「ブルー。…もうすぐ十周年だそうです」
ジョミーに言われて、ブルーは「はて?」と首を傾げた。
いきなり「十周年」だなどと言われても困る。何が十年経つというのか、サッパリ謎なものだから。
(…シャングリラは十年どころではないし、結婚した仲間も特にいないし…)
第一、死んでいるんだから、というのがブルーの脳内。
見た目は全く変わらなくても、ブルーもジョミーも「死んでいた」。とっくの昔に、髪の一筋さえも残さず、サックリと。
まるで見当がつかないからして、目の前のジョミーに訊くことにした。
「何が十周年なんだい? 記念日を思い付かないんだが…」
「あなたはそうかもしれませんねえ、一足お先に死んでいるだけに…」
ナスカ崩壊の記念日だったら、七月に終わりましたから、と答えたジョミー。それでブルーにも合点がいった。ジョミーが言うのは、自分たちの記念日のようであっても…。
(…下界でアニメになった、ぼくたち…)
その生き様が放映された日付のことか、と理解した次第。
ブルーもジョミーも、元々は『地球へ…』という漫画の世界の住人だった。其処で色々悩んで暮らして、散っていったのが遥か昔のこと。
(連載開始からだと、とっくに四十年で…)
漫画が評判を呼んだお蔭で、アニメ映画になってからでも三十七年経つ勘定。
ところがどっこい、映画の評判は散々だった。やたらガタイのいい登場人物、ブルー自身も「米俵を担げそうなほど」と評されたくらい。
(ジョミーなんかは、カリナと結婚したオチで…)
実の息子がトォニィとあって、大勢のファンがキレたという。
なまじポスターが麗しかっただけに、騙された人も多かった。漫画の原作者が描いたブルーの姿に惹かれて、「こんな綺麗な人が出るなら…」と映画館に入ってガッカリなクチ。
(……黒歴史とまで言われたくらいで……)
その反省をしっかり踏まえて、テレビアニメ版が製作された。かつて原作に惚れ込んだ人々、彼らが立派に成長して。
(そうか、あれから十年経つのか…)
忘れていたな、と一人頷くブルーに、ジョミーは続けた。
「あのですね…。十周年の節目ですから、同窓会なんかはどうだろうかと…」
「同窓会?」
「そういう話が出てるんです。ミュウも人類も、関係なしの無礼講で」
賑やかに飲んで騒ぎませんか、という提案。
とうに死んでいる面々だけれど、極めて呑気に暮らしている。天国と呼ぶには、かなり俗っぽい居酒屋なんかもある世界で。
「ああ、なるほど…。そういうのもいいかもしれないね」
「そうでしょう? 出席者の姿は指定しない、ということで…」
「姿?」
「外見の年齢のことですよ。キースなんかは老けましたから…。無残なほどに」
ぼくは青年でしたけどね、と「ドヤァ!」と胸を張るジョミー。
キースとジョミーは同い年だけれど、ミュウと人類の間の溝は深かった。テレビアニメが最終回を迎える頃には、顎にくっきり皺があったキース。
(……あの姿では来たくないかも……)
ぼくがキースなら嫌だろうな、とブルーにも分かる。生きていた間、若さを保って三世紀以上だったのが自分。年相応に老いた姿は想像できない。
(ゼルやヒルマンのようなのは、別で…)
あの辺りは単なる趣味だから、と「老けた理由」は知っていた。中年だったハーレイも同じで、「男の良さは皺に滲み出る」とかが生前の口癖。
けれど、人類の場合は違う。ミュウと違って止められない年、嫌でも老けてゆくわけだから…。
(キースも出来れば、若い姿でいたかっただろうし…)
現に今だって若い姿でウロついている、と承知している。天国に来れば外見は好きに出来るし、ナスカで出会った頃の若さがお気に入りらしい。
(同窓会だから、最終回の姿で来いと言ったら…)
なんだかんだと理由をつけて、キースは欠席になりそうだった。その辺もあって、姿の指定をしない形にするのだろう。
ブルーは「それでいいと思う」と答えて、同窓会の開催が無事に決まった。下界での十周年に合わせて、九月二十二日に集まろう、と。
そして訪れた同窓会の日。
ミュウも人類も、もうワイワイと賑やかに居酒屋に集まった。予想通りに若作りのキースや、キースに合わせて青年なサムや、その他もろもろ。
乾杯の音頭はブルーが取ることになって、グラスを手にして…。
「アニテラ放映終了から、今日で十周年になる。皆で集まれたことを祝して、乾杯!」
「「「かんぱーい!!!」」」
カチン、カチンとグラスが触れ合い、じきに酒宴が始まった。飲み食べ放題で無礼講だけに、それは盛り上がっているのだけれど…。
「……考えてみれば、盛り上がっているのは我々だけだな」
キースがボソリと呟いた。ナスカ時代な若作りの顔で、服装だけは国家主席の格好で。
「どういう意味だい?」
隣で飲んでいたブルーの言葉に、キースは床を指差した。
「下界だ、下界。…今日で十周年だというのに、誰一人として祝っていない」
「あー…。でもまあ、記念創作は幾つかあるだろう?」
オンリーイベントも近いと聞くし…、とブルーは返したけれども、それが精一杯だった。
放映当時の熱狂ぶりが嘘だったように、今や静まり返っている下界。十周年の記念日だって、何人が覚えているか怪しい。
「祝うどころか、違うアニメに走っていますよ。…多分」
今だと『ユーリ』じゃないですか、とジョミーが挙げた人気のアニメ。多くのアニメファンが流れた作品、かつて大人気だった『進撃の巨人』も『ユーリ』に敗れたほどだという。
「うーん…。忘れ去られるのも無理はないけどね…」
十年は流石に長すぎた…、とブルーも認めざるを得ない現実。
天国では十年一日だけれど、下界は時間の流れが違う。十年もあれば、幼稚園児が小学校を卒業できる。中学生なら、大学まで出て社会人。
忘れられても仕方ないから、此処にいる面子で盛り上がるしかないだろう。昔のことは水に流して、何度も「乾杯!」とやらかしながら。
そうやってドンチャン騒ぐ間に、色々なネタが飛び出した。
下界では忘れ去られた『地球へ…』を巡って、皆が仕入れた情報などが。
「なんと言っても、アレですよ…。作者の引越しが痛いですよね」
学長になった件もさることながら…、とシロエが訳知り顔で切り出した。原作の漫画を描いた女性は、今や学長になっていた。任期は今年で終わるけれども、学長は多忙。それまで開催されていた個展は、そのせいで途絶えてしまって久しい。
かてて加えて、その間に作者は引越しをした。長く暮らした鎌倉を離れて、西の果てとも言えるくらいの九州へと。
「そうだっけなぁ…。アレで鶴岡八幡宮の、ぼんぼり祭りに出さなくなって…」
最新作の描き下ろしを拝めるチャンスが消えたんだよな、とサムが相槌を打つ。鎌倉暮らしが続いていたなら、八月の頭の『ぼんぼり祭り』に原作者の絵が登場した筈。最後の年には、ブルーの横顔が綺麗に描かれて、ぼんぼりに仕立てられていた。
「個展も無ければ、ぼんぼり祭りも無いのでは…。皆、忘れるな…」
キースがフウと溜息をついて、「画業も五十周年なのに…」と頭を振る。
原作者は今年で画業が五十周年、記念展が年内に開催だった。もしも引っ越しの件が無ければ、会場は都内か、馴染みの京都だっただろう。
それが作者の家に近いから、北九州市で開催される。他所にも巡回予定だとはいえ、北九州では盛り上がらない。
「…都内や京都でやるんだったら、ついでに旅行もアリだろうけどね…」
北九州市ではキツイものが…、とブルーも掴んでいた記念展。わざわざ出掛けて行ったところで、北九州の市内だけではグルメも観光も限られている。他の都市まで足を延ばさないと、旅を満喫したとは言えない。都内や京都でやるのだったら、そんな手間など要らないのに。
「……今後は個展も、九州がベースになるかもしれんな……」
ますます忘れ去られるぞ、とキースがグイと呷った酒。東京と京都で個展だったら、両方に行くファンも多いけれども、東京と九州となったなら…。
「…ディープな人しか行かないでしょうね、九州の方は…」
「それと地元の人だよね…」
マツカとジョミーが互いに頷き合っている。『地球へ…』だけが好きなファンの場合は、前のようにはいかないだろう、と。そしてますます忘れ去られて、それっきりだとも。
「……昨年に出た本も、サッパリ盛り上がらなかったからね……」
最初の一冊の帯が大嘘だったから、とブルーも傾けるグラス。原作者が出した『少年の名はジルベール』なる本は、大評判を呼んだのだけれど、帯の煽りは大嘘だった。
「『地球へ…』創作秘話」と書かれていたのに、そんな中身は何処にも無かった。それこそ本当に一行でさえも、「創作秘話」は書かれていなかった。
「あの本自体は盛り上がっていたが、我々の創作秘話はスルーで、そのせいでだ…」
次に出た本をスルーした奴らも多そうだぞ、とキースが手酌で注いでいる酒。『カレイドスコープ』というタイトルの本は、中身が『地球へ…』満載だった。
おまけに個展でしか拝めなかった絵、『継がれゆく星』が大きく載せられている。個展会場で売られた絵葉書などより、ずっと大きく「お得な」サイズで。
「…ぼくたちのファンが買っていたなら、もっとツイッターなんかで話題に…」
なっただろうね、とブルーも半ば泣きたいキモチ。
アタラクシア上空から落下するブルーと、それを追うジョミーを描いた一枚、『継がれゆく星』は個展でも人気の絵だったから。
「……みんな忘れてしまっているのか、情報自体が入らないのか……」
アンテナを立てていない限りは、情報も入りませんからね、とジョミーが嘆く。きっと『カレイドスコープ』の方は、知らない人も多いのだろうと。
「…こうして忘れ去られてしまうんでしょうか、ぼくたちは…?」
十周年の節目にこの有様では…、とシロエが肩を落としている。このまますっかり忘れ去られて、新しい世代は『地球へ…』さえも知らなくなるのだろうか、と。
「どうなんだろうね、そればかりはフィシスの占いでも…」
読めそうにない、とブルーにも見えない『地球へ…』の未来。
十周年にはこうだったけれど、いつか未来に盛り返すのか、静かにフェードアウトなのか。
「ブルーレイ版でも出てくれれば、また違うでしょうけど…」
そういう情報も無いですよね、とジョミーの顔色も冴えないもの。こうして同窓会は出来ても、下界の方では時が流れて、どんどん過去になってゆくから。
「…愚痴っていても仕方ない。我々だけでも、こうして同窓会をだな…」
これからも開いていこうじゃないか、と国家主席がブチ上げた。若作りの顔で、服だけ国家主席の姿で、グラスを掲げて。
「それが一番いいんだろうね…。情報交換の場にもなるから」
来年も皆で集まろう、とブルーも応じた。
作者が引っ越してしまっていようと、個展の会場が何処になろうと、天国の住人には無関係。節目だからと記念日の度に、同窓会でオールオッケー。
「じゃあ、来年も同窓会ですね?」
「ジョミー、年齢の縛りは無しで頼むぞ。今年と同じで」
来年はお前は子供の姿で出たらどうだ、とキースが笑って、「それじゃ飲めない」とジョミーが膨れる。シロエはちゃっかり飲んでいるのに、自分の場合はハブられそうだ、と。
「当然でしょう? ぼくは目覚めの日を通過してます!」
飲める資格はあるんですよ、とシロエがフフンと鼻を鳴らして、ジョミーが「ずるい!」と突っかかってゆく。「ピーターパンに向かって、それは無いよ」と。
「ピーターパンですか…。はいはい、来年、若い姿で出るんだったら、味方しますよ」
ぼくと一緒に飲みましょうね、と酒宴はカオスになりつつあった。ミュウも人類も派手に入り乱れて、国家騎士団の面々とミュウの長老たちとが飲み比べとかで。
「…キース。来年もこうして祝いたいね…」
「そうだな、新しいネタが入っているといいがな」
また飲もう、と敵同士だったブルーとキースが、しんみりと杯を重ねてゆく。十周年よりも来年の方が、その先の方が盛り上がってくれれば、もっといい、と。
下界の月日は流れて行っても、天国では皆、変わらないから。
アニテラが終わった「あの時」のままで、誰もが仲良く暮らしているのが天国だから…。
十周年の日に・了
※アニテラ放映終了から、十年。ネタ系で行くか、シリアスで行くか、悩んだ結果、ネタ系で。
十周年だからこそ、ちょっと賑やかに、でも、しんみりと。そういう感じになったかな?
(…みんな、幼いね…)
本当に幼い、とシロエが浮かべた皮肉っぽい笑み。
キースが講義を受ける教室、其処を覗きに来たのだけれど。
次の時間は、講義の予定が入っていない。
だから敵情視察とばかりに、「キース」の様子を窺いに来た。
キースの全ての講義予定は、事前にきちんと掴んでいる。
これから始まるものについても、とうに下調べを終えていた。
階段状の大きな教室だけれど、全ての席を埋められる数の生徒はいない。
最上級生ともなれば、既に幾つもに「ふるい分けられた」後だから。
「大きな教室で揃って講義」は、まず無いこと。
(…キースがいるような教室だから…)
もっと期待をしていたのにな、と軽い失望感さえ覚える。
顔ぶれは皆、エリートばかりで、「出来の悪い生徒」はいないだろう、と。
どんな生徒が揃うものかと、楽しみにしてやって来た。
「物陰に隠れて」だけれど。
キースでさえも、「シロエがいた」とは気付かなかった筈。
入口付近の柱の陰まで、誰も覗きはしないだけに。
(……最上級生ね……)
ガッカリだよね、と零れる溜息。
教室の後ろでキスを交わしていた、候補生同士の一組のカップル。
キースが彼らを窘めるなり、二人とも「その場」を去ってしまった。
(…あの教室にいたんだったら、講義を受ける予定の筈なのに…)
教室を去って行ったのならば、サボタージュ。
つまり講義を受ける気は無くて、今日、抜けた分は失点になる。
場合によっては、マザー・イライザからの「コール」があるかもしれない。
彼ら二人の行いについて。
エリートとしての自覚があるかどうかを、厳しく問い詰められもして。
それが分からないわけもないのに、二人して逃げて行ったカップル。
なんとも幼い考え方で、「呆れた」としか言いようがない。
あれでもエリート候補生かと、「本当に、最上級生なのかな?」などと。
そのカップルにも呆れたけれども、それ以上に呆れさせられたこと。
教室の真ん中あたりの座席に、何人か群れていた者たち。
(……海賊放送……)
彼らは「それ」を観ていたらしい。
本来は講義で使う端末、勉強のためのモニター画面を覗き込んで。
(ライブ中継ね…)
海賊放送にライブも何も…、と可笑しくなる。
「そういったもの」を観ている時点で、その人間の器量が知れる。
エリート候補生となったら、海賊放送は忌むべきもの。
いつかメンバーズに選ばれたならば、撲滅に励むべき対象。
SD体制が敷かれた宇宙で、システムは「守られなければならない」。
どんな些細な「違法行為」でも、「蟻の穴から堤が崩れる」こともある。
本物の宇宙海賊はもちろん、海賊放送も許されはしない。
「それ」を使って、何をしでかすか分からないから。
上手く人々を扇動したなら、反乱や暴動を引き起こすことも可能だから。
(…基本の中の基本なのにね…?)
自分のように反抗的な候補生なら、海賊放送が似合いだろう。
宇宙の何処かで燻る火種に、アンテナを立てておくことだって。
いつか自分の役に立つ日が、けして来ないとは言い切れない。
(…メンバーズの道を、行かなくたって…)
この忌々しいSD体制を倒せるのならば、海賊にだって身を投じる。
「セキ・レイ・シロエ」の頭脳があったら、その辺の宇宙海賊どもを…。
(……正規軍にだって負けないくらいの、立派な戦闘集団に……)
仕立て上げることも可能なのだし、そういう道も「無い」ことはない。
「選ぼう」と思わないだけで。
海賊としての道を行くより、メンバーズになる方が早道。
いつの日か宇宙の頂点に立って、このシステムを壊すには。
憎い機械に「止まれ」と命じて、奪われた過去を取り戻すには。
そうだと自分でも分かっているから、海賊放送を「観る」ことは無い。
観れば失点を増やすだけだし、自分の不利益になるのだから。
そんなことさえ考えないで、海賊放送を観ていた者たち。
あれでも最上級生なのか、と同じ候補生として情けない限り。
しかも「彼ら」の方が年上で、メンバーズに近い位置にいるのが腹立たしい。
「キースと同じ教室にいる」なら、そこそこの成績の持ち主ばかり。
(……サム先輩も一緒にいたけど……)
見た目は冴えない「サム」にしたって、きっと取り柄があるのだろう。
「キースの友達」が務まるのならば、一つくらいは優れた点が。
評判はまるで聞かないけれども、「マザー・イライザの目から見たなら」素晴らしい点が。
(…機械の評価は分からないしね?)
サムの私生活が評価されたか、あるいは人物評なのか。
入学直後に起こった船の衝突事故で、「キース」と二人で救助活動をしたという「サム」。
それで高評価なのかもしれない。
「キース」と同じ講義のクラスに、立派に在籍出来るくらいに。
(……そっちの方はいいんだけどね……)
カップルで授業をサボる生徒や、海賊放送に興じる生徒。
まだ一年目の「自分」が見たって、とても模範にはならない「彼ら」。
「幼いね」としか言いようがなくて、「下級生」の身が悲しいだけ。
あんな者たちより、自分の方が遥かに有能な生徒だろうに。
「四年間、E-1077で学ぶこと」という規則が無ければ、代わりに卒業したいほど。
あのガランとした大教室に、自分も籍を置くことにして。
短期間で彼らに追い付き、追い越し、卒業までに必要な単位を取得して。
(……だけど、まだまだかかるんだ……)
マザー・システムは絶対だから、教育を受ける期間も「絶対」。
四年の所を二年にするとか、一年で終えることは出来ない。
どれほど優秀な生徒でも。
「キース」でさえもが、今が四年目なのだから。
E-1077始まって以来の秀才だろうと、四年の期間を短縮出来はしないから。
(……腹が立つよね……)
幼いとしか言えない者たち、「彼ら」に後れを取るなんて。
今から三年以上も経たない限りは、「あの教室」に入れないなんて。
その日の夜を迎えてからも、消えてくれない腹立たしさ。
どうして「幼い」彼らに負けねばならないのか。
ただ「年齢が足りていない」だけで、E-1077に縛り付けられるのか。
一日も早く、メンバーズの道を歩みたいのに。
地球の頂点に立つ「国家主席」になる日を目指して、一直線に駆けてゆきたいのに。
(……海賊放送を観ていたような奴らが……)
先にその道を行くかと思うと、悔しいばかり。
マザー・イライザにコールされても、「彼ら」の成績が良かったならば、「お叱り」だけで。
(…ぼくは、あんなモノ…)
あんな所で観やしない、とハッキリと言える。
大教室に備え付けの端末、それで観るなど愚の骨頂。
「誰が、その席に座っていたか」は、マザー・イライザに筒抜けだから。
端末を操作していた事実も、海賊放送を観ていたことも。
(同じ観るなら、この部屋で観るよ)
マザー・イライザに知られないよう、個室の端末に細工をして。
海賊放送を受信していても、「全宇宙帯域で放送中」の何かを観ているかのように。
(…ぼくなら、そうする…)
でも…、と今になって思い出した。
「幼いね」と彼らを笑ったけれども、「彼ら」が観ていたのは何だったかを。
「UFO?」などと、賑やかに騒ぎ立てながら。
(……宇宙鯨……)
噂には聞いたことがある。
未確認の飛行物体が宇宙鯨で、その正体は誰も知らない。
異星人の船だと言う者もあれば、未知の生命体だとも。
(…ぼくは一度も見ていないけど…)
海賊放送を「観ていた」彼らは、あの時、宇宙鯨を見ていた。
「遭遇した者は、一人残らず死ぬ」と噂の鯨を。
別の噂では、「目撃すれば願いが叶う」と、まるで逆でもあるモノを。
(……宇宙に、鯨がいるわけが……)
無い、と、どうして言い切れるだろう。
異星人の船にしたって、どうして「無い」と言えるのだろう。
それを話題にしていた「彼ら」を笑ったけれども、「自分」の方はどうなのか。
今もピーターパンを探して、ネバーランドを夢見る自分。
子供時代に戻れるのならば、ピーターパンと「飛んでゆきたい」と。
E-1077に朝があるなら、ネバーランドに行けるのに、と。
(…二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ…)
すらすらと空で言えるくらいに、覚えてしまった「ネバーランドへ行く方法」。
「此処には本物の朝が無いから、ネバーランドにも行けやしない」と思う自分。
夜空の代わりに「宇宙」があるから、「ピーターパンは飛んで来られない」とさえも。
(……ぼくだって……)
今日の「彼ら」とは違う所で、きっと遥かに幼いのだろう。
ピーターパンを、ネバーランドを忘れない上に、今も求めてやまないのだから。
(…宇宙鯨を見れば、願いが叶うなら…)
あの時、笑わずに「観に行けば」良かっただろうか。
上級生たちの後ろに立ったら、画面に「それ」を見られたろうに。
「ぼくを、パパやママたちの所に帰して」と、願いをかけられただろうに。
(……失敗したかな……)
ぼくはチャンスを逃したろうか、と悔やんでも、もう「鯨」はいない。
ライブ放送の画面はダウンしてしまって、次に観られる日がいつ来るのかも分からない。
(…海賊放送は、観ないけれども…)
宇宙鯨を見れば良かった、と涙がポタリと落ちる。
一つ、チャンスを逃したから。
目撃すれば願いが叶う鯨を、「幼いね」と鼻で笑って、見ないで終わってしまったから…。
見損ねた鯨・了
※宇宙鯨の話題が出ていた、キースの教室。後ろでシロエが覗いていたんですよね…。
「みんな、幼いね」と立ち去りましたけど、シロエの方はどうなのかな、というお話。
前方を飛んでゆく宇宙船。
キースの目に映る、それは大きな船ではない。
乗員は多くて六人くらいか、そういう小型の船ではある。
けれど、見逃すわけにはいかない。
メンバーズとして受けた任務は、必ず遂行せねばならない。
出来得る限り、迅速に。
自分一人で処理出来るのなら、近隣の基地からの援軍などは頼りにせずに。
もちろん、同じメンバーズが乗る僚船も。
共に出撃した仲間たちも、頼りにしてはいられない。
他の誰かの手を借りるなどは、自分の評価を下げるだけのこと。
更に言うなら、手を貸した者に評価を与える結果になって。
(…たかが一機だ)
どれほど逃げ足が速かろうとも、この宙域から逃しはしない。
「キース・アニアン」が見付けた以上は、必ず、あの船を仕留めてみせる。
(全ては我らの偉大な母、グランド・マザーの導きのままに…)
何度、この言葉を口にしたろう。
乗り込んだ船のブリッジで号令したこともあれば、今のように自分の心の中でも。
本当に「そう」思っていようが、思っていまいが。
メンバーズとして受けた教育、その過程で叩き込まれた言葉。
宇宙の秩序を、SD体制を、地球を守り抜くのが選び抜かれたメンバーズ。
グランド・マザーの導きのままに。
人類の聖地、地球に据えられたコンピューターが命ずるままに。
前方をゆく船を「撃ち落とす」ことが、自分の使命。
今回の任務。
慣れた手つきで、左手が勝手に動いてゆく。
利き手の右手は操縦桿を握っているから、此処から先は左手の役目。
親指を軽く動かしてやれば、前方の船に照準が合う。
ロックオンされた印が出たなら、また親指で操作してやる。
撃墜に向けてレーザー砲へと、船の出力を回すために。
もう何度となく繰り返した手順。
宇宙船が飛んでいる位置は遥か彼方で、肉眼では光しか見えない。
けれども、ロックオンした画面は、宇宙船を大きく映し出している。
肉眼では小さな光だとしか捉えられない、船のエンジンが曳く光の尾も。
(この私から逃れられると思うのか?)
出会った相手が悪かったな、とレーザー砲の発射ボタンを押し込んだ。
さっきから踏んだ手順の続きで、左手の親指だけを使って。
そうして、前方で砕け散った船。
弧を描くように広がる光と、目には見えない衝撃波と。
その瞬間に、ハッと気付いた。
自分が何を撃ったのか。
「グランド・マザーの導きのままに」撃った船には、誰がいたのか。
(……シロエ……!)
何故だ、と心で上げた絶叫。
どうしてシロエの船を撃ったのか、自分は何をしでかしたのか。
メンバーズとしての任務ならばともかく、それを外れて。
反乱分子でもなく、海賊でもない、シロエの船を撃ち落とすなど。
(…嘘だ……!)
これは何かの間違いだろう、と気が狂いそうな気持ちになった所で目が覚めた。
首都惑星、ノアの一室で。
国家騎士団総司令として与えられている、個室のベッドで。
(……夢か……)
今、見ていたのは夢らしい。
それも遠くに過ぎ去った過去で、とうの昔にシロエは「いない」。
夢の自分がやった通りに、彼が乗る船を落としたから。
E-1077から、練習艇で宇宙へ逃げ出したシロエ。
彼の船を追って、撃ち落とした。
グランド・マザーの導きではなく、マザー・イライザの命令で。
船に届いたイライザの声が、「撃ちなさい」と命じるままに。
あれから長い時が流れて、もう何人を殺したことか。
「冷徹無比な破壊兵器」と呼ばれる異名は、ダテではない。
敵が反乱軍であったら、容赦なく殺す。
まして人ではないミュウとなったら、星ごと全てを焼き尽くすことも厭わない。
心の中では、それに疑問を感じていても。
「本当に、ミュウは異分子なのか」と考え込む日が、たまにあっても。
(…シロエは、実はMのキャリアで…)
ミュウだったのだ、と後になって知った。
E-1077が廃校になったと聞いた噂と、相前後して。
ミュウは人類の敵だけれども、シロエは「そうは思えなかった」。
システムに反抗的だというだけ、マザー・イライザに逆らい続けただけ。
他には何もしてなどはいない。
彼が敵なら、E-1077は無事では済まなかったろう。
「ミュウのスパイ」として潜入したわけでは、なかったとしても。
ただ一人きりのミュウとして来て、孤独な日々を送っていても。
(…同じミュウでも、マツカは大人しいのだが…)
シロエの方は違っていた。
「機械の申し子」と呼ばれた「キース」に、敵意むき出しで挑んで来た。
あの激しさをシステムの方に向けていたなら、彼はテロリストだったろう。
「キース」の成績を抜き去るほどの、優れた頭脳の持ち主ならば。
フロア001、進入禁止区域を探って、入り込んだほどの者だったなら。
(…あそこで私の出生の秘密を探る代わりに…)
破壊活動に向かっていたなら、E-1077は、後に「自分」が処分に赴くまでもなく…。
(シロエのお蔭で、木っ端微塵に砕かれていたことだろうな)
あちこちに仕掛けられた爆弾、それが同時に起爆して。
エネルギー区画も、マザー・イライザのメモリーバンクも、一瞬の内に破壊されて。
爆発の中で、シロエは笑っていたろうか。
それとも、一人、船で逃れて、まだ見ぬ地球へ向かったろうか。
あの日、シロエが「そうした」ように。
武装していない船で、ただ一人きりで、暗い宇宙へ逃げ出したように。
けれど、そうなりはしなかった。
シロエはE-1077を壊してはおらず、皆の記憶から「消された」だけ。
「キース・アニアン」の出生の秘密を知っただけ。
そう、「暴いて」さえいなかった。
「キースが何者なのか」を知っても、シロエは誰にも話してはいない。
その場で保安部隊に捕まり、連行されてしまったから。
「キース」本人に出会った時にも、「フロア001」と叫んだだけ。
其処に何があるか明かしはしないで、「忘れるな」と伝えて、それで終わった。
踏み込んで来た保安部隊の者たち、彼らに意識を奪い去られて。
(…シロエは、ミュウには違いなくても…)
人類に対して不利益なことは、ただの一つもしていない。
あの「マツカ」でさえ、ソレイドで初めて出会った時には、明確な殺意を向けたのに。
自分の身を守るためだとはいえ、彼は「キース」を殺そうとした。
力及ばず、逆に倒されてしまったけれど。
(そういう意味では、マツカの方が危険なミュウで…)
シロエは人畜無害なミュウ。
それを「殺した」のが自分。
シロエなどより遥かに危険な、「マツカ」は今も生きているのに。
それも「キースの側近」としてで、ミュウの力を「人類のために」使い続ける日々なのに。
(……シロエが何をしたというのだ……)
何故、殺されねばならなかったのだ、と何度考えても、答えは出ない。
あえて言うなら、「そういうプログラムだったから」。
マザー・イライザが作った「人形」、「キース・アニアン」の生育のためのプログラム。
理想的な指導者としての資質が開花するよう、シロエは「連れて来られた者」。
キースと競ってライバルになって、最後はキースに殺されるために。
(…テロリストならば、まだ分かるのだがな…)
シロエを消さねば、皆の命が危ういのなら。
E-1077の危機だと言うなら、「シロエ」を殺す意味はある。
なのに、そうではなかったシロエ。
「Mのキャリア」であったことさえ、「マツカ」がいる今は、脅威でさえもないのだから。
こうして歳月を経てゆくほどに、ますます分からなくなってゆく。
シロエの船を落としたことは、本当に正しかったのか。
Mだとはいえ、何の罪も害も無かった人間、それを「自分」が殺したのでは、と。
(……シロエの他にも、大勢の者を殺して来たが……)
さっき見ていた夢の通りに、任務で殺した人間の数は数え切れない。
反乱軍の船なのだからと、端から追尾して撃墜して。
それが飛び立つ前の基地にも、幾つものミサイルを撃ち込んだりして。
(…殺した奴らの数は多いが…)
ミュウの長まで殺したのだが、とソルジャー・ブルーを思い浮かべる。
危険極まりなかったミュウ。
あれほどの弾を撃ち込んでみても、「彼」は単身、メギドを沈めた。
ああいう「危険なミュウ」だったならば、シロエも殺すしかなかっただろう。
放っておいたらテロリストになり、E-1077を破壊し尽くす者だったなら。
(…しかし、シロエは…)
本当に何もしてはいない、と他ならぬ「自分」が知っているから、忘れられない。
生まれて初めて「殺した人間」、それが「罪もない」シロエなこと。
マザー・イライザが、ああして仕組まなければ、友になれたかもしれないのに。
何処かでピースが狂っていたなら、シロエもマツカと同じに「生き延びた」ろうに。
(…そういうシロエを殺したのが、私で…)
それをしたのが、この左手だ、と眺める親指。
レーザー砲の照準を合わせて、エネルギーを回して、発射ボタンを押し込んで。
同じ手順は、もう何度となく繰り返したけれど…。
(…相手は反乱軍の船や、海賊ばかりで…)
誰が聞いても「悪人だ」と思う者ばかり。
殺されても仕方ない者ばかりで、シロエだけが「そうではなかった」者。
(……私は、立派な人殺しだな……)
たとえMでも、シロエに罪は無かったから、と自覚している左手の罪。
この手は「人を殺した」から。
マザー・イライザが命じたとはいえ、罪もないシロエが乗っている船を落としたから…。
左手の罪・了
※システムに反抗的だったのがシロエで、結果的にキースに撃墜されたわけですが…。
具体的な罪状は不明で、逃亡したというだけのこと。殺されるほどのことはしていない…。
「うーん…。この先、どうしたもんだかねえ…」
困るじゃないか、とブラウ航海長が漏らした溜息。シャングリラから「勝手に家に帰ってしまった」ジョミーのお蔭で、とんでもない事態が起こった後で。
ユニバーサルの保安部隊に捕まったジョミーは、そのサイオンを爆発させて逃れたけれども、割を食ったのがシャングリラ。それにミュウたちの長、ソルジャー・ブルー。
衛星軌道上まで駆け上ったジョミーを連れ戻すために、ブルーは単身飛び出して行って、半殺しと言っていい状態。シャングリラの方も、敵の注意を引き付けるために囮になったものだから…。
「うむ。あちこち修理が必要だ。ワープドライブだけでも、何日かかるか…」
ワープドライブは、今は必要ないが…、とハーレイが眉間の皺を深くする。宇宙に出てゆく予定が無いなら、ワープドライブの出番は無い。けれど、それがある機関部は…。
「ワープドライブは後でいいんじゃ! 機関部だけで、何発被弾したと思っておる!?」
修理の目途も立っておらんわ、とゼルはカンカンに怒っていた。ただでも人員不足な機関部、修理に回す人手が足りない。ド素人ではメカの修理は出来ない。
「…本当に困った事態ですが…。乗り越えるしかないでしょう」
エラがマジレス、ヒルマンも「ああ」と頷いた。
「本格的な戦闘などは、今日まで一度も無かったからね。仕方あるまい」
それに、この先は戦いの日々もありそうだから…、というのがヒルマンの言い分。
ジョミーが「なんとか、連れて戻った」ソルジャー・ブルーは、彼を後継者に指名した。彼を次代のソルジャーとして、地球を目指せと。
人類の聖地の地球に行くなら、戦いを避けて通れはしない。今日の戦いで音を上げていては、地球に行くなどは夢のまた夢。
今はどんなに困っていようと、これは「乗り越えるべき試練」だという。とにかく船の修理を急がせ、元通りの日々を取り戻すのが急務だとも。
シャングリラはバンカー爆弾の猛攻を浴びて、あちこちが壊れまくっている。強化ガラスの窓が木っ端微塵に割れている箇所も、報告が山と来ているほどに。
「…あたしが言うのは、そういう話じゃないんだよ」
船の被害とは別の話さ、とブラウは会議室で腕組みをした。長老の四人とキャプテンが集った、今後についての会議の席で。
問題は「船」ではなくて「ジョミー」で、そっちの方が難題だ、と。
「…ジョミーじゃと? 確かに頼りない若造じゃが…」
ワシらが何とかするしかあるまい、とゼルは苦い顔。
船に甚大な被害を与えて、ソルジャー・ブルーを半殺しにした「クソガキ」だろうと、次のソルジャーには違いない。ソルジャー候補の自覚を持つよう、しごきまくるしか道は無い、と。
「それなんだけどね…。彼をどう呼べばいいんだい?」
「はあ?」
ジョミーに決まっておるじゃろうが、とゼルが答えて、他の面子も同意見。ジョミーは所詮は「ジョミー」なのだし、その呼び方でいいじゃないか、と考えは一致。
けれど、ブラウは「それじゃマズイよ」と反論した。
「あたしたちは別にいいんだよ。元々、ジョミーと呼んでたんだし、長老だからね」
キャプテンも、ソルジャーも、それでいいさ、とブラウは続ける。ジョミーよりも上の立場だったら、今まで通りに「ジョミー」でオッケー。
そうは言っても、ソルジャー候補になったジョミーを、他のミュウたちはどう呼ぶのか、と。
ソルジャー候補になる前だったら、誰もが「ジョミー」で済ませていた。そもそも、ジョミーは「ミュウではない」とまで言われていたから、軽蔑をこめて「ジョミー」な扱い。
ところが、今後は、そうはいかない。
現人神のような「ソルジャー・ブルー」の後継者候補、それを捕まえて「ジョミー」と呼んでいたのでは、船の秩序が乱れてしまう。目上の者への敬意が見られないだけに。
「……そういえば、そうかもしれませんね……」
ただのジョミーでは、皆に示しがつきません、とエラも遅まきながら気付いた「呼び名」。このまま「ジョミー」と呼ばせておいたら、ソルジャーになった時はどうするのか。
「ふうむ…。ある日いきなり、ソルジャー・ジョミーではマズイだろうな」
それまでとのギャップが大きすぎるぞ、とキャプテンも首を捻ることになった。出世するのが分かっているなら、前段階は必要だろう。ただの「ヒラ」から「トップ」に躍り出られても、皆が途惑うのは目に見えている。
「なるほど…。彼の呼び名が必要だとはね…」
確かに困った問題だ、とヒルマンが髭を引っ張った。「ソルジャー候補」は呼び名ではないし、ただの肩書き。第一、皆が「ソルジャー候補」と呼ぼうものなら、それはそれで…。
「馬鹿にしているっぽい響きだろ? 新米め、っていう感じでさ…」
だから困ってしまうんだよ、とブラウの悩みは深かった。たかが「ジョミー」の呼び方だけれど、それがなかなか難しそうだ、と。
いつかソルジャーになるジョミー。それは確実、此処でけじめをつけておきたい。
けれど、「ソルジャー候補」と呼んだら、馬鹿にしているようにも聞こえる。「新米」だとか、「免許取りたて」といった感じで、「お前は、まだまだ未熟者だ」という響き。
「…いい呼び方があればいいんだけどねえ…」
ついでにジョミーも、自覚を持ってくれそうなのが…、とブラウはブツブツ、他の面々も船の修理の件は放置で考え込んだ。「ジョミーを、なんと呼ぶべきだろう?」と。
なにしろ、それは急務だから。
船の修理は「手が足りない」だけで、マニュアルなどは揃っている。長老やキャプテンが不在であっても、「どれを優先したらいいか」は、現場で判断可能なもの。
「ワープドライブは後回しでいい」とか、「割れた窓ガラスの修理をするなら、居住区を優先すべきだろう」とか。
しかし「ジョミー」にマニュアルは「無い」。
ソルジャー候補など「いたこともない」し、誰も呼び方を知るわけがない。想定外の話だけれども、もう今日中に決めないことには、明日から困ることになる。
「ソルジャー候補」のジョミーに向かって、若い者たちが、これまで通りに「ジョミー」と呼び捨てにしたのでは。…それが定着してしまったなら、もう遅い。
「…ソルジャー候補は、偉い立場ではあるのでしょうが…。でも…」
ジョミーの場合は、中身が伴っていませんから、とエラがぼやいた。
船に来た時から、ソルジャー・ブルーが語った通りに「凄いミュウ」だったら、皆の視線も違っただろう。「人類そのもの」と言われる代わりに、敬意をこめて見られた筈。
ところがどっこい、ジョミーは「真逆」を行っていた。船では自分勝手に振舞い、キムと喧嘩までもしていた始末。挙句の果てに船を飛び出し、「ミュウだ」と判明したものの…。
「…ソルジャー・ブルーを半殺しにして、船に戻って来られてものう…」
誰も尊敬などはせんわ、とゼルも思い切り渋い顔。「力だけあっても、駄目なんじゃ」と。曰く、火事場の馬鹿力。それだけを見ても、誰も評価はしないもの。
「…ジョミーの呼び名か…。明日から早速、使わなければならないのだが…」
いったい何と呼べばいいのだ、とキャプテンも思い付かない「それ」。未来のソルジャーをどう呼ぶべきかは、本当にマニュアルが無いだけに。
(((ジョミーのことを、どう呼べば…)))
誰もが額に手を当ててみたり、頭をコツンと叩いてみたり。そうすればアイデアが湧いて来るかも、と微かな期待をかけるようにして。
けれども、全く「出て来ない」呼び名。何一つ案さえ出て来ないままに、無駄に時間が流れるばかり。合間に、ゼルが機関部に修理の指示を飛ばしていたり、キャプテンがブリッジと通信したりと、「思考が中断する」ことはあっても、結果は出ずに。
(((……きっと、ソルジャー・ブルーにも……)))
お考えなどは何も無かったに違いない、と確信してゆく長老たち。それにキャプテン。
生前、いやいや、今の「半殺し」になるより前から、ソルジャー・ブルーは「この日が来る」のを充分、承知。「ジョミー」を自分の後継者として据える日が、いつか来ることを。
(((それを承知でおられたからには…)))
考えが「其処」に及んでいたなら、きっとマニュアルがあっただろう。「ソルジャー候補」を「どう呼ぶべき」か、船の仲間たちに「どう呼ばせる」か。
なのに、誰一人、知らない「それ」。無かったマニュアル。
こうなった以上は、懸命に知恵を絞るしかない。「ソルジャー候補」に相応しい呼び名、それはどういうものなのか。何と呼んだら、ソルジャー候補らしくなるのか。
(((…ソルジャー、せめてマニュアルを…!!!)))
ご存命の間に、いや、お元気な間に作っておいて欲しかった…、と長老たちとキャプテンが揃って嘆き始めた所へ、前触れもなく飛んで来た思念。
『ジョミー様だ』
「「「ジョミー様!?」」」
なんだそれは、と誰もが目が点。顔を見合わせ、「ジョミー様…?」とキョロキョロ見回す。今の思念は何処から来たかと、いったい誰が「ジョミー様」なのか、と怪訝そうに。
そうしたら…。
『マニュアルが欲しい、と悩んでいたと思ったが…?』
確かに、其処は、ぼくのミスだ…、と思念の主は謙虚に謝った。「少しばかり、ぼくが甘かったようだ」と、「ジョミーを舐めていた」という自分の甘さについて。
「「「ソルジャー・ブルー!!?」」」
あなたですか、とビックリ仰天の長老たち。それにキャプテン。
青の間まで「悩み」が届いたことはともかくとして、「ジョミー様」とは何事だろう、と。
ソルジャー候補な「ジョミー」の呼び名で悩んでいた所へ、「ジョミー様」。どういう意味か、まるで全く分からない。それを寄越したブルーの意図が。
けれどブルーは、「ジョミー様だ」と繰り返した。
『ソルジャー候補をどう呼ぶべきかは、この際、横に置いておく。だが、ジョミー様だ』
「ジョミー様と呼べと仰るか!?」
あやつの何処が「ジョミー様」じゃ、とゼルが即座に噛み付いた。「様」づけで呼ぶほど偉くもないし、「ジョミー様」という器でもない、と。
「まったくだよ。どの辺がジョミー様なんだい? この船で「様」がつく人間なんて…」
フィシスくらいしかいないじゃないか、とのブラウの指摘。長老の四人を除いた面子で「様」づけなのは、フィシスの他にはいない、との説は間違っていない。
『分かっている。ぼくも色々考えた末に、ジョミー様がいいと思ったんだが…』
「少しばかり気が早すぎます! ジョミーは覚醒したばかりです!」
様づけで呼べば増長します、とハーレイが異を唱えたけれども、ブルーの思念は「逆だ」と答えた。ジョミーが目覚めたばかりだからこそ、「様づけ」の意味があるのだと。
『考えてもみたまえ。…船中の者が、ジョミー様と呼ぶようになれば、どうなる?』
「あやつが調子に乗るだけじゃ! 今、ハーレイが言った通りじゃ!」
偉そうな面をするだけじゃわい、とゼルが反対、エラもヒルマンも二の足を踏んだ。ただでも生意気なのがジョミーで、そんな子供に「様」をつけるというのはどうも…、という考えで。
「ソルジャー、私は賛成しかねます。船の者たちも、ますますジョミーを嫌いそうです」
今以上に…、というエラの言葉に、「だからこそだ」と返った思念。
『ジョミーを歓迎している者は皆無だ。その状態で、ジョミー様などと呼ばれたら…』
ぼくがジョミーなら、いたたまれない気持ちになるだろう、とブルーは語った。
船の者たちが「ジョミー嫌い」な心を丸出し、それでも「ジョミー様」と呼んだら。…頼れる者はジョミーの他にはいないのだから、と渋々、「ジョミー様」だったら。
『ぼくが、そういう立場に立たされたなら…。針の筵から逃げるためにも努力するだろう』
立ち居振る舞いは仕方ないとしても、せめてサイオンの訓練くらいは…、とブルーの読みは鋭かった。「少しも尊敬されていない」のに、「ジョミー様」と口先だけの船。最悪すぎる船の居心地、それを少しでもマシにするべく、「ジョミー様」になろうとするだろう、と。
「そうかもねえ…。馬鹿にしながらジョミー様だと、やってられない感じだね」
あたしなら半日で降参だよ、とブラウが納得、他の面子も賛同した。
明日からソルジャー候補を呼ぶには、「ジョミー様」。いつか「ソルジャー」として立派に立つまで、そう呼ぶことにしておこう、と。
かくして次の日、ジョミーは目を剥くことになる。船中の何処へ出掛けて行っても、其処で出会った者たちが揃って、「ジョミー様」と呼んだものだから。
それこそ前に喧嘩をしたキム、そんな下っ端のヒラまでが。
兄貴分だと頼りにしていた、リオまでが「ジョミー様」だから。
「あ、あのさあ…。リオ、その呼び方は何とかならない?」
『ジョミー様、何を仰るんです。…ジョミー様はジョミー様ですよ』
次のソルジャーになられる御方ですから…、と馬鹿丁寧な思念を返したリオ。「こうお呼びするのが一番ですよ」と、「立派なソルジャーになって下さいね」と笑顔を向けて。
(ちょ、ちょっと…!!!)
ぼくは、そんなに偉くないから…、と泣けど叫べど、消えてくれない「ジョミー様」。
「ジョミー様」にされたジョミーが、死に物狂いで頑張ったことは言うまでもない。このとんでもない「ジョミー様」呼び、それから無事に逃げ出すためには、ソルジャーになる他に道は無いから。
ブルーたちに「これなら」と認めて貰って、ソルジャーの称号を継がない限りは…。
(…ぼくはそういう器じゃないのに、ジョミー様…)
それは嫌だ、とジョミーは今日も頑張り続ける。
一日も早く「ソルジャー」を継いで、「ジョミー様」を脱却するために。
なんとも「むずがゆい」ジョミー様の名、皆が小馬鹿にしながら呼ぶ名を、「ソルジャー」に変えて貰えるように…。
呼び名が問題・了
※いや、ソルジャー候補だった間のジョミーを、一般のミュウは、どう呼んだんだろう、と。
ただのジョミーじゃ失礼なのに、「ソルジャー候補」とも呼べないし…、と思っただけ。
(……ぼくの誕生日……)
この日にアルテメシアを離れたんだ、とシロエが眺める日付。
E-1077の個室で、夜更けに一人きりで。
誰にでもある、パーソナルデータ。
それを表示させては、確認してゆく様々なこと。
今では顔さえおぼろになった、両親の名前や誕生日など。
「今夜は思い出せるだろうか」と、記憶の欠片を其処に求めて。
機械が消してしまった過去。
「捨てなさい」と機械が冷たく命じて、奪い去って行った子供時代の記憶。
こうしてデータを見詰めてみても、どれも実感が伴わない。
其処に画像は入っていなくて、両親の面差しも分からないから。
(…十四歳になった子供は…)
その日に成人検査を受ける。
「目覚めの日」と呼ばれる、大人社会への旅立ちの時。
故郷のエネルゲイアで暮らした頃には、その日を心待ちにしていた。
十四歳の誕生日を迎えなければ、「ネバーランドよりも素敵な地球」には行けない。
父が「シロエなら、行けるかもしれないな」と、教えてくれた人類の聖地。
其処に行くには、まずは成人検査から。
立派な成績で通過したなら、エリートだけが行く教育ステーションへの道が開ける。
そう、このE-1077のようなステーション。
(ステーションでも、いい成績を取り続けたら…)
いつか地球にも行けるだろう、と努力を重ねた。
学校のテストは常にトップで、その座を守り続けられるように。
エネルゲイアは「技術関係のエキスパート」の育英都市だし、他の学問も自ら学んで。
(技術者になるなら、学校の勉強だけでいいけど…)
エリートになるには、それでは足りない。
幅広い知識を身に付けなければ、エリート候補生にはなれない。
懸命に学んで、学び続けて、待ち続けた日。
大人社会への旅立ちだという、「目覚めの日」。
十四歳の誕生日が早く来ないかと、「そうすれば地球に、一歩近付く」と。
今から思えば、愚かだった自分。
「目覚めの日」が何かを知りもしないで、憧れて待っていたなんて。
「早く誕生日が来ればいいのに」と、指折り数えていたなんて。
目覚めの日を迎えてしまった子供は、過去の記憶を失くすのに。
機械が無理やり、全てを奪ってしまうのに。
(……馬鹿だったよ……)
自分から罠に飛び込むなんて、と後悔しても、もう遅い。
「目覚めの日」も、故郷のエネルゲイアも、遥か彼方に消え去った後。
失くしてしまった記憶ごと。
あちこち穴が開いたみたいに、抜け落ちてしまった「過去」と一緒に。
(…誰も教えてくれなかったから…)
「目覚めの日」と呼ばれるモノの正体。
その日が来たなら何が起こるか、「セキ・レイ・シロエ」はどうなるのか。
(ぼくは、何一つ知らなくて…)
ただ未来への希望に溢れて、「その日」の朝も家を出た。
「行ってきます」と、両親に手を振って。
宝物のピーターパンの本だけを持って、「未来」に向かって、颯爽と。
そうして「歩き出した」自分が、どうなったのか。
何処で機械に捕まったのか、それさえ今では思い出せない。
「嫌だ!」と叫んで、逆らったことは覚えていても。
子供時代の記憶を手放すまいと、無駄な足掻きをしていた記憶は消えなくても。
(…あれは何処だったんだろう?)
テラズ・ナンバー・ファイブと呼ばれる、成人検査を行う機械。
あの化け物と何処で出会ったか、まるで全く覚えてはいない。
出会った後には、どうなったかも。
抗い続けた記憶の後には、ぽっかりと穴が開いているから。
(…此処に来る宇宙船の中まで…)
飛んでしまっている記憶。
ただ呆然と暗い宇宙を見ているだけの、「此処への旅」の所まで。
そんな具合に奪われた過去。
希望に溢れて旅立つ筈が、逆様になってしまった日。
(……十四歳になる誕生日なんて……)
いっそ来なければ良かったのに、と思いさえもする。
きっと一生、「あの日」を忘れないだろう。
機械に与えられた屈辱、過去の記憶を奪われた日を。
そうなる前は、「誕生日」という日が好きだったのに。
目覚めの日は憧れの「待ち遠しい日」で、それよりも前の誕生日は…。
(…目覚めの日に、少し近付ける日で…)
あと何回、と数えて待った。
何度「誕生日」を迎えたならば、「目覚めの日」が来てくれるだろうかと。
早くその日が来ればいいのにと、未来への夢を抱き続けて。
(…それに誕生日は、パパとママがお祝いしてくれて…)
ケーキや御馳走、それに誕生日のプレゼント。
子供心にも嬉しかったし、毎年、心が躍ったもの。
「パパとママは、何をくれるかな?」と、誕生日プレゼントのことを思って。
どんな御馳走が食べられるのかと、「今年のケーキは、どんなのかな?」などと。
(……とても素敵な日だったのに……)
最高の記念日だったというのに、それを「忌まわしい日」に変えられた。
過去を奪ってしまう機械に、憎らしいテラズ・ナンバー・ファイブに。
(…ぼくの人生で、最高の日を…)
最悪な日に変えてしまうだなんて、と噛んだ唇。
「あの日」を境に、何もかも失くしてしまったから。
両親も故郷も、子供時代の思い出なども。
(……全部、失くして……)
こんな所に連れて来られた、と尽きない悔い。
こうなるのだと分かっていたなら、心待ちになどしなかったのに。
「十四歳になる誕生日」を。
誰もが瞳を輝かせて待つ、「目覚めの日」の名を持っている日を。
(……誕生日に、全部失くすだなんて……)
あんまりすぎる、と今でも涙が零れる。
そうなる前には、一年で一番、楽しみにしていた日だったのに。
あと何日で誕生日が来るのか、毎年、毎年、待っていたのに。
(寝る前にも、カレンダーを眺めて…)
誕生日までの残りの日数、それを数えていた自分。
「もうすぐだよ」とか、「まだ一週間以上あるよね」とかいった調子で、御機嫌で。
(…本当に、楽しみだったのに…)
クリスマスよりも、ニューイヤーよりも、ずっと眩しく輝いていた日。
世界の全てが「自分のために」あるようで。
目にするものが、どれも「シロエの誕生日」を祝ってくれているようで。
(…風も光も、誕生日のは特別だったんだよ…)
いつもよりも、ずっと輝いてたよ、と懐かしんでいて、気が付いた。
その「輝いていた」風や光を、「覚えていない」ということに。
眩いほどに思えた「それら」に、実感さえも無いことに。
(……ぼくの誕生日は……)
どういう季節だったっけ、と考えてみても、「知識」しか無い。
エネルゲイアがあった「故郷の星」では、何の季節に当たるのか。
雲海の星のアルテメシアは、その季節には、どんな風や光をエネルゲイアに運ぶのか。
(……嘘だ……)
そんな…、と信じられない思い。
人生で一番輝いていた日を、「残さず忘れてしまった」なんて。
その日の故郷の風も光も、知識だけしか無いなんて。
(…目覚めの日だって、覚えていない…)
家を出た後、どういう光に照らされて歩いて行ったのか。
吹き抜けてゆく風が、何を運んでくれたのか。
(……風にも匂いがある筈なのに……)
花の香りや、木々の葉の匂い。
他にも色々な「季節の匂い」を、風は運んで来るものなのに。
冬枯れの景色が広がる時さえ、肌を切るような冷たさを帯びて吹き付けるのに。
けれど、「知識」しか無くなった「風」。
頭上から照らす太陽の光も、「誕生日のもの」を覚えてはいない。
「暑い夏には、眩しい」としか。
「冬には日差しも弱くなる」とか、そういう理屈くらいしか。
(……ぼくの誕生日は、ちゃんとデータに残ってるのに……)
自分でも日付を覚えているのに、消えてしまった「誕生日」。
一年で一番眩しく感じた、「最高の日」の風は、どうだったのか。
「最高の日」を祝ってくれた太陽、それはどういう光だったか。
(……日付しか覚えていないんじゃ……)
無いのと変わらないじゃないか、と悔しくて頬を伝い落ちる涙。
人生の節目が「誕生日」なのに、だから「目覚めの日」と重なったのに。
(…パパ、ママ、教えて……)
どんな日だったの、と顔さえおぼろな両親に向かって、心の中で問いかける。
「ぼくの誕生日は、どんな日だった?」と、「ぼくに教えて」と。
記憶の中を探っていっても、もう季節さえも分からないから。
「この日付ならば、こんな季節だ」と、「知識」が残っているだけだから…。
忘れた誕生日・了
※アニテラで誕生日が分かっているのは、キースだけ。シロエが調べてましたしね。
そのシロエにも「誕生日」はあった筈なのに、と考えていた所から出来たお話。
