(……全て、プログラムだったと言うのなら…)
もしかしたら、とキースの脳裏を掠めた思い。
首都惑星ノアに与えられた個室、其処で一人きりで過ごす夜更けに。
側近のマツカはとうに下がらせ、冷めたコーヒーだけが残っているのだけれど。
それを傾け、「ゆりかご」のことを考えていたら、ふと気付いたこと。
フロア001、E-1077に在った、シークレットゾーン。
シロエに「行け」と言われていたのに、在学中には「辿り着けなかった」。
恐らくは、「来ていなかった」時期。
「キース」が其処に立ち入るためには、一定の期間が要ったのだろう。
何故なら、全ては「プログラムされたもの」だったから。
フロア001で見た、強化ガラスで出来た水槽。
その「ゆりかご」で育った「キース」の人生、水槽から出ても「育てられた」。
マザー・イライザの計算通りに、ありとあらゆる事象や「人」まで「用意されて」。
(…三十億もの塩基対を…)
無から合成して、繋いで、紡ぎ上げられたDNAという名の鎖。
そうして「作り上げた」キースを、「十四歳まで」水槽の中で「育てた」機械。
養父母や教師に「邪魔をされずに」、完璧な人間に成長するように。
その水槽から出した後にも、機械は同じに「教育した」。
入学して間もない頃に起こった、宇宙船の事故。
スウェナ・ダールトンも「巻き込まれた」それは、マザー・イライザが起こしたもの。
管制システムを乗っ取った上で、軍艦を許可なく発進させて。
民間人が乗っている船にぶつけて、乗員たちを「キースに救わせる」ために。
(私が救助に失敗したなら、誰一人として助からなくて…)
スウェナを乗せた船は、E-1077の区画ごと、パージされていただろう。
初期型の船に搭載されたエンジンは、セーフティーシステムが脆い。
事故を起こせば、反物質が漏れ出すことになるから。
区画ごと船をパージしないと、対消滅でE-1077までが「消える」結末。
そうならないよう、マザー・イライザは、乗員ごと船を「宇宙に」捨てたのだろう。
キースとサムが「乗員を全員救助した」後、空の船をパージしたのと同じに。
あの船に乗っていた、候補生たち。
彼らの命さえも「キースを育てる」ための材料、機械は何も迷いはしない。
そんな「事故」まで起こすほどだし、「キースを取り巻く友人」たちをも「選び出した」。
ミュウの長、ジョミー・マーキス・シンと「接触のあった人物」を二人。
アタラクシアで育った、サム・ヒューストンと、スウェナ・ダールトンを。
彼らと「キース」が「出会う」ようにと、E-1077の候補生にして。
(…それに、シロエだ……)
ミュウ因子を持った人間だから、と「選び出された」下級生。
マザー・システムに反抗的だったシロエも、「キースのために」と選ばれた者。
彼との出会いも、成績争いも、最後にシロエを「処分させた」ことも、全てプログラムの内。
(……シロエは、そのためだけに連れて来られて……)
暗い宇宙に散ったのだけれど、その「シロエのこと」が引っ掛かった。
キースが何処で作られたのか、「ゆりかご」の在り処を探り当てたのもシロエ。
そのこともやはり、マザー・イライザの計算で、「プログラム」だったのだろう。
シロエは答えを得たのだけれども、キースが「答え」に辿り着くには、早すぎた「時」。
E-1077を卒業するまでに、何度挑んでも、フロア001には「行けない」まま。
邪魔が入ったり、通路が封鎖されていたりもして。
(…そして、ようやく「時」が来たわけで…)
廃校になったE-1077で「知ることになった」、自分の生まれ。
シロエが「ゆりかご」と呼んでいた場所、水槽の中で「作られた」キース。
マザー・イライザの理想の子として、「地球の子」として。
他のサンプルとは違う「最高傑作」、そう位置付けられ、未来の指導者として。
(……私を作り上げるまでには……)
水槽の中で、大量の知識を流し込んでいたに違いない。
本来だったら、育英都市で「学ぶべきこと」や、他にも色々。
どんな人間よりも「優れた頭脳」を持った人間、それが「完璧に」仕上がるように。
他の誰にも負けない成績、まさしく「機械の申し子」として。
マザー・イライザが誇る子として、誰よりも「優れた」者になるよう。
そうやって「作り出された」キース。
E-1077始まって以来の秀才、そう称えられて当たり前。
機械が「完璧に」教育したなら、誰も「キース」に及びはしない。
どれほど優れた人間だろうと、「マザー・イライザの申し子」に勝てるわけもない。
(…しかし、シロエは……)
私に勝った、と今でも思い出せること。
自作のバイクに乗ったシロエが、得意そうに告げに来ていた「あの日」。
バイクの後ろに、ツインテールの少女を乗せて。
(…亜空間理論と、位相力学の成績は…)
「抜かせて頂きました」と、シロエは「事もなげに」言った。
それが最初で、シロエは「幾つ」塗り替えたことか。
E-1077始まって以来の秀才、キース・アニアンが取った成績を。
同じ講義や実習などで、シロエが「試験」を受ける度に。
(……機械が作った、私を抜くなど……)
どう考えても、「並みの人間」には不可能なこと。
いずれメンバーズに選抜される者であっても、「抜き去る」ことは困難だろう。
ただの一教科だけのことでも。
講義だろうが、実習だろうが、一つでも「抜く」のは難しい筈。
よほどツイていたか、「まぐれ」で抜ければ、きっと上等。
(なのに、シロエは…)
幾つもの科目で、「キース」を抜いた。
シロエが「同じ試験」を受ければ、当然のように、キースが立てた「記録」を抜き去って。
それをシロエが「やっていた」なら、シロエの頭脳は「恐るべきもの」。
「機械に作られた」わけでもないのに、「教育されてもいなかった」のに、優秀だった頭脳。
いったい、シロエの「実力」は、どのくらいあったのか。
「ミュウ因子」を持っていなかったならば、彼は「何処まで」行けたのか。
機械が作った「キース」に処分されることなく、教育を受け続けていったなら。
「キースの成績」を端から塗り替え、E-1077をトップで卒業して行ったなら。
(……国家騎士団総司令……)
今のキースが就いている地位、それはシロエのものだったろうか。
キースよりも「優れた頭脳」を持つなら、そうなっていても不思議ではない。
マザー・イライザが推したところで、「セキ・レイ・シロエ」の方が優れていたならば…。
(…グランド・マザーが選び出すのは、シロエの方になっただろうな…)
たとえシロエが、「システムに反抗的」であろうと。
SD体制を平気で批判し、辛辣な皮肉を吐いているのが常であろうと。
シロエの素行がどうであっても、「優秀であれば」、キースよりも「上」。
マザー・イライザが作った「理想の子」などは、きっとシロエの敵ではなかった。
同じ任務を任せたならば、シロエの方が優れた成果を上げるのだから。
メンバーズとしての戦いだろうが、後進を育て上げる立場の教官だろうが。
(…シロエは機械などに頼ることなく、育てられもせずに…)
「キース」以上の成績を取って、E-1077で「暮らしていた」。
彼の頭脳がどれほどだったか、今となっては、もう分からない。
グランド・マザーに問うたところで、きっと答えを得られはしない。
けれど、一つだけ確かなこと。
シロエが「キース」の成績を幾つも「抜き去った」ことは、事実で真実。
多分、シロエは「遥かに優秀」だったのだろう。
機械が作った「理想の子」よりも、「無から作られた指導者」よりも。
(……そのシロエが、ミュウ因子を持っていたのなら……)
ミュウというのは、人類よりも「優れた」人種になるのだろうか?
SD体制から生まれる異分子、不純物だと言われていても。
ミュウは「サイオンを持つ」ばかりではなくて、人類よりも優秀な種族なのかもしれない。
(……まさかな……)
「キースをも抜いた」シロエの頭脳は、例外だったと思いたい。
たまたま「シロエが持っていた」だけで、「ミュウ因子」とは、まるで無縁なのだと。
そうでなければ、人類はきっと「おしまい」だから。
ミュウが人類よりも優れているなら、彼らの存在は「進化の必然」。
いずれ人類はミュウに敗れて、ミュウの時代になるのが「宇宙の摂理」だから…。
優秀さの意味・了
※シロエが「抜いた」キースの成績。よく考えたら、「凄すぎる頭脳」の持ち主なわけで…。
「機械の申し子」に勝てたシロエは、ミュウ因子の保持者。ミュウの方が頭脳優秀なのかも。