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(…初の軍人出身の元老か……)
  厄介な、とキースがついた溜息。
 側近のマツカを下がらせた後の夜更けに、一人きりの部屋で。
 国家騎士団総司令から、元老に転身したけれど。
 元老たちが集うパルテノン、其処からの要請だと聞いていたのだけれど。
(……実際の所は、グランド・マザーか……)
 どうやら、そういうことらしい。
 グランド・マザー直々の推薦、逆らえなかった頭の固い元老たち。
 人類の聖地、地球に据えられたグランド・マザーに、逆らえる者などいはしないから。
 国家騎士団の赤を基調にした制服から、元老の白い制服へ。
 それに着替えて、初の「仕事」に赴いた時。
 「歓迎されていない」と、直ぐに分かった。
 誰一人として、挨拶さえもしない有様。見下したような顔をして。
 そうなる理由は分かっている。
 「キース・アニアン」はメンバーズ・エリート、いわゆる「軍人」。
 けれど元老たちは「文官」、歩んで来たコースからして違う。
 彼らの中には一人もいない、E-1077の出身者。
 マザー・イライザが統べていた、あのステーション。
 とうの昔に廃校になって、この手で「それ」を処分して来た。
 マザー・イライザが止める悲鳴を聞きもしないで、惑星上へと落下させて。
(…エリートを育成する、最高学府だと聞いていたがな…)
 E-1077に在籍していた頃は、誰もがそう言っていた。
 あのステーションの卒業生から、「選ばれる」メンバーズ・エリートたち。
 彼らが「世界」を動かすのだと、宇宙の頂点であるかのように。
 キース自身も、そう聞かされて信じていた。
 「自分の生まれ」は知らなかったけれど、いつかエリートとして世に出るのだと。


 ところが、まるで違った「世の中」。
 メンバーズ・エリートと呼ばれる者は、「ただの軍人」に過ぎなかった。
 実際に宇宙を統治するのは、パルテノンに集う元老たち。
 軍人ではなくて、根っからの「文官」、いわゆる「政治家」。
 銃器くらいは扱えるけれど、戦闘機や戦艦の「動かし方」など知らない者たち。
(…Mが何かも、ろくに知らない連中ばかりで…)
 今の時代には「役立たない」者。
 Mと呼ばれるミュウとの戦い、それは日増しに激しくなってゆくばかり。
 だからこそ自分が「選ばれたのだ」と、パルテノンへと赴いたけれど…。
(…軍人は、これだから困るのだと…)
 蔑みの視線が向けられる日々。
 どのような意見を唱えようとも、ミュウとの戦いに備えるべきだと説こうとも。
(……どうして私を、あそこで作った……?)
 何故、と「マザー」に問いたくなる。
 マザー・イライザではなく、グランド・マザーに。
 どうして「E-1077」で作ったのかと、他の場所では駄目だったのかと。
 元老たちが教育を受けた、やはり「最高学府」のステーション。
 E-1077とは、場所も、カリキュラムも違うもの。
 最初から其処で「キース」を育てていたなら、回り道などしていない。
 今頃はとうに、それなりの地位を「パルテノンで」占めていただろう。
 「若き元老」には違いなくても、相手にされないことなどは無くて。
 嘲りの声も浴びることなく、意見を述べれば、誰もが耳を傾けもして。
(…同じように、私を作るのであれば…)
 そちらで作れば良かったものを、と思わないでもない。
 何処で作ろうとも、「キース」は「キース」。
 三十億もの塩基対を合成した上、それを繋いでDNAという鎖を紡ぐ。
 何処でやろうと手順は同じで、出来上がる「モノ」も同じな筈。
 後は教育次第なのだし、「回り道」などさせずとも、と。


 なのに、どうして「こうなった」のか。
 わざわざE-1077で「作って」、「軍人」に育てた「キース・アニアン」。
 今頃になって「パルテノン入り」をさせるほどなら、軍人の道を歩ませずとも…。
(元老のためのステーションの方で作っておけば…)
 幾らでも手間が省けただろう。
 政治家の道を歩んでいたなら、いずれ開ける「元老」への道。
 そちらを歩んで「パルテノン入り」を果たしていたなら、誰も「キース」を嘲りはしない。
 「軍人上がりは」などと言われはしないで、豊富にあっただろう人脈。
 その方が遥かに役立つだろうに、「キース・アニアン」という「人形」も。
(…しかし、マザーが選んだからには…)
 E-1077に「鍵」がある筈。
 其処でしか「キース」を「作れなかった」理由というもの。
 技術的には、何処であろうと可能だろうに。
 現に「キース」と対になっていた「ミュウの女」は、E-1077では「作られていない」。
 アルテメシアで「作られた」もので、だからこそ「M」に攫われた。
 「ミュウとして」処分が決まっていたのを、ソルジャー・ブルーが奪い去って。
 もちろん国家機密だけれども、「今のキース」なら「分かる」情報。
 あの実験は「アルテメシアで始まった」と。
 ミュウが奪ってしまったからと、場所を宇宙に移した実験。
 ならば、何処でも良さそうなもの。
 E-1077を選ばなくても、「もう一つの」最高学府でも。
 同じに「キース」を作るのだったら、「政治家のキース」を作れば良かった。
 そうしておいたら、パルテノンでの地位は安泰。
 異例の出世を続けた挙句に、とうの昔に…。
(……国家主席にもなっていたのだろうに……)
 グランド・マザーは、いずれ「そうする」つもりでいるのだろうけれど。
 「人類の指導者」として、マザー・イライザが作った「理想の子」、「キース」。
 それを人類の頂点に押し上げ、ミュウとの戦いに勝ちを収めるべく。


 既に決まっている、「キース」の道。
 「初の軍人出身の元老」の次は、「国家主席」の地位に収まる。
 そうなることが分かっているなら、何故、「回り道」をさせたのか。
 E-1077で「作って」、「軍人の道」を歩ませたのか。
(…グランド・マザーに、計算違いは有り得ない…)
 この道は最初から「敷かれた」もの。
 自分は其処を「歩まされる」だけで、自分の意志では選べない道。
 「回り道」に見えて、「回り道」ではないのだろう。
 E-1077から「始まった」のは。
 「キース・アニアン」を作り上げた場所、「ゆりかご」が「あそこ」だったのは。
(…そうすることで、何の益がある…?)
 政治家ではなく、軍人として育てることに。
 メンバーズ・エリートの道を歩ませることに。
(…私が歩いて来た道には…)
 数え切れないほどの屍、「冷徹無比な破壊兵器」として「殺した」者たち。
 反乱軍もいれば、暴動を起こした者たちも。
 けれど、最初に「キース・アニアン」の手を血に染めたのは…。
(…セキ・レイ・シロエ…)
 E-1077に「送り込まれた」、ミュウの少年。
 きっと自覚も無かっただろう、「Mのキャリア」と呼ばれるシロエ。
 彼が「キースと」出会わなければ、何も起こりはしなかった筈。
 ミュウのマツカが生き延びたように、成人検査を「無事に」パスして…。
(自分でも何処か変だと気付いて…)
 マツカよりも上手く隠し通して、今も何処かで生きていたろう。
 一般市民になっていたのか、あるいはシロエの父と同じに「研究者の道」を歩んでいたか。
 それをシロエが「歩み損ねた」のは、「キース」のせい。
 「指導者としての資質」を開花させるために、シロエは「贄にされた」から。
 「キース・アニアン」に「シロエを殺させること」が、機械の計算だったのだから。


 もしも「キース」が、E-1077に「いなかった」なら。
 軍人ではなくて、政治家のためのステーションで「作り上げられた」なら…。
(…シロエは、私に殺されはせずに…)
 生き延びたろうし、何もかも全て「キースのせい」。
 シロエが「あそこで」殺されたのは。
 「キース・アニアン」を育てるために選ばれ、E-1077に「送られた」のは。
 キースを「政治家」として作っていたなら、けしてシロエは「死んではいない」。
 銃器を扱うのが精一杯の、「根っからの政治家」だったのならば。
(…いったい、何のために…)
 グランド・マザーは、この回り道を用意したのだ、と思うけれども「分からない」。
 きっと直接、問い掛けてみても、答えは返らないのだろう。
 どうして、「この道」だったのか。
 この道に何の益があるのか、どんな計算が働いたのか。
(…最初から、政治家にしておいた方が…)
 早かったろうと思うのだがな、と零すけれども、鍵になるのは「M」なのだろうか。
 E-1077が、どういう理由で「M」に繋がるかは謎だけれども。
(きっと、一生…)
 分かるまいな、と「自分がゆくべき道」の先を思う。
 その先にも「M」が立ち塞がるから、いずれ「M」との決戦になるのだろうから。
 E-1077の謎は解けなくても。
 どうして「キース」を其処で作ったか、「回り道」の理由は、永遠に謎のままだとしても…。

 

           回り道の謎・了

※キースの疑問は、そのまま「管理人の疑問」だったりします。だって、変だと思うから。
 原作だと「政治家」もメンバーズだけど、アニテラは違ってましたよね。なんで、ああなの?








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「まったく、もう…。ジョミーは、どうなっているのです!」
 私には信じられません、とエラが吊り上げた眉。長老たちが集った部屋で。
 先日、ソルジャー・ブルーが船に迎えさせた、ジョミー・マーキス・シン。彼の行動が、彼らを激しく困らせていた。「ミュウの自覚が、まるで無い」せいで。
「今日で何日になるんじゃ、ハーレイ?」
 ゼルの問いに、キャプテンが即答した。「五日目だ」と。
「私にも、信じられないことではあるが…。事態は解決しそうにもない」
「あたしだって、信じられないよ。五日だよ、五日!」
 明日も駄目なら、一週間目が目の前じゃないか、とブラウも愚痴った。ジョミーの「酷さ」を。
「彼には自覚が無いようだ。…いくら教えても、聞く耳を全く持たないからね」
 お手上げだよ、とヒルマンも嘆く。「あんなケースは初めてだ」などと。
「ミュウの自覚も問題ですが…。それよりも、ジョミーの衛生観念の低さが最悪です!」
 五日も風呂に入らないなど、とエラは今にもキレそうだった。
 そう、問題は「風呂」というヤツ。
 ジョミーがシャングリラに迎えられてから、そろそろ一週間になろうとしている。それなのに、彼が拒み続けているのが「入浴」。それも五日も。
「…最初の日は、入ったんじゃがのう…」
「埃まみれで船に来ておいて、入らない方がどうかしています!」
 けれど、それきりではありませんか、と潔癖症のエラ女史は怒り続けていた。何故と言ったら、ミュウは「風呂好き」な種族だったから。
 彼らが暮らす、白い鯨のような船。シャングリラには自慢の風呂があるのに、ジョミーは決して入ろうとしない。
 世話係のリオが、どんなに誘っても。あの手この手で勧めてみても。
 とうとう五日も「入らない」わけで、長老たちだって困りもする。風呂嫌いのミュウなど、話にならない。次のソルジャーになるべきジョミーが、風呂嫌いだなんて。


 長老たちが悩んでいる頃、ジョミーはジョミーで悩んでいた。居住区の中の、自分の部屋で。
(…風呂に入れって言われても…)
 あんなの、風呂と言わないから! と叫びたい気分。
 このシャングリラに連れて来られて、直後にリオに誘われた。「お風呂に行きませんか?」と、声ではなくて思念波で。
 ドリームワールドからの逃走劇で、埃まみれになった後だけに、嬉しい誘いではあった。ただ、その時に、今から思えば…。
(変だと気付くべきだったよね?)
 「お風呂に行きませんか」とは、普通、誘わない。其処は「お風呂に入りませんか?」で、案内する先は、こういった部屋。
 専用の個室を貰うにしたって、ゲストルームを使うにしたって、其処には風呂がデフォ装備。
(自分で勝手に入れば良くって…)
 それでオッケー。
 アタラクシアの家にあったバスルームと、シャングリラの風呂が、仕様が違っているにせよ…。
(使い方さえ教えてくれれば…)
 充分なのだし、一人で入れる。幼稚園児とは違うのだから。
 ところがどっこい、シャングリラの「風呂」は半端なかった。リオと一緒に出掛けてみたら。
(有り得ないよね…)
 あれって何さ、と思い出すだけで頭が痛い。
 「こちらですよ」とリオが連れて行ってくれた先には、それは立派な「浴場」があった。並んで二つの入口があって、片方に「男湯」と染め抜いた「暖簾」。もう片方には「女湯」の文字。
 もうそれだけでカルチャーショックで、「男湯って…?」と頭は「?」マークで一杯。
 そしたら、中から先客が二人、喋りながら出て来たのだけれど…。
(首からタオルで、手に洗面器で…)
 洗面器の中には、ボディーソープのボトルなんかが入っていた。彼らはリオの姿に気付くなり、「よっ!」と空いている方の手を上げて…。
(いい湯だったぞ、って…)
 その声に『ぼくたちは、これからですよ』と応じたリオ。あそこで、もっと考えていれば…。


 マシだったよね、とジョミーは悔やむ。「男湯」の暖簾と、洗面器に入ったボディーソープ。
 あの時点で既に立っていたフラグ、「この先の風呂は、異世界だ」と。
 けれど、気付きはしなかったジョミー。「男湯って?」と首を傾げた程度で、そのまま足を踏み入れた。リオと並んで暖簾をくぐって、「男湯」へ。
(暖簾をくぐって、靴を脱いだら…)
 リオがカラリと扉を開けて、其処に広がっていた「とんでもない」光景。
 壁際にズラリと設けられた棚、突っ込まれている脱衣籠。きちんと畳んだ服が入っている籠や、適当に放り込んであるっぽい籠や。
 脱衣籠の方はまだいいけれども、籠の持ち主たちが「とんでもなかった」。
 パンツも履かずにマッパで談笑、扇風機とかいうヤツから送られる風の前に、仁王立ちの輩も。
 あっちで、こっちで「脱いでる」ヤツやら、パンツを履こうとしてるヤツやら…。
(どうして、他人が見ている所で脱げるんだよ!)
 デリカシーの欠片も無いじゃないか、と喚きたいけれど、自分もそれに巻き込まれた。脱衣籠をリオが「どうぞ」と差し出し、「脱いだ服はこれに入れるんですよ」と言い出したから。
(ぼくがドン引きしてるのに…)
 リオはサクサク脱いでしまって、思念波で「ジョミー?」と訊いて来た。「分からないのなら、何でも訊いて下さいね」だとか、「お手伝いした方がいいですか?」とか。
(手伝って、脱がせて欲しくないから…!)
 そんなのは御免蒙りたいから、諦めて服を脱ぐことにした。リオは温厚な笑顔で見守り、一応、腰にはタオルを巻いて…。
(パンツ代わりにしてるみたいだから、それでいいかな、って…)
 そう考えたわけで、パンツを脱ぐ前に腰にタオルを巻き付けた。リオに渡された脱衣籠の中に、タオルも入っていたものだから。
(パンツの下さえ見えないんなら…)
 大丈夫だ、と思った「風呂」。
 マッパな連中たちの場合は、デリカシーに欠けているだけだろう。リオのように「腰タオル」も出来るというのに、それをしていないというだけのこと。
 「このジョミー様は、そうじゃないから!」と、「風呂」の世界へ赴いた。リオと一緒に。


 リオがガラリと開けたガラス戸。途端にモワッと熱い湯気が来て、一瞬、息が止まったほど。
 「凄い湯気だ…」と驚いたけれど、「風呂」の方は腰が抜けそうなブツ。
(みんなマッパで、身体をゴシゴシ洗ってて…)
 もはや腰タオルは意味のない世界、リオも腰タオルを外してしまって…。
(これを使って下さいね、って…)
 取って来てくれたのが、専用の桶。「マイ洗面器」を持っていない人が使うらしい。もちろん、ボディーソープなんかも置かれている。
(特にこだわりが無いんだったら、備え付けのヤツで…)
 身体を洗って、それから湯船にゆったりと浸かる。タオルは頭に乗せたっていいし、桶に入れて湯船の外に置くのもアリ。
(タオルをお湯に浸けてしまうのは、マナー違反で…)
 腰タオルで湯船に浸かれはしない。家のバスルームなら、それでも少しも困らないけれど…。
(みんながガン見している所で…)
 マッパで風呂など、あんまりな話。
 それなのに、リオは「ジョミー、背中を流しましょう」などと、意味が不明な台詞を吐いた。
(…何のことだか、分からなかったし…)
 とにかく「うん」と頷いたのが、運の尽き。
 リオは「任せて下さい!」と人のいい笑顔で、目の粗い布を取って来るなり、ボディーソープを泡立て始めた。その布をゴシゴシやりながら。
 それが済んだら、いきなりザッパと背中から湯を浴びせ掛けられ、泡だらけの布で…。
(ぼくの背中を、思いっ切り…)
 洗い始めたから、目が点になった。「なんだよ、これ!」と。
 けれども、リオにガシガシ洗われながらも、「風呂」という所を見ていたら…。
(…洗われてる人、何人も…)
 いたんだよね、と零れる溜息。
 その上、背中を綺麗に洗い上げたリオは、「ぼくの役目になるんでしょうね」と微笑んだ。
 「偉い人には、背中を流す係がつくんですよ」と、「ジョミーは次のソルジャーですから」と。


 「ジョミーの背中を流す係」になるらしい、リオ。
 彼は「デカイ湯船」に浸かる間に、にこやかに色々教えてくれた。シャングリラの自慢の、この大浴場。それがどうして出来上がったか、どういう意味があるのかを。
(ずっと昔の、ローマ帝国では、お風呂が大事で…)
 一種の社交場でもあった浴場。
 けれど、その文化は後に廃れて、「大勢で入る」大きな風呂は無くなった。それから時は流れに流れて、日本という国に、似たような入浴習慣が出来て…。
(ローマ風のお風呂は、ちょっと贅沢すぎるから…)
 キモチ控えめに、日本風の「大浴場」がシャングリラの中に造られた。
 「ミュウは、人類より文化的だ」と、優れている面を大々的に打ち出すために。ついでに、裸の付き合いなるもの、そちらも大切。
(ミュウは思念波を使うから…)
 そっちの方が話が早い、と「使う機会が減りがち」な「言葉」。それを大いに活用できるよう、風呂に入って賑やかに…。
(喋りまくって、距離を縮めて…)
 親しくなるのが、ミュウたちの流儀。
 目上の人が入っていたなら、「お背中を流す係」がセットで入っていても…。
(お背中、お流ししましょうか、って…)
 声を掛けるのは「失礼」ではない。むしろ歓迎、「お願い」されたら大いに名誉。親しくなれるチャンス到来、雲の上の人と噂の長のソルジャー・ブルーでも…。
(お風呂に入っている時だったら、もういくらでも…)
 背中を流しながら「話し放題」、時には酒宴もあるらしい。
(湯船に、専用のトレイを浮かべて…)
 リオは「お盆」と言っただろうか、そういったものを浮かべてやる。それに乗っけた、酒を飲むための道具一式、そいつで酒宴。「湯船酒」とか言うらしい。
 マッパで湯船に浸かったままで、「まあ、一杯」と差しつ差されつ、のんびり、ゆったり。
(じきにジョミーも誘われますよ、って言われても…!)
 嫌すぎるのが「マッパの世界」で、ミュウたちの風呂。シャングリラ自慢の大浴場。


(もう絶対に、入るもんか…!)
 入らなくても死にはしないし、とジョミーが続けた「風呂ストライキ」。
 悲しいかな、ジョミーは「気付いていなかった」。
 大浴場に何度も通っていたなら、個室仕様のシャワーブースを見付けることも出来たのに。
 酷く身体が汚れた時には、「いきなり風呂場に入ってゆく」のは、マナーに反する。個室仕様のシャワーブースで汚れを落として、「風呂はそれから」。
 けれどジョミーは、大浴場に行きもしないわけだし、シャワーブースのことも知らない。
「…もう十日目になりますよ、キャプテン!」
 ジョミーを何とかして下さい、とエラがブチ切れ、ゼルたちも非難轟々の中、事件は起こった。
 「ぼくを、アタラクシアへ、家へ帰せ!」と、去って行ったジョミー。
 帰った家に両親の姿は無かったけれども、バスルームは健在。
 「サッパリした…!」とジョミーが入った十日ぶりの風呂、それが「風呂との別れ」になった。
 翌日、保安部隊に捕まり、ユニバーサルに連行されて、大爆発したジョミーのサイオン。
 彼を助けに飛び出して行ったソルジャー・ブルーと、船に戻らざるを得なかったから…。
(……ソルジャー・ブルー……。今はあなたを信じます……)
 シャワーブースから始めてみます、とジョミーが馴染む決意をした「風呂」。
 シャングリラの自慢の「大浴場」は、ミュウの文化の象徴だから。
 人類よりも進んでいるのがミュウの文化で、いずれはジョミーが継ぐべきソルジャー。
 「お背中を流す係」がつくのはガチで、係の他にも、きっと何人もがやって来る。
 「ソルジャー、お背中をお流しします」と、裸の付き合いを目的に。
 だから慣れなきゃ、とジョミーが手にする洗面器。「まずは、これから」と。
 マイ洗面器を持ってシャワーブースで、其処から始める「風呂」ライフ。いつかは、あのデカイ湯船に専用のお盆とやらを浮かべて…。
(差しつ差されつで、ゼルたちと宴会…)
 そういう日だってやって来るから、努力あるのみ。
 「男湯」にも、マッパの世界などにも、慣れてゆかねば後が無い。
 此処は、そういう船だから。人類とミュウは違う種族で、文化的に「風呂を楽しむ」大浴場が、シャングリラの自慢なのだから…。

 

          ミュウたちの風呂・了


※いや、大浴場があったら、ジョミーはショックを受けるだろうな、と思ったわけで。
 トォニィがシャワーを浴びていたんで、外せないのがシャワーブースの存在。なにか…?








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(……この花って……)
 なんて名前だっけ、とシロエが眺めた花。
 E-1077の中庭、其処の花壇に咲いているもの。
 白い花やら、青い花やら、今が盛りと咲いているけれど…。
(えっと…?)
 この白い花が…、と頭に一つ浮かべば、他の花たちの名前も出て来た。
 「ぼくは知ってる」と、「エネルゲイアでも、よく見た花だ」と。
 そう気付いたら、懐かしい。
 側のベンチに腰を下ろして、花たちの姿に暫し見惚れる。
 まるで故郷に帰ったよう。
 花の姿は、何処で見たって変わらない。
 宇宙に浮かんだステーションだろうが、故郷のエネルゲイアだろうが。
(……懐かしいな……)
 此処でこうして座っていたなら、心だけが故郷へ飛んでゆくよう。
 幼かった頃に見ていた花壇へ、遠く離れた雲海の星、アルテメシアへと。
 故郷でもきっと、この花が咲いているだろう。
 もしかしたら、母が「この瞬間に」眺めているかもしれない。
 家から外へ出掛けたついでに、何処かの花壇の側で足を止めて。
 あるいは父も見ているだろうか、父が勤める研究所にも、中庭などがあるのなら。
(…パパやママだって…)
 見ているのかも、と思うと余計に懐かしくなる。
 「ぼくの故郷にも咲いてた花だ」と、「今だって、きっと咲いてるんだよ」と。
 この中庭には、他の候補生たちも来るけれど…。
(花なんて、誰も見ていなくて…)
 ベンチに座っての会話に夢中か、賑やかに笑いさざめいているか。
 此処から「故郷」に思いを馳せる生徒は、いないのだろう。
 誰もが「過去を捨てて来た」から。
 成人検査で捨ててしまって、それを後悔することさえも無いのだから。


 けれど、自分は「忘れはしない」。
 機械がいくら消し去ろうとも、こうして「消えない」記憶だってある。
 故郷で目にした花の名前を、自分は忘れていなかった。
 「なんて名前だっけ?」と眺めていたら、次々と頭に浮かんだ名前。
 白い花の名も、青い花の名も、他の花のも。
 「エネルゲイアでも見ていた花だ」と、「忘れ去ってはいなかった」記憶。
 両親の顔さえおぼろになっても、花の名前は忘れなかった。
 つまりは機械が「消さなかった」もの。
 故郷で同じ学校に通った者たち、彼らの顔や名前を「忘れていない」ことと同じに。
(…花の名前なんかを、覚えていたって…)
 さほど役には立たないだろうに、記憶は消されていなかった。
 E-1077に入ったからには、いずれはメンバーズになるのだろうに。
 軍人などには「花の名前」は要らないだろうに。
(学校で一緒だった奴らは…)
 いずれ何処かで出会った時に、「友」として再会できるようにと、「残された」記憶。
 彼らの顔も、名前も少しも忘れてはいない。
 そんなものより、「両親」を覚えていたかったのに。
 自分を育ててくれた養父母、彼らを「忘れたくなかった」のに。
(…でも、パパとママは……)
 機械からすれば「不要な」記憶で、「大人になるなら」要らないもの。
 覚えていたって戻れない故郷、「覚えているだけ無駄」ということ。
 だったら、「花」はどうなのだろう?
 E-1077で暮らす候補生たちが、ろくに見てさえいない花たち。
 彼らにはただの「中庭の彩り」、無ければ「殺風景」だというだけ。
 どんな花でも気にはしないし、木だって、きっと同じこと。
 「中庭にあればいい」だけのことで、故郷のことなど考えはしない。
 それが「正しい生き方」だったら、花の名だって、多分、「要らない」。
 何であろうと花は花だし、「花だ」と分かれば充分だろうに。


 なのに「忘れていなかった」花。
 どの花の名も思い出したから、懐かしく見ていたのだけれど。
 故郷に帰ったような気さえもしたのだけれども、何故、「花」なのか。
 花の名前を覚えているより、両親を覚えていたかったのに。
 「パパの顔だ」と、「ママの顔だ」と、鮮やかに思い出したいのに。
(…どうして、こんな花なんか…)
 ぼくは覚えているんだろう、と逆の方へと向く思考。
 「これが機械のやり口なんだ」と、負の方向へ。
 故郷を懐かしむ気持ちの代わりに、「こんな花たちの名前なんか」と。
 だから、乱暴に立ち上がったベンチ。
 足早に後にした中庭。
 「あんな花なんか、見ていたくない」と、自分の世界に逃れるために。
 ただ一人きりでいられる世界へ、誰も入っては来ない個室へ。
 逃げ込むように其処に入って、閉ざした扉。
 ベッドに腰掛け、広げたピーターパンの本。
 これだけが唯一の「故郷との絆」、両親がくれた宝物。
 成人検査の日にも家から「持って出掛けて」、このステーションまで共に来られた。
 この本に纏わる全ての記憶は、憎い機械にだって「消せない」。
(絶対に、忘れてやるもんか…)
 ぼくの本だ、と本のページを覗き込む。
 その向こうには、幼い頃から憧れていたネバーランドが広がるから。
 ピーターパンと飛んでゆこうと思った、夢の世界が。
(…パパとママを忘れさせられても……)
 ぼくは忘れていないんだから、と見詰めるページ。
 これを「見ていた」自分の姿も忘れてはいない。
 故郷の家で椅子に座って、ある時は床に寝そべって。
 ピーターパンの本を何度も読んでは、「いつか行くんだ」と夢見た世界。
 夜空を駆けてネバーランドへ、ネバーランドよりも素敵な地球へ。


(…何もかも、忘れていないんだから…)
 ぼくは覚えているんだから、と宝物の本を抱き締めてみる。
 「此処にあるよね」と、「いつまでも、ぼくと一緒なんだ」と。
 くだらない花の名前などより、この本の方がずっと大切。
 両親がくれた「大好きな本」で、ステーションにまで持って来たほど。
 この本のことを、自分は忘れはしない。
 忌まわしいテラズ・ナンバー・ファイブも、この記憶を消せはしなかった。
 「ぼくの勝ちだ」と、嬉しくなる。
 消し去る記憶と、残す記憶と、それを機械が振り分けた時も…。
(…ぼくが、この本を持っていたから…)
 記憶を消さずに、残すしか無かったのだろう。
 厄介なことにならないように。
 「この本は、何?」と、「セキ・レイ・シロエ」が「悩まない」ように。
 お蔭で「消されずに」残った記憶。
 花たちの名前も、きっと「その手の」記憶。
 軍人は花に縁が無くても、いつか悩むかもしれないから。
 「この花の名前は何だった?」と、花壇の側に立ち尽くして。
(…忘れてしまった、と其処で気付かれたなら…)
 機械には都合が悪いだろう。
 「いいように記憶を書き換える」のだと、皆に知られてしまったら。
 それで「残った」のが「花の名前」で、「シロエの場合」は「本の記憶」も残った。
 とても大切な本だったのだと、今も忘れはしないままで。
 こうして本を抱き締める日やら、ページをめくってみる日やら。
(…ぼくは、機械に…)
 勝てたのだろう、と誇らしい。
 ピーターパンの本に纏わる記憶を、機械は「消せなかった」から。
 それを「持っていた」セキ・レイ・シロエに、「勝ちを譲る」しか無かったから。
 機械が勝手に奪い去る記憶、その中に「本」を入れられないで。


 花の名前を「忘れていない」のと全く同じに、「忘れないままで」いられた本。
 幼かった日に両親がくれた、大切な宝物の本。
 これからも、けして忘れはしない。
 何処までもピーターパンの本と一緒で、「両親の記憶」とも一緒。
 この本を「ぼくに」くれた記憶は、絶対に消えはしないんだから、と思ったけれど。
 「忘れないんだ」と考えたけれど、ピーターパンの本を貰った、その日。
(…いつだったっけ?)
 確か誕生日のプレゼント、と思い出そうとして、其処で途切れていた記憶。
 本当に「誕生日」だったのか。
 誕生日だったら何歳だったか、それが自然に浮かんでは来ない。
 バースデーケーキも、その上にきっと灯っていただろう蝋燭の数も。
(……それは、要らない記憶だから……)
 消されたんだ、と溢れた涙。
 「機械は、それも消してしまった」と、「ぼくは覚えていやしない」と。
 大切な本を「いつ貰った」のか、「いつから持っていた」ものなのか。
 花の名前は思い出せたけれど、ピーターパンの本に纏わる記憶は「思い出せない」。
 それを貰った、とても大切な日の欠片でさえも。
(…ぼくは、やっぱり……)
 機械に負けてしまったんだ、と唇を噛んで復讐を誓う。
 花の名前を思い出すより、他のことを思い出したいのに。
 「思い出したいこと」が沢山あるのに、機械が「消してしまった」から。
(……いつか、機械を止めてやる……)
 マザー・システムなんか壊してやる、と抱き締めるピーターパンの本。
 この本を持って、ただ一人きりで機械と戦い、いつの日か、勝ちを収めるのみ。
 でないと、記憶は戻らないから。
 機械の時代が終わらない限り、「大切な記憶」を取り戻すことは出来ないのだから…。

 

          失われた記憶・了

※シロエが持ってる、ピーターパンの本。あれって、いつから持ってるんだ、と思っただけ。
 両親の顔も覚えていないんだったら、貰った日のことも忘れていそうなんですけど…。









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「アニアン大佐、おはようございます」
 朝のコーヒーをお持ちしました、とキースの部屋に入ったマツカ。…首都惑星、ノアで。
 とうに起きていたキースの机にカップを置くと、壁の方をチラと横目で眺めて…。
(…今日もやっぱり…)
 此処にいるんだ、と目だけで「そちらに」挨拶をした。「おはようございます」と。
 応えてニコリと微笑む少年。声は聞こえて来ないけれども、「おはようございます」と、きっと言いたいのだろう。そういう顔をしているから。
(…うーん……)
 誰なんだろう、とマツカには今も分からない。この少年が誰なのか。
 黒い髪に紫の瞳の少年。気が強そうにも見えるかと思えば、幼い子供のようにも見える。
(第一、此処に子供なんかは…)
 けして入っては来られない。国家騎士団が入る建物、一般人は立ち入り禁止だから。
 けれど「少年」は「此処に」いるわけで、コソコソ隠れてもいない。キースが何処かへ移動する時は、この少年も「ついて来る」。デスクワークだろうが、任務だろうが。
(…おまけに、誰にも見えていなくて…)
 誰一人として気が付かないし…、と尽きない疑問。この少年の正体は、と。
「…マツカ?」
 まだ何か他に用があるのか、というキースの声に、マツカは慌てて敬礼した。
「い、いえ…! 失礼しました!」
「用がある時は、こちらから呼ぶ。…下がっていい」
 今日も朝から忙しいのでな、とキースに叩き出された部屋。
 去り際に後ろを振り向いてみたら、少年は「ご愁傷様」というような表情だった。肩を竦めて、軽く両手を広げたりして。


 そんな具合に、「キースの部屋に残った」少年。
 側近のマツカが叩き出されても、キースに放り出されはしないで。
(…きっと、今頃は…)
 仕事中のキースを横から覗き込んでいるか、床に座って本でも読んでいるのだろう。今日までに何度も目にした光景。
(興味津々といった感じで…)
 キースの手元を見詰める姿や、本を広げて「自分の世界に」夢中の姿。
 あの少年は、キースにも「見えていない」のだと思う。見えていたなら、自分と同じにキースに放り出されるから。「出て行け!」と書類でも投げ付けられて。あるいは銃を向けられて。
(でも、書類とか…)
 それに銃とかが効くんだろうか、とマツカは首を傾げる。なにしろ「見えない」少年だから。
 誰に訊いても、キースの側には「マツカしかいない」。いつ訊いてみても。
(…誰かいます、と言った途端に…)
 「侵入者か!」と何度も騒ぎになった。少年の姿は見事にスルーで、他の所を捜し回って。
 キースの副官のセルジュもそうなら、パスカルも、他の部下たちも。
 そうやって捜し回ってみたって、「誰も見付からない」ことが重なり、「このヘタレ野郎!」とセルジュに怒鳴られた。
(…ぼくが、ビクビクしているから…)
 いもしない「敵」が「いるように思えて」しまうのだ、と食らった説教。「しっかりしろ!」と叱り飛ばされ、「軍人らしく、もっと度胸を持たないか!」などと。
(……そう言われても……)
 あの少年は、確かに「いる」。
 今日も向けられた、明るい笑顔。「おはようございます」と親しみをこめて。
 部屋から叩き出された時には、同情してくれていた少年。「仕方ないですよ」という風な顔で、けれど「マツカに」向けていたポーズ。「お手上げですよね」と。
(…キースのことを、よく知っていて…)
 なおかつ、平気で側にいられる少年。
 いくら「見えない」少年とはいえ、普通は「キースの」側なんかには、誰も近付いたりしない。冷徹無比な破壊兵器と異名を取るほど、皆に恐れられているのだから。


 けれど、少年は「キースを」怖がらない。
 その仕事ぶりを眺めていたり、「ぼくには関係ない」とばかりに、寛いで本を読んでいたりと。
(……キースという人を、よく知っているから……)
 ああいう風に、キースの側にいられるのだろう。他所へは行かずに、朝も早くから。
 夜にマツカが下がる時にも、少年の姿は「其処にある」。キースの代わりに「お疲れ様」という笑みを湛えて、見送ってくれて。
(…生きた人間ではない…筈なんだし…)
 あの少年が生きているなら、他の者にも見えるだろう。ならば、少年はとっくの昔に…。
(……死んでいる…わけで……)
 マツカが見ているものは「幽霊」。
 SD体制の時代になっても、幽霊という概念くらいはある。「出た」と噂になることも。
(…幽霊というのは…)
 この際だから、とマツカは調べてみることにした。今日のキースは、デスクワークの予定だけ。急に呼ばれはしないだろうから、調べ物には丁度いい。
(…えーっと…?)
 端末の前に座って、データベースから引き出した情報。「幽霊」について。
 一口に「幽霊」と言ってみたって、色々な種類があるらしい。それに「姿を現す」理由の方も。
(この世に未練が残ってしまって、死んだ場所から動けないのが…)
 地縛霊というブツ。あの少年は「自由に動ける」のだから、地縛霊ではないだろう。その反対の「浮遊霊」の方で、何処にでもフラリと現れるヤツ。
(…こっちらしいけど…)
 そう思いながら「姿を現す理由」を読んで、マツカの顔が青ざめた。
(……誰かを恨んでいた時は……)
 幽霊は、その人間に「取り憑く」もの。何処へ行こうと、何処へ逃げようと、逃がしはしない。追って追い続けて、いつか恨みを晴らすまで…。
(子々孫々まで祟り続けて、一族郎党、皆殺しだとか…)
 そんな例まであったという。
 SD体制の今は、血の繋がった親子などはいないし、其処まで祟りはしないとしても…。


(……あの少年は、まさかキースを……)
 取り殺そうとしているのだろうか、とゾクリと冷えたマツカの背筋。
 恨む相手は「キース」だけだし、無関係な「マツカ」の方には、とても愛想がいいだけで…。
(…ぼくがいない時は、キースを取り殺す機会を狙って…)
 鬼のような形相なのかもしれない。それは冷たい表情になって、紫の瞳を凍らせて。
 ただ、幽霊は「強いエネルギーを持った人間」には「弱い」という。生きた人間の方が、死んだ人間よりも「エネルギー」を多めに持っているもの。
(だから、意志の強い人間だったら…)
 幽霊などに負けはしなくて、逆に跳ね返してしまうほど。…キースも、そっちのタイプの筈。
 それなら「安心」なのだろうか、とホッと息をつき、其処で気付いた。
 あの少年がキースに「憑いて」いるのなら、何故「キース」なのか。「冷徹無比な破壊兵器」の異名を取るのがキースだけれども、それはあくまで「軍人として」。
(反乱の鎮圧とか、そういった任務で人を殺しても…)
 子供まで殺しはしないだろう。…ジルベスター・セブンにいた「ミュウ」の場合は、女子供でも殺したのかもしれないけれど。
(……ミュウなのかな……?)
 ジルベスターで殺された恨みを晴らしに来たのだろうか、と考えてみれば辻褄が合う。ミュウの少年なら、「同じミュウ」のマツカに愛想がいいのも当たり前。「お仲間」なのだし、挨拶だってしてくれる筈。「おはようございます」と笑んで。
(…でも…)
 そっちだと時期が合わないな、とマツカは首を捻った。
 ジルベスターから戻って来た時、あの少年は「いなかった」。船の中でも見てはいないし、このノアに帰還した後も「一度も出会ってはいない」。
 初めて姿を見掛けたのは…、と記憶を手繰らなくても分かる。「あの時だ」と。
 キースが「レクイエムを捧げに行く」と言って出掛けた、廃校のE-1077を処分した時。
 あそこから帰って来る船の中で、キースの後ろを歩くのを見た。子供のような人影が。
(…船に子供はいなかったから…)
 気のせいなのだと考えたけれど、それから間もなく「あの少年」が住み付いた。首都惑星ノアの「キースの」部屋に、キースが出掛けてゆく先々に。


 そういうことなら、あの少年は「E-1077から」来たのだろう。
 E-1077はキースが処分したから、地縛霊が行き場を失ったろうか…?
(地縛霊は、誰かが浄化するまで…)
 その場所を離れられないという。あの少年が「E-1077の地縛霊」なら、E-1077さえ消えてしまえば、もう「其処にいる」理由は無くなる。つまりは自由。
(…キースが、彼を自由にしたから…)
 恩を感じて、キースに「ついて来た」かもしれない。何か恩返しでもしたくなって。
 それなら、あの少年がキースを恐れないのも…。
(ぼくと同じで、キースの人柄を知っているからで…)
 幽霊だけに「命の恩人」とは言えないけれども、似たようなもの。
 キースに「自由を貰った」わけだし、「悪い人ではない」のだと分かる。それでキースの人柄に惚れて、ああやって「側にいる」のだろう。いつか「恩返し」をするために。
(E-1077…)
 何かデータは…、と探してみたら、其処の制服の資料が出て来た。候補生たちが纏う制服。
(…あの子の服だ…)
 入学したばかりの候補生の服。それが「あの少年」がいつも着ている服だった。
 やはりE-1077から来た地縛霊だ、とマツカは納得したのだけれど。


「え…?」
 今、なんて…、とマツカは目を丸くした。それから数日経った後に。
 たまたま食堂で出会った、セルジュとパスカル。「一緒に食おう」と手招きされて、二人がいるテーブルに着く羽目になった。…あまり有難くはないのだけれど。
 何故かと言ったら、大抵は「ヘタレ野郎」なマツカへの説教、それが話題になるものだから。
 それは嫌だし、と思ったはずみに思い出したのが「あの少年」。E-1077から来た地縛霊。
 キースはE-1077の出身だから、そっちに話を振ることにした。
 「よく知らないので教えて下さい」と、E-1077時代のキースの逸話を知りたい、と。
 もちろん、セルジュやパスカルたちに「否」などは無い。彼らはキースを尊敬しているだけに、話したいことなら「山のように」ある。
 「機械の申し子」と呼ばれたくらいの成績だとか、入学直後の宇宙船の事故とか、次から次へと聞かせてくれて、締めが「卒業間際の」事件。
「Mのキャリアがいたと言ったろ。…そいつを処分したんだよ」
「卒業間際だった、大佐が一人で追い掛けてな。保安部隊の奴らも倒れていたそうだから」
 逃亡したMのキャリアの船を撃墜したのだ、とセルジュとパスカルは「キース」の武勲を称えているけれど…。
「そのキャリアというのは、どんな人だったんです…?」
「国家機密だぞ。Mのキャリアとしか分からん」
 名前も年も全く知らない、と二人は口を揃えた。分かっているのは「キースの手柄」だけだと。
(…それじゃ、あの子は…)
 その「Mのキャリア」だったのでは…、とマツカが「怖い考え」に陥ったのは言うまでもない。
 やはり「キースのことを」恨んで、E-1077から「憑いて来た」のかと。
「おい、どうした?」
 また気分でも悪いのか、とセルジュとパスカルにどやしつけられ、話はおしまい。
 マツカは一人、キースの所へ「ご用はありませんか?」と戻って行ったのだけれど、その部屋にいた「あの少年」。いつものように床に座って、本を広げて。
(……キースが処分した、Mの少年……)
 気を付けねば、とマツカは気を引き締めた。ミュウの自分には愛想が良くても、キースには害になるかもしれない。この少年が、「Mのキャリア」で合っていたなら。


 マツカは警戒しまくったけれど、時は流れて、キースが国家騎士団総司令の任に就いた後。
(…あっちに、何が…?)
 例の「誰にも見えない」少年、その子が何度も指差す方向。キースが外に出掛けた時に。
 もしや、とマツカが澄ました「サイオンの耳」と、凝らした「瞳」。
『いけません、キース…!』
 そっちに行っては、とキースを思念で引き止め、「暗殺です」とそのまま続けた。思念の声で。
 キースは頷き、セルジュに命じた。「あの方向を調べて来い!」と。
 たちまち捕まった狙撃手と、解除された時限爆弾と。
 暗殺計画は未遂に終わって、文字通り「命を拾った」キース。手柄はセルジュたちのものでも、陰の功労者はマツカ。…その陰には、例の「見えない少年」。
(…あの子は、キースを恨んでいるんじゃなくて…)
 逆に命を助けたのか、とマツカは驚いたわけで、そうなると、やはり…。
(E-1077にいた、地縛霊なだけで…)
 キースに恩返ししたいんだろうな、と結論付けたマツカ。
 それ以降は「少年」と無敵のタッグで、何度もキースの命を救った。少年が知らせて、マツカがキースやセルジュたちに「変です」と知らせたりして。
 最強のタッグはキースを守り続けたけれども、旗艦ゼウスを襲ったミュウには敵わなかった。
 オレンジ色の髪と瞳のトォニィ、彼はあまりに強すぎたから。
 そうしてマツカは、少年と同じ世界の住人になって…。


「…セキ・レイ・シロエ…?」
 そういう名前だったんですか、と知らされた例の少年の名前。
 ついでに少年は、思った通りに「キースが処分した」Mのキャリアでもあったのだけれど。
「ちょっとした、恩返しなんですよ。…本を返して貰いましたから」
「…本?」
「この本です。ぼくの大切な宝物の本で、失くしてしまって、ずっと悲しくて…」
 それをキース先輩が、ちゃんと返しに来てくれたので…、と少年が手にするピーターパンの本。
 そういえば、いつも読んでいたな、とマツカはようやく合点がいった。
 この少年が読んでいた本は、いつでも同じだったから。いつ見掛けても、ピーターパンで。
「…その本を、キースが…?」
「ええ。E-1077の、ぼくの部屋まで届けに来てくれたんです」
 だから御礼に頑張りました、とシロエは微笑む。「死んでいたって、出来ることを」と。
「そうだったんですか…。ぼくもキースの役に立てるといいんですけど…」
「役に立ったじゃないですか。キース先輩を生き返らせたでしょう?」
 あれだけでも本当に凄いですよ、とシロエが褒める。「ぼくには出来ませんでした」と。
 こうして二人は「死後の世界」で再びタッグを組んだけれども、残念なことに「見える人間」が誰もいなかったせいで、活躍の機会は二度と無かった。
 キースの部下たちは、悉く「霊感ゼロ」だったから。
 後に地球までやって来たミュウも、もれなく「霊感ゼロ」の集団だったから…。

 

           少年は守護霊・了

※いったい何処から降って来たのか、自分でもサッパリ分からないネタ。いや、本当に。
 「マツカで書こう」とも、「シロエで書こう」とも思っていなかった筈なのに…。何故だ。








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(……サム……)
 相変わらず、今も「子供」なのだな、とキースが零す溜息。
 マツカを下がらせ、夜更けの部屋に一人きりで。
 昼間はサムの見舞いに出掛けた。
 マツカとスタージョン中尉だけを連れて、久しぶりに。
(…国家騎士団総司令様か…)
 この厄介な肩書きさえ無かったら、と思わないでもない。
 昔馴染みの友の見舞いに行くだけのことに、どれほど制約が増えたろう。
 任務やデスクワークはともかく、「キース・アニアン」の身を守るための「それ」。
 「見舞いに行こう」と思い立っても、その日の内には、けして行けない。
 サムが入院している病院、其処までに通ってゆく道順。
(…それをパスカルたちが調べて…)
 狙撃手や爆弾、そういったものが入れないよう、念には念を入れてのチェック。
 更には当日、「いきなりルートを変更する」。
 もちろん「用心」のためのルートで、そちらも「とうに調査済み」。
 万一、狙撃手や爆弾などが「本来のルート」に潜んでいても…。
(まさか道順を変えるとは、思わないからな…)
 一向に来ない「キース・アニアン」、それを狙って待ち伏せるだけ無駄。
 其処までしないと、「見舞いにさえも行けない」のが「自分」。
 国家騎士団総司令の命を狙う輩は、何処にでもいるものだから。
 ノアばかりでなく、他の惑星や基地に出向いても。
(…ただの上級大佐なら…)
 もう少し楽に動けたものを、と思ってはみても、詮無いこと。
 この先はもっと、「動きにくく」なってゆくのだろう。
 ミュウとの戦いが続いているのに、「愚かしい人類」が後を絶たないから。
 「キース・アニアン」を失ったならば何が起こるか、気付いてもいない者たちが。
 彼らの力で、「侵略者」を防げはしないのに。
 ミュウの版図は今も拡大し続けるだけで、「防ぐ手立て」は見付からないのに。


 もちろん、「手をこまねいて」見ているだけではない。
 打てる手は打つし、サイオンに対抗して動ける兵士も「開発中」。
(APDスーツか…)
 アンチ・サイオン・デバイススーツ。
 それを着たなら、「ただの兵士」でも、「対サイオンの訓練を受けた」者と同じに動ける。
 全軍きってのゴロツキだろうが、「ろくに使えない」兵士だろうが。
 頼みの綱は、もはや「その程度」。
 後は「戦略次第」というのが、「ミュウとの戦い」。
 けれど、「分かっていない」者たち。
 「キース・アニアン」が「力をつけてゆく」のを嫌って、暗殺を試みる輩。
 そうして「キース」を殺したならば、自分の首を絞めるのに。
 ミュウがノアまで攻めて来た時、彼らは「殺される」だろうに。
 降伏を伝えた者たちにさえも、容赦しないのが「ジョミー・マーキス・シン」。
 武装していない救命艇をも、端から爆破してゆくほどに。
 そんな「ジョミー」が現れたならば、「愚かな人類ども」は殺されて終わり。
 そうとも思わず、彼らは今も「画策している」ことだろう。
 「邪魔なキース」をどうやって消すか、ノアで、あるいは他の惑星や基地などで。
(…厄介なことだ…)
 あの連中のせいで、サムの見舞いにも出掛けられない、と腹立たしい。
 以前だったら、気軽に出掛けられたのに。
 ジルベスターに向かった頃なら、それこそ自分一人ででも。
 部下の一人も連れさえしないで、自分で車を運転して。
 「元気だったか?」と、サムの所へ。
 「赤のおじちゃん!」としか呼んで貰えなくても。
 サムの心は子供に戻って、「キース」を覚えていなくても。
 それでもサムは「ただ一人の友」。
 サムに会うだけで、「昔に戻れた」気がするのに。
 そのサムにさえも、今の自分は「思い立っても」会いに行けないのか、と。


 サムの病院を見舞う時には、いつも何処かで期待している。
 「昔のサム」に会えはしないかと、「キース!」と呼んで貰えないかと。
 けれども、今日も自分は「赤のおじちゃん」。
 昔馴染みの「サム」は戻って来なかった。
 笑顔は昔と変わらなくても、サムは「子供」で、「キース」を知らない。
(…難しいとは、承知なのだが…)
 病院の医師も、そう告げたから。
 サムの心は壊れてしまって、「元通りに戻す」方法は無い。
 恐らく、「サムを壊した」ミュウにも、それは出来ないだろう、とも。
(…サムは、すっかり壊れてしまって…)
 どうして、そんなことが出来る、と「ミュウ」という生き物が、ただ憎い。
 ミュウの長の「ジョミー・マーキス・シン」も。
 サムとは幼馴染だったと聞くのに、彼はそのサムを「壊してしまった」。
 降伏して来た救命艇さえ、爆破するのと「まるで同じに」。
(……サム……)
 ジルベスターにさえ行かなかったら、と何度、思ったことだろう。
 サムと、チーフパイロットとが乗っていた船。
 その船が「他所を」飛んでいたなら、サムは壊れなかったのに、と。
 ジルベスター・セブンに近付かなければ、サムは「壊されはしなかった」。
 ミュウと出会わず、他の所を飛んでいたなら。
 「ジョミー・マーキス・シン」が「いない」航路を、選んで飛んでいたならば。
(…どうして、あそこを飛んだのだ…)
 よりにもよって、何故、と思って、不意に背筋がゾクリと冷えた。
 「サム・ヒューストン」が乗っていた船。
 それが向かった、「ジョミー・マーキス・シン」が「いる」ジルベスター・セブン。
 ただ「通り過ぎる」だけにしたって、あまりに「出来過ぎて」いないかと。
 偶然にしては、揃いすぎている幾つものピース。
 サムとジョミーと、それに「キース」と。


(……私は、マザー・イライザが……)
 無から作り上げた生命体。
 三十億もの塩基対を合成して繋ぎ、DNAという鎖を紡いで。
 E-1077でサムやスウェナと過ごした頃には、「知らなかった」真実。
 シロエが「それ」を知った後にも、それに「近付けずに」卒業して行ったステーション。
 けれども、今は「知っている」。
 自分が何かも、何のために「作り出された」生命なのかも。
 それを知った日、マザー・イライザは何と言っていたろう…?
(…サムも、シロエも…)
 彼らとの出会いも、シロエの船を「撃ち落とした」ことも、全て「計画」。
 マザー・イライザの計算通りに、全ては進められたという。
 「キース・アニアン」を、「理想の子」として育てるために。
 何もかもが全て「決められた」ことで、自分は「プログラム通りに」生きただけ。
 自分では、何も知らないままで。
 「生まれ」のことさえ、少しも「変だ」と思いはしないで。
(…マザー・イライザが、それをやったなら……)
 サムを、シロエを「糧」に「キース」を育てたならば。
 E-1077ごと処分されたような、マザー・イライザでも「出来た」のならば…。
(……グランド・マザー……)
 人類の聖地、地球の地の底にある巨大コンピューター。
 今の宇宙を統べている「それ」、マザー・システムの頂点に立つ機械。
 グランド・マザーには、きっと容易いことだろう。
 「サムを乗せた船」を、「ジルベスター・セブンに向かわせる」ことは。
 其処で「ジョミー・マーキス・シン」に出会わせ、「壊させる」ように仕向けることも。
(…そうしておけば……)
 「キース・アニアン」は、「必ず」任務を受けるだろう。
 昔馴染みの友の仇を取りに、ジルベスター・セブンに向かう「任務」を。
 他の者たちには、けして「譲りもせずに」。


 まさか、と凍り付く心。
 「私のせいか」と、「そのせいで、サムは壊されたのか」と。
 サムを乗せた船が、あの忌まわしい星へ向かったのは、「キース・アニアン」のせいなのかと。
(…グランド・マザーなら、充分、出来る…)
 そのように「航路設定しておく」ことも、「航路設定させる」ことも。
 サムが乗った船を直接操り、「ジルベスター・セブンに向かう」航路を組み込むことも。
(…ジルベスター・セブンには、ジョミー・マーキス・シンがいて…)
 彼とサムとが出会った時には、どうなるのかも「グランド・マザー」だったなら…。
(…何もかも、計算ずくだったのか……?)
 最初から仕組まれたことだったろうか、サムが「壊れてしまった」ことは。
 「キース・アニアン」をミュウの拠点に向かわせ、彼らを「殲滅させる」ために。
 ジョミー・マーキス・シンを、ミュウどもを「根こそぎ滅ぼす」ために。
(…そして、私は……)
 グランド・マザーの計算通りに、メギドを持ち出しただろうか?
 ジルベスター・セブンごと「ミュウを」滅ぼし、焼き尽くすために。
(……まさか、其処まで……)
 計算されたことだったのか、と恐ろしいけれど、きっと「答え」は聞けないだろう。
 この戦いが済むまでは。
 宇宙からミュウを滅ぼし尽くして、グランド・マザーの称賛を得られるまでは。
(…もっとも、それで…)
 褒められ、真実を告げられるよりは、「知らない」方がマシだけれども。
 もしも「自分が」、サムを巻き込んだ「事故」の引き金になっていたのなら。
 ただ一人きりの「友」が壊れた、原因が「自分」だったなら…。

 

         出来過ぎた偶然・了

※原作だと「偶然」だったサムの事故。アニテラだと、絡んでいるのがグランド・マザー。
 それならキースも気付いたかも、と思ったんですけど…。キースには酷な真実だよね、と。








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