(マザー直々の選抜だというのは分かるが…)
見た顔が多いのも仕方ないが、と首を捻ったキース。自分の部屋で。
ジルベスター星系からノアに戻った後、直属の部下たちを思い浮かべて。
自ら側近に起用したマツカ、彼については問題ない。ミュウの能力を高く買った上で、マザーを誤魔化して側近に据えた。きっと役立つだろうから。
マツカは元々、人類統合軍の人間。それでは自分の部下に出来ないから、国家騎士団の方に転属させた。有能で忠実な側近になるのは間違いないし、「これは使える」と。
それとは別に、グランド・マザーに依頼した部下。「ミュウの掃討に役立つ者を」と、実戦経験豊富な者たちの配属を。
(…それで来たのが、スタージョン中尉たちなのだがな…)
あの面子はアクが強すぎないか、と気になって仕方ない自分の部下たち。
まずはスタージョン中尉が問題、軍の上層部になればなるほど、いないのが濃い肌の色を持った人材。黄色だろうが、褐色だろうが。
(SD体制の時代になっても、妙なこだわりというヤツで…)
出世するには、「肌の色は白い方がいい」とされていた。時代錯誤も甚だしい話。
SD体制が始まるよりも、ずっと昔に消えてしまった「肌の色での区別」や差別。科学的根拠はナッシングだから、そんな説など時代遅れだ、と。
(しかし、そいつがまかり通るのが…)
今の時代で、旗振り役はグランド・マザーだと囁かれている。
ミュウを「異分子」と決め付けるように、肌の色も「白いほどいい」と考えている機械。実際、それを裏付けるように、国家騎士団には肌の色が白い者ばかりで…。
(たまに肌の色が濃いのがいたなら、辺境星域が配属先で…)
どう間違っても、ノアに配属されては来ない。相当な功績があるならともかく、まだ駆け出しの中尉程度の階級では。
それが世間の常識で認識、なのに来たのが褐色の肌を持つスタージョン中尉。
(あまつさえ、パスカルたちもいるのに…)
肌が白い彼らを軽く押しのけ、補佐官の地位まで拝命している。マザー直々の選抜で。
グランド・マザーは、「肌が白くない」士官は嫌いな筈なのに。
なんとも妙だ、と解せない部下。その筆頭がスタージョン中尉で、パスカルだって…。
(…あの無精髭を生やしたままでは…)
将来、出世に支障が出るぞ、と教官時代に何度も叱った。「出世したいなら、髭を剃れ」と。
けれども聞かなかったパスカル。「出世に興味はありませんから」と鼻で笑って。出世よりかは個性が大事で、「これが私のスタイルなので」と貫いた髭。
(とっくに何処かでドロップアウトで…)
二度と目にすることもあるまい、と思っていたのに、グランド・マザーに選ばれたパスカル。
あまつさえ、スタージョン中尉に次ぐ二番手な立ち位置で。
(グランド・マザーは、無精髭も好みではない筈なのだが…)
髭を生やすなら、もっとジェントルマンな髭。遠い昔の紳士や軍人、彼らの髭に倣ったもの。
そういう髭なら「まあ、いいだろう」と、許すと噂のグランド・マザー。
肌の色で差別をかます件といい、何処までも時代錯誤な機械で、さながら女帝気取りとも言う。
(人種差別は当たり前のことで、髭も立派な髭でない限りは認めない女帝…)
それがグランド・マザーの本性、髭はともかく、肌の色で泣きを見た者も多い。
ところが今度の人事ときたら、ミュウ殲滅のための作戦だったのに…。
(セルジュを寄越して、補佐にパスカル…)
この二人だけでも「強すぎる」アク。
グランド・マザーの趣味とも思えぬ、斜め上をいく大抜擢。
(彼らのデータを調べてみたが…)
輝かしい功績を上げてはいないし、何故こうなったか分からない。選ばれた理由がサッパリ謎。これが人間によるものだったら、「袖の下」などもアリだけれども…。
(グランド・マザーに賄賂を贈ったところで…)
何の効果もありはしなくて、下手をしたなら食らうのが左遷。それこそ辺境星域へと。
ましてやグランド・マザーが嫌いな、「褐色の肌」や「無精髭」の輩が賄賂を贈ったならば…。
(左遷どころか、解任だろうな)
国家騎士団から放り出されて、人類統合軍の下っ端とか。それにもなれずに、警備員とか。
そんな結末が見えているのに、セルジュとパスカルは揃って配属されて来た。有り得ないような人事異動で、マザー直々の選抜で。
トップの二人を眺めただけでも「濃すぎる」と分かる、自分の部下。
かてて加えて、他の面子もユニークさの点では半端なかった。軍人たるもの、こうあるべき、と思う形から外れまくりに思える面子。誰を取っても、誰のデータを見てみても。
(…いったいマザーは、何を思って…)
此処までアクの強い奴らを選んで寄越したのだ、と掴めない意図。
もしかしたら試されているのだろうか、彼らを見事に御せるかどうか。キース・アニアンの器を知ろうと、「お手並み拝見」とマザーが選んで来ただとか。
(そういうことなら、分からないでも…)
教官時代に手を焼かされた奴らが揃うのも、と零した溜息。「テストだったら仕方ない」と。
彼らを立派に使いこなせたら、晴れて自分も一人前。
(ゆくゆくはパルテノンに入って…)
元老になって国家主席だ、と目標は高く果てしなく。
メンバーズとして歩むからには、其処まで昇り詰めてこそ。トップの地位に就いてこその人生、そうでなければ甲斐がない。
(グランド・マザーに気に入られてだな…)
出世街道を走り続けてやる、と戯れに触れたコンソール。机に備え付けのもの。
個人的な部屋の備品とはいえ、今の地位なら国家機密にもアクセス可能。
(…グランド・マザーの趣味を確認しておくか…)
部下どもは嫌われている筈だからな、と打ち込んでいったセルジュたちの名前。ついでだからとパーソナルデータも、覚えている分を入れてゆく。ジルベスターから加わった部下を。
(マツカは無関係だから…)
セルジュにパスカル、とザッとブチ込んで、データベースを検索させた。
グランド・マザーが嫌悪しそうな部下たち、誰が一番マザーの好みに合わないのか、と。
そうしたら…。
(嘘だろう!?)
何故だ、と見開いてしまった瞳。
その条件で開示された情報、其処にはグランド・マザーが与えた承認の印。「素晴らしい」と。
並ぶ者なき騎士団員たち、彼らこそ理想の国家騎士団員だ、と。
(何故、そうなる…!)
マザーが嫌いそうな面子ばかりの筈なのに、と慌てて変えた検索条件。
どう転がったら、これがマザーの理想なのかと、信じられない面持ちで。「有り得ないぞ」と。
とにかく理由を提示するよう、メンバーズとしてのIDなども叩き込んだら…。
(……なんだ、これは?)
画面に大きく表示された文字、「風と木の詩」という代物。
「詩」と書いて「うた」と読むとの情報、SD体制が始まるよりも遥かに遠い昔に描かれた…。
(…びーえるの走り…?)
BLとは何のことだろうか、と深まる疑問。それから「風と木の詩」という漫画。
どちらもグランド・マザーの好みで、繰り返し思考しているらしい。詩的だという作風だとか、綺羅星のような登場人物について。
(…ふうむ…)
ならば私も勉強すべきか、と思った「風と木の詩」。
迷わずデータを全て引き出し、早速、読もうとしたのだけれど。
(……………)
もう冒頭から唖然呆然、肌色満載のページが出て来た。男同士のベッドシーンで、それは激しく絡み合う二人。それこそ最初のページから。
(…この本は思考に値するのか!?)
分からん、と投げたい気分だけれども、如何せん、グランド・マザーのお気に入りの本。途中で投げたとマザーに知れたら、自分が失脚しかねないから…。
(…ジルベール・コクトー…)
「我が人生に咲き誇りし、最大の花よ」と始まる物語をヤケクソで読んだ。泣きの涙で。BLの趣味など無いというのに、忍の一字で。
(このジルベールの相手役がセルジュ…)
褐色の肌の少年なのか、とスタージョン中尉と被った「セルジュ」。
読み進めたら、パスカルという名の男も出て来た。無精髭のパスカルに激似の男で、セルジュとジルベールの周りを固める連中は…。
(どいつもこいつも、見たような奴らばかりではないか…!)
私の部下だ、と遅まきながら理解した。どうしてセルジュでパスカルだったか、アクが強いか。
グランド・マザーが好きな「風と木の詩」、何度も思考し続けるそれ。
上手い具合に、面子が揃っていたらしい。セルジュにパスカル、彼らを取り巻く人物とそっくり同じな、名前や見た目の人材が。
(……風と木の国家騎士団員……)
それを押し付けられたようだ、と気付いたからには、回避したいのが最悪の事態。
幸か不幸か、まだ現れてはいない人物、その登場を避けねばならない。
「マツカ! …マツカはいるか!?」
急いで来い、と肉声と通信と思念とのコンボ、大慌てで走って来たマツカ。とうに夜だったし、部屋でシャワーでも浴びていたのか、髪に水滴をくっつけて。
「お呼びですか?」
大佐、と敬礼するマツカに、「この情報を皆に伝えろ」と顎をしゃくった。メモを差し出して。
「いいな、こういう名前の人物が来たら、門前払いをするように」
決して配属させてはならん、と渡したメモに、マツカが目を落として…。
「ジルベール…。コクトーですか?」
「そうだ。ジルベールだろうが、コクトーだろうが、却下だ、却下!」
特に金髪の奴は駄目だ、と念押しをした。「緑の瞳の奴も却下だ」と、そんなジルベールは特にいかん、と。
「…分かりました。ジルベールとコクトーは駄目なんですね?」
「ああ。マザー直々の選抜だろうが、断固、断る」
絶対にジルベールを入れてはならん、と凄んだキース。もしも配属されて来たなら、他の部署に異動させるようにと。「キース・アニアンの部下にはさせん」と。
かくして忠実なマツカは駆け去り、命令は周知徹底されて…。
(…キース・アニアン…。私の好意を無にするとはな…)
もう少しで「風と木の国家騎士団」が完成していたものを、と呻くグランド・マザー。
やっとのことで「理想のジルベール」を発見したのに、受け入れ先が無かったから。辺境星域の基地に戻すしかなくて、キースの部下には出来なかったから。
(…ジルベールさえ送り込めていたなら…)
耽美な騎士団になったものを、とグランド・マザーが嘆いている頃、キースの方は…。
「よくやった、マツカ! 断ったのだな、ジルベールを?」
「はい。ですが、良さそうな人材でしたよ?」
成績優秀、見た目も上品な美少年で…、と答えるマツカは何も知らない。「風と木の詩」という漫画のことも、グランド・マザーの隠れた趣味も。
「どんなに優秀な人材だろうと、ジルベールだけは御免蒙る!」
下手をしたなら規律が乱れてしまうからな、と吐き捨てるキースにBLの趣味は無かった。
欠片さえも持っていないのだけれど、濃すぎる部下たち。
(…グランド・マザーが選んだせいで…)
ずっと奴らと珍道中か、と尽きない苦悩。
ジルベールの登場は阻止したけれども、他は揃っているものだから。傍から見たなら、リーチでテンパイ、そんな具合の面子だから。
(…ジルベールだけは来てくれるなよ…)
私はマザーのオモチャではない、と握った拳。
「風と木の詩」に萌えてはいないし、思考する趣味も持ってはいない。軍人の世界に「耽美」は不要で、そんなブツなど持ち込めば負ける。
「部下のせいで敗れてたまるものか」と、「ミュウに勝たねばならないからな」と…。
風と木の騎士団・了
※アニテラに出た「風と木の詩」な面子。セルジュとパスカルしか分からなかった管理人。
なんとも濃かった騎士団だ、と思ったトコから、こういう話に。ジルベール不在でしたしね。
(…しつこいんだから…)
なんて機械だ、とシロエが叩いた机。
E-1077の個室で、マザー・イライザが消え失せた後に。
感情の乱れを感じ取ったら、「どうしましたか?」と現れる幻影。
機械に監視されている証拠で、心まで盗み見ているそれ。
怒りを口にしてはいないし、何かに記したわけでもない。
けれど、何処からか読み取られる。心を乱してしまった時は。
(…機械なんかに…)
何が分かる、と言いたいけれども、同期生たちは挙って褒め称える。
このステーションのメイン・コンピューター、マザー・イライザの素晴らしさを。
「あんなに優れた母親はいない」と、「何でも理解してくれている」と。
成人検査で彼らが別れた、故郷の養母。十四年間、彼らを育てた母親。
その母よりも「ずっと素晴らしい」と、「必要なものは全て与えてくれるから」と。
慰めに励まし、時には叱って、皆を導くマザー・イライザ。
名前の通りに「母」に相応しいと、彼女こそが「母親の鑑」だとも。
所詮、機械だと思うのに。
膨大なデータを持っているなら、何にでも答えを出せて当然だと思うのに。
(計算も出来ないコンピューターなんか…)
出来損ないだよ、と嘲笑いたくもなるけれど。
実際、笑ってやるのだけれども、そのイライザに悩まされる。
何かあったら、母親面して現れるから。
故郷の母に似せた面差し、それを持っている機械の幻影。
(…人が親しみを覚える姿で…)
現れるように出来ているから、マザー・イライザは母に似ている。
もう顔さえもおぼろにぼやけた、懐かしい母に。
夢の中でしか、その顔立ちを見ることが出来ない、優しかった母に。
マザー・イライザが現れた時に、心に幾らか余裕があったら、描き留める姿。
母の姿に似ているのならば、絵を描く間に本当の母を思い出せるかもしれないから。
ある日突然、「これがママだ」と思う姿を、描ける日が来るかもしれないから。
(でも、あれは…)
母の姿を真似てみせるだけの、忌まわしい機械。
幻影が現れるのはまだマシな方で、コールを受けてしまった時には…。
(…呼び出される度に、何か失う…)
そう確信している、イライザのコール。
マザー・イライザが姿を現す、ガランとした部屋。女性の彫像が置かれた場所。
大理石のように見える室内、其処が一面の草原のようになったなら…。
(ベッドが出て来て、其処に寝かされて…)
眠りなさい、と命じる言葉に逆らえない。
どう頑張っても、歯を食いしばって抗ってみても、引き摺り込まれる眠りの淵。
歌うように響く、マザー・イライザの声。
「導きましょう」と。
より良い道へ進めるようにと、「それが私の役目ですから」と。
コールを受けて呼ばれた者たち、彼らは誰でも口を揃えてこう言うもの。
「コールの後では心が晴れる」と、叱られた時でも晴れやかな顔で。
(…そりゃあ、軽くもなるだろうね)
マザー・イライザは、「悩みの種」を心から消してしまうのだから。
時には悩みがあったことさえ、分からなくなるほどだから。
(呼ばれて喜ぶ奴らはいいけど、ぼくの場合は…)
失うものが多すぎるんだ、と噛んだ唇。
コールの度に薄れて消えてゆく記憶、辛うじて心に残っていたもの。
成人検査を受けるよりも前に、自分が心に刻んだもの。
それが少しずつ消えてゆくのは、マザー・イライザが端から消してゆくからなのだ、と。
なんとも忌々しい機械。
心を盗み見、記憶まで奪ってゆくコンピューター。
どうして此処の候補生たちは、あんな機械に従えるのか。
従うどころか、「母親のように」慕えるのか。
けれど、そう思うのは、どうやら自分一人だけ。怒り、苛立つのも自分だけ。
そんな自分を従わせようと、あの手この手のマザー・イライザ。…そう、今日のように。
「どうしましたか?」と親切そうに現れてみては、心に入り込もうとして。
(…ぼくは、機械に隙なんか…)
見せるもんか、と握り締める拳。
心の弱さを見せたら負けると、大切なものを失うだけだと。
成人検査で、テラズ・ナンバー・ファイブに記憶を奪われたように、きっと此処でも。
ある日、気付いたら、両親や故郷を懐かしむ心も、すっかり失くしているだとか。
他の候補生たちがどうであろうと、ぼくは機械に懐きはしない、と誓った心。
友達の一人もいないままでも、かまわないから、と思って生きて。
(…迷える子羊…)
とある講義で、耳慣れない言葉を聞かされた。
エリート候補生を育てるためには必須の科目の、宗教学概論。
機械が治める時代とはいえ、人には「神」が必要なもの。
その「神」について教える講義で、教官が話した聖書の一節。
(百匹の羊を飼っている人がいて、その中の一匹が迷子になって…)
行方不明になってしまったなら、残りの九十九匹を置いて、探しに行くのが神だという。
何処に行ったか分からない羊、それを探しに。
あちこち探して見付け出したら、その一匹のために「とても喜ぶ」ものだとも。
それほどに神は慈悲深いもの、というのが講義のポイント。
人間は誰もが神の羊で、神は「心優しき牧者」だとも。
(……神様ね……)
本当に神がいると言うなら、救って欲しいと心から思う。
機械の言いなりになって生きる人生、こんな地獄から一刻も早く。
自分以外の九十九匹、それが安穏と暮らしているなら、彼らのことは放っておいて。
今も荒野を彷徨い続ける、迷ってしまった「セキ・レイ・シロエ」という羊を。
(だけど、神様は助けになんか…)
来やしない、と部屋に帰っても波立つ心。
神様よりかは、きっと頼りになると思えるのがピーターパン。
夜空を飛んで来てくれる彼は、神よりもずっと頼もしい。
(ピーターパンは子供の味方で、ネバーランドに連れてってくれて…)
羊を飼ってる神様よりも、本当に頼りになるんだから、と思った所で気が付いた。
百匹の羊を飼っている神と、其処から迷い出た一匹の羊。
(…マザー・イライザと、ぼくみたいだ…)
九十九匹の羊は大人しく群れているのに、行方不明の羊が一匹。
好奇心旺盛な羊だったか、はたまた何かに驚いたのか。
いずれにしても群れを離れて、放っておいたら狼の餌食かもしれないけれど…。
(羊には羊の都合ってヤツが…)
存在しないとどうして言える、という気分。
マザー・イライザが羊飼いなら、自分だったら全力で逃げる。
逃げ出した先が荒野であろうと、狼の遠吠えが響こうとも。
(…食べる草なんかは何処にも無くって、飢えて死んでも…)
このまま飼われて、記憶を全て失うよりかは、ずっといい。
狼の餌食になったとしたって、懐かしい故郷を、両親の記憶を失くさないままで死ねるなら。
(飼われたままだと、いつか何もかも…)
失くしそうだ、と恐れる自分。
だから抗い、逆らうけれど。
マザー・イライザを嫌うけれども、追って来るのが憎らしい機械。
何処へ逃げようとも、「どうしましたか?」と。
幻影を見せて追って来る日や、コールサインで呼び出される日や。
本当に恩着せがましい機械。
迷い出た羊は放っておいてくれればいいのに、しつこく探しに来る機械。
(…そんな機械に懐いてる奴は…)
羊なんだ、と掠めた思い。
「此処にいるのは、みんな羊だ」と、「マザー牧場の羊なんだ」と。
神に飼われた羊だったら、まだしもマシな気がするけれど。
人間は誰でも神の羊ならば、それに異論は無いけれど。
(…神様ならいいけど、機械に飼われている羊なんか…)
ただの屑だ、と思えてくる。
機械の言いなりに生きている羊、自分自身の考えさえも無さそうな「群れた羊」たち。
マザー・イライザが導くままに、右へ左へと歩いてゆく。
九十九匹で群れを作って、行方不明の一匹のことは考えもせずに。
(…羊だよね…)
此処にいる候補生たちは、と唇に浮かべた皮肉な笑み。
マザー・イライザが連れ歩く羊、「マザー牧場の羊」たちが暮らすステーション。
連れて来られて間もない間は、群れから離れてゆきそうな羊もいるけれど…。
(じきにイライザに飼い慣らされて…)
マザー牧場の羊になるんだ、とクックッと笑う。
「そんな道は、ぼくは御免だね」と。
神が羊を飼っているなら、その羊でもいいけれど。
機械仕掛けの羊飼いには、けして自分は懐きはしない。
一匹だけ群れをはぐれた挙句に、荒野で飢え死にしようとも。
狼の牙に喉を裂かれて、血染めの最期を遂げようとも…。
イライザの羊・了
※シロエと言えば「マザー牧場の羊」発言ですけど、羊なんか何処で見たんだろう、と。
エネルゲイアに羊の群れはいそうにないし、と思った所から出来たお話。羊ならば聖書。
「発射ぁ!」
キースの叫びと共に放たれた、メギドの炎。地獄の劫火と称される、それ。
ジルベスター・エイトを貫いた火は、遥か彼方のモビー・ディックへと向かったけれど。ミュウたちを滅ぼす筈だったけれど、それはジルベスター・セブンでのこと。いわゆるナスカ。
巻き添えとばかりに大穴が開いた第八惑星、ジルベスター・エイト、其処が問題。
(………)
崩れゆく星でムクリと動いた生き物。人類が承知していないブツ。
SD体制が始まるよりも遠い昔に、ジルベスター・エイトはパラダイスだった。其処で生まれた幾つもの命、けれど不幸にも止まった進化。どういうわけだか。
爬虫類まで進んだ所で終わってしまって、最後にいたのはイグアナたち。
そのイグアナも、生きてゆけなくなった星。「もう駄目ぽ」と滅びてゆく中、神の気まぐれか、悪戯なのか、眠りに就いたヤツが一匹。
(…………)
長い長いこと眠ったイグアナ、そいつが叩き起こされた。メギドの炎で。
星に大穴が開くほどの衝撃、目覚めない方がどうかしている。その上メギドは、惑星改造用にと作られたヤツを、国家騎士団が兵器に転用したものだから…。
(……………)
普通のイグアナと多分、変わらなかった筈のイグアナ。
メギドの炎を浴びたお蔭で、「彼」は巨大化してしまった。それは素敵なビッグサイズに。
目を覚ましたら星はメチャメチャ、もはや住む場所も無さそうな感じ。
イグアナの頭でも理解できたこと、「アレが悪い」と。
宇宙空間に群がっている人類軍の船と、それからメギド。「アレが壊した」と、長らく暮らした我が家がパアになったのだ、と。
いくらイグアナでも、これで怒らないわけがない。「いてもうたるねん」と思うのが普通。
とっくに「ただのイグアナ」ではなくて、もはや大怪獣だから…。
『何か来ます!』
マツカがキースに送った思念波。
他の部下も、「前方より、高エネルギー体、高速接近中!」と言ったものだから、「来たか」と期待したのがキース。「伝説の獲物がやって来たな」と。
当然、キースが待っていたのはソルジャー・ブルー。伝説のタイプ・ブルー・オリジン。
ところがどっこい、宇宙空間に現れた「高エネルギーを纏ったもの」は…。
「パギャーーーッ!!!」
雄叫びを上げて、ジルベスター・エイトから飛び出して来た大怪獣。怒れるイグアナ。
「元イグアナ」で、今の姿はさながら「ゴジラ」といった所か。
彼は遠慮なく口から火を吐き、人類軍の船を焼き払った。レーザー砲で攻撃されても、大怪獣の皮は傷つきもしない。
「ウゼエ奴らだ」と言わんばかりに船を掴んで、千切っては投げ、千切っては投げ…。
「しょ、少佐! あれはいったい…!?」
大慌てなのがキースの部下たち、キースも実はビビッていた。ソルジャー・ブルーなら、来ても少しも驚かない。返り討ちだと思っていたのに、想定外のブツが来たわけだから。
けれど腐っても機械の申し子、「落ち着け!」と怒鳴って撃ち落とすつもり。メギドの次弾で、宇宙に出て来た大怪獣も。
きっと一撃で倒せる筈だ、と考えているキースは知らない。
大怪獣の正体は「ただのイグアナ」、それがメギドの炎で巨大化したなんて。第二波攻撃をブチかましたなら、火に油を注ぐような結果が待っているなんて。
大怪獣が暴れている頃、キースが期待をかけた人物、そちらも現れたのだけど。
ソルジャー・ブルーが懸命に宇宙を駆けて来たけれど、三世紀以上も生きた彼でも、目を疑った大怪獣。「いったい、何が?」と。
(…どう見ても巨大生物なんだが…)
それが人類軍を攻撃している、と把握した現状。多分、ミュウとは違った事情で、人類軍を敵と見做した生物。半端ない大きさで口から炎まで吐いて、蹴散らしている人類軍の艦隊。
(…ぼくはどうすれば?)
このまま行ったら自分の出番も無いのでは、と思う怪獣の暴れっぷり。再点火中らしきメギドに向かって進撃中だし、あの勢いならメギドも沈む。何発かガンガン殴ったならば。
(任せておくか…?)
アレに、とチラと考えたけれど、伝わってくる人類軍のパニックぶり。
お蔭で分かった、メギドとドッキングしている赤い船のこと。旗艦エンデュミオン、あの中にはキースが乗っている。大怪獣の怒りに任せて、メギドごと沈めてもいいのだけれど…。
(此処でキースが死んでしまったら…)
破壊力抜群の怪獣のことが、他の人類にも伝わるかどうか。なんとも使えそうな怪獣。
上手く自分が手なずけたならば、この先、きっと役に立つ。物凄い生物兵器として。
(…とりあえず、ぼくと目的は同じなんだから…)
ちょっと一緒に戦ってみるか、とメギドに向かって飛ぶことにした。予定通りに。
「聞け、地球を故郷とする全ての命よ」と、もはや誰も聞いてはいない思念を送りながら。青いサイオンの光の尾を曳き、まっしぐらに。
人類軍の方では「ミュウまで出て来た」と更なる騒ぎで、同士討ちまでしている始末。
それを「愚かな」と悲しみ、なおも飛んで行ったら…。
不意に反応した大怪獣。炎を吐くのを一旦やめて、「なんだ?」とブルーに向けられた目線。
だからダメ元で飛ばした思念。「敵じゃない」と。
「ぼくは志を同じくする者だ」と、「あそこのメギドを沈めたいだけだ」と。
そしたら返った「パギャーーーッ!」という声、何故だか通じてしまったらしい。怒りに燃える大怪獣に。人類軍もメギドも壊すつもりの破壊大王に。
『分かるのか? それなら、あそこの赤い船は避けて…』
メギドを壊せ、と思念を送れば、暴れ始めた大怪獣。墓標みたいな巨大なメギドを、ガンガンと足や尻尾で殴って。口から炎も吐きまくって。
そうこうする内に発射されたメギド、けれど照射率は激しく低下で、大怪獣にはエネルギー源と言ってもいいのが炎だから…。
(…そうか、こいつはメギドの炎で生まれた怪物なのか…!)
何処から来たのか分からないが、と理解したのがソルジャー・ブルー。怪獣とはいえ、思念波でこちらの意志が伝わるなら、やはり大いに役に立つ。
キースの船は爆発するメギドを離れて逃げて行ったし、怪獣の威力は人類軍に広まるだろう。
そうとなったら、此処は怪獣と仲良くなって…。
『ぼくと一緒に戦うか?』
お前の敵は逃げたようだが、と尋ねてやったら、大人しくなった大怪獣。暴れもしないし、火も吐きはしない。代わりにスリスリ寄って来た。まるで巨大な猫みたいに。
『そういうことなら…。シャングリラを追って旅をしようか』
シャングリラというのは、ぼくたちの船だ、と思念を送ると、頷くような気配が返った。一緒に行かせて貰います、という風に。…言葉は話さないけれど。
そんなこんなで、ソルジャー・ブルーが手なずけてしまった大怪獣。元はイグアナ。
アルテメシアを陥落させたジョミーたちとも無事に合流、ミュウはとんでもない生物兵器を手に入れた。メギドの炎も平気で食らう怪物を。どんな兵器も、まるで役立たない怪獣を。
「ブルー、次の星でもお願い出来ますか?」
今回、ちょっと手強そうなので、とジョミーが頼みに出掛けた青の間。
トォニィたちだけで攻めてゆくより、例のモスラを出したいんです、と。
「ああ、モスラ…。かまわないけれど、アレはモスラと言うよりは…」
ゴジラなんだと思うけどね、とブルーが入れた訂正。「ゴジラとモスラは、全く違う」と。
SD体制が始まるよりも遥かな昔に、人間たちが地球で作った怪獣映画。それがゴジラやモスラなるもの、大怪獣の姿はゴジラに酷似。
ゆえにブルーの目から見たなら「ゴジラ」だけれども、船では「モスラ」で通っている。
モスラは巨大な蛾の姿だから、全く似てはいないのに。誰が見たってゴジラだろうに。
「それは分かってるんですが…。モスラに思念を伝えられるのは、あなただけですし…」
モスラには「小美人」がセットですから、というのがジョミーの言い分。シャングリラの仲間もそれで納得、「小美人」はモスラと意思の疎通が出来た双子の妖精。
よってブルーは「モスラ」を使える「小美人」なわけで、何度も担ぎ出される有様。
「今度もよろしく」と、「次もモスラを使いたいので」と。
こうして人類軍を撃破しまくり、シャングリラはついに地球まで行った。問答無用で。
国家主席のキースの方でも、「交渉のテーブルを」などと言える立場ではなくて、悠々と降りたミュウたちの守護神、今は「モスラ」と崇められている大怪獣。
『ユグドラシルを壊して来い。…それと、その地下のグランド・マザーだ』
もう人類は全員、地球から逃げ出したから、とブルーが命じて、ゴジラは派手に暴れまくった。
「この星のせいで、俺の故郷がパアになった」と恨みをこめて。
「此処を第二の故郷にするねん」と、「住みやすい星にしてやるねん!」と。
ズシンズシンと破壊しまくり、口から炎を吐きまくり。
メギドの炎が生んだ怪獣、元はイグアナだった「モスラ」は夜を日に継いで暴れ続けて…。
「…ブルー、モスラが消えたんですが…!」
ついでに地球が青いんですよ、とジョミーが駆け込んで行った青の間。「外を見て下さい」と。
「…本当だ…。それじゃ、ゴジラは…」
神様の使いだったのだろうか、と首を捻ったブルーは、暫く後に「モスラ」に出会った。視察をしようと降りた地球の上で、それはのんびりと日向ぼっこをしているイグアナに。
とても懐かしい気配が漂う、普通サイズになった「モスラ」に。
『…もしかして、君は…』
あのゴジラかい、と訊いたブルーの足元、スリスリと寄って来たイグアナ。
大穴が開いたジルベスター・エイトの代わりに、地球を第二の故郷に選んだゴジラなイグアナ。
誰もがビックリ仰天だけれど、イグアナは宇宙を、地球を救った。
メギドの炎で怪獣になって、暴れた末に。ミュウと一緒に戦った末に。
青く蘇った地球の上には、元はゴジラでモスラなイグアナ。毎日のんびり日向ぼっこで、友達のブルーの手からおやつを貰ったりして。
二度と火なんか吐いたりしないで、自分が作った青い水の星、気持ちいい地球に大満足で…。
ミュウたちのゴジラ・了
※タイトルに使うのは「ゴジラ」か「モスラ」か、少し悩んだ管理人。どっちがいいんだ、と。
「シンゴジラがあったし、ゴジラの方で」と出した結論。それに姿もゴジラですしねv
pixiv にUPする時には「ゴジラ」避けました、シンゴジラと間違われそうだから…。
(……サム……)
やはり無理なのか、とキースが握り締めた拳。ノアの自室で。
国家騎士団総司令から、元老院入りを果たしたけれど。
今はパルテノンに集う元老の一人だけれども、そうなった理由。
初の軍人出身の元老、表向きはパルテノンの元老たちの要請。「求心力のある指導者を」と。
「腑抜けた老人たちも、ようやく目を覚ましたようだ」と思ったそれ。
必要とされての抜擢なのだと、ならば期待に応えなくては、と。
(頑張らねば、と思ったのだが…)
初めてパルテノンに行ったら、その場で分かった。「誰も歓迎していない」こと。
自分を元老に推した人物、そんな者などいはしなかった。誰一人として。
(…全てはグランド・マザーの采配…)
人類の聖地、地球に座している巨大コンピューター。SD体制の時代を支配する機械。
グランド・マザーが自分を元老の一人に選んだ。
未来の国家主席として。…人類を導く指導者として。
(私を作らせたのも、グランド・マザー…)
理想の指導者を作り出すため、無から合成された塩基対。
三十億ものそれを繋いで、マザー・イライザが紡いだDNAという名の鎖。
自分は其処から作り出されて、サムを、シロエを糧に育った。
ミュウの長、ジョミー・マーキス・シンと幼馴染だったサム。
それに、ミュウ因子を持っていたシロエ。
サムの心はミュウに壊され、シロエは自分がこの手で殺した。船を落として。
(…サムも、シロエも…)
きっと自分と関わらなければ、壊れも死にもしなかったろう。
ミュウのシロエも、恐らくは器用に生き延びた筈。
彼ほどの頭脳を持っていたなら、可能だろうと思うから。
(…マツカでも生きているのだからな…)
シロエだったら、自分で上手く生きただろう。
SD体制の枠から逃れた反乱軍でも指揮していたか、あるいは気ままな海賊なのか。
どの道だろうと、生きただろうシロエ。…そして壊れはしなかったサム。
自分のせいだ、と何度思ったことか。
廃校になったE-1077、シロエに言われたフロア001。
卒業までには行けずに終わって、何があるかも知らなかった場所。
グランド・マザーに処分を任され、赴いた時に全てを知った。
自分の生まれも、サムとシロエの役割も。…二人が自分の糧だったことも。
(そうやって私を育て上げて…)
いよいよ人類の指導者として立てというのが、グランド・マザーの意向で命令。
従うしかない道だけれども、そのための策も練ったのだけれど…。
(これを実行に移す時には…)
捨ててゆかねばならないノア。人類が最初に入植した星。今の宇宙の首都惑星。
ノアの価値は、この際、どうでもいい。
その策でミュウに勝てさえすれば。
ソル太陽系に布陣した上で、ミュウの艦隊を迎え討ち、そして滅ぼせたなら。
(…しかし、このノアは…)
下手をしたなら戦場になる。
国家騎士団も、人類統合軍の艦隊も、全て自分がソル太陽系に展開させるけれども…。
(艦船を持たない軍人どもは…)
ノアに残るから、彼らがミュウをどう扱うか。
戦わずして降伏だろうと読んでいたって、蓋を開けねば分からない。
頑迷な者が一人いたなら、己の力を過信している者がいたなら、来るだろう破局。
勝てもしないのに、ミュウの母船にミサイルの一つでも撃とうものなら…。
(ミュウどもも容赦しないだろうしな)
血も涙も無い、と今や評判のミュウの長。
降伏を伝えた救命艇さえ、容赦なく爆破したジョミー・マーキス・シン。
(私も大概、冷徹な破壊兵器と言われたものだが…)
今のあいつはそれ以上だな、と感じるジョミーの揺るぎない意志。
「人類軍は全て敵だ」と断じて、躊躇いもせずに殺してゆく。
彼がいる船にミサイルを撃てば、たちまち焼かれるだろうノア。
メギドほどではないだろうけれど、ミサイルを撃った基地の辺りは破壊し尽くされて。
きっとそうなる、と分かっているから、その前にサムを逃がしたかった。
何処でもいいから、ミュウが来そうにない星へ。
ミュウは地球へと向かっているから、逆の方へと逃せばサムは巻き込まれない。
愚かな輩が起こした戦い、負け戦だと最初から見える戦争には。
けれども、今日も届いた報告。サムの病院の主治医から。
(今の状態のサムを移送するのは…)
危険すぎる、と唱え続ける医師。何度確かめても、日を改めて問い合わせても。
このままでは置いてゆくしかないサム。
(…動かすことさえ出来たなら…)
安心してノアを離れられるのに。
他の者たちの命はともかく、サムの命を救えるのなら。
サム一人だけでも、安全な場所に逃げ延びていてくれるのならば。
(だが、そう簡単には…)
いかないのだな、と覚悟を決めるしかない自分。
サムのために計画を変更出来はしないし、グランド・マザーも承認することはないだろう。
個人的な感情で動くことなど、グランド・マザーは良しとはしない。
それをしたなら、未来の国家主席といえども、失脚するのか、降格なのか。
(…そうなった時は、マツカさえも守り切れなくなるからな…)
もしもマツカがミュウだと知れたら、即座に処分されるだろう。
問答無用で撃ち殺されるか、収容所にでも送られるのか。
それではサムも悲しむだろうし、シロエも悲しむに違いない。
(マツカも守れなかったのかよ、とサムなら言うな…)
悲しそうな顔で、「何してんだよ」と。
シロエも同じに言うのだろう。皮肉を少しも交えることなく、「どうしたんです?」と。
(先輩らしくもありませんね、と私を見据えて…)
どうしてその道を選んだのかと問うことだろう。
「マツカを生かして側に置いたこと、ぼくは評価していたんですけどね?」と。
「なのに最後にどうしたんです」と、「守ると決めたら、守るべきだったでしょう?」と。
マツカを安全に生かしたいなら、自分自身の身を守ること。
グランド・マザーの意に背かないこと。
(…すまない、サム…)
どうやら逃がしてやれそうもない、と噛んだ唇。
もはや打つべき手など無いから、ノアは捨てるしかないのだから。
サム自身の運に賭けるしかなくて、運良くノアが戦場にならずに済んだなら…。
(ミュウどもの艦隊を滅ぼした後で…)
見舞いに行ってやるからな、と心で詫びる。
そして手にした、サムに貰った「お気に入り」のパズル。
…あの日からサムに会えてはいない。「あげる」と渡され、貰った日から。
(みんな友達…)
そう言ってサムはパズルをくれた。人のいい笑顔で。
サムは「友達」にこれをくれたのか、それともパズルに飽きただけなのか。
(キース、スウェナ、ジョミー…)
あの時、サムが口にした名前。
木の枝に止まった三羽の小鳥を、白い小鳥を順に数えて。
「みんな、元気でチューか?」とも言った。
遠い昔にE-1077で、ナキネズミのぬいぐるみを手にして、そう言ったように。
(…サムは一瞬、戻って来たように思うのだがな…)
戻って来たから、「友達」の自分にパズルをくれた。そんな気がする。
そうだったのだと思うけれども、あの日のサムが持っていたもの。
小さな望遠鏡のようにも見えた万華鏡。
(あれがサムの新しいお気に入りで…)
パズルには飽きて、もう要らないから、昔馴染みの「おじちゃん」に譲ってくれただろうか。
何度も見舞いに来てくれるから、サムが気に入った「赤のおじちゃん」。
国家騎士団の制服のせいで、自分は「赤のおじちゃん」になった。
サムの心は子供に戻って、同い年の筈の自分が年上に見えているものだから。
子供のサムから眺めた自分は、「友達」ではなくて「おじちゃん」だから。
その「おじちゃん」にパズルをくれたか、飽きたから譲っただけなのか。それすらも謎。
(くれたのだと思いたいのだが…)
あの日から一度も会えていないし、確かめる術を持たないまま。
サムに会えたら、パズルを見せて訊いてみるのに。
(借りっ放しで悪かったな、と…)
差し出したならば、どんな表情が返るのか。
「ぼくのパズル!」と引っ手繰るのか、「おじちゃんのだよ?」と笑顔になるか。
その時にサムが、あの万華鏡の方に夢中でも…。
(おじちゃんのだよ、と言ってくれたら…)
どんなに嬉しいことだろう。
サムと心が繋がったようで、遠い昔に戻れたようで。
(頼むから、死なずに生きていてくれ…)
私がノアに戻れる日まで、と僅かな希望を未来に抱く。
時代がミュウへと味方していても、「負ける」と決まったわけではない。
勝ちを収めたなら、戻れるノア。そして再会できるサム。
(白のおじちゃん、とポカンとしてくれたらな…)
楽しいのだが、と眺めた元老の衣装。
「赤のおじちゃん」の赤い制服は、もう着ないから。今では白い服だから。
サムも自分も生き延びたならば、この服でサムに会いに行こう。パズルを持って。
「元気にしてたか?」と、「白のおじちゃんになったんだぞ」と。
その日が訪れてくれたらいい。
サムを置いてノアを離れるけれども、「白のおじちゃん」がサムの見舞いにまた行ける日が…。
置いてゆく友へ・了
※「白のおじちゃん」になったキースは、サムに会えたのか、会えなかったのかが謎。
会えなかった可能性も高いんだよね、と考えたトコから出来たお話。どうだったんでしょう?
(うーん…)
困った、とトォニィは頭を抱えていた。
シャングリラの中のソルジャーの部屋で、ベッドの端に腰掛けて。
ソルジャーを継いで、もうどのくらい経ったろう。大好きだったグランパ、ジョミーの頼みで。
(グランパ、ぼくはどうすれば…)
分からないよ、と頭の補聴器に訊いてみたって、返って来るのは沈黙ばかり。記憶装置を兼ねた補聴器、その中には今や二人分の知識が詰まっているのに。
ミュウの初代のソルジャーだった、三世紀以上も生きたソルジャー・ブルー。
その後を継いで地球を目指して、グランド・マザーを倒したジョミー・マーキス・シン。
(…グランパ、ブルー…)
どっちでもいいから、ぼくに答えを、と何度尋ねても、答えは「だんまり」。
そうなるのも仕方ないけれど。…いくら豊富な知識があっても、知らないことは答えられない。持っていない知識は使いようがないし、答えられないことだってある。
(…グランパも、ブルーも、思いっ切り…)
ストイックに生きた人だったから、と零れる溜息。
「伝説のタイプ・ブルー・オリジン」と異名を取ったらしいブルー、そちらは三世紀以上もの歳月を生きた偉大なソルジャー。けれど、生涯、独身だった。
(浮いた噂の一つも無くて…)
フィシスが恋人だったというのも、ただの「噂」に過ぎないらしい。
幼いフィシスをシャングリラに連れて来て直ぐの頃には、「ロリコンだった」と船に流れた噂。誰もが納得しかかったのに、グラマラスな美女に育ったのがフィシス。
(それでロリコン説は崩れて…)
グラマラスな美女が好みなのだ、と新たな噂が広まったけれど、それでおしまい。
周りの者たちがせっせとお膳立てしても、ブルーは結婚しなかったから。「ぼくの女神」などと呼んではいたって、フィシスを生涯の伴侶に選びはしなかった。
(過保護な保護者で、フィシスの養父母みたいなもので…)
父親役と母親役を兼ねていたようだ、というのが定説。記憶装置の記憶を探っても、そう。
ソルジャー・シンの方はと言えば、これまた生涯、独り身な人。
ブルーよりかは遥かに短い人生だけれど、アタックした女性はちゃんといた。今もこの船で幅を利かせているニナ、彼女がかました凄いモーション。
(ジョミーの子供が欲しいなぁ、って…)
あまりに直接的な表現、お蔭でそれは「伝説」になった。今なお語り継がれるほどに。
そこまでハッキリ言われたならば、多分、普通は…。
(据え膳食わぬは男の恥、って言うヤツで…)
ニナとは結婚しないにしたって、「彼女」にするのはアリだと思う。
「ソルジャーは独身であるべきだ」という不文律があっても、正妻でなければオールオッケー。
(お妾さんとか、側室だとか…)
こう色々と言い方が…、と無駄に語彙だけあるトォニィ。
それもそうだろう、彼の頭を悩ませ続けている問題。記憶装置に訊くだけ無駄な話の中身は、実はそっちの関係だった。
ミュウと人類が和解してから、すっかり平和になった宇宙。
SD体制の影も形も無くなった今は、人類の世界にも自然出産が広まりつつあって…。
(…いずれはミュウの時代になるから、って…)
人類側を代表しているスタージョン大尉、今は上級大佐だったか。
彼から直々に打診があった。
「ソルジャー・トォニィに、相応しい女性がいるのだが」と。
そろそろお年頃でもあるから、と持ち掛けられたのが「縁談」なるもの。
お相手の名前は、レティシアという。…人類の世界で育ったミュウで、育ての親が、あろうことかグランパと同じ養父母なオチ。
(…レティシア・シン…)
「彼女ならば似合いだと思う」と、スタージョン上級大佐はマジだった。
今の所は「ソルジャー・トォニィ」、そう呼ばれている状態だけれど。特に不自由はないのだけれども、「レティシア・シン」を娶ったら…。
(ソルジャー・シン二世…)
そう名乗れるから素晴らしい、という強烈なプッシュ。
初代のブルーと、SD体制を倒したジョミー。その二人に比べれば、影が薄いのが三代目。
けれども、次の時代を担うのは自分なのだし、「ソルジャー・シン」の名前にあやかるべき。
スタージョン上級大佐イチオシの女性のレティシア、彼女を妻に据えたなら…。
(…ソルジャー・シン二世で…)
申し分ないソルジャーということになるらしい。何処に出しても、それは立派な。
(正妻として迎えなくても…)
レティシアが子供を産んでくれたら、その子が次のソルジャーになる。
その子は「ソルジャー・シン」と縁のある子で、ソルジャー・トォニィの血も引く生まれの子。
(…ミュウの世界のサラブレッドで、もう最高のソルジャーで…)
きっとサイオンも半端ない子になるだろうから、「レティシアを妻に」と、推しまくるのがスタージョン上級大佐。
かてて加えて、かつてのジョミーの養父母も乗り気。
「ジョミーをグランパと呼んでくれたのだったら、私たちとも、是非、縁続きに」と。
もちろんレティシアに「否」などは無くて、もうシャングリラに来る気満々。
(なまじっか、ぼくがイケメンだから…)
罪な顔だ、と自分の顔を撫で回す。「パパも、けっこうイケメンだったし」と。
自分で言うのもアレだけれども、今の自分の人気は高い。行く先々で若い女性がキャーキャー騒ぐし、年配の人類の女性たちだって、ファンクラブを結成しているくらい。
(…レティシアは最初から、シャングリラって船に興味津々な子で…)
ミュウと発覚するより前から、ミュウの世界に肩入れしていた早熟な子供。
それが育って妙齢になれば、ますます強くなる憧れ。「私もシャングリラに乗りたい!」と。
其処へイケメンなソルジャー・トォニィ、「お近づきに」と考えるのも自然なこと。
(…その辺の所を、セルジュの野郎が…)
焚き付けたのに違いない、と歯噛みしたって、どうにもならないのが現状。
もはや人類も、ミュウの方でも、「お輿入れ」を待っている所。
偉大なソルジャー・シンに縁のレティシア、彼女がソルジャー・トォニィと結ばれる日を。
正妻だろうが側室だろうが、二号さんだろうが、お妾だろうが。
なんとも困った、この状態。
どうすれば角を立てることなく、この縁談を断れるのか。
「側室でもいい」などと言われたからには、スタージョン上級大佐や、ジョミーの養父母だった二人は、何が何でも押し切るつもり。…輿入れしてくるレティシアだって。
(そんなこと、ぼくに言われても…)
ぼくにはアルテラという人が、と眺める窓辺。
其処に今でも置いてあるボトル、「あなたの笑顔が好き」と書かれた、アルテラの文字。
(…あの頃は、ぼくも子供だったし…)
まるで分かっていなかった。
アルテラの気持ちも、自分がアルテラに抱く気持ちが何なのかも。
けれどアルテラを亡くして分かった。「あれが自分の初恋だった」と、「アルテラよりも素敵な女性は何処にもいない」と。
だから貫きたい独身。
ソルジャー・ブルーがそうだったように、グランパもまた、そうだったように。
(でも、ソルジャーは独身でないといけない、っていう決まりなんかは…)
何処にも無いから、平和な今ではミュウが、人類が期待している。
「是非、素晴らしいお世継ぎを」と、「最初の自然出産の子供の血筋を残して欲しい」と。
其処へレティシアの名前が出たから、もうワイワイと騒がしい世間。
「ソルジャー・トォニィもお年頃だし、とにかくお迎えになられては」と。
正妻でなくても、側室という形からでも、お妾さんでも、二号さんでも、くっつけようと。
「お世継ぎ」が生まれてくれれば万々歳だし、それから正妻に据えたって、と。
(…なんだか厄介な相談事まで…)
していることを知っている。
「ソルジャーの奥方は何と呼ぶべきか」と、ミュウが、それから人類が。
(ソルジャー・レディとか、レディ・ソルジャーとか…)
候補の名前がガンガン挙がって、大盛り上がりなミュウと人類。それも平和の証拠だけれども、頭が痛いこの現実。
結婚したいと思いはしないし、アルテラ一筋、独り身でいたいと思うのに…。
(グランパ、それにソルジャー・ブルー…)
ぼくはいったいどうすれば、と涙がポロポロ、なんと言っても、まだ子供。
大きいようでも十代なのだし、周りがどんなに先走ろうとも、縁談が進められようとも…。
(…ぼくはアルテラ一筋で…)
一生、独身でいたいんだけど、と思った所へ聞こえた声。…あるいは思念。
「自分の名誉を捨てられるか?」と、グランパの声で。
「白い目で見られても生きて行けるか?」と、ブルーの声で。
(…グランパ? ブルー?)
何かいい手があるっていうわけ、と顔を上げたら、二人の記憶が答えをくれた。
「どうなってもいいなら、これで行け」と。
その手を使えば縁談は消えて、晴れて生涯、独身だろうと。
(ありがとう、グランパ! ソルジャー・ブルー…!)
トォニィはガッツポーズで部屋を飛び出して行って、そして縁談は立ち消えになった。
「ソルジャー・トォニィは、実は恥ずかしい病らしい」と噂が立って。
「大きな声ではとても言えないが、あちらの方面は役立たずだという話だぞ」などと。
男としては、非常に恥ずかしい話だけれども、トォニィは気にしなかった。
「これでアルテラ一筋だ」と。
「ぼくは一生、後悔しない」と、「役立たずな男で何が悪い」と。
ある意味、男らしいのだけれど、誤解されたままで、歴史は残った。
ソルジャー・トォニィは、お子がお出来にならなかったと、「実はEDだったそうだ」と…。
その後の事情・了
※いったい何処から降って来たのか、自分でも真面目に分からないネタ。しかもレティシア。
独身を貫くトォニィは健気なんですけどねえ、実際はどうだったんでしょう。はて…?