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(ジョミー…。辿り着けないのを、許して下さい…)
 もうこれ以上は進めないので、とリオは心でジョミーに詫びた。
 燃え上がり、崩れゆく地球を前にして、シドが決断した救出作戦。大気圏突入可能な船は全て、地球に残っている人間たちを救うために降下させること。
(あの船は、他に一人しか…)
 乗せられないから数に入らない筈、と小型艇で後にして来たシャングリラ。二人乗りでは、医療班の者を乗せたら定員。とても怪我人など救えはしないし、これならば、と。
(ジョミーを乗せて戻るだけなら…)
 誰も咎めはしないだろう。他の何機ものシャトルに紛れて発進しても。…「発進します」という報告も無しに、無断で船を出て来ていても。
 けれども、果たせなかった目的。
 ジョミーを捜して下りた階段、其処で出会った人類の女性。崩れて来た岩の下敷きになる所を、体当たりして突き飛ばした。
(…ジョミーを助けに下りて来たのに…)
 代わりに救った人類の女性。それは後悔していないけれど、とても見殺しには出来ないけれど。
 奪われたのが自分の身体の自由で、やがて命も消えるのだろう。岩の下敷きなのだから。此処でこうして動けないまま、意識が薄れてゆくのだから。
(……ジョミー……)
 すみません、と詫びる言葉を最後に消え失せた意識。後は闇へと落ちてゆくだけ。死の淵へと。


 その頃、地下へと続く階段の上の方では、他の船で降りたミュウたちが救助を続けていた。
 次々に現れる人類たちを船に振り分け、自力で歩けない者たちを担架で運んだりして。医療班の者たちも大忙しで、懸命に手当てをしていたけれど。
「誰か、助けて…!」
 お願い、と駆け上がって来た女性が一人。息を切らせて、涙をポロポロ零しながら。
「どうした!?」
 下に誰かいるのか、と掛けられた声に、涙交じりに答えた彼女。岩の下敷きになった青年が一人いるという。「ぼくはミュウだ」と名乗った青年、口が利けないようだった、とも。
「リオさんだ!」
「そういえば、姿を見ていないぞ!」
 大騒ぎになる中、医療班の者たちが目と目を交わして頷き合った。「下に下りるぞ」と。
 彼らが担いだ医療カプセル、重傷者がいるようならば、とシャングリラから持って来たもの。
「あと、何人か応援を頼む!」
 岩を動かさなきゃいけないからな、との声に応じた力自慢のミュウたち。肉体の力ではなくて、サイオンの力。それを使えば岩くらいは、という猛者揃い。
 彼らは懸命に階段を下りて、リオの所に辿り着いた。まだ辛うじて息はあるから…。
「仮死状態にして、それから岩を取り除く!」
「分かった、そっちの方は任せる!」
 実に素早い役割分担、医療班がリオを仮死状態に。…力自慢のミュウたちの方は岩の除去。
 リオはテキパキと救い出されて、医療カプセルに入れられた。後は担いで階段を上へ上るだけ。とにかく急げ、と走るミュウたち。階段ごと岩の下敷きになれば、二次遭難になるのだから。


 医療カプセルが地上に向かって突き進む中、リオはといえば…。
(……花畑だ……)
 死んだらこういう場所に来るのか、と花畑の中に立っていた。すぐ側に大きな虹の橋もあって、橋を渡ればきっと天国なのだろう。それは綺麗で清らかな色の橋だから。
 さて、と歩こうとしたのだけれども、何故だか先に進めない。虹の橋は其処にあるというのに。
(見えない壁があるみたいだ…)
 シールドのようなものだろうか、と手で探っても何も無い。けれど渡れない虹の橋。
 これは困った、と橋のたもとに立ち尽くしていたら、後ろからやって来たのがジョミー。
『ジョミー…!』
 すみません、と申し訳ない気持ちがMAX、もう心から謝った。
 ジョミーが天国に来るなんて。自分が助けに行けていたなら、きっとジョミーはシャングリラに生きて戻れたのに。
 けれどジョミーは怒るどころか、逆に心配してくれた。「どうして君が」と。
「君はシャングリラに残った筈だ。何故、此処にいる?」
『いえ、それが…。あなたを助けに行こうとして…』
 こういうことに、と改めて詫びたら、ジョミーに謝られた。「ぼくのせいだ」と、思いっ切り。
「来るなと言っておけば良かった。でも、もう遅いみたいだし…」
 一緒に行こうか、と指差された先に虹の橋。ジョミーと渡って行けるなら、と喜んだけれど。
 やっぱり先には進めないわけで、歩き出していたジョミーが振り返った。
「どうしたんだ、リオ?」
『…普通に歩いて行けるんですか? ぼくは此処から動けないようで…』
 地縛霊になってしまったでしょうか、と項垂れた。ずっと昔に誰かに聞いた「地縛霊」。思いを残したままで死んだら、その場所に縛られる魂。何処へも行けずに、幽霊になって。
 ジョミーを助けに行けなかった、と後悔しながら死んだわけだし、あの階段に残った魂。
 それで虹の橋を渡る資格が無いのだろうかと、此処で居残り組だろうかと。
 そうしたら…。


「其処から動けないだって?」
 まじっと見詰めるジョミーの瞳。こちらはと言えば地縛霊だし、本当に情けない気持ち。
『はい…。ですから、一人で行って下さい』
 ぼくにはかまわず、あの橋を…、と眺める先に虹の橋。妙にデジャヴがあると思ったら、まるで全く同じ展開。女性を庇って岩の下敷き、「行くんだ」と階段を上らせた時と。
 二度あることは三度ある、と聞いているから、次はいったい何が来るやら。
 天国に来てまでこうなるなんて、とリオの気分はドン底だけれど。
「なるほどね…。ちょっと相談なんだけど」
 君の身体に入っていいかな、と斜め上なことを言ったジョミー。いったいどういう意味だろう?
『…なんですか、それは?』
「君は死んではいないらしい。…かなり危ないけど、助かると見た」
 その身体を貸してくれないか、というのがジョミーの頼み。
 曰く、「トォニィに後を託したけれども、まだまだ危なっかしいから」。
 身体を貸して貰えるのならば、それで戻れるシャングリラ。要は間借りで、一つの身体に二つの魂、普段はリオで時々ジョミー。
『ああ、そういう…。ぼくの身体が役に立つなら…』
 喜んで、と受けたジョミーの申し出。ジョミーの役に立てるのだったら、「時々ジョミー」でもかまわない。時々どころか毎日だって、とジョミーと並んで歩き始めた。
 天国に向かう虹の橋とは反対に。ジョミーが「こっちだ」と言う方向へ。
 其処を暫く歩いて行ったら、バッタリ出会った長老の四人。それにキャプテン。
(…みんな、ジョミーを助けようとして…)
 死んだと言うから、今度は自分から持ち掛けた。「ぼくと一緒に帰りませんか」と。
『ぼくの方なら、時々リオでいいですから。…普段はジョミーやキャプテンたちで』
「それは有難い。シドもいいキャプテンにはなりそうだが…」
 直接指導をしてやれるなら、と乗り気になったキャプテン・ハーレイ、長老たちも頷いた。若い者たちだけの船では、何かと付き纏うのが不安。
 それを一気に払拭するなら、「時々キャプテン」だの、「時々ゼル」がいいだろう、と。


 そんなこんなでワイワイガヤガヤ、賑やかに戻って行った道中。
 「グランド・マザーは往生際が悪かった」だの、「いやいや、油断し過ぎじゃろ」だのと、地の底で起きた出来事なんかをネタにしながら。
 どうしたわけだか、キースには出会わなかったのだけれど。
 人類だから別のルートで行ったか、あるいはサムやマツカの迎えで直行便で…。
「あたしたちみたいに歩いてないって言うのかい?」
 天使様のお迎えで空を飛んでったかねえ…、とブラウが笑って、皆で振り返る虹の橋。キースは空を飛んで行ったかと、「人類のくせに、セコイ手を」と。
 もっとも、こっちはテクテク真面目に歩いたお蔭で、魂だけは戻れそうだけど。
 一人の身体に魂が七つ、間借り人が全部で六人だから…。
『時々ジョミーもいいんですけど…。いっそ一日ジョミーなんかはどうでしょう?』
 ぼくも含めて七人ですから、とリオが考え付いたこと。
 七人がそれぞれ一日ずつなら、上手い具合に一週間。「時々ジョミー」だの「時々キャプテン」だので仲間が無駄に混乱するより、一日交替でどうだろうか、と。
「そりゃいいわい。ワシなら一日ゼルなんじゃな?」
「私は一日エラなのですね。確かに効率が良さそうです」
 そのやり方に賛成です、とエラも言ったし、ヒルマンたちも異存は無かったものだから…。


「シャトル、全機、回収しました」
 仮死状態のリオが入った医療カプセル、それも乗っけて地球を離れたシャングリラ。
 「百八十度回頭」というトォニィの声で、燃え盛っている星を後にして。
 リオの治療はノルディが頑張り、身体の方もリハビリをすれば元通りに動くことだろう。当分は意識が戻らなくても、もう安心だと医療班たちもホッと一息。
 そうやってリオの身体が昏々とベッドで眠る間に…。
『ジョミーは何曜日を希望ですか?』
 一日ジョミーは何曜日が一番いいでしょうか、と意識の底でリオが予定を調整中。目が覚めたら七人で一人なのだし、今の間にキッチリ決めておかないと、と。
「うーん…。何曜日にしようかなあ…。ハーレイ、君は何曜日がいい?」
「そうですね…。ブリッジの普段の様子からして…」
 この辺で、と真面目にやっているのがソルジャーとキャプテン、その一方で…。
「ワシは当分はサボリじゃ、サボリ! この年でリハビリはキツイわい!」
「私もだよ。…ゼルと私は曜日だけ決めて、リハビリ中はリオに任せてだね…」
 当分の間、「一日ヒルマン」は出番無しでいい、という怠惰な面子が現れるのも、平和になった証拠だろう。これが地球に行く前の段階だったら、そんな我儘など言えないから。
『分かりました。リハビリ、頑張ります!』
 一日も早く車椅子とか松葉杖から卒業します、とキリッと敬礼、真面目なリオ。


 やがてシャングリラは、その温厚なリオに支配されてゆくことになる。
 「本日、ジョミー」だとか、「本日、キャプテン」と書かれた名札を付けた青年に。
 思念波でしか喋らないけれど、誰が聞いてもソルジャー・シンだの、キャプテン・ハーレイその人としか思えない喋りをするリオに。
 リオの中には、七人もいるものだから。
 ソルジャーを継いだトォニィでさえも絶対服従、そんな「グランパ」までいるのだから。
「グランパ、明日の会議のことなんだけど…」
『すまんのう、今日はワシの日なんじゃ』
 ほれ、と胸の名札を指差すリオ。其処には「本日、ゼル」の名札が。
「で、でも…。ぼくはグランパに…」
『そういうことなら、分かっておるじゃろ?』
 世の中、上手く渡りたかったら袖の下じゃ、と「一日ゼル」が欲しがる酒。合成物はいかんと、他人にものを頼むのだったら、上等のを、と。
「分かったよ…!」
 これでいいかな、とトォニィが渡したブランデーのボトル、それを受け取るなり…。
『トォニィ、今日は何なんだ?』
 ぼくにもオフの日があって…、と登場したのがソルジャー・シン。
 これまた「オフに呼び出されたから」と賄賂を要求、至極当然という顔をして。
 それでも誰もが頼りまくりの、「リオの中の人」。
 訊きさえしたなら、何でも答えが返るから。
 ソルジャー・シンにキャプテン・ハーレイ、長老の四人と、生き字引のような人間だから。
 本家本元のリオの日にだって、バンバンと入る「他の誰かを出してくれ」というリクエスト。
 もちろんリオは断らないから、もうシャングリラの影の支配者。
 温厚なリオに、そういう自覚は無いけれど。…いつもひたすら腰が低くて、譲りまくりの自分の身体。「ぼくでお役に立つんなら」と。
 「どうぞ遠慮なく使って下さい」と、「お役に立てて嬉しいです」と…。

 

          人のいいリオ・了

※イロモノ時代からの最古参の読者、I様の素朴な疑問。「リオ、忘れられていませんか?」。
 「シャトルを全機回収したなら、いないとおかしい」という最終話。
 そういう風にも見えるわな、と思ったトコから出来たお話。これも一種の生存ED…。







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「セキ・レイ・シロエが逃亡しました」
 その声で我に返ったキース。
 いつの間にやら消え失せていた、マザー・イライザが紡ぐ幻影。それに姿も。
 「追いなさい」と命じる冷たい声。
 いったいシロエは何処へ逃げたのか、此処から何処へ行けるというのか。
 E-1077の周りは宇宙で、行ける場所など無いのだから。
 それにシロエはまだ…、と考えたけれど。
「反逆者を逃がすわけにはいきません。…命令です」
 マザー・イライザの声で気が付いた。
 シロエが逃げ出した先は「宇宙」なのだと。
(……シロエ……)
 そんな、とグッと握り締めた拳。
 マザー・イライザが言う「反逆者」。
 もうそれだけで決まったも同じな、シロエの運命。
 反逆者という言葉が指すのは、「SD体制に逆らう者」。
 そうなったならば、ただ「処分」されるだけ。
 まして逃亡したとなったら、言い逃れる術は無いだろう。
 …どんなに庇い立てしても。
 メンバーズに決まった自分の将来、それを振りかざして庇おうとも。
(…マザー・イライザ…)
 仰いでも、其処にあるのは彫像。さっきまでの幻影とは違う。
 消えてしまったマザー・イライザ、「話を聞く気は無い」ということ。
 ただ命令に従えとだけ、その彫像が無言で告げる。
 それが使命だと、「行きなさい」と。
 ならば、行くしかないのだろう。
 心は「否」と拒否していても。…この身がそれを拒絶していても。


 誰かが代わってくれればいい。誰でもいいから、と乱れる心。
 マザー・イライザのいる部屋を出た後、格納庫へと向かう途中で。
(…反逆者を追うだけならば…)
 なにも自分でなくともいい筈、もっと相応しい者たちが存在している筈。
 シロエを逮捕し、連れ去って行った保安部隊の隊員たち。
 彼らだったら迷うことなく、シロエを追ってゆけるだろう。
 飛び去った船を見付け出したら、容赦なく処分出来るのだろう。一瞬の内に。
(…マザー・イライザは……)
 あの場では何も言わなかったけれど、シロエを「処分」するつもり。
 シロエが戻らなかったなら。
 E-1077に戻ることを拒み、そのまま宇宙を飛び続けたら。
(……戻ってくれれば……)
 あるいは道があるのだろうか、望みが残っているのだろうか。
 皆の記憶から消されたシロエが、反逆者になったシロエが生き残れる道。
 生涯、幽閉されようとも。
 厳重に監視された部屋から、一歩も出ることは叶わなくても。
(…メンバーズなら…)
 何か手立てがあるのだろうか、候補生の身では無理なことでも。
 此処を卒業してメンバーズの道に足を踏み入れたら、打つ手が見付かるのだろうか…?
(…今のぼくには…)
 まだ分からない、メンバーズのこと。
 どれほどの権限が与えられるのか、マザー・イライザにも命令できるのか。
 そうだと言うなら、全ての希望が潰えてはいない。
 もしもシロエを連れ戻せたら。
 …自分がメンバーズの道を歩み始めるまで、シロエが生きていてくれたら。


 夢物語だ、と自分でも分かる。
 マザー・イライザは、其処まで甘くはないだろうと。
 たとえシロエが戻ってくれても、即座に奪われるだろう命。
 保安部隊に引き渡したなら、その日の内に。
 候補生たちの目には入らない何処か、其処で撃ち殺されてしまって。
(…今のぼくには、まだ止められない…)
 いくら将来が決まっていたって、今の身分は候補生。
 保安部隊の者たちの方が、遥かに力を持っているから。…このE-1077では。
(どうして、彼らが行ってくれない…!)
 自分よりも力を持つというなら、彼らがシロエを追えばいい。
 そして仕事をすればいいのに、どうして自分が選ばれるのか。
 他に適任者が大勢いるのに、一介の候補生などが。
(…マザー・イライザ…!)
 何故、と苛立ち、歩く間に、通路に倒れた者を見付けた。
 明らかに保安部隊の所属だと分かる、その制服。
(さっきの精神攻撃で……)
 そういえば皆、倒れたのだった。…自分以外は一人残らず。
 過去の幻影に囚われたように、誰もが子供に返ってしまって。
 目には見えないオモチャで遊んで、無邪気な笑顔で床へと座り込んだりして。
 精神攻撃が遮断されたら、糸が切れたように倒れた彼ら。
 今のE-1077には、自分の他には誰一人いない。
 シロエを追ってゆける者は。
 逃亡者を乗せて宇宙をゆく船、それを追い掛けて飛び立てる者は。


(…そういうことか…)
 誰もいないのか、と噛んだ唇。
 一人でも残っていたのだったら、捕まえて押し付けるのに。
 「反逆者を追う」という自分の役目。
 お前がすべき仕事だろうと、「直ぐに飛び立て」と、張り飛ばしてでも。
(…後で、コールで叱られても…)
 その方が遥かにマシに思える、自らシロエの船を追うよりは。
 シロエを連れて戻ってみたって、彼の命を救えはしない。
 微かな望みに賭けるしかなくて、自分が正式にメンバーズになるまで彼が生きていたなら…。
(救い出せる道があるかもしれない、というだけで…)
 その道も本当にあるかどうかは、メンバーズになってみないと何も分からない。
 マザー・イライザのそれを越える権限、逆に命令できる力を得られるか否か。
(…連れて戻って、それでどうする…?)
 処分されると承知の上で、保安部隊にシロエを引き渡すのか。
 それとも彼らとやり合った末に、自分の部屋へと匿うのか。
(…二人くらいなら…)
 多分、一人で倒せるだろう。
 けれど束になって来られたならば、武器を持たない自分は勝てない。
 候補生の身では持てない武器。
 使い方は何度も教わったけれど、腕は彼らより上なのだけれど。
(……くそっ……!)
 駄目だ、と通路の壁へと叩き付けた拳。
 どう考えても、シロエを生かす術など持っていないから。
 連れて戻れても、シロエ自身の運に賭けるしかなさそうだから。


 それでも幾らかは残った望み。
 シロエが此処に戻ってくれたら、微かな希望があるかもしれない。
 即座に殺されなかったら。…幽閉される道であろうと、生きてくれたら。
(…だが、シロエが…)
 素直に戻ってくれるとは、とても思えない。
 「機械の言いなりになって生きる人生」、そんなものに意味は無いとシロエは言ったから。
 命など惜しくないとばかりに、言い捨てたのがシロエだから。
(……戻らないなら……)
 どうなると言うのか、自分がシロエを追って行ったら。
 保安部隊の者たちの代わりに、武装した船で飛び立ったなら。
(……ぼくが、シロエを……)
 殺すしかないと言うのだろうか、シロエの船を撃ち落として…?
 訓練では何度も使ったレーザー砲でロックオンして、発射ボタンを押し込んで。
(…それだけは…)
 嫌だ、と叫び出したくなる。
 そのくらいなら連れて戻ると、なんとしてでもシロエの船を、と。
 シロエは船には慣れていない筈で、拙いだろう操船技術。
 まだ訓練飛行が出来る年ではないから、どうやって宇宙へ飛び立てたのかも不思議なほど。
 ただ、「やりかねない」と思うだけ。
 E-1077を、マザー・イライザを嫌い続けた彼ならば、と。
 自分の年では乗れない船でも、夢見て一人で重ねた訓練。
 公式なシミュレーターさえも使わず、恐らくは個人練習用の…。
(シミュレーションゲーム…)
 それで習得したのだろう。
 航路設定も、発進準備も、何もかもを。
 今日が初めての宇宙なのだろう、自分の力で飛んでゆくのは。


(…停船してくれ…!)
 そう呼び掛けたら、シロエは応じてくれるだろうか。
 闇雲に先へと飛んでゆかずに、船は停まってくれるだろうか…?
(…撃ち落とすよりは…)
 船を連行して戻れたら、と願いながら着けてゆく宇宙服。
 シロエもこれを着けただろうか、操縦するなら必須とされている宇宙服を。
 それとも着けずに飛び出したろうか、此処から逃げることに夢中で。
(…とにかく、シロエを連れ戻せたら…)
 答えは出る、と無理やり思考を前へと向ける。
 でないと、とても追えないから。
 最悪のケースばかりが浮かんで、発進準備も出来ないから。
(…頼む、停まってくれ…!)
 シロエ、と船に乗り込んでゆく。
 武装している物騒な船に。
 その気になったらシロエの船を、一瞬で落とすことが可能な保安部隊の船に。
 微かな望みに賭けるしかない、今の自分。
 シロエの船を連れて戻れて、シロエが直ぐに処分されずに生き延びること。
 それにメンバーズが得られる権限、自分の力がマザー・イライザを超えること。
 全ては夢物語だけれども、そうでもしないとシロエを追えない。
(…いくら未来のメンバーズでも…)
 こんなケースは習っていない、と整えてゆく発進準備。
 シロエが停まってくれたらいい。…最悪のケースを免れたなら、と。
 戻る時には、船が二隻に増えていたならいい。
 微かな望みをそれに繋ぐから、シロエの船を連れて此処へと戻りたいから…。

 

         追いたくない船・了

※シロエの船を追う前のキース。「追いなさい」の時点で既に拳が震えていたわけで…。
 追ったらどうなるか分かっていた筈、と思ったら書きたくなったお話。若き日のキース。






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(…なんか、気味悪いことになってる…)
 この船、こんなだったっけ、とジョミーが見回したシャングリラの中。
 ソルジャー候補になって長いけれども、今日は船の中の様子が違う。
 あっちもこっちもカボチャだらけで、カボチャだけなら、まだいいけれど。
(どのカボチャにも、顔…)
 ゲラゲラ笑っている顔だとか、悪魔みたいに裂けた口とか。
 そういうカボチャが船にドッサリ、通路にも、広い公園にだって。
 かてて加えて、オバケだとしか思えない飾りが沢山。骸骨にゾンビ、どう見てもオバケ。
 昨日は普通の船だったのに、と首を捻りながら通路を歩いていたら…。
「うわあぁぁっ!?」
 いきなり頭から赤いケチャップをぶっかけられた。…それもバケツで。
 顔さえ見えない仮面を被った、魔法使いみたいな衣装の誰かに。
 何するんだよ、と怒鳴り付けたら…。
「なんじゃ、ハロウィンを知らんのか?」
 仮面の人物がゼルの声で喋った。ケチャップのことなど、謝りもせずに。
「……ハロウィンって?」
「ヒルマンに聞いておらんようじゃな、日頃、サボッてばかりじゃからのう…」
 講義をサボるからそうなるんじゃ、とゼルは説教をかましてくれた。トマトケチャップが入ったバケツを抱えたままで。
 曰く、ハロウィンというのは10月31日のイベント。
 人間が地球しか知らなかった時代に生まれた行事で、大晦日のようなものだと言う。
「…大晦日?」
 それは12月31日のことを言うんじゃあ…、と不思議だけれど。
「人類の世界ではそうなっておるな、奴らは野蛮人じゃから」
 文化とは無縁な奴らなのじゃ、と胸を張ったゼル。
 その点、ミュウは文化的だと、遠い昔の文化をきちんと守っていると。
 ハロウィンと言ったらカボチャにオバケで、新年を迎えるための清めの行事なのだと。


 ヒルマンの代わりに、延々とゼルが垂れた講釈。
 ハロウィンはシャングリラの一大イベント、暦は此処で切り替わるもの。
(…明日になったら、この船の中では新年で…)
 年内の穢れを持ち越さないよう、互いに穢れを祓うのだという。
 出会い頭に色のついた水や、赤いケチャップなどを浴びせて。…だから頭からぶっかけられた。
(…ソルジャーでも、ヒラでも、関係なくて…)
 とにかく派手にぶっかけるべし、と皆が用意をしているらしい。色つきの水や、ケチャップを。
 気合の入った輩になったら、緑色に染めたビールなんかも。
(…船中に飾った、カボチャのランタンとか骸骨とかは…)
 新年になって日付をまたぐ前に、公園で焚火に投げ込むものだと教えられた。
 船中の穢れを吸い取ったカボチャ、それに骸骨なんかの気味悪い飾り。
(気味が悪いほど、うんと沢山…)
 穢れを吸い取ってくれるらしいし、カボチャのランタンは「大きいほど」穢れがよく取れる。
 ゆえに「より大きな」カボチャを求めて、皆がカボチャを育てる船。
 一年に一度のハロウィンのために、素晴らしい新年を迎えるための日に備えて。
(……うーん……)
 シャングリラにはこんな行事があったのか、とケチャップまみれの服を着替えに戻ろうと通路を歩いていたら…。
「「「トリック・オア・トリート!」」」
 子供たちの可愛い声が響いて、ドパアッ! と食らった色つきの水。
 赤に黄色に、緑に青に。…もうとりどりに激しい色のを、子供たちが持ったバケツの数だけ。


「え、えっと…?」
 今のはなに、と目を丸くしたら、子供たちは一斉に手を差し出した。「お菓子、頂戴」と。
(…お菓子?)
 なんでお菓子、と瞳をパチクリ、さっぱり意味が分からない。
 頭から浴びた色水の意味なら、さっきゼルから聞いたけれども、お菓子は知らない。
 そうしたら…。
「知らないの、ジョミー? 子供は天使みたいなもので…」
 大人よりもずっと穢れを祓うパワーが強いの、と得意そうなニナ。
 だから子供に色つきの水をかけて貰ったら、お礼にお菓子を渡すもの。「ありがとう」と。
「…そ、そうなんだ…。でも、ぼくは今…」
 お菓子なんかは持ってなくて、と慌てるしかない今の状況。
(ヒルマンの講義、真面目に聞いておけば良かった…)
 このシャングリラの年中行事について、馬鹿にしないで、全部きちんと。
 大晦日が10月31日だとか、ハロウィンとやらに関するあれこれ。
「ジョミー、お菓子を持っていないの?」
 せっかく水をかけてあげたのに、と不満そうな顔の子供たち。「かけて損した」と。
「ご、ごめん…。ツケにしといて!」
 次に会った時に渡すから、と謝った途端、子供たちはパアアッと笑顔になった。
「やったね、ツケだとトイチなんだよ!」
「十日で一割の利子がつくのがトイチなの!」
「ハロウィンのお菓子をツケにした時は、一時間で一割の利子になるから!」
 じゃあねー! と走り去った子供たち。
 一時間ごとに一割の利子で、あの数の子供たちだから…。
(……ぼくの立場、メチャメチャ、ヤバイんじゃあ……?)
 それだけの菓子を食堂で調達したなら、今月の小遣いは消し飛ぶだろう。今から着替えて、また食堂まで出直す間に時間が経ってゆくのだから。


 なんて船だ、と思うけれども、講義を聞かなかった自分が悪い。
 シャングリラはミュウの箱舟なのだし、人類の世界とは違って当然。
(ハロウィンなんかは、聞いたこともないから…!)
 本当に意味が不明だってば、と重たい足を引き摺る間に、次から次へと浴びせられる水。それにケチャップ、緑色に染めたビールもあったし、ワケワカランといった感じの水かけイベント。
(おまけに全員、仮装していて…)
 誰が誰だか分からないのが、また悲しい。
 真っ青に染めた合成ラムをかけて行ったのは、体格からしてハーレイだけれど。
(…あの格好も謎だってば…)
 首にぶっといボルトが刺さって、顔に縫い目があるなんて…、とジョミーには謎な、ハーレイの仮装。いわゆるフランケンシュタインなるもの、遠い昔で言ったなら。
(ケチャップを思い切りぶっかけてくれて、白いシーツを被ってたのは…)
 ソルジャー・ブルーじゃなかろうか、と思うけれども、確証は無い。
 とにかく船中がお祭りムードで、ハロウィンを知らない自分一人だけが…。
(仮装用の服も持っていないし、水かけ用のバケツも、それにケチャップも…)
 無いんだってばー! と叫んでみたって、既に手遅れ。
 船はすっかりカボチャまみれで、あちこちに飾られた骸骨などの不気味な飾り。
 新年を迎える焚火に火を点け、ああいったものを投げ込んで穢れを祓い終えるまでは…。
(…ぼくだけ、普通の格好で…)
 色水やケチャップなどにまみれて、子供たちには菓子という名の借りが山ほど。
 人類の世界には無かったハロウィン、もっと勉強するべきだった、と泣きの涙で。
 10月31日が終わる時まで、受難が続いてゆくフラグ。
 何処か間違って伝わったらしい、ミュウたちが盛大に行うハロウィン。
 新年を迎えるためのイベント、船中がカボチャや骸骨にまみれる一日が幕を閉じるまで…。

 

         ハロウィンの船・了

※シャングリラで行われているハロウィン。人類の世界には無かった文化に途惑うジョミー。
 何か色々と間違えまくりのイベントですけど、資料を収集している間に事故ったのかも。






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(ジョミー…。みんなを頼む!)
 それがブルーの最期の思念。メギドの制御室で起こしたサイオン・バーストの中で。
 キースは逃がしてしまったけれども、メギドは沈められる筈。「これでいい」と満足しながら、意識は闇へと落ちて行って…。
(…なに?)
 ぼくは、とキョトンと見詰めた両手。その手から消えていた白い手袋。
 素手だというのも驚きだけれど、自分の手にしては小さいような…、と見詰めていたら。
「助けて! 殺さないで!」
 そう聞こえた悲鳴、反応したのがソルジャーとして鍛えた精神。「誰か危ない」と、急いで助けなければと。女性の声だ、と顔を上げたら向こうで震えている看護師。「殺さないで」と。
(……成人検査?)
 それもぼくのだ、と気が付いた。どうしたわけだか、遡った時間。死ぬ前に見る走馬灯なのか、あるいはこれが現実なのか。
(…どっちにしても…)
 同じ轍を踏んではたまらないから、急いで逃げることにした。此処にいたなら、じきに警備員がやって来る。銃を手にして、撃ち殺そうと。「何もしない」と言っても問答無用で。
(その前に…!)
 飛ぶなら上だ、と一瞬でかました瞬間移動。サイオンは鈍っていなかった。いや、なまじ身体が若い分だけ、前よりも強いかもしれない。
 楽々と飛べた建物の屋上、監視カメラは無いようだから…。
(やたらとリアルな走馬灯だ…)
 こういう風に生きたかったという夢だろうか、と上半身に貼られたパッドを剥がしてポイ捨て。こんなパッドまで貼ったりするから、健康診断の一種だと思い込んだんだ、と。
(まさか記憶を消去だなんて…)
 誰が気付くか、と探った自分の記憶。成人検査の前の記憶は無かった。いくら夢でも、そうそう上手くはいかないのだろう。奪われた過去を取り戻すなんて。


 仕方ないな、と溜息をついて、屋上の隅っこに座り込んでいたら…。
「そっちにいないか!?」
「早く見付けて取り押さえろ!」
 ガヤガヤと声が聞こえて来たから、これはヤバイと逃げ出した。空を飛ぶより瞬間移動、と遥か離れた建物へと。
(…夢じゃなかったのか!?)
 どうやらこれは現実らしい、と見回した周り。とりあえず飛び込んだ建物の中は、普通の会社の類っぽいもの。サイオンでザッと見た感じでは。
(ぼくは時間を遡って…)
 アルタミラまで戻ったのか、と眺めた壁のカレンダー。どう見ても年号がそうだから。
 神の悪戯か、それとも奇跡か、過去の時空で生きている自分。メギドで死んだと思ったのに。
 ついでにすっかり若返っていて、十四歳だった頃の子供の身体。色素は記憶と一緒に失くして、アルビノになってしまったけれど。
(そういうことなら…)
 人生、此処からやり直しだ、と固めた決意。
 成人検査を受けてそのまま捕まるコースは免れたのだし、暫くは潜伏するべきだろう。何処かに隠れて様子見の日々、人類がどう動くのか。
(…その前に…)
 何か食べたい、と覚えた空腹。成人検査の待ち時間には絶食だったし、メギドで死んだと思った自分も体力を使い果たしていたし…。
(……会社だったら……)
 ある筈なんだ、とサイオンで探って見付けた食堂。幸い昼時、次から次へとトレイを並べているようだから…。
(一つ貰って、食べて返しておいても…)
 バレるわけがない、と失敬した社員食堂のランチ。トレイごと瞬間移動で運んで、潜んだ部屋で美味しく食べた。なかなかにいける味だったから…。


(この建物で暮らしていたなら、食べ物の心配は無さそうで…)
 二十四時間、誰かが働いているらしい大きな会社。空き部屋も倉庫も幾つもあるから、コッソリ住むには丁度いい。これだけの規模ならバスルームだって…。
(誰が使ったか、細かくチェックはしない筈…)
 此処に決めた、と定めた根城。そうと決まれば衣類も欲しいし、あれもこれも、と手に入れた。潜伏生活に必要な物を、瞬間移動で調達して。
(ぼくが隠れている部屋には…)
 誰も近付く気を起こさないよう、きっちりシールド。お蔭で夜はぐっすり眠れて、次の日の朝も目覚めスッキリ。数日経っても、まるでバレない居候。
(ぼくが逃げ出した件は、どうなったかな?)
 ちょっと調べに、と成人検査を受けた建物に忍び込んだら、まだ捜してはいたものの…。
「あのガキ、何処かで死んだんじゃないか?」
「そうかもなあ…。宇宙に飛び出しちまったんなら、死体も見付からないだろうし…」
 面倒だからそれでいいか、と報告書を書くつもりの職員たち。「ミュウらしき者」が成人検査に引っ掛かったものの、行方不明で恐らく死亡、と。
(…ふうん?)
 そうなると、この先の流れも変わる、と踏んだブルーの考え通り。
 何年も次のミュウは出なくて、成人検査をしている人類の方も至ってのんびり。お蔭でブルーも潜伏生活を平和に生きて、見た目がソルジャー・ブルーだった頃と同じ姿に育ったから…。
(此処で年齢を止めないと…)
 よし、と若さを保つことにした。これだけ育てば、いつでもソルジャー・ブルーになれる。服や小道具さえ揃ったら、と考えたものの、一向に来ない殺伐としていたアルタミラ時代。
(…三食昼寝付きで、おやつもオッケー…)
 いったいどんな天国なんだ、と自分でも溜息が漏れるほど。
 同じアルタミラでも、こうも違うかと。人体実験の欠片も無い上、本当に三食昼寝付き、と。


 そうやって何年も暮らし続けて、ようやく二人目のミュウが出た。若き日のゼルが引っ掛かってしまった成人検査。けれど「危険に見えた一人目」は死んでいるわけだから…。
(…人体実験の代わりに、経過観察…)
 しかも檻にも入れていないし、とブルーも驚くゼルの待遇。成人検査を受けた施設に留め置き、教育ステーションに進めないだけのゼルの毎日。これまた三食昼寝付きで。
 やがてヒルマンが、ハーレイが、エラがブラウがと検査に引っ掛かったけれども、ゼルと同じく経過観察。「ミュウと人類は何処が違うのか」と見ているだけの人類たち。
(…これだと、ぼくが疫病神だったみたいな感じで…)
 「死んだ」方へと行っていたなら、他のミュウたちに「アルタミラの地獄」は無かったらしい。それを思うと申し訳なくて、一日も早く「仲間たち」を地球へ連れて行きたいところ。
 自分が「下手をこいた」ばかりに、苦労をかけたゼルやハーレイたち。ジョミーの時代はアテにしないで、自分の代で地球に行き着いてこそ。
(まずはシャングリラをゲットしないと…)
 あの船だな、と既に狙いはつけてある。コンスティテューションという、聞き覚えのある名前を持った船。それが宙港に出入りしているから、いずれ頂戴する予定。
(面子が揃いさえしたら出発だ!)
 ゼルの弟のハンスが来たら、と待っている内に、ハンスも検査に引っ掛かったから決行の時。
 コンスティテューション号の入港を待ち、乗組員の意識を操作して色々な物資を積み込ませた。当分は補給要らずで生きてゆけるよう、たっぷりと。
 それが済んだら「ご苦労」と船から降りて貰って、お次は仲間を迎える番。
 ミュウの仲間たちが経過観察中の建物、其処へ瞬間移動で飛び込んで行って、思念で一瞬の内に伝えた行動。「脱出する!」と、「ぼくに続け」と。
 人類の方では「ミュウの集団脱走」などは想定外だし、「待て、止まれ!」などと右往左往する内に逃げられたというオシャレな展開。銃さえ向ける暇も無いまま。
 建物の外は普通の道路で、そんな所で発砲したら一般人を巻き込んでしまうわけだから…。


「早く、こっちだ!」
 急いで、と皆を引き連れて走って、大型バスに乗り込ませた。これまた用意してあったバスで、運転手の意識は支配済み。バスは何台もあるのだけれど。
 それを連ねての宙港入りで、そちらにも手を回しておいた。「ミュウが逃げた」という連絡など入らないよう、通信機器に細工をして。
 お蔭でバスは全て宙港のターミナルビルに横付け、皆、悠々と降りて船へと移動。乗り込んだら次は役の割り振り、「操縦は君に任せる」だとか。
 必要な知識は既にゲットで、思念波で相手にコピーするだけ。ハーレイが、ゼルが、ブラウがと順に持ち場に着いたら、その後は…。
「行こう、キャプテン!」
「はい! シャングリラ、発進!」
 船の名前まで立派に変わって、コンスティテューション改めシャングリラは離陸して行った。
 メギドの炎を食らいもしないで、悠然とアルタミラの空に向かって。
 脱出したら、お次は船の改造なのだけど…。
「あんた、やるねえ…。名前はなんて言うんだい?」
 ブラウが利いてくれたタメ口、そう言えば見た目は彼らと変わらない年だった。ウッカリ下手に訂正したなら「年寄り」確定、それは嫌だから「ブルー」と名乗って年齢のことは知らんぷり。
 「少し前に成人検査を受けたかもね」と誤魔化した。
 それでもやっぱり「ソルジャー・ブルー」で、船の改造も手順は頭に入っていたから、サクサク進んで白い鯨が見事に完成。
「ソルジャー、次はどうするんです?」
 この船だったら、もう何処へでも行けますが、とキャプテン・ハーレイが言うものだから…。
「手近な星を一つ落とそう。其処で地球の座標を手に入れる!」
 あの星がいい、と指示した雲海の星、アルテメシア。
 なにしろ長年馴染んだ星だし、テラズ・ナンバー・ファイブの手の内だって分かる。今なら若い身体だからして、ジョミーに負けてはいないから…。


 いきなり現れたミュウの母船に、アルテメシアの人類軍はアッサリ敗北した。
 ソルジャー・ブルーが知り尽くしていた彼らの戦法、頼みの綱の衛星兵器は破壊された後で手も足も出ない。爆撃機だって、シールドとステルス・デバイスのお蔭で役立たずだから。
「これが地球の座標か…」
 よろしく頼む、とキャプテンの肩を叩いたブルーは、テラズ・ナンバー・ファイブを壊した後。人類軍の情報は山ほど手に入ったから、もうこの先は負け知らずで行ける。
「ソルジャー、他にも船を貰って行きませんか?」
 艦隊を組んで行きましょう、というキャプテンの案に頷き、使えそうな船を頂いて…。
 それからの道は行け行けゴーゴー、なんと言ってもフィシスさえ生まれていない時代のこと。
 フィシスの遺伝子データを元にしてキースを作っているわけがないし、人類の指導者はヘタレな元老たちだけ。「ミュウの艦隊が来た」と聞いたら、もう我先に逃げ出すような。
 そんなわけだから、見る間に地球まで行けてしまって、グランド・マザーの方だって…。
(…ぼく一人でも、やれば出来るということか…)
 どうやら勝ってしまったようだ、とブルーが溜息で見下ろす瓦礫の山。
 グランド・マザーは倒したけれども、憧れの地球が無かったから。青い筈の地球が。
(……人生、やり直してみても……)
 最後の最後でズッコケるのか、と失望しか覚えない死の星な地球。
 けれども肉眼で見られたわけだし、「地球を見たかった」という悲願は叶ったのだから…。
(…これでフィシスさえ生まれていれば…)
 幻とはいえ青い地球にトリップ出来たのに、と心で愚痴るブルーを乗せてシャングリラは地球を離れて行った。
 「百八十度回頭!」というブルーの号令で。「もう、ぼくたちに出来ることは何も無い」と。
 グランド・マザーを失った地球は鳴動しているけれども、人的被害はゼロだから。人類はとうに逃げ出した後で、ミュウの方でも、降りたのはブルーだけだったから。
(…行こう、ぼくたちの…。人の未来へ)
 行くしかないんだ、とブルーは前を見詰め続ける。
 きっといつかは、地球だって青く蘇るから。
 自分が人生やり直したように、死の星の地球も、青い水の星に戻れる日が来るのだろうから…。

 

        やり直した人生・了

※タイムリープはジョミーで書いたし、ブルーだったらどうなるんだろう、と考えただけ。
 そしたらメギドも出なかったというオチ、やっぱり「ブルー最強」なわけ…?






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(…何もかも、此処に書いてあるのに…)
 だけど見えない、とシロエが見詰める本。
 E-1077の個室で、与えられた机の前に座って。
 成人検査で奪われた過去と、優しかった両親と、懐かしい故郷。
 子供時代は消えてしまって、一冊の本が残っただけ。
 この本は宝物だから、と鞄に詰めて家を出た本。両親に貰った大切な本。
(……ピーターパン……)
 幼かった頃から夢見た少年、永遠に年を取らない子供。
 ネバーランドから夜の空を駆けて、子供たちを迎えに来る少年。
 いつか会えると信じていた。
 「いい子の所には、ピーターパンが迎えに来るんだよ」と。
 その日に備えて準備したこと、それは覚えているけれど。
 ピーターパンと一緒に夜空を駆けてゆこうと夢を描いたのも、確かに自分なのだけど。
(……ピーターパンも、ネバーランドも……)
 見えてこない、と穴が開くほどに見詰め、ページをめくってゆく。
 ピーターパンの本に書いてあること、それが鮮やかに見えてくれない。
 空を駆けてゆくピーターパンの姿を、自分はいつでも夢に見られた筈なのに。
 背に翅を持ったティンカーベルも、悪い海賊のフック船長だって。
(この本を開きさえしたら…)
 其処にあった、と思う夢の国がネバーランド。
 今も昔と同じに夢見て、出来ることなら行きたい場所。
 牢獄のようなE-1077から夜空を駆けて、ピーターパンと一緒に飛んで。
 …残念なことに、此処に夜空は無いけれど。
 漆黒の闇が広がる真空の宇宙、そんな場所では誰も飛べないのかもしれないけれど。
 ピーターパンも、背に翅を持つ小さな妖精のティンカーベルも。


 そういうことなら、それも仕方ないと諦めるけれど。
 此処からネバーランドに繋がる道は無いのだ、と諦めるしか無さそうだけども。
 なにしろ、此処には無い太陽。
 中庭に人工の夜はあっても、人工の朝が訪れはしても、無いのが「夜明け」。
 太陽は何処からも昇って来なくて、ただ照明が灯るだけ。
 夜の間は暗かった中庭、其処を明るく照らし出すように。
 まるで本物の朝が来たように、徐々に明るさを増してゆく光。
 けれども何処にも太陽は無くて、訪れはしない「夜明け」というもの。
 つまり「本物の朝」が無いわけで、本物の朝が来ないなら…。
(…二つ目の角を右へ曲がって、後は朝までずっと真っ直ぐ…)
 そうやって進んでゆけはしないのだし、開かないネバーランドへの道。
 ネバーランドへの行き方はこう、とピーターパンの本に書いてあるから。
 「二つ目の角を右へ曲がって、後は朝までずっと真っ直ぐ」と。
(…朝が無いから、いくら歩いても…)
 けして着けない「朝」という場所。
 「朝まで真っ直ぐ」進んで行ったら、ネバーランドに行けるのに。
 二つ目の角を右へ曲がって、朝まで真っ直ぐ行くだけなのに。
(…それが出来ない場所だから…)
 ピーターパンもティンカーベルも飛んで来ない、と思うことは出来る。
 朝が無い上に、夜空でもない真空の闇に包まれていては。
 そんな所に囚われていては、ピーターパンも来られないのだと。


 出来ることなら、そう思いたい。
 ネバーランドへの道も閉ざされた、呪われた場所に囚われの自分。
 朝が来ないから自分で歩いてゆけはしないし、空が無いからピーターパンも来られない。
 どう頑張っても辿り着けない夢の国だから、ネバーランドも見えないのだと。
 …こうやって本を開いてみても。
 穴が開くほどピーターパンの本を見詰めても、夢の国は其処に無いのだと。
(…ティンカーベルも、フック船長も…)
 何も見えない、と胸が塞がれるよう。
 故郷では、この本を広げただけで飛べたのに。
 身体は故郷の家にあったソファ、その上にコロンと転がっていても。
 床の絨毯に座っていたって、心は自由に羽ばたいてゆけた。
 本の向こうのネバーランドへ、ピーターパンが飛んでゆく国へ。
(…本当に全部、其処にあるんだ、って…)
 信じられたし、信じてもいた。
 だから夢見て憧れ続けて、いつか行こうと準備していた。
 ピーターパンが迎えに来たなら、一緒にふわりと舞い上がる夜空。
 そのまま朝までずっと真っ直ぐ、ピーターパンと飛んでゆこうと。
 本物のネバーランドにきっと行けると、本で見るよりも素敵な場所に、と。
(…ちゃんと見えたよ、ネバーランド…)
 ぼくは見ていた、と覚えているのに、今では何も見えては来ない。
 こうして本を開いてみたって、懸命に文字を追ったって。
 挿絵のページに見入ってみたって、開いてくれない世界の扉。
 今の自分には、ネバーランドがもう見えない。
 …どんなに探し求めても。
 この本のページから行ける筈だと、行けた筈だと頑張っても。
 そうなったのは、自分が捕まったから。
 E-1077という名の牢獄、其処に閉じ込められたせいだと思いたいけれど…。


 違う、と分かっている悲しい答え。
 懐かしい故郷や優しい両親、子供時代の幸せな記憶。
 それと一緒に、自分は失くしてしまったのだと。
 ネバーランドを見付ける力を、本の向こうに夢の世界を読み取る力を。
(……テラズ・ナンバー・ファイブ……)
 あいつが奪った、と噛んだ唇。
 「ぼくの翼まで奪って行った」と、「今のぼくは夢も見られやしない」と。
 もちろん夢は見るけれど。
 悪夢も幸せな夢も見るけれど、それとは違った「夢見る力」。
 目を覚ましていても見える夢の世界を、今の自分は捉えられない。
 …もう子供ではなくなったから。
 自分では子供のつもりでいたって、機械が「大人」にしてしまったから。
 ネバーランドは子供の世界で、其処に行った子は「いつまでも」子供。
 ピーターパンの本を書いた作者は、そんな子の一人だったのだろう。
 だからこそ書けた夢の国。
 きっと本当に何処かにある国、ピーターパンたちが暮らすネバーランド。
 あの時、機械が自分の力を奪わなければ、今もこの本を開いたら…。
(…ピーターパンも、ティンカーベルも…)
 フック船長も、昔と同じに鮮やかに目の前に見えた筈。
 エネルゲイアの家でそうしていたように。
 成人検査の前の日の夜も、この本を開いて夢見たように。
 いい成績で成人検査を通過したなら、ネバーランドよりも素敵な地球に行ける筈。
 その道を進んで行けたらいいと、いつか地球にも行ってみたいと。
 ネバーランドは、こんなに素敵な国なのだから。
 もっと素敵な地球となったら、どれほど素晴らしい場所なのかと。


(……あれが最後で……)
 それきり、見てはいない国。
 ピーターパンの本を開いても、今の自分には…。
(…ネバーランドへの行き方だけしか…)
 分からないんだ、と胸の奥から湧き上がる悲しみ。
 「二つ目の角を右へ曲がって、後は朝までずっと真っ直ぐ」、その意味ならば分かるから。
 一つ、二つと数えた二つ目、そういう角を「右」へと曲がる。
 「右か、左か」と尋ねられる右で、自分の右手がある方へ。
 そう曲がったなら、後は「朝」まで「ずっと真っ直ぐ」。
 E-1077には無い夜明けまで。
 太陽が昇る朝に着くまで、ただ「真っ直ぐ」に歩くだけ。
 そうやって行けばネバーランドに着くのだけれども、ただそれだけしか分からない。
 「二つ目の角」を「右へ」曲がって、後は「朝」まで「ずっと真っ直ぐ」。
 それは単語の連なりだけで、魔法の道はもう見えない。
 子供の頃は見えたのに。
 「こうやって行けば、ちゃんと着くんだ」と、本当に分かっていた筈なのに。
 本を開けば、ピーターパンが見えていたように。
 ティンカーベルが、フック船長が、ネバーランドが鮮やかに見えていたように。
(…ぼくが失くしたのは…)
 夢の世界を捉える力か、それとも「信じる心」なのか。
 ピーターパンの本に描き出された本当の夢を「信じる」心。
 それを失くして、今は見えなくなっただろうか。
 ピーターパンもネバーランドも、背に翅を持つティンカーベルも。


 夢の世界を捉える力も、本物の夢を「信じる心」も、多分、此処では要らないもの。
 E-1077では不要だろうし、この先の道でもきっと要らない。
 メンバーズになるのに野心は要っても、夢など要りはしないから。
 「メンバーズになりたい」と夢見るようでは、道は開けはしないから。
 他人を蹴落とすほどの勢い、そんな野心を抱えてひたすら駆けてゆくのが似合いの道。
 だから機械は消したのだろう。
 夢の世界を捉える力か、あるいは夢を「信じる心」。
 それを失くしてしまった自分に、ネバーランドはもう見えない。
 いつの日か、それを取り戻すまで。
 メンバーズへの道を駆けて駆け抜けて、国家主席に昇り詰めるまで。
(…そして機械に、ぼくの記憶を…)
 返せ、と命じて子供時代を取り戻すまでは、見えないのだろうネバーランド。
 分かってはいても、やはり悔しくて零れる涙。
 「此処は牢獄だから、見えないだけなら良かったのに」と。
 空がある場所へ、朝が来る場所へ移り住んだら、また見えるだろうネバーランド。
 その方がずっと良かったのにと、「今は見えない」だけなら泣かずにいられたのに、と…。

 

         見られない夢・了

※シロエの宝物の本。「両親に貰った」ことも大きいだろうけど、他にもありそう。
 子供の目には「ちゃんと見える」筈のネバーランド。成人検査の後は見えないのかも…。






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