忍者ブログ

(おや…?)
 なんだ、とブルーが感じた気配。シャングリラの青の間のベッドの上で。
 先日、ジョミーを衛星軌道上から連れ戻したばかり。ユニバーサルの保安部隊に捕まり、サイオンを大爆発させて逃げ出したのを。
 お蔭でブルーも激しく消耗、ジョミーの指導どころではない。一日も早い回復を、とベッドの住人なのだけれども、其処は腐っても「ソルジャーと呼ばれた男」。
 ただダラダラと寝ていたのでは意味がない、とサイオンでの監視は怠らない。ユニバーサルやら、アルテメシアの全域やらといった具合に。
 今日のもソレの一環だけれど、妙にザワついているユニバーサル。
(………???)
 サイオンの目と耳を澄ませてみたら、「テラズ・ナンバーが…!」と騒いでいる職員たち。成人検査の実施予定がどうのと、「それよりも、マザー・システムが…!」だのと。
(…テラズ・ナンバー…?)
 ジョミーの成人検査の時にも、戦った相手がテラズ・ナンバー・ファイブ。
 ミュウの宿敵とも言える機械で、憎んでも憎み切れないコンピューターだけれども…。
(何かあったのか?)
 覗いてみるか、と探った気配。
 ドリームワールドの地下深くにあるのは知っているから、サイオンの目で。
 そうしたら…。
(システムダウン…?)
 憎い機械は沈黙していた。大勢の技術者たちが復旧作業を急いでいる。
 ということは、只今、ユニバーサルも、アルテメシア中の、ありとあらゆるシステムなども…。
(…ブロックされてはいないんだな!?)
 チャンス到来、長い年月、待っていた「コレ」。
 きっとジョミーの騒ぎのせいで、システムに異常が出たのだろう。今なら機密を覗き放題、青い地球だって「確認できる」。何処にあるのか、座標なども…、と早速に「覗く」ことにした。
 「成人検査中のジョミー」を抱えてバトルをやったほどだからして、「入り込む」くらいは朝飯前だけに。


 探しているのは「青い星」、地球。
(何処にあるんだ…?)
 地球は、と深く「潜って行った」ブルーの瞳に映った星。それは美しく青く、まさに水の星といった趣。母なる地球。
(これか…!)
 なんと美しい…、とフィシスが抱く地球の映像と重ねて、首を傾げた。「はて?」と。
 青い星には「白い輪」があった。
 ソル太陽系の土星の輪っかを思わせるヤツで、それよりは淡い感じの輪っか。星を斜めに取り巻く輪っかは、色からして「氷」かもしれないけれど…。
(……地球に、ああいう輪があるとは……)
 まるで知らない、と青い星に見入る。「どう見ても、これは地球なんだが」と。
 これだけ青くて海があるなら、地球の他には考えられない。白い輪っかは不思議だけれども、データが全てでもないだろう。
(フィシスの映像からは、省かれているだけで…)
 本物の地球には、きっと「輪っか」がついているのに違いない。白い輪っかが斜めに、一重。
 目指すは「此処だ」と、座標をゲット。
 これでシャングリラは明日にでも「発てる」。地球の座標と、ジョミー・マーキス・シンの存在さえあれば…、とグッと拳を握った所で、別のデータが目に留まった。
(…最高機密?)
 それにグランド・マザー絡みか…、と「覗いた」データに、ただ愕然とする。
(……これが地球だと……!?)
 嘘だろう、とブルーが見詰める「赤い星」。
 もう思いっ切り砂漠化していて、海らしき部分も濁り切った星が「見える」のだけれど、それが「人類の聖地」だというデータ。
 今も再生していないままの「地球」で、グランド・マザーは、その地下に「いる」。
(…あの毒キノコみたいなのが…)
 地球再生機構のユグドラシルか、と唖然呆然。
 「何処も青くない」地球なんて。
 青いどころか、汚染されたままで放り出されているような星が。


 とんでもない、とブルーが「知ってしまった」真実。
 三百年以上も焦がれ続けた青い水の星は、何処にも無かった。赤茶けた星があるだけで。
(…では、さっきのは…?)
 白い輪っかがあった「地球」は…、と更に「潜って」行ったら分かった。それは「ノア」だと。
 人類が最初に入植した星、今は首都惑星の名で呼ばれる「ノア」。
 元老たちが集うパルテノンも「其処」にあるという。
(だったら、目指すべきなのは…)
 ノアだろうか、とブルーは思った。
 なんと言っても「青い水の星」で、座標もガッツリ手に入れた。
 赤茶けた「本物の地球」の座標は「聖地」だけあって、ガードが固い。テラズ・ナンバーがダウン中でも、手に入れるのは「無理っぽい」。
(だが、ノアに行けば…)
 もう間違いなく、地球の座標は手に入るだろう。首都惑星を「ミュウが」落としさえすれば。
 ジョミーのパワーで「行け、行け、ゴーゴー」、ガンガンと攻めて行ったなら。
(…よし…!)
 決めた、と頷いた「今後の方針」。
 ジョミーの力が安定し次第、アルテメシアを離れて「ノア」へと向かう。
 ミュウが本気を出して行ったら、人類だってビビる筈。
(人類軍の船には、シールドさえも無いからな…)
 シャングリラで体当たりをかましてやったら、端から沈むことだろう。シャングリラには自慢のサイオン・シールドがある。
(バンカー爆弾には弱いと思っているんだろうが…)
 それはシールドが無効化されていたからだ、とニンマリと笑う。
 ジョミーを追ってゆく戦闘機から、注意をシャングリラに向けさせるための「作戦」がソレ。
 サイオン・シールドがMAXだったら、たとえ機雷原に頭から突っ込もうとも…。
(せいぜい、船尾損傷くらいで…)
 シャングリラが「沈む」ことなどは無い。
 つまり「捨て身で」進んでゆくなら、向かう所に敵無しな船がシャングリラだった。
 人類軍が誇る戦艦が幾つ来ようと、駆逐艦が群れを成していようと。


 その手で行こう、とブルーは考えたわけで、テラズ・ナンバー・ファイブが再起動する前に、いそいそと逃げて消え去った。元々、「其処にはいなかった」けれど。
 青の間のベッドで目をパチリと開け、直ちに招集した長老たち。それにキャプテン。
「…今、言った通りのことが現実だ。青い地球など、存在しない」
「なんですと!?」
 わしらは何処へ向かえばいいんじゃ、とゼルが慌てふためくのに、「落ち着け」と赤い瞳をゆっくり瞬かせる。「青い星なら、他にもある」と。
「このイメージだ。首都惑星ノア、と言えば分かるか?」
「ほほう…。まるで地球のような星じゃないかね」
 白い輪があるようだがね、とヒルマンもブルーと同じ感想。「地球よりも、ずっと地球らしい」などと、髭を引っ張りもして。
 エラもブラウも、ハーレイも「これは…」と見惚れたイメージ。
 赤茶けた「本物の地球」よりも、ずっと「地球らしい星」がノアだった。「イメージです!」とやっていいなら、ノアに軍配が上がることだろう。「母なる水の星」を謳うのならば。
「この星へ行こうって言うのかい?」
 悪くないねえ、とブラウ航海長は察しが早かった。「あたしは大いに賛成だよ」と。
「ノアですか…。考えたことも無かったですが、現実的ではありますね…」
 キャプテンのハーレイも肯定派。「まず、ノアへ、というのは正しいでしょう」と頷いて。
 ハーレイ曰く、ノアを落とせば、もはや地球に王手をかけたも同然。「人類の聖地」の現実がアレなら、人類の最後の砦は「ノア」。
 地球には「ラスボス」がいるだけのことで、ノアさえ落とせばグランド・マザーは裸同然。頼みの綱の守備隊などは、地球には「いない」だろうから。
「…ハーレイ、君もそう思うか…。守るべき人類が少ししか地球にいないなら…」
 大した戦力も無いことだろう、とブルーは長老たちを見回し、クックッと可笑しそうに笑った。「地球よりも地球らしい、ノアを頂くことにしよう」と。
「ふむ…。それで、出発はいつにするんじゃ?」
 ジョミーの騒ぎで大破したワープドライブは修理が済んでおるが、とゼルもやる気満々。ノアから攻めてゆくのだったら、長距離ワープでどのくらいか、と指を折ったりも。
「ジョミーの訓練が済み次第…ということでいいだろう」
 先を急ぐという旅でもない、とブルーも今や余裕だった。「もう見られない」と涙した地球、その地球は「何処にも無かった」のだし、「この際、ノアで充分だから」などと考えて。


 旅立ちの日を待っている間に、やって来たのがサイオン・トレーサー。
 雲の中にいるシャングリラの位置を掴んで、衛星兵器で攻撃をかまして来たのだけれど…。
「ジョミーは何処だ!?」
 この非常時に、と焦るキャプテン、けれどブルーは冷静だった。
「落ち着きたまえ。…ミュウの子供の救出中だ。少し待ってやって、その後は…」
 予定通りにノアへ向かう、とブルーがブチ上げ、シャングリラは大気圏外航行装備を整え、出発を待った。ワープドライブも既に起動済み。
「キャプテン! 遅くなってごめん!」
 気絶しているシロエを抱えて、瞬間移動で飛んで来たジョミー。彼はまだ「ノア」も「地球の本当の姿」も知らないからして、「え? え、え?」とキョロキョロしている。
 「何処か行くわけ?」と舵輪を握ったシドを眺めたり、いつもより暗いブリッジの明かりに戸惑ったり、といった感じで。
「本船はこれより、ノアに向かう!」
 ハーレイの言葉に、ジョミーはポカンとするばかり。「ノア…?」と、話が見えていないだけに、困り顔をして、「それって、何処?」とシロエを抱えたままで。
「ぼくは、ノアって学校で少し習っただけで…。首都惑星…のノアじゃないよね?」
 いくらなんでも…、とジョミーは目が丸いけれど、目指すは、その「ノア」。
「キャプテン。…ワープしよう」
 もう、この星に用はない! とブルーの声が響いて、ハーレイがブリッジに飛ばした号令。
「シャングリラ、発進!!」
 たちまちワープドライブが出力全開、シャングリラはアルテメシアから「消えた」。
 重力圏からの亜空間ジャンプという荒業を繰り出し、星を覆う雲海に大穴を開けて。…何処へ向かってワープしたのか、トレースしようもない完璧さで。


「ちょ、ブルー…! ノアって、本気で、あのノアですか…!?」
 首都惑星を落とそうだなんて、無茶っすから! とビビるジョミーに、ブルーは「君なら、出来ると思ったが…?」と赤い瞳を向けた。そう、青の間のベッドから。
「それに、パワー溢れるシロエもいる。…あの子は強い」
 タイプ・イエローの攻撃力は、場合によってはタイプ・ブルーに匹敵する、との指摘は間違っていない。「過激なる爆撃手」とも言われるパワーの持ち主、それがタイプ・イエロー。
「じゃ、じゃあ…。ぼくとシロエでノアを落とすってことに…?」
「もちろん、ぼくも加勢する。それに、その前にシャングリラがある」
 守備隊は体当たり攻撃で潰す! とブルーの瞳はマジだった。「地球の真実」を知った時から、そのつもりで練って来た作戦。
 ノアまで一気に長距離ワープで急襲したなら、ノアの人類には、最終兵器、メギドを持ち出す暇などは無い。第一、ノアにメギドを向けられはしない。
「…そ、それじゃ一気に決戦ですか!?」
「文句があるなら、サイオン訓練でもして来たまえ。…シロエと二人で」
 ワープアウトしたら、其処が決戦の場だ、とブルーが言葉にした通り。シャングリラは長距離ワープを繰り返しながら、ひたすらにノアを目指して飛んでいるだけに。
「……分かりました。シロエと、やれるトコまでやります」
 頑張ります、と答えたジョミーに、ブルーが返した。
「やれる所までではいけない。…やり遂げて貰う」
 でないと、ミュウに未来など無い、とソルジャー・ブルーは何処までも本気。
 ついでに船を指揮するキャプテンや長老たちも本気モードで、緑色を帯びた亜空間を抜け、ワープアウトするなり、ハーレイはこう言い放った。
「サイオン・キャノン、斉射、三連! てーっ!!!」
 もういきなりに、超航空からブチかましたソレ。
 ノアに展開する国家騎士団が誇る軍事基地、其処で起こった大爆発と、次々に起きる誘爆と。
 主力をアッと言う間に失い、それでも飛んで来た「人類軍の船」を待っていたのは、巨大な白い鯨だった。その図体にモノを言わせての、体当たりに次ぐ体当たり。
「サイオン・シールド、出力をキープ! そのまま突っ込めーっ!」
 端から叩き潰してしまえ、とキャプテンが船を指揮している中、青い光が飛び出して行った。パルテノンなどを制圧するべく、シロエをしっかり抱えたジョミーが。


「人類に告ぐ! 降伏する者は、殺しはしない!」
 だが、逆らったら容赦しない、とジョミーとシロエは暴れまくりで、それに乗じてブルーが思念波を飛ばして演説。「我々は、無駄に殺すつもりはない」と、カリスマオーラ全開で。
「…ミュウは人類の敵ではない。ただ、手を取り合おうと言っている」
 共に戦うなら殺しはしない、とのミュウの長の約束。
 敗色が濃い人類軍は、もうバタバタと降伏した。パルテノンに集う元老たちも同じで、制圧された首都惑星、ノア。
 「地球よりも、ずっと地球らしい星」をゲットしたミュウは、地球に向かった。
 後はラスボスのグランド・マザーを倒せばいいだけ、その方法はもう分かっている。
「ジョミー。…滅びの呪文は覚えているな?」
「はい、ブルー!」
 遊び心が溢れてますよね…、とジョミーが手にする「飛行石」とかいう青い石。
 そいつを二人が手を取り合って握り、「バルス!」と唱えればグランド・マザーは「滅びる」。
 SD体制なんかは無かった昔に、地球で作られた『天空の城ラピュタ』というアニメ。
 グランド・マザーを作った人類は、それに因んだ仕掛けを残してくれていた。進化の必然である筈のミュウが「ノアに、いきなり攻めて来たなら」渡すように、と遊び心溢れるアイテムを。
 預かっていたのは、パルテノンの元老たちに仕える部下の一人で、六百年近くも「口伝で」一人だけに伝えられていた「滅びのアイテム」。
 その飛行石を手にしたジョミーは、シロエをお供に地球の地の底へ降りてゆき…。
「いくぞ、シロエ!」
「はいっ!」
 ジョミーとシロエは「飛行石」を二人で握って叫んだ。グランド・マザーの目の前で。
「「バルス!」」
 飛行石を持って「現れたミュウ」には、何も出来ない仕組みだったか、グランド・マザーは呆気なく滅びた。マザー・ネットワークも、「滅びの呪文」で木っ端微塵に。
「やりましたよ、ブルー! ぼくたちの勝ちです!」
「ああ。…しかし、地球は当分、青くなってはくれそうもないし…」
 いつかは青くなるんだろうが…、とブルーは頭を振り振り、「百八十度回頭!」と声にした。
 グランド・マザー崩壊のあおりで燃え崩れる地球。「もう、出来ることは何も無い」と。
 後は青いノアで楽隠居。「地球よりも、ずっと地球らしい星」で、イメージだけなら青い水の星そのものな、白い輪っかがくっついたノアで…。

 

             青い星を目指せ・了

※アニテラ放映開始から10周年。そういえばノアも青かった、と気付いたトコから、この話に。
 赤茶けた地球にこだわらなくても、「青い星」なノアでいいような…気が…。







拍手[1回]

PR

「彼にはミュウとしての資質が、無いんじゃないかい?」
 ブラウが切って捨てた、「ジョミー」のこと。まるでミュウらしくない、とゼルも言ったほど。
 けれども、ソルジャー・ブルーは返した。青の間のベッドに横たわったままで。
『…彼はミュウだ。もう少し、見守ってやって欲しい』
 そう紡がれた思念波に、たちまち反論の声が上がった。
「しかし、ソルジャー! 船の者たちも噂しておるわい!」
「まったくだよ。今度ばかりは見込み違いだ、とソルジャーにも矛先が向いているしさ」
『…分からないのも、仕方ないかもしれないが…』
 彼のアホ毛が動かぬ証拠だ、と斜めな思念が届いたものだから、長老たちは目を剥いた。無論、キャプテンのハーレイだって。
「アホ毛じゃと!?」
「何なんだい、そのアホ毛ってのは…?」
 確かにアホ毛はあるんだけどさ、とブラウも認める「ジョミーの頭」。
 太陽のように明るい金髪、其処には常に「アホ毛」があった。寝癖なのだか、髪質だかは、誰も追究していないけれど。
『…ぼくがアホ毛と言ったら、アホ毛だ』
 今の時点では「アホ毛」が全てだ、とソルジャー・ブルーは、のたまった。
 曰く、ミュウの力に目覚めてはいない、只今のジョミー。「まるっきりの人間だ」という陰口、それが船中で囁かれるほどに。
 ところがどっこい、「力」は「アホ毛」に表れているらしい。
 先刻、ハーレイが口にしていた、「ジョミーの思念波は強い」という事実。船の何処にいても、感じ取れるほどのレベルの「それ」。
 その思念波を「発している」のが「アホ毛」だとのこと。
 アンテナよろしく、ジョミーの頭に突っ立って。
 船のあちこちに「電波ゆんゆん」といった感じで、無自覚の内に「まき散らす」思念。
 もしも「アホ毛」を封じたならば、思念は「感じ取れないくらいに」薄れてしまって、何処から見たって「ただの人間」。
 ソルジャー・ブルーは、思念で重々しく、そう告げた。
 『君たちが嘘だと思うのだったら、ジョミーのアホ毛を封じるがいい』と。


 よりにもよって、「アホ毛」という答え。
 「ミュウとも思えぬ」ただの人間、ジョミーが「ミュウだ」という証拠。
 長老たちは「ハハーッ!」と青の間を辞去したものの、狐につままれたような気分で、頭を振り振り歩いていた。…船の通路を。
「……アホ毛じゃなどと、言われてもじゃな……」
「アホ毛はアホ毛じゃないのかい?」
 船に来た時からアホ毛だったし、とブラウが突っ込む、ジョミーのアホ毛。
 リオの小型艇で、このシャングリラの格納庫に着き、降り立った時のジョミーの頭に、アホ毛は「あった」。今と全く変わりなく。
 いつ出会っても「アホ毛がある」のがジョミーなのだし、「そんなものだ」と、誰もが思った。それがジョミーのヘアスタイルで、特徴はアホ毛、と。
 けれど、此処へ来て明かされた「衝撃の事実」。
 ジョミーが船中に「まき散らす」思念は、あの「アホ毛」から。
 生粋のミュウなら、ちゃんと意識して思念波を紡ぐものなのだけれど、ジョミーは例外。
「…目は口程に物を言う、とは言うのだが…」
 代わりにアホ毛だったのか、とハーレイだって唸っていた。
 ミュウの箱舟、シャングリラのキャプテンを務めて長いけれども、「アホ毛で物を言うような」ミュウは知らない。ただの一人も、見たことがないと言うべきか。
「…流石はソルジャー、と慧眼ぶりに感動すべき所でしょうか…?」
 でも、アホ毛ですよ、とエラも苦い顔。「そんなミュウを、私は知りません」と。
「私もだよ。子供たちの教育係を、長いこと務めているのだがね…」
 アホ毛は所詮、アホ毛なのではないのかね、とヒルマンも懐疑的だった。
 ジョミーの頭にピンと跳ねたアホ毛。それが「アンテナ」だと言われても困る。ジョミーの頭の中に詰まった、ありとあらゆる思考を「船中に」撒いているなんて。
「……ソルジャーは、アホ毛を封じろと仰ったが……」
 本当にそれで変わるだろうか、とハーレイは歩きながら腕組み。「サッパリ分からん」と、癖になっている眉間の皺を深くして。
「それだよ、それ! アホ毛なんかを、どう封じろって言いたいのさ?」
 勝手に跳ねてるだけじゃないか、とブラウが軽く両手を広げて、「アホ毛」の話は終了した。
 どうせジョミーの「化けの皮」なんて、じきに剥がれておしまいだろう、と。


 そうしてジョミーは「船を出てゆき」、それっきりかと思われていた「アホ毛」の件。
 「やっぱりミュウじゃなかったんだ」と、長老たちさえ考えたから。
 なのに、大爆発した、ジョミーのサイオン。…ユニバーサルの建物を破壊するほどに。
 その勢いで衛星軌道上まで逃げて、駆け上がって、追い掛けて行ったソルジャー・ブルーまでが「半殺し」という激しい展開。
 なし崩し的に、ジョミーは「ソルジャー候補」となった。
 それでもやっぱり「冴えない」わけで、集中力に欠けているものだから…。
「…アレをどうにか出来んかのう……」
 もっと劇的に力が伸びんと、頼りないわ、と今日だってゼルが愚痴っている。
 今のジョミーでは、心許ない。とても「ソルジャー・ブルー」を継げるレベルではなくて、先の見通しさえも立ってはいない。
「打つ手があればいいのだがね…。本人のやる気が中途半端では…」
「どうにもならない、ってトコなんだよねえ…」
 困ったもんだ、とブラウが零した所で、「そうだ!」とハーレイが、ポンと手を打った。
「アホ毛で、なんとか出来ないのか?」
「「「アホ毛?」」」
「前に、ソルジャーが仰っていたことがあっただろう。アホ毛なのだ、と」
 ジョミーの力の源は今もアホ毛なのでは、とハーレイは至極真面目な顔つきだった。
 ソルジャー候補なジョミーの頭に、アホ毛は健在。
 かつては「電波ゆんゆん」と船中に「思念を撒いていた」なら、サイオンの特訓に入った今でも「アンテナ」の機能は生きている筈。
 きっと、何らかの形で「電波ゆんゆん」、もしくは「増幅装置」かもしれない。
 アホ毛がピンッ! と立ちさえしたなら、それは物凄いサイオンを発揮するだとか。
「……むむう……」
 アホ毛が増幅装置になるのか、とゼルが引っ張った髭。「それも無いとは言えんわい」と。
「…でもねえ…。相手はアホ毛なんだよ?」
 おまけにジョミーに自覚は無い、とブラウが断じたけれども、ジョミーの訓練は手詰まり状態。それを打破することが出来るなら、アホ毛にだって縋りたい。
 アホ毛なんかに、どう縋るかは、ともかくとして。
 ジョミーの頭にピンと立っている、アホ毛。…それを拝んで縋ればいいのか、とても丁重に櫛で梳かして、もっと真っ直ぐに立てればいいのかも、まるで全く分からないけれど。


 とはいえ、縋れそうなモノは「アホ毛」一択。
 「溺れる者は藁をもつかむ」で、この際、アホ毛でもいいから「掴みたい」気分。
 長老たちは額を集めて相談の末に、「アホ毛に縋る」ことにした。
「…アンテナじゃったら、ピンと立てねばならんじゃろう!」
 訓練の時にも、アンテナが消えてしまわんように、と技術畑なゼルがブチ上げた理論。
 ジョミーの頭にピンと跳ねたアホ毛、それのキープが「何より肝心」。
「……整髪料かね?」
 わしらが使っているような…、とヒルマンがゼルの「頭」に目を遣り、次いで髭へと。
 ゼルには一本も無いのが頭髪、けれども髭は立派だから。…毎日、整髪料で綺麗に整え、捻って「形にしている」から。
「それが一番早いじゃろうが。…効果があったら、更なる技術の向上をじゃな…」
「なーるほどねえ…。アホ毛専用に、開発させるということだね」
 整髪料で、なおかつプラスアルファな素材か、とブラウも頷いた。
 サイオンを通しやすい素材などにも「詳しい」のがミュウ。「ジョミーのアホ毛」が「サイオン増幅装置」になるなら、それに相応しい整髪料を開発したっていいだろう。
「私も、それに賛成です。とりあえず、整髪料で様子を見てみましょう」
 様子見だけなら、船にあるものでいい筈です、とエラも支持した「整髪料」。
 幸いなことに、髭が自慢のゼル機関長や、オールバックがトレードマークのキャプテンなどと、整髪料を愛用している者は「多かった」。
 彼らが再び始めた相談、今度は「整髪料」のチョイスについて。
 ゼルの髭を「ピンと整える」ためのヤツを選ぶか、ハーレイの髪を固めているヤツがいいか。
 結論としては、同じ「髪の毛」で「同じ金髪」に「整髪料を使用している」、キャプテン愛用の品に白羽の矢が立った。「それで良かろう」と。
 決まったからには、実行あるのみ。
 次の日、彼らは、もう早速に「訓練に来た」ジョミーを捕まえて…。


「ちょいと話があるんだけどね? 訓練の前に」
 アンタのアホ毛、とブラウがズバリと言った。まるで全く、隠しさえもせずに。
「……アホ毛?」
 コレのことかな、とジョミーが指差した頭。今日もやっぱり、アホ毛は立っていたものだから。
「そう、それなのだよ。…我々はアホ毛に縋りたくてね」
 君のアホ毛は、強大な可能性を秘めているかもしれない、とヒルマンがズズイと進み出た。
 「ソルジャー・ブルーも仰っていた」と、「君のアホ毛はアンテナらしい」と。
「……アンテナって?」
 何それ、とジョミーの瞳が丸くなるから、「アンテナなのだ」と厳めしい顔をしたキャプテン。
「君が初めて船に来た時から、君の思念は強かった。船の何処にいても分かるくらいに」
 その中継をしていたモノがアホ毛らしい、とキャプテンの目がマジだからして、ジョミーは口をポカンと開けた。「このアホ毛が…?」と。
「…ハッキリ言うけど、ぼくのアホ毛は、ずっと前からで…!」
「だからこそです。無自覚の内に、ミュウとしての能力を発揮していたに違いありません」
 試してみるだけの価値はあります、とエラが掴んだジョミーの「アホ毛」。
 其処へ「これじゃ」とゼルが差し出した、ハーレイ御用達の整髪料。エラは「では…」と、指でワックス状のを掬って、「丁寧に」アホ毛に塗り付けた。…ピンと立つように。
「…エラ、仕上げにはスプレーだぞ」
 でないと男の髪はキマらん、とハーレイが指示して、「固められた」アホ毛。
 サイオンの訓練で駆け回ろうとも、ビクともしない勢いで。ジョミーの頭にピンと跳ねた毛が、常に「アホ毛」でいられるように。
「…え、えっと……?」
 なんか此処だけ固いんだけど、というジョミーの声は無視された。
 そして始められた「その日の訓練」、なんとジョミーは…。
「おお! 初の満点ではないか!」
「やっぱり、アホ毛だったのかい…。アレが増幅装置ってわけか」
 こりゃ、開発班の仕事ってヤツになりそうだねえ…、とブラウが言うまでもなく、方針はとうに決まっていた。
 「ジョミーのアホ毛専用」の整髪料を、直ちに開発させること。
 並みの整髪料ではないのだからして、サイオンを通しやすい素材で、なおかつ「ビシッと」アホ毛を固定できるもの。
 どんな激しい戦闘だろうが、アホ毛が「消えてしまわない」ように。
 いつでも「ジョミーの頭には」アホ毛、次期ソルジャーの力の源を保てるように。


 こうして「アホ毛」は不動になった。
 ジョミー専用の整髪料が開発されて、アホ毛を「きちんと」固め続けて、キープして。
 寝ている間も「敵襲に備えて」、アホ毛は必ず「立てておくもの」。
 そんな具合で誕生したのが、後のソルジャー・シンだった。
 もちろんナスカに着いてもアホ毛で、人類軍との本格的な戦闘に入っても、やはり頭にアホ毛。
 ついに地球まで辿り着いても、「ユグドラシルに入る」ジョミーの荷物に、整髪料はデフォ装備だった。係の者が「何を忘れても、これだけは」と、一番最初に突っ込んだほどに。
 よってジョミーの「アホ毛」は、地球の地の底でも「乱れることなく」、グランド・マザーとの戦いの最中も「ピンと頭に立っていた」。
 アホ毛あっての「ソルジャー・シン」で、それさえあったら、ジョミーの力は無限大だから。
 グランド・マザーをも壊したサイオン、その源は、彼の頭に燦然と輝くアホ毛だから…。

 

          アホ毛の底力・了

※何処から「アホ毛」と思ったのかも謎なら、アンテナでサイオン増幅装置な件も謎。
 けれど気付けば書く気満々、チェックしていたDVD。…最後までアホ毛で間違いないっす。







拍手[1回]

(……厄介なことだ……)
 明日の予定も変更とはな…、とキースは深い溜息をつく。
 首都惑星ノア、其処の自室で、夜が更けた後に。
 側近のマツカは、もう下がらせた。コーヒーだけを置いてゆかせて。
 そのコーヒーも冷めそうだけれど、明日のことを思うと気が重いばかり。
 国家騎士団総司令。
 今のキースは、そういう立場。
 異例の速さで昇進してゆけば、それだけ敵も増えてゆくもの。
 このノアで、それに行く先々で、何度も練られる暗殺計画。
 狙撃だったり、爆発物を仕掛けられたり、ありとあらゆる方法で。
 そうした一つが、またも発覚したという。
 計画した者たちは既に捕まり、レベル10の心理探査を実施させている。
 精神崩壊してしまおうとも、知ったことではないのだから。
(だが、肝心の実行犯どもが逃走中では…)
 危険が去ったとは言えない。
 心理探査を実施させても、計画者たちは「実行手段」までは知らないのが常。
 政治のことしか関心が無くて、軍人としての訓練も受けていないのだから。
 彼らは、部下にこう命じるだけ。
 「目障りな、キース・アニアンを消せ」と。
 もっと言葉を並べるのならば、「手段は選ばん」とでも、「任せる」とでも。
 それで終わりで、後は「朗報を待つ」だけのこと。
 「キース・アニアンの暗殺に成功しました」と、部下の誰かが告げに来るのを。
(…そんな奴らを逮捕してみても…)
 本当のことは何も分からん、と苛立たしくなる。
 実行犯たちが全て捕まるまで、「キース」は自由に動けはしない。
 暗殺の危険がありそうな場所は、悉く避けて通るもの。
 たとえ演習の視察であろうと、開発中の兵器の実験、それが行われる時であろうと。


 そのせいで、明日の予定も狂った。
 一つ予定を変更したなら、他の予定も次々に変わる。
(……サムの見舞いに行きたかったが……)
 それも行けなくなってしまった。
 何日も前から「この日にゆく」と部下たちに告げて、警備の予定を立てさせたのに。
 幾つものルートを用意させた上で、「見舞いに行ける」筈だったサム。
 病院に着いてしまいさえすれば、部下たちを暫し遠ざけておいて、サムと話が出来るのに。
 サムにとっては、「キース」は「赤のおじちゃん」でも。
 E-1077で友だった頃と同じ調子で、「キース」と呼んでは貰えなくても。
(…サムの見舞いに出掛けるだけでも、今の私には自由など無いな…)
 ジルベスターに向かう前なら、一人で見舞いに行けたのに。
 任務の合間に、自分で車を運転して。
 上級大佐になった後でも、今よりは自由に動けたのに。
(国家騎士団総司令などと言われても…)
 不自由なものだ、としか思えはしない。
 暗殺計画がどうであろうと、実行犯が逃げていようと、今の立場でなかったら…。
(どうとでも動けていたのだろうな…)
 上級大佐くらいだったら、「代わりの人材」は幾らでもいる。
 「キース」が暗殺されて消えたら、他の誰かが昇進するだけ。
 もう直ぐにでも、グランド・マザーが「この者にせよ」と選び出して。
 新しい「上級大佐」が来たなら、何もかも、何処も変わりはしない。
 「キース」が上級大佐だった頃と、まるで全く。
 ただ少しばかり、「やり方」などが違っているとか、部下の顔ぶれが変わる程度で。
(…誰が上級大佐であろうが…)
 地球のシステムは変わりはしないし、マザー・システムも不変のまま。
 それまで通りの日々が続いて、「キース」は忘れ去られるのだろう。
 国家騎士団の者たちからも、ジルベスター以来の部下たちからも。
 「キース」を上級大佐に選んだ、グランド・マザーのメモリーバンクからさえも。


 けれども、今は「そうはいかない」。
 地球のシステムも、マザー・システムも、「キース・アニアン」を失えない。
 「国家騎士団総司令」などという、肩書を持っていなくても。
 未だ「上級大佐」であろうと、もはや「失う」ことは出来ない命。
 「キース」の命が潰えた時には、地球も、マザー・システムまでもが失う「未来」。
 それを知る者は、「キース」の他には、誰一人いないのだけれど。
(…知っていたなら、暗殺計画を立てるどころか…)
 誰もが「キース」の前にひれ伏し、懸命に媚を売ることだろう。
 システムの中で生き残るために、今より以上に出世するために。
 「キース」に認められさえしたなら、どんなことでも「望みのまま」になるのだから。
 国家主席の地位を除けば、その他のものは、何もかも、全て。
 何故なら、「キース」は「作り出された」もの。
 グランド・マザーがそれを命じて、神の領域を冒してまでも。
 まるっきりの「無」から生まれた生命、マザー・イライザが「作った」存在。
 DNAという鎖を紡ぎ出すために、合成された三十億もの塩基対。
 それを繋いで作られた「キース」、マザー・イライザは「理想の子」と呼んでいた。
 サムもシロエも、「キース」を育てる糧だったとさえ。
(…私を完成させたからには…)
 もう「実験」は不要だったのだろう。
 E-1077は廃校になって、長く宇宙に捨て置かれていた。
 表向きは「候補生にMのキャリアがいたから」だけれど、その真相はどうなのか。
 「Mのキャリア」の正体はシロエ、「計算ずくで」連れて来られた者。
 ならば最初から「全てを」承知だったのだろうし、廃校などにしなくても…。
(皆の記憶を処理してしまえば、それまで通りに…)
 E-1077を維持できた筈。教育の最高学府として。
 なのに、「廃校になった」教育ステーション。
 政府の者さえ立ち入ることを許されないまま、「キース」がそれを処分した。
 自分と同じ顔の者たち、幾つもの「キース」のサンプルごと。


 あの「実験」がもう「無い」以上は、「キース」しかいない。
 ミュウとの戦いが続く世界で、「地球のシステム」の舵を取れる者は。
 SD体制を維持できる者も、マザー・システムを不動にしておける者も「キース」だけ。
 「代わりの者」は、何処からも「来はしない」から。
 同じ生まれの「優秀な者」は、何処を探しても「見付かる」わけがないから。
(…私は、命を失えない…)
 ミュウとの戦いに敗れて、処刑されたりしない限りは。
 地球を、システムを守る戦争、それで命を落とす時でも来ない限りは。
(たかが暗殺計画などで…)
 死んでしまえば、「全てが」終わる。
 この世界は「導く者」を失い、いずれ滅びてゆくしかない。
 マザー・イライザが作った「最高傑作」、「地球の子」が「キース」なのだと言うなら。
 グランド・マザーも、それを認めているのなら。
(…あの「ゆりかご」を知る前だったら…)
 遠い日にシロエが見付けた「ゆりかご」、「キース」が作られた強化ガラスの水槽。
 それをこの目で「見る」前だったら、命は「自分のもの」だった。
 まさか「失えない」ものだとは、思いさえもしないで。
 ソルジャー・ブルーとメギドで対峙した時は、命懸けでさえあったほど。
 もしもマツカが来なかったならば、巻き込まれて死んでいただろう。
 ソルジャー・ブルーがバーストさせたサイオン、青い焔に焼き尽くされて。
(私の命だと思っていたから、何をしようと自由だったが…)
 今では、それは出来ないのだ、と「ゆりかご」を目にして、思い知らされた。
 「キース」は「地球を導く者」。
 知る者は自分一人だけでも、けして変えられない「生まれ」。
 地球を、マザー・システムを「守り抜く」ために、無から作られた生命体。
 命さえも「自由にならない」ような。
 軍人のくせに、「命を落とすこと」さえ出来ない、システムに縛り付けられた者。
 それを知る者は誰もいなくても、暗殺を企てる者たちが後を絶たなくても。


 いつまで「こうして」生きてゆかねばならないのか。
 サムの見舞いにさえも自由に行けないような、不自由でたまらない日々を。
 命など惜しいと思わないのに、その「命」を失くせない生を。
(…私が「作られた者」でなければ…)
 きっと全ては違ったろうな、と虚しくもなる。
 指揮官は前線に「出ない」とはいえ、自分の場合は「違う」から。
 「キース」が命を失った時は、地球の未来が無いのだから。
 それを「知らされた」、あの日から、ずっと探している。
 この「失えない命」を「捨ててしまっても」、かまわない場所を。
 広い宇宙の何処を探しても、ある筈もない「死に場所」を。
 いつの日か、それが見付かった時は、「キース」の命は「自分のもの」。
 行き着く先が「死の世界」であろうと、もうシステムに縛られて生きる必要はない。
(……そんな場所は、きっと無いだろうがな……)
 だが、探すのは私の自由だ、と冷めたコーヒーを傾ける。
 いつか「見付かったら」いい、と。
 失えないように「定められた」命を、「捨ててしまってもいい」死に場所が…。

 

           失えない命・了

※ネタ元はマツカの台詞だったりします。「いつも死に場所を探しているような」という。
 本当に探していると言うなら、何故だろうな、と考えたらコレに。真相は不明ですけどね。







拍手[1回]

「…テーブルに紅茶を用意しておきました」
 その声に、キースは目を剥いた。もう、文字通りに。
(紅茶だと!?)
 有り得ん、と受けてしまった衝撃。メンバーズなのに、頭にガツンと。
 ジルベスター星域での事故調査のために、このソレイドまでやって来た。直ぐにでも出発したいほどなのに、船の用意が整うまでは足止めで…。
(…しかも紅茶か…!)
 何故だ、と頭が真っ白だけれど、優先事項は「それ」ではなかった。
(この青年…)
 Mか、と既に見切っている。「紅茶を用意しておきました」と告げた、ジョナ・マツカ。此処に配属されたばかりだと、自己紹介をしてはいたものの…。
(…Mのスパイか…?)
 こんな辺境星域に、と思いはしても、ジルベスター星系から「一番近い」軍事基地がソレイド。人類軍の動きを探りに、Mが潜り込んでいても不思議ではない。
 だから、「わざわざ」読ませた心。拳銃を床に「落とした」上で、ミュウのマツカに。
 それから後は、もうゴタゴタで、けれど、何故だか起こした気まぐれ。「生かしておこう」と。
 そのマツカには「更に一発」、衝撃弾を見舞っておいたけれども。
(……しかしだな……)
 撃つ前に「替えさせて」おけば良かった、とキースが見詰めるテーブルの上。
 其処に置かれたティーポットにカップ、シュガーポットやミルクピッチャーまでが揃っていた。今の気分は「コーヒー」なのに。そうでなくても、こうした場所で出て来るのなら…。
(……普通、コーヒーなのだと思うが……)
 まるで分からん、と「通用しない」らしい常識。
 国家騎士団の中に限らず、軍人と言えば「黙ってコーヒー」。男だろうが、女だろうが。
 紅茶なんぞが出る筈もなくて、現に今日まで「見はしなかった」。
 けれど、テーブルに「用意された」ものは、紅茶を飲むための道具一式。ご丁寧なことに、まだ肉眼では見たことが無かった、ティーコジーまでが「ポットに被せてあった」。
 中の紅茶が冷めないようにと、保温しておくカバーが「ソレ」。
 ポットの紅茶が「濃くなり過ぎた」時に「薄める」差し湯も、専用の器にたっぷりと。
 此処が辺境星域の軍事基地とは、誰一人思わないだろう。…テーブルの上だけを眺めたならば。


 なんとも優雅で手荒な「歓迎」。叩き上げのメンバーズに「紅茶を出す」などは。
(…紅茶と言ったら、女どもが飲むか、そうでなければ…)
 軍人などとは違う人種だ、とキースは苦々しいキモチ。
 いわゆる政治家、パルテノン入りして元老になるような輩が「飲む」のが紅茶なるもの。時間に追われていないものだから、それはゆったりと寛いで。
(しかし、私は先を急ぐのだ…!)
 最新鋭の船と、優秀な人材の準備はまだか、とイラついてみても、「辺境には辺境のやり方」というのがあるらしいから…。
(……コーヒーが無いなら、仕方あるまい……)
 紅茶でかまわん、とカップに注いだ紅茶。ポットに被せられたティーコジーを外して、慣れない手つきでトポトポと。
(…何故、辺境で紅茶なんぞを…)
 飲まされるような羽目に陥るのだ、と心でブツクサ。もちろん砂糖を入れてはいない。コーヒーだって「ブラック」なのだし、紅茶に砂糖を入れるわけがない。
(どうにも頼りない味だ…)
 マツカに「二発目」を撃ち込む代わりに、「入れ替えて来い!」と言えば良かった。テーブルの上の紅茶を下げさせ、「コーヒーを淹れろ」と命じていたなら…。
(インスタントのコーヒーにしても、これよりは…)
 まだマシだった、とカップを傾けていると、入室許可を求められた。きっとマツカだ、と思って「入れ」と応えたのだけれど。
「…アニアン少佐。紅茶はお気に召したかね?」
 入って来たのは、ソレイドのトップのマードック大佐。唇に薄い笑みを浮かべて。
「……やはり大佐の御趣味でしたか。この紅茶は」
「もちろんだとも。…これでも私は、上昇志向の強い男なのだよ」
 まずは形から入るべきだ、とマードック大佐はブチ上げた。
 コーヒーなどは「下品な飲み物」、紳士たる者、紅茶を愛してなんぼ。遠い昔の地球で知られた大英帝国、其処では「男も紅茶」だった。「血管の中を紅茶が流れる」と言われたほどに。
 彼らの流儀を継いでいるのが、パルテノン入りを果たした元老たち。
 教育ステーションでの時代からして、日々の暮らしに「生きている」のが紅茶。
 朝一番には、ベッドサイドのテーブルでアーリーモーニングティー。正式には執事が「恭しく」淹れて、主人に供する。これに始まって、夕食の後まで、一日に何度もティータイムだとか。
 仕事中にも、「イレブンジズ」などと、午前十一時に仕事を中断、其処で紅茶を飲むほどに。


(…………)
 なんとも暇な奴らばかりだ、とキースが思った「ティータイム」。
 メンバーズが「それ」をやっていたなら、任務は端からパアだろう。寸秒を争う任務は山ほど、紅茶など飲んでいられはしない。コーヒーが飲めたら、それで上等。
 「やってられるか」と、キースはカップを傾けたけれど…。
「…これはこれは。少佐はご存じないらしい」
 それでは出世も難しいだろう、とマードック大佐は嘆かわしそうに頭を振った。
「……私が何か失礼でも?」
「いや、何も…。君の育ちが、たった今、分かってしまったのだよ」
 下品な男だ、と舌打ちをしたマードック大佐。「昔で言うなら、労働者階級といった所か」と。
(…労働者だと!?)
 今の時代は、そんな区別は無いのだけれども、キースにも知識くらいはあった。大英帝国時代の労働者階級と言えば、下層階級と呼んでもいい。貴族たちに顎で使われるような。
(私が、労働者階級だなどと…)
 この男、とんだ言いがかりを…、とキースは不快感MAX。
 ゆえに無言で睨み付けたら、「これだから、無粋な男は困る」とマードック大佐は、深い溜息を吐き出した。「育ちの悪さが見えるようだよ」と。
「いいかね、君はカップのハンドルに指を通しているがね…」
 そのような持ち方はしないものだ、とマードック大佐の視線は冷たい。
 紳士が紅茶のカップを持つなら、ハンドルは「指でつまむ」もの。けして指など通しはしない。カップが「どんなに」重かろうとも、上品に指でつまんでこそ。
(……指で、つまめと……?)
 馬鹿な、と「それを」試した途端に、ガシャンと落ちていたカップ。
 いつもコーヒーを「マグカップで」飲む、ガサツな軍人が「キース・アニアン」。どっしり重いカップを持つには、ハンドルに指を通すもの。そういう世界で生きて来たから、ティーカップなど「指だけで」持てるわけがない。
「…これはまた…。落とすなどとは、もう論外だよ」
 君の未来が見えるようだ、と嘲笑いながら、マードック大佐は部屋を出て行った。
 「実に楽しい見世物だった」と、嫌味たらしい台詞を残して。


 早い話が、「赤っ恥をかいた」のがキース。
 不慣れな紅茶を「飲まされた」上に、その作法までも「観察されて」。
 パルテノン入りなど「とても無理だ」と暗に言われて、見世物扱いまでされて。
(……グレイブの奴め……!)
 こうなったからには、意地でも「マツカ」を引き抜いてやる、とキースは心に固く誓った。こうなる前から、そのつもりではいたけれど。
(ミュウは何かと役立ちそうだが、その前にだな…!)
 あいつの「紅茶のスキル」が得難い、とキースにも、「もう分かっていた」。
 恐らくマツカは、「そういう教育」を施す場所にいたのだろう。たまたま「軍人向き」の素質を持っていたから、「此処に」配属されて来ただけ。
(本来だったら、パルテノン入りするような連中の…)
 側に仕えて、「紅茶を淹れたりする」のが仕事。
 其処から始めて、順調に出世していったならば、グレイブが言った「執事」の役目を貰えたりもする。朝一番には、主人のベッドサイドで、「目覚めの紅茶」を注げるような。
(なんとしても、マツカを貰わないとな…)
 さっきのグレイブの話からして、「紅茶要員」はマツカの他にもいる筈。「配属されたばかり」だったら、それまでの間、此処の「紅茶にまみれた日々」を支えていたような人材が。
(…私が、マツカを貰った所で…)
 グレイブは困らないだろう、と分かっているから、「貰う」と決めた。
 何かと役立つ「ミュウ」である上に、「紅茶のスキル」を持っているマツカ。きっとマナーにも詳しいだろうし、側に置いたら、「下品な男」らしい「キース・アニアン」も…。
(…じきに立派に洗練されて……)
 コーヒーの代わりに紅茶三昧、そんな男になれるだろう。「血管の中を紅茶が流れている」と、誰もが一目置くような。
(……いずれ、パルテノン入りを果たしたいなら……)
 グレイブなどに負けてはいられん、とキースも「形から入る」ことにした。
 まずは「マツカ」をゲットすること、話はそれから。
 ジルベスターでの任務を終えたら、「ミュウのマツカ」を土産にノアに帰らねば。
 「紅茶を頼む」と注文したなら、サッと紅茶が出て来るように。「下品極まりない」コーヒー党から、貴族社会でも通用しそうな「紅茶党」へと、華麗に変身を遂げられるように。


 かくして、キースが「目を付けた」マツカ。
 彼はキースが睨んだ通りに、「執事などを育てる」教育ステーションの出身だった。けれども、其処での選抜試験。「元老たち」に仕えるのならば、それなりの軍事訓練も要る。
(…その成績は、イマイチだったようだが……)
 軍人になった理由はコレか、とキースは「じきに」知ることになった。
 ジルベスター星系に向けての、連続ワープの最中に。…グレイブが寄越した「新人の兵士」が、軒並み「ワープ酔い」で、呆気なく倒れてゆく中で。
(三半規管が半端ないのか、それともミュウだからなのか…)
 其処は謎だが…、とキースにも分からないけれど、マツカは「酔いはしなかった」。
 この調子ならば、部下としても「使える」ことだろう。「紅茶のスキル」に加えて、連続ワープにも強い人材となれば。
(…今の間に…)
 転属願いを出しておくか、とキースは即断即決。
 ジルベスターにも着かない内から、グランド・マザーに宛てて送った通信。
 「この者を、宇宙海軍から、国家騎士団に転属させたい」と、ジョナ・マツカの名を、キッチリ添えて。「是非とも、私の側近に」などと。
 既に根回しは「済んだ」からして、その後、キースが「ミュウに捕まり」、脱出してからメギドなんぞを持ち出した時は、マツカは「側近」の座に就いていた。
 「ミュウである」ことはバレもしないで、「キース専属の紅茶係」として。
 コーヒーばかりの「軍の世界」で、それは優雅に「紅茶の用意」を整えられる人材として。
 もちろん、マツカは「紅茶のマナー」にも詳しい。
 けれども「上から目線」ではなくて、あくまで「控えめに」教えるマナー。「こうです、大佐」などと言いはしないで、さりげなく視線で促したりして。
(…私は、実にいい部下を持った…)
 それに紅茶も美味いものだ、と今のキースは、もう根っからの紅茶党。
 朝一番には、マツカが「どうぞ」とベッドサイドで紅茶を注いで、仕事中にもティータイム。
 当然のように、カップのハンドルには「指を通さず」、つまむように持って。
 パルテノンでも立派に通るスタイル、いつ「栄転」になっても「要らない心配」。
「…マツカ。紅茶を頼む」
 ダージリンのセカンドフラッシュを、とキースは、すっかり「通」だった。
 茶葉はフルリーフに限る、などと思うくらいに、紅茶の世界に馴染み切って。
 遠い昔の貴族好みの、アールグレイなどを好むくらいに、コーヒーなんぞは「忘れ果てて」…。

 

           紅茶党の男・了

※いや、ふと「キースにティーカップは似合わないよな」と思ったわけで…。ビジュアル的に。
 けれどマツカに似合いそうなのが、ティーセットの準備。そして、こうなりましたとさ。









拍手[0回]

(……成人検査……)
 あれが全てを奪って行った、とシロエは唇を噛む。
 E-1077の個室で、夜が更けた後に、一人きりで。
 もっとも、宇宙に浮かぶ「此処」には、本物の夜は無いけれど。
 中庭などの照明が暗くなるだけのことで、逆に昼間は「明るくなる」だけ。
 そのシステムが故障したなら、きっと暗闇になるのだろう。
 非常灯だけは灯ったとしても、他の明かりは失われて。
 どちらを向いても闇でしかなくて、昼か夜かも、まるで区別がつかなくなって。
(…こんな所に、連れて来られる前は…)
 朝は太陽が昇ったものだし、日暮れには沈んでいったもの。
 その「太陽」を見なくなってから、どれほどの時が経ったのか。
 両親も、家も、故郷の風や光も失くしてしまって、このステーションで暮らし始めてから。
 こうなるのだとは、夢にも思っていなかった。
 成人検査を受けた後には、「地球」に行けるかとも考えたほど。
 優秀な成績を収めていたなら、ネバーランドよりも素敵な「地球」に行けると聞いて。
(パパにそう聞いて、頑張ったのに…)
 地球に行こうと努力したのに、其処へ行ける道は茨の道。
 子供のままでは地球に行けなくて、「教育」とやらが必要になる。
 宇宙に浮かんだ「このステーション」に、四年もの間、囚われたままで。
(…でも、それだけなら…)
 そう苦しみはしなかったろう。
 どれほど講義が難しくても、課される課題や実習などが厳しい中身であったとしても。
 懸命に努力しさえしたなら、「地球への道」が開けるのなら。
 故郷で育った頃と同じに、勉強すればいいというだけ。上を目指してゆけばいいだけ。
 「地球に行ける者」として選ばれるよう、トップの成績を収め続けて。


 けれど、そうではなかった「現実」。
 エリート教育のためのステーション、最高学府と名高い「此処」。
 E-1077に入学するには、過去を捨てねばならなかった。
 両親と暮らした子供時代や、懐かしい故郷の思い出などを。
 「持っていても、過去には戻れないから」要らないのだ、と機械は冷たく告げた。
 あの憎らしいテラズ・ナンバー・ファイブが、「成人検査」を施すコンピューターが。
(…ぼくは、忘れたくなかったのに…)
 忘れたいなどと願いはしないし、そうなるのだとも思わなかった。
 「子供時代」に別れを告げる日、それが「目覚めの日」だと信じて。
 地球に行けるにせよ、他の何処かへ送られるにせよ、進路が決まるというだけの日だと。
 両親には別れを告げたけれども、「いつか戻れる」と思い込んでいた。
 大人としての教育期間を無事に終えたら、故郷へと向かう宇宙船に乗って。
 アルテメシアへ飛ぶ客船のチケットを買って、エネルゲイアの宙港に降りて。
(その日まで、持っていたかったから…)
 ピーターパンの本だけを持って、後にした家。
 両親に貰った「大切な本」で、ネバーランドへの行き方が書かれた宝物。
 成人検査の日に、荷物は持って行けないけれども、「本くらいなら」と鞄に入れて。
 荷物が検査の邪魔になるなら、「何処かに置かせて貰えばいい」と考えて。
(…ピーターパンの本は、失くさなかったのに…)
 もっと大事なものを失くした。
 「捨てなさい」と命じた機械が、過去の「一切を」奪い去った。
 顔さえおぼろになった両親、まるで現実味が無い「故郷」の記憶。
 エネルゲイアの映像を見ても、「其処にいたシロエ」を思い出すことが出来ないから。
 立ち並ぶ高層ビル群の何処に、自分の家が在ったのかも。
(……成人検査が、あんなものだなんて……)
 誰も教えてくれなかったし、同級生たちも少しも疑問を抱いてはいない。
 「忘れてしまった」子供時代や、「忘れさせられてしまった」ことに。
 今の暮らしにすっかり馴染んで、マザー・イライザを「母」のように信頼したりもして。


 いったい誰が「成人検査」を考えたのか。
 子供時代と大人時代を、どうして「分けねばならない」のか。
 SD体制の要だとはいえ、まるで分からない、その「必要性」。
 「子供時代の記憶を持ったまま」では、何が「いけない」と言うのだろうか。
 子供が子供でいられる世界は、遠い昔に、「地球」に確かにあったのに。
 ピーターパンの本の中にも、それが書かれているというのに。
(……ずっと大人にならない子供は……)
 社会の役には立たないとしても、「悪い」わけでもないだろう。
 それが「良くない」ことであったら、「ピーターパン」は「好かれはしない」。
 ピーターパンの本もそうだし、その主人公の「ピーターパン」も。
 本は誰にも好まれないまま、とうの昔に消えていた筈。
 作者が本を出版して直ぐに、書店で少しも売れはしないで、「邪魔だ」と全て捨てられて。
 書いた作者も「すっかりと」懲りて、原稿を破り捨てただろう。
 そうならなくても、きっと原稿は「忘れ去られた」。
 出版された本と同じで、誰にも相手にされないままで。
 時の彼方にいつの間にか消えて、塵になって風に吹き散らされて。
 けれど、「そうなってはいない」。
 ピーターパンの本も、ピーターパンも、長い長い時の流れと共に旅して、今でも「在る」。
 故郷の父も、こう言っていた。
 「ピーターパンか。パパも昔、読んだな」と、今はもう「思い出せない」笑顔で。
(…この本が、悪くないのなら…)
 今も宇宙に「在っていい」なら、どうして機械は「子供時代」を消し去るのか。
 「子供が子供でいられる世界」が、存在してはならないのか。
 子供は誰でも、いつか「大人」になるものだけれど…。
(…ネバーランドに行けなかったら、大人になるしかないけれど…)
 「子供の続き」に「大人になる」のと、途中でプツリと「切れる」のは違う。
 子供時代の記憶を消されて、全てを「忘れ去る」のとは違う。
 ずっと昔は、子供の続きに「大人の世界」があったのに。
 そういった具合に「大人になる」なら、諦めようもあるというのに。


 いつしか自分が「忘れ去る」のと、無理やり「忘れさせられる」のは違う。
 自分が忘れてゆくのだったら、それは「自分には、もう要らない」から。
 昨日までは役に立ったことでも、今日からは違うということもある。
 エネルゲイアでは技術を主に学んだけれども、E-1077では「役に立たない」ように。
 機械いじりが得意であっても、メンバーズには「なれない」ように。
(…そんな風に、自分で選んでいって…)
 ある日、気付いたら「子供時代」は遠くに消えているかもしれない。
 成人検査などが無くても、自分で「勝手に」大人になって。
 子供の心を忘れてしまって、幼い子供を前にしたって、その子の気持ちが分からないほどに。
(きっと、昔は…)
 ピーターパンの本が「書かれた」頃には、そうだったろう。
 それよりも後の時代にしたって、子供は「子供時代の続きに」大人になっていったのだろう。
 「これは要らない」と、色々なことを忘れていって。
 大人の世界の決まり事だの、考え方だのに「染まっていって」。
(……今の時代も、そうだったなら……)
 きっと自分は「苦しんでいない」。
 故郷の星を遠く離れて、このステーションに「連れて来られて」いても。
 ピーターパンの本だけを持って、この部屋で一人きりの日々でも。
 機械が全てを「奪わなかったら」、心の中には「父」と「母」の顔があったろう。
 懐かしい故郷の風や光も、鮮やかに思い出せたのだろう。
 二度と帰ってゆけないとしても、両親には二度と会えなくても。
 此処を卒業する時が来ても、両親も、故郷も、「手が届かないもの」であっても。
(……全部、覚えていたんなら……)
 二度と戻れない日々であっても、きっと心の支えになった。
 辛い時には思い浮かべて、幸せだった頃に思いを馳せたりもして。
 それが出来たら、今よりもずっと、「セキ・レイ・シロエ」は頑張れたろう。
 機械を憎んでばかりいないで、「地球への道」を歩み続けて。
 そうする間に、故郷の記憶が薄れたとしても。…両親の顔を思い出す日が減っていっても。


(……その方が、ずっと……)
 合理的だし、人間的だと思うのに。
 「シロエ」は優秀な成績を収め続けて、苦しみのない日々を送っていたろうに。
 成人検査が「子供時代」を奪わなければ、「過去の記憶」を無理やりに消していなければ。
(…どうして、成人検査なんかが…)
 あると言うのか、それは「何のために」必要なのか。
 誰が考え、誰が機械に「そうするように」と、あのプログラムを組み込んだのか。
(……全ては、地球を蘇らせるためで……)
 SD体制も「そう」だと教わるけれども、いくら考えても「分からない」。
 成人検査が必要な「理由(わけ)」が、「子供」と「大人」を分けてしまう意味が。
 遠い昔は、子供の続きに「大人の世界」があったのに。
 永遠に大人にならない子供が、ピーターパンが生まれて来たほどに。
(…このシステムを作った奴らは……)
 どんな大人で、どんな考えを持っていたのか、誰が「彼らを育てた」のか。
 「きっと機械だ」と、有り得ないことを考えたくもなる。
 彼らが「子供の続き」に「大人になった」のであれば、こんな惨いことは出来ないから。
 彼らにも「親」がいたのだったら、成人検査を考え付くとは思えないから。
 けれど、そうでは「有り得ない」から、辛くなる。
 こんな時代を作った「大人」は、「子供の続きに」大人になれた者たちだから…。

 

         子供の続きに・了

※成人検査で「過去を消す」意味が、イマイチ分からないのがアニテラ。SD体制が緩すぎて。
 ピーターパンは禁書でも変じゃないのに、堂々とあるし…。シロエでなくても謎だらけ。









拍手[0回]

Copyright ©  -- 気まぐれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]