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(…なんとも悪趣味な館だな…)
 やたらゴテゴテ飾り立てて、とキースが見回した館の中。首都惑星ノアで。
 パルテノン始まって以来の、軍人出身の元老に選出される日が近付いている。その日を控えて、挨拶回りが始まった。まずは此処から、と一人目の館にやって来たものの…。
(あんな大きな絵を飾らなくても…)
 それに、あそこの壺も要らん、と呆れたくなる。他にも色々、床に敷かれた絨毯だって、軍人の目には無用の長物。別に無くても困りはしないブツだから。
 ゆえに館に住まう元老、彼への挨拶が済んだら「では」と辞去した。
 次に出掛けた先でも同じで、そのまた次も。「どの館も無駄に飾りが多い」と思っただけで。
 けれど、キースを迎えた元老たちの方では、まるで違っていた見解。
「…キース・アニアンが訪ねて来たかね?」
「ああ、来たとも。…どうしようもない奴だったが」
 あの絵の値打ちに気付かんようでは…、と一人が愚痴れば、たちまち愚痴祭りになった。彼らの自慢のコレクション。それをキースは一顧だにせず、見事にスルーだったから。
「アニアンは芸術を分かっておらん! ワシの自慢のキリアンの絵をスルーしおったわ!」
「な、なんと…! キリアンと言えば、SD体制始まって以来の画聖ではないか!」
 ただの落書きでも、オークションに出れば引く手あまたで…、と元老たちは唖然呆然。欲しいと思っても、買えない人間がドッサリいるのが「画聖・キリアン」の作。
 それの値打ちが分からないなど、パルテノンでは「有り得なかった」。
 芸術や文化に造詣が深いのが、元老入りの必須の条件。そういう教育を受けて育って、エリート人生まっしぐら。それが元老たちだったから。
 そもそも、教育ステーションからして、軍人コースと元老コースは全く違う。
 キースが育ったE-1077、そんな所は、パルテノン入りを目指す人間たちからすれば…。
「…これだから、軍人上がりは困るのだ。もう化けの皮が剥がれておるぞ」
「まったくだ。我々と対等に話をしたいと言うのなら…」
 審美眼から磨いて貰わないと、というのが総意。
 そんな具合だから、キースが元老になった途端に、始まった「いびり」。
 何かと言ったら、誰かの館でパーティーなわけで…。


 パーティーの度に、披露されるのが書画骨董。皆がやんやと褒め称える中、キースだけが…。
(…こんなガラクタの何処がいいのだ?)
 薄汚い鉢にしか見えんが、と理解できない「茶道具」の値打ち。
 なんでも「ととや」の茶碗がどうとか、破格の骨董らしいけれども、まるで分からない。薄汚い茶碗の何処がいいのか、どう眺めても。
(分からんな…)
 何で飲もうが、味は同じだ、とズズッと啜って終わった抹茶。
 「ととやの茶碗」を使った茶会が、そのパーティーの目玉だったのに。他の元老たちの場合は、同じ茶碗を称賛しまくり、「お道具拝見」と拝んでいたほどなのに。
「元老アニアン。…ととやの茶碗は如何ですかな?」
 主催の元老が訊くものだから、キースは至極真面目に答えた。「美味い茶でした」と。
 たちまちドッと笑いが起こって、もうゲラゲラと笑い転げる者まで。
 「ととやをご存じないとみえる」だとか、「いやいや、茶道も分かっておらん」だとか。
(…何が茶道だ…!)
 知るか、とキースが叫びたくても、パルテノンの中では新参者。いわゆる下っ端。
 グッと叫びを飲み込むしかなく、また別の日には違う館でパーティー。
(……これはキリアンの絵だったか?)
 確かそうだな、と「同じ轍は踏まん」と飾られた絵をガン見していたら…。
「おお、流石、お目が高い! もう気付かれたようですな」
 館の主が満面の笑みで、他の元老たちも見ている。だからキースは、名誉挽回とばかりに、絵を褒め称えた。「この色使いが素晴らしい」とか、「キリアンの絵は違いますな」などと。
 それなのに、何故か大爆笑。「これはこれは…」と、誰もが腹を抱えて。
(………???)
 何か可笑しなことを言ったか、と途惑うキースに、館の主はこう告げた。
「やはり、分かっておられなかったようで…。これは真っ赤な贋作ですぞ」
「うむ。キリアンの絵のパクリで知られた、キアランの作と見抜けませんかな?」
 まったく元老とも思えぬ話で…、と皆が漏らしている失笑。
 早い話が、今日の趣向は「贋作」鑑賞会。贋作といえども、けっこうな値段がする絵ばかりで、価値が高いのを並べたパーティー。…キースをいびるためだけに。


 こうしてキースの株は下がってゆく一方。
 鳴り物入りで果たしたパルテノン入りも、見る影もないという有様。
 挙句に食らってしまった呼び出し、それもグランド・マザーから。もう直々に。
「…手こずっているようだな、キース・アニアン?」
 お前ともあろう者がどうした、と紫の瞳がゆっくり瞬く。「私はお前を買い被ったか?」と。
「い、いえ、マザー! ですが、些か、畑が違いすぎまして…」
 あの手の教育は受けておりませんので、とキースが眉間に寄せた皺。
 なにしろE-1077での候補生時代はもちろん、マザー・イライザに叩き込まれた膨大な量の知識も役立たない。「機械の申し子」は軍人仕様で、そっち方面ならパーフェクトなのに。
「なるほどな…。それならば、学ぶしかあるまい?」
 無い知識ならば学べば良かろう、とグランド・マザーが吐いた正論。
 パルテノンの輩に馬鹿にされないよう、今から知識を増やしてゆくべき。書画骨董の世界に飛び込んで行って、数多の経験を積んで。
「…経験…ですか?」
「そうだ。あの世界は経験を積むことによってのみ、進むべき道が開かれる」
 軍人の道と何ら変わらぬ、とグランド・マザーはのたまった。「学ぶがいい」と、「そのための助力は、我も惜しまぬ」と。
「で、では、どのようにして学べば…?」
 教育ステーションの講義を、遠隔で受けられるのでしょうか、と尋ねたキース。
 恐らく、それが早道だろうし、グランド・マザーならば、その権限も持っているだろう。講義を受けるのが誰かは隠して、ノアへと配信させる力を。
(…この年になって、候補生とは…)
 だが、やむを得ぬ、とキースは腹を括ったのだけれど。
「講義ではない。そのようなことは、するだけ無駄だ。…要は場数だ」
 とにかく場数を踏んでゆくことだ、と言われても、まるで見えない進路。場数を踏むなら、恥をかきまくりのパーティーに出るしかないのだろうか?
 「ととやも分からん」と馬鹿にされても、「画聖・キリアン」だか、贋作名人キアランだかで、赤っ恥をかき続けても…?


 それは虚しい、と思ったキース。いくら場数が必要にしても、情けない、とも。
 そうしたら…。
「奴らを相手にせよとは言わぬ。…同じ道を行けと言っておるのだ」
 書画骨董に親しむがいい、とグランド・マザーは鷹揚に言った。何かと金がかかりまくるのが、その世界。「ととやの茶碗」を求めるにしても、「画聖・キリアン」の名画を手に入れるにも。
 並みの者なら、アッと言う間に破産なコースで、「入るな、危険」な世界だけれど…。
「マザーが支払って下さると!?」
 書画骨董の代金をですか…、とキースは目を剥いた。あまりにも太っ腹すぎるから。
「どうかしたのか、キース・アニアン?」
 私が誰だか忘れたのか、と瞬く紫の大きな瞳。此処には目しか無いのだけれども、本体は地球にあるのがグランド・マザー。SD体制の世界の頂点に立っている機械。
 グランド・マザーが命じさえすれば、国家予算規模の金だって動く。それも一瞬で。
 全宇宙規模での国家予算と、「ととやの茶碗」や「画聖・キリアン」の名画だったら、どっちが高いかは明々白々。
 つまりキースが書画骨董で道楽しようと、バックボーンは揺るぎもしない。
 来る日も来る日も茶碗を買おうが、名画を端から買いまくろうが。
 もちろん壺を集めてもいいし、絨毯を床に敷きまくっても…。
「…いいと仰るのですか、マザー?」
 とんでもない金がかかりますが…、とキースが確認しても、返事は変わりはしなかった。大きな瞳が瞬いただけで、「私が勧めているのだからな?」と。
「存分に買って、買いまくるがいい。…そうでなければ、目は肥えぬものだ」
 ととやの茶碗で始めるのも良し、絵の世界から入るも良し…、とグランド・マザーのお墨付き。
 パルテノン入りを果たしたものの、「冴えない」キースを鍛えるために。
 他の元老たちから馬鹿にされない、押しも押されぬ「理想の指導者」を創り上げるために。
 キースは「ハハーッ!」と礼を取ったわけで、進むべき道は書画骨董を買いまくる道。
 とにかくそういう世界へダイブで、目を肥やすしか道は無いものだから…。


「…聞いたかね? 元老アニアンが、日々、カモられているという話だが…」
「骨董屋が列をなしているそうだな…。何を届けても、即、お買い上げだとかで」
 昨日もキリアンの絵が売れたと聞いておるぞ、と元老たちは噂話に花を咲かせる。一朝一夕には磨けないのが「物を見る目」で、キースはいったい、どのくらい散財するのだろうか、と。
「じきに破産と見ておるが…。そうすれば目障りな奴が消えるぞ」
「いいことだ。我々も、これまで以上にだね…」
 アニアンをいびりまくろうではないかね、とパーティーの計画も次々に。
 芸術音痴のキースをいびって、赤っ恥をかかせるためだけに。「負けてたまるか」と骨董三昧の道に走って、破産して消えて貰おうと、捕らぬ狸の皮算用で。
 まさかキースが使っている金、それが「無尽蔵」だとは誰も思わないから。
 グランド・マザーが「いくらでも好きに使うがいい」と、言ったなどとは気が付かないから。
 そしてキースは、今日も自分を鍛えていた。
「キリアンの絵は私が貰おう! これだけだ!」
 オークションハウスでブチ込む大金、何処から見たって贋作なのに。キリアンのパクリで有名な画家の、キアランの方の作品なのに。
 会場の人々はヒソヒソ、コソコソ、「これだから、素人さんは困る」とクスクス笑い。
 それでもキースを煽る入札、値段を吊り上げて遊んでやろうと。
「待った、これだけ!」
「では、これだけを支払おう!」
 もうガンガンとヒートアップで、会場の隅ではマツカが溜息をついていた。
(…贋作ですよ、と言っても聞きやしないんだから…)
 もっと見る目を養って下さい、と「人の心が読める」ミュウゆえの悩みは尽きない。
 いくら本当のことを告げてみたって、キースは聞く耳を持たないから。
 「お前に何が分かるというのだ!」と怒鳴りまくりで、カモられまくりの日々なのだから…。

 

          カモられる元老・了

※いや、「初の軍人出身の元老」がキースだったわけで、それなら元老とメンバーズは別。
 ステーションからして違うんじゃあ…、と思ったトコから出て来たネタ。芸術音痴なキース。








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(ジルベスター・セブンか…)
 こんなことが無ければ、日の目を見ることも無かったろうに、とキースは思う。
 其処へと向かう船の一室で。
 けれど、直接ジルベスター星系へと飛ぶ船は無い。軍の船でさえも。
 まずはソレイド軍事基地に飛び、ジルベスター星系に向かう船を得ること。
 でないと辿り着けないくらいに、その星は遠い。
(百五十年ほど前に、テラフォーミングを断念した星…)
 人類は撤退、そしてジルベスター・セブンは破棄された。
 入植は二度と試みられずに、今もそのままだという星。
 ジルベスター星系の第七惑星。二つの太陽を持つ、赤い星がそれ。
(行ってみないことには分からないが…)
 間違いなくMは其処にいる、と確信に近いものがある。
 かつては目撃情報が相次いでいた、「宇宙鯨」。
 スペースマンたちの間の伝説、暗い宇宙を彷徨う鯨。
 異星人の船とも、本物の鯨だとも言われる物体。「見れば願いが叶う」とまで。
(だが、あれは…)
 けして本物の鯨ではない。
 異星人たちを乗せた船でもない。
 その正体はMの母船で、「モビー・ディック」の通り名がある。
 軍に所属し、追った経験を持つ者ならば分かる。「あれがそうだ」と。
 けれども、絶えた目撃情報。
 この四年ばかり、「宇宙鯨」を見た者はいない。
 それとピタリと重なるように、ジルベスター星系で事故が頻発するようになった。
 グランド・マザーが導き出した答えは「M」。
 彼らが其処に潜んでいると、モビー・ディックはジルベスターにいるのだと。


 Mと呼ばれる異分子、ミュウ。
 彼らは排除すべき存在、だから自分が派遣された。
 ジルベスターへと、ミュウの拠点を探しに。
 見付け次第、彼らを滅ぼすために。
(奴らが、サムの心を壊した…)
 事故に遭った者たちの名簿の中に、見付けた名前。
 E-1077で一緒だった友、サム・ヒューストン。
 彼の病院を見舞ったけれども、「友達」のサムは「いなかった」。
 かつて「友達だろ?」と何度も呼び掛けてくれた、人のいい友は。
(……十二年ぶりに会ったというのに……)
 サムは子供に返ってしまって、ステーション時代を忘れていた。
 彼は今でも「アルテメシアにいる」つもり。
 故郷なのだと語った星に、「成人検査で別れた筈の」父や母と一緒に。
(サムをあんな風にしてしまったのは…)
 明らかにミュウで、恐らく彼らの思念波攻撃。
 思念波が如何に恐ろしいかは、E-1077にいた時に知った。
 ステーション中の人間たちが皆、「一時的に子供に戻った」ほど。
 保安部隊の者たちまでもが、無邪気に遊び続けていた。「存在しない」オモチャを持って。
 あれと同じに、サムも「壊された」のだろう。
 至近距離で思念波を浴びせられたか、あるいは捕らえられたのか。
(船の航行記録は消されて…)
 何も残っていなかった。
 サムと一緒にいたパイロットは、サムのナイフで殺されていて…。
(…サムが錯乱して、チーフ・パイロットを殺してしまった、と…)
 報告書には記載されていた。
 自分が知っていたサムだったら、間違っても人は殺さないのに。
 たとえ自分が襲われたって、「殺してしまうほど」の反撃などはしないだろうに。


 そうは言っても、結果が全て。
 サムは「人殺し」で、「正気ではない」から「無罪」なだけ。
(ミュウどもめ…)
 よくもサムを、と「人殺し」だという濡れ衣だけでも腹立たしい。
 監視カメラの記録も消されて、真相は闇の中なのだけれど…。
(ミュウがサイオンで、サムのナイフを…)
 操ったのか、あるいは「サムごと」操ったか。
 そんな所だ、と思っている。
 「サムは人など殺していない」と、「ミュウの仕業だ」と。
 その上、彼らは「サムを壊した」。
 操り損ねて壊したものか、最初から「壊す」つもりだったか。
(…いずれにしても…)
 サムの仇は取らせて貰う、と右手で触れた「サムの血のピアス」。
 左の耳にも「同じもの」がある。
 「女のようだ」と嘲られようが、この耳のピアスが決意の証。
 何処までも友と共にあろうと、「私はサムを忘れはしない」と。
 サムの無念も、E-1077で友だった頃のサムの勇気も、それに限りない優しさも。
(…ミュウどもを皆殺しにしても…)
 サムの心は、きっと元には戻らない。
 いくらミュウたちの血を流そうとも、異分子どもを贄に捧げようとも。
(それでも、私は…)
 今回の任務を果たすまで。
 ミュウの拠点を見付けて滅ぼし、サムの仇を取るだけのこと。
 サムの血を固めたピアスに誓って、「やるべきこと」をやり遂げるけれど…。


(……Mか……)
 彼らは忌むべき異分子なのだ、と分かってはいても、今も心に引っ掛かること。
 一つは、訓練の過程で「見せられた」もの。
 ミュウの処分を記録した映像、その中で「子供が殺された」。
 それも幼くて、「自分自身が何者なのか」も、分からないほどの小さな子が。
 今でもたまに夢を見る度、夢の中で声を上げている。
 「待て!」と、「そんな子供を!」と、制止しようとする声を。
 メンバーズならば、率先して殺すべきなのだろうに。
 「ミュウは成人検査をパス出来ない」から、「幼い間に」処分するのは「当然」なのに。
(…だが、あれほどに…)
 幼い子供を殺すというのは、どうなのだろう。
 ミュウというだけで「命を奪う」のは、「ヒトとして」やっていいことかどうか。
 今も答えは出せないまま。
 「ミュウの子供」に出会ったことは無いから、「答えを出さずに」来てしまったと言うべきか。
 幸いにして、ミュウの母船が最後に潜んでいた星は…。
(アルテメシアで、それ以降は…)
 育英惑星での目撃情報はゼロで、目撃されていないのならば「子供」もいない。
 彼らが船に乗せた「子供」は、赤ん坊の時に迎え入れたとしても…。
(とうに成人検査の年を迎えているからな…)
 だから、今度の「拠点探し」でも、「子供に出会う」心配は無い。
 「殺すべきか」、それとも「見逃すべきか」で悩む必要など、まるで無い。
 任務と関係が無いのだったら、また先延ばしにすればいい。
 子供の件に関しては。
 けれど、もう一つ、気にかかること。
(…シロエ……)
 自分が殺したセキ・レイ・シロエ。
 「初めて」人を殺した瞬間。
 あのシロエもまた、「Mだった」という。
 「Mのキャリアが生徒にいたから」、E-1077は廃校になったという噂。


 巷では「噂」に過ぎないけれども、メンバーズならば「知っている」こと。
 「それは事実だ」と、「Mのキャリアを処分した者は、キース・アニアンだ」と。
 これが頭を悩ませる。
 自分は「シロエを殺した」わけで、あの時、どれほど涙したことか。
 今日までの日々に、何度自分に問い掛けたことか。
 「本当にあれで良かったのか」と、「シロエを見逃すべきだったのでは」と。
 どうせ、あの船では「地球には着けない」。
 地球はもとより、他の星にも、どんな小さな基地にさえも。
 練習艇には、それだけの燃料が積まれてはいない。
 シロエは何処かに辿り着く前に、燃料不足になった船の中で死んだだろう。
 酸素の供給が止まってしまって、酸欠で眠るように死んだか。
 それよりも先に空調が止まり、絶対零度の宇宙の寒さで凍え死んだか。
(…あの時、シロエを見逃していても…)
 結果は変わらなかった筈。
 船と一緒に爆死していたか、あの船の中で死んでいたかの違いだけ。
 どう転がっても「シロエは死ぬ」なら、船を行かせてやれば良かった。
 撃ち落とさないで、シロエの望みのままに。
 彼が焦がれた「自由」に向かって、暗い宇宙を一直線に。
 そうして自分は戻れば良かった、「シロエの船を見失った」と偽って。
 マザー・イライザに真実を見抜かれたとしても、「大きな失点」になったとしても。
(…サムなら、きっとそうしていたな…)
 シロエを見逃し、エリートの道を踏み外しても。
 せっかく選ばれたメンバーズの道に、二度と戻れないことになっても。
 「サムだったら」と考える度に、自分を責めた。
 シロエの船を落とした自分を、「見逃さなかった」愚か者を。


 そうやって今も心に刺さったままの棘。
 「シロエを殺した」と、「シロエを追ったのが、サムだったなら」と。
 何度も考え続けるけれども、シロエは「Mのキャリア」だという。
 ならばシロエは「ミュウだった」わけで、自分は「すべきことをした」だけ。
 異分子のミュウを「処分した」だけ。
 けれど、この手は「シロエを殺した」。
 友になれたかもしれないシロエを、彼の船ごと撃ち落として。
 いくら繰り返し考えてみても、「正しかった」と思えはしない選択。
 シロエがミュウなら、あれで「正解」だったのに。
 「Mのキャリアだった」と知った途端に、心が軽くなっただろうに。
 なのに心に棘は残って、だから余計に「M」が気になる。
 「彼らは、いったい何者なのか」と、「本当に殺すべき存在なのか」と。
 これの答えは出るのだろうか、自分は出さねばならないのに。
 「ミュウの子供」はいない場所でも、「ミュウ」は必ずいるのだから。
(…サムの仇は、必ず取るが…)
 そうしなければ、と思ってはいても、今はまだ弾き出せない答え。
 きっと答えは「行けば見付かる」から、ジルベスターへと向かうだけ。
 「ミュウは何か」を知るために。
 殺すべきなのか、見逃すべきか、それとも他に道があるのか、答えを見付け出すために…。

 

           Mの拠点へ・了

※ジルベスターに向かうキースの胸中、それを書こうと思ったまではいいんですけど。
 「凄くいい人」なキースになっちゃったわけで、でも、キースって「いい人」だよね、と。








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「ぼくは、ミュウじゃない!」
 そう言い放った、怒れるジョミー・マーキス・シン。
 誰もが敬うミュウの長など、知ったことかという勢いで。ソルジャー・ブルーに。
 「成人検査を邪魔したお前が悪い」と、「お前さえ来なければ、通過していたかもしれない」と睨み付けて。
 此処で引いたら後が無いから、と初対面の「ソルジャー」とやらに怒りをぶつけたら…。
「では、どうしたい?」
 思いがけずも返った質問、選べるかもしれない今後の進路。「どうしたい?」と言うのだから。
 「この勢いなら、言える」と考えたわけで、もう思いっ切り怒鳴ってやった。
「ぼくをアタラクシアに、家に帰せ!」
 これでどうだ、と本音で注文、どうせ「駄目だ」と止めるだろうと思ったのに。
「…分かった」
 驚いたことに答えは「イエス」で、家に帰して貰えるらしい。
(ラッキー!!!)
 当たって砕けた甲斐があった、と喜んだけれど、「じゃあ」と踵を返そうとしたら。
「アタラクシアまでは、リオに送らせるが…。その前に、一つ訊いておきたい」
 そう言ったのがソルジャー・ブルーで、何を訊くのかは知らないけれど…。
(…家に帰してくれるんなら…)
 こっちも出血大サービスで、真面目に答えてやってもいい。憎たらしいミュウの長が相手でも。
 家に帰してくれるんだしね、と浮かべたスマイル。このくらいは、とサービス精神旺盛に。
「訊きたいって、何を?」
「別に大したことじゃない。…好きな花は何かと思ってね」
 どういう花が好みだろうか、と斜めなことを口にしたのがソルジャー・ブルー。好きな花の色は何色かだとか、「王道だったら白なんだが」とも。
「えっと…?」
 どうして花、と意味が不明でサッパリ謎。何故、王道なら白なのかも。


 とはいえ、これが最後のサービス。
 シャングリラとかいうミュウの船には今日でオサラバ、二度と戻って来はしない。懐かしい家に帰れるからして、許してくれたソルジャー・ブルーに御礼くらいはすべきだろう。
(年のせいで、ちょっとボケてるとか…?)
 花の好みを訊くなんて。…それとも、年寄りだけあって…。
(年寄りっぽく、趣味が園芸だったりする…?)
 もうアクティブな趣味は無理だ、と花を育てているだとか。
 無理やり拉致った「ミュウではなかった」少年の思い出、そのために何か育てたいとか…?
(そういうことなら…)
 答えなくちゃね、と考えたけれど、生憎、ジョミーは根っから「少年」。花を愛する趣味などは無くて、「これが好きだ」という花も無かった。ピンと来るようなものは一つも。
(…第一、花の名前が怪しいってば…)
 薔薇とか百合とか、そんなのは分かる。夏にパアアッと咲くヒマワリとかも。
 けれど、育ててくれた母がせっせと飾っていた花、それを頭に思い浮かべても…。
(アレって、何の花だったっけ…?)
 よく見るんだけど、と馴染んだ花の名前も分からない始末。定番の薔薇とか百合以外には。
 そんな具合だから、無いらしいのが「好みの花」。「これが好きだ」という色も。
「…ジョミー?」
 遠慮なく言ってくれていいが、と心が広いソルジャー・ブルー。
 「この船で調達出来ないようなら、アタラクシアまで人を出すから」などと。
「人を出すって…。なんで其処まで?」
 船に無い花なら諦めたら、と半ば呆れた。いくら育ててみたい花でも、無理しなくても、と。
「…ぼくの好みの花だとしたなら、諦めるとも。仲間たちを危険には晒したくない」
 しかし…、とソルジャー・ブルーは真顔でのたまった。
 「君の弔いとなれば話は別だ」と、「好きな花で送られたいだろう?」と。
「ちょ、弔いって…!?」
 何処から葬式、と引っくり返ってしまった声。
 自分はこれから家に帰るのだし、葬儀などとは無縁の筈。弔いも、お悔やみも、まるっと全部。


 いったいソルジャー・ブルーは何を、とガン見してしまったミュウの長。
(葬式って言うなら、あんたの方が、ぼくより、よっぽど…)
 身近で、差し迫った問題だろうが、と言いたい気分。
 拉致られる前に見せられた夢で、嫌というほど目にしていた。この年寄りの現状を。
(ぼくはもうすぐ燃え尽きる、って…)
 散々アピールしまくっていたのが、寿命が残り少ないこと。
 後継者として目を付けられた自分、お蔭で狂ってしまった人生。成人検査を妨害されて。
(…ホントにボケているのかも…)
 自分の葬式と、ぼくの葬式がゴッチャになってしまうくらいに…、と憐みの気持ちが少しだけ。恨み骨髄だったけれども、思考のピントが定まらないなら仕方ないよね、と。
(…ぼくを攫ったのも、他の誰かと間違えたのかも…)
 そうだとしたなら、気の毒としか言いようがない。
 間違えられた「誰か」の方は、成人検査をパスして教育ステーションへと旅立ったのか、または自分がそうなったように、処分の道を歩んだのか。
(…どっちにしたって、このボケた人の後継者には…)
 なれないもんね、と同情してしまった、船のミュウたち。
 ソルジャー・ブルーがボケていたせいで、期待の星を失ったのなら、無さげな未来。この船も、船で暮らすミュウたちも、いずれ殲滅されるのだろう。…人類軍に。
(……もっと早くに、このソルジャーを……)
 退位させるとか、摂政を置くとか、やり方はきっとあった筈。
 取り返しのつかないことになるよりも前に。「自分の葬儀と、他人の葬儀」の区別もつかない、頭の中がお花畑な人になる前に。
(…そんなんだから、人類に追われて殺されるんだよ…)
 もっとしっかり生きなくちゃ、と喝を入れたくなるミュウたち。
 頭がお花畑のソルジャー、そんな人を崇めて生きているようでは滅びるしかない、と。


(…まあ、いいけどね…)
 お花畑なことは分かったから、と溜息をついて、放置プレイにしようと決めた。
 話していたって噛み合わないから、「帰っていい」と言ってる間に帰ろう、と。
 なにしろ相手はボケているから、気が変わったらそれでおしまい。「駄目だ」と方向転換された途端に、船から出られなくなって終わりな結末。
「ぼくの葬式はどうでもいいから、リオを呼んでよ!」
 好みの花も特にないし、と凄んでやった。「葬式用の花は適当でいい」と、花輪だろうが、花束だろうが、薔薇でも百合でも、何でもいい、と。
「そう言われても…。ぼくも心が痛むから…」
 帰った場合は、君の葬儀は確実だから、と沈痛な顔のソルジャー・ブルー。
 「リオは戻って来られるからいいが、君は殺されておしまいだ」と。
「…殺されるって…?」
 それは聞き捨てならない話。
 いくら相手がボケているにしても、頭がお花畑でも。
 どう転がったら、この「ジョミー様」が死亡エンドになると言うのか。アタラクシアに今もある家に帰れば、順風満帆の日々の筈。ミュウの船とは縁が切れるし、成人検査も無事にパスして。
「お花畑でボケているのは、君の方だ。…ジョミー」
 ぼくの頭は極めてクリアだ、とソルジャー・ブルーは自分の頭を指差した。
 曰く、外見の若さを保っているから、委縮しないのが自慢の脳味噌。姿と同じに若さはMAX、若人たちとも肩を並べるしなやかな思考。
 かてて加えて、膨大な量を誇る知識を保管するべく、記憶装置も着けているらしい。次の世代が困らないよう、直ぐに知識を引き出せるように。
(…ヘッドフォンじゃなかったんだ、アレ…)
 補聴器で記憶装置なのか、と見詰めた頭に載っているモノ。
 そこまで言うなら、ボケてはいないのかもしれない。だったら、彼が言う通り…。
(…ぼくがボケてるわけ?)
 どの辺が、と目を瞬かせていたら、ソルジャー・ブルーは、憐みをこめてこう言った。
 「君の処分は、とうに決まっている筈だが」と、「撃たれたことを、もう忘れたのか?」と。


 指摘されたら、鮮明に蘇って来た記憶。ドリームワールドで何が起こったか。
(不適格者として処分する、って…)
 問答無用で撃たれた所を、小型艇で来たリオに救われた。走って逃げて、船に飛び乗って。
 つまり自分は、立派にブラックリスト入り。
(頭の中がお花畑な、ソルジャー・ブルーが悪いんです、って…)
 ボケたソルジャーのせいにしてみても、誰も聞く耳を持たないだろう。ミュウに救われて逃げた人間、そんな輩の言うことは。…かなり経ってから、ノコノコ戻った子供なんかの言い訳などは。
(…見付かった途端に処分されるとか…?)
 撃たれてそれでおしまいだとか、と怖い考えになった所へ、ソルジャー・ブルーの声がした。
「処分されれば、一瞬で済むが…。楽には死ねないかもしれない」
「それって、何!?」
 楽に死ねないとは何事だろうか、何が起こると言うのだろうか…?
「…ミュウに拉致された人間が無事に戻って来たのだ。普通は、誰でも怪しむだろう」
 何らかの取引をして逃がして貰ったのでは…、と機械も人類も考える、と冷静な読み。
 いわゆるスパイで、ミュウに洗脳されて来たとか、極秘の任務を任されて地上に戻っだだとか。
「そ、そんな…! ぼくは人間で、ミュウのスパイなんかじゃ…!」
「君がそう言っても、誰が信じる? まあ、ぼくはどうでもいいんだが…」
 帰りたまえ、とソルジャー・ブルーはクルリと背中を向けた。それは素っ気なく。
 「弔いの花の希望が特に無いなら、こちらで適当に選ばせて貰う」と。
 「死んだと聞いたら、有志の者と内輪で葬式くらいは」とも。
 遺体は無しの葬儀だけれども、「して貰えないよりはマシだろう?」などと、スッパリと。
(…う、嘘……!)
 嘘だ、と叫びたい気分になっても、どう聞いたって、それが正論。
 ソルジャー・ブルーは極めて正気で、思考は至ってクリアなもの。ボケて頭がお花畑で、自分に都合のいいことばかりを考えるのは…。
(……もしかしなくても、ぼくなんだよね?)
 そして、帰ったらその場で処分、と思い知らされた自分の立場。
 葬式用の花を注文してから帰るのが似合いで、もう間違いなく死体は無しで葬式だから。


(…ソルジャー・ブルー…)
 今はあなたを信じます、とジョミーは宗旨替えをした。
 「家に帰せ!」は死亡フラグで、そうした時には確実に死ぬと知ったから。
 これからも生きてゆきたかったら、「ぼくはミュウじゃない」と思ってはいても…。
(…流れに任せて、ソルジャーを継いで…)
 このシャングリラで暮らすしかない、と決心をした模範囚。
 かくしてジョミーは今日も頑張る、ミュウの自覚はまるで無いまま、ソルジャー候補の訓練を。
 ソルジャー・ブルーの後継者として、ギッシリ詰まった訓練メニューや講義などを。
(……家に帰ったら、その日が命日……)
 そうでなければスパイ容疑で、拷問の日々が待っている。
 死ぬのも拷問も御免なのだし、同じ囚われの身になるのなら…。
(この船の方が、よっぽどマシ…)
 拷問と死亡エンドだけは絶対、此処には無いんだから、と努力を重ねて精進あるのみ。
 「ぼくはミュウじゃない」と思っていても。
 自覚はまるでナッシングでも、死亡エンドや拷問よりかは、今の方がずっとマシなのだから…。

 

          お好みの花は・了

※ジョミーを家に帰したソルジャー・ブルーも大概だけれど、帰るジョミーもアレだよね、と。
 普通は「処分」を恐れないか、と思ったトコから出来たお話。…こう脅されたら帰れない。








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(キース・アニアン…。待ってろよ)
 お前のすました顔を、このぼくが…、とシロエは深く潜ってゆく。
 ステーションE-1077の奥へと繋がる通路を、ただ一人きりで。
 通路と言っても、候補生たちが立ち入るような場所ではない。
 メンテナンス用にと設けられたもので、言わば舞台裏のようなもの。
 用も無いのに、そんな所を通ってゆく者など無い。
 当てもなく其処に入り込む者も。
(でも、ぼくは…)
 ちゃんと目的を持って入った、と自分自身を励まし続ける。
 小さなライトだけを頼りに、未知の空間を進む間に。
 この先に何があると言うのか、まるで全く知らない自分。
 当てなどは無く進むけれども、「目的」ならば持っている。
 「機械の申し子」、キース・アニアン、彼の秘密を暴くこと。
 それが何処かにある筈だから。
 どういう形か、それさえも謎なものだけれども。
(…あいつは何処からも来なかった…)
 このE-1077に、と確信を持って言えること。
 どんなにデータを集めようとも、集めたデータを手掛かりに「人」に会おうとも…。
(キースが此処に来た時のことは…)
 何処にも記録されていないし、キースと一緒に「来た」者もいない。
 記録の上では、同じ宇宙船で着いた筈でも、誰もキースを「覚えてはいない」。
 それに、ステーションのデータを端から調べてみても…。
(あいつを最初に捉えた画像は…)
 新入生ガイダンスの時の、ホールでのもの。
 他の者なら、その前のものが欠片くらいはあるものなのに。
 宇宙船が発着するポートの監視カメラにあったり、通路のカメラに残っていたり。


 そういった「最初のパーソナルデータ」。
 誰の記録にも伴う「それ」。
 自分にもあるし、サムやスウェナのデータにもあった。
 けれど、キースのものだけは「無い」。
 つまりは、「何処からも来なかった」キース。
 「着いた」画像が無いのだったら、「最初から此処にいた」ということ。
 画像が無いと言うだけだったら、何かのミスで消されたことも有り得るけれど…。
(…誰も覚えていないだなんてね?)
 いくら「記憶の処理」があっても、キースのことまで消さなくてもいい。
 消す必要など無いのだから。
(到着して直ぐに、倒れたって…)
 そういうデータは目にしたけれども、それはキースの失点にはならない。
 むしろ「救助した」誰かがいる筈、「医務室に運んだ」者だとか。
(そんな騒ぎが起こったんなら、なおのこと…)
 皆の記憶に残ってもいい。
 「キース・アニアンを覚えてますか?」と尋ねた時に、「ああ、あの時の…」と思い出すほど。
 それがキースだとは記憶に無くても、「着くなり倒れた人が」と訊いたら、ピンと来て。
 けれど、誰もが無反応だった。
 「覚えてないなあ…」だとか、「さあ…?」だとか。
 キース・アニアンの名を、知らない者などいないのに。
 同郷だったら誇るだろうし、同じ宇宙船で着いただけでも、自慢の種になりそうなのに。
 「キースと一緒だったんだ」と、語るだけで集められる注目。
 「どんな奴だった?」と、「その時の話を聞かせてくれよ」と、皆が周りに集まって来て。
(……それなのに……)
 誰もキースを覚えていなくて、最初の画像も「ガイダンスの時」。
 意味する所はたった一つで、キースは「何処からも来てなどはいない」。
 E-1077で「生まれて」「育てられた」モノ。
 今のキースを構成している、ああいう姿になるように。


 もっとも、キースが「生まれた」かどうか。
 あれを「育てた」と言っていいのか、どうなのか。
(機械仕掛けの人形ではね…)
 あの皮膚の下は冷たい機械で、血など流れてはいないのだろう。
 流れていたなら、それは偽の血。
 「キースは機械だ」と知られないよう、精巧に作られ、配管されて…。
(其処に人工血液を…)
 循環させているだけのことさ、と舌打ちをする。
 「なんて奴だ」と。
 機械でも怒るくらいのことなら、まだ納得も出来るけど。
 「怒ったキースに殴り飛ばされた」のも、「そうプログラムされているんだ」で済むけれど。
(…この四年間に、自然に育ったように見せかけて…)
 何度、器を取り替えたのか。
 「キース・アニアン」という人工知能を「乗せ換えた」のか。
 皮膚の下には、人工血液までも流して。
 「人間だったら怪我をする」ような傷を受けたら、血が流れるように細工までして。
(…その忌々しいアンドロイドの…)
 秘密ってヤツを暴いてやるさ、というのが自分の「目的」。
 キースは「何処で」作られたのか、「何処で」あのように育てて来たか。
 このステーションに「来て直ぐ」のキースは、今よりも背が低くて「若い」。
 何処かで「器を取り替えた」わけで、「人工知能を乗せ換えた」筈。
 それが「何処か」が分かりさえしたら、キースの秘密はもう「手の中にした」も同然。
 後はゆっくり確かめるだけで、キースにもそれを突き付けるだけ。
 「これがお前だ」と、「お前は人間なんかじゃない」と。
 自分が機械仕掛けの人形なのだと、知って壊れてしまうがいい。
 「機械」には似合いの末路だから。
 予期せぬデータを強制的に送り込んだら、人工知能は破壊されるから。


 そのために「キースのデータ」が欲しい。
 「何処で」作ったか、「何処で」今日まで育てて来たか。
 答えの在り処は全くの謎で、行く当てさえも無いのだけれど…。
(……此処は?)
 不意に開けた広い空間。
 頭上に溜まった大量の水。…頭の上にプールの水面があるかのように。
 水の中には、幾つもの黒くて四角い「モノ」。
 規則正しく並べられたそれは、どう見ても…。
(マザー・イライザのメモリーバンク…!)
 やった、と心で叫んだ快哉。
 目指すデータは、此処にある筈。
 自分の部屋の端末からだと、データはブロックされるけれども…。
(コントロールユニット…)
 あれだ、と見抜いたマザー・イライザの心臓部。
 人間の手で操作可能な、「マザー・イライザを構築している」精密機械。
 それに直接アクセスしたなら、もはやブロックは意味が無いもの。
 「何もかも」其処にあるのだから。
 E-1077の生徒たちのデータも、「キース・アニアン」に関するものも。
 何処でキースを作ったのかは、此処で見られる。
 コントロールユニットに、ケーブルを繋いでやったなら。
 そのためだけに持って来ている、小型コンピューターでアクセスしたら。


 クルリと身体を回転させて、逆様だった上下を入れ替えた。
 水面が下に来るように。
 コントロールユニットの前に「真っ直ぐに」立って、中のデータを見られるように。
(…覗かせて貰うよ?)
 ケーブルを繋いでやった途端に、早くも点いた「アクセス可能」を表示するランプ。
 あれほど何度も部屋からやっても、ガードが堅くて、まるで入れはしなかったのに。
(ふうん…?)
 なんて無防備なんだろう、と高笑いしたくなるほどだけれど、それも当然のことだろう。
 誰も此処まで「来はしない」から。
 マザー・イライザの維持管理をする者たちだけしか、此処に入りはしないのだから。
(下手にブロックしていたら…)
 万一の時に手間取るだけ。
 何もかもが後手に回ってしまって、最悪の事態を招きかねない。
(だからこそ、ってね…)
 此処までやって来た「自分」のためには、褒美があってもいいだろう。
 「キース・アニアンの秘密」という名の、E-1077の最高機密。
 マザー・イライザが懸命に隠し続けているもの、それを貰って帰りたいもの。
 どうすればそれが手に入るのかは、ほぼ見当がつくものだから…。
(…キース・アニアン…)
 それから、これ、と次から次へと出してゆく指示。
 「ぼくに情報を開示しろ」と。
 キースは「何処で」作られたのか、「何処で」育てて来たというのか。


 そうやって指示を出して、出し続けて、ついに答えは示されたけれど。
 画面に答えが表示されたけれど、その答えとは…。
(…これは……)
 小型コンピューターの画面にある文字。
 「F001」、そして「ME505-C」。
 それが答えで、キースが作られた場所とキースを示すもの。
(F001…?)
 Fっていうのは何なんだ、と次の問いを出す。
 「ME505-C」は、「キース」で間違いないのか、と。
(…なるほどね…)
 如何にも機械という感じだよ、と思うキースの「製造番号」。
 もう可笑しくてたまらないから、笑いながらデータを集め続ける。
 「F」は「フロア」の意味らしいから。
 「F001」は「フロア001」、E-1077のシークレットゾーン。
(入るためには…)
 パスワードなんだ、と愉快な作業は続いてゆく。
 これで「キースを壊せる」から。
 フロア001で「全てを見た」なら、製造番号「ME505-C」にそれを突き付ける。
(楽しみだよね…)
 「キースが壊れる」瞬間が。
 機械仕掛けの精巧すぎる操り人形、それの頭脳が壊れて「止まる」だろう時が…。

 

          探り当てた秘密・了

※シロエが手に入れたフロア001とキースのデータ。問題は「ME505-C」。
 アニテラだと「ME5051C」、原作だと「ME505-C」。アニテラ、誤植したな…。








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(またしても出たか、ソルジャー・ブルー…!)
 あの厄介なミュウの長が、とグランド・マザーは歯噛みしていた。巨大な白亜の像のようにも見える巨大コンピューター、それに「歯」があるかは、ともかくとして。
 時にSD350年ほど、ジョミーやキースの時代までには、まだまだ遠い。
(アルタミラで、滅ぼし損ねたばかりに…)
 よくも、とグランド・マザーの怒りは激しい。
 宇宙のあちこち、義賊よろしく出没するのが「ソルジャー・ブルー」。そう名乗っているミュウの若造、いや、若いのは外見だけかもしれないけれど。
(何処から「ソルジャー」などという名を…!)
 あいつは、ただの「ブルー」ではないか、と実験動物として扱った時代を思い出しては、腹を立てる機械。やたらと目ばかり大きかったのが「ブルー」、全く成長しないまんまで、子供の姿で。
(それが育って、マントなんぞを翻して…)
 行く先々でミュウの研究施設を襲って、仲間を救出しているらしい。本当だったら、とっくの昔にメギドで焼かれて、「はい、さようなら」だった筈なのに。
 アルタミラにいたミュウどもも全部纏めて丸焼き、それで終わりになっていたのに。
(なのに、あいつは逃亡して…)
 今や「ソルジャー・ブルー」と名乗る義賊で、下手な海賊より始末が悪い。なんと言ってもミュウの長だし、このまま行ったら、異分子なミュウを集めて束ねて…。
(SD体制に、真っ向から挑んでくるやもしれぬ…)
 それはマズイ、と冷静に巡らせてゆく思考。
 どうすれば、憎い「ソルジャー・ブルー」を消せるのか。この宇宙から葬り去れるか。
(残念なことに、人類という生き物は…)
 軍人以外は、安穏とした日々を好むもの。「平々凡々の人生でもいい、楽だったら」というのが、彼らの生き方。一般人がそうだからして、軍人の方も全くアテにならない。
(メンバーズのような、エリート軍人を除いたら…)
 まるで無いのが、「やる気」というヤツ。
 頑張らなくても年功序列で、それなりに上へ行けるから。特にヘマさえしなかったなら。


 そういう「やる気」の無い軍人たち、彼らが多くたむろするのが辺境星域。
 ソレイドだとか、ペセトラだとか、それなりに名前の知れた基地でも、「やる気ナッシング」な軍人が多い。それよりも更にマイナーな場所となったなら…。
(とにかく、定年まで勤め上げればいい、というだけの…)
 どうしようもない軍人ばかりで、そういった所に出没するのが「ソルジャー・ブルー」。
 お蔭で毎回、逃げられてばかり。
 「出た」という報告とセットものなのが、「逃げられました」という情けないヤツ。おまけに、その報告をかます軍人どもは…。
(してやられたとも、悔しいとも思っておらぬのだ…!)
 其処の所をなんとかせねば、とグランド・マザーは思考する。
 たかが「ソルジャー・ブルー」ごときに、メンバーズを出すのはまだ早い。辺境星域のヘボ軍人ども、彼らに始末をさせるのが理想。
 けれど彼らに無いのが「やる気」で、「やる気」にパアッと火を点けるなら…。
(やはり、賞金がいいであろうな)
 分かりやすいのは目先の金だ、と弾き出した答え。
 メモリーバンクに詰まった数多の情報、地球が滅びる遥か前からの歴史なども全て入っている。遠い昔から、軍人どもに「やる気」を出させる方法の王道、それが褒賞。
(勝ったら一国一城の主にするとか、こう、色々と…)
 そう煽った末に成功した例は山ほどなのだ、とグランド・マザーはニンマリと笑う。そういった笑みを浮かべる唇、そいつの有無はスルー推奨。
 「とにかく金だ」と、早速、全宇宙に向けて出した通達。
 曰く、「ソルジャー・ブルーを倒した者には、金貨十万枚を与える」。
 口約束になっては駄目だし、そのための口座も用意した。金貨十万枚をポンと用意で、賞金首を見事に持って来たなら、どんなにヘボい軍人だって…。
(金貨十万枚なのだしな…?)
 さぞや頑張ってくれるであろう、と期待は大きい。
 これで「ソルジャー・ブルー」も終わりだと、金貨十万枚を支払う日も近い、と。


 ところがどっこい、「ソルジャー・ブルー」は捕まらなかった。
 「賞金首だ!」と、銃だの船だので襲い掛かっても、華麗に躱して逃げられたオチ。辺境星域のゴロツキ軍人、彼らがせっせと追い回しても無駄で、そうこうする内に…。
(…伝説のタイプ・ブルー・オリジン…)
 そんな渾名までついてしまって、「ソルジャー・ブルー」は逃走しまくって…。
(……最近、あやつの名を聞かぬな……?)
 くたばったのであろうか、とグランド・マザーが思う間に、アルテメシアに潜伏されていた。
 かつてアルタミラから逃亡した船、それを巨大な船に改造して。
 次のソルジャー候補と思しき、ジョミー・マーキス・シンまで攫って。
(…まだ、おったのか…!)
 あのミュウめが、と歯軋りしたって、どうにもならない。
 憎い「ソルジャー・ブルー」は船ごと、アルテメシアを出て行った。惑星上からワープなどという外道な技で、宇宙の何処かへ。
 ようやくのことでミュウの拠点を見付け出した時は、十五年ほど経っていて…。
(今度は、こちらにも最高の人材がいるからな…)
 奴に任せておけば良かろう、とグランド・マザーが指名したのが、キース・アニアン。
 マザー・イライザが無から作ったエリート、彼ならばきっと…。
(あの憎たらしい、ソルジャー・ブルーを血祭りに…)
 出来るであろう、とグランド・マザーは、ほくそ笑む。「これで、あのミュウも終わりだ」と。
 そしてキースは期待通りに、キッチリと仕事をしたのだけれど…。


「アニアン少佐! よく御無事で…!」
 あのメギドから生還なさるとは、とキースは部下たちに取り囲まれた。「流石です」と。
「いや、このくらいは大したことではない。…残党狩りはどうなった?」
 グレイブの艦隊は掃討作戦に向かったのか、と尋ねたキースに、逆に尋ねたのがパスカル。
「少佐、例のミュウはどうなったのです?」
「ソルジャー・ブルーなら、死んだと思うが」
 あの有様では生きてはいまい、とキースは冷たい笑みを浮かべた。何発も弾を撃ち込んだ上に、メギドそのものが大爆発。生き残れたわけがないだろうから。
 そうしたら…。
「なんてことを…!」
 奴の死体が無いのでは…、とセルジュが色を失い、他の部下たちも慌て始めた。
「金貨十万枚ですよ、少佐!?」
「それもずいぶん昔の話で、今だと利息が膨らみますから…」
 一億枚かもしれません、などと皆が騒いでも、キースにはサッパリ見えない話。金貨十万枚とは何を指すのか、一億枚なら何なのか。
「お前たち、何の話をしている?」
「ですから、ソルジャー・ブルーですよ!」
 伝説の獲物を狩りに出掛けてゆかれたのでは…、とセルジュが応じた。
 ソルジャー・ブルーは伝説のミュウで、遥か昔から賞金首。グランド・マザーが設けた口座に、今も巨額の賞金が眠っているのだ、と。…利息がどんどん膨らむままに。
「少佐もご存じなのだとばかり…。賞金首と言うほどですから、奴の首が無いと…」
「そうです、あいつの首を届けない限り、賞金は貰えないのですが…!」
 なんということをしてくれたのです、と部下たちの嘆きは深かった。
 「伝説の獲物」を狩りに出掛けて行ったキースに、誰もが期待していたから。
 「きっと、ソルジャー・ブルーの死体を引き摺ってお戻りになる」と、「いや、首かも」と。
 けれどキースは世情に疎くて、何処までも「機械の申し子」だった。
 賞金首など全く知らない、「水槽育ち」。部下たちがどんなに泣き叫ぼうとも、時すでに遅し。


 そういったわけで、「ソルジャー・ブルー」に懸かった賞金、そいつは宙に浮くことになった。
 金貨十万枚から膨らみまくって、それは素敵な金額になっていたものだから…。
(…あれを支払わずに済んだのだし…)
 金は有効活用せねば、とグランド・マザーは思考を続ける。
 あれだけあったら、きっと人類の技術の粋を集めた、最新鋭の新造船が…。
(造れるであろうな、充分にな…)
 今こそ、「ゼウス級」を建造するべき時だ、と下した決断。
 現在あるのは、「アルテミス級」が最大なわけで、その上を行く船はまだ無いのだから。
(ミュウが人類に牙を剥く前に、ゼウス級の建造を急がせねば…)
 かくして出来た新造戦艦、ゼウス級・一番艦、「ゼウス」。
 それがミュウとの決戦の時に、人類軍の旗艦となるのだけれども、そんなことなどキースは知らない。自分が貰い損ねた賞金、それが戦艦に化けたなど。
 ソルジャー・ブルーに懸かった賞金、それで「ゼウス」が造られたことは。
(ゼウス級・一番艦、旗艦ゼウスか…)
 あのグレイブが褒めるだけあって、いい船だ、と何処までも世間知らずなキース。
 本当だったら、その「素晴らしい船」を造れるだけの、賞金ゲットだったのに。
 ソルジャー・ブルーの価値さえきちんと知っていたなら、部下にも賞金大盤振る舞い、もう最高の英雄になれた筈だったのに…。

 

          賞金の行方・了

※「伝説のタイプ・ブルー・オリジン」と言われた割には、どう伝説なのか謎だったブルー。
 そこへ「伝説の獲物」なわけで、賞金首でもいいよね、と。半端ない賞金らしいですよ?








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