「…テーブルに紅茶を用意しておきました」
その声に、キースは目を剥いた。もう、文字通りに。
(紅茶だと!?)
有り得ん、と受けてしまった衝撃。メンバーズなのに、頭にガツンと。
ジルベスター星域での事故調査のために、このソレイドまでやって来た。直ぐにでも出発したいほどなのに、船の用意が整うまでは足止めで…。
(…しかも紅茶か…!)
何故だ、と頭が真っ白だけれど、優先事項は「それ」ではなかった。
(この青年…)
Mか、と既に見切っている。「紅茶を用意しておきました」と告げた、ジョナ・マツカ。此処に配属されたばかりだと、自己紹介をしてはいたものの…。
(…Mのスパイか…?)
こんな辺境星域に、と思いはしても、ジルベスター星系から「一番近い」軍事基地がソレイド。人類軍の動きを探りに、Mが潜り込んでいても不思議ではない。
だから、「わざわざ」読ませた心。拳銃を床に「落とした」上で、ミュウのマツカに。
それから後は、もうゴタゴタで、けれど、何故だか起こした気まぐれ。「生かしておこう」と。
そのマツカには「更に一発」、衝撃弾を見舞っておいたけれども。
(……しかしだな……)
撃つ前に「替えさせて」おけば良かった、とキースが見詰めるテーブルの上。
其処に置かれたティーポットにカップ、シュガーポットやミルクピッチャーまでが揃っていた。今の気分は「コーヒー」なのに。そうでなくても、こうした場所で出て来るのなら…。
(……普通、コーヒーなのだと思うが……)
まるで分からん、と「通用しない」らしい常識。
国家騎士団の中に限らず、軍人と言えば「黙ってコーヒー」。男だろうが、女だろうが。
紅茶なんぞが出る筈もなくて、現に今日まで「見はしなかった」。
けれど、テーブルに「用意された」ものは、紅茶を飲むための道具一式。ご丁寧なことに、まだ肉眼では見たことが無かった、ティーコジーまでが「ポットに被せてあった」。
中の紅茶が冷めないようにと、保温しておくカバーが「ソレ」。
ポットの紅茶が「濃くなり過ぎた」時に「薄める」差し湯も、専用の器にたっぷりと。
此処が辺境星域の軍事基地とは、誰一人思わないだろう。…テーブルの上だけを眺めたならば。
なんとも優雅で手荒な「歓迎」。叩き上げのメンバーズに「紅茶を出す」などは。
(…紅茶と言ったら、女どもが飲むか、そうでなければ…)
軍人などとは違う人種だ、とキースは苦々しいキモチ。
いわゆる政治家、パルテノン入りして元老になるような輩が「飲む」のが紅茶なるもの。時間に追われていないものだから、それはゆったりと寛いで。
(しかし、私は先を急ぐのだ…!)
最新鋭の船と、優秀な人材の準備はまだか、とイラついてみても、「辺境には辺境のやり方」というのがあるらしいから…。
(……コーヒーが無いなら、仕方あるまい……)
紅茶でかまわん、とカップに注いだ紅茶。ポットに被せられたティーコジーを外して、慣れない手つきでトポトポと。
(…何故、辺境で紅茶なんぞを…)
飲まされるような羽目に陥るのだ、と心でブツクサ。もちろん砂糖を入れてはいない。コーヒーだって「ブラック」なのだし、紅茶に砂糖を入れるわけがない。
(どうにも頼りない味だ…)
マツカに「二発目」を撃ち込む代わりに、「入れ替えて来い!」と言えば良かった。テーブルの上の紅茶を下げさせ、「コーヒーを淹れろ」と命じていたなら…。
(インスタントのコーヒーにしても、これよりは…)
まだマシだった、とカップを傾けていると、入室許可を求められた。きっとマツカだ、と思って「入れ」と応えたのだけれど。
「…アニアン少佐。紅茶はお気に召したかね?」
入って来たのは、ソレイドのトップのマードック大佐。唇に薄い笑みを浮かべて。
「……やはり大佐の御趣味でしたか。この紅茶は」
「もちろんだとも。…これでも私は、上昇志向の強い男なのだよ」
まずは形から入るべきだ、とマードック大佐はブチ上げた。
コーヒーなどは「下品な飲み物」、紳士たる者、紅茶を愛してなんぼ。遠い昔の地球で知られた大英帝国、其処では「男も紅茶」だった。「血管の中を紅茶が流れる」と言われたほどに。
彼らの流儀を継いでいるのが、パルテノン入りを果たした元老たち。
教育ステーションでの時代からして、日々の暮らしに「生きている」のが紅茶。
朝一番には、ベッドサイドのテーブルでアーリーモーニングティー。正式には執事が「恭しく」淹れて、主人に供する。これに始まって、夕食の後まで、一日に何度もティータイムだとか。
仕事中にも、「イレブンジズ」などと、午前十一時に仕事を中断、其処で紅茶を飲むほどに。
(…………)
なんとも暇な奴らばかりだ、とキースが思った「ティータイム」。
メンバーズが「それ」をやっていたなら、任務は端からパアだろう。寸秒を争う任務は山ほど、紅茶など飲んでいられはしない。コーヒーが飲めたら、それで上等。
「やってられるか」と、キースはカップを傾けたけれど…。
「…これはこれは。少佐はご存じないらしい」
それでは出世も難しいだろう、とマードック大佐は嘆かわしそうに頭を振った。
「……私が何か失礼でも?」
「いや、何も…。君の育ちが、たった今、分かってしまったのだよ」
下品な男だ、と舌打ちをしたマードック大佐。「昔で言うなら、労働者階級といった所か」と。
(…労働者だと!?)
今の時代は、そんな区別は無いのだけれども、キースにも知識くらいはあった。大英帝国時代の労働者階級と言えば、下層階級と呼んでもいい。貴族たちに顎で使われるような。
(私が、労働者階級だなどと…)
この男、とんだ言いがかりを…、とキースは不快感MAX。
ゆえに無言で睨み付けたら、「これだから、無粋な男は困る」とマードック大佐は、深い溜息を吐き出した。「育ちの悪さが見えるようだよ」と。
「いいかね、君はカップのハンドルに指を通しているがね…」
そのような持ち方はしないものだ、とマードック大佐の視線は冷たい。
紳士が紅茶のカップを持つなら、ハンドルは「指でつまむ」もの。けして指など通しはしない。カップが「どんなに」重かろうとも、上品に指でつまんでこそ。
(……指で、つまめと……?)
馬鹿な、と「それを」試した途端に、ガシャンと落ちていたカップ。
いつもコーヒーを「マグカップで」飲む、ガサツな軍人が「キース・アニアン」。どっしり重いカップを持つには、ハンドルに指を通すもの。そういう世界で生きて来たから、ティーカップなど「指だけで」持てるわけがない。
「…これはまた…。落とすなどとは、もう論外だよ」
君の未来が見えるようだ、と嘲笑いながら、マードック大佐は部屋を出て行った。
「実に楽しい見世物だった」と、嫌味たらしい台詞を残して。
早い話が、「赤っ恥をかいた」のがキース。
不慣れな紅茶を「飲まされた」上に、その作法までも「観察されて」。
パルテノン入りなど「とても無理だ」と暗に言われて、見世物扱いまでされて。
(……グレイブの奴め……!)
こうなったからには、意地でも「マツカ」を引き抜いてやる、とキースは心に固く誓った。こうなる前から、そのつもりではいたけれど。
(ミュウは何かと役立ちそうだが、その前にだな…!)
あいつの「紅茶のスキル」が得難い、とキースにも、「もう分かっていた」。
恐らくマツカは、「そういう教育」を施す場所にいたのだろう。たまたま「軍人向き」の素質を持っていたから、「此処に」配属されて来ただけ。
(本来だったら、パルテノン入りするような連中の…)
側に仕えて、「紅茶を淹れたりする」のが仕事。
其処から始めて、順調に出世していったならば、グレイブが言った「執事」の役目を貰えたりもする。朝一番には、主人のベッドサイドで、「目覚めの紅茶」を注げるような。
(なんとしても、マツカを貰わないとな…)
さっきのグレイブの話からして、「紅茶要員」はマツカの他にもいる筈。「配属されたばかり」だったら、それまでの間、此処の「紅茶にまみれた日々」を支えていたような人材が。
(…私が、マツカを貰った所で…)
グレイブは困らないだろう、と分かっているから、「貰う」と決めた。
何かと役立つ「ミュウ」である上に、「紅茶のスキル」を持っているマツカ。きっとマナーにも詳しいだろうし、側に置いたら、「下品な男」らしい「キース・アニアン」も…。
(…じきに立派に洗練されて……)
コーヒーの代わりに紅茶三昧、そんな男になれるだろう。「血管の中を紅茶が流れている」と、誰もが一目置くような。
(……いずれ、パルテノン入りを果たしたいなら……)
グレイブなどに負けてはいられん、とキースも「形から入る」ことにした。
まずは「マツカ」をゲットすること、話はそれから。
ジルベスターでの任務を終えたら、「ミュウのマツカ」を土産にノアに帰らねば。
「紅茶を頼む」と注文したなら、サッと紅茶が出て来るように。「下品極まりない」コーヒー党から、貴族社会でも通用しそうな「紅茶党」へと、華麗に変身を遂げられるように。
かくして、キースが「目を付けた」マツカ。
彼はキースが睨んだ通りに、「執事などを育てる」教育ステーションの出身だった。けれども、其処での選抜試験。「元老たち」に仕えるのならば、それなりの軍事訓練も要る。
(…その成績は、イマイチだったようだが……)
軍人になった理由はコレか、とキースは「じきに」知ることになった。
ジルベスター星系に向けての、連続ワープの最中に。…グレイブが寄越した「新人の兵士」が、軒並み「ワープ酔い」で、呆気なく倒れてゆく中で。
(三半規管が半端ないのか、それともミュウだからなのか…)
其処は謎だが…、とキースにも分からないけれど、マツカは「酔いはしなかった」。
この調子ならば、部下としても「使える」ことだろう。「紅茶のスキル」に加えて、連続ワープにも強い人材となれば。
(…今の間に…)
転属願いを出しておくか、とキースは即断即決。
ジルベスターにも着かない内から、グランド・マザーに宛てて送った通信。
「この者を、宇宙海軍から、国家騎士団に転属させたい」と、ジョナ・マツカの名を、キッチリ添えて。「是非とも、私の側近に」などと。
既に根回しは「済んだ」からして、その後、キースが「ミュウに捕まり」、脱出してからメギドなんぞを持ち出した時は、マツカは「側近」の座に就いていた。
「ミュウである」ことはバレもしないで、「キース専属の紅茶係」として。
コーヒーばかりの「軍の世界」で、それは優雅に「紅茶の用意」を整えられる人材として。
もちろん、マツカは「紅茶のマナー」にも詳しい。
けれども「上から目線」ではなくて、あくまで「控えめに」教えるマナー。「こうです、大佐」などと言いはしないで、さりげなく視線で促したりして。
(…私は、実にいい部下を持った…)
それに紅茶も美味いものだ、と今のキースは、もう根っからの紅茶党。
朝一番には、マツカが「どうぞ」とベッドサイドで紅茶を注いで、仕事中にもティータイム。
当然のように、カップのハンドルには「指を通さず」、つまむように持って。
パルテノンでも立派に通るスタイル、いつ「栄転」になっても「要らない心配」。
「…マツカ。紅茶を頼む」
ダージリンのセカンドフラッシュを、とキースは、すっかり「通」だった。
茶葉はフルリーフに限る、などと思うくらいに、紅茶の世界に馴染み切って。
遠い昔の貴族好みの、アールグレイなどを好むくらいに、コーヒーなんぞは「忘れ果てて」…。
紅茶党の男・了
※いや、ふと「キースにティーカップは似合わないよな」と思ったわけで…。ビジュアル的に。
けれどマツカに似合いそうなのが、ティーセットの準備。そして、こうなりましたとさ。
(……成人検査……)
あれが全てを奪って行った、とシロエは唇を噛む。
E-1077の個室で、夜が更けた後に、一人きりで。
もっとも、宇宙に浮かぶ「此処」には、本物の夜は無いけれど。
中庭などの照明が暗くなるだけのことで、逆に昼間は「明るくなる」だけ。
そのシステムが故障したなら、きっと暗闇になるのだろう。
非常灯だけは灯ったとしても、他の明かりは失われて。
どちらを向いても闇でしかなくて、昼か夜かも、まるで区別がつかなくなって。
(…こんな所に、連れて来られる前は…)
朝は太陽が昇ったものだし、日暮れには沈んでいったもの。
その「太陽」を見なくなってから、どれほどの時が経ったのか。
両親も、家も、故郷の風や光も失くしてしまって、このステーションで暮らし始めてから。
こうなるのだとは、夢にも思っていなかった。
成人検査を受けた後には、「地球」に行けるかとも考えたほど。
優秀な成績を収めていたなら、ネバーランドよりも素敵な「地球」に行けると聞いて。
(パパにそう聞いて、頑張ったのに…)
地球に行こうと努力したのに、其処へ行ける道は茨の道。
子供のままでは地球に行けなくて、「教育」とやらが必要になる。
宇宙に浮かんだ「このステーション」に、四年もの間、囚われたままで。
(…でも、それだけなら…)
そう苦しみはしなかったろう。
どれほど講義が難しくても、課される課題や実習などが厳しい中身であったとしても。
懸命に努力しさえしたなら、「地球への道」が開けるのなら。
故郷で育った頃と同じに、勉強すればいいというだけ。上を目指してゆけばいいだけ。
「地球に行ける者」として選ばれるよう、トップの成績を収め続けて。
けれど、そうではなかった「現実」。
エリート教育のためのステーション、最高学府と名高い「此処」。
E-1077に入学するには、過去を捨てねばならなかった。
両親と暮らした子供時代や、懐かしい故郷の思い出などを。
「持っていても、過去には戻れないから」要らないのだ、と機械は冷たく告げた。
あの憎らしいテラズ・ナンバー・ファイブが、「成人検査」を施すコンピューターが。
(…ぼくは、忘れたくなかったのに…)
忘れたいなどと願いはしないし、そうなるのだとも思わなかった。
「子供時代」に別れを告げる日、それが「目覚めの日」だと信じて。
地球に行けるにせよ、他の何処かへ送られるにせよ、進路が決まるというだけの日だと。
両親には別れを告げたけれども、「いつか戻れる」と思い込んでいた。
大人としての教育期間を無事に終えたら、故郷へと向かう宇宙船に乗って。
アルテメシアへ飛ぶ客船のチケットを買って、エネルゲイアの宙港に降りて。
(その日まで、持っていたかったから…)
ピーターパンの本だけを持って、後にした家。
両親に貰った「大切な本」で、ネバーランドへの行き方が書かれた宝物。
成人検査の日に、荷物は持って行けないけれども、「本くらいなら」と鞄に入れて。
荷物が検査の邪魔になるなら、「何処かに置かせて貰えばいい」と考えて。
(…ピーターパンの本は、失くさなかったのに…)
もっと大事なものを失くした。
「捨てなさい」と命じた機械が、過去の「一切を」奪い去った。
顔さえおぼろになった両親、まるで現実味が無い「故郷」の記憶。
エネルゲイアの映像を見ても、「其処にいたシロエ」を思い出すことが出来ないから。
立ち並ぶ高層ビル群の何処に、自分の家が在ったのかも。
(……成人検査が、あんなものだなんて……)
誰も教えてくれなかったし、同級生たちも少しも疑問を抱いてはいない。
「忘れてしまった」子供時代や、「忘れさせられてしまった」ことに。
今の暮らしにすっかり馴染んで、マザー・イライザを「母」のように信頼したりもして。
いったい誰が「成人検査」を考えたのか。
子供時代と大人時代を、どうして「分けねばならない」のか。
SD体制の要だとはいえ、まるで分からない、その「必要性」。
「子供時代の記憶を持ったまま」では、何が「いけない」と言うのだろうか。
子供が子供でいられる世界は、遠い昔に、「地球」に確かにあったのに。
ピーターパンの本の中にも、それが書かれているというのに。
(……ずっと大人にならない子供は……)
社会の役には立たないとしても、「悪い」わけでもないだろう。
それが「良くない」ことであったら、「ピーターパン」は「好かれはしない」。
ピーターパンの本もそうだし、その主人公の「ピーターパン」も。
本は誰にも好まれないまま、とうの昔に消えていた筈。
作者が本を出版して直ぐに、書店で少しも売れはしないで、「邪魔だ」と全て捨てられて。
書いた作者も「すっかりと」懲りて、原稿を破り捨てただろう。
そうならなくても、きっと原稿は「忘れ去られた」。
出版された本と同じで、誰にも相手にされないままで。
時の彼方にいつの間にか消えて、塵になって風に吹き散らされて。
けれど、「そうなってはいない」。
ピーターパンの本も、ピーターパンも、長い長い時の流れと共に旅して、今でも「在る」。
故郷の父も、こう言っていた。
「ピーターパンか。パパも昔、読んだな」と、今はもう「思い出せない」笑顔で。
(…この本が、悪くないのなら…)
今も宇宙に「在っていい」なら、どうして機械は「子供時代」を消し去るのか。
「子供が子供でいられる世界」が、存在してはならないのか。
子供は誰でも、いつか「大人」になるものだけれど…。
(…ネバーランドに行けなかったら、大人になるしかないけれど…)
「子供の続き」に「大人になる」のと、途中でプツリと「切れる」のは違う。
子供時代の記憶を消されて、全てを「忘れ去る」のとは違う。
ずっと昔は、子供の続きに「大人の世界」があったのに。
そういった具合に「大人になる」なら、諦めようもあるというのに。
いつしか自分が「忘れ去る」のと、無理やり「忘れさせられる」のは違う。
自分が忘れてゆくのだったら、それは「自分には、もう要らない」から。
昨日までは役に立ったことでも、今日からは違うということもある。
エネルゲイアでは技術を主に学んだけれども、E-1077では「役に立たない」ように。
機械いじりが得意であっても、メンバーズには「なれない」ように。
(…そんな風に、自分で選んでいって…)
ある日、気付いたら「子供時代」は遠くに消えているかもしれない。
成人検査などが無くても、自分で「勝手に」大人になって。
子供の心を忘れてしまって、幼い子供を前にしたって、その子の気持ちが分からないほどに。
(きっと、昔は…)
ピーターパンの本が「書かれた」頃には、そうだったろう。
それよりも後の時代にしたって、子供は「子供時代の続きに」大人になっていったのだろう。
「これは要らない」と、色々なことを忘れていって。
大人の世界の決まり事だの、考え方だのに「染まっていって」。
(……今の時代も、そうだったなら……)
きっと自分は「苦しんでいない」。
故郷の星を遠く離れて、このステーションに「連れて来られて」いても。
ピーターパンの本だけを持って、この部屋で一人きりの日々でも。
機械が全てを「奪わなかったら」、心の中には「父」と「母」の顔があったろう。
懐かしい故郷の風や光も、鮮やかに思い出せたのだろう。
二度と帰ってゆけないとしても、両親には二度と会えなくても。
此処を卒業する時が来ても、両親も、故郷も、「手が届かないもの」であっても。
(……全部、覚えていたんなら……)
二度と戻れない日々であっても、きっと心の支えになった。
辛い時には思い浮かべて、幸せだった頃に思いを馳せたりもして。
それが出来たら、今よりもずっと、「セキ・レイ・シロエ」は頑張れたろう。
機械を憎んでばかりいないで、「地球への道」を歩み続けて。
そうする間に、故郷の記憶が薄れたとしても。…両親の顔を思い出す日が減っていっても。
(……その方が、ずっと……)
合理的だし、人間的だと思うのに。
「シロエ」は優秀な成績を収め続けて、苦しみのない日々を送っていたろうに。
成人検査が「子供時代」を奪わなければ、「過去の記憶」を無理やりに消していなければ。
(…どうして、成人検査なんかが…)
あると言うのか、それは「何のために」必要なのか。
誰が考え、誰が機械に「そうするように」と、あのプログラムを組み込んだのか。
(……全ては、地球を蘇らせるためで……)
SD体制も「そう」だと教わるけれども、いくら考えても「分からない」。
成人検査が必要な「理由(わけ)」が、「子供」と「大人」を分けてしまう意味が。
遠い昔は、子供の続きに「大人の世界」があったのに。
永遠に大人にならない子供が、ピーターパンが生まれて来たほどに。
(…このシステムを作った奴らは……)
どんな大人で、どんな考えを持っていたのか、誰が「彼らを育てた」のか。
「きっと機械だ」と、有り得ないことを考えたくもなる。
彼らが「子供の続き」に「大人になった」のであれば、こんな惨いことは出来ないから。
彼らにも「親」がいたのだったら、成人検査を考え付くとは思えないから。
けれど、そうでは「有り得ない」から、辛くなる。
こんな時代を作った「大人」は、「子供の続きに」大人になれた者たちだから…。
子供の続きに・了
※成人検査で「過去を消す」意味が、イマイチ分からないのがアニテラ。SD体制が緩すぎて。
ピーターパンは禁書でも変じゃないのに、堂々とあるし…。シロエでなくても謎だらけ。
(…有り得ないから!)
こんな船なんか、もう嫌だ、とジョミーはブチ切れそうだった。
ミュウの長、ソルジャー・ブルーに「取っ捕まって」、連れて来られたシャングリラ。ミュウの母船で、巨大な白い鯨のよう。
一度は「家に帰れた」ものの、そうした結果は「最悪の結末」。
ユニバーサルの保安部隊に捕まり、拷問まがいの心理探査を受けさせられた。そしたら目覚めた自分のサイオン、ユニバーサルの建物を壊して、衛星軌道上まで逃げた挙句に…。
(…ソルジャー・ブルーが、追って来ちゃって…)
押し付けられた「ミュウたちの未来」。それにソルジャー候補な立場。
ブルーはといえば、「心からすまなく思っている」と落下していったものの…。
(ガッツリ生きてて、ぼくの未来を縛りまくりで…)
もう毎日が地獄じゃないか、と喚きたくなる。こうして夜に部屋に戻って来る度に。
鬼のように詰まった、訓練メニューや講義などなど。自由時間は「無い」に等しく、サボったりすれば「反省文」を書かされる日々。
まるで全く潤いが無くて、心が殺伐としそうな感じ。「もっと、自由を!」と。
それに自由になれた所で、待っているのは「ソルジャー」な道。
今まで以上に「無さそうな」自由、遊ぶなら多分、今の内だと思うのだけれど…。
(ゲーセンも無いし、カラオケも無いし、どうしろと!)
おまけに恋も出来やしない、と愚痴った所で気が付いた。
「恋も無理だ」と、あまりにも絶望的な未来が見えた気がする。…こんな船では、きっと恋など出来ないだろう。「人数に限りがある」ものだから。
(…可愛い女の子は、とっくに相手が決まってて…)
アタックするだけ無駄というもの。
シャングリラは絵に描いたような「閉鎖社会」で、ミュウの箱舟。外から来るのは、救出されたミュウの子供だけ。まるで「出会い」が無い世界。
(……ぼくの人生、終わってるかも……)
恋も出来ずに終わるんだよね、と「ジョミーの悩み」は、また一つ増えた。
ソルジャー・ブルーに「拉致られなければ」、きっと教育ステーションなんかで「素敵な恋」が出来たのに。…可愛いカノジョとデートなんかも。
恋も出来ない船だと分かれば、ますます募ってゆく不満。
ついでにジョミーは「思春期」なだけに、サイオンの方も「暴走しがち」。ブチッと切れたら、訓練用の機械を破壊したりもする。修理がけっこう大変なヤツを。
そんなわけだから、ソルジャー・ブルーの耳にも「荒れている」との情報が入る。
(……あの手の悩みは厄介なんだ……)
ぼくには無かった悩みなんだが…、と思うブルーに「思春期」なんぞは、あるわけもない。その年の頃にはアルタミラで「檻」に閉じ込められての、悲惨な実験動物ライフ。
とはいえ、後に船を奪ってトンズラしたから、思春期くらいは「充分に」分かる。
(…今のジョミーに必要なものは、恋ではないと思うんだが…)
それに、この先も「恋」など縁が無いだろう、と思うけれども、どうすればいいか。ジョミーに滾々と諭した所で、きっと「分かっては貰えない」。
ソルジャーたるもの、どう生きるべきか、その「ストイックな生き方」などは。
(……どうすればいい……?)
ジョミーの「悩み」を、綺麗サッパリ吹き飛ばせるブツ。
本当だったら、ここは「カノジョ」との出会いを用意すべきで、人生に張り合いだって出る筈。
けれどジョミーは「未来のソルジャー」、恋をして貰っては「非常に困る」。
シャングリラの頂点に立つのがソルジャー、平和な時代なら「妻」がいたっていいけれど…。
(今は乱世で、国が乱れているどころか…)
国さえ「無い」のがミュウの世界で、その「王」のソルジャーに「妃」は不要。
惚れた女性にメロメロだったら、国は「ただでも傾く」もの。それに離れてゆくのが人心、船の秩序を保てはしない。
(…ジョミーには、申し訳ないのだが…)
諦めて貰うしかないのが「カノジョ」で、他のミュウたちが恋をしていても、ソルジャーだけは「恋」とは無縁。
そうは思っても、どうしたら「諦めさせられる」のか。
ただでも思春期真っ只中で、お年頃なのが「ジョミー」なのに。
ちょいと下品な言葉だけれども、「さかりがつく」といった年頃。そういうジョミーに、説いてみたって無駄だろう。「恋は出来ない」、ソルジャーの立ち位置や心構えなどを。
(……何か、いい手は……)
何か無いのか、と考えまくって、ソルジャー・ブルーが出した結論。「これしかない」と。
ジョミーには可哀相だけれども、「恋の可能性」をブチ壊すこと。
もう完膚なきまでに木っ端微塵に、「恋は御免だ」と裸足で逃げてゆくほどに。
よし、とブルーが固めた方針。直ちに長老たちが呼ばれて、直々に命が下された。
「このように頼む」と告げたブルーに、彼らは「ハハーッ!」と深く礼を取った。
ソルジャー・ブルーの仰せとあれば、何であろうと「従う」のが四人の長老たちと、船を纏めるキャプテンと。
「では、ソルジャー…。もう今夜から始めた方が…?」
善は急げと申しますから、というハーレイの言葉に、ブルーは「ああ」と頷いた。
「早ければ、早いほどいいだろう。…ジョミーには、いい薬だから」
「分かりました。それでは、一番手は、先ほど仰った通り…」
「ブラウに頼むしかないだろう。…ババを引かせて申し訳ないが…」
すまない、と詫びるブルーに、ブラウは「なんの」とニッと笑った。
「船には娯楽が少ないしねえ…。楽しませて貰うさ、あたしの方もね」
それじゃ、とブラウが先頭に立って、長老たちは青の間を出て行った。「さかりがついた」今のジョミーを、グウの音も出ないほどに「叩きのめす」ために。
そうとは知らないジョミーの方では、ブツブツ言いながら入った風呂。
パジャマに着替えて、「明日も訓練ばかりだなんて」と愚痴を零しつつ、ベッドに入ろうとしていた所で聞こえた音。いわゆる呼び鈴、「入っていいか」と外から押すヤツ。
(……こんな時間に、誰だろう?)
リオなのかな、とジョミーは「どうぞ」と答えて、部屋のロックを解除した。でないと、外から扉は開かない。そういう構造。
扉は直ぐにシュンと開いて、「よっ!」と入って来たのが、ブラウ。軽く右手を上げながら。
「悩んでるんだってねえ、青少年! この船で恋をしたいんだって?」
「え? え、ええっ!?」
いったい何処からバレたんだろう、とジョミーは慌てたけれども、犯人ならば見当がつく。青の間の住人で現ソルジャーのブルー、彼に「覗かれた」に違いない。
(ぼくの部屋とか、心の中とか…)
よくも勝手に覗きやがって、と怒鳴りたいけれど、考えようによっては「渡りに船」。
「恋がしたい」とバレているなら、きっと「いい案」があるのだろう。長老のブラウが、訪ねて来た部屋。もしかしたら、ジョミーが「知らない」だけで…。
(もうすぐ救出作戦があって、凄い美少女が来るだとか…!?)
その子と「最優先で」ご対面だとか、「他の若造たち」は近付けないで、「ジョミー様」だけが「お近づきになれる」仕組みだとか。
(…それって、いいかも…!)
顔が好みの子ならば最高、ちょっとくらいなら「難あり」だってかまわない。可愛らしい子でも中身はツンデレ、落とすのに苦労しようとも。
(…何年がかりでも、きっと口説いて…!)
ぼくの人生、潤いまくり、とジョミーは「締まらない顔」でニヘニヘ。
もちろん「心の中身」はダダ漏れ、ブラウは端から「拾いまくり」で、こうのたまった。
「美少女の救出計画ってヤツは、まだなんだけどね…。その前にさ…」
あんた、自信はあるのかい、という質問。「女の子とセックスしたことは?」と、直球で。
「…せ、セックス…!?」
ジョミーの顔は、たちまち真っ赤で、もうワタワタと振り回した手。
「そんな所までは」考えもしていなかった上に、「セックスの経験」もあるわけがない。育った場所は「育英都市」だし、それは健全で「純真無垢な子供のために」ある世界。
セックスなんぞは「保健体育」の授業でサラッと流す程度で、それ以上の知識は得られない所。よってジョミーも「経験ゼロ」で、「まるで分かっていない」のが実情。
ブラウは「ふうん…?」と腕組みしながら、面白そうに観察していたけれど…。
「やっぱり、経験ゼロみたいだねえ…。それじゃ話にならないじゃないか」
アンタはソルジャー候補だからね、とブラウにヒタと見据えられたジョミー。「他の若造なら、いいんだけどさ」と、「ソルジャー候補が、それではマズイ」と。
「…えっと…。それって、どういう意味…?」
ジョミーがキョトンと目を見開いたら、ブラウは「ありゃまあ…」と呆れた顔で。
「分かってないねえ、知らないのかい? セックスってヤツは難しいんだよ」
特に「初めて」の女の子を相手にする時は…、とブラウが振っている頭。
なんでも「痛い思い」をさせるのだそうで、男の方が「下手」だと最悪らしい。それで砕け散る恋もあるとか、「セックス」どころか「デート」もさせて貰えなくなって。
「…そ、そうだったわけ…?」
「そうなのさ。おまけに、この船は狭いからねえ…」
噂は直ぐに流れるものさ、とブラウの言葉は容赦なかった。
近い将来、ジョミーが「セックス」で墓穴を掘ったら、シャングリラ中に知れることになる。
下手くそなことも、それで「カノジョ」に捨てられたことも、何もかもが全部。
「……そ、そんな……」
「だからマズイと言ってるんだよ。ただの若造なら、そうなっても別にいいんだけどさ…」
ソルジャーの場合はそうはいかない、とブラウは正論を吐いた。
現ソルジャーのブルーは、超絶美形な上にカリスマ。その後継者の「ジョミー」も当然、船中の尊敬を集めてこそ。
「セックスのせいで」不名誉な噂などは論外、「ハーレムを築く」のならば、まだしも…。
(……下手くそだ、って噂が立ったら……)
確かにマズイ、とジョミーにも分かる。そんなソルジャーは「誰だって嫌」なことだろう。
「…で、でも……。ぼくは、どうすれば……?」
「だから、あたしが来たんじゃないか。このブラウ様に任せておきな」
手取り足取り、セックスの極意を教えてあげるからね、とブラウがドンと叩いた胸。「これでも昔は船中の男を、手玉に取っていたってもんさ」と。
「……ちょ、ちょっと……!」
「こらこら、そこで照れるんじゃない! ほら、遠慮せずに…!」
触りまくっていいんだからね、とブラウがマントを脱ぎ始めたから、ジョミーは見事にカチンと凍った。いきなり「ブラウを相手に」セックス、それも実地で。
(……て、手取り足取り……)
それって無理、と頭がボンとオーバーヒートで、仰向けに倒れた床の上。「もう駄目ぽ」と。
つまりは意識を手放したわけで、ブラウは床に屈むと、ジョミーの顔を覗き込んで…。
『作戦、第一段階、終了。…次はよろしく』
明日でいいだろ、と飛ばした思念。青の間と、それに長老たちとキャプテンとに。
次の日、ジョミーは「タンコブが出来た」頭を、押さえながらも「訓練」に出た。サボれば皆がうるさいだろうし、下手をすればブラウが「喋りまくる」と思ったから。
(…セックスのお誘いだけで、ブッ倒れたって…)
そんなのは嫌だ、と「ブラウとは」目を合わせないようにして、終わった一日。
やっとの思いで引き揚げた部屋、「今夜もブラウが来るのかも…」とガクガクブルブル。多分、「ブラウ様」が「及第点をくれる」時まで、「セックスはさせて貰えない」。
「セックスが出来ない」縛りがあるなら、女の子とも「下手に付き合えない」。
(…いい感じになっても、ぼくが「ごめん」って帰って行ったら…)
もうそれだけで「恋」は終わりになるだろう。「下手くそな」セックスをするまでもなく。
それが嫌なら、励むしかない。…「ブラウ様」を相手に、「セックスが上手くなる」日まで。
(……なんだか、メチャクチャ、キツイんだけど……!)
なんだって、ブラウなんかと「練習」、それが必須になったのか。けれど「セックスが下手」なソルジャーだと確かにマズイし、自分を磨くしかない雰囲気。
(…ど、どうしよう……!?)
ぼくはどうすれば…、とジョミーがパニクッていたら、鳴った呼び鈴。
もう間違いなく「ブラウ様」だけれど、長老を「門前払い」は出来ない。入って貰って、今日は気分が優れないとか、そういった逃げを打つしか無いから…。
「……ど、どうぞ……」
ジョミーが震えつつ解除したロック。そしたら、「すまん」と入って来たのがキャプテン。
「…ジョミー。単刀直入に訊くが、女性は嫌いだっただろうか?」
「…え?」
「今日、ブラウから聞いたのだが…。どうやら女性は苦手らしい、と」
そういうことなら、恐らく私の出番だろう、とズズイと近付いて来たハーレイ。「男の方なら、これでも経験豊富なのだ」と笑みを湛えて。
「…きゃ、キャプテン……?」
「ジョミー、遠慮をすることはない。それとも、男を抱く方が好みだったのか…?」
ならば、ソルジャーを紹介しよう、とハーレイは親切MAXだった。…キャプテンだけに。
曰く、「セックスが下手なソルジャー」では話にならない。
「男に抱かれたい」方だったら、毎晩、ハーレイが「来てくれる」けれども、逆の場合は…。
(……そ、ソルジャー・ブルーを相手に、みっちりと稽古……)
そっちの方も「及第点が出るまで」ですかい! とジョミーは「床に倒れていった」。
昨夜と全く同じ具合に、仰向けに。…タンコブの上に、更にタンコブを重ねる勢いで。
こうしてジョミーに「つけられた」縄。
このシャングリラで恋を楽しみたいなら、「セックスが上手い」ジョミーになること。もちろん相手が美少女だろうが、まさかの「男」というヤツだろうが。
(……どっちに転んでも、師匠が鬼だ……)
ブラウ様とソルジャー・ブルーだなんて、と泣きの涙で、他の選択肢は「キャプテンの恋人」、それ一択のみ。…誰かと「恋」や「セックス」をしたいのならば。
(…あんまりだから……!)
そのくらいなら「恋」はしなくてもいい、とジョミーは「恋」をブン投げ、ストイックに生きることにした。「下手なセックスで身を滅ぼすより、恋なんかしない方がいい」と。
でもって、誰かが高みでニンマリ笑っていたのは、言うまでもない。
「これでジョミーの代になっても、安泰だ」と。
ソルジャーのカリスマは揺るぎはしないと、「後は任せた」と、青の間の奥で、赤い瞳で…。
悩み多き少年・了
※原作ジョミーだと「少年のまま」ですけど、アニテラだと「青年になっていた」わけで…。
その上、「ジョミーの子供が欲しい」とニナのモーションも。ストイックすぎる理由はコレ?
(……全て、プログラムだったと言うのなら…)
もしかしたら、とキースの脳裏を掠めた思い。
首都惑星ノアに与えられた個室、其処で一人きりで過ごす夜更けに。
側近のマツカはとうに下がらせ、冷めたコーヒーだけが残っているのだけれど。
それを傾け、「ゆりかご」のことを考えていたら、ふと気付いたこと。
フロア001、E-1077に在った、シークレットゾーン。
シロエに「行け」と言われていたのに、在学中には「辿り着けなかった」。
恐らくは、「来ていなかった」時期。
「キース」が其処に立ち入るためには、一定の期間が要ったのだろう。
何故なら、全ては「プログラムされたもの」だったから。
フロア001で見た、強化ガラスで出来た水槽。
その「ゆりかご」で育った「キース」の人生、水槽から出ても「育てられた」。
マザー・イライザの計算通りに、ありとあらゆる事象や「人」まで「用意されて」。
(…三十億もの塩基対を…)
無から合成して、繋いで、紡ぎ上げられたDNAという名の鎖。
そうして「作り上げた」キースを、「十四歳まで」水槽の中で「育てた」機械。
養父母や教師に「邪魔をされずに」、完璧な人間に成長するように。
その水槽から出した後にも、機械は同じに「教育した」。
入学して間もない頃に起こった、宇宙船の事故。
スウェナ・ダールトンも「巻き込まれた」それは、マザー・イライザが起こしたもの。
管制システムを乗っ取った上で、軍艦を許可なく発進させて。
民間人が乗っている船にぶつけて、乗員たちを「キースに救わせる」ために。
(私が救助に失敗したなら、誰一人として助からなくて…)
スウェナを乗せた船は、E-1077の区画ごと、パージされていただろう。
初期型の船に搭載されたエンジンは、セーフティーシステムが脆い。
事故を起こせば、反物質が漏れ出すことになるから。
区画ごと船をパージしないと、対消滅でE-1077までが「消える」結末。
そうならないよう、マザー・イライザは、乗員ごと船を「宇宙に」捨てたのだろう。
キースとサムが「乗員を全員救助した」後、空の船をパージしたのと同じに。
あの船に乗っていた、候補生たち。
彼らの命さえも「キースを育てる」ための材料、機械は何も迷いはしない。
そんな「事故」まで起こすほどだし、「キースを取り巻く友人」たちをも「選び出した」。
ミュウの長、ジョミー・マーキス・シンと「接触のあった人物」を二人。
アタラクシアで育った、サム・ヒューストンと、スウェナ・ダールトンを。
彼らと「キース」が「出会う」ようにと、E-1077の候補生にして。
(…それに、シロエだ……)
ミュウ因子を持った人間だから、と「選び出された」下級生。
マザー・システムに反抗的だったシロエも、「キースのために」と選ばれた者。
彼との出会いも、成績争いも、最後にシロエを「処分させた」ことも、全てプログラムの内。
(……シロエは、そのためだけに連れて来られて……)
暗い宇宙に散ったのだけれど、その「シロエのこと」が引っ掛かった。
キースが何処で作られたのか、「ゆりかご」の在り処を探り当てたのもシロエ。
そのこともやはり、マザー・イライザの計算で、「プログラム」だったのだろう。
シロエは答えを得たのだけれども、キースが「答え」に辿り着くには、早すぎた「時」。
E-1077を卒業するまでに、何度挑んでも、フロア001には「行けない」まま。
邪魔が入ったり、通路が封鎖されていたりもして。
(…そして、ようやく「時」が来たわけで…)
廃校になったE-1077で「知ることになった」、自分の生まれ。
シロエが「ゆりかご」と呼んでいた場所、水槽の中で「作られた」キース。
マザー・イライザの理想の子として、「地球の子」として。
他のサンプルとは違う「最高傑作」、そう位置付けられ、未来の指導者として。
(……私を作り上げるまでには……)
水槽の中で、大量の知識を流し込んでいたに違いない。
本来だったら、育英都市で「学ぶべきこと」や、他にも色々。
どんな人間よりも「優れた頭脳」を持った人間、それが「完璧に」仕上がるように。
他の誰にも負けない成績、まさしく「機械の申し子」として。
マザー・イライザが誇る子として、誰よりも「優れた」者になるよう。
そうやって「作り出された」キース。
E-1077始まって以来の秀才、そう称えられて当たり前。
機械が「完璧に」教育したなら、誰も「キース」に及びはしない。
どれほど優れた人間だろうと、「マザー・イライザの申し子」に勝てるわけもない。
(…しかし、シロエは……)
私に勝った、と今でも思い出せること。
自作のバイクに乗ったシロエが、得意そうに告げに来ていた「あの日」。
バイクの後ろに、ツインテールの少女を乗せて。
(…亜空間理論と、位相力学の成績は…)
「抜かせて頂きました」と、シロエは「事もなげに」言った。
それが最初で、シロエは「幾つ」塗り替えたことか。
E-1077始まって以来の秀才、キース・アニアンが取った成績を。
同じ講義や実習などで、シロエが「試験」を受ける度に。
(……機械が作った、私を抜くなど……)
どう考えても、「並みの人間」には不可能なこと。
いずれメンバーズに選抜される者であっても、「抜き去る」ことは困難だろう。
ただの一教科だけのことでも。
講義だろうが、実習だろうが、一つでも「抜く」のは難しい筈。
よほどツイていたか、「まぐれ」で抜ければ、きっと上等。
(なのに、シロエは…)
幾つもの科目で、「キース」を抜いた。
シロエが「同じ試験」を受ければ、当然のように、キースが立てた「記録」を抜き去って。
それをシロエが「やっていた」なら、シロエの頭脳は「恐るべきもの」。
「機械に作られた」わけでもないのに、「教育されてもいなかった」のに、優秀だった頭脳。
いったい、シロエの「実力」は、どのくらいあったのか。
「ミュウ因子」を持っていなかったならば、彼は「何処まで」行けたのか。
機械が作った「キース」に処分されることなく、教育を受け続けていったなら。
「キースの成績」を端から塗り替え、E-1077をトップで卒業して行ったなら。
(……国家騎士団総司令……)
今のキースが就いている地位、それはシロエのものだったろうか。
キースよりも「優れた頭脳」を持つなら、そうなっていても不思議ではない。
マザー・イライザが推したところで、「セキ・レイ・シロエ」の方が優れていたならば…。
(…グランド・マザーが選び出すのは、シロエの方になっただろうな…)
たとえシロエが、「システムに反抗的」であろうと。
SD体制を平気で批判し、辛辣な皮肉を吐いているのが常であろうと。
シロエの素行がどうであっても、「優秀であれば」、キースよりも「上」。
マザー・イライザが作った「理想の子」などは、きっとシロエの敵ではなかった。
同じ任務を任せたならば、シロエの方が優れた成果を上げるのだから。
メンバーズとしての戦いだろうが、後進を育て上げる立場の教官だろうが。
(…シロエは機械などに頼ることなく、育てられもせずに…)
「キース」以上の成績を取って、E-1077で「暮らしていた」。
彼の頭脳がどれほどだったか、今となっては、もう分からない。
グランド・マザーに問うたところで、きっと答えを得られはしない。
けれど、一つだけ確かなこと。
シロエが「キース」の成績を幾つも「抜き去った」ことは、事実で真実。
多分、シロエは「遥かに優秀」だったのだろう。
機械が作った「理想の子」よりも、「無から作られた指導者」よりも。
(……そのシロエが、ミュウ因子を持っていたのなら……)
ミュウというのは、人類よりも「優れた」人種になるのだろうか?
SD体制から生まれる異分子、不純物だと言われていても。
ミュウは「サイオンを持つ」ばかりではなくて、人類よりも優秀な種族なのかもしれない。
(……まさかな……)
「キースをも抜いた」シロエの頭脳は、例外だったと思いたい。
たまたま「シロエが持っていた」だけで、「ミュウ因子」とは、まるで無縁なのだと。
そうでなければ、人類はきっと「おしまい」だから。
ミュウが人類よりも優れているなら、彼らの存在は「進化の必然」。
いずれ人類はミュウに敗れて、ミュウの時代になるのが「宇宙の摂理」だから…。
優秀さの意味・了
※シロエが「抜いた」キースの成績。よく考えたら、「凄すぎる頭脳」の持ち主なわけで…。
「機械の申し子」に勝てたシロエは、ミュウ因子の保持者。ミュウの方が頭脳優秀なのかも。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
あの子供は半端ないかもしれない、とソルジャー・ブルーは溜息をついた。
もうすぐ燃え尽きる、自分の命。残り少ない寿命では、辿り着けない地球。このシャングリラを地球へ向かわせたくても、地球の座標さえも分からない状態。
どうすればいいのか悩み続けて、後を託せる者を探した。ただ懸命に、青の間から。サイオンを駆使して、アタラクシアを、エネルゲイアを探って。
そうして見付けた「後継者」。
ミュウの兆候は全く無くても、明らかにタイプ・ブルーの少年を。
明るい金髪に緑の瞳の、ジョミー・マーキス・シン。彼こそが、ソルジャー・ブルーを継ぐ者。いつの日かミュウの力に目覚めて、そのサイオンで船を守って、地球まで行ってくれるだろう。
ようやく掴んだ「ミュウたちの未来」。ミュウの未来を担う少年。
けれど…。
(健康な身体なのはいい。…それはいいんだが…)
虚弱体質の者が多くて、「何処がか欠けている」のがミュウという種族。ブルーのように聴力が弱いとか、ヒルマンのように義手だとか。
その点、ジョミーは「人類のように」健康体。ミュウと人類の「理想的な混血」と言えるほど。
ただ、あまりにもジョミーは「元気すぎた」。
有り余るエネルギーを持て余すように、派手に繰り広げる喧嘩。破りまくるルール。
三日に一度は、学校のカウンセリングルームに呼ばれて、何度も説教。それでも、全く反省などしない。学校の教師に叱られようが、家に帰って母にも小言を言われようが。
(……あのくらいの方が、いずれ人類と戦う時には……)
大いに役に立つとは思う。ひ弱な指導者では話にならない。…そう、「自分」のような。
それは分かっているのだけれども、ジョミーは、まさしく暴れ馬だった。
今日も今日とて、カウンセリングルームに呼び出しを食らって、朝から説教三昧。罪状の方は、幼馴染のサムを相手に、取っ組み合いの喧嘩をしたこと。
(ジョミーは怪我をしてはいないが…)
殴られたサムの方は鼻血で、顔にアザまで出来ていた。彼がミュウなら、今頃はきっと…。
(メディカルルームに入院だろうな…)
そんな所だ、と頭が痛い。「あんなジョミーで、いいのだろうか」と。
赤ん坊だったジョミーを見付けて、以来、見守って来たけれど。
ジョミーも十三歳まで育って、あと一年もすれば目覚めの日。このシャングリラに後継者として迎え入れる日も近いというのに、今も「ヤンチャ」なのがジョミー。
(子供の間は、あれで良かったが…)
十三歳にもなってコレなら、残り一年では「どうにもならない」。
学校の教師も手を焼くほどだし、改善されはしないだろう。もっと酷くなることはあっても。
そんなジョミーを船に迎えて、次期ソルジャーに育て上げること。それがソルジャー・ブルーの「最後の仕事」で、「やり遂げなくてはならないこと」。
(しかし、燃え尽きそうなぼくでは…)
あの暴れ馬を調教できるか、正直な所、自信が無い。
そうでなくても、教育係は長老たちの役目。ソルジャーの残り少ない寿命は、ソルジャーにしか教えられない「心構え」などを伝えるために使うべき。
つまりは、同じくタイプ・ブルーな上に、暴れ馬すぎるジョミーを調教するために…。
(…ぼくのサイオンを使えはしなくて…)
肉体の力に頼るしかなくて、出来るのは「説教」程度のこと。ジョミーを相手に喧嘩したなら、パンチを食らって「終わり」だから。…他の長老たちにしたって、同じ結末。
(ハーレイだったら、ジョミーを殴れもするのだろうが…)
他の者では、ジョミーにはとても歯が立たない。
抑止力になるのがハーレイだけなら、ジョミーは「暴れ馬」のまま。ハーレイは長老である前にキャプテン、何かと忙しい立場。お目付け役として目を配れはしなくて、目を離した隙に…。
(ジョミーが暴れて、ゼルやヒルマンを殴り飛ばして…)
逃亡するのが目に見えるよう。
「こんな講義なんか、聞いてられるか!」と逃げてゆくとか、訓練の場から逃げ出すだとか。
(相手が、ソルジャーのぼくでも同じで…)
ジョミーのことだし、もう完全に「なめられる」。
見た目は若くて青年だけれど、「中身はゼルたちよりもジジイ」と見抜いて、鼻で笑って。
口を酸っぱくして説教したって、「やってられるか!」と飛び出して行って。
きっとそうなる、と見えている「未来」。
けれどジョミーを迎えなかったら、この船にも、ミュウにも「未来」などは無い。
どんなにジョミーが暴れ馬だろうと、もう文字通りに「殴る、蹴る」といった具合であろうと、彼を「調教する」しかない。
暴れまくろうとも、手綱をつけて。振り落とされないよう、しっかりと乗って。
(…これが本物の馬だったら…)
暴れた時には、麻酔銃でも撃ち込んでやれば…、と思ってはみても、ジョミーは「人間」。馬のようにはいかないからして、本当に頭が痛い日々。
「あんな後継者を、どうすれば」と。
ミュウよりも遥かに野蛮な人類、彼らでさえも手を焼くのに。カウンセリングルームに呼び出ししたって、ジョミーは少しも懲りないのに。
(……あれが、ぼくの手に負えるだろうか……)
ハーレイ以外の長老たちは、生傷が絶えない日々になるのでは…、と零れる溜息。ソルジャーの自分も、「年寄り」を前面に打ち出さない限りは、きっと生傷。
(…シャングリラで一番の生傷男は……)
いったい誰になるのだろう。
いくらジョミーでも、エラやブラウといった女性は、殴らない筈。その分、お鉢が回るのが男。「殴られた時は、殴り返せる」ハーレイ以外は、もれなく「生傷男」だろうか。
(…ノルディに頼んで、メディカルルームの生傷部門を充実させておかないと…)
駄目だろうな、とソルジャー・ブルーの悩みは尽きない。
シャングリラのミュウたちは、殴り合いなど「しない」のが基本。だから生傷の手当なんぞは、ノルディたちでも「慣れてはいない」。
今の間に「殴られて鼻血」や「アザ」といった類の怪我の手当を、覚えておいて貰わねば。
それしか出来ることは無いな、と深い溜息をついた所へ…。
「ヒルマン先生、ごめんなさい!」
もうしません、と泣き叫ぶ声が聞こえて来た。正確には「サイオンで聞き取った」声。
(…また、ヒルマンのお仕置きか…)
備品倉庫も大活躍だ、と苦笑したブルー。船の決まりを破った子供は、備品倉庫に入れられる。ヒルマンがガッチリ施錠してしまい、反省するまで放置プレイで。
今日は小さな男の子が一人、放り込まれていた。「おやつは抜きで反省しなさい」と。
もうワンワンと泣きじゃくる子供。「ごめんなさい!」と、「もうしません」と。
けれど、聞く耳を持たないヒルマン。その子は「常習犯」だったから。
「もう何回目になるのだね? 分かるまで、其処に入っていなさい」
おやつは皆で食べておこう、との言葉通りに、その子のおやつは「無くなった」。他の子たちに配られて。その間も、備品倉庫で一人、おんおん泣き続けて…。
彼が「出られた」のは、夕方のこと。「先生、トイレ!」と、切羽詰まった声と思念と。それは嘘ではなかったからして、「早く行きなさい」と倉庫を開けたヒルマン。
(…倉庫にトイレは無いのだし…)
ああなるだろう、とブルーはサイオンで覗き見しながら、クスッと笑ったのだけど。
(……待てよ?)
使えるのでは、と閃いたアイデア。
いつか迎える「暴れ馬」なジョミー、彼を調教するにはコレだ、と。
次の日、ブルーは、もう早速に長老たちを招集した。無論、シャングリラのキャプテンも。
「急ぎの用だ」と、会議室ではなくて、青の間に。
「…ソルジャー、急ぎとは何の用なんじゃ?」
「ジョミーの件で話がある。…ゼル、君ならば出来るだろうか?」
お仕置き用の部屋が欲しいのだが、と切り出したブルー。あまりに斜め上な言葉に、長老たちは目を剥いた。
「お仕置き用じゃと? 何なのじゃ、それは?」
「そのままの意味だが…。いつもヒルマンがやっているだろう? 備品倉庫で」
決まりを破った子供を入れている筈だ、と話したら。
「ああ、あれかね…。今更、部屋を作らなくても、備品倉庫で間に合っているが…?」
ヒルマンがマジレス、ゼルも大きく頷いた。
「まったくじゃて。あんな悪ガキどものためにじゃ、このゼル様が何もしなくてもじゃな…」
「あたしもゼルに賛成だね。備品倉庫で充分じゃないか」
「私もです。子供たちは、備品倉庫と聞いただけで震え上がるのですから」
効果はありませんけれど…、とブラウもエラも「備品倉庫で充分」との意見。ハーレイもまた、そうだった。「備品倉庫で充分です」と。
けれど、ブルーの狙いは違う。欲しいのは「子供用」ではない。
「…子供用なら、備品倉庫でいいだろう。しかし、相手はタイプ・ブルーだ」
「「「は?」」」
ご自分をお仕置きなさるので…、とヒルマンが口をポカンと開けた。他の長老たちだって。
なにしろ船に「タイプ・ブルー」は一人しかいない。ソルジャー・ブルー、ただ一人だけ。
お仕置き部屋が「タイプ・ブルーのため」のものなら、入るのはブルーしかいないけれども…。
「間違えるな。ぼくが自分で入ってどうする」
「で、では…。誰をお仕置きなさるのです?」
キャプテンの問いに、ブルーは重々しく宣言した。「次のソルジャーになる者だ」と。
「ジョミーの話は、皆に伝えたと思ったが…? 彼のために部屋が必要になる」
「何故なんじゃ?」
まるで話が見えんのじゃが…、と騒ぐゼルたちは、全く知りはしなかった。ジョミーがどれほどヤンチャなのかも、凶暴な暴れ馬なのかも。
そんな彼らに、懇切丁寧に説明したブルー。次期ソルジャーの現状と、日頃の悪行を。
「このままで彼を船に迎え入れたら、この中からきっと、船で一番の生傷男が出るだろう」
ハーレイは恐らく、無事だろうが…、とのブルーの解説。女性陣も、と。
けれども、他の三人の中から、出ることになるだろう「シャングリラで一番の生傷男」。鼻血にアザにと怪我をしまくり、「ソルジャーのぼくも、無事では済まない」とも付け加えて。
「…そ、それは…。それは、なんとも恐ろしいことじゃ…」
わしは命が惜しいわい、とゼルがガクブル、他の面々もガクガクブルブル。
ゆえにブルーは、こう続けた。
「だから、お仕置き部屋が要る。タイプ・ブルーには、備品倉庫は意味が無い」
「そ、そうじゃな…。で、どうすればいいんじゃ?」
どんなお仕置き部屋が要るんじゃ、というゼルの質問。ブルーはニヤリと笑って答えた。
「まずは、脱出不可能なこと。…それから、相手は子供ではないし…」
晒し者としての自覚を持つよう、ガラス張りで、とのキツイ注文。
相手は「暴れ馬」なジョミーだからして、「お仕置き中」の姿を皆に披露で、赤っ恥をかかせて促す反省。いくらジョミーが太々しくても、「晒し者」は堪えるだろうから。
晒し者の刑をかますからには、必要ないのが「プライバシー」。
お仕置き部屋には「トイレを兼ねた椅子」が一脚あれば充分、子供たちみたいに「トイレ!」と逃げ出せないように。
「な、なんと…。トイレまで、ガラス張りの部屋とは、ちと酷いような…」
じゃが、そのくらいで丁度じゃろうか、と髭を引っ張るゼルに向かって、ブルーは続けた。
「心理探査用のシステムも頼む。ジョミーの不埒な考え方も、皆に晒しておかないと…」
「…プライバシーはゼロということじゃな?」
「その通りだ。…心理探査の結果は、モニターに映るようにしてくれ」
其処までやっても、ジョミーには甘いかもしれない、とのブルーの読み。反対する者は、もはやいなかった。
「シャングリラで一番の生傷男」になりたくなければ、暴れ馬なジョミーを「調教する」こと。
必要とあらば、「お仕置き部屋」に突っ込んで。
ガラス張りの部屋に押し込め、トイレに行くのも衆人環視。ついでに「野蛮すぎる」オツムも、中身を皆に晒しまくりで。…心理探査用のプローブを深く下ろして、モニター画面に中継で。
こうして作られた「お仕置き部屋」。
ジョミーが船で暴れた時には、容赦なく「放り込む」ための部屋。
幸いなことに、それの出番は「来なかった」。
ジョミーは船から逃げた挙句に、ユニバーサルの保安部隊に捕まり、大爆発した彼のサイオン。衛星軌道上まで飛び出し、ブルーが追い掛けてゆくことになった。
お蔭でブルーは「シャングリラで一番の生傷男」になったけれども、なんとか生還。
ジョミーは深く反省したから、「お仕置き部屋」までは使わなくても…。
「…ジョミー・マーキス・シン!」
訓練をサボるようなら、行き先は分かっておるじゃろうな、と怒るゼルたち。もうそれだけで、ジョミーは黙った。「すみません…」と、それは大人しく。
「お仕置き部屋」は出番が無いまま、埃を被っていったのだけれど…。
それから十五年もの時が流れて、「お仕置き部屋」は華麗にデビューを遂げた。
ジョミーが捕獲した「地球の男」を閉じ込めるために。
「…ゼル、いいものを作っておいてくれた。この部屋は、こいつにピッタリだ」
大いに役立てさせて貰う、とジョミーはキースを其処に押し込め、こう命じた。
「心理探査用プローブを下ろしてくれ」と。
グランド・マザーの犬を捕えたからには、頭の中まで「覗き見て」なんぼ。それに使える設備はバッチリ、おまけに「逃げ出せない」牢獄。
地球の男には、ピッタリだから。まさに「お誂え向き」の牢獄だから…。
牢獄の由来・了
※キースが入れられていた、ガラス張りの牢獄。何故、あんな牢獄があったのかが謎。
前に「座敷牢の男」で別の理由を書いてますけど、今回はコレで。ジョミー専用らしいです。
