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(マザー直々の選抜だというのは分かるが…)
 見た顔が多いのも仕方ないが、と首を捻ったキース。自分の部屋で。
 ジルベスター星系からノアに戻った後、直属の部下たちを思い浮かべて。
 自ら側近に起用したマツカ、彼については問題ない。ミュウの能力を高く買った上で、マザーを誤魔化して側近に据えた。きっと役立つだろうから。
 マツカは元々、人類統合軍の人間。それでは自分の部下に出来ないから、国家騎士団の方に転属させた。有能で忠実な側近になるのは間違いないし、「これは使える」と。
 それとは別に、グランド・マザーに依頼した部下。「ミュウの掃討に役立つ者を」と、実戦経験豊富な者たちの配属を。
(…それで来たのが、スタージョン中尉たちなのだがな…)
 あの面子はアクが強すぎないか、と気になって仕方ない自分の部下たち。
 まずはスタージョン中尉が問題、軍の上層部になればなるほど、いないのが濃い肌の色を持った人材。黄色だろうが、褐色だろうが。
(SD体制の時代になっても、妙なこだわりというヤツで…)
 出世するには、「肌の色は白い方がいい」とされていた。時代錯誤も甚だしい話。
 SD体制が始まるよりも、ずっと昔に消えてしまった「肌の色での区別」や差別。科学的根拠はナッシングだから、そんな説など時代遅れだ、と。
(しかし、そいつがまかり通るのが…)
 今の時代で、旗振り役はグランド・マザーだと囁かれている。
 ミュウを「異分子」と決め付けるように、肌の色も「白いほどいい」と考えている機械。実際、それを裏付けるように、国家騎士団には肌の色が白い者ばかりで…。
(たまに肌の色が濃いのがいたなら、辺境星域が配属先で…)
 どう間違っても、ノアに配属されては来ない。相当な功績があるならともかく、まだ駆け出しの中尉程度の階級では。
 それが世間の常識で認識、なのに来たのが褐色の肌を持つスタージョン中尉。
(あまつさえ、パスカルたちもいるのに…)
 肌が白い彼らを軽く押しのけ、補佐官の地位まで拝命している。マザー直々の選抜で。
 グランド・マザーは、「肌が白くない」士官は嫌いな筈なのに。


 なんとも妙だ、と解せない部下。その筆頭がスタージョン中尉で、パスカルだって…。
(…あの無精髭を生やしたままでは…)
 将来、出世に支障が出るぞ、と教官時代に何度も叱った。「出世したいなら、髭を剃れ」と。
 けれども聞かなかったパスカル。「出世に興味はありませんから」と鼻で笑って。出世よりかは個性が大事で、「これが私のスタイルなので」と貫いた髭。
(とっくに何処かでドロップアウトで…)
 二度と目にすることもあるまい、と思っていたのに、グランド・マザーに選ばれたパスカル。
 あまつさえ、スタージョン中尉に次ぐ二番手な立ち位置で。
(グランド・マザーは、無精髭も好みではない筈なのだが…)
 髭を生やすなら、もっとジェントルマンな髭。遠い昔の紳士や軍人、彼らの髭に倣ったもの。
 そういう髭なら「まあ、いいだろう」と、許すと噂のグランド・マザー。
 肌の色で差別をかます件といい、何処までも時代錯誤な機械で、さながら女帝気取りとも言う。
(人種差別は当たり前のことで、髭も立派な髭でない限りは認めない女帝…)
 それがグランド・マザーの本性、髭はともかく、肌の色で泣きを見た者も多い。
 ところが今度の人事ときたら、ミュウ殲滅のための作戦だったのに…。
(セルジュを寄越して、補佐にパスカル…)
 この二人だけでも「強すぎる」アク。
 グランド・マザーの趣味とも思えぬ、斜め上をいく大抜擢。
(彼らのデータを調べてみたが…)
 輝かしい功績を上げてはいないし、何故こうなったか分からない。選ばれた理由がサッパリ謎。これが人間によるものだったら、「袖の下」などもアリだけれども…。
(グランド・マザーに賄賂を贈ったところで…)
 何の効果もありはしなくて、下手をしたなら食らうのが左遷。それこそ辺境星域へと。
 ましてやグランド・マザーが嫌いな、「褐色の肌」や「無精髭」の輩が賄賂を贈ったならば…。
(左遷どころか、解任だろうな)
 国家騎士団から放り出されて、人類統合軍の下っ端とか。それにもなれずに、警備員とか。
 そんな結末が見えているのに、セルジュとパスカルは揃って配属されて来た。有り得ないような人事異動で、マザー直々の選抜で。


 トップの二人を眺めただけでも「濃すぎる」と分かる、自分の部下。
 かてて加えて、他の面子もユニークさの点では半端なかった。軍人たるもの、こうあるべき、と思う形から外れまくりに思える面子。誰を取っても、誰のデータを見てみても。
(…いったいマザーは、何を思って…)
 此処までアクの強い奴らを選んで寄越したのだ、と掴めない意図。
 もしかしたら試されているのだろうか、彼らを見事に御せるかどうか。キース・アニアンの器を知ろうと、「お手並み拝見」とマザーが選んで来ただとか。
(そういうことなら、分からないでも…)
 教官時代に手を焼かされた奴らが揃うのも、と零した溜息。「テストだったら仕方ない」と。
 彼らを立派に使いこなせたら、晴れて自分も一人前。
(ゆくゆくはパルテノンに入って…)
 元老になって国家主席だ、と目標は高く果てしなく。
 メンバーズとして歩むからには、其処まで昇り詰めてこそ。トップの地位に就いてこその人生、そうでなければ甲斐がない。
(グランド・マザーに気に入られてだな…)
 出世街道を走り続けてやる、と戯れに触れたコンソール。机に備え付けのもの。
 個人的な部屋の備品とはいえ、今の地位なら国家機密にもアクセス可能。
(…グランド・マザーの趣味を確認しておくか…)
 部下どもは嫌われている筈だからな、と打ち込んでいったセルジュたちの名前。ついでだからとパーソナルデータも、覚えている分を入れてゆく。ジルベスターから加わった部下を。
(マツカは無関係だから…)
 セルジュにパスカル、とザッとブチ込んで、データベースを検索させた。
 グランド・マザーが嫌悪しそうな部下たち、誰が一番マザーの好みに合わないのか、と。
 そうしたら…。
(嘘だろう!?)
 何故だ、と見開いてしまった瞳。
 その条件で開示された情報、其処にはグランド・マザーが与えた承認の印。「素晴らしい」と。
 並ぶ者なき騎士団員たち、彼らこそ理想の国家騎士団員だ、と。


(何故、そうなる…!)
 マザーが嫌いそうな面子ばかりの筈なのに、と慌てて変えた検索条件。
 どう転がったら、これがマザーの理想なのかと、信じられない面持ちで。「有り得ないぞ」と。
 とにかく理由を提示するよう、メンバーズとしてのIDなども叩き込んだら…。
(……なんだ、これは?)
 画面に大きく表示された文字、「風と木の詩」という代物。
 「詩」と書いて「うた」と読むとの情報、SD体制が始まるよりも遥かに遠い昔に描かれた…。
(…びーえるの走り…?)
 BLとは何のことだろうか、と深まる疑問。それから「風と木の詩」という漫画。
 どちらもグランド・マザーの好みで、繰り返し思考しているらしい。詩的だという作風だとか、綺羅星のような登場人物について。
(…ふうむ…)
 ならば私も勉強すべきか、と思った「風と木の詩」。
 迷わずデータを全て引き出し、早速、読もうとしたのだけれど。
(……………)
 もう冒頭から唖然呆然、肌色満載のページが出て来た。男同士のベッドシーンで、それは激しく絡み合う二人。それこそ最初のページから。
(…この本は思考に値するのか!?)
 分からん、と投げたい気分だけれども、如何せん、グランド・マザーのお気に入りの本。途中で投げたとマザーに知れたら、自分が失脚しかねないから…。
(…ジルベール・コクトー…)
 「我が人生に咲き誇りし、最大の花よ」と始まる物語をヤケクソで読んだ。泣きの涙で。BLの趣味など無いというのに、忍の一字で。
(このジルベールの相手役がセルジュ…)
 褐色の肌の少年なのか、とスタージョン中尉と被った「セルジュ」。
 読み進めたら、パスカルという名の男も出て来た。無精髭のパスカルに激似の男で、セルジュとジルベールの周りを固める連中は…。
(どいつもこいつも、見たような奴らばかりではないか…!)
 私の部下だ、と遅まきながら理解した。どうしてセルジュでパスカルだったか、アクが強いか。


 グランド・マザーが好きな「風と木の詩」、何度も思考し続けるそれ。
 上手い具合に、面子が揃っていたらしい。セルジュにパスカル、彼らを取り巻く人物とそっくり同じな、名前や見た目の人材が。
(……風と木の国家騎士団員……)
 それを押し付けられたようだ、と気付いたからには、回避したいのが最悪の事態。
 幸か不幸か、まだ現れてはいない人物、その登場を避けねばならない。
「マツカ! …マツカはいるか!?」
 急いで来い、と肉声と通信と思念とのコンボ、大慌てで走って来たマツカ。とうに夜だったし、部屋でシャワーでも浴びていたのか、髪に水滴をくっつけて。
「お呼びですか?」
 大佐、と敬礼するマツカに、「この情報を皆に伝えろ」と顎をしゃくった。メモを差し出して。
「いいな、こういう名前の人物が来たら、門前払いをするように」
 決して配属させてはならん、と渡したメモに、マツカが目を落として…。
「ジルベール…。コクトーですか?」
「そうだ。ジルベールだろうが、コクトーだろうが、却下だ、却下!」
 特に金髪の奴は駄目だ、と念押しをした。「緑の瞳の奴も却下だ」と、そんなジルベールは特にいかん、と。
「…分かりました。ジルベールとコクトーは駄目なんですね?」
「ああ。マザー直々の選抜だろうが、断固、断る」
 絶対にジルベールを入れてはならん、と凄んだキース。もしも配属されて来たなら、他の部署に異動させるようにと。「キース・アニアンの部下にはさせん」と。
 かくして忠実なマツカは駆け去り、命令は周知徹底されて…。


(…キース・アニアン…。私の好意を無にするとはな…)
 もう少しで「風と木の国家騎士団」が完成していたものを、と呻くグランド・マザー。
 やっとのことで「理想のジルベール」を発見したのに、受け入れ先が無かったから。辺境星域の基地に戻すしかなくて、キースの部下には出来なかったから。
(…ジルベールさえ送り込めていたなら…)
 耽美な騎士団になったものを、とグランド・マザーが嘆いている頃、キースの方は…。
「よくやった、マツカ! 断ったのだな、ジルベールを?」
「はい。ですが、良さそうな人材でしたよ?」
 成績優秀、見た目も上品な美少年で…、と答えるマツカは何も知らない。「風と木の詩」という漫画のことも、グランド・マザーの隠れた趣味も。
「どんなに優秀な人材だろうと、ジルベールだけは御免蒙る!」
 下手をしたなら規律が乱れてしまうからな、と吐き捨てるキースにBLの趣味は無かった。
 欠片さえも持っていないのだけれど、濃すぎる部下たち。
(…グランド・マザーが選んだせいで…)
 ずっと奴らと珍道中か、と尽きない苦悩。
 ジルベールの登場は阻止したけれども、他は揃っているものだから。傍から見たなら、リーチでテンパイ、そんな具合の面子だから。
(…ジルベールだけは来てくれるなよ…)
 私はマザーのオモチャではない、と握った拳。
 「風と木の詩」に萌えてはいないし、思考する趣味も持ってはいない。軍人の世界に「耽美」は不要で、そんなブツなど持ち込めば負ける。
 「部下のせいで敗れてたまるものか」と、「ミュウに勝たねばならないからな」と…。

 

          風と木の騎士団・了

※アニテラに出た「風と木の詩」な面子。セルジュとパスカルしか分からなかった管理人。
 なんとも濃かった騎士団だ、と思ったトコから、こういう話に。ジルベール不在でしたしね。








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(…しつこいんだから…)
 なんて機械だ、とシロエが叩いた机。
 E-1077の個室で、マザー・イライザが消え失せた後に。
 感情の乱れを感じ取ったら、「どうしましたか?」と現れる幻影。
 機械に監視されている証拠で、心まで盗み見ているそれ。
 怒りを口にしてはいないし、何かに記したわけでもない。
 けれど、何処からか読み取られる。心を乱してしまった時は。
(…機械なんかに…)
 何が分かる、と言いたいけれども、同期生たちは挙って褒め称える。
 このステーションのメイン・コンピューター、マザー・イライザの素晴らしさを。
 「あんなに優れた母親はいない」と、「何でも理解してくれている」と。
 成人検査で彼らが別れた、故郷の養母。十四年間、彼らを育てた母親。
 その母よりも「ずっと素晴らしい」と、「必要なものは全て与えてくれるから」と。
 慰めに励まし、時には叱って、皆を導くマザー・イライザ。
 名前の通りに「母」に相応しいと、彼女こそが「母親の鑑」だとも。
 所詮、機械だと思うのに。
 膨大なデータを持っているなら、何にでも答えを出せて当然だと思うのに。
(計算も出来ないコンピューターなんか…)
 出来損ないだよ、と嘲笑いたくもなるけれど。
 実際、笑ってやるのだけれども、そのイライザに悩まされる。
 何かあったら、母親面して現れるから。
 故郷の母に似せた面差し、それを持っている機械の幻影。
(…人が親しみを覚える姿で…)
 現れるように出来ているから、マザー・イライザは母に似ている。
 もう顔さえもおぼろにぼやけた、懐かしい母に。
 夢の中でしか、その顔立ちを見ることが出来ない、優しかった母に。


 マザー・イライザが現れた時に、心に幾らか余裕があったら、描き留める姿。
 母の姿に似ているのならば、絵を描く間に本当の母を思い出せるかもしれないから。
 ある日突然、「これがママだ」と思う姿を、描ける日が来るかもしれないから。
(でも、あれは…)
 母の姿を真似てみせるだけの、忌まわしい機械。
 幻影が現れるのはまだマシな方で、コールを受けてしまった時には…。
(…呼び出される度に、何か失う…)
 そう確信している、イライザのコール。
 マザー・イライザが姿を現す、ガランとした部屋。女性の彫像が置かれた場所。
 大理石のように見える室内、其処が一面の草原のようになったなら…。
(ベッドが出て来て、其処に寝かされて…)
 眠りなさい、と命じる言葉に逆らえない。
 どう頑張っても、歯を食いしばって抗ってみても、引き摺り込まれる眠りの淵。
 歌うように響く、マザー・イライザの声。
 「導きましょう」と。
 より良い道へ進めるようにと、「それが私の役目ですから」と。
 コールを受けて呼ばれた者たち、彼らは誰でも口を揃えてこう言うもの。
 「コールの後では心が晴れる」と、叱られた時でも晴れやかな顔で。
(…そりゃあ、軽くもなるだろうね)
 マザー・イライザは、「悩みの種」を心から消してしまうのだから。
 時には悩みがあったことさえ、分からなくなるほどだから。
(呼ばれて喜ぶ奴らはいいけど、ぼくの場合は…)
 失うものが多すぎるんだ、と噛んだ唇。
 コールの度に薄れて消えてゆく記憶、辛うじて心に残っていたもの。
 成人検査を受けるよりも前に、自分が心に刻んだもの。
 それが少しずつ消えてゆくのは、マザー・イライザが端から消してゆくからなのだ、と。


 なんとも忌々しい機械。
 心を盗み見、記憶まで奪ってゆくコンピューター。
 どうして此処の候補生たちは、あんな機械に従えるのか。
 従うどころか、「母親のように」慕えるのか。
 けれど、そう思うのは、どうやら自分一人だけ。怒り、苛立つのも自分だけ。
 そんな自分を従わせようと、あの手この手のマザー・イライザ。…そう、今日のように。
 「どうしましたか?」と親切そうに現れてみては、心に入り込もうとして。
(…ぼくは、機械に隙なんか…)
 見せるもんか、と握り締める拳。
 心の弱さを見せたら負けると、大切なものを失うだけだと。
 成人検査で、テラズ・ナンバー・ファイブに記憶を奪われたように、きっと此処でも。
 ある日、気付いたら、両親や故郷を懐かしむ心も、すっかり失くしているだとか。


 他の候補生たちがどうであろうと、ぼくは機械に懐きはしない、と誓った心。
 友達の一人もいないままでも、かまわないから、と思って生きて。
(…迷える子羊…)
 とある講義で、耳慣れない言葉を聞かされた。
 エリート候補生を育てるためには必須の科目の、宗教学概論。
 機械が治める時代とはいえ、人には「神」が必要なもの。
 その「神」について教える講義で、教官が話した聖書の一節。
(百匹の羊を飼っている人がいて、その中の一匹が迷子になって…)
 行方不明になってしまったなら、残りの九十九匹を置いて、探しに行くのが神だという。
 何処に行ったか分からない羊、それを探しに。
 あちこち探して見付け出したら、その一匹のために「とても喜ぶ」ものだとも。
 それほどに神は慈悲深いもの、というのが講義のポイント。
 人間は誰もが神の羊で、神は「心優しき牧者」だとも。
(……神様ね……)
 本当に神がいると言うなら、救って欲しいと心から思う。
 機械の言いなりになって生きる人生、こんな地獄から一刻も早く。
 自分以外の九十九匹、それが安穏と暮らしているなら、彼らのことは放っておいて。
 今も荒野を彷徨い続ける、迷ってしまった「セキ・レイ・シロエ」という羊を。



(だけど、神様は助けになんか…)
 来やしない、と部屋に帰っても波立つ心。
 神様よりかは、きっと頼りになると思えるのがピーターパン。
 夜空を飛んで来てくれる彼は、神よりもずっと頼もしい。
(ピーターパンは子供の味方で、ネバーランドに連れてってくれて…)
 羊を飼ってる神様よりも、本当に頼りになるんだから、と思った所で気が付いた。
 百匹の羊を飼っている神と、其処から迷い出た一匹の羊。
(…マザー・イライザと、ぼくみたいだ…)
 九十九匹の羊は大人しく群れているのに、行方不明の羊が一匹。
 好奇心旺盛な羊だったか、はたまた何かに驚いたのか。
 いずれにしても群れを離れて、放っておいたら狼の餌食かもしれないけれど…。
(羊には羊の都合ってヤツが…)
 存在しないとどうして言える、という気分。
 マザー・イライザが羊飼いなら、自分だったら全力で逃げる。
 逃げ出した先が荒野であろうと、狼の遠吠えが響こうとも。
(…食べる草なんかは何処にも無くって、飢えて死んでも…)
 このまま飼われて、記憶を全て失うよりかは、ずっといい。
 狼の餌食になったとしたって、懐かしい故郷を、両親の記憶を失くさないままで死ねるなら。
(飼われたままだと、いつか何もかも…)
 失くしそうだ、と恐れる自分。
 だから抗い、逆らうけれど。
 マザー・イライザを嫌うけれども、追って来るのが憎らしい機械。
 何処へ逃げようとも、「どうしましたか?」と。
 幻影を見せて追って来る日や、コールサインで呼び出される日や。


 本当に恩着せがましい機械。
 迷い出た羊は放っておいてくれればいいのに、しつこく探しに来る機械。
(…そんな機械に懐いてる奴は…)
 羊なんだ、と掠めた思い。
 「此処にいるのは、みんな羊だ」と、「マザー牧場の羊なんだ」と。
 神に飼われた羊だったら、まだしもマシな気がするけれど。
 人間は誰でも神の羊ならば、それに異論は無いけれど。
(…神様ならいいけど、機械に飼われている羊なんか…)
 ただの屑だ、と思えてくる。
 機械の言いなりに生きている羊、自分自身の考えさえも無さそうな「群れた羊」たち。
 マザー・イライザが導くままに、右へ左へと歩いてゆく。
 九十九匹で群れを作って、行方不明の一匹のことは考えもせずに。
(…羊だよね…)
 此処にいる候補生たちは、と唇に浮かべた皮肉な笑み。
 マザー・イライザが連れ歩く羊、「マザー牧場の羊」たちが暮らすステーション。
 連れて来られて間もない間は、群れから離れてゆきそうな羊もいるけれど…。
(じきにイライザに飼い慣らされて…)
 マザー牧場の羊になるんだ、とクックッと笑う。
 「そんな道は、ぼくは御免だね」と。
 神が羊を飼っているなら、その羊でもいいけれど。
 機械仕掛けの羊飼いには、けして自分は懐きはしない。
 一匹だけ群れをはぐれた挙句に、荒野で飢え死にしようとも。
 狼の牙に喉を裂かれて、血染めの最期を遂げようとも…。

 

        イライザの羊・了

※シロエと言えば「マザー牧場の羊」発言ですけど、羊なんか何処で見たんだろう、と。
 エネルゲイアに羊の群れはいそうにないし、と思った所から出来たお話。羊ならば聖書。







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「発射ぁ!」
 キースの叫びと共に放たれた、メギドの炎。地獄の劫火と称される、それ。
 ジルベスター・エイトを貫いた火は、遥か彼方のモビー・ディックへと向かったけれど。ミュウたちを滅ぼす筈だったけれど、それはジルベスター・セブンでのこと。いわゆるナスカ。
 巻き添えとばかりに大穴が開いた第八惑星、ジルベスター・エイト、其処が問題。
(………)
 崩れゆく星でムクリと動いた生き物。人類が承知していないブツ。
 SD体制が始まるよりも遠い昔に、ジルベスター・エイトはパラダイスだった。其処で生まれた幾つもの命、けれど不幸にも止まった進化。どういうわけだか。
 爬虫類まで進んだ所で終わってしまって、最後にいたのはイグアナたち。
 そのイグアナも、生きてゆけなくなった星。「もう駄目ぽ」と滅びてゆく中、神の気まぐれか、悪戯なのか、眠りに就いたヤツが一匹。
(…………)
 長い長いこと眠ったイグアナ、そいつが叩き起こされた。メギドの炎で。
 星に大穴が開くほどの衝撃、目覚めない方がどうかしている。その上メギドは、惑星改造用にと作られたヤツを、国家騎士団が兵器に転用したものだから…。
(……………)
 普通のイグアナと多分、変わらなかった筈のイグアナ。
 メギドの炎を浴びたお蔭で、「彼」は巨大化してしまった。それは素敵なビッグサイズに。
 目を覚ましたら星はメチャメチャ、もはや住む場所も無さそうな感じ。
 イグアナの頭でも理解できたこと、「アレが悪い」と。
 宇宙空間に群がっている人類軍の船と、それからメギド。「アレが壊した」と、長らく暮らした我が家がパアになったのだ、と。
 いくらイグアナでも、これで怒らないわけがない。「いてもうたるねん」と思うのが普通。
 とっくに「ただのイグアナ」ではなくて、もはや大怪獣だから…。


『何か来ます!』
 マツカがキースに送った思念波。
 他の部下も、「前方より、高エネルギー体、高速接近中!」と言ったものだから、「来たか」と期待したのがキース。「伝説の獲物がやって来たな」と。
 当然、キースが待っていたのはソルジャー・ブルー。伝説のタイプ・ブルー・オリジン。
 ところがどっこい、宇宙空間に現れた「高エネルギーを纏ったもの」は…。
「パギャーーーッ!!!」
 雄叫びを上げて、ジルベスター・エイトから飛び出して来た大怪獣。怒れるイグアナ。
 「元イグアナ」で、今の姿はさながら「ゴジラ」といった所か。
 彼は遠慮なく口から火を吐き、人類軍の船を焼き払った。レーザー砲で攻撃されても、大怪獣の皮は傷つきもしない。
 「ウゼエ奴らだ」と言わんばかりに船を掴んで、千切っては投げ、千切っては投げ…。
「しょ、少佐! あれはいったい…!?」
 大慌てなのがキースの部下たち、キースも実はビビッていた。ソルジャー・ブルーなら、来ても少しも驚かない。返り討ちだと思っていたのに、想定外のブツが来たわけだから。
 けれど腐っても機械の申し子、「落ち着け!」と怒鳴って撃ち落とすつもり。メギドの次弾で、宇宙に出て来た大怪獣も。
 きっと一撃で倒せる筈だ、と考えているキースは知らない。
 大怪獣の正体は「ただのイグアナ」、それがメギドの炎で巨大化したなんて。第二波攻撃をブチかましたなら、火に油を注ぐような結果が待っているなんて。


 大怪獣が暴れている頃、キースが期待をかけた人物、そちらも現れたのだけど。
 ソルジャー・ブルーが懸命に宇宙を駆けて来たけれど、三世紀以上も生きた彼でも、目を疑った大怪獣。「いったい、何が?」と。
(…どう見ても巨大生物なんだが…)
 それが人類軍を攻撃している、と把握した現状。多分、ミュウとは違った事情で、人類軍を敵と見做した生物。半端ない大きさで口から炎まで吐いて、蹴散らしている人類軍の艦隊。
(…ぼくはどうすれば?)
 このまま行ったら自分の出番も無いのでは、と思う怪獣の暴れっぷり。再点火中らしきメギドに向かって進撃中だし、あの勢いならメギドも沈む。何発かガンガン殴ったならば。
(任せておくか…?)
 アレに、とチラと考えたけれど、伝わってくる人類軍のパニックぶり。
 お蔭で分かった、メギドとドッキングしている赤い船のこと。旗艦エンデュミオン、あの中にはキースが乗っている。大怪獣の怒りに任せて、メギドごと沈めてもいいのだけれど…。
(此処でキースが死んでしまったら…)
 破壊力抜群の怪獣のことが、他の人類にも伝わるかどうか。なんとも使えそうな怪獣。
 上手く自分が手なずけたならば、この先、きっと役に立つ。物凄い生物兵器として。
(…とりあえず、ぼくと目的は同じなんだから…)
 ちょっと一緒に戦ってみるか、とメギドに向かって飛ぶことにした。予定通りに。
 「聞け、地球を故郷とする全ての命よ」と、もはや誰も聞いてはいない思念を送りながら。青いサイオンの光の尾を曳き、まっしぐらに。
 人類軍の方では「ミュウまで出て来た」と更なる騒ぎで、同士討ちまでしている始末。
 それを「愚かな」と悲しみ、なおも飛んで行ったら…。


 不意に反応した大怪獣。炎を吐くのを一旦やめて、「なんだ?」とブルーに向けられた目線。
 だからダメ元で飛ばした思念。「敵じゃない」と。
 「ぼくは志を同じくする者だ」と、「あそこのメギドを沈めたいだけだ」と。
 そしたら返った「パギャーーーッ!」という声、何故だか通じてしまったらしい。怒りに燃える大怪獣に。人類軍もメギドも壊すつもりの破壊大王に。
『分かるのか? それなら、あそこの赤い船は避けて…』
 メギドを壊せ、と思念を送れば、暴れ始めた大怪獣。墓標みたいな巨大なメギドを、ガンガンと足や尻尾で殴って。口から炎も吐きまくって。
 そうこうする内に発射されたメギド、けれど照射率は激しく低下で、大怪獣にはエネルギー源と言ってもいいのが炎だから…。
(…そうか、こいつはメギドの炎で生まれた怪物なのか…!)
 何処から来たのか分からないが、と理解したのがソルジャー・ブルー。怪獣とはいえ、思念波でこちらの意志が伝わるなら、やはり大いに役に立つ。
 キースの船は爆発するメギドを離れて逃げて行ったし、怪獣の威力は人類軍に広まるだろう。
 そうとなったら、此処は怪獣と仲良くなって…。
『ぼくと一緒に戦うか?』
 お前の敵は逃げたようだが、と尋ねてやったら、大人しくなった大怪獣。暴れもしないし、火も吐きはしない。代わりにスリスリ寄って来た。まるで巨大な猫みたいに。
『そういうことなら…。シャングリラを追って旅をしようか』
 シャングリラというのは、ぼくたちの船だ、と思念を送ると、頷くような気配が返った。一緒に行かせて貰います、という風に。…言葉は話さないけれど。


 そんなこんなで、ソルジャー・ブルーが手なずけてしまった大怪獣。元はイグアナ。
 アルテメシアを陥落させたジョミーたちとも無事に合流、ミュウはとんでもない生物兵器を手に入れた。メギドの炎も平気で食らう怪物を。どんな兵器も、まるで役立たない怪獣を。
「ブルー、次の星でもお願い出来ますか?」
 今回、ちょっと手強そうなので、とジョミーが頼みに出掛けた青の間。
 トォニィたちだけで攻めてゆくより、例のモスラを出したいんです、と。
「ああ、モスラ…。かまわないけれど、アレはモスラと言うよりは…」
 ゴジラなんだと思うけどね、とブルーが入れた訂正。「ゴジラとモスラは、全く違う」と。
 SD体制が始まるよりも遥かな昔に、人間たちが地球で作った怪獣映画。それがゴジラやモスラなるもの、大怪獣の姿はゴジラに酷似。
 ゆえにブルーの目から見たなら「ゴジラ」だけれども、船では「モスラ」で通っている。
 モスラは巨大な蛾の姿だから、全く似てはいないのに。誰が見たってゴジラだろうに。
「それは分かってるんですが…。モスラに思念を伝えられるのは、あなただけですし…」
 モスラには「小美人」がセットですから、というのがジョミーの言い分。シャングリラの仲間もそれで納得、「小美人」はモスラと意思の疎通が出来た双子の妖精。
 よってブルーは「モスラ」を使える「小美人」なわけで、何度も担ぎ出される有様。
 「今度もよろしく」と、「次もモスラを使いたいので」と。


 こうして人類軍を撃破しまくり、シャングリラはついに地球まで行った。問答無用で。
 国家主席のキースの方でも、「交渉のテーブルを」などと言える立場ではなくて、悠々と降りたミュウたちの守護神、今は「モスラ」と崇められている大怪獣。
『ユグドラシルを壊して来い。…それと、その地下のグランド・マザーだ』
 もう人類は全員、地球から逃げ出したから、とブルーが命じて、ゴジラは派手に暴れまくった。
 「この星のせいで、俺の故郷がパアになった」と恨みをこめて。
 「此処を第二の故郷にするねん」と、「住みやすい星にしてやるねん!」と。
 ズシンズシンと破壊しまくり、口から炎を吐きまくり。
 メギドの炎が生んだ怪獣、元はイグアナだった「モスラ」は夜を日に継いで暴れ続けて…。
「…ブルー、モスラが消えたんですが…!」
 ついでに地球が青いんですよ、とジョミーが駆け込んで行った青の間。「外を見て下さい」と。
「…本当だ…。それじゃ、ゴジラは…」
 神様の使いだったのだろうか、と首を捻ったブルーは、暫く後に「モスラ」に出会った。視察をしようと降りた地球の上で、それはのんびりと日向ぼっこをしているイグアナに。
 とても懐かしい気配が漂う、普通サイズになった「モスラ」に。
『…もしかして、君は…』
 あのゴジラかい、と訊いたブルーの足元、スリスリと寄って来たイグアナ。
 大穴が開いたジルベスター・エイトの代わりに、地球を第二の故郷に選んだゴジラなイグアナ。
 誰もがビックリ仰天だけれど、イグアナは宇宙を、地球を救った。
 メギドの炎で怪獣になって、暴れた末に。ミュウと一緒に戦った末に。
 青く蘇った地球の上には、元はゴジラでモスラなイグアナ。毎日のんびり日向ぼっこで、友達のブルーの手からおやつを貰ったりして。
 二度と火なんか吐いたりしないで、自分が作った青い水の星、気持ちいい地球に大満足で…。

 

         ミュウたちのゴジラ・了

※タイトルに使うのは「ゴジラ」か「モスラ」か、少し悩んだ管理人。どっちがいいんだ、と。
 「シンゴジラがあったし、ゴジラの方で」と出した結論。それに姿もゴジラですしねv
 pixiv にUPする時には「ゴジラ」避けました、シンゴジラと間違われそうだから…。








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(……サム……)
 やはり無理なのか、とキースが握り締めた拳。ノアの自室で。
 国家騎士団総司令から、元老院入りを果たしたけれど。
 今はパルテノンに集う元老の一人だけれども、そうなった理由。
 初の軍人出身の元老、表向きはパルテノンの元老たちの要請。「求心力のある指導者を」と。
 「腑抜けた老人たちも、ようやく目を覚ましたようだ」と思ったそれ。
 必要とされての抜擢なのだと、ならば期待に応えなくては、と。
(頑張らねば、と思ったのだが…)
 初めてパルテノンに行ったら、その場で分かった。「誰も歓迎していない」こと。
 自分を元老に推した人物、そんな者などいはしなかった。誰一人として。
(…全てはグランド・マザーの采配…)
 人類の聖地、地球に座している巨大コンピューター。SD体制の時代を支配する機械。
 グランド・マザーが自分を元老の一人に選んだ。
 未来の国家主席として。…人類を導く指導者として。
(私を作らせたのも、グランド・マザー…)
 理想の指導者を作り出すため、無から合成された塩基対。
 三十億ものそれを繋いで、マザー・イライザが紡いだDNAという名の鎖。
 自分は其処から作り出されて、サムを、シロエを糧に育った。
 ミュウの長、ジョミー・マーキス・シンと幼馴染だったサム。
 それに、ミュウ因子を持っていたシロエ。
 サムの心はミュウに壊され、シロエは自分がこの手で殺した。船を落として。
(…サムも、シロエも…)
 きっと自分と関わらなければ、壊れも死にもしなかったろう。
 ミュウのシロエも、恐らくは器用に生き延びた筈。
 彼ほどの頭脳を持っていたなら、可能だろうと思うから。
(…マツカでも生きているのだからな…)
 シロエだったら、自分で上手く生きただろう。
 SD体制の枠から逃れた反乱軍でも指揮していたか、あるいは気ままな海賊なのか。
 どの道だろうと、生きただろうシロエ。…そして壊れはしなかったサム。


 自分のせいだ、と何度思ったことか。
 廃校になったE-1077、シロエに言われたフロア001。
 卒業までには行けずに終わって、何があるかも知らなかった場所。
 グランド・マザーに処分を任され、赴いた時に全てを知った。
 自分の生まれも、サムとシロエの役割も。…二人が自分の糧だったことも。
(そうやって私を育て上げて…)
 いよいよ人類の指導者として立てというのが、グランド・マザーの意向で命令。
 従うしかない道だけれども、そのための策も練ったのだけれど…。
(これを実行に移す時には…)
 捨ててゆかねばならないノア。人類が最初に入植した星。今の宇宙の首都惑星。
 ノアの価値は、この際、どうでもいい。
 その策でミュウに勝てさえすれば。
 ソル太陽系に布陣した上で、ミュウの艦隊を迎え討ち、そして滅ぼせたなら。
(…しかし、このノアは…)
 下手をしたなら戦場になる。
 国家騎士団も、人類統合軍の艦隊も、全て自分がソル太陽系に展開させるけれども…。
(艦船を持たない軍人どもは…)
 ノアに残るから、彼らがミュウをどう扱うか。
 戦わずして降伏だろうと読んでいたって、蓋を開けねば分からない。
 頑迷な者が一人いたなら、己の力を過信している者がいたなら、来るだろう破局。
 勝てもしないのに、ミュウの母船にミサイルの一つでも撃とうものなら…。
(ミュウどもも容赦しないだろうしな)
 血も涙も無い、と今や評判のミュウの長。
 降伏を伝えた救命艇さえ、容赦なく爆破したジョミー・マーキス・シン。
(私も大概、冷徹な破壊兵器と言われたものだが…)
 今のあいつはそれ以上だな、と感じるジョミーの揺るぎない意志。
 「人類軍は全て敵だ」と断じて、躊躇いもせずに殺してゆく。
 彼がいる船にミサイルを撃てば、たちまち焼かれるだろうノア。
 メギドほどではないだろうけれど、ミサイルを撃った基地の辺りは破壊し尽くされて。


 きっとそうなる、と分かっているから、その前にサムを逃がしたかった。
 何処でもいいから、ミュウが来そうにない星へ。
 ミュウは地球へと向かっているから、逆の方へと逃せばサムは巻き込まれない。
 愚かな輩が起こした戦い、負け戦だと最初から見える戦争には。
 けれども、今日も届いた報告。サムの病院の主治医から。
(今の状態のサムを移送するのは…)
 危険すぎる、と唱え続ける医師。何度確かめても、日を改めて問い合わせても。
 このままでは置いてゆくしかないサム。
(…動かすことさえ出来たなら…)
 安心してノアを離れられるのに。
 他の者たちの命はともかく、サムの命を救えるのなら。
 サム一人だけでも、安全な場所に逃げ延びていてくれるのならば。
(だが、そう簡単には…)
 いかないのだな、と覚悟を決めるしかない自分。
 サムのために計画を変更出来はしないし、グランド・マザーも承認することはないだろう。
 個人的な感情で動くことなど、グランド・マザーは良しとはしない。
 それをしたなら、未来の国家主席といえども、失脚するのか、降格なのか。
(…そうなった時は、マツカさえも守り切れなくなるからな…)
 もしもマツカがミュウだと知れたら、即座に処分されるだろう。
 問答無用で撃ち殺されるか、収容所にでも送られるのか。
 それではサムも悲しむだろうし、シロエも悲しむに違いない。
(マツカも守れなかったのかよ、とサムなら言うな…)
 悲しそうな顔で、「何してんだよ」と。
 シロエも同じに言うのだろう。皮肉を少しも交えることなく、「どうしたんです?」と。
(先輩らしくもありませんね、と私を見据えて…)
 どうしてその道を選んだのかと問うことだろう。
 「マツカを生かして側に置いたこと、ぼくは評価していたんですけどね?」と。
 「なのに最後にどうしたんです」と、「守ると決めたら、守るべきだったでしょう?」と。


 マツカを安全に生かしたいなら、自分自身の身を守ること。
 グランド・マザーの意に背かないこと。
(…すまない、サム…)
 どうやら逃がしてやれそうもない、と噛んだ唇。
 もはや打つべき手など無いから、ノアは捨てるしかないのだから。
 サム自身の運に賭けるしかなくて、運良くノアが戦場にならずに済んだなら…。
(ミュウどもの艦隊を滅ぼした後で…)
 見舞いに行ってやるからな、と心で詫びる。
 そして手にした、サムに貰った「お気に入り」のパズル。
 …あの日からサムに会えてはいない。「あげる」と渡され、貰った日から。
(みんな友達…)
 そう言ってサムはパズルをくれた。人のいい笑顔で。
 サムは「友達」にこれをくれたのか、それともパズルに飽きただけなのか。
(キース、スウェナ、ジョミー…)
 あの時、サムが口にした名前。
 木の枝に止まった三羽の小鳥を、白い小鳥を順に数えて。
 「みんな、元気でチューか?」とも言った。
 遠い昔にE-1077で、ナキネズミのぬいぐるみを手にして、そう言ったように。
(…サムは一瞬、戻って来たように思うのだがな…)
 戻って来たから、「友達」の自分にパズルをくれた。そんな気がする。
 そうだったのだと思うけれども、あの日のサムが持っていたもの。
 小さな望遠鏡のようにも見えた万華鏡。
(あれがサムの新しいお気に入りで…)
 パズルには飽きて、もう要らないから、昔馴染みの「おじちゃん」に譲ってくれただろうか。
 何度も見舞いに来てくれるから、サムが気に入った「赤のおじちゃん」。
 国家騎士団の制服のせいで、自分は「赤のおじちゃん」になった。
 サムの心は子供に戻って、同い年の筈の自分が年上に見えているものだから。
 子供のサムから眺めた自分は、「友達」ではなくて「おじちゃん」だから。
 その「おじちゃん」にパズルをくれたか、飽きたから譲っただけなのか。それすらも謎。


(くれたのだと思いたいのだが…)
 あの日から一度も会えていないし、確かめる術を持たないまま。
 サムに会えたら、パズルを見せて訊いてみるのに。
(借りっ放しで悪かったな、と…)
 差し出したならば、どんな表情が返るのか。
 「ぼくのパズル!」と引っ手繰るのか、「おじちゃんのだよ?」と笑顔になるか。
 その時にサムが、あの万華鏡の方に夢中でも…。
(おじちゃんのだよ、と言ってくれたら…)
 どんなに嬉しいことだろう。
 サムと心が繋がったようで、遠い昔に戻れたようで。
(頼むから、死なずに生きていてくれ…)
 私がノアに戻れる日まで、と僅かな希望を未来に抱く。
 時代がミュウへと味方していても、「負ける」と決まったわけではない。
 勝ちを収めたなら、戻れるノア。そして再会できるサム。
(白のおじちゃん、とポカンとしてくれたらな…)
 楽しいのだが、と眺めた元老の衣装。
 「赤のおじちゃん」の赤い制服は、もう着ないから。今では白い服だから。
 サムも自分も生き延びたならば、この服でサムに会いに行こう。パズルを持って。
 「元気にしてたか?」と、「白のおじちゃんになったんだぞ」と。
 その日が訪れてくれたらいい。
 サムを置いてノアを離れるけれども、「白のおじちゃん」がサムの見舞いにまた行ける日が…。

 

           置いてゆく友へ・了

※「白のおじちゃん」になったキースは、サムに会えたのか、会えなかったのかが謎。
 会えなかった可能性も高いんだよね、と考えたトコから出来たお話。どうだったんでしょう?








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(うーん…)
 困った、とトォニィは頭を抱えていた。
 シャングリラの中のソルジャーの部屋で、ベッドの端に腰掛けて。
 ソルジャーを継いで、もうどのくらい経ったろう。大好きだったグランパ、ジョミーの頼みで。
(グランパ、ぼくはどうすれば…)
 分からないよ、と頭の補聴器に訊いてみたって、返って来るのは沈黙ばかり。記憶装置を兼ねた補聴器、その中には今や二人分の知識が詰まっているのに。
 ミュウの初代のソルジャーだった、三世紀以上も生きたソルジャー・ブルー。
 その後を継いで地球を目指して、グランド・マザーを倒したジョミー・マーキス・シン。
(…グランパ、ブルー…)
 どっちでもいいから、ぼくに答えを、と何度尋ねても、答えは「だんまり」。
 そうなるのも仕方ないけれど。…いくら豊富な知識があっても、知らないことは答えられない。持っていない知識は使いようがないし、答えられないことだってある。
(…グランパも、ブルーも、思いっ切り…)
 ストイックに生きた人だったから、と零れる溜息。
 「伝説のタイプ・ブルー・オリジン」と異名を取ったらしいブルー、そちらは三世紀以上もの歳月を生きた偉大なソルジャー。けれど、生涯、独身だった。
(浮いた噂の一つも無くて…)
 フィシスが恋人だったというのも、ただの「噂」に過ぎないらしい。
 幼いフィシスをシャングリラに連れて来て直ぐの頃には、「ロリコンだった」と船に流れた噂。誰もが納得しかかったのに、グラマラスな美女に育ったのがフィシス。
(それでロリコン説は崩れて…)
 グラマラスな美女が好みなのだ、と新たな噂が広まったけれど、それでおしまい。
 周りの者たちがせっせとお膳立てしても、ブルーは結婚しなかったから。「ぼくの女神」などと呼んではいたって、フィシスを生涯の伴侶に選びはしなかった。
(過保護な保護者で、フィシスの養父母みたいなもので…)
 父親役と母親役を兼ねていたようだ、というのが定説。記憶装置の記憶を探っても、そう。


 ソルジャー・シンの方はと言えば、これまた生涯、独り身な人。
 ブルーよりかは遥かに短い人生だけれど、アタックした女性はちゃんといた。今もこの船で幅を利かせているニナ、彼女がかました凄いモーション。
(ジョミーの子供が欲しいなぁ、って…)
 あまりに直接的な表現、お蔭でそれは「伝説」になった。今なお語り継がれるほどに。
 そこまでハッキリ言われたならば、多分、普通は…。
(据え膳食わぬは男の恥、って言うヤツで…)
 ニナとは結婚しないにしたって、「彼女」にするのはアリだと思う。
 「ソルジャーは独身であるべきだ」という不文律があっても、正妻でなければオールオッケー。
(お妾さんとか、側室だとか…)
 こう色々と言い方が…、と無駄に語彙だけあるトォニィ。
 それもそうだろう、彼の頭を悩ませ続けている問題。記憶装置に訊くだけ無駄な話の中身は、実はそっちの関係だった。
 ミュウと人類が和解してから、すっかり平和になった宇宙。
 SD体制の影も形も無くなった今は、人類の世界にも自然出産が広まりつつあって…。
(…いずれはミュウの時代になるから、って…)
 人類側を代表しているスタージョン大尉、今は上級大佐だったか。
 彼から直々に打診があった。
 「ソルジャー・トォニィに、相応しい女性がいるのだが」と。
 そろそろお年頃でもあるから、と持ち掛けられたのが「縁談」なるもの。
 お相手の名前は、レティシアという。…人類の世界で育ったミュウで、育ての親が、あろうことかグランパと同じ養父母なオチ。
(…レティシア・シン…)
 「彼女ならば似合いだと思う」と、スタージョン上級大佐はマジだった。
 今の所は「ソルジャー・トォニィ」、そう呼ばれている状態だけれど。特に不自由はないのだけれども、「レティシア・シン」を娶ったら…。


(ソルジャー・シン二世…)
 そう名乗れるから素晴らしい、という強烈なプッシュ。
 初代のブルーと、SD体制を倒したジョミー。その二人に比べれば、影が薄いのが三代目。
 けれども、次の時代を担うのは自分なのだし、「ソルジャー・シン」の名前にあやかるべき。
 スタージョン上級大佐イチオシの女性のレティシア、彼女を妻に据えたなら…。
(…ソルジャー・シン二世で…)
 申し分ないソルジャーということになるらしい。何処に出しても、それは立派な。
(正妻として迎えなくても…)
 レティシアが子供を産んでくれたら、その子が次のソルジャーになる。
 その子は「ソルジャー・シン」と縁のある子で、ソルジャー・トォニィの血も引く生まれの子。
(…ミュウの世界のサラブレッドで、もう最高のソルジャーで…)
 きっとサイオンも半端ない子になるだろうから、「レティシアを妻に」と、推しまくるのがスタージョン上級大佐。
 かてて加えて、かつてのジョミーの養父母も乗り気。
 「ジョミーをグランパと呼んでくれたのだったら、私たちとも、是非、縁続きに」と。
 もちろんレティシアに「否」などは無くて、もうシャングリラに来る気満々。
(なまじっか、ぼくがイケメンだから…)
 罪な顔だ、と自分の顔を撫で回す。「パパも、けっこうイケメンだったし」と。
 自分で言うのもアレだけれども、今の自分の人気は高い。行く先々で若い女性がキャーキャー騒ぐし、年配の人類の女性たちだって、ファンクラブを結成しているくらい。
(…レティシアは最初から、シャングリラって船に興味津々な子で…)
 ミュウと発覚するより前から、ミュウの世界に肩入れしていた早熟な子供。
 それが育って妙齢になれば、ますます強くなる憧れ。「私もシャングリラに乗りたい!」と。
 其処へイケメンなソルジャー・トォニィ、「お近づきに」と考えるのも自然なこと。
(…その辺の所を、セルジュの野郎が…)
 焚き付けたのに違いない、と歯噛みしたって、どうにもならないのが現状。
 もはや人類も、ミュウの方でも、「お輿入れ」を待っている所。
 偉大なソルジャー・シンに縁のレティシア、彼女がソルジャー・トォニィと結ばれる日を。
 正妻だろうが側室だろうが、二号さんだろうが、お妾だろうが。


 なんとも困った、この状態。
 どうすれば角を立てることなく、この縁談を断れるのか。
 「側室でもいい」などと言われたからには、スタージョン上級大佐や、ジョミーの養父母だった二人は、何が何でも押し切るつもり。…輿入れしてくるレティシアだって。
(そんなこと、ぼくに言われても…)
 ぼくにはアルテラという人が、と眺める窓辺。
 其処に今でも置いてあるボトル、「あなたの笑顔が好き」と書かれた、アルテラの文字。
(…あの頃は、ぼくも子供だったし…)
 まるで分かっていなかった。
 アルテラの気持ちも、自分がアルテラに抱く気持ちが何なのかも。
 けれどアルテラを亡くして分かった。「あれが自分の初恋だった」と、「アルテラよりも素敵な女性は何処にもいない」と。
 だから貫きたい独身。
 ソルジャー・ブルーがそうだったように、グランパもまた、そうだったように。
(でも、ソルジャーは独身でないといけない、っていう決まりなんかは…)
 何処にも無いから、平和な今ではミュウが、人類が期待している。
 「是非、素晴らしいお世継ぎを」と、「最初の自然出産の子供の血筋を残して欲しい」と。
 其処へレティシアの名前が出たから、もうワイワイと騒がしい世間。
 「ソルジャー・トォニィもお年頃だし、とにかくお迎えになられては」と。
 正妻でなくても、側室という形からでも、お妾さんでも、二号さんでも、くっつけようと。
 「お世継ぎ」が生まれてくれれば万々歳だし、それから正妻に据えたって、と。
(…なんだか厄介な相談事まで…)
 していることを知っている。
 「ソルジャーの奥方は何と呼ぶべきか」と、ミュウが、それから人類が。
(ソルジャー・レディとか、レディ・ソルジャーとか…)
 候補の名前がガンガン挙がって、大盛り上がりなミュウと人類。それも平和の証拠だけれども、頭が痛いこの現実。
 結婚したいと思いはしないし、アルテラ一筋、独り身でいたいと思うのに…。


(グランパ、それにソルジャー・ブルー…)
 ぼくはいったいどうすれば、と涙がポロポロ、なんと言っても、まだ子供。
 大きいようでも十代なのだし、周りがどんなに先走ろうとも、縁談が進められようとも…。
(…ぼくはアルテラ一筋で…)
 一生、独身でいたいんだけど、と思った所へ聞こえた声。…あるいは思念。
 「自分の名誉を捨てられるか?」と、グランパの声で。
 「白い目で見られても生きて行けるか?」と、ブルーの声で。
(…グランパ? ブルー?)
 何かいい手があるっていうわけ、と顔を上げたら、二人の記憶が答えをくれた。
 「どうなってもいいなら、これで行け」と。
 その手を使えば縁談は消えて、晴れて生涯、独身だろうと。
(ありがとう、グランパ! ソルジャー・ブルー…!)
 トォニィはガッツポーズで部屋を飛び出して行って、そして縁談は立ち消えになった。
 「ソルジャー・トォニィは、実は恥ずかしい病らしい」と噂が立って。
 「大きな声ではとても言えないが、あちらの方面は役立たずだという話だぞ」などと。
 男としては、非常に恥ずかしい話だけれども、トォニィは気にしなかった。
 「これでアルテラ一筋だ」と。
 「ぼくは一生、後悔しない」と、「役立たずな男で何が悪い」と。
 ある意味、男らしいのだけれど、誤解されたままで、歴史は残った。
 ソルジャー・トォニィは、お子がお出来にならなかったと、「実はEDだったそうだ」と…。

 

           その後の事情・了


※いったい何処から降って来たのか、自分でも真面目に分からないネタ。しかもレティシア。
 独身を貫くトォニィは健気なんですけどねえ、実際はどうだったんでしょう。はて…?








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