(うーん…)
困った、とトォニィは頭を抱えていた。
シャングリラの中のソルジャーの部屋で、ベッドの端に腰掛けて。
ソルジャーを継いで、もうどのくらい経ったろう。大好きだったグランパ、ジョミーの頼みで。
(グランパ、ぼくはどうすれば…)
分からないよ、と頭の補聴器に訊いてみたって、返って来るのは沈黙ばかり。記憶装置を兼ねた補聴器、その中には今や二人分の知識が詰まっているのに。
ミュウの初代のソルジャーだった、三世紀以上も生きたソルジャー・ブルー。
その後を継いで地球を目指して、グランド・マザーを倒したジョミー・マーキス・シン。
(…グランパ、ブルー…)
どっちでもいいから、ぼくに答えを、と何度尋ねても、答えは「だんまり」。
そうなるのも仕方ないけれど。…いくら豊富な知識があっても、知らないことは答えられない。持っていない知識は使いようがないし、答えられないことだってある。
(…グランパも、ブルーも、思いっ切り…)
ストイックに生きた人だったから、と零れる溜息。
「伝説のタイプ・ブルー・オリジン」と異名を取ったらしいブルー、そちらは三世紀以上もの歳月を生きた偉大なソルジャー。けれど、生涯、独身だった。
(浮いた噂の一つも無くて…)
フィシスが恋人だったというのも、ただの「噂」に過ぎないらしい。
幼いフィシスをシャングリラに連れて来て直ぐの頃には、「ロリコンだった」と船に流れた噂。誰もが納得しかかったのに、グラマラスな美女に育ったのがフィシス。
(それでロリコン説は崩れて…)
グラマラスな美女が好みなのだ、と新たな噂が広まったけれど、それでおしまい。
周りの者たちがせっせとお膳立てしても、ブルーは結婚しなかったから。「ぼくの女神」などと呼んではいたって、フィシスを生涯の伴侶に選びはしなかった。
(過保護な保護者で、フィシスの養父母みたいなもので…)
父親役と母親役を兼ねていたようだ、というのが定説。記憶装置の記憶を探っても、そう。
ソルジャー・シンの方はと言えば、これまた生涯、独り身な人。
ブルーよりかは遥かに短い人生だけれど、アタックした女性はちゃんといた。今もこの船で幅を利かせているニナ、彼女がかました凄いモーション。
(ジョミーの子供が欲しいなぁ、って…)
あまりに直接的な表現、お蔭でそれは「伝説」になった。今なお語り継がれるほどに。
そこまでハッキリ言われたならば、多分、普通は…。
(据え膳食わぬは男の恥、って言うヤツで…)
ニナとは結婚しないにしたって、「彼女」にするのはアリだと思う。
「ソルジャーは独身であるべきだ」という不文律があっても、正妻でなければオールオッケー。
(お妾さんとか、側室だとか…)
こう色々と言い方が…、と無駄に語彙だけあるトォニィ。
それもそうだろう、彼の頭を悩ませ続けている問題。記憶装置に訊くだけ無駄な話の中身は、実はそっちの関係だった。
ミュウと人類が和解してから、すっかり平和になった宇宙。
SD体制の影も形も無くなった今は、人類の世界にも自然出産が広まりつつあって…。
(…いずれはミュウの時代になるから、って…)
人類側を代表しているスタージョン大尉、今は上級大佐だったか。
彼から直々に打診があった。
「ソルジャー・トォニィに、相応しい女性がいるのだが」と。
そろそろお年頃でもあるから、と持ち掛けられたのが「縁談」なるもの。
お相手の名前は、レティシアという。…人類の世界で育ったミュウで、育ての親が、あろうことかグランパと同じ養父母なオチ。
(…レティシア・シン…)
「彼女ならば似合いだと思う」と、スタージョン上級大佐はマジだった。
今の所は「ソルジャー・トォニィ」、そう呼ばれている状態だけれど。特に不自由はないのだけれども、「レティシア・シン」を娶ったら…。
(ソルジャー・シン二世…)
そう名乗れるから素晴らしい、という強烈なプッシュ。
初代のブルーと、SD体制を倒したジョミー。その二人に比べれば、影が薄いのが三代目。
けれども、次の時代を担うのは自分なのだし、「ソルジャー・シン」の名前にあやかるべき。
スタージョン上級大佐イチオシの女性のレティシア、彼女を妻に据えたなら…。
(…ソルジャー・シン二世で…)
申し分ないソルジャーということになるらしい。何処に出しても、それは立派な。
(正妻として迎えなくても…)
レティシアが子供を産んでくれたら、その子が次のソルジャーになる。
その子は「ソルジャー・シン」と縁のある子で、ソルジャー・トォニィの血も引く生まれの子。
(…ミュウの世界のサラブレッドで、もう最高のソルジャーで…)
きっとサイオンも半端ない子になるだろうから、「レティシアを妻に」と、推しまくるのがスタージョン上級大佐。
かてて加えて、かつてのジョミーの養父母も乗り気。
「ジョミーをグランパと呼んでくれたのだったら、私たちとも、是非、縁続きに」と。
もちろんレティシアに「否」などは無くて、もうシャングリラに来る気満々。
(なまじっか、ぼくがイケメンだから…)
罪な顔だ、と自分の顔を撫で回す。「パパも、けっこうイケメンだったし」と。
自分で言うのもアレだけれども、今の自分の人気は高い。行く先々で若い女性がキャーキャー騒ぐし、年配の人類の女性たちだって、ファンクラブを結成しているくらい。
(…レティシアは最初から、シャングリラって船に興味津々な子で…)
ミュウと発覚するより前から、ミュウの世界に肩入れしていた早熟な子供。
それが育って妙齢になれば、ますます強くなる憧れ。「私もシャングリラに乗りたい!」と。
其処へイケメンなソルジャー・トォニィ、「お近づきに」と考えるのも自然なこと。
(…その辺の所を、セルジュの野郎が…)
焚き付けたのに違いない、と歯噛みしたって、どうにもならないのが現状。
もはや人類も、ミュウの方でも、「お輿入れ」を待っている所。
偉大なソルジャー・シンに縁のレティシア、彼女がソルジャー・トォニィと結ばれる日を。
正妻だろうが側室だろうが、二号さんだろうが、お妾だろうが。
なんとも困った、この状態。
どうすれば角を立てることなく、この縁談を断れるのか。
「側室でもいい」などと言われたからには、スタージョン上級大佐や、ジョミーの養父母だった二人は、何が何でも押し切るつもり。…輿入れしてくるレティシアだって。
(そんなこと、ぼくに言われても…)
ぼくにはアルテラという人が、と眺める窓辺。
其処に今でも置いてあるボトル、「あなたの笑顔が好き」と書かれた、アルテラの文字。
(…あの頃は、ぼくも子供だったし…)
まるで分かっていなかった。
アルテラの気持ちも、自分がアルテラに抱く気持ちが何なのかも。
けれどアルテラを亡くして分かった。「あれが自分の初恋だった」と、「アルテラよりも素敵な女性は何処にもいない」と。
だから貫きたい独身。
ソルジャー・ブルーがそうだったように、グランパもまた、そうだったように。
(でも、ソルジャーは独身でないといけない、っていう決まりなんかは…)
何処にも無いから、平和な今ではミュウが、人類が期待している。
「是非、素晴らしいお世継ぎを」と、「最初の自然出産の子供の血筋を残して欲しい」と。
其処へレティシアの名前が出たから、もうワイワイと騒がしい世間。
「ソルジャー・トォニィもお年頃だし、とにかくお迎えになられては」と。
正妻でなくても、側室という形からでも、お妾さんでも、二号さんでも、くっつけようと。
「お世継ぎ」が生まれてくれれば万々歳だし、それから正妻に据えたって、と。
(…なんだか厄介な相談事まで…)
していることを知っている。
「ソルジャーの奥方は何と呼ぶべきか」と、ミュウが、それから人類が。
(ソルジャー・レディとか、レディ・ソルジャーとか…)
候補の名前がガンガン挙がって、大盛り上がりなミュウと人類。それも平和の証拠だけれども、頭が痛いこの現実。
結婚したいと思いはしないし、アルテラ一筋、独り身でいたいと思うのに…。
(グランパ、それにソルジャー・ブルー…)
ぼくはいったいどうすれば、と涙がポロポロ、なんと言っても、まだ子供。
大きいようでも十代なのだし、周りがどんなに先走ろうとも、縁談が進められようとも…。
(…ぼくはアルテラ一筋で…)
一生、独身でいたいんだけど、と思った所へ聞こえた声。…あるいは思念。
「自分の名誉を捨てられるか?」と、グランパの声で。
「白い目で見られても生きて行けるか?」と、ブルーの声で。
(…グランパ? ブルー?)
何かいい手があるっていうわけ、と顔を上げたら、二人の記憶が答えをくれた。
「どうなってもいいなら、これで行け」と。
その手を使えば縁談は消えて、晴れて生涯、独身だろうと。
(ありがとう、グランパ! ソルジャー・ブルー…!)
トォニィはガッツポーズで部屋を飛び出して行って、そして縁談は立ち消えになった。
「ソルジャー・トォニィは、実は恥ずかしい病らしい」と噂が立って。
「大きな声ではとても言えないが、あちらの方面は役立たずだという話だぞ」などと。
男としては、非常に恥ずかしい話だけれども、トォニィは気にしなかった。
「これでアルテラ一筋だ」と。
「ぼくは一生、後悔しない」と、「役立たずな男で何が悪い」と。
ある意味、男らしいのだけれど、誤解されたままで、歴史は残った。
ソルジャー・トォニィは、お子がお出来にならなかったと、「実はEDだったそうだ」と…。
その後の事情・了
※いったい何処から降って来たのか、自分でも真面目に分からないネタ。しかもレティシア。
独身を貫くトォニィは健気なんですけどねえ、実際はどうだったんでしょう。はて…?
(あと三年と…)
何ヶ月なんだ、とシロエが部屋で折ってみた指。
このステーション、E-1077を卒業できる日までの日数は、と。
(…まだ、かなり先…)
それでも昨日よりかは一日減った、という気分。
たまに、こうして夜に数える。思い立った日に、残りの日々を。
毎日などは、とても数えていられない。そんなことをしたら、持たない神経。
「気が強いシロエ」を演じてはいても、本当の中身は「子供時代のまま」だから。
両親の姿を夢に見た日は、「パパ、ママ…」と涙を零すような子供。
その大切な両親の記憶を機械に消されて、もうどのくらい経つだろう。
目覚めの日から今日までの日数、それを四年から引いた残りが「卒業できる日」までの日数。
悲しい数字を伴う計算、毎日のようにやりたくはない。
そうでなくても、今は地獄の日々だから。生き地獄を生きているのだから。
(…マザー・イライザ…)
今も何処かで監視している、あの憎い機械。
母の姿を真似て現れる、恩着せがましいコンピューター。
今の自分は「あれ」の言いなり、従わされて生きてゆくしかない。
どんなに抗い、逆らってみても、「従っている」自分の姿が見えてくる。
少しばかり距離を置いたなら。…今の「自分」を見詰めたら。
優秀な成績を収めたならば、マザー・イライザの思惑通り。憎い機械の意のままの自分。
E-1077というステーションは、エリートのための最高学府。
より優秀な者が出るほど、マザー・イライザの評価が上がる。
機械に鼻は無いのだけれども、鼻高々になるマザー・イライザ。
優秀な生徒が現れる度に、素晴らしい候補生たちを育てて、此処から送り出す度に。
そう、自分だって、マザー・イライザの手駒の一つ。
マザー・システムを痛烈に批判してみても、成績優秀な生徒だったら…。
(…ぼくをコールして、叱ったことさえ…)
地球の上層部に隠しておいたら、マザー・イライザは無失点。
むしろ褒められもするだろう。
地球を治めるグランド・マザーに、「よくやりました」と。
「そのままシロエを育てなさい」と、「今後に期待しています」とも。
じきに卒業するキース・アニアン、「機械の申し子」と呼ばれるほどの未来のメンバーズ。
彼の成績を幾つも抜いた自分は、どう考えても「優秀」だから。
キースよりも四年遅れて此処を出てゆくエリート、そうなるだろう理想の候補生。
いい成績を取れば取るほど、マザー・イライザを喜ばせる。
(ぼくの態度を隠しさえすれば…)
二人目のキースとも呼べるエリート、それを「育成中」だから。
反抗的な今の態度も、「いずれ収まる」と思っていそう。
何度もコールを繰り返していれば、思いのままに導いたなら。
逆らおうと足掻き続ける激しい感情、それに終止符を打てたなら。
(そう簡単に…)
言いなりになんかなりやしない、と唇をきつく噛むけれど。
機械に操られてたまるものかと思うけれども、きっと今日だって「喜ばせた」。
キース・アニアンが残した記録を、また一つ自分が塗り替えたから。
E-1077始まって以来の点数を取って、教官に褒められたのだから。
(ぼくは、マザー・イライザを喜ばせるために…)
勉強しているわけじゃない、と叫んでみたって、結果が全て。
「セキ・レイ・シロエ」という優秀な候補生、それを擁するステーション、E-1077。
グランド・マザーへの報告の度に、マザー・イライザは得意満面だろう。
「キースの次にはシロエがいます」と。
「四年後にはシロエを送り出します」と、「優秀なメンバーズになってくれるでしょう」と。
自分の成績が上がってゆくほど、マザー・イライザの評価も上がる。
つまりはマザー・イライザの手駒、キースと何処も変わりはしない。
(従順な生徒か、そうでないかというだけで…)
このステーションから送り出せたら、マザー・イライザには「同じこと」。
とても優秀なメンバーズを育て、無事に卒業させたのだから。
将来の地球を導く人材、それを「二人も」送り出したことになるのだから。
(…ぼくが勉強すればするほど…)
マザー・イライザを喜ばせる。…マザー・イライザの評価が上がる。
なんとも皮肉な話だけれども、それが真実。
「いつか機械に復讐する」ために積んでいる努力、懸命に目指すメンバーズ。
その先に続くだろう道だって、順調に歩むつもりだけれど。
キースを追い越し、蹴落としてやって、国家主席に昇り詰めるのが目標だけれど。
(…国家主席になって、機械を止める時まで…)
機械に奪われた記憶を取り戻す日まで、きっと傍目には「機械の言いなり」。
上手く躱して生きていたって、機械の目から見たならば…。
(…成績優秀な候補生の後は、とても優秀なメンバーズ…)
そういう存在でしかない自分。
ドロップアウトでもしない限りは、マザー・イライザの「自慢の生徒」。
何処まで行っても「マザー・イライザが育てた生徒」で、その烙印は消えてくれない。
いつか機械に牙を剥くまで、機械に「止まれ」と命じる日まで。
まだ三年と何ヶ月もある、此処での日々。
マザー・イライザに力ずくで抑え込まれる屈辱、それに歯を食いしばって耐える年月。
ようやっと自由になれる日が来ても、今度はグランド・マザーが来る。
(メンバーズは、グランド・マザーの直属…)
どんな形で抑えに来るのか、果たして自分は逆らえるのか。
今でさえもマザー・イライザの手駒、抗い、もがき続けていても。
力の限りに逆らっていても、結果だけを見れば「マザー・イライザの勝利」でしかない。
マザー・イライザの評価が上がって、喜ばせているだけだから。
いい成績を取れば取るほど、そうなるから。
(…それと同じ日々が、これから先も…)
無限に続いてゆくのだろうか、このステーションを卒業したら…?
メンバーズになって、グランド・マザーの直属の部下になったなら…?
(……嫌だ……)
今の地獄がまだ続くなんて、とギュッと拳を握ったけれども、それ以外には見えない道。
もしもドロップアウトしたなら、地球への道は開けない。
国家主席になれはしなくて、失くした記憶は取り戻せない。
機械に「止まれ」と命じる力も、その権限も、持てずに何処かで力尽きるだけ。
ただのつまらない軍人になるか、教官にでもなって終わりの人生。
(…それだと、本当に機械の言いなり…)
生きた証もありやしない、と思ってはみても、それが嫌なら地獄への道。
いつ果てるとも知れない道を、ひたすら歩んでゆくしかない。
E-1077で三年と何ヶ月かを過ごして、卒業したらメンバーズ。
マザー・イライザの手から自由になったら、今度はグランド・マザーの手の中。
そうしてもがいて、もがき続けて、いつになれば自由になれるのだろう?
いったい何年、茨の道を歩き続ければいいのだろう…?
(…考えただけでも、気が滅入りそうだよ…)
此処での三年と何ヶ月かの残り日数、それさえも「永遠」に続くかのように見えるのに。
まるで果てのない道に見えるのに、まだその先へと続く地獄の日々。
いくら歩いても終わりが見えない、「機械の手駒」として生きてゆく道。
それに自分は耐えられるのか、上手く歩んでゆけるのか。
(……歩くしかないなら、歩くけれども……)
誰か終わりを教えて欲しい、と折ってみる指。
何年耐えれば、国家主席になれるのか。
子供時代の記憶を全て取り戻して、憎い機械を止められるのか。
(…それさえ分かれば…)
まだ耐えようもあるというのに、と考えてみても、見えない「終わり」。
自分の未来は果てのない地獄、E-1077を卒業しても。
メンバーズの道に足を踏み入れ、エリートとして歩み始めても。
(……全部、傍目には機械の言いなり……)
そして機械が得をするだけ、と分かっていたって、歩くしかない。
この屈辱にまみれた道を。
機械に頭を押さえつけられ、這いつくばって進む、泥の中に伸びてゆく道を。
いつか見えるだろう「終点」までは、此処から逃れられないから。
国家主席になりたかったら、機械の手駒として生きる他には、道は何処にも無いのだから…。
機械の手駒・了
※本当は別の意味で「マザー・イライザの手駒」だったシロエ。連れて来られた時から。
けれどシロエは知らないわけで、いい成績を取れば取るほど地獄。機械の手駒。
(力だけではソルジャーになれん、って…)
ゼルのヤツ、言ってくれるじゃん、とジョミーは部屋でへこんでいた。
今日も今日とて、長老たちは「集中力が持続しない」だのと言いたい放題。来る日も来る日も、ひたすら訓練。サイオンに磨きをかけているのに…。
(力だけでは、って言われても…)
他にいったいどうしろと、と嘆くしかない。
ソルジャー候補に据えられたけれど、現ソルジャーのブルーとの差は月とスッポン。もちろん、月はブルーの方だし、スッポンは自分に決まっている。
(あっちは超絶美形でカリスマ…)
比べて、ぼくは超平凡で、と言われなくても分かる自分の限界。
アタラクシアでソルジャー・ブルーの夢を見ていた時から、もう「敵わない」と悟った敗北。
夢に出て来た美少女なフィシス、相手役のブルーは「絵に描いたような」二枚目キャラ。それもスキルが半端ない美形、顔立ちに加えてアルビノと来た。
(…アルビノってだけでも、ビジュアル五割増しだよね…)
いやいや、此処は八割だろうか、もっと上がって九割だろうか。
透き通るような肌と銀色の髪もさることながら、あの神秘的な赤い瞳が凄すぎる。誰の心だって鷲掴みだろうし、第一、赤い瞳の持ち主なんて…。
(そう何人もいないってば…)
せめてブルーがアルビノでなければ、と陥ってしまうドツボな思考。
アルテメシア上空でブルーに見せられた過去の記憶では、サイオンに目覚める前のブルーは…。
(普通に金髪で、水色の目で…)
あのままだったら、ビジュアル勝負になったとしたって、今よりは健闘出来ただろう。顔立ちやパーツで負けていたって、「神秘的」というアルビノ効果が無かったら。
(…いくらブルーがカリスマだって…)
今ほどの差は開かないんじゃあ、と溜息しか出ない。
そうは思っても、アルビノ効果はバッチリだから。ブルーの魅力をググンとアップで、あれには勝てっこないのだから。…アルビノではない自分には無理。平凡なカラーの自分では。
日頃から感じるコンプレックス、「勝てやしない」と思うカリスマ。超絶美形な現ソルジャー。
事あるごとに落っこちるドツボ、今日だってゼルが落としてくれた。
「力だけではソルジャーになれん」と、容赦なく。
ゼルは言葉にしなかったけれど、心の中では、きっと思っているのだろう。「クソガキが」と。
「どうして、こんなガキに従わねばならんのじゃ」とも。
(…どうせ、超絶美形じゃないし…)
顔もカラーも平凡ですよ、と今日もグチグチ。「ぼくもアルビノだったら」と。自分にも欲しいアルビノ効果に、アルビノ補正。
(…ぼくだって、赤い瞳なら…)
どんなにアップしただろう。神秘的なイメージ、それに加えて近寄り難さ。
金髪に緑の瞳のジョミーは、ごくごく平凡なキャラだけれども、銀髪に赤い瞳だったら…。
(…一気に神秘的だよね?)
今よりもずっと、と零れる溜息。
いっそ脱色しようかと。髪の毛の色を抜いてしまえば、きっといい感じに銀髪になる。
(でもって、美白効果のある何か…)
化粧品には疎いけれども、注文したら部屋に届けて貰えそう。それでせっせとお肌の手入れで、抜けるような肌を手に入れる。ブルーにも負けない、真っ白な肌を。
(もうそれだけで、今より相当いい感じ…)
銀髪に透き通るような肌。其処へ緑の瞳だったら、その緑色も引き立つ筈。
ブルーの赤い瞳がルビーのようだと言うなら、こちらの瞳はエメラルド。まるで野生のヒョウのような瞳、負けてはいないという気がする。ブルーの「赤」に。
(…白い肌で銀髪、でもって瞳が緑色…)
いい感じじゃん、と自分でも思う。
本物のアルビノ効果には及ばないまでも、少しくらいは近付けるのでは、と。
そういうビジュアルに変化したなら、「ごく平凡なジョミー」もイメチェン出来そうだよ、と。
(えーっと…?)
念のために、と鏡の前に立ってみた。真っ白な肌で銀髪のジョミー、それをイメージ。
こんな感じ、と思い描いて、自分の顔と姿に被せて、ガッツポーズ。
(ブルーが神秘の赤で来るなら、ぼくは神秘の緑色だよ!)
いける、と覚えた確かな手応え。
本物のアルビノになるのは無理でも、美白に脱色、それで一気に「神秘のジョミー」。
その姿ならば、他のミュウたちも一目おいてくれるだろう。「平凡なジョミー」の今よりは。
(よーし…!)
やるぞ、と固めたイメチェンの決意。
まずは美白で白い肌から、そこそこ効果が出てきたら…。
(…髪の毛を脱色して、銀髪…)
それで出来上がる「神秘のジョミー」。ソルジャー・ブルーに負けないカリスマ。
顔立ちは今と変わらなくても、雪のような肌に透ける銀髪、其処へ緑の瞳だから。エメラルドの色に輝く瞳は、野生のヒョウだか、あるいは雪の女王だか。
(…雪の女王は女だけどさ…)
雪の王様じゃイメージがイマイチ、と「雪の女王」にしておいた。
同じ雪でも、神秘的な雰囲気を醸し出すのは、圧倒的に「雪の女王」だから。「雪の王様」だと白髪のジジイで、年寄りっぽいイメージだから。
(…野生のヒョウで、雪の女王なジョミー・マーキス・シン…)
そのビジュアルならブルーに今ほど負けはしない、と溢れる自信。
太陽のような今の金髪も好きだけれども、ブルーに惨敗し続けるよりは、銀髪なジョミー。
(…肌の色だって、今は健康そのものだけど…)
ブルーみたいに白くなったら、間違いなく得られる「儚げ」な感じ。
ミュウは虚弱な者が多いし、やたら「健康的」な肌より、ちょっと病的なくらいが良さそう。
(美白に、脱色…)
それでいこう、と心に決めた。
「力だけではソルジャーになれん」とゼルも言ったし、ビジュアルの方も頑張らないと、と。
こうして方針は定まったけれど、問題は美白。それから脱色。
(髪の毛を脱色するだけだったら…)
きっと自力でも何とかなる。その効果がある薬品を調べて、船の倉庫から失敬したら。
それに髪の毛だし、専用のアイテムもありそうな感じ。自分は最初から金髪だけれど、他の色の髪に生まれた女性が金色の髪に染めるケースもあるのだし…。
(金髪を銀髪に変えられる脱色剤とかだって…)
存在しているのに違いない。シャングリラにだって、同じアイテムがあっても不思議ではない。
女性はお洒落が好きなものだし、茶色の髪より金髪がいい、と脱色だとか。そういう女性が多くいるなら、ニーズがあるのが毛染めや脱色。
(そっちは楽勝なんだけど…)
情報さえゲット出来たら楽勝、けれど美白はハードルが高い。なにしろ相手は化粧品。
どう考えても女性が愛用しているアイテム、それも毎日使っていないと効果を実感出来ない筈。手抜きしたなら、たちまち前の「健康的な肌」に逆戻り。
(…化粧品なんか、どうやって…)
何処からゲットで、継続的に使えばいいのだろう?
女性だったら問題なくても、男性の自分が美白用の化粧品なんて…、と悩んでいたら。
『…ジョミー?』
何か悩みがあるのかい、と届いた思念。
抜けるような肌のブルーから。アルビノ効果をMAXに背負った、超絶美形のカリスマから。
「ブルー!? えっとですね…」
化粧品って何処で貰えますか、と思わず滑ってしまった口。ついウッカリと本音がポロリ。
ブルーはと言えば、「化粧品?」と、暫くポカンとしていたけれど…。
『…分かった。ぼくのような肌になりたいわけだね?』
君は、と確認の思念が来たから、「はい!」と答えた。「でないと駄目です」と。
今のままでは「平凡なジョミー」で、「力だけでは、なれない」ソルジャー。ビジュアルだって大切なのだし、自分なりに決意したのだから。ブルーに負けない人になろう、と。
「お願いします! ぼくは、少しでもあなたに…」
近付きたいと思うんです、と真正面からぶつけた決意。ブルーは納得してくれて…。
(…寝る前に、まずはクレンジングで…)
これを使って洗い流しながらマッサージ、とジョミーが眺める洗面台の鏡。自分の部屋で。
顔にたっぷりとクレンジングクリーム、「これがいいよ」とブルーが教えてくれたもの。
(透き通るような肌になりたかったら、毎日の努力が大切で…)
ブルーも手入れを欠かさないんだものね、と教わった通りにマッサージ。それは丁寧に。
超絶美形なブルーが言うには、「美白は一日にして成らず」らしいから。あの透き通るような、美肌の方も。
(…アルタミラからの脱出直後は、ブルーもお肌ガサガサで…)
エラやブラウが見かねて手入れしてくれたという。「せっかくの美形が台無しだから」と。
そうこうする内にブルーも覚えた、お肌の手入れ。
(ソルジャーになって、超絶美形なカリスマでいようと思ったら…)
どんなに疲れている時だって、お肌の手入れは念入りに、と親切なブルーは教えてくれた。
「君が自分で気付いたのなら、これから頑張ってゆけばいい」と。
美白効果のある化粧品はコレとコレで…、と揃えて部屋に届けてくれたし、今夜からはせっせと努力あるのみ。「平凡なジョミー」から「神秘的なジョミー」になるために。
真っ白な肌をゲットしたなら、お次は髪を脱色だよ、と。
(…頑張らなくちゃ…)
手入れだけでも一時間はかかるらしいよね、と鏡に向かうジョミーの姿を、青の間のベッドから見ているブルー。「これでいい」と。
(…目標が多少ズレていようが、美白だろうが、要は努力で…)
一時間も集中できるようになれば、ジョミーの集中力も劇的にアップするから、とブルーは実は腹黒かった。美白効果のある化粧品は確かに届けさせたのだけれど…。
(…それだけで真っ白な肌になるなら、ぼくのカリスマも地に落ちるってね)
ソルジャーはビジュアルだけじゃないんだ、とブルーが求める集中力。長老たちと全く同じに。
それを狙って大嘘をついて踊らせたジョミー、当分は努力の日々だろうから…。
(一ケ月もすれば、もう劇的に…)
集中力アップ、とブルーが笑っているとも知らずに、ジョミーは頑張る。肌の手入れを。
まずは美白で真っ白な肌で、それを手に入れたら髪を脱色。銀色の髪になるように。
(抜けるような肌で、銀色の髪になったなら…)
ぼくも狙えるアルビノ効果、とアルビノ補正に大きな期待。
「平凡なジョミー」は卒業だ、と。
銀色の髪に透き通るような肌、緑の瞳が神秘的なビジュアルにならなくちゃ、と。
力だけでは、ソルジャーになれないらしいから。
超絶美形なブルーに顔では負けるけれども、イメチェンしたなら、今よりは差が縮む筈。
だから頑張る、と鏡の前で格闘中。今日から始まる美白の日々。
効果が出たなら、凄いジョミーが出来るから。
さながら野生のヒョウなイメージ、でなければ雪の女王みたいな神秘のジョミー誕生だから…。
アルビノを目指せ・了
※超絶美形なブルーに敵わないなら、せめてアルビノの雰囲気だけでも、と思ったジョミー。
方向性としては、それも間違いではなさそうですけど…。その努力、ブルーが笑ってますよ?
(ミュウの女か…)
そして私だ、とキースが脳裏に浮かべた光景。
今はもう無い、E-1077で見たモノ。遠い昔にシロエがその目で確かめたもの。
フロア001に並んだ標本、どれも同じ顔をした男と、それに女が何体も。
マザー・イライザが「サンプル」と呼んだだけあって、胎児から成人までが揃った標本たち。
一つ間違えたら自分もあそこに並んだだろう、と今日までに何度思ったことか。
けれど自分は生きているのだし、「生かされた」とも言える人生。
(ならば歩むしか無いのだろうな)
自分の道を、と分かってはいる。
任務に忙殺される昼間は、いつも忘れている光景。自分の生まれも、あの「ゆりかご」も。
シロエはあそこを「ゆりかご」と言った。自分はあそこで「育った」モノ。
成人検査を受けることなく、E-1077に候補生として入れる年まで。
それをこうして思い出す夜も、けして珍しくはないのだけれど。
側近のマツカを下がらせた後は、たまに考えもするけれど。
(…待てよ?)
その夜は、心に引っ掛かった。あの「ゆりかご」の光景が。
ズラリと並んでいた標本。自分と同じ顔の男と、ミュウの母船で出会った女。
(マザー・イライザ…)
自分が処分した、あの機械。マザー・イライザに似ていた女。
彼女はミュウの母船にいた。捕虜とは違って、並みのミュウより上の扱い。
(…どうしてミュウの母船などに?)
他人の空似でないことは分かる。
囚われた時に、ガラス越しに彼女と触れ合わせた手。
其処から流れ込んだ記憶は、寸分違わず自分と同じだったから。
水の中に浮かび、同じ歌を聴いていたのだから。
ミュウの母船に乗っていた女。
自分と同じ生まれの筈で、機械が無から作った生命。
三十億もの塩基対を繋ぎ、DNAという鎖を紡ぐ。マザー・イライザはそう言った。
ならば機械が「ミュウを作った」ことになるのか、彼女がミュウの船にいたなら。
(…ミュウ因子の排除は不可能だと聞くが…)
そう、現代科学をもってしても。
最先端の技術を駆使してみても、ミュウの因子は排除できない。
だからこそミュウは生まれ続けて、それを異分子として処分するのが人類の役目。
機械が作っても「生まれる」のならば、本当に排除できないのだろう。
あの目障りな生き物は。
星の自転も止められるという、忌まわしい力を持つ化け物は。
(…ソルジャー・ブルー…)
ああいうミュウもいるのだがな、と彼の見事な死に様を思う。
自らの命を犠牲にしてまで、メギドを沈めたタイプ・ブルー・オリジン。
けれど彼とて化け物なのだし、自分は「負けた」というだけのこと。
あの生き様が羨ましくても、所詮はミュウ。…所詮、化け物。
其処まで思いを巡らせた時に、ふと思い出した。
ミュウの母船から逃げ出した時に、人質に取ったあの女。
ソルジャー・ブルーは、あの女をとても気にかけていたようだから…。
(…同族と気付いて、攫って逃げたか…)
それも面白い、とクックッと笑う。
ミュウは必ず処分されるし、あの女を攫って逃げたとしたなら、さしずめ「白馬の王子様」。
ソルジャー・ブルーはそれを気取って、何処かに忍び込んだだろうか、と。
(E-1077では有り得ない…)
ならば何処だ、と考えた場所。
ミュウの女は何処で育って、ソルジャー・ブルーが連れ出したかと。
「白馬の王子様」は何処に出たかと、それを知るのも面白かろう、と。
最初はそういう思い付き。
単なる気まぐれ、あの実験はどういう類のものだったか、と。
E-1077を処分した時は、データを取りはしなかった。
コントロールユニットを破壊しただけ、標本どもを維持する装置を壊しただけ。
後はグランド・マザーの命令通りに、E-1077そのものを爆破した。
あそこから近かった惑星の上に、真っ直ぐ落として。
自分を作ったマザー・イライザ、「ゆりかご」の主をマザー・ネットワークから切り離して。
(何も取っては来なかったが…)
グランド・マザーはデータを残しているだろう。
そして望めば、情報は開示される筈。
(E-1077だ…)
手掛かりはそれ、と辿ってゆく。フロア001、其処で行われていた実験、と。
目指すデータは直ぐに出て来た。
「キース・アニアン」を作った実験。
いつからあそこでやっていたのか、関わった者たちは誰なのか。
水槽越しに見た研究者の顔も、その中にあった。
案の定、事故死していたけれど。
自分が水槽から出されて間もなく、E-1077を離れる途中で。
他の研究者たちも一緒に乗っていた船、それが見舞われた衝突事故で。
(……やはりな……)
証拠を残すわけもない、と予想していた通りの結末。
「キース・アニアン」が誰かを知るのは、今ではグランド・マザーだけ。
候補生として生き始めた時点で、マザー・イライザとグランド・マザーの他には…。
(…誰もいなかったというわけか…)
シロエがそれを見出すまで。
彼をフロア001で捕らえた保安部隊の者まで、ご丁寧に事故死している有様。
機械は徹底しているらしい。「キース・アニアン」の秘密を守るためには。
キース・アニアンを其処まで守り抜こうと言うなら、ミュウの女も同じだろう。
ソルジャー・ブルーが攫った後には、消されただろう研究者たち。
(…こちらもそうか…)
実験の場所はアルテメシアか、と納得した答え。
其処で始めた「無から生命を作る」実験。
けれど失敗作が生まれて、ソルジャー・ブルーに攫われる始末。
これでは駄目だ、と実験の場所は宇宙に移った。
マザー・イライザに全てを委ねて、サンプルも全て引き渡して。
(なるほどな…)
あの「ゆりかご」で生まれた時から、目の前にあった「ミュウの女」の標本。
研究者よりも身近なものだし、マザー・イライザが似た姿にもなるだろう。
ミュウの女とマザー・イライザ、まるで正反対なのに。
機械が無から作ったものでも、「ミュウの女」は命あるもの。
マザー・イライザは機械なのだし、命を持っていないもの。
その上、排除されるべきミュウと、排除する側のコンピューター。
なんと皮肉な話だろうか、相反するものが「似ていた」とは。
(…無から作っても、ミュウは生まれる…)
ミュウ因子を排除できないだとは、と歯噛みするしかない現状。
確実に力をつけ始めたミュウ、彼らを宇宙から一掃するには因子の排除が最善なのに。
それさえ出来たら、次の世代のミュウは生まれて来ないのに。
(奴らが始めた、非効率的な自然出産…)
あの程度ではミュウの行く末は見えている。
因子さえ排除してしまえたなら、彼らに同調する者たちは出ないから。
何処の星でもミュウは生まれず、二度と生まれて来はしないから。
(だが、現代の科学では…)
不可能なのだ、と握り締めた拳。
最善の策だと分かってはいても、人は打つ手を持たないのだと。
やむを得ない、と眺めた「ミュウの女」を作ったデータ。
遺伝子データも取ってあったし、それを子細に分析したならミュウ因子も分かりそうなのに。
無から作った生命だけに、交配システムで生まれたものより分かりやすい筈。
それでも駄目か、と「科学の限界」を睨み付けていて気が付いた。
(…この女のデータ…)
遺伝子データは、彼女限りで終わりになったわけではなかった。
次の代へと引き継がれていて、E-1077で作り出された「男」。
「男」のデータは一つしか無くて、どれもが「キース・アニアン」に続く。
幾つものサンプルを生み出した末に、「キース・アニアン」と呼ばれる者へと。
(…それでは、私は…)
あの女の遺伝子データを元に作られたのか、と知ったらゾクリと冷えたのが背筋。
「ミュウの女」の遺伝子データを継いでいるなら、「ミュウ因子」も継いでいそうなもの。
けれども自分はミュウとは違うし、サイオンなども持ってはいない。
第一、「ミュウになりそうな危険」があるというなら、遺伝子データを使いはしない。
それを「取り除けない」というのなら。
ミュウの因子は特定不可能、排除は無理だというのなら。
(…それなのに、何故…)
あの女のデータを使ったのだ、と生まれた不安。
「ミュウの因子は排除できるのではないのか」と。
それを取り除いて作られたのが「キース・アニアン」、此処にいる自分なのではないかと。
(……まさかな……)
まさか、と思うけれども、生まれた不安は拭えない。
「ミュウの女」を確かに見たから、自分は彼女の遺伝子データを受け継いだから。
(…ミュウ因子が特定されているなら…)
グランド・マザーは嘘をついていることになる。出来る筈のことを「出来ない」と言って。
いつか直接確かめねば、と考えはしても、まだ早い。
もっと力をつけないことには、真実はきっと聞けないから。
国家主席に昇り詰めるまで、グランド・マザーは人間如きに何も語りはしないだろうから…。
ゆりかごの因子・了
※排除不可能だというミュウ因子。フィシスがミュウなら、遺伝子データを継いだキースは?
ミュウ化する危険を帯びているわけで、普通はデータを使わない筈。自信が無ければ。
「大佐…! 止まって下さい!」
その先には、とマツカが言い終える前に派手に飛び散ったお星様。
キースが振り向きざまに一発ブチ込んだわけで、それがマツカに直撃だから…。
(……また、この人は……)
後ろから近付いたら撃つんだっけ、と闇へ落ちてゆくマツカの意識。「またヘマをした」と。
なにしろキースは昔からこうで、出会った時から「こう」だった。
曰く、「私の後ろから近付くな。それが誰であろうと撃つ」。
私はそう訓練されている、というのがキースの言い分、けれど「怪しい」と思う今日この頃。
こうしてヘマをする度に。撃たれて視界が見事に暗転する度に。
(…キース、その先は本当に…)
危ないと言ったら危ないんです、と意識が消え失せる間際に、ドゴォオオオン! と鳴り響いた爆発音。自動車爆弾のような代物、それが思い切り炸裂したからたまらない。
「「「アニアン大佐!」」」
御無事ですか、と突っ走ってゆくセルジュやパスカル、もうもうと上がっている煙。
けれど死屍累々の兵たちを他所に、キースは悠然と現れた。「私は無事だ」と。
でもって「あれを」と指差した先に、倒れているのが撃たれたマツカ。
「また後ろから近付いたのだ。あれだけ何度も言っているのに…」
「…またですか。いい加減、覚えて欲しいものです」
我々だって、とセルジュが顎をしゃくって、救護班の者たちがマツカを担架で運んで行った。
「これでいったい何度目だろう」と言いながら。「学習能力の無い奴だ」とも。
キースを狙った暗殺計画は数知れず。狙撃に爆破に、その他もろもろ。
ところがキースは死にはしなくて、「不死身のキース」と呼ばれている今。
そして誰もが知らないけれども、その陰にはマツカの働きがあった。そう、さっきだって。
もしもマツカが止めなかったら、キースは真っ直ぐ歩き続けて爆弾の餌食になった筈。身体ごと微塵に砕けていたのか、手足がバラバラに吹っ飛んだか。
(…なんとか命は拾ったが…)
暫く動けなくなりそうだ、とキースにもよく分かっていた。
異例の速さで昇進してゆく自分を消そうと、大勢の者たちが暗躍しているこの世界。
「コーヒーを淹れるしか能のないヘタレ野郎」と嘲られるマツカ、本当は誰よりも有能な部下。
ミュウの能力をフル活用して働ける彼がいなくては…。
(何処で命を落とす羽目になるか、私にも全く謎なのだからな…)
よって副官のセルジュに、こう言い放った。「今日の予定は全てキャンセルだ」と。大切な用を思い出したから、そちらを優先しなくては、と。
「グランド・マザー直々の御命令なのだ。マザーの御意志が最優先だ」
「はっ!」
分かりました、と最敬礼するセルジュに「うむ」と頷き返して、今日の予定は全部キャンセル。視察も、トレーニングに行くのも、何もかも全部。
今の状態で下手に動けば、もう本当に墓穴だから。
マツカがいないと読み切れない罠、自力では防ぎ切れない狙撃に銃撃。
(……充分、分かっているのだがな……)
ついウッカリと撃ってしまうのだ、と心の中で零した溜息。「これで何回目になるんだか」と。
自分の後ろから近付いた者は、それが誰だろうと遠慮なく撃つ。
そういう訓練を受けて来たのは本当だけれど、現にマツカにも初対面からかましたけれど。
(…もれなく撃っていたんだったら、まだ言い訳も出来るものを…)
そうじゃないのがキツすぎる、とキースはスゴスゴと引き揚げて行った。自分の部屋へ。
着いたらクローゼットの中をゴソゴソ、其処に隠してあるものは…。
(…またコレの世話にならないと…)
しかし、あいつは女子供か、と取り出すラッピングされた箱。中身はクッキー詰め合わせ。
今日の所はこっちの方で、と考えた。
この前に撃ってしまった時には、チョコレートを持って行ったから。可愛く詰めてある箱を。
そのまた前には、焼き菓子の詰め合わせセットを「すまん」と贈った。
もちろんマツカに。
(…菓子で機嫌が直る間はいいんだが…)
見放されたらどうしよう、と心配になるから、菓子の用意は欠かさない。
他の部下たちには「たまには、こういう菓子も食べたくなるものだ」などと言い訳をして。
自分が食べるための菓子だと大嘘をついて、「買ってこい」と店に走らせる部下。ただし、必ず一言添える。「進物用にして貰うのだぞ」と。「私の名誉は守らねばな」と。
「不死身のキース」が菓子好きだなんて、誰が聞いてもお笑いだから。
イメージ戦略大失敗だし、それでは話にならないから。
(…マツカにプレゼントしていると知れたら、もっと話にならないのだが…)
女房の尻に敷かれた男のようだ、と悲しい気持ちになるのだけれども、それが現実。
撃ってしまったマツカが機嫌を損ねたままなら、当分、何処へも出られはしない。機嫌を直して貰えさえすれば、マツカのダメージが癒えたら直ぐに…。
(次の予定をこなせるからな)
爆弾だろうが、狙撃だろうが、なんでも来い、と受けて立つ気はたっぷりとある。
もっとも自力で受けて立ったら、もれなく死亡フラグだけれど。
有能なマツカのサポート無しだと、あの世に向かって一直線に走ってゆくことになるけれど。
そんなわけだから、クッキーの箱を抱えて見舞ったマツカ。そろそろ意識が戻る頃だ、と。
医務室で渡したら即バレするから、マツカは部屋へと運ばせてある。
「治療が済んだら、こいつの部屋へ戻しておけ」と、さりげない風を装って。
撃ってしまう度に毎回そうだし、誰も疑いさえしない。「撃たれただけだし、部屋で充分」と。銃弾ではなくてショックガンだけに、時間が経ったら自然と意識も戻るから。
(…これがあるから、実弾は装備できんのだ…)
そっちで弱みを握られている、と情けない気分。
今日もこれから言われる予定で、きっとマツカは間違いなく言う。その件について。
(…あれについては、本当に頭が上がらないからな…)
例外中の例外な上に、私の人生最大の借り、と後悔したって始まらない。覆水盆に返らずで。
マツカの部屋の扉をノックし、「入るぞ」と中に入ったら…。
「…今日も予定はキャンセルですね?」
あなたが来たということは…、とベッドの上から投げられた視線。「またですか」と。
「すまない、マツカ。この通りだ…!」
これで許して貰えるだろうか、と差し出したクッキーの箱。マツカはそれをチラリと眺めて…。
「いいですけど…。クッキーは、ぼくも好きですから」
でもですね、と有能な部下はフウと小さな溜息をついた。「いい加減に覚えて欲しいです」と。
「後ろから近付いた人は誰でも、必ず撃ってはいないでしょう?」と。
前に例外がありましたよねと、「それで命を拾ったでしょう?」と。
「面目ない…! もう、その節は本当に…!」
お前のお蔭で助かったんだ、とキースは土下座せんばかり。
たった一度だけあった例外、ソルジャー・ブルーとメギドで対峙し、撃ちまくった時。
カウントダウンに入ったメギドの制御室へ、マツカが駆け込んで来てくれたから…。
(瞬間移動で脱出できたが、あれが無ければ…)
もう完璧に死んでいた。ソルジャー・ブルーが起こしたサイオン・バースト、それの巻き添えで落とした命。綺麗サッパリ。
(あの時、マツカは後ろから来て…)
背後から抱えて瞬間移動で逃げたわけだし、「後ろから来た」と撃っていたなら終わり。
実弾を食らったマツカは死亡で、もちろん自分も逃げられない。助っ人を撃ってしまったら。
「…キース、分かっているんですか?」
撃っていい時と悪い時とがあることを…、とマツカは溜息MAX、それに逆らえるわけがない。
これからも守って欲しいのだったら、「不死身のキース」でいたければ。
「分かってはいる…! これでも努力はしているつもりだ…!」
実弾をこめていない誠意を分かってくれ、と懸命に詫びて、クッキーで直して貰った機嫌。
明日にはマツカのダメージも癒えて、何事もなく予定をこなしていけそうだけれど…。
(…またウッカリと撃ってしまったら…)
借りが増える、とキースの足取りは重かった。
本当に命がヤバイ時には「撃たない」ことを、マツカは把握しているから。
メギドで撃たずに「生き延びた」ことが、キッチリきっぱりバレているから。
(……私にも生存本能がだな……)
きっとあるのに違いない、と悔やんでも悔やみ切れない失態、メギドで「撃たなかった」こと。
マツカは後ろから走って来たのに、完全に後ろを取られたのに。
銃には実弾が入っていたのに、振り向きざまに撃てたのに。
(…きっと一生、私はマツカに…)
頭が上がらない男なんだ、と重たい足を引き摺りながら考える。
クッキーの次は何がマツカのお気に召すかと、菓子の情報を集めねば、と。
マツカの機嫌を取らないことには、「不死身のキース」は無理だから。
下手をしたなら明日にでもサックリ暗殺エンドで、何もかもが其処でおしまいだから。
一方、マツカの方はと言えば、クッキーをベッドで頬張りながら…。
(…なんだか怪しいような気がする…)
本当に命がヤバイ時には、キースは撃ちはしないんだから、と今日も陥る思考の迷路。
「もしかして、遊ばれているんじゃあ?」と。
キースは格好をつけて「撃ちたい」だけで、真剣にヤバイ時が来たなら撃たないのでは、と。
(…だけど、そういう時が来るまで…)
あの人の尻尾は掴めそうにないし、と分かっているから、今の所はチラリと視線を投げるだけ。
「またですか?」と。
キースが詫びにやって来る度、ベッドの上から「本当に分かっているんですか?」と。
「撃っていい時と悪い時とがあるんですから」と、「でないと予定がパアなんですよ?」と。
なんと言っても、キースだけでは命を守り切れないから。
ミュウの自分を生かしてくれたし、キースを守りたいのだけれども、どうにも困った例の癖。
「後ろから近付いた者は、誰だろうと撃つ」。
もしかして甘えているのかも、と思わないでもない昨今。
「こいつだったら許してくれる」と、ついつい撃ってしまうとか。
そっちだったら、何度撃たれてもかまわない。「遊ばれている」のとは違うなら。
キースが甘えてくれているなら、側近冥利に尽きるというもの。
けれど真実は分からないから、やっぱりチラリと投げる視線。「またですか?」と。
いい加減に撃つのをやめて下さいと、「本当に命が危ない時には、撃たなかったでしょう」と。
そのやり取りをやっている時は、いつもキースが身近に思える。「普通の人」に。
だから当分は、このままでいい。
真相がどうかは掴めないまま、撃たれても。撃たれて意識がブラックアウトの連続でも…。
撃ってしまう人・了
※マツカの尻に敷かれたキースと、健気なマツカ。人によってはキスマツが作れそうなネタ。
撃ってしまう「人」とはキースかマツカか、解釈の方はお好みでどうぞv
