしたかったらしいと、それで執着したのだと。
 初めて出会った強すぎる男、彼の力に惹かれたのだと。
 なのに根っから軍人なだけに、ソルジャー・ブルーがミュウで敵だっただけに…。
 何か色々と間違えた末に、一方的に撃って撃ちまくって、その結果。
(…無理心中の危機で、しかも心中の生き残り…)
 し損なった、と気付いた心中。
 あいつだけが死んでしまったんだ、と呆然としても、もう遅い。
 ソルジャー・ブルーは逝ってしまって、自分はマツカに救われて今も生きている。
 せっかく心中出来るチャンスを、むざむざ逃してしまったのが自分。
 なんとも汚い命根性、心中しないで生き残ったとは。


(…いや、心中にはこだわらないが…)
 出来れば生きて友情をだな、と取り返しのつかないミスを嘆くけれども、既に手遅れ。
 死に損なった自分は、ポツンと船に乗っているから。
 心中したってかまわないくらいに惚れ込んだ相手は、メギドと共に消えたから。
 そう、あの男に惚れ込んだ。
 自分と互角に戦える男に、伝説のタイプ・ブルーに惚れた。
 だから無茶までやらかしたんだ、と考えた所で引っ掛かった言葉。
(…惚れ込んだ…?)
 惚れた、と思ったソルジャー・ブルー。
 あいつに惚れたと、アレが欲しかったということは…。
 もしや恋では、と自分にツッコミ、「そうかもしれない」と愕然とした。
 狩りをしてまで欲しかった獲物、それは独占欲とも言える。
 もしかしなくても、自分は、ソルジャー・ブルーに…。
 あの最強のタイプ・ブルーに、友情どころか恋をしていて、独占したくて、手に入れたくて…。


(…その方法を間違えたんだ…)
 生け捕りにして口説く代わりに、何発も撃って仕留めようとした。
 ソルジャー・ブルーがブチ切れるまで。
 無理心中を決意するまで、サイオンをバーストさせるまで。
 なにしろ今まで恋の一つもしたことが無くて、その手のことには疎かったから。
 まさか恋だと思いもしなくて、敵だとばかり思い込んでいて…。
 アレが欲しいと、狩りをしようと、間違えたままで突っ走っていた。
 欲しかった獲物はソルジャー・ブルーで、恋だったのに。
 殺すのではなくて、この手に掴みたかったのに。


(恋だったのなら、あいつの方も…)
 きっと呆れたことだろう。
 どうして男が男に恋をと、自分はゲイに惚れられたのか、と。
 こんな所までやって来るほど、とことん自分に惚れているのかと。
 しかも片想いなゲイはと言えば、自覚ゼロのまま殺す気満々。
 口説く代わりに撃ち殺そうという、勘違いの塊なのだから。
(…あいつにしてみれば、とんだ迷惑…)
 一方的に想いを寄せられた上に、自分のものにしようと撃ってくる男。
 殺せば自分のものになるのだと、派手に勘違いをしている男。
 迷惑極まりなかっただろうに、文句の一つも言いもしないで…。
(…私と心中してやろうとまで…)
 私の想いを買ってくれたのか、と感謝したくなるソルジャー・ブルーの懐の広さ。
 なんと素晴らしい男だろうかと、惚れて良かったと思うけれども、心中し損なったのが自分。
 最後の力で、無理心中を図ってくれたのに。
 勘違い野郎の恋心を買って、恋の道行きのルートを開いてくれたのに…。
(…私だけが生き残ってしまったのか……!)
 なんということだ、と泣きたい気持ちになったけれども、どうにもならない恋の結末。
 ソルジャー・ブルーは死んでしまって、自分は置き去りなのだから。
 後を追おうにも、「出来る人間」には任務が山積み、それを捨てては行けないから。


(……ソルジャー・ブルー……)
 こんな私でも許してくれるか、と零れた涙。
 鈍い男で申し訳ないと、後も追えない甲斐性なしで、と。
 どうか私を許して欲しいと、本当に惚れていたんだと。
 頬を伝い落ちる滂沱の涙。
 シロエの船を撃った時から、一度も流していなかった涙。
 それが止まらずに溢れ出してゆく、アイスブルーの瞳から。
 恋していたのに間違えたらしいと、何もかもがもう手遅れなのだ、と。


(…もう少しで心中だったのに…)
 あいつと逝ける筈だったのに、と涙するキースは気付いていない。
 恋するも何も、自分自身はノーマルなのだということに。けしてゲイではないことに。
 まるで気付いていないものだから、溢れ出す涙は止まらない。
 恋をしたのに手遅れだったと、全て終わってしまったと。
 私の恋はメギドで散ったと、恋した人にも置いてゆかれたと。
(……ソルジャー・ブルー……)
 好きだったんだ、とキースの勘違いは終わらない。
 任務だけに生きて来た軍人だから。
 とことん人の心に疎くて、自分の心や感情などにも疎すぎるのがキースだから…。

 

        心中メギドの草紙・了

※本気で分からなくなって来たのが自分の頭。ブルーのファンだった筈なんだけど、と。
 しかしアニテラのキースの行動、こう書き並べたら、「そうか!」と納得しませんか?





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「待て! そんな子供を!」
 叫んだ瞬間、張られた頬。
 そして引き戻された現実、目の前にいたミュウの長。
(ジョミー・マーキス・シン…)
 してやられたな、とキースが歪めた唇。
 ミュウの長はもう、いないけれども。
 心の中に飛び込まれてしまった動揺の原因、自然出産児だというミュウの子供も。
 ガラス張りのドームのような牢獄、此処に囚われてどのくらいになるか。
 助けがやって来る気配も無ければ、この牢獄から出る方法すら見付からない。
 出られさえすれば、逃走可能なルートは頭の中にあるのに。
(…あのミュウの女…)
 自分と同じイメージを持った、盲目らしい女。
 マザー・イライザかと驚いたくらい、よく似ていた。
 その女が漏らした船の構造、どう走ったら格納庫なのかは掴めたのに。
(これでは、どうにもなりはしないか…)
 何度調べても、蟻の這い出る隙間さえも発見出来ない牢獄。
 それでも諦めたら無いのが未来。
 なんとしてでも、と脱出の機会を窺う間に、またもジョミーに心を読まれた。
 一度目はジルベスター・セブンに墜落させられ、意識を取り戻した瞬間。
 さっきので二度目、きっとジョミーは見ただろう。
 自分自身でさえ、日頃は殺している感情。
 システムに対する疑問や反感、そういったものの集大成を。


 不覚だったと思うけれども、あれが真実。
 自分の心の中にあるもの。
(…いくらミュウだと断定されても…)
 本当に殺すべきなのかどうか、あんな子供を。
 「もうしません」と泣きじゃくる子を、許す代わりに通報する教師。
 社会の秩序を乱すからだ、と。
 通報されれば、ミュウかどうかは直ぐ分かる。
 ただの子供なら、多分、叱られて終わるのだろうに。
 養父母の家へと連れ帰られて、説教程度で済むのだろうに。
(…ミュウの子供だと…)
 武装した兵士に連れてゆかれて、撃ち殺される。虫けらのように。
 その子が何もしていなくても。
 ただ泣くことしか出来ない子でも。
(…酷いシステムだ…)
 人類とミュウは相容れないけども、幼い子供を殺すのはどうか。
 子供に罪があるとしたなら、ミュウに生まれたということだけ。
 たったそれだけ、けれども処分されるのがミュウ。
 かつて自分が、シロエの船を落としたように。
 マザー・イライザに命じられるままに、撃ち落とすしかなかったように。
(しかし、シロエは…)
 確固たる意志を持っていた。
 このシステムには従えないと、機械の言いなりにはならないと。
 明確だった反逆の意志。
 それを口にすればどうなるかさえも、シロエは充分承知していた。
 知っていて逆らい、消されたシロエ。
 彼は自分の立場を承知で、殺されてもいいと逆らい続けて、宇宙に散った。


 シロエもMのキャリアだった、と後に聞いたけれど。
 処分せねばならないミュウだったけれど、幼い子供ではなかったシロエ。
(ああいうミュウなら、仕方ないのかもしれないが…)
 放っておいたら、システムが綻びかねないから。
 シロエの強い意志に引かれて、人類までもがシステムの矛盾に気付きそうだから。
 けれど、幼い子供は違う。
 単にミュウだというだけのことで、何の脅威にもならない子供。
 成人検査で発覚したなら、相応の年と言えるわけだし、数ヶ月も経てばシロエのようにもなる。
 システムに反抗し始めたならば厄介だから、と消すのも分かる。
 処分すべきだということも。
(だが、子供は…)
 ジョミーに心に入り込まれた時、自分が見た夢。
 あれも一種の夢なのだろう、実際に目にした映像だから。
 ミュウと戦うことを想定して、軍で訓練を受けていた時に。
(…皆は平気で見ていたのに…)
 平静なふりをするのが精一杯だった自分。
 あの時に叫びたかった言葉を、ジョミーに聞かれた。
 「待て」と「そんな子供を」と叫んだ自分。
 それはあんまりだと、幼い子供にすべきではないと。
 映像の中で殺された子供は、何も分かっていなかったろうに。
 どうして自分が殺されるのかも、ミュウという言葉も、まるで分からない幼い少女。
 何故、殺さねばならないのか。
 敵でもなければ、反逆の意志も持っていないような、泣くだけの子供。
 そのやり方は間違っている、と本当に叫びそうだった。
 かつてシロエを、この手で殺めた自分でさえも。
 友になれたかもしれないシロエを、殺してしまった過去を持っていても。


 あまりに惨いと思うシステム。
 いくら相容れない人種と言っても、其処までせねばならないのかと。
 自分の行動に責任を持てる年になるまで、見逃してやれはしないのかと。
 ミュウは人類の敵だけれども、まだ敵とさえも呼べない子供。
 幼い子供をミュウと断じて、それだけの理由で命を奪う。
 本当にそれが正しいだなどと、一度も思ったことなどは無い。
 あんな子供でも殺すと言うなら、何故育てたのか。
 もっと早くにミュウの因子を取り除ければ、とさえ考えてしまう。
(…ミュウの因子があるならば、だがな…)
 最初から生まれて来なかったならば、幼い子供は殺されないから。
 泣くだけの子を撃ち殺さずとも、社会の秩序は保たれるから。
(…私が甘いのか、他の奴らが狂っているのか…)
 何度も繰り返し考えたけれど、今も答えは出ないまま。
 疑問を抱えて生きてゆくだけで、とうとう此処まで来てしまった。
 ミュウに囚われ、その船の中へ。
 逃げ出そうにも、方法が見えない牢獄の中へ。
(挙句の果てに読まれるとはな…)
 ジョミー・マーキス・シンは、きっと見た筈。
 「待て」と叫んでいた自分を。
 「そんな子供を」と、叫んだ本音を。
 だから余計に腹立たしい。
 自分でも答えが出せていないのに、あっさりと読まれてしまった心。
 「人類とミュウは相容れない」と言い捨てたけども、今も投げ出せない疑問。
 システムを頭から信じられない、罪も無い子を殺すシステム。
 他の者たちは当然のように、あの映像を見ていたのに。
 見終わった後には、一刻も早くミュウを殲滅しなければ、と高揚していたくらいなのに。


 手放しで賛同出来ないシステム。
 けれども、ミュウは倒さなければならない敵。
 現に自分も囚われの身だし、ミュウは危険な存在だろう。
(星の自転も止められるほどの…)
 力を、サイオンを秘めた化け物。
 だから排除する、其処までは分かる。
 そのために自分が来たのだけれども、この船にはきっと…。
(幼い子供が何人も…)
 さっきジョミーが連れて来た子供、幼児と呼ぶのが相応しい子供。
 映像の中で撃ち殺された少女の方が、ずっと大きい。
 トォニィという名の、あの子供。
 他にも何人か生まれているらしい、自然出産児のミュウの子供たち。
 彼らを何のためらいも無く殺せるのか、と尋ねられたら答えは否。
 「待て」と叫んだ自分だから。
 「そんな子供を」と、何度叫んだか知れないから。
 あの映像を見せられた日から、今日までに。
 夢に見た時は、いつも叫んでしまうから。
(やはり私は甘すぎるのか…?)
 ジョミーは其処まで読んだだろうか、自分の心を。
 ミュウといえども、幼い子供を殺すことには疑問があると。
 自分にその任が回って来たなら、やり遂げる自信はあるのだけれど。
 ためらわずに引き金を引くだろうけれど、きっと自分は忘れない。
 罪も無い子の血で、染まった手を。
 遠い昔にシロエの血で赤く染まった罪の手、その手が再び重ねた罪を。
 どうしてこういうことになるのかと、きっと繰り返し見るのだろう。
 この手で幼い子を殺めたと、自分はそういう宿命なのかと。


 もしもジョミーに読まれていたら、と自分でも恐れる心の弱さ。
 ミュウは敵だから殺すけれども、幼い子でも殺せるけれど。
(…そう訓練をされているだけのことで…)
 自分の意志で動いていいなら、子供を逃がしてやるだろう。
 いつかは殺さねばならないけれども、今ではないと。
 もっと成長して、シロエのように逆らい始めてからで充分だ、と。
 明らかに「敵」と認識出来るような存在。
 そう育つまでは見逃すべきだと、子供に罪は無いのだからと。
(…さっきの子供…)
 トォニィが自分に牙を剥くなら、考えを変えねばならないけれど。
 幼くてもミュウは危険なのだと、殺すべきだと思うけれども、今はまだ…。
(…この船を爆破する気にはなれんな)
 上手い具合に逃げられたとしても、船を丸ごと爆破できる方法があったとしても。
 幼い子供も乗せている船、それを壊そうとは思わない。
 それでは自分も、あの映像の兵士たちと何処も変わらないから。
 幼い少女を容赦なく撃った、血も涙もない兵士と同じになってしまうから。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
 何処まで私の心を読んだ、と忌まわしいミュウの長を思い浮かべる。
 この考え方まで読まれていたなら、戦わずして負けだから。
 「どうせ、あいつには何も出来ない」と、高笑いされるだけだから。
 幼い子供がいるというだけで、船の爆破も出来ない腰抜け。
 メンバーズと言ってもその程度なのかと、ならば囚われているがいいと。


(…ミュウの子供か…)
 とんでもないものに出会ってしまった、と舌打ちをする。
 知らなかったならば、逃げ出せたら直ぐに、艦隊を連れて戻るのに。
 ミュウを星ごと殲滅するのも厭わないのに、船にいた子供。
 きっと自分は殺せない。
 幼い子供は、ただ泣くことしか出来ないから。
 そんな子供を殺す役目が回って来たなら、逃がしてやりたくなるのだから。
(マザー・システムのお膝元なら、それは無理だが…)
 此処に監視している者はいないから、自分は子供を見逃すのだろう。
 泣くだけの子供、幼い子供を自分は撃てない。
 いくら敵だと教えられても、子供に罪は無いのだから。
 ミュウに生まれたというだけのことで、殺意などは持っていないのだから…。

 

          殺せない子供・了

※ジョミーが心に飛び込んだ時にキースが見た夢。ミュウの少女が撃ち殺されたわけですけど。
 「待て」と叫ぶんですよね、キース。こういう部分もきっとある筈、と思ったり…。





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(わあっ…!)
 懐かしいなあ、とジョミーが目を留めたもの。たまたま入った倉庫の奥で。
 今日も今日とて、長老たちから大目玉。訓練に身が入っていないとか、集中力がどうだとか。
 なんとも腹が立って仕方ないから、午後はサボリを決め込んだ。正確に言えば、午後のお茶にと出掛けた長老、その間に逃亡したわけで…。
 此処なら見付かるまでに多少は時間が、と身を隠したのが備品倉庫の一つ。シャングリラの中に幾つもあるから、こういう時に隠れる定番。
 さて、と伸びをして見回していたら、目に入ったそれ。
(スピードウィル…)
 早い話がローラーブレード、昔の言葉で言うならば。
 シャングリラに連れて来られる前には、よく使っていた。学校へ急いでいる時に。目覚めの日の前日もそれで走った、お蔭で朝から食らった呼び出し。
(あの日は二回も…)
 カウンセリングルームに呼び出されたっけ、と今はそれさえ懐かしい。口うるさかった担任教師のお小言だって、サッカーの最中に「オフサイド」と繰り返した憎い審判ロボットだって。


(…もう、あの頃には戻れないよね…)
 ミュウの船まで来てしまったから、どうしようもない今の状況。
 自分はソルジャー候補とやらで、このシャングリラをいずれは一人で…。
(背負って行けって?)
 酷い話だ、と思うけれども、これまたどうしようもない。明らかにミュウだと分かった以上は、もう帰れないアタラクシア。両親と暮らしていた家にも。
(どうせ、帰れはしないんだけどね…)
 ミュウでなくても、成人検査が終わったら。記憶を消されて教育ステーション行きで、やっぱり家には帰れない。分かっているから余計に悔しい、「どうして、ぼくが」と。
 ソルジャー候補にされるくらいなら、成人検査をパスした方が…。
(人生、平和だった気がする…)
 きっとなんにも知らないままで、今頃は教育ステーション。
 もしかしたら、こういうスピードウィルを履いて、元気に走っていたかもしれない。ルール違反だと叱られながらも、「早ければいい」と。
 サッカーの試合で「オフサイド」と言われて、審判ロボットを壊すとか。


 そっちだったら良かったのに、と思わないでもない人生。たとえ記憶を消されていたって、社会ではそれが普通だから。両親もそうだし、サムやスウェナも、いずれその道を行くのだから。
(ブルーだって、偉そうなことを言うけど…)
 成人検査を妨害しに来たソルジャー・ブルー。自分をソルジャー候補に決めてしまったミュウの長。彼は自分に「根無し草になるな」と言ったけれども、その彼だって…。
(記憶、すっかり無いくせに…)
 成人検査よりも前の記憶はスッパリ無いのがソルジャー・ブルー。
 それでも立派にソルジャーなんぞをやっているから、過去の記憶がまるで無くても、きっと人生なんとかなる。そう思うからこそ、腹が立つわけで…。
(ホントだったら、ぼくは今頃…)
 スピードウィルで走ってたんだよ、と脱ぎ捨てたブーツ。こんな靴よりスピードウィル、と。
 幸い、足にピタリと合ったスピードウィル。丁度サイズが良かったらしい。
(うん、この感じ!)
 懐かしいよね、と倉庫の中を走り始めた。シャーッ、シャーッと、風を切って。
 積み上げられた荷物を避けつつ、気持ち良く。こんな風にぼくは走ってたんだと、本当だったら今だってきっと、と。
 そうしたら…。


「ジョミー・マーキス・シン!!」
 フルネームで呼ばれてしまった名前。怒鳴った声は怒れるブラウ航海長で、彼女の声が聞こえるからには、他の長老たちもいるわけで…。
(見付かった…!)
 サボリどころかスピードウィル。膝を抱えて蹲っていたなら、情状酌量の余地はあっても、この姿では言い訳不可能。もう間違いなく吊るし上げになって、ブルーの所にも報告が行って…。
 激しくヤバイ、と頭はパニック、アッと思ったら迫っていた壁。
「うわぁぁぁーっ!!?」
 日頃のトレーニングの成果は出なかった。サイオンでピタリと止まれもしなくて、瞬間移動など出来もしなくて、そのまま真っ直ぐ…。
 バァン!!! と派手に突っ込んで行って、目から飛び散ったお星様。
(……お星様だ……)
 アルテメシアの成層圏まで駆け上がった時も、星だけは綺麗だったよね、と遠ざかる意識。何もかもあそこから始まったよねと、あんなことさえしなかったなら、と。
 もしもシャングリラから「家に帰せ」と言わなかったら、少なくとも今よりマシだった筈。
 不本意ながらもミュウだと認めて、船で大人しくしていたら…。


 あの時、ぼくは間違えたんだ、と痛む額に手をやった。ズキンズキンと痛む頭に。
(…ぼくって、馬鹿だ…)
 最初の選択肢を誤った上に、今度は訓練のサボリがバレた。部屋の天井が見えるけれども、この後はきっと説教だろう。スピードウィルで激突した壁、そのまま気絶したのだから。
(…ゼルに、ブラウに…)
 ヒルマンにエラ、と訪ねて来るだろう面子を思うと、更に激しくなる頭痛。おまけにブルーにも報告が行くし、夜には青の間で説教を食らう。この件について。
(……ホントに最悪……)
 ツイていない、と痛む頭を押さえている間に開いた扉。
(来た、来た…)
 もう早速にやって来たぞ、と覚悟したのに。
『ジョミー。…よく眠れましたか?』
 声ではなくてリオの思念波。ちょっとラッキー、と思ってしまった。リオは何かと庇ってくれる兄貴分だし、心強い気分。このままリオに、長老たちの所へしょっ引かれるとしても。
 助かった、と顔を上げたら、「キュウ!」とナキネズミまでが飛んで来たから、嬉しい気持ちは更にアップで。
「あっ、お前…!」
 一緒に叱られてくれるんだ、と肩に纏わりつくナキネズミに頬が緩んだ所へ。
『あなたを恋しがって鳴くので』
(えっ!?)
 なんだか変だ、と目を見開いた。…この台詞、ずっと昔に聞いた…?


 ナキネズミが背中などを駆け回るから、「くすぐったい!」と笑いながら、ふと気付いたこと。
(ぼくの服…)
 それはとっくに無い筈の服で、目覚めの日に初めて袖を通した服。アルテメシアの成層圏から落下するブルーを追ってゆく時、燃えて無くなってしまった服。
(…なんで、この服が…?)
 まさか、と見回す自分をリオが連れて行った先には、柔和な顔のヒルマンがいた。どう考えても怒り狂っている筈のヒルマン、さっきのサボリとスピードウィルで。
 なのに…。
「待っていたよ、ジョミー。まあ、座りたまえ」
 君はミュウについてどれほど知っているかな、と質問されたから、慌てて答えた。
「えっと…。人類に追われる新人種…です、サイオンを持った」
「ほう…。たった一日で其処まで理解してくれたのかね」
 嬉しいね、と笑顔のヒルマン。飲み込みが早くて助かるよ、と。
(…たった一日って…?)
 どうなってるんだ、と途惑っていたら、「それでは、聞いてくれたまえ」と始まった講義。この船に来て直ぐに受けた講義と全く同じ。
 講義の後のリオの話も。「この船は…」という、シャングリラについての説明。


(もしかしなくても…)
 時を飛び越えちゃったんだ、と分かった現実。
 スピードウィルで激突した壁、目からお星様が散った瞬間、タイムリープをしたらしい。そうとなったら、この先は…。
(船から出ようとしたら駄目なわけで…)
 大人しくするのが一番なんだ、と決意した。
 どうせだったら、成人検査の前まで戻りたかった気もするけれど。ソルジャー・ブルーがやって来たって、知らないふりしてパスしたかった気もするのだけれども…。
(贅沢を言ったらキリがないよね…)
 これでもマシになった状況、船の雰囲気はきっと和らぐ。同じソルジャー候補にしたって、長老たちの覚えも目出度くなる筈だから。
(よーし、明日から…!)
 ぼくの周りを変えて行こう、と積極的に打って出たジョミー。時を飛び越えて戻ったとはいえ、能力はついて来てくれたから。思念波もサイオンも、それなりに。
 だからキムたちとも喧嘩は起こらず、すっかりマブダチ。
 さっさと青の間に出掛けたお蔭で、ソルジャー・ブルー直々に皆に紹介して貰えたし…。
(ぼくの人生、まるで違うよ…!)
 同じミュウでもこうも違うか、と人生薔薇色、そんなこんなで過ぎて行った日。


 ソルジャー・ブルーは健在だったから、皆に親しまれるソルジャー候補になれた。うまい具合に行っているよね、と思っていたのに、失敗してしまったシロエというミュウの子供の救出。
「やはり、ぼくは無力です…」
 アルテメシアからも逃げる羽目になって、すっかり落ち込んでいたのだけれど。
(…ひょっとして…?)
 もう一度、時を飛び越えられるかも、と急いだ備品倉庫の奥。スピードウィルが仕舞われていて、あの時と同じだったから…。
(これを履いて、壁に思いっ切り…)
 もちろんスピードはMAXで、と突っ込んだ壁に頭をぶつけて、目から飛び散ったお星様。
(えーっと…?)
 何処だ、と見れば直ぐ前にシロエ、「嫌だ、ぼくは行かない」と言っているから。
(喋っている間に、シロエのお母さんが戻る筈だし…)
 それでシロエがブチ切れるんだ、と思い出した流れ。けれどもシロエの説得は無理で、そのまま置き去りにしたわけだから…。
「ごめんよ、シロエ…!」
 とにかくネバーランドに行こう、とシロエを攫って飛び出した。窓の向こうで光った空。それにシロエが気を取られた隙に、強引に。
 そうして戻ったシャングリラはといえば、衛星兵器で攻撃されている真っ最中だったから…。
 シロエは納得してくれた。「あそこにいたら殺されていた」という説明に。


(スピードウィル…)
 あれは凄すぎ、と考えたから、備品倉庫の係に頼んだ。アタラクシアで履いていたから、あれを譲ってくれないかと。もちろん「駄目だ」と言われはしなくて、貰えてしまって。
 それから後は、失敗したらタイムリープで戻って行った。スピードウィルがいつでも足にピタリと合うよう、サイズを調整して貰いながら。
 キースの脱出騒ぎが起きた時にも、上手い具合に修正出来た。キースは逃げて行ったけれども、船に被害は出なかったから。
(トォニィは無傷で、カリナも無事で…)
 よくやった、と思っている間に、今度はメギドが来たのだけれど。
(此処でナスカから、全員、脱出…)
 逆らってシェルターに残ろうとした連中、それが出来ないようシェルターの鍵を壊しておいた。入れないのでは残留不可能、全員が船に戻ったから。
「キャプテン、ワープ!」
 メギドの第一波が飛んで来る寸前、シャングリラはナスカを後にしていた。つまり人的被害などゼロで、ソルジャー・ブルーも乗っけたままで。


 そんな具合で、スピードウィルで壁に向かって何度も激突、ついに地球まで辿り着いた。地球に降りる時にもスピードウィルを持参で、カッコ良く肩に掛けていたから。
「なんだ、それは?」
 グランド・マザーに会うというのに、妙な靴など持って行くな、と睨んだキース。秘密兵器だと知るわけがないし、当然と言えば当然のことで…。
「後で分かってくれる……かもしれない。分からなかったら、その方がいい」
 とにかく、ぼくはこのスタイルで、と地の底まで運んだスピードウィル。それはやっぱり…。
「その傷でそれを履いてどうする…」
 死ぬぞ、とキースが止めにかかるから、「放っておいても死ぬじゃないか」と真顔で返した。
 キースは剣でグッサリやられて致命傷だし、自分も同じ。
 此処は走って軌道修正、壁に当たって目からお星様でも死ぬよりはマシで…。
(何がなんでも、やり直してみせる…!)
 瓦礫の中でも当たって砕けろ、とサイオンも乗せてスピードウィルで真っ直ぐ走った。何処かに当たれば目からお星様、またやり直しが出来るから。
 どうすればベストな道を行けるか、答えはとっくに出ていたから。
 そして…。


 グランド・マザーはキースが止めた。「言い直せ!」と叱ってやったから。
 「何故、私が」と仏頂面だから、「その台詞は誤解されるから」と言葉でガンガン攻めて。
 「人類は我を必要や否や」、それの答えは「要りません」だと。
 元からキースはそういうつもりで、不幸なミスが重なった挙句に悲惨な結末になっただけ。
 ゆえに「あなたは不要だ」というキースの一言、グランド・マザーはアッサリ止まった。宇宙に広がるマザー・ネットワークも、ついでに停止してしまったから…。
「…終わったようだな。ところで、お前が持っているソレは…」
 いったい何の役に立つんだ、とキースが指差したスピードウィル。相も変わらず、肩から掛けたままだったから。
「ああ、これかい? 分からなかったら、その方がいいと言ったじゃないか」
 ぼくのラッキーアイテムでね、と返してやったら、呆れ顔のキース。「それだけのことか」と、「そういうことなら早く言え」と。
 何か誤解をされているけれど、あえて訂正する気もしない。
(本当にラッキーアイテムだしね?)
 これから先もよろしく頼むよ、とポンと叩いたスピードウィル。
 自分一人が痛い目を見たら、全ては丸く収まるから。目からお星様、それだけだから。


 最強の相棒はスピードウィルだと、タイムマシンだとジョミーは信じているのだけれど。
 今も疑いもしないのだけれど、本当は少し違ったらしい。
 スピードウィルは単なる切っ掛け、壁に激突した途端にショックで発動するサイオン。
 実はジョミーは、タイムリープの能力を持ったミュウだった。
 誰も気付いていないけれども、本人も知らないままだけど。
 そしてジョミーは今日も突っ走る、平和になった世界のシャングリラの中を。
 最強の相棒のスピードウィルを履いて、鼻歌交じりで、ぐんぐん走るスピードを上げて。
 平和な世界では、ただのスピードウィルだから。
 アタラクシアで走っていたのと同じで、何処までも楽しく走れるのだから…。

 

        時をかける少年・了

※キムタクのタイムリープ説が話題になった時、「なんでもアリだな」と思った管理人。
 昔、その手のSF好きだったけどさ、自分が書くとは思わなかったよ、タイムリープを…。





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(……シロエ……)
 ぼくが殺した、とキースが机に叩き付けた拳。
 マザー・イライザからの撃墜命令、それに従うしかなかった自分。
 シロエを乗せた練習艇を撃ち落とした後、戻ったE-1077。
 まだMの思念波攻撃の余波が残っていたから、誰にも声を掛けられることなく、自分の部屋まで戻れたけれど。
(…此処にいたんだ…)
 昨日、シロエはこの部屋にいた、と入った途端に気付かされた部屋。
 シロエを匿い、手当てしていた。シロエはこの部屋で、保安部隊に逮捕されて…。
(…誰も覚えていなかった…)
 昨日の練習飛行のことも、Mの思念波攻撃のことも。…シロエのことも。
 練習飛行のことを皆に尋ねて回れば、「勉強のしすぎか?」と言われる始末。下級生にシロエのことを訊いたら、「そんな子、知りませんけど」と途惑うような声が返った。
 誰一人覚えていなかったシロエ。
 同じクラスだった筈の下級生たちも、「幼馴染に似ている」と言っていた筈のサムも。
(……マザー・イライザ……)
 シロエが存在したという事実は消されてしまった。ステーションE-1077から。
 誰もシロエを覚えていなくて、きっとこの先も思い出さない。
(…ぼくしか覚えていないのか…)
 シロエを殺した自分だけしか。
 ステーションの何処にもシロエの記録は無いのだろう。何もかも全部、消されてしまって。
 命どころか、存在すらも消されたシロエ。
 彼が生きていた証ですらも。


 もう残ってはいないのだ、とアクセスしてゆくステーションの記録。
 何処を捜しても、出て来はしないシロエのデータ。
 「セキ・レイ・シロエ」という存在自体が、無かったことになっているから。
 名簿ごと消されて、何処にも無いから。
(…此処も駄目なのか…)
 此処も、此処も、と端から調べてゆくのだけれども、データも写真の一つも無くて。
 何度目の溜息を吐き出したことか、「此処も駄目だ」と。
 そして、ふと気付いた監視カメラが捉えた画像。
(カメラだったら…)
 もしかしたら、とアクセスしてみた。
 膨大な画像がある筈なのだし、シロエを捉えているかもしれない。
(レクリエーション・ルーム…)
 あそこでシロエと腕を競って、それからシロエを殴ってしまって…、と心当たりのある日付けを開いてみたけれど。
(……マザー・イライザ……!)
 監視カメラが捉えた画像は、自分一人が映っているだけ。淡々と的を射てゆく姿が。
 隣にいた筈のシロエはいなくて、ゲームを終えた後の自分は…。
(…此処までやるのか…!)
 サムと一緒に帰ってゆく姿。
 腕を引っ張られてゆくのではなくて、何事も無かったかのように肩を並べて。


 監視カメラの画像までが処理されているなら、もう手も足も出ないのだろう。
 シロエは本当に消えてしまって、命も、彼の存在すらも…。
(無かったことにされているんだ…)
 今はもう、記憶の中にいるだけ。この自分の。
 彼を殺した自分しか覚えていないだなんて、世界はどれほど残酷なのか。
 マザー・システムは何処まで酷いことをするのか、と噛んだ唇。
 何もかも消してしまうなんて、と。
(…確かに昨日、此処にいたのに…)
 この部屋にいた筈なんだ、とアクセスした監視カメラの映像。
 昨日の自分の部屋のデータを覗いてみても…。
(……いない……)
 早送りしてみても、巻き戻してみても、シロエは映っていなかった。
 自分は一人で部屋に入って、普通の一日を送っていただけ。
(…何も残っていないんだな…)
 本当に何も、と眺めた映像。
(キース・アニアン…)
 お前がシロエを殺したんだ、と心で呟いた自分の名前。
 ついでにその名を打ち込んだ。
 シロエを殺した男のデータを、罪深い自分を眺めてやろうと。
(父、フル…。母、ヘルマ…)
 何も覚えていないんだが、とデータを表示させていったら…。


(シロエ…!)
 いた、と食い入るように見詰めた画面。
 カメラが捉えたこの部屋の映像、其処にシロエが映っていた。
 「マザー・イライザが作った人形なんだ」と笑っていた時の、あのシロエが。
 着せてやったシャツを「あなたの匂いがする」と嫌った、シロエの姿が。
(…消去ミスか…?)
 きっとそうだ、と直ぐに気付いた。
 個人データの中にあるから、消去した係が見落としたデータ。
 けれど、自分が見付けたからには…。
(処理されてしまう…)
 もう間違いなく、マザー・イライザに知れているから。
 明日か、早ければ次の瞬間、このデータは…。
(今しかない…!)
 シロエの姿を残すなら。
 彼が確かに生きた証を、存在した証を残したいなら。
 シロエを殺した自分がやるとは、なんとも皮肉な話だけれど。
 皮肉どころか残酷だけれど、シロエがこのまま消えてしまうのは…。
(…許せない…!)
 マザー・イライザも、その命令に逆らえなかった自分の罪も。
 シロエの存在、それが消えるのを黙って見過ごすということも。
 だから迷いはしなかった。
 見付けたシロエを、彼の姿を引き出して残しておくことを。


 引き出した後に、もう一度アクセスしてみたデータ。
(……やっぱり……)
 消えてしまっていたシロエ。
 部屋には自分だけしかいなくて、シロエの影も形も無かった。
 それでも残せた、と見詰めた写真。
 監視カメラが捉えたシロエの映像、その一瞬をプリントアウトしたもの。
 ベッドの上から、こちらを見ている鋭い視線。
(…こういう目だった…)
 シロエはこんな瞳をしていた、と写真をノートに挟み込んだ。
 いつも講義に持ってゆくノート、この中に入れておきさえすれば…。
(誰も手出しは出来ない筈で…)
 シロエの写真が消え去ることは無いだろう。
 きっと残しておけるのだろう、これから先も。
(マザー・イライザが気付いたとしても…)
 まさか、これまでは消しに来るまい。
 其処までしようと言うのだったら、自分の記憶はとうに無いから。
 シロエの船を撃ったことさえ、綺麗に忘れているだろうから。
(紙媒体が最強の筈なんだ…)
 アナログの極みと言えるけれども、これは機械が消せないデータ。
 機械の力でこれを消すには、シュレッダーにかける以外に無い。
 でなければ焼却、どちらにしても…。
(マザー・イライザの手では、処分出来ない…)
 何処にでも姿を現すけれども、あれは幻影に過ぎないから。
 誰かに命令しない限りは、紙に刷られた写真を消すことは不可能だから。


 そうして残った、シロエの写真。
 たった一枚きりの写真を、マザー・イライザは消しに来なかった。
 わざとだったのか、そうでないのか、それはキースにも分からないまま。
 写真を無事に手にしたままで、E-1077を卒業出来た。
 メンバーズ・エリートになった後にも、シロエを忘れはしなかった。
 機械は此処までやるのだから、と何度も肝に銘じるために。
 シロエが残したメッセージに出会い、E-1077を処分した後も。
(私はシロエを忘れまい…)
 国家主席に昇り詰めても、やはり持ち続けたシロエの写真。
 生涯、誰にも見せることなく、自分だけが手に取れる場所に隠し続けて。
 けれども、ミュウとの交渉で地球に降りる前、旗艦ゼウスにキースはそれを残した。
 置き忘れたのか、意図があったかは分からないけれど。
 地球に降りて、戻って来なかったキース。
 彼の命は地球の地の底で尽きたから。
 グランド・マザーに翻した反旗、ミュウの側へと与した末に。
 キースの名前は伝説となった。
 偉大な国家主席がいたと。


 旗艦ゼウスはメギドと共に消えたけれども、キースの遺品は持ち出された。
 マードック大佐が下した退艦命令、国家主席の私物も運び出しておけ、と伝えられたから。
 無傷だったキースの遺品を整理した部下、彼らが見付けたシロエの写真。
 誰もその顔を知らない少年。
「誰なんだ…?」
「さあ…? ずいぶん古い写真らしいが…」
 閣下の大切な人だろうか、と語り合った部下たち。
 キースのシャツを羽織ったシロエは、薄暗い部屋のベッドの上。
 幾つか外れたシャツのボタンと、覗いた胸元。
 何の予備知識も持たずに見たなら、どう考えても怪しかったから。
 恋人だろう、と部下たちは噂し合った。
 「そう言えば閣下にはマツカがいた」と、「閣下の愛人だったのか」と。
 この少年がいなくなったから、代わりにマツカを、と。
 マツカよりも前にキースが愛した、最期まで写真を持ち続けた少年。
 それが誰かも分からないまま、恋人なのだと思い込んだ部下たち。
 「閣下はロマンチストだった」と、「遺品の中に恋人の写真が」と。


 特に口止めもされなかったから、口から口へと伝わった噂。
 じきにスウェナの耳に入って、取材に出て来た凄腕ジャーナリスト。
 キースの最後のメッセージを流した、自由アルテメシア放送のトップが彼女だったから…。
「この写真ですが」
 スタージョン中尉が差し出した写真、スウェナは見るなりシロエと見抜いた。
 彼女は記憶を消されないまま、E-1077を出て行ったから。
「セキ・レイ・シロエ…!?」
「誰ですか、それは?」
「E-1077…。キースの下級生だった子よ」
 でも、存在を消されちゃったの、と寂しげな笑みを浮かべたスウェナ。
 「彼のことは誰も覚えていないわ」と。


 其処から先はスウェナの出番で、彼女にもあった心当たり。
(どおりで、私に冷たかった筈ね。…キース)
 振られるわけだわ、と今頃になって彼女は知った。
 キースに振り向いて貰えなかったから、結婚するために逃げるように去ったE-1077。
(…女に興味が無かったんだわ)
 私の一人相撲だったのね、と納得したスウェナだったけれども。
(シロエのことは、スキャンダルと言うより…)
 美談だわね、と考えた。
 存在も消されてしまった少年、シロエを忘れず愛し続けたキースだから。
 最期まで写真を持ち続けたまま、誰にも話さず逝ったのだから。
(…この話はきっと売れるわよ…)
 出来ればシロエの養父母も見付けて、生きているなら是非とも取材してみたい。
 そして全力で出版しよう。
 若かりし日の国家主席のロマンスを。
 マザー・システムに消された少年、シロエを愛したキースの優しい横顔を。


 スウェナはシロエの養父母を見付け、子供時代の話を聞けた。
 養父母は忘れずに覚えていたから、シロエのことを。
 「頭のいい子だったけれども、夢見がちだった」と、「ネバーランドを夢見ていた」と。
(それで、ピーターパンだったんだわ…)
 あの本は、とスウェナが思い出す本。
 キースに渡したシロエの遺品。
(あの本は、どうなったのかしら…)
 そちらも調べて回ったけれども、出なかった答え。
(きっとキースは、シロエに返してあげたんだわ)
 E-1077の処分に向かった記録は、今も消えずに残っていたから。
 キースがシロエを愛していたなら、本を返しに行きそうな場所。
 ステーションにあった、シロエの部屋へと。
(…いい話だわね…)
 そういう風に書いておきましょ、とスウェナは本を書き進めてゆく。
 ロマンチストな国家主席には、その展開が相応しいから。


 それから間もなく、売り出された本。
 『国家主席が愛した少年』、その本はベストセラーとなった。
 若き日のキースとシロエのロマンス、悲恋に終わってしまった恋。
 読んだ誰もが涙を流して、キースを、それにシロエを思った。
 なんと悲しい恋だろうかと、切なくて泣ける話だと。
 国家主席は実は優しい人だったのだと、生涯、シロエを忘れなかったと。
「あの本、読んだ?」
「読んだわよ…。SD体制のロミオとジュリエットでしょ?」
 シロエはミュウだったらしいものね、と話題の一冊。
 帯には本当にそう刷られていた、「悲しきロミオとジュリエット」と。
 誤解から生まれた本だけれども、感動を呼んだベストセラー。
 『国家主席が愛した少年』、訂正する人は誰もいなかったから。
 皆がまるっと信じてしまって、ロミオとジュリエットの恋に涙したから…。

 

       主席が愛した少年・了

※前半だけで止めておいたら、立派にシリアス路線な話。きっと真っ当なショートが1話。
 それにせっせと砂をかけてゆく話、だって後半が先に降って来たから仕方ないんだ…!





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「チョロイね。シークレットゾーンのくせに」
 ぼくにかかれば簡単なこと、とシロエが足を踏み入れた部屋。
 E-1077のフロア001、此処にキースの秘密がある筈。
 マザー・イライザのメモリーバンクから盗んだ情報、ME5051C。
 無機質な記号、どうやら、それがキースのことらしいから。
 「キース・アニアン」という名前ではなくて、「ME5051C」と呼ばれるモノ。
 やっと見付けたと躍った心。
 機械の申し子、キースはまさにその名の通りだったから。
 フロア001から作り出される、マザー・イライザの人形そのもの。
 だから確かめにやって来た。
 キースにも真実を見せてやろうと、撮影用のカメラも準備して。
(…アンドロイドの製造室…)
 そういう部屋だと思った場所。
 フロア001でパーツを作って、組み立てるのだと。
 其処にあるのは、精巧な人形を作り上げるための設備だろうと。
 なのに…。
(…これは…?)
 打ち捨てられた部屋かと思った、暗い空間。
 ほのかに青く発光している、何かが入ったガラスケースたち。
(…何なんだ、此処は?)
 見上げた頭上のガラスケース。それは小さめで、奥へゆくほど大きなケース。
 天井ではなくて壁際に並ぶ、幾つものガラスケースの中には…。


 まさか、と思わず見開いた瞳。
 頭上のケースに入っているモノ、それは機械のパーツではなくて。
(……胎児……)
 明らかに人間だと分かる物体、人工子宮で育てられるモノ。
 生育過程を示すかのように、尾のあるモノから尾が消えたモノまで。
 胎児はともかく、其処よりも奥に並んでいるモノ。
(…キース・アニアン…)
 それともME5051Cと呼ぶべきだろうか、彼は此処から生まれたから。
 とうに呼吸を止めている標本、その顔はキースそのものだから。
(機械じゃなかった…)
 幼児から今のキースに瓜二つのモノまで、並んだ標本。
 こういうモノが存在するなら、キースはアンドロイドではない。
 機械仕掛けの人形どころか、もっと精巧だろう物体。
 人間と全く同じ身体で、血だってきっと流れている。
 此処にあるような、標本になっていないなら。
 呼吸して動き回っているなら、キースは人間なのだろう。
 ME5051Cだとしても。
 此処で生まれて、ガラスケースで育ったとしても。
(これがME5051C…)
 ならば、向かい側に並ぶケースは何だろう?
 キースと同じにME5051Cの筈だけれども、そちらは女性。
 二体あるとは思わなかった、とME5051Cを眺める。
 これらはいったい何だろうかと、どういう理由で此処にあるのかと。


 機械だとばかり思っていたから、まるで予想もしなかった胎児。
 その胎児から育つ物体、それがME5051C。
 男だったら、キースになる。
 女性の場合はなんと名付けるのか、全くの謎。
(ステーションでは見掛けない顔…)
 こんな顔をした女性は知らない。
 標本の女性は長い髪だけれど、それをショートに切ってあっても…。
(同じ顔がいれば分かる筈…)
 現にキースに育つ物体、そちらの髪も長いから。
 身長と同じくらいに伸びているから。
 ME5051Cは二種類、男性と女性。
 男性の方はキースだけれども、女性の方は見たことが無い。
 とうに育ってステーションから出て行ったのか、それとも完成していないのか。
(どっちなんだ…?)
 首を捻っても、標本だけでは分からない。
 それに、ME5051C。
 どうやってこれを作り出すのかも、どういう生まれのモノなのかも。
(…多分、クローンだ…)
 男性も女性も、どちらも同じ顔ばかりだから。
 胎児の間は顔の区別もつかないけれども、育ち始めたらハッキリと分かる。
 幼い顔立ちか、もっと大きく育っているかの違いだけ。
 男性の顔は全部キースで、女性の方も同じ顔立ちばかり。
 つまりはクローンなのだろう。
 最初の一体を写し取っては、次のを作ってゆく仕組み。
 そっくり同じなDNAを持つ、男性と、それに女性とを。


 やっと分かったキースの正体。ME5051Cの名を持つ物体。
(…最初の一体が鍵なんだ、きっと)
 恐らく最高に優秀な人間、マザー・イライザが選んだのだろう組み合わせ。
 本来はランダムに行われる筈の、卵子と精子の交配過程で。
 これだと見込んだ卵子を一つ。
 精子も特別に優れたものを。
 きっと機械なら、把握しているだろうから。
 無限大とも言える卵子と精子のデータの全てを、それが育ったらどうなるかを。
(とても優秀になる筈のモノ…)
 男性も女性も、他とは比較にならない能力を持っている筈のモノ。
 最初の一体をそうやって作り、後はコピーを作ってゆくだけ。
 全く同じ遺伝子データのクローンたちを。
 此処のガラスケースの中で育てて、何らかの方法で施す教育。
 キースは此処から作り出された。
 ランダムに交配するのではなくて、明らかな意図で為された交配。
 こうなるだろうと、こう育つと。
(マザー・イライザの最高傑作…)
 それがキースと呼ばれる人間。
 フロア001で作られ、ステーションへと送り出された。
 本当の名前はME5051Cなのに。
 此処で作られたクローンの一つで、申し分なく育った一体。
 だからキースは世に出て来た。
 標本にならずに、候補生として。
 将来を嘱望されるエリート、マザー・イライザが自ら育てた傑作として。


(…せっかくだから…)
 データの方も見せて貰おう、とコントロールユニットに繋いだケーブル。
 どういう卵子と精子を使って、ME5051Cを作ったか。
 その卵子たちは、他の人間を生み出すためにも使われているモノなのか。
(交配はあくまでランダムな筈…)
 けれども、マザー・イライザがこだわるからには、選り抜きの卵子と精子がある筈。
 優秀だからと選び出された、ME5051Cを生み出す卵子と精子。
 最初の一体はどう作ったのか、この世界にはME5051Cの兄弟たちもいるのか、と。
 単純に知りたかっただけ。
 キースの「兄弟」や「姉妹」はいるのか、いたのか。
 過去には何人もいた筈だけれど、これから先も生まれるのかと。
 優秀な卵子と精子が残っているのなら。
 普通の人間を生み出すためにと、交配システムに戻されたなら。
(…ぼくがキースの兄弟だったら、最悪だけどね…)
 その可能性もゼロとは言えない。
 卵子か精子か、どちらかがキースと同じだったというケース。
(それだけは勘弁願いたいね)
 キースの情報を抜き取ったならば、簡単に調べがつくだろう。
 自分を生み出した卵子と精子のデータの方も、きっとハッキング出来るから。
(あいつと兄弟だったら最悪…)
 もしもそうだと答えが出たなら、自業自得というものだけれど。
 自分の墓穴を掘るわけだけれど、此処まで入り込んだ以上は、土産にデータ。
 キースは、ME5051Cはどう生まれたか。
 ズラリと並んだ標本たちの、最初の一体はどう作ったのか。


 そう考えただけだったのに。
 興味本位でデータを取ろうとしただけなのに…。
(……そんなことが……)
 愕然と見詰めた、ME5051Cに関するデータ。
 卵子も精子も、提供されてはいなかった。
 マザー・イライザは何も交配しはしなかった。
(…本当に人形だったんだ…)
 正真正銘、マザー・イライザが作った人形。それがME5051C。
 三十億もの塩基対を繋ぎ、DNAという鎖を紡ぐ。
 キースは無から生まれたモノ。
 対になるのだろう女性体の方も、全くの無から作られたモノ。
 どちらにもいない、兄弟たち。いたことすらない、兄弟や姉妹。
 卵子も精子も無いのでは。
 それを提供した、人間すらも存在しないのでは。
(人間でさえもなかったなんてね…)
 機械が無から作ったモノ。
 何度もコピーし、作り続けて、最高傑作としてケースから送り出したキース。
 本当の名前はME5051C、その後に続く記号は作り出された順を示しているもの。
(…これがぼくなら…)
 どうするだろうか、人でさえもないと知ったなら。
 自分は無から作られたのだと、人形だったと知らされたなら。
(…アンドロイドでした、というのも衝撃だけど…)
 こっちの方がもっと酷い、と見回したフロア001。
 人間なのに、人ではないから。
 その肉体は人間なのに、作り出された人形だから。


 きっとガラガラと崩れるだろう存在意義。
 人ですらないと言われたら。
 無から生まれた人形なのだと、恐ろしい真実を突き付けられたら。
(…きっと、キースでも…)
 その衝撃には耐えられないに違いない。
 泣き叫ぶのか、狂ったように笑い続けるのか、声も失くして崩れ落ちるか。
 マザー・イライザの、機械の申し子。
 本当にそうだと知らされたならば、キースはいったいどうするのだろう?
(…楽しみだね…)
 思った以上の収穫があった、と取り出したカメラ。
 これを撮影して、キースに見せる。
 その瞬間のキースの顔を思うと、もう可笑しくてたまらない。
「見てますか、キース・アニアン。此処が何処だか分かります?」
 …フロア001。あなたの「ゆりかご」ですよ。
 そういう言葉で始めた撮影。
(ゆりかご、ね…)
 自分でも言い得て妙だと思う。
 本物の人間の赤ん坊なら、ゆりかごの中で育つのに。
 母の手で優しく揺すって貰って、成長してゆくものなのに。
 キースには無かった、本物のゆりかご。
 見るがいい、と回してゆくカメラ。
 これがお前の正体だ、と。
 マザー・イライザが作ったのだと、真実を知って心ごと壊れてしまうがいいと…。

 

        見付けた真実・了

※何の説明もなくフロア001の中身を知ったら、クローンだと思うのが普通だよな、と。
 シロエにガイドはいなかったしね、とお得意のハッキングをして貰いました~。





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