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(……パパ、ママ……)
 もう顔さえも、はっきり思い出せやしない、とシロエが噛んだ唇。
 一日の講義が終わった後で、E-1077の個室で。
 エリートを育てる最高学府と、名高い此処。
 目覚めの日を控えた子供たちの憧れ、其処に自分は来られたけれど…。
(…その代わりに…)
 何もかも忘れて、失くしてしまった。
 育ててくれた両親も家も、懐かしい故郷の風や光も。
 成人検査で奪われた記憶。
 「捨てなさい」と、過去の記憶を消し去った機械。
 子供時代は消えてしまって、残ったものはピーターパンの本だけだった。
 たった一つだけ、故郷と「自分」を繋いでくれる宝物。
 残念なことに、「いつ貰ったか」は、どうしても思い出せないけれど。
 両親が贈ってくれた日のことは、何も覚えていないけれども。
(…それと同じで…)
 宝物の本をくれた両親、その二人の顔も、おぼろなもの。
 「こんな風だった」と記憶はあっても、正確には思い出せなくて。
(…まるで焼け焦げた写真みたいに…)
 あちこちが欠けた「両親の顔」。
 「パパの姿は、こんなのだった」と、大きな身体を覚えてはいても。
 キッチンに立つ母の姿を思い出せても、その顔までは出て来ない。
 どれほどに努力してみても。
 なんとかヒントを掴み取ろうと、懸命に記憶の糸を手繰っても。
(……マザー・イライザは、ママに似ていて……)
 最初は「ママなの?」と思ったほどだし、参考になるのは「それ」くらい。
 憎らしい機械の化身とはいえ、貴重な「マザー・イライザ」の姿。
 「あれがママだ」と、描きとめる日もあるほどだから。
 さほど上手いとは言えない腕でも、似顔絵を描いてみたりするから。
 「忘れてしまった」母の姿を描きたくて。
 これが母だと思える似姿、それを自分で描けたなら、と。


 そうして忘れまいとするのに、日ごとに薄れてゆく記憶。
 このステーションに来て間もない頃より、「欠けた部分」は大きくなった。
 E-1077に着いて直ぐなら、両親の顔は「ただ、ぼやけていた」だけだったのに。
 全体に靄がかかったかのように、定かではなかったというだけのこと。
 それが今では、焼け焦げた写真を見るかのよう。
 「パパの顔は…」と思い浮かべても、欠けた部分が幾つもあって。
 大好きだった母の顔さえ、幾つもの穴が開いていて。
(…パパとママだと、どっちが、ぼくに似てたんだろう…?)
 何の気なしに思ったこと。
 SD体制が敷かれた時代は、両親の血など、子供は継いではいないけれども。
 人工子宮から生まれた子供を、機械が養子縁組するだけ。
 養父母の資質や、子供の資質を考慮して。
 「この子は、此処だ」と送り届けたり、養父母の注文を聞いたりもして。
(…次の子供は、女の子がいいとか…)
 最初は男の子を育てたいとか、そういった希望も通るらしい。
 機械が許可を出した場合は、注文通りの子供が届く。
 目の色も髪も、肌の色までも、養父母が「欲しい」と思った通りの子が。
(…養父母になる人が、希望したなら…)
 絵に描いたような「親子」も出来る。
 遠い昔は、「息子は母親の顔立ちを継いで、娘は父親に似る」とも言われた。
 その時代を再現したかのように、母親そっくりの「息子」とか。
 父親と面差しの似た「娘」だとか、そういう例もあるだろう。
 養父母に連れられた子が歩いていたなら、「まあ、そっくり!」と皆が褒めるとか。
 「お父さんの顔に似てるわね」だとか、「お母さんに、なんて似てるのかしら」だとか。
 機械が子供を「配る」時代に、血縁などは有り得ないのに。
 本当の意味での「母親似の息子」や、「父親似の娘」は、いはしないのに。
 けれど、「両親」が揃っているなら、やはり「どちらか」には似るのだろう。
 「母親に似た息子」ではなくて、「父親そっくりの息子」でも。
 「父の面差しに似た娘」はいなくて、「母親に顔立ちが似た娘」でも。


 自分の場合は、いったい、どちらだったのか。
 「セキ・レイ・シロエ」は、母親似だったか、はたまた父に似ていたのか。
(…パパは、身体が大きかったから…)
 小柄な自分は、母親の方に似ていたろうか。
 「男の子は、母親に似る」という昔の言葉通りに、母の面差しを持っていたろうか。
 母の血を継いだわけではなくても、傍から見たなら「似ていた」とか。
 輪郭が母親そっくりだとか、目鼻立ちが似ているだとか。
(…パパの鼻とは似ていないよね…)
 まるで焼け焦げた写真みたいに、あちこちが欠けた記憶でも分かる。
 父の鼻は「自分と似てはいない」と。
 それよりは母の方なのだろうと、「ママの鼻の方が、ぼくに似てる」と照らし合わせて。
(…輪郭は、パパが太ってなければ…)
 あるいは父に似たのだろうか。
 父が太ってしまう前なら、「シロエのような」輪郭を持っていたかもしれない。
 髪の色だって、あんな風に白くなる前だったならば、黒かったろうか。
 母の髪の色は「黒」ではない。
 「黒い色の髪」を持った子供を、両親が希望したのなら…。
(…若かった頃のパパは、黒髪…)
 その可能性は充分にある。
 優しかった父なら、「自分に似た子」が欲しいと注文しそうだから。
 母にしたって、父の意見に大いに賛成しそうだから。
(鼻の形はママに似ていて、髪の色がパパで…)
 輪郭は、どちらか、よく分からない。
 あの父が「若くて痩せていた頃」の写真なんかは、知らないから。
 もしも見たことがあるにしたって、記憶は機械に消されたから。
(…肌の色は、パパもママも、おんなじ…)
 自分と同じ肌の色だし、其処は「本物の親子」のよう。
 これで目鼻立ちが「そっくり」だったら、「シロエ」は実の子にだって見える。
 「母親に似た息子」でなくても、「父親に似た息子」でも。


(…ぼくは、どっちに似てたんだろう…)
 今では記憶も定かではない、故郷で暮らしていた頃は。
 両親と何処かへ出掛けた時には、他の人の目には、どう映ったろうか。
 「ただの養子だ」と見られただけか、「親に似ている」と思われたのか。
 父親にしても、母親にしても、まるで血縁があるかのように。
(…そうだったなら…)
 きっと「自分の姿」の中に、両親のヒントもあるのだろう。
 鏡に向かって眺めていたなら、「これがママだ」と思える部分が見付かるとか。
 「パパそっくりだ」と懐かしくなる何か、それが自分の顔にあるとか。
(…口元なんかは…)
 表情によって変わるものだし、分かりやすいのは瞳だろうか。
 とても優しく微笑む時も、驚きで丸く見開かれた時も、瞳そのものは変わらない。
 「目の大きさ」は変わって見えても、「瞳の色」は。
 持って生まれた「目の色」だけは、どう頑張っても変えられはしない。
 色のついたレンズを、上から被せない限り。
 青い瞳でも黒く見せるとか、そういったカラーコンタクトレンズ。
(…養父母コースに行くような人は…)
 子供の前では、そんなレンズを嵌めて暮らしはしないだろう。
 父親はもちろん、「化粧をする」母親の方にしたって。
(……ぼくの目の色は……)
 パパとママと、どっちに似ていたのかな、と考える。
 血こそ繋がっていないけれども、「母親譲り」の瞳だったか。
 それとも父にそっくりだったか、どうなのだろう、と。
(…ぼくの瞳は、菫色で…)
 どちらかと言えば、個性的な色の部類に入る。
 ありふれた瞳の色ではないから、両親の瞳が菫色なら…。
(それだけで、立派に親に似ていて…)
 きっと自慢の息子だったよ、と考えた所で気が付いた。
 父の瞳も、母の瞳も、「色さえ、分からない」ことに。
 機械が奪ってしまった記憶は、両親の目元を「完全に消している」ことに。


(……そんなことって……)
 酷い、と改めて受けた衝撃。
 瞳の色が分からないこともショックだけれども、その目元。
 「人の顔立ち」は、目元に特徴が出るものなのに。
 写真で身元がバレないように細工するなら、目元を「消しておく」ものなのに。
(…パパやママの目の色も、分からないのなら…)
 目元を思い出せないのならば、どう頑張っても、顔立ちは「思い出せない」のだろう。
 「こんな風かも」と思いはしたって、決め手に欠けて。
 輪郭や鼻や髪の色なら、赤の他人でも「似る」ものだから。
 「似たような顔だ」と思える顔なら、この世に幾つもあるのだから。
(……テラズ・ナンバー・ファイブ……)
 あいつは其処まで計算してた…、とギリッと噛み締める奥歯。
 両親の「目元」を、真っ先に消して。
 まるで焼け焦げた写真みたいな両親の記憶、二人とも「目元」が見えないから。
(…ぼくの目の色は、パパに似てたか、ママに似てたか…)
 どちらにも似ていなかったのか。
 分からないのも悔しいけれども、「目元が分からない」のが辛い。
 目元を隠した写真だったら、赤の他人でも、父や母のように「見える」だろうから。
 機械は其処まで計算した上で、「シロエの記憶」を奪ったから…。

 

         両親の面差し・了

※シロエが思い出すことが出来ない、両親の顔。そういえば目元が欠けていたっけ、と。
 「目元を隠す」のは身バレ防止の定番なだけに、ソレだったかな、というお話。









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(……今のは……)
 ミュウか、とブルーが見開いた瞳。
 右の瞳は砕けてしまって、視界は半分だったけれども。
 禍々しく青い光が満ちた、メギドの制御室。
 母なる地球の青とは違った、人に破滅をもたらす光。
 いったい人類は何を思って、こんな兵器を作ったのか。
 元は惑星改造用にと作られたものを、破壊兵器に転用してまで。
 これを沈めに、此処まで来た。
 させまいと現れた「地球の男」を、道連れにする筈だった。
 この身に残ったサイオンを全て、かき集めて。
 自ら制御を外してしまって、暴走させるサイオン・バーストで。
 けれど、叶わなかった「それ」。
 地球の男は、目の前で消えた。
 「キース!」と、彼の名を叫んだ青年と共に。
 どう考えても「ミュウの力」で、瞬間移動で何処かへと飛んで。
(……何故、ミュウが……)
 人類の船に乗っているのか、キースを救いに駆け付けたのか。
 そういえば、シャングリラで耳にしたろうか。
 「思念波を持つ者が、人類の船でナスカに来た」と。
 「地球の男を救って逃げた」と、メギドの劫火が襲うよりも前に。
(…ならば、噂は…)
 噂ではなくて、「本当にあった」ことなのだろう。
 「地球の男」は「ミュウ」を連れていて、ミュウの力で命拾いをしたのだろう。
(……もし、そうならば……)
 ずっと遥かな先でいいから、「地球の男」の「考え方」が変わればいい。
 「人類とミュウは兄弟なのだ」と、「分かり合える」と。
 彼が考えを変えてくれたら、手を取り合える日も来るだろう。
 「地球の男」は、「ただのヒト」ではないのだから。
 フィシスと同じに無から作られ、人類を導く指導者になる存在だから。


 そんな日がいつか、来てくれればいい。
 自分は見届けられないけれども、人類とミュウが手を取り合う日が。
 もう「シャングリラ」という「箱舟」は要らず、踏みしめられる地面を得られる時が。
(……ジョミー……。みんなを頼む!)
 この身が此処で滅ぶ代わりに、メギドの炎は「持って逝く」から。
 「ソルジャー・ブルー」はいなくなっても、皆の命を遠い未来へ繋いで欲しい。
 ナスカで生まれた子たちはもちろん、前から船にいた者たちの命をも。
 青い地球まで無事に辿り着き、白い箱舟から降りられるよう。
 赤いナスカは砕けたけれども、地球で命を紡げるよう。
(……この目で、地球を見られなくても……)
 充分だった、という気がする。
 ミュウの未来を生きる子たちを、七人も見られたのだから。
 「地球の男」を救ったミュウには、「未来への希望」を貰ったから。
 それ以上のことを望むというのは、きっと贅沢に過ぎるのだろう。
 一番最初のミュウとして生まれ、実験動物として扱われた日々。
 生き地獄だった檻で生き延び、皆と宇宙へ旅立った。
 「ソルジャー・ブルー」と仲間たちから慕われ、三世紀以上もの歳月を生きた。
 焦がれ続けた青い地球には、行けなくても。
 肉眼で夢の星を見るのは、叶わなくても。
(……充分だ……)
 この人生に悔いなどは無い。
 ミュウの未来が、先へと続いてくれるなら。
 いつの日か、白い「ミュウの箱舟」が、役目を終えてくれるのならば。


 未来への夢と希望とを抱いて、終わった命。
 メギドが滅びる青い閃光、それと一緒に「消え去った」全て。
 気付けば、秋が訪れていた。
 「秋だ」と感じて、目覚めた意識。
 色づいた木々と、とても穏やかな公園と。
 頭上には青い空が広がり、木々の向こうには街並みも見える。
(……地球……?)
 此処は地球だ、と直ぐに分かった。
 どれほどの時が流れたのかは、まるで全く分からないけれど。
 それに「自分」が、「何故、目覚めたか」も。
 どうやら「自分」は「ヒト」の身ではなく、地面に根付いた「木」のようだから。
 他にも並んだ木々と同じに、色づいた葉たち。
 公園を彩る木たちに交じって、「今の自分」も植わっていた。
(…地球に来たのか…)
 ヒトでなくても「来られた」のか、と幸せな思いが満ちてゆく。
 青い地球まで来られたのなら、もう本当に満足だから。
 たとえ名も無い木であろうとも、自分は「地球にいる」のだから。


 そうして眺めた下の地面に、置かれたベンチ。
 其処に座った少年の顔に、ただ驚いた。
 「地球の男」が少年だったら、こういう顔になるのだろう。
 その少年は、静かに本を読んでいるけれど。
「何処、蹴ってんだよ!」
 そう声がして、飛んで来たボール。
 サッカーボールは少年の手から、読んでいた本を叩き落とした。
「ごめん! …本当にごめん…」
 駆けて来て本を拾った少年、彼の顔立ちは、あの「ジョミー」にしか見えなくて…。
(……ジョミー……?)
 それにキースが此処にいるのか、と見詰める間に、二人の瞳から溢れた涙。
 二人とも、思い出したのだろうか。
 かつて「ジョミー」と「キース」だった二人が生まれ変わって、この公園で出会ったろうか。
「…不思議だね。ぼくたち、遠い昔に友達だったのかもしれないな」
「敵同士だったのかも?」
「…でも、こうやって会うことが出来た」
 キースに似た少年が差し伸べた手を、ジョミーのような子は取らなかったのだけれど。
 サッカー仲間の子から呼ばれて、そちらへと走り出したのだけど。
「おーい! 君も一緒にやろうぜ!」
 ジョミーに似た子が、誘った「キースのような」少年。
「あ、ああ…!」
 誘われた少年は、本をベンチに置くなり、ただ真っ直ぐに駆け出した。
 たった今、出来たばかりの「友達」、その子とボールを蹴りにゆくために。
 本を読むより、その方がいい、と。


(……あの二人は、地球で……)
 もう一度、巡り会えたのだろう。
 人類とミュウとが和解した先の遠い未来か、ほんの一世紀ほど先の未来かで。
(…それならばいい…)
 ぼくが望んだ「未来」は訪れたのだから、と「キース」が置いた本を見下ろす。
(……ピーターパン……?)
 この本にも、意味があるのだろうか。
 此処でこうして立っていたなら、「ピーターパンの本」を知る子が来るのだろうか。
(……ぼくには、心当たりが無いが……)
 キースの側には、そういう「誰か」がいたかもしれない。
 もしかしたら、メギドで「キースを救った」ミュウの青年だっただろうか。
 それとも他にも誰かいたのか、其処までは分からないけれど…。
(…ぼくは此処から、見守ることしか出来なくても…)
 せっかく地球まで来られたのだから、皆が「出会う」のを見られたらいい。
 ベンチには座り切れないくらいに、「キース」や「ジョミー」の友が大勢、増えるのを。
 その顔の中に、「見知った誰か」が加わるのを。
(今は秋だから、冬になったら…)
 公園に集う人間たちの数は減っても、来年の春には「友達」が増えていたらいい。
 ピーターパンの本を好む子だとか、「自分」にも分かる顔の子だとか。
 「あれは、あの子だ」と気付く誰かが、加わったらいい。
 自分は「その輪」に入れなくても、「ジョミーたち」の上に心地よい陰を作ってやろう。
 暑い夏でも、強すぎる日差しを避けられるように。
 「この木の下が、一番いいね」と、皆の気に入りの場所になるよう。
 誰も気付いてくれなくても。
 「ブルーだ」と分かって貰えなくても、ちゃんと「自分」は此処で見ている。
 ミュウの箱舟が要らない世界で、「憩いの場」を作れる一本の木に姿を変えて。
 焦がれ続けた青い星の上で、夢に見ていた「ヒトの未来」が紡がれるのを…。

 

          青い星の上で・了

※あの17話の日から、ついに10周年という。早かったような、長かったような。
 転生キースとジョミーを扱ったのは初です、10周年の記念創作なら、コレだろう、と!









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「ちょいと、ハーレイ」
 マジなのかい、と若きブラウが呼び止めた相手は、若きハーレイ。
 まだアルタミラを脱出してから、それほど時が流れてはいない。船の行先も決まっていなくて、暗い宇宙を放浪の日々。船の名前だけは「シャングリラ」と改名したのだけれど。
 「理想郷」の名を持つ、元は人類のものだった船。その船の中で、最近、囁き交わされる噂。
「…何なんだ、ブラウ? 急にマジかと訊かれても…」
「アンタ、あの噂を知らないのかい? 火元はアンタだと思ったんだけどね」
 ブルーと仲良くしてるじゃないか、とハーレイを見上げるオッドアイの瞳。ハーレイは、ようやくピンと来た。ブルーに関する噂だったら、アレだろう、と。
「…ブルーの年か? 我々よりも遥かに年上だという話だったら、本当だぞ」
「ちょ、ちょっと…! 簡単に言わないでくれるかい? ブルーと言ったら…」
 この船で一番のチビじゃないか、とのブラウの指摘は間違っていない。アルタミラ脱出の時に、皆が目を瞠った最強のサイオン。ただ一人きりのタイプ・ブルーが「ブルー」。
 けれど、ブルーは「チビ」だった。成人検査を受けた時から、まるで成長していなくて。
 ハーレイでさえも、暫くの間は知らなかった。「年下なのだ」と思い込んだまま、親身になって世話をしていたほど。「小さいんだから、しっかり食べろ」と言い聞かせもして。
 ところが、ある日、その言い回しが、こうなった。「子供なんだから、しっかり食べろ」と、意識しないで、同じ意味のつもりで。
 するとブルーは、キョトンとして…。
(…子供じゃないよ、と答えたモンだから…)
 ハーレイの方も負けてはいなくて、「子供だろうが」とブルーを睨み付けた。「目覚めの日」の十四歳を迎えた子供は、大人の世界の入口に立つ。養父母の家を離れて、教育ステーションへと旅立って。其処で四年間、教育を受けて、ようやっと…。
(大人社会の仲間入りだし、その辺の所を、キッチリ言い聞かせないと、と…)
 ハーレイは、ブルーにこう言った。「目覚めの日を迎えた程度じゃ駄目だ」と、その後の教育期間を挙げて、「お前は、まだまだヒヨコなんだぞ」と厳しい顔で。
 なのに、ブルーは「子供じゃないから」と繰り返した上で、こう訊き返した。「ハーレイは、今は何歳なのさ?」と、小生意気に。
(でもって、俺が答えたら…)
 勝ち誇るかのように、「ぼくの勝ちだ」と笑ったブルー。「ぼくは君より、ずっと年上」と、自分が生まれた年号を「SD何年」とサラリと告げて。


 ブルーに限らず、この船の面子は「誕生日」などは覚えていない。成人検査と、その後に続いた過酷な人体実験の数々。それにすっかり記憶を奪われ、全部忘れ去って。
 それでも「覚えている」のが年齢、実験の副産物とも言えた。
 実験の度に、研究者たちが確認していたものだから。「被験者は、今は何歳のミュウか」と、生まれた年の年号と共に。
(…俺の場合も、そうだったわけで…)
 生まれた年の年号だけは「覚えていた」。今、何歳になるのかも。
 「チビのブルー」が答えた年号、それと「自分の生まれ年」とは、恐ろしいくらいに差があった。SD体制が始まるよりも前の時代だったら、「親子」どころか「孫と子」でも、充分、通りそうなほどに。
(本当なのか、と驚いたんだが、ブルーは「嘘じゃないよ」と言ったし…)
 会話していた場所は食堂。
 他にも仲間が食事していて、会話を耳にした者もいた。「お前、年上だったのか!?」と、ものの見事に引っくり返った「ハーレイの声」も。
 お蔭で噂が船に広まり、こうしてブラウが訊きに来た。「マジなのかい?」と、「信じられない」といった表情で。
「こんな所で、嘘をついても仕方ないだろう。…事実は事実だ」
「じゃ、じゃあ…。ブルーは不老不死ってことかい?」
 その年で、あんな姿だったら…、とブラウは愕然としたのだけれども、「不老不死」ではなかったブルー。
 皆が「シャングリラ」と名付けた船で旅をする内に、ブルーも育ち始めたから。
 明らかに「チビ」だった背が少しずつ伸びて、顔立ちの方も大人びて来て。
(よしよし、ちゃんと育っているな)
 ハーレイは大いに満足だった。「しっかり食べろ」と何度も言った甲斐があった、と「チビだったブルー」の成長ぶりに。
(…きっと、アルタミラにいた頃は…)
 栄養不足だったんだな、とも考えた。
 「ただ一人きりのタイプ・ブルー」は、他に「被験者がいない」だけあって、全ての実験を一人で背負うしかなかった筈。それでは、いくら栄養を与えられたって…。
(全部、防御に回してしまって…)
 成長のためのエネルギーには、回せなかったことだろう。まずは「生き延びる」ことが大切、成長してゆくことよりも。
 今は「シャングリラ」で暮らしているから、ブルーが摂った栄養分は、「育つ」方へと向けられたのに違いない。骨や筋肉をせっせと作って、立派に成長できるようにと。


 ハーレイの読みは当たっていたけれど、そうやって成長し始めたブルー。
 やがて、それは美しく気高い姿を手にしたものの、またまた「止まってしまった」成長。今度はブルーが「自分の意志で」止めていた。皆に「ソルジャー」と呼ばれる立場になったから。
(…ぼくが、みんなを守らないと…)
 シャングリラは沈むかもしれない。人類軍の船に見付かったりしたら、攻撃されて。
 名前こそ「シャングリラ」と変わったけれども、船そのものは「コンスティテューション号」だった頃のまま。改造するような余裕も無ければ、武装してさえいない船。
(…多分、今くらいが力の頂点だろうから…)
 これ以上、年を取っては駄目だ、とブルーは自分の年齢を「止めた」。
 ミュウは「精神の生き物」なのだし、そうすることは実に容易い。ただし、本人に「その気」が無ければ、人類と同じに老けてゆく。文字通り、馬齢を重ねるように。
 船の仲間は、誰一人として「其処に」気付いていなかったから…。
「…ちょいと、ハーレイ」
 ずっと昔と「まるで同じに」、ブラウが「呼び止めた」キャプテン・ハーレイ。
 今では、船の改造も済んで、皆の制服だってある。雲海の星、アルテメシアに潜んで、ミュウの子供の救出も始めているのだけれど…。
「なんだ、ブラウ? 航路設定なら、もう打ち合わせ済みだと思うが」
 昼の間に…、とハーレイが見詰める「ブラウ航海長」。船内は夜間シフトに入って、通路を歩く者も少ない。ハーレイもブラウも、ブリッジから引き揚げてゆく途中だった。
「…アンタ、ブルーをどう思う? そのぅ…。言いにくいんだけれどね…」
 ブラウが言葉を濁すものだから、ハーレイが眉間に寄せた皺。それは不快そうに。
「どう思う、だと? 俺がソルジャーに、恋愛感情を持つと思うのか!?」
 見損なったぞ、とハーレイは怒鳴ったけれども、ブラウは「そうじゃなくて…」と、慌てて両手を左右に振った。「違う、違う」と、懸命に。
「ずっと昔に訊いただろ? ブルーは不老不死じゃないのか、って…」
「そういえば…。それがどうかしたか?」
「今のブルーだよ、そのまんまじゃないか! 一人だけ若い姿のままで…」
 アンタも私も老けてるのにさ、とブラウが指差す自分の顔。「他の仲間も年を取った」と、特にゼルなどは「生え際がヤバい」くらいの姿になりつつある、と。
「……う、うぬう……。そうかもしれん……」
 確かにブルーだけが若いな、とハーレイも頷かざるを得なかった。今度は「栄養不足」などでは説明できない、ブルーの「若さ」。
「ほらね、アンタも変だと思っているんだろう。…理由を言わない所を見ると」
「いや、思い当たる節が全く無くて…。それに、気付いていなかった」
「呑気なもんだね、男ってのは。いいから、ブルーに訊きに行って来て欲しいんだけどね」
 若さの秘訣というヤツを…、とブラウはズズイと詰め寄った。「アンタだったら、聞き出せるだろう」と、「女心が分かるんならね!」などと。
 早い話が、ブラウは「女性」。一番の友達のエラも「女性」で、女性だからこそ気になる容色。今よりも老けずにいられるのならば、どんなことでもしたいもの。
 ゆえに、「不老不死」っぽく、若さを保つブルーの「秘密」を…。


(この俺に、訊きに行けってか…!?)
 なんでまた…、と思いはしても、ハーレイだって「気になる」生え際。ゼルと違って、まだ目に見えてはいないけれども、最近、増えて来た「抜け毛」。
(…オールバックで、生え際がイってしまったら…)
 どう誤魔化せばいいというのか、見当もつかない話ではある。第一、威厳たっぷりのキャプテンの制服、それに似合いのヘアスタイルをするとなったら…。
(…バーコードなどは論外なのだし、いっそスキンヘッドにした方が…)
 まだマシというものだろうか、と考えたことは、一度や二度で済んだりはしない。その「生え際の危機」を防げるのならば、ブルーに頭を下げてでも…。
(若さの秘訣を聞き出すのが、だ…)
 何かと「お得」というものだろう、とハーレイは足を青の間に向けた。思い立ったが吉日と言うし、訊くなら早い方がいい。こうする間にも、刻一刻と…。
(生え際の危機が進行中で、ブラウやエラは肌のハリだの、ツヤだのが…)
 衰えてゆくというのだからな、とハーレイが急いだ、青の間への通路。「失礼します」とドアをくぐって、緩やかなスロープを上がってゆくと…。
「どうしたんだい、こんな時間に?」
 何か急ぎの用だろうか、とブルーが赤い瞳を瞬かせた。まだ寝る時間ではなかったらしくて、ソルジャーの衣装を身に着けたままで。
「急ぎには違いないのですが…。船のことではなく、こう、つまらないことでして…」
「…それにしては、えらく真剣そうだけど?」
「は、はい…! 私にとっては生え際の危機で、ブラウとエラは肌の危機らしく…」
 実はこういうことでして…、とハーレイは「くだらない」質問をしながら、冷汗ダラダラ。なにしろ相手は「ソルジャー」だけに、「若さの秘訣」を訊いていいやら、悪いやら。
(…我々には、とても真似られないような方法だったら…)
 きっとブルーも「言いづらい」。
 タイプ・ブルーの「最強のサイオン」、それを使わないと「無理だ」というような、あまりにも惨いオチだったなら。
 けれど、ブルーは「もしかして、知らなかったのかい?」と目を真ん丸にして…。
「ただ「考える」だけだよ、ハーレイ。今の姿が、自分に一番ピッタリだとね」
 それだけで年を止められる筈だ、と返った答え。「どうして、誰もやらないのだろうと、ぼくは不思議に思っていたのに…」というオマケつきで。


(…考えるだけ…)
 ただ、それだけで良かったのか、とビックリ仰天のキャプテン・ハーレイ。
 もう早速にブラウの部屋に走って、「こうらしいぞ!」と報告した。ブラウは、その場でエラに連絡、「こうらしいよ!」と伝えた方法。
 ハーレイとブラウとエラの三人、彼らの「年」は「其処で止まった」。
 船の仲間にも「こうだ」と説いて回ってみたのに、信じなかった者の方が多くて…。
(…ソルジャーは、あまりにも年をお召しだから…)
 夜ごと、行灯の油を舐めているのだ、という噂が船を駆け巡った。遥かな昔の地球の島国、日本という場所にいた「猫又」。年老いた猫が化ける妖怪。
(…猫が行灯の油を舐めるようになったら、じきに尻尾が二つに分かれて、猫又に…)
 猫又になった猫は、人間の姿に化けもしたという。それと同じで、「ソルジャー・ブルー」も、年を経すぎて、それゆえに「若い姿」を保てるのだ、とシャングリラ中に流布する「ソルジャー、猫又説」。青の間のベッド周りの照明、それの光源が実は油で、「行灯だ」などと。
(…何処から、そういう話になるのだ…!)
 行灯の油を舐めているとか、ソルジャーは猫又でいらっしゃるとか…、とキャプテンは情けないキモチだけれども、ミュウも人間。
 「意志の力で年を止める」などという、「雲を掴むような」話よりかは、「猫又」の方が分かりやすい。「自分たちには無理な芸当で、ソルジャーだけだ」と考える方が。
(……好きにしやがれ!)
 後で後悔しても知らんぞ、とハーレイは思って、ブラウとエラは「自己責任だ」と言い捨てた。せっかく「若さを保つ秘訣」を説いているのに、まるで話を聞かないのだから。


 そういった具合で時は流れて、「ソルジャーは、夜な夜な、行灯の油を舐めている」と、誰もが信じている内に…。
「おい、ハーレイ。気になるんじゃが、お前も行灯の油を舐めておるのか?」
 ワシも行灯が欲しいんじゃが…、と「すっかり禿げてしまった」ゼルが、キャプテンの私室を訪ねて来た。「ヒルマンも欲しいと言っておってな」と、部屋の備品に「行灯、希望」で。
「………。この部屋に行灯があると思うのか?」
「見当たらんのう…。ソルジャーに頼んで、青の間で舐めればいいんじゃろうか…?」
「何故、気付かない! 老けていないのは、俺とブラウとエラなんだ!」
 その三人の共通点と、行灯の話をよく考えろ! と、ハーレイはゼルを詰りまくって、その次の日から、「若さの秘訣」が、ようやく皆に伝わった。「こうだったらしい」と、「ソルジャー、猫又説」の代わりに、マッハの速さで。
(…だが、時すでに遅し、と言った所か…)
 アルタミラ時代からの古参は、とっくに船じゃ「年寄り」なんだ、とキャプテン・ハーレイは嘆くしかない。若い世代との間の「年の差」、それがキッチリ外見に出ているのだから。
(……なまじ、ヒルマンが博識なだけに、猫又だの、行灯の油だのと…)
 そういった方向に流れたのだな、と今更ながらに深い溜息。「なんてことだ」と。
 かくして「長老」と呼ばれる四人とキャプテン、彼らの間にも「年の差」が出来た。ハーレイとブラウとエラの三人、彼らは「中年」。他の二人は「老人」の姿。
 元の年齢は、似たり寄ったりの五人だったのに。
 船で一番の老人のブルー、彼は今でも「若く、美しい」カリスマなのに…。

 

           若さの秘訣・了

※長老たちとブルーの外見の年の差。ハレブルの方では、きちんと理由があるんですけど…。
 ネタにするなら、こういう感じ。つか、「猫又」なんか、何処から降って来たネタ?









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(……このピアス……)
 やはり気になっていたようだな、とキースが思い浮かべる男。
 国家騎士団総司令に会いに、今日の昼間に執務室まで訪ねて来た者。
 今、パルテノンで審議されているらしい「キース・アニアン」のこと。
 元老になるよう要請するか、国家騎士団に留め置くかを。
(そのための下見というわけか…)
 執務室までやって来たのは、元老の一人ではなかったけれど。
 元老の中の誰かの部下か、あるいはパルテノン直属の職員なのか。
(いずれにしても、品定めだ)
 「キース・アニアン」が「どういう男」か、それを調べにやって来た者。
 表立っては言わなかったものの、言葉の端々に滲み出ていた。
 政治に対する考え方だの、国家騎士団総司令としての心構えだのを訊かれたから。
 「どうお考えになりますか?」などと、インタビューでもするかのように。
 彼が「持ち帰った」情報を元に、改めて審議されるのか。
 それとも「答え」はとうに出ていて、イエスかノーかが決まるだけなのか。
(私は、どちらでもかまわないがな…)
 国家騎士団総司令だろうが、パルテノンに入ることになろうが。
 「人類を導く者」としてなら、いずれ間違いなくトップに立つ。
 どんな形で就任するかは、グランド・マザー次第だけれど。
(腑抜けたパルテノンの元老どもが、私を認めないのなら…)
 クーデターでも起こすことになるのかもしれない。
 ある日、突然、グランド・マザー直々の指令を受けて。
 「お前がトップに立たねばならぬ」と、紫の瞳がゆっくり瞬きをして。
 そうなった時は、即座に行動を起こす。
 直属の部下を密かに動かし、元老どもを袋の鼠にするくらいのことは実に容易い。
 彼らが翌日の朝日を見られないよう、永遠の眠りに就かせることも。
(…殺すよりかは、心理探査が似合いだろうがな)
 精神崩壊を起こすレベルで、容赦なく。
 「レベル10だ」と、眉も動かさずに部下に命じて。


 いつか就く筈の「国家主席」と呼ばれる地位。
 SD体制始まって以来、就任した者は数えるほど。
 今も空位で、「キース・アニアン」が着任するまで、誰も就かないことだろう。
 「キース」は、そのように作られたから。
 人類の指導者となるためだけに、機械が無から作った生命。
(そんなことなど、誰一人、知りはしないのだがな…)
 研究者たちは、皆、殺された。
 グランド・マザーの命令だったか、マザー・イライザが指示を下したか。
 「キース・アニアン」が完成した後、彼らは「生きて」戻れなかった。
 E-1077という所から。
 強化ガラスの水槽が並ぶ、フロア001が「在った」教育ステーションから。
 命じられた「仕事」をやり遂げた「彼ら」を待っていたのは、口封じの「処分」。
 「これで帰れる」と思っただろうに、事故に遭遇した宇宙船。
 研究者たちは、一人残らず宇宙に散った。
 彼らよりも後に「秘密を知った」シロエが、そうなったように。
 シロエの場合は、宇宙船の事故ではなかったけれど。
(…研究者どもと、それにシロエと…)
 誰もが死んでしまった以上は、もはや知る者さえ無い秘密。
 E-1077を処分したからには、フロア001も「無い」から。
(そこまでして、私を作った以上は…)
 元老たちを殲滅してでも、「キース」はトップに立たねばならない。
 そうでなければ、「キース」が生まれた意味さえも無いし、人類の指導者は生まれないまま。
 パルテノンの者たちは、そうと気付いていないけれども。
 「出る杭は打たねばならない」とばかりに、暗殺計画を立てもするけれど。
(しかし、そろそろ限界らしいな)
 今日の昼間にやって来た男、彼の来訪の目的から見て。
 「キース・アニアン」を調べに来たなら、「その日」は、さほど遠くはない。
 元老として迎え入れられるにしても、拒絶されてクーデターを起こすにしても。
 近い間に、「キース・アニアン」は、パルテノンにいることだろう。
 ただ一人きりの元老としてか、新参者になるかは分からないけれど。


(…今日と同じに、皆が私を見るのだろうな…)
 他の席にも、元老が座っていたならば。
 クーデターを起こしての着任ではなく、正式に元老の一人に就任したならば。
 きっと彼らは、「キース」を見る。
 遠慮会釈がある筈もなくて、「初の軍人出身の元老」となった異色の者を。
 「あれがそうか」と、「冷徹無比な破壊兵器と訊いているが」と、浴びるだろう視線。
 そして「彼ら」の好奇の瞳は、「キースの耳」へと向けられる。
 今日の男がそうだったように。
 話の合間に、チラリチラリと「見ていた」ように。
(…ピアスをしている軍人などは…)
 いないからな、と百も千も承知。
 女性の軍人も多いけれども、彼女たちでさえ「つけてはいない」。
 上級士官になった場合は、「女性だから」と許されることもあるものの…。
(装身具の類は、軍紀で禁止になっているのが常識で…)
 特別に申請しない限りは、下りない許可。
 ピアスだろうが、指輪だろうが、ブレスレットやネックレスだろうが。
 認識票さえ、表立っては「つけない」もの。
 けれども「キース」が「つけている」ピアス、それは何処でも人目を引く。
 軍の中でも、休暇で任務を離れた時も。
(男がピアスをつけているなど…)
 普通の職業では、まず有り得ない。
 注目を浴びる「スター」だったら、身を飾ることもあるけれど。
 ピアスやブレスレットや、ネックレスなどで派手に飾りもするのだけれど。
(一般社会で働く者なら、せいぜい結婚指輪くらいで…)
 男のピアスは「珍しい」もの。
 まして軍人がつけているなど、誰の目で見ても「奇妙なこと」。
(元老の一人に選ばれたとしても…)
 やはり同じで、「あれを見たか?」と皆が囁き交わすのだろう。
 何処へ行っても、耳のピアスに視線を向けて。
 「どうしてピアスをつけているのか」と、「まるで女のようではないか」と。


 国家騎士団の中にいてさえ、目立ったピアス。
 身につけて直ぐに昇進したから、さほど話題にならなかっただけ。
(二階級特進で、上級大佐になったのではな…)
 それまでの「少佐」とは格が違うし、誰も無遠慮に眺めはしない。
 上級大佐よりも上の階級、それに属する者は少ない。
 そういった「上の階級の者」も、「キース」の任務と働きぶりは知っている。
 グランド・マザーが直接、指名するほどだと。
 下手に「キース」に口出ししたなら、自分の首が危ういのだと。
(…露骨に見る者は無かったが…)
 きっと今でも、ピアスが気になる「軍人」は多いことだろう。
 教官時代に教えたセルジュや、パスカルといった直属の部下も、その内に数えられるだろう。
 彼らでさえも、「知らない」から。
 「人の心を読む化け物」の、マツカでさえも「気付いてはいない」。
 どうしてピアスをつけているのか、「何で出来ている」ピアスなのか。
 あれほど何度も、「サム」の見舞いに足を運んでいるというのに。
(…ピアスを作ってくれた医者には、口止めをしてあるからな…)
 サムの赤い血で出来ているピアス。
 「そういうピアスを作って欲しい」と頼んだ医師には、口止めと、充分すぎる謝礼と。
 今ではサムの主治医の「彼」は、生涯、誰にも喋りはしない。
 SD体制がミュウに倒され、「キース」が死んだら別だけれども。
 その状況で、「彼」が生き残っていたら、だけれど。
(…そうなった時は、ジョミー・マーキス・シンが知るのか…)
 ジルベスター・セブンで対峙した時、彼が「見抜けなかった」こと。
 どうして「キース」が「あそこに行ったか」、耳のピアスは「何だったのか」。
(ミュウの長でも、私の心は読めないからな…)
 ソルジャー・ブルーの方であったら、読まれていたかもしれないけれど。
 「友人の仇を取りに来たのか」と、一瞬の内に。
(しかし、あいつも読み取らなくて…)
 ピアスの正体は知られないままで、ついに此処まで来てしまった。
 誰に話す気も持たないだけに、「ただのピアスだ」と思われたままで。


 クーデターを起こしてトップになっても、元老として迎えられても、話しはしない。
 耳のピアスは何のためなのか、何で出来ているピアスなのかは。
(…サムとの友情の証だなどと…)
 言おうものなら、きっと足元を掬われる。
 「キース・アニアン」にも、「人情」があると知られたら。
 友の見舞いに通っているのは、パフォーマンスではないと知れたなら。
(…私の口からは、きっと一生…)
 話さないから、永遠に誰も「知ることはない」ままだろう。
 サムの赤い血で出来たピアスを、「キース」がつけていたことは。
 ミュウに敗れて、「ジョミー」が知る日が来ない限りは。
(…それも悪くはないのだがな…)
 一人くらい知ってくれていても、という気もするのは、恐らく「ヒト」だからだろう。
 無から作られた生命とはいえ、友がいて、「情もある」のだから。
 冷徹無比な破壊兵器でも、「キース」も「ヒト」には違いないから…。

 

          話さない秘密・了

※キースがピアスをつけている理由は、誰一人、知ってはいないわけで…。その材料も。
 とんでもない噂になった話はネタ系で書いてしまいましたけど、こっちはシリアス。









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(……厄介な……)
 既に混乱し切っているな、と顔を顰めたキース・アニアン。国家騎士団総司令。
 一日の執務を終えた後の時間、自室で向かったパソコンの画面。これが二十一世紀辺りの地球であったら、そのモニターに映っているのは、フェイスブックとでも言っただろうか。
 首都惑星のノアはもちろん、全宇宙規模で広がるネットワーク。かつてはマザー・ネットワークだけが仕切っていたのに、今はそうではなくなった。
(発言の自由まで、セットものか…)
 自由アルテメシア放送とは、よくも名付けた、と昔馴染みながら忌々しい。E-1077で共に学んだスウェナ・ダールトン、彼女が立ち上げた放送局の名前。
(最初の頃には、電波ジャック程度に思っていたが…)
 ヤバイ橋を渡りまくった挙句に、今やミュウの側についているのがスウェナ。
 ミュウの母船が最初に向かったアルテメシアに、単身、乗り込んで行った辺りで立っていたフラグ。幼馴染だったミュウの長、ジョミー・マーキス・シンと、どんな話がついたやら…。
(…ミュウが制圧した惑星では、自由アルテメシア放送が通信システムを握っていて…)
 いわゆるテレビなどの類はもちろん、その他の通信網まで掌握したから、それが問題。
 誰もが気軽に眺めるフェイスブックなどまで、今ではミュウが入り込む始末。まだ人類の支配下にある惑星だったら、異分子のミュウが「フェイスブックをやる」ことなど、有り得ないというのに…。
(どいつも、こいつも…)
 プロフィールがモロにミュウではないか、と苦々しいキモチ。
 表示されている楽しげな写真、それは「人類の写真」であるべきなのに、ミュウが山ほど。フェイスブックからして「このザマ」だから、もうあちこちのレストランとかの口コミなどまで、気付けば「ミュウが入り込んでいた」。
 最初に陥落したアルテメシアは当然のことで、他の惑星でも幅を利かせるミュウたち。
(…実に腹が立つ…!)
 堂々と人権を持ちやがって、と殴り付ける机。
 ミュウが「情報を発信する」など、あんまりと言えば、あんまりな世界。
 ひと昔前なら、マザー・システムを批判しただけでブラックリストで、処分されても仕方なかった。シロエの場合は「ミュウ因子を持っていた」のだけれど…。
(あいつが、本物のミュウでなくても…)
 充分、ロックオンだっただろう。要注意人物で、場合によっては処分もやむなし、と。


 ところがどっこい、時代は変わった。
 今やネットに溢れまくるのが「ミュウたちの声」で、こうして国家騎士団総司令部からアクセスしたって、フェイスブックにミュウが山ほど。
(…おまけに実名登録だからな…)
 あの忌々しいモビー・ディックに「乗っている」輩までもが、「やっている」始末。
 流石に「ジョミー・マーキス・シン」は混ざっていないけれども、ブリッジクルーを名乗る者やら、迎撃セクション勤務の者まで、人類に混ざってフェイスブック。
 もう本当に腹が立つわけで、彼らの名など見たくもない。他の惑星にいる「元は人類だった」ミュウやら、研究所などから解放されて、人生を謳歌するミュウの名前も。
(いったい、何人いるというのだ…!)
 この宇宙でフェイスブックをやっているミュウは…、と検索してみて、ゾッとした。とんでもない数のミュウのプロフィールがヒットしたから、たまらない。
(……此処までなのか……!)
 一割、いや二割くらいはミュウだろうか、という勢い。
 それだけのミュウが何処から湧いたか、考えるだけでも恐ろしい。フェイスブックをやっていないミュウの数も考えたら、人類はヤバイかもしれない。
(…いや待て、人類もまだまだ捨てたものでは…)
 勝機はある、と対サイオンの戦法なんかを確認しながら、ふと戯れに「マツカ」というミュウを探してみた。本物のマツカはフェイスブックをしないけれども、「同名のが、いるかも」と。
(ほほう…)
 やはりいたか、と見付けた「マツカ」。姓が「マツカ」だから、男性ばかりか、女性もいる。顔はマツカに似ていないけれど、ミュウだと思えば「ミュウの顔か」という気もする。
(…マツカという名の、人類の方は…?)
 そちらはどうだ、と検索したら、ミュウよりは遥かに多かった数。ホッと一息、人類にもまだ救いはある。同じ「マツカ」の数で言うなら、人類の方が多いのだから。
(他の名前も、まあ似たようなものだろう)
 セルジュはどうだ、とブチ込んでみると、ミュウにも、人類にも「いた」セルジュ。こっちは名前で調べただけに、ドカンと数が多かった。
 セルジュ・バトゥールだとか、セルジュ・テイラーだとか。


(…なるほどな…)
 スタージョンで絞ればどうなるだろう、とキースが追加した「苗字」の方。するとガッツリ引っ掛かったわけで、「まさか、セルジュが!?」と慌てたけれど。
 フェイスブックは軍紀で禁止だというのに、「やっていたのか!?」とビビったけども…。
(……別人か……)
 同姓同名の一般人か、と納得の結果。
 宇宙全体では「何人もいた」セルジュ・スタージョンは、軒並み、全て別人だった。国家騎士団に所属している、セルジュ・スタージョン大尉とは。
(…すると、マツカも…?)
 宇宙には「ジョナ・マツカ」も何人もいるのだろうか、と戯れに打ち込んでみると、これまた複数ヒットした。オシャレなことに、ミュウの側にいる「マツカ」まで。
(……うーむ……)
 あのマツカとは別人なのだが、と見入ってしまう「ミュウの」ジョナ・マツカ。まさかミュウにも同名の者がいるなんて、と皮肉に過ぎる現実に。
(…こうなるとだな…)
 きっとパスカルも、グレイブなんかもいるのだろうな、と端から打ち込み、「もれなく」存在することを知って、零れる溜息。
 人類にも、ミュウにも、パスカルもグレイブも「いる」ものだから。「グレイブ・マードック」という名の、ミュウまで存在しているから。
(…………)
 この有様では、きっと「キース」も間違いなくいる。
 今の今まで「オンリーワン」だと思い込んでいた、「キース・アニアン」という人間だって。
(…たまたま、同じ名前のメンバーズがいなかったというだけで…)
 一般人なら、「キース・アニアン」の名を持つ者もいるだろう。見た目は似ても似つかなくても、中身もすっかり別人でも。
(それこそ、フェイスブックにだな…)
 もう思いっ切り「おバカな」写真をアップしている「キース・アニアン」、そんな輩も。
 「こいつが、私と同じ名前か!?」と泣きたくなるほど、情けないようなスカタンな「キース」。絶対にいるに違いないから、ちょっぴり指が震えてしまう。
 「この先は禁断の扉なのでは」と、「調べたら、後悔するのは」などと考えたりして。


 けれど、キースも「人間」ではある。
 機械が無から作ったものでも、三十億もの塩基対を合成した上、DNAという鎖を紡いで「ヒト」に仕上げた存在でも。
 ゆえに「好奇心」だって持っているから、止められなかった「自分の指」。
 パソコンのキーをカタカタ叩いて、「キース・アニアン」という名を打ち込むのを。「私と同姓同名の者は、宇宙に何人いるというのだ?」と、検索させる指示を出すのを。
 宇宙に広がるマザー・ネットワークと、全宇宙帯域でさえ力を発揮する「自由アルテメシア放送」の方と、両方が答えて来たのだけれど…。
(なんだって…!?)
 いないのか、と驚かされた検索結果。「キース・アニアン」という人間はゼロ。人類はもちろん、ミュウの方にも「キース・アニアン」は「いなかった」。
 本当に、ただの一人でさえも。人類にも、化け物のミュウどもの世界にだって。
(……これはまた……)
 私の名前は珍名なのか、と「この年になって」初めて知った現実。
 遠い昔の地球の「日本」、其処でだったら、とても困ったことだろう。出先で「ハンコを忘れた」と気付いて、慌てて店に駆け込んでも、目的のブツが手に入らなくて。
 出来合いのハンコ、いわゆるシャチハタ。それが「まるで売られていない」パターン。観光名所などで土産に売られる、ご当地名物の「竹のハンコ」とかも。
(…そうだったのか…)
 その「日本」に生まれなくて良かった、と撫で下ろした胸。
 メンバーズならぬ、「できるサラリーマン」、そういうキースは「ハンコを忘れはしない」けれども、万一ということはある。
(社運がかかった取引の席に、ハンコを忘れて行くというのも…)
 絶対に「無い」とは言い切れないから、「今で良かった」と、つくづく思うキースは知らない。そんな席では「シャチハタは使えない」ことを。なにしろ時代が違いすぎて。
(……日本に生まれなくて良かった……)
 宇宙規模でも「無い」珍名なら、日本のような小さな国では、完璧にアウトだったろう。自分の他には誰一人いない「珍名」なんぞは、シャチハタも無い。
 今の時代でさえ、「いない」のだから。…日本とは、桁違いの数の人間がいても。


(…レアものの名前だったのだな…)
 そして私はオンリーワンか、と視点を変えれば気分がいい。
 この広大な宇宙に「キース・アニアン」は一人、きっと「世界で一つだけの花」。シャチハタな日本の古いヒット曲に、そういう曲があったらしいけれども、そのものズバリ。
(今の時代でさえ、オンリーワンだ…!)
 キース・アニアンは一人だけだ、と誇らしい。他には一人もいないのだから。
 「セルジュ・スタージョン」やら、「ジョナ・マツカ」やらは、宇宙に何人も転がっている。他の部下たちも、「グレイブ・マードック」も、同姓同名が何人も。
 それなのに、いない「キース・アニアン」。
 なんと素晴らしい名前だろうか、とマザー・イライザに感謝したくなる。
(理想の子だ、と言っていただけはあって…)
 名前まで「誰とも被らない」ものを寄越したのか、と悦に入っていて、ふと気が付いた。
 遠い昔の日本だったら、シャチハタも無い、という知識は「機械が教え込んだ」もの。理想の指導者は膨大な知識を持つべきだ、と水槽の中で流し込まれたものだけれども…。
(…そのシャチハタが、無かった者たちは…)
 珍名だけあって、「その一族」しか持っていない苗字、そんな人間たちだった。婚姻などで少し増えたりしても、広がらなかった「珍しい姓」。
 けれども、「キース・アニアン」の場合は、どうだろう。
(…キースは、普通にいるのではないか?)
 特に珍しいとも思えんが…、とキーボードを叩いて検索させたら、膨大な数の「キース」が出て来た。それこそ人類も、ミュウも、山ほど。
(だったら、アニアンが珍しいのか…?)
 あまり聞かないが…、とブチ込んでみると、こちらも「相当な数」がヒットした。人類にも、ミュウにも「アニアン」は「いる」。
(……珍しい姓では、なかったのか……)
 そうなってくると、「キース・アニアン」という「組み合わせ」の結果がレアなのだろう。
 「アニアン」の姓を持っている者たち。彼らが養父母になって、息子に「キース」と名付けなかったら、「キース・アニアン」は誕生しない。
(しかしだな…)
 そんなことなど、あるのだろうか、と不可解ではある。誰一人「思い付かない」なんて。


 実に不思議だ、とキースは思って、「オンリーワン」の誇りも何処へやら。
 「もしや、マザーが関与したのでは」と心配になって。
(……キース・アニアンという名前自体が、もう本当にオンリーワンではあるまいな…?)
 これが「禁じられた組み合わせ」でないなら、他の時代にも「いる」だろう。
 「キース・アニアン」という名の人間が。
 激しく馬鹿でも、犯罪者でも、この際、なんでもいいから「出会いたい」。
 そう考えて叩くキーボード。「今の時代にいないのだったら、過去のキースを」と。
(おおっ…!?)
 けっこうな数がいるではないか、と検索結果に覚えた感動。
 ところが、大勢の「キース・アニアン」のデータ、それは残らずSD体制以前のもの。名も無い一般人の「キース・アニアン」もいれば、軍人も学者もいるけれど…。
(……SD体制が始まってからの、六百年近く……)
 キース・アニアンは「一人もいなかった」。
 つまりは「封印された名前」で、いつか「理想の子」が完成した時に名付けるべく…。
(…お蔵入りだったというわけか…!)
 そんな「オンリーワン」は要らん、とキースは頭を抱える。
 これでは「名前まで呪われた」ようなものだから。
 無から生まれただけでもショックで、「あんまりだろう」と思いもしたのに、名前まで「ソレ」を証明するモノ。
(もうちょっと、普通の名前でいい…!)
 せめてシャチハタ…、とキースの苦悩は尽きない。
 もはやリーチに思える人類、それを導くために「作り出された」自分自身が気の毒すぎて。
 生まればかりか、その名前までが「オンリーワン」なんて、もはや退路も無さそうな感じ。
 もっと普通の名前だったら、「他人です」とも言えたのに。
 「同姓同名の別人なんです」と逃げも打てたというのに、どうやら自分は無理っぽい。
 オンリーワンの生まれに名前で、もう最後までオンリーワンな人生だから…。

 

          レアすぎる名前・了

※いや、「キース・アニアン」って名前は、誰が付けたのかと思ったわけで…。
 理想の指導者に名付けるんなら、きっと普通じゃないだろう、というお話。レアものです。









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