(……サム……)
相変わらず、今も「子供」なのだな、とキースが零す溜息。
マツカを下がらせ、夜更けの部屋に一人きりで。
昼間はサムの見舞いに出掛けた。
マツカとスタージョン中尉だけを連れて、久しぶりに。
(…国家騎士団総司令様か…)
この厄介な肩書きさえ無かったら、と思わないでもない。
昔馴染みの友の見舞いに行くだけのことに、どれほど制約が増えたろう。
任務やデスクワークはともかく、「キース・アニアン」の身を守るための「それ」。
「見舞いに行こう」と思い立っても、その日の内には、けして行けない。
サムが入院している病院、其処までに通ってゆく道順。
(…それをパスカルたちが調べて…)
狙撃手や爆弾、そういったものが入れないよう、念には念を入れてのチェック。
更には当日、「いきなりルートを変更する」。
もちろん「用心」のためのルートで、そちらも「とうに調査済み」。
万一、狙撃手や爆弾などが「本来のルート」に潜んでいても…。
(まさか道順を変えるとは、思わないからな…)
一向に来ない「キース・アニアン」、それを狙って待ち伏せるだけ無駄。
其処までしないと、「見舞いにさえも行けない」のが「自分」。
国家騎士団総司令の命を狙う輩は、何処にでもいるものだから。
ノアばかりでなく、他の惑星や基地に出向いても。
(…ただの上級大佐なら…)
もう少し楽に動けたものを、と思ってはみても、詮無いこと。
この先はもっと、「動きにくく」なってゆくのだろう。
ミュウとの戦いが続いているのに、「愚かしい人類」が後を絶たないから。
「キース・アニアン」を失ったならば何が起こるか、気付いてもいない者たちが。
彼らの力で、「侵略者」を防げはしないのに。
ミュウの版図は今も拡大し続けるだけで、「防ぐ手立て」は見付からないのに。
もちろん、「手をこまねいて」見ているだけではない。
打てる手は打つし、サイオンに対抗して動ける兵士も「開発中」。
(APDスーツか…)
アンチ・サイオン・デバイススーツ。
それを着たなら、「ただの兵士」でも、「対サイオンの訓練を受けた」者と同じに動ける。
全軍きってのゴロツキだろうが、「ろくに使えない」兵士だろうが。
頼みの綱は、もはや「その程度」。
後は「戦略次第」というのが、「ミュウとの戦い」。
けれど、「分かっていない」者たち。
「キース・アニアン」が「力をつけてゆく」のを嫌って、暗殺を試みる輩。
そうして「キース」を殺したならば、自分の首を絞めるのに。
ミュウがノアまで攻めて来た時、彼らは「殺される」だろうに。
降伏を伝えた者たちにさえも、容赦しないのが「ジョミー・マーキス・シン」。
武装していない救命艇をも、端から爆破してゆくほどに。
そんな「ジョミー」が現れたならば、「愚かな人類ども」は殺されて終わり。
そうとも思わず、彼らは今も「画策している」ことだろう。
「邪魔なキース」をどうやって消すか、ノアで、あるいは他の惑星や基地などで。
(…厄介なことだ…)
あの連中のせいで、サムの見舞いにも出掛けられない、と腹立たしい。
以前だったら、気軽に出掛けられたのに。
ジルベスターに向かった頃なら、それこそ自分一人ででも。
部下の一人も連れさえしないで、自分で車を運転して。
「元気だったか?」と、サムの所へ。
「赤のおじちゃん!」としか呼んで貰えなくても。
サムの心は子供に戻って、「キース」を覚えていなくても。
それでもサムは「ただ一人の友」。
サムに会うだけで、「昔に戻れた」気がするのに。
そのサムにさえも、今の自分は「思い立っても」会いに行けないのか、と。
サムの病院を見舞う時には、いつも何処かで期待している。
「昔のサム」に会えはしないかと、「キース!」と呼んで貰えないかと。
けれども、今日も自分は「赤のおじちゃん」。
昔馴染みの「サム」は戻って来なかった。
笑顔は昔と変わらなくても、サムは「子供」で、「キース」を知らない。
(…難しいとは、承知なのだが…)
病院の医師も、そう告げたから。
サムの心は壊れてしまって、「元通りに戻す」方法は無い。
恐らく、「サムを壊した」ミュウにも、それは出来ないだろう、とも。
(…サムは、すっかり壊れてしまって…)
どうして、そんなことが出来る、と「ミュウ」という生き物が、ただ憎い。
ミュウの長の「ジョミー・マーキス・シン」も。
サムとは幼馴染だったと聞くのに、彼はそのサムを「壊してしまった」。
降伏して来た救命艇さえ、爆破するのと「まるで同じに」。
(……サム……)
ジルベスターにさえ行かなかったら、と何度、思ったことだろう。
サムと、チーフパイロットとが乗っていた船。
その船が「他所を」飛んでいたなら、サムは壊れなかったのに、と。
ジルベスター・セブンに近付かなければ、サムは「壊されはしなかった」。
ミュウと出会わず、他の所を飛んでいたなら。
「ジョミー・マーキス・シン」が「いない」航路を、選んで飛んでいたならば。
(…どうして、あそこを飛んだのだ…)
よりにもよって、何故、と思って、不意に背筋がゾクリと冷えた。
「サム・ヒューストン」が乗っていた船。
それが向かった、「ジョミー・マーキス・シン」が「いる」ジルベスター・セブン。
ただ「通り過ぎる」だけにしたって、あまりに「出来過ぎて」いないかと。
偶然にしては、揃いすぎている幾つものピース。
サムとジョミーと、それに「キース」と。
(……私は、マザー・イライザが……)
無から作り上げた生命体。
三十億もの塩基対を合成して繋ぎ、DNAという鎖を紡いで。
E-1077でサムやスウェナと過ごした頃には、「知らなかった」真実。
シロエが「それ」を知った後にも、それに「近付けずに」卒業して行ったステーション。
けれども、今は「知っている」。
自分が何かも、何のために「作り出された」生命なのかも。
それを知った日、マザー・イライザは何と言っていたろう…?
(…サムも、シロエも…)
彼らとの出会いも、シロエの船を「撃ち落とした」ことも、全て「計画」。
マザー・イライザの計算通りに、全ては進められたという。
「キース・アニアン」を、「理想の子」として育てるために。
何もかもが全て「決められた」ことで、自分は「プログラム通りに」生きただけ。
自分では、何も知らないままで。
「生まれ」のことさえ、少しも「変だ」と思いはしないで。
(…マザー・イライザが、それをやったなら……)
サムを、シロエを「糧」に「キース」を育てたならば。
E-1077ごと処分されたような、マザー・イライザでも「出来た」のならば…。
(……グランド・マザー……)
人類の聖地、地球の地の底にある巨大コンピューター。
今の宇宙を統べている「それ」、マザー・システムの頂点に立つ機械。
グランド・マザーには、きっと容易いことだろう。
「サムを乗せた船」を、「ジルベスター・セブンに向かわせる」ことは。
其処で「ジョミー・マーキス・シン」に出会わせ、「壊させる」ように仕向けることも。
(…そうしておけば……)
「キース・アニアン」は、「必ず」任務を受けるだろう。
昔馴染みの友の仇を取りに、ジルベスター・セブンに向かう「任務」を。
他の者たちには、けして「譲りもせずに」。
まさか、と凍り付く心。
「私のせいか」と、「そのせいで、サムは壊されたのか」と。
サムを乗せた船が、あの忌まわしい星へ向かったのは、「キース・アニアン」のせいなのかと。
(…グランド・マザーなら、充分、出来る…)
そのように「航路設定しておく」ことも、「航路設定させる」ことも。
サムが乗った船を直接操り、「ジルベスター・セブンに向かう」航路を組み込むことも。
(…ジルベスター・セブンには、ジョミー・マーキス・シンがいて…)
彼とサムとが出会った時には、どうなるのかも「グランド・マザー」だったなら…。
(…何もかも、計算ずくだったのか……?)
最初から仕組まれたことだったろうか、サムが「壊れてしまった」ことは。
「キース・アニアン」をミュウの拠点に向かわせ、彼らを「殲滅させる」ために。
ジョミー・マーキス・シンを、ミュウどもを「根こそぎ滅ぼす」ために。
(…そして、私は……)
グランド・マザーの計算通りに、メギドを持ち出しただろうか?
ジルベスター・セブンごと「ミュウを」滅ぼし、焼き尽くすために。
(……まさか、其処まで……)
計算されたことだったのか、と恐ろしいけれど、きっと「答え」は聞けないだろう。
この戦いが済むまでは。
宇宙からミュウを滅ぼし尽くして、グランド・マザーの称賛を得られるまでは。
(…もっとも、それで…)
褒められ、真実を告げられるよりは、「知らない」方がマシだけれども。
もしも「自分が」、サムを巻き込んだ「事故」の引き金になっていたのなら。
ただ一人きりの「友」が壊れた、原因が「自分」だったなら…。
出来過ぎた偶然・了
※原作だと「偶然」だったサムの事故。アニテラだと、絡んでいるのがグランド・マザー。
それならキースも気付いたかも、と思ったんですけど…。キースには酷な真実だよね、と。