(…全ては偉大なる我らの母、グランド・マザーの導きのままに…)
そうなるのだがな、とキースが歪めた唇。
国家騎士団総司令として、首都惑星ノアで与えられた個室で。
日付は、とうの昔に変わった。
側近のマツカも下がらせた後で、彼が置いていったコーヒーも既に冷たい。
熱い間に飲み始めたけれど、カップに半分ほどが残った。
考え事に囚われていて。
心の端をフイと掠めた、自分の思いに深く沈み込んで。
終わりが見えない、ミュウとの戦い。
この戦いが始まった時には、直ぐに終わると考えていた。
「彼ら」と呼ぶのも馬鹿らしいような、SD体制の異分子たち。
人類ではなく、処分されるか、実験動物にされる生き物。
そんなミュウを「彼ら」と呼んではいても、ただ便宜上の言葉として。
頭の中では「動物」と同じ。
ヒトよりも遥かに劣る存在、彼らに何が出来るものか、と嘲笑った。
育英惑星アルテメシアは落ちたけれども、それは「彼ら」が慣れていたから。
長い年月、モビー・ディックで潜み続けていた惑星。
人類軍の布陣も、ユニバーサルの動きも、何もかも把握済みだったろう。
遠い昔に「逃れた」とはいえ、復讐のために戻って来るなら、準備は万全。
その上、当時は二人きりだった「タイプ・ブルー」。
攻撃性の高いサイオンを持つ「最強のミュウ」が、今は八人。
「ソルジャー・ブルー」が欠けなかったら、九人もの数になっていた筈。
前よりも戦力が増えているなら、アルテメシアを落とすくらいは出来なくては。
(…そうでなければ、敵とも呼べん)
だが、其処までだ、と踏んでいた「未来」。
アルテメシアを制圧した後、ミュウたちは「自滅するだろう」と。
次に攻め込んだ先で敗れて、モビー・ディックも沈められて。
ソルジャー・ブルーの後継者さえも、生きて逃れることは出来ずに。
それなのに、何処で狂ったろうか。
事は思ったようには運ばず、ミュウの版図は拡大の一途。
今日も一つの惑星が落ちた。
まさか落ちるとは思わない星が。
近隣の軍事基地まで潰され、完膚なきまでに滅びた星域。
(ミュウにとっては、滅びたどころか勝ち戦だが…)
また新たなる星を手に入れ、戦力を増やしたことだろう。
物資を補給し、囚われていた実験体のミュウたちを解放して。
人類軍との戦いのために、必要な拠点を一つ増やして。
(……そして、いずれは……)
このノアにまで来るのだろうか。
彼らの船が沈まなければ。
モビー・ディックが、タイプ・ブルーが、人類軍を破り続けてゆけば。
(……まさかな……)
いくら何でも、それはあるまい、と考えたい。
所詮、「彼ら」は異分子だから。
SD体制の枠から外れた存在、海賊たちと何処も変わりはしない。
「サイオンを持っている」だけで。
それだけが海賊とミュウの違いで、どちらも殲滅されるべきモノ。
だから「滅ぼす」。
人類軍の船を次々に出して、このノアからは遠い星域で。
首都惑星の影さえ見ることも出来ない、辺境の星で。
今日も艦隊を激励した。
国家騎士団総司令として、遠く離れた場所にいる者を。
モニターの向こうに並んだ兵士や、将校たちを。
いつも口にする決まり文句で。
「死を恐れるな!」と、拳を高く掲げて。
「SD体制のために」、「地球のために」と、ミュウとの戦いに向かわせた彼ら。
明日にでもミュウと遭遇するのか、まだ数日は無事に航行し続けるのか。
(……無事に、だと……?)
その考えに愕然とする。
人類軍が勝って当然、そうは思えない今の戦況。
弱気になったとは思わなくても、実の所は「そう」なのだろう。
今日、励ました兵士たちも「多分、戻って来ない」と何処かで諦めていて。
「死を恐れるな」と言った通りに、彼らは戦い、散るのだろう、と。
(……グランド・マザーの導きのままに……)
また艦隊を一つ失いかねない。
いくら辺境星域とはいえ、そこそこ優秀な者もいるのに。
指揮官クラスの将校の中には、メンバーズの名さえもあったのに。
(…彼らは、何処までも戦い抜いて…)
白旗を掲げることもしないで、宇宙に散ってゆくのだろうか。
かつて降伏した艦隊をも、ミュウは「殲滅してしまった」と聞く。
もう戦えない、非武装の救命艇を沈めて。
人類が「彼ら」にそうやったように、「ヒトとして」扱うことはしないで。
その噂はとうに広がっているし、誰も降伏しはしないだろう。
逃亡する者はあったとしても。
いわゆる「腰抜け」、そういった者が逃げ出すことはあっても。
(だが、それも…)
きっと無いな、という気がする。
彼らは「死をも、恐れない」から。
そのように彼らを励まさなくとも、彼らが生粋の軍人ならば。
(…逃げたり、降伏するような者は…)
元から資質が劣った者で、いわゆる「ただの一兵卒」。
どう努力しても将校はおろか、部隊の一つも任されないままで終わる者たち。
定められた年まで軍に所属し、後は退役してゆくだけ。
何の手柄も立てないままで。
武勲の一つも得られないままで、名簿からその名を抹消されて。
(しかし、そういう者を除けば…)
軍人は「死を恐れない」もの。
一般社会を構成している、普通の人類たちと違って。
ミュウがどれほど脅威であろうと、彼らは勇んで戦場にゆく。
「人類のために」、「地球のために」と。
SD体制を守るためにと、死が待つのかもしれない場所に。
考えていたのは、まさにそのこと。
どうして、彼らは「恐れない」のかと。
(ヒトというのは、生命体で…)
生きている以上、本能的に死を恐れるもの。
自分の命が惜しくて当然、それゆえに昔は法律もあった。
今のように統制されていなくて、社会が混然としていた時代。
善人も悪人も混じった世の中、ある日、意味もなく襲われもする。
そういった時に「身を守るために」反撃した結果、相手を殺してしまっても、無罪。
そんな法律があったくらいに、人間は死を恐れるもの。
虫も殺さぬような者でも、人を殺してしまうほどに。
自分の命を守るためにと、相手の命を奪ってしまって。
本来、ヒトとは「そうした生き物」。
けれど、軍人は死を恐れはしない。
(…私のように、機械が作った生命ならば…)
そういったこともあるだろう。
見た目はヒトと変わらなくても、生まれが「まるで違う」のだから。
それに成人検査の年まで、機械が施し続けた教育。
何もかもが「ヒトとは違っている」から、考え方もきっと「ヒトとは違う」。
きっと、根本的な所で。
だからこそグランド・マザーが目をかけ、此処まで育て上げて来た。
「人類の指導者」になる者として。
いずれはパルテノンに入って、元老の次は国家主席の座に就くようにと。
(死など恐れるような者では、話にならん…)
現に暗殺の危機を何回、切り抜けたことか。
間一髪で爆破を逃れたことやら、銃撃戦を繰り広げたことやら。
それでも「怖い」と思わなかった「死」。
特別な生まれの自分だったら、何の不思議も無いのだけれど…。
(……軍人も、普通の人間なのだ……)
たまたま資質に恵まれただけで、子供時代は「普通の子供」だったろう。
一般市民と何処も変わらず、無邪気に遊び回ったりして。
そんな子供が、どうやって「死を恐れない」者になったのか。
理由は、たった一つしかない。
どう考えても、遠い昔の歴史の知識を動員しても。
(……洗脳か……)
気味が悪いな、と心の中で呟く。
遥か昔から、人間たちが使って来た手段。
「死は怖くない」と兵士に教えて、名誉だとさえも思い込ませて。
死をも恐れぬ軍隊を作り、死ぬためだけに戦わせもして。
(……ヒトがやるなら、まだいいのだがな……)
そうではない分、酷く思える。
今は機械が「それをする」から。
記憶を消したり、植えたりするのと同じように。
「死を恐れる」という本能に触れて、それをブロックしてしまって。
(…不自然で、おまけに非人道的で…)
これでは仕方ないのだろうか、と零れた溜息。
ミュウたちの方が勝ったとしても。
人類軍は負け戦の末に、船の一隻すら残らなくても。
(……あのミュウの子供……)
確かトォニィという名前だったか、母の胎内から生まれた子供。
本来の「ヒト」の生まれ方をして来た、ああいう子供がいるミュウの艦隊。
(機械に本能さえも弄られ、死も恐れないような軍隊よりは…)
奴らの方に分があるかもしれん、と不安になる。
歴史は、どちらに味方するのかと。
「ヒトらしく」生きるミュウの方なのか、「優れたヒト」である人類なのか。
答えを出すのは神だけれども、人類を導くべき指導者は…。
(……神の領域を侵して生まれた私だからな……)
人類の勝利に終わればいいが、と傾けるカップ。
コーヒーは冷めてしまったけれど。
それを「不味い」と思う心は、「ヒト」と同じな筈なのだけれど…。
恐れない者・了
※SD体制の社会と言ったら、機械が洗脳しているようなもの。ごくごく普通の一般人でも。
だったら兵士はどうなんだろう、というお話。こういったコントロールは可能な筈…。
(……どれほど技術が進歩したって……)
単純なモノほど無くならないね、とシロエが指で摘まんだ部品。
E-1077での唯一の趣味、機械弄りの真っ最中に。
遠い故郷のエネルゲイアは、技術者向けの育英都市だった。
雲海の星、アルテメシアに育英都市は二つ。
その片方は、ごくごく普通の一般社会の構成員たちを育てる場所。
『アタラクシア』という名前で呼ばれて、如何にも「それらしかった」と思う。
シロエ自身は、行った覚えは無いのだけれど。
このステーションに連れて来られてから、改めて学び直したくらいに。
(ぼくの故郷には違いないから…)
エネルゲイアの方ではなくても、アルテメシアにあった都市。
覚えておいて損は無いから、と映像などを何度も眺めた。
公園などが幾つもあって、高層ビルは数えるほどしか無い街を。
子供が好む遊園地までが、違和感も無く溶け込む都市を。
(…だけど、ぼくが育ったエネルゲイアは…)
隙間なく高層ビル群が並ぶ、殺風景とも思える街。
アタラクシアとは、まるで違っていた街並み。
(……技術者を育てる街なんだしね……)
心が和む風景などは、多分、必要無かったのだろう。
エネルゲイアで育てられた子は、いずれ、「そういう場所」に行くから。
仕事の合間の息抜きでさえも、公園ではなくて休憩室で。
外に出るような時間があったら、もっと仕事を効率良く。
(…精密機械を作るんだったら…)
ほんの小さな埃でさえも、その工場には持ち込めない。
機械の誤作動を招きもするし、機械自体の組み立てなどにも、塵は禁物。
そうした世界で生きてゆく子に、「普通の光景」などは要らない。
緑溢れる公園なども、心安らぐ風景なども。
「セキ・レイ・シロエ」は、其処で育った。
いつか技術者になる子供として、そのための教育を施されて。
けれども、行きたかった地球。
父から聞いた、「ネバーランドよりも素敵な場所」。
地球に行くには、「ただの技術者」などでは無理。
(……技術者も、きっといるだろうけれど……)
人類の聖地、地球にあると習ったグランド・マザー。
SD体制の世界を統治する、巨大コンピューター。
誰よりも偉い機械だとはいえ、自己修復機能を備えてはいても…。
(…此処にある、マザー・イライザと同じで…)
保守要員は必要な筈。
機械は自分で「部品」を作れはしないから。
作れたとしても、材料を「自分で」調達することは不可能だから。
それを考えれば、「技術者」が地球に行く道もある。
ただし、とびきりのエリートとして。
「グランド・マザーを任されるほどの」優れた手腕の持ち主として。
(……そんな技術者に選ばれるには……)
どれほどの長い時間がかかることだろう。
腕を磨いて、ひたすら現場で精密機械と戦い続けて。
あちこちの星を回り続けて、「どんな機械でも」扱えるような技術者になって。
(とんでもない回り道なんだから…)
技術者としての道を行くより、手っ取り早く出世したかった。
エネルゲイアからは、「選ばれない」のが常識とされる職業でも。
ほんの一握りの優秀な子だけに、許された道の入口でも。
(……エリートのための、最高学府……)
そう、このステーションに来たかった。
いつか「メンバーズ」になるために。
メンバーズ・エリートに選ばれたならば、地球への道が開けるだけに。
(…成人検査は、誤算だったけど…)
子供時代の記憶を機械に消されたけれども、E-1077に来ることは出来た。
後は自分が「上手く」やったら、どうとでも出来ることだろう。
いつの日か国家主席の座に就き、地球の頂点に立てたなら。
グランド・マザーに「止まれ」と命じてもいい、「権力」が手に入ったら。
今はそれまでの我慢の時で、歯を食いしばって耐えるしかない。
機械に与えられた屈辱、それを決して忘れはせずに。
マザー・イライザが何と言おうと、機械に従ったりはしないで。
(…その機械だって…)
こんなので出来ているんだから、と目の前にビスを翳してみる。
自分は「ビス」と呼んでいるけれど、一般人は「ネジ」と言うのだろうか。
(ずっと昔から、ビスはビスだし…)
これが無ければ留められない、と眺めるパーツ。
幾つもの部品を組み立て、完成させるまでには、何処かでビスが必要になる。
溶接などの手段を使わないなら、ビスで留めるのが早いし、基本。
(…きっと、グランド・マザーにだって…)
ビスを使って留めている箇所があるだろう。
E-1077を支配するマザー・イライザにも。
マザー・イライザが君臨している、このE-1077にだって。
(……本当に単純なんだけれどね……)
ビスなんかは、と摘まんで見詰める。
留める箇所に合わせて、サイズなどは調整されるけれども…。
(高度な技術なんかは、何処にも…)
ありはしないし、「部品」の中では、最も下位に位置するモノ。
たとえ失くしてしまったとしても、すぐに代わりが作れるような。
新しく作る費用にしたって、ほんの些細な額でしかない。
大量に生産すればするほど、下がってゆくのだろう単価。
1本のビスを手に入れたければ、子供の小遣いでも充分なほどの。
実際、故郷での子供時代は、そうだった。
機械弄りが趣味の子だったし、何度も自分で買い込んだパーツ。
ビスは一番、安かったと思う。
まとめ買いして、工具箱の中に入れていたほど。
作りたい機械のサイズに合わせて、「これがいいや」と選んだほどに。
(…いくらでも作れて、だけど無ければ、機械は組み立てられなくて…)
こんなに単純なんだけどな、と思った所で、ふと気付いたこと。
「もしかしたら」と、今の社会に。
子供を選り分け、職業さえも機械が決める「今の世界」は…。
(…いわゆる一般市民ってヤツは…)
部品で言ったら、「ビス」なのだろうか。
あちこちの育英惑星で育てられている、大勢の子供。
エネルゲイアのように「技術者向け」などと、決まっていないのだったなら…。
(……何処の星の子も、メンバーズの候補生を除けば……)
一般市民向けのステーションに送られ、「そのように」育つ。
将来は養父母などになったり、一般社会を構成したり。
結婚しない道に行っても、文字通り「ただの社会人」となって。
(ビスと同じで…)
彼らの代わりはいくらでもいるし、また、次々に「生産される」。
機械が選んだ、無限大とも言える「精子と卵子の組み合わせ」から。
人工子宮の中で育って、頃合いになったら外に出されて。
いずれは「社会を構成する子」と位置付けられて、養父母の手に委ねられて。
(……まるで、巨大な部品工場……)
そう思ったら、背筋がゾクリと冷えた。
今の社会は、機械が支配する「工場」では、と。
普通の子ならば「ビス」になるけれど、優秀な子供は「良い部品」になる。
メンバーズ・エリートに選ばれたならば、それこそ機械の中枢を担う。
コンピューターの頭脳を構成するような。
メモリーバンクに配置されるとか、中央演算処理装置だとか。
(…機械が支配している世界は…)
本当に「部品工場」なのかもしれない。
いくら人間が「生命体」でも、機械の目から見たならば…。
(優秀な部品か、そうじゃないのか…)
ただそれだけの違いしかなくて、そのように「振り分けられて」ゆくだけ。
ビスにしかなれない子供だったら、ビスとして。
とても優秀な人材だったら、メンバーズに選んで、要所に配する。
(…こんなビスでも、無かったならば…)
機械を組み立てられはしないし、「社会を構成する」のも無理。
どんな「つまらない」部品でも。
どれほど単純な仕組みで、安価に作られていても。
(……だから、機械は嫌なんだ……)
ぼくは機械の部品なんかじゃないんだから、と改めて募る嫌悪感。
「セキ・レイ・シロエ」は部品ではないし、他の人間たちだって、そう。
(…人間は「考える葦」だ、って…)
遠い昔に、地球で有名な人が口にした。
きっと機械は、それさえも「理解していない」だろう。
自分が選んで振り分けている「部品たち」が、「考える葦」だとは。
思考するのは「コンピューター」だけで、「人間の思考」は、それ以下のもの。
だから「こういう社会」になる。
子供時代の記憶を処理して、消してしまうような。
適性だけを考えた上で、職業も機械が決めてゆくような。
(……御免だよね……)
部品だなんて、と震わせた肩。
けして「部品」になりはしないし、されたとしても「逆らってやる」と。
いつか社会の頂点に立って。
国家主席の座に昇り詰めて、機械に「止まれ」と命令して…。
機械と部品・了
※いや、SD体制の時代だったら、人間は「ただの歯車だよね」と思ったんですが…。
アニテラの時代に「歯車」があるのかが謎で、「ビス」に置き換え。メカには弱いっす。
(……ヒトというものは……)
不思議なものだ、とキースは心で独りごちる。
国家騎士団総司令にと、与えられたノアの広い個室で。
側近のマツカも、とうに下がらせた後の夜。
机の上には半ば冷めたコーヒー、半分は飲んであるのだけれど。
(…こんな夜に、一人きりの輩は…)
きっと少ないことだろうな、と想像はつく。
マツカはともかく、他の部下たちは外に出掛けたか、あるいは何処かに集まって…。
(……クリスマス・パーティーときたものだ……)
神の子の誕生を祝っているかは、謎なのだがな…、と可笑しくなる。
遠い昔に、地球で生まれた神の一人子。
ベツレヘムという名の街の厩で、貧しい大工の息子として。
(……血統としては、ダビデの末裔だったとはいえ……)
父のヨセフも、母のマリアも、けして王族などではなかった。
だから厩で生まれて来た上、ゆりかごも飼葉桶だったほど。
預言された「神の子」だったのに。
「ユダヤ人の王」となるべく、神が定めた子であったのに。
(…その誕生を星が知らせて、遥か東方から…)
三人の博士たちが、その赤ん坊を訪ねて来た。
贈り物を手にして、「ユダヤ人の王となられる御方は、何処におられますか」と。
王家に生まれた子ではないのに。
それを問われた王のヘロデは、「ユダヤ人の王」となる子を、抹殺しようと考えたほど。
博士たちには、大嘘をついて。
彼らが赤子を無事に見付けたら、「私も拝みに行くから、教えて欲しい」と。
もっとも、利口な博士たちの方は、教えないままで帰ったけれど。
厩で神の子にひれ伏した後は、ただ真っ直ぐに。
それがキリスト、神の子が、人の姿で生まれた時の出来事。
今の時代も、その誕生はクリスマスとして残っている。
クリスマスツリーや、パーティーなどや、心華やぐイベントとして。
子供が主役の育英都市でも、ノアのような大人社会にしても。
けれど、今の世に、どれほどの人が「神の子」の誕生を祝うのだろう。
心の底から「この日」を寿ぎ、「ハレルヤ」と神を讃えるだろう。
(……そういう職業に就いた者しか……)
本当の意味で、クリスマスを祝いはしないのだろう、と考えずとも分かること。
ヒトは今でも「神」に縋るけれど、神との距離が開いたから。
SD体制が敷かれた時代に、ヒトは「厩」で生まれはしない。
厩でなくとも、「ユダヤ人の王」となる子に、似合いの豪華な寝台だろうと。
(…人工子宮から生まれる上に…)
本当の父と母の顔さえ、「生まれて来た子」は、見ることが無い。
人工子宮から出された後には、養父母の許で育つだけ。
「自分」という生命が誕生するまでに、本当の父と母がいるのに。
機械が選んで組み合わせてはいても、精子と卵子の提供者が。
(……今の時代は、誰でもイエスと変わらないな……)
まるで変わらん、と浮かべた苦笑。
誰一人として、「母から生まれた子」はいないから。
強いて言うなら、異分子のミュウの船で目にした、幼子くらい。
(…アレは、母親から生まれた子だが…)
その父親もいるだろうから、イエスとは、全く事情が違う。
イエスの場合は、「処女(おとめ)」が母なのだから。
肉体の欲は絡んでいなくて、人工子宮から生まれて来る子と変わりはしない。
だから今の世は、どちらを向いても「清い子」ばかり。
ミュウの船で見た、子を除いては。
オレンジ色の髪と瞳の、暗殺者として牙を剥いて来た幼児以外は。
(……皆、清い子では、キリストという神の有難味もだ……)
自ずと薄れてゆくのだろうな、と思いもする。
いったい誰が、今日という日を祝うだろうか、と。
華やかなイベントに興じるだけで、きっと神など見てさえもいない。
ヒトは幸せの中にいたなら、「神」を求めはしないから。
彼らが「神」に縋る時といえば、切羽詰まっての、神頼みくらいなのだから。
それほどに、今は「忘れ去られた」神というもの。
神に仕える職業の者も、仕事だから仕えているというだけ。
ヒトの人生の節目などには、今でも神が顔を出すから。
結婚式を挙げるとなったら、神に仕える者たちの出番。
彼らが式を司らねば、絵にはならない「結婚式」。
どれほどの贅を尽くしていようと、肝心の式が疎かになって。
結婚する二人のための祝福、それも演出して貰えなくて。
(……神の出番は、その程度だがな……)
普段は全く無いのだがな、と思いはしても、祝われているクリスマス。
何日も前から、街やオフィスが美しく飾り付けられて。
子供たちが暮らす育英都市なら、サンタクロースなども登場して。
ヒトが皆、「神の子」であるイエスと、さほど変わらない生まれになっても。
母の胎内から生まれて来ないで、人工子宮から取り出されても。
(…神の子よりも、清らかな生まれなのかもしれんな…)
血の穢れさえも受けてはおらん、と顎に当てた手。
遠い昔には、出産は「穢れ」とされていた。
ヒトが生まれるには必須のことでも、出産には「血」が付き物だから。
子を産む母さえ、産屋に閉じ込め、外に「穢れ」を持ち出さないようにされたほど。
出産の後も、「穢れている」と思われたもの。
しかるべき時を経た後にしか、「神の家」たる神殿などには出入り禁止で。
(……聖母の清めの日というのも……)
昔から定められていた。
神の一人子、キリストを産んで「穢れた」マリア。
彼女の穢れが拭い去られて、神殿に供物を捧げることが許された日。
後の世界では、幾つもの蝋燭を皆が灯して、その日を祝っていたという。
本当の意味での「クリスマスの終わり」は、聖母の清めの日だった、とも。
(…今の時代は、そういう穢れも…)
ありはしない、と歪めた唇。
人工子宮から生まれて来る子は、キリスト以上に「清い」者だ、と。
(……そして、私は……)
どんな者だというのだろう。
人工子宮の外に出されず、水槽の中で、成人検査の年までを育てられた者。
そうして生まれる前の時点でも、精子も卵子も使われていない。
全くの無から作られた者で、本当の父も、母もいない者。
機械が「キース」を作ったから。
マザー・イライザが、今はもう無い、あのE-1077で。
(…三十億もの塩基対を合成して…)
繋ぎ合わせて、DNAという鎖を紡いだ、と語ったイライザ。
それは誇らしげに、「神」を恐れることさえもせずに。
マザー・イライザも、プロジェクトを進めたグランド・マザーも、神の領域を侵したのに。
(……あの機械どもが目指したものは……)
「神の子を創る」ことだったろうか。
今の時代の人間が全て、神の子よりも「清い」存在ならば。
イエスが生まれた時には在った、血の穢れさえも「無しに」生まれて来る世界なら。
(…全くの無から、作り出したならば…)
並みの人間よりも一層、「神」に近付くことだろう。
精霊によって、聖母の胎内に宿った「イエス・キリスト」よりも。
何故なら、「マリア」も要らないから。
「母」の胎内など、まるで必要とはしないのだから。
(……まさかな……)
そこまで傲慢なこともあるまい、と首を横に振る。
どう作ろうとも、「キース」は神にはなれないから。
神の子のように死んで復活しもしなければ、天に昇りもしないのだから。
そのくらいのことは、きっと機械にも分かると思う。
「キース」が「神」になれないことは。
どれほど「神」に似せて作ろうとも、「神」さえも超える生まれの者を作り上げようとも。
(…いくら機械が、神というものを目指そうが…)
神は作れん、という気がする。
ヒトが「神」などを忘れていようと、それでも「神」はいるのだから。
クリスマスが「ただのイベント」だろうと、人生の節目にしか「神の出番」が無くとも。
(……どう転がっても、私が神になれる日などは……)
来はしないのだ、と分かっているから、ただ虚しい。
機械が「神を創り出すこと」を目指したのなら、彼らの目論見は外れたから。
「キース」に出来ることといったら、「人類の指導者」程度だから。
(…それが限界だと思うのだがな……)
それ以上を求められても困る、と傾けた冷めたコーヒーのカップ。
「キース」は天には昇れないから。
どれほどに忘れ去られた「神」でも、「キース」よりかは人の心に生きているから。
気が遠くなるほどの時が流れた後にも、その誕生日を祝われて。
ただのイベントと化した今でも、クリスマスを皆に待ち望まれて。
その日が持っている本当の意味は、忘れられていても。
街が華やぐだけになっても、パーティーを開く日になっていても。
何故なら、「神の子」は「本物」だから。
機械が無から作りはしなくて、神が下した一人子だから…。
神の一人子・了
※いや、キースって、いろんな意味で「神の子」を超えているんだよな、と思ったわけで…。
季節外れも甚だしい話になっちゃいましたが、あえてクリスマスが舞台です、はい~。
(……キース・アニアン……)
ああいう仕組みだっただなんて…、とシロエが噛んだ唇。
フロア001で見たモノ、それがあまりにも意外過ぎたから。
(…機械仕掛けの人形なんだ、って…)
思い込んで、そう信じて来た。
感情すらも無い「機械の申し子」、彼も機械に違いないと。
一皮剥いたら、皮膚の下には、精巧な機械があるのだろうと。
けれど、答えは違っていた。
フロア001に居たのは、何人もの「キース・アニアン」たち。
胎児から、今のキースくらいの標本までが、幾つも並べられた部屋。
それとは別に、金髪の女性の標本も並んでいたけれど…。
(……キースは、あそこで……)
マザー・イライザに作り出されて、育て上げられた。
最初はクローンかと思ったけれども、覗き見たデータは、想像以上のもの。
キースも、金髪の女性の方も、「無から生まれた存在」だった。
機械によって合成された、三十億もの塩基対。
それを繋いで紡ぎ出された、DNAという名の鎖。
「キース」は、其処から生まれて来た。
全くの無から作り上げられ、胎児の形に成長して。
(…おまけに、人工子宮から出ずに…)
人工羊水の中に漂い、そのまま育っていったという。
マザー・イライザから、膨大な知識を流し込まれながら。
人類の理想の指導者たるべく、作られた時から、英才教育を施されて。
だからキースは「外」を知らない。
水槽の中だけが世界の全てで、何処にも行きはしなかったから。
そう知った時に、水槽を見詰めて考えた。
「ゆりかご」だよね、と。
赤ん坊を育てる時に使うのが、ゆらゆらと揺れる「ゆりかご」だけれど。
養父母が揺すってあやすのだけれど、キースに、そんな時代は無い。
ずっと機械が育てて来たから、養父母などは存在しない。
水槽の外にも出ないのだったら、まるで必要なかった「ゆりかご」。
(……だけど、あいつは……)
機械に育て上げられたのだし、あの水槽が「ゆりかご」だろう。
ゆらゆらと揺れることは無くても。
マザー・イライザが、「キース」をあやすことも無くても。
その「ゆりかご」を撮影した。
本当だったら、アンドロイドの製造現場を映すつもりで、持っていたカメラで。
並ぶ「キースたち」を端から映して、得意満面で語り掛けた。
「キース先輩、見てますか?」と。
それをキースに突き付けるために、「此処が何処だか、分かります?」とも。
「ゆりかごですよ」と、思ったままを口にもした。
キースが何を思うかはともかく、「それ」が真実なのだから。
「機械の申し子」は此処で生まれて、機械が世話をしたのだから。
充分に大きく成長した後、E-1077で「人間」の中に混ざれるように。
「本物のヒト」と何ら変わらず、エリート候補生として。
そのために「キース」は作られたから。
誰よりも優れた者になるべく、DNAさえも機械が紡いで。
(…其処までは上手く行ったのに…)
いったい何が拙かったろうか、どの段階でヘマをしたのか。
保安部隊の者に捕まり、それは酷い目に遭わされた。
拷問まがいの心理探査に、有無を言わさぬ様々なチェック。
動くことさえ辛いけれども、なんとか其処を逃げ出して来た。
フロア001を映したデータを、取り戻して。
恐らくは命がけの映像、それを失いたくなくて。
(……また、捕まったら……)
今度こそ「シロエ」は消されるのだろう。
知ってはならない秘密を覗いた、反逆者として。
最高機密を知ってしまった、「消さねばならない」存在となって。
けれど、黙って消されはしない。
何としてでも、機械に一矢報いるまでは。
機械が作り上げた「キース」に、真実の欠片を突き付けるまでは。
(…この映像さえ、キースの目に入ったら…)
きっと全ての糸が繋がることだろう。
キースが「ゆりかご」を目にしたならば。
フロア001に足を踏み入れ、何人もの「キース」に出会ったならば。
ただ、それだけを思い続けて、逃れて来た。
通風孔の中を懸命に辿り、自分のための個室まで。
(……データを隠しておくんなら……)
此処だ、と決めていた本の中。
ただ一つだけ、故郷から持って来られたもの。
大好きだった両親がくれた、宝物の『ピーターパン』の本。
(…パパ、ママ…。ピーターパン…)
これを守って、とデータを収めたチップを隠した。
「セキ・レイ・シロエ」と名が書いてある、その下に。
本を広げないと見えない場所に。
(……薄いチップだから……)
この本をパタンと閉じてしまえば、もう分からない。
不自然に表紙が開きはしないし、見た目には隙間も出来てはいない。
名前の上を指でなぞれば、「何かある」と指が感じるだけで。
「セキ・レイ・シロエ」の文字をじっくり追って初めて、僅かな段差が分かる程度で。
(…これで大丈夫…)
それに、何処までも、ぼくと一緒、とピーターパンの本を抱き締めた。
もう、この個室にさえ、追手が迫っていることだろう。
保安部隊が、銃を手にして。
逃げた「シロエ」を射殺する気か、取り押さえる気かは知らないけれど。
(でも、ぼくは…)
此処で捕まるわけにはいかない。
命を終えるつもりもない。
「キース」にデータを突き付けるまでは。
彼を立派に育てた「ゆりかご」、それの秘密を手渡すまでは。
(ぼくの命が終わる時まで…)
この本と一緒にいたいと思う。
キースにデータを手渡した後も、もう秘密の無い本を抱えて。
両親に貰った宝物の本を、何よりも大切に思い続けて。
(……来た……!)
鍵をかけておいた扉を、乱暴に開けようとしている音。
保安部隊がやって来たのに違いない。
(…こんな所は、覗かない筈…)
此処に隠れてやり過ごそう、と床の下へと潜り込んだ。
通風孔へは、其処から入ってゆけるけれども…。
(下手に動いたら、感付かれて…)
引っ張り出されるに決まっているから、息を潜めた。
ピーターパンの本を抱き締め、まだ乱れている呼吸を抑えながら。
肩は激しく上下するけれど、口からは音が漏れないように。
「いたか!?」
「いや、こっちにはいない」
「そっちはどうだ!?」
バタバタと歩き回る音。
荒々しい足音が、右へ左へと頭上で動く。
「セキ・レイ・シロエ」を捜し出すために。
その場で殺してしまうためにか、また引き立てて行くためにか。
まだ、捕まる気は無いけれど。
「キース」の秘密が隠された本を、憎いキースの所に持って行くまでは。
(……パパ、ママ……)
ピーターパンも、ぼくを守って、と大切な本を抱き締めていて。
宝物を抱えて息を潜めて、乱暴な足音が去ってくれるよう祈り続けて…。
(…キースって…)
あいつには、何も無いんじゃないか、と気が付いた。
過去の記憶を持たないキースは、「本当に持っていなかった」。
この世に生まれた人間ならば、誰もが持っているものを。
成人検査で奪われた後も、微かに残る筈の記憶を。
(……ずっと、水槽で育ったから……)
キースには育ての親もいなければ、故郷も、幼馴染も無い。
そんなものなど持ったことも無くて、知識を得て成長したというだけ。
(…過去なんか、何も持ってないなら…)
機械が奪う必要は無くて、あった筈もない成人検査。
キースは成人検査の代わりに、初めて「外の世界」を得た。
機械が与え続けた酸素を、卒業して。
自分自身の肺で呼吸して、二本の足で初めて立って。
(……あいつ、そうやって生まれて来たんだ……)
過去を奪い取る、あの残酷な成人検査を受けもしないで。
どんなものかも知りもしないで、訳知り顔で。
(……幸福な奴……)
なんて奴だ、と募る憎しみ。
今、苦しいのは、成人検査で過去を奪われたせいなのに。
保安部隊に追われることより、その方がずっと辛くて悲しいことなのに。
(…幸福なキース…)
そう言ってやる、と噴き上げる怒り。
無事に此処から逃れられたら、あの幸福な生命に。
機械が作り出したキースに、嘲りをこめて。
彼だけが「それ」を知らないから。
成人検査を知らない命は、過去を奪われる悲しみさえも、覚えずに生きているのだから…。
過去が無い幸福・了
※シロエが言っていた「幸福なキース」という言葉。アレをいつ思い付いたんだろう、と。
「ゆりかご」を見付けて捕まった時は、まだだった筈。この頃かな、というお話。
(……友達か……)
もう、そう呼んでくれる者もいないな、とキースが零した溜息。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令に与えられた個室で。
側近のマツカは下がらせた後で、夜更けと言ってもよい時刻。
冷めて温くなったコーヒーのカップを傾けていて、思ったこと。
今の自分に「友達」はいない。
いるのは部下たちと側近のマツカ、それだけが周りを取り巻く者。
ずっと昔には「友」がいたのに。
「友達だろ?」と肩を叩いて、「元気でチューか?」と笑んでいたサム。
けれど、その友を失った。
サムは今でもいるのだけれども、子供に戻ったサムの世界に「キース」はいない。
成人検査よりも前の時代に生きるサムには、ステーション時代などは無いから。
「父さん」「ママ」とサムが呼ぶ養父母、彼らがサムが見ている人々。
其処では、キースは「赤のおじちゃん」。
国家騎士団の赤い制服を纏って、何度も会いに行ったから。
サムがすっかり懐くくらいに、病院へ足を運んだから。
(……私は、赤のおじちゃんで……)
今のサムが言う「友達」ではない。
サムが一緒に遊んでいるのは、時の彼方にいる友達。
雲海の星、アルテメシアの育英都市のアタラクシアで、サムと過ごしていた者たち。
その中には、きっと、ミュウの長までいるのだろう。
サムの幼馴染のジョミー・マーキス・シン、今のミュウたちを率いる長が。
(…ジョミーには、今も…)
友がいるのに違いない。
サムとは離れてしまったけれども、ミュウの母船で出会った者たち。
彼らに囲まれ、孤独などとは、まるで無縁で。
時折、こうして「孤独だ」と思う。
自分は一人きりなのだと。
友の一人もいてくれなくて、ただ一人きりで歩み続ける。
機械が「キース」を作った時から、敷いていただろうレールの上を。
道を外れることも出来ずに、黙々と機械に従い続けて。
(……一つだけ、逆らっているのだがな……)
ミュウのマツカを、「人類」だと偽り、国家騎士団に転属させたこと。
そうして自分の側近に選び、今でも生かし続けていること。
ミュウは端から抹殺するのが、SD体制を維持する道。
グランド・マザーはそう説いているし、マザー・システムがそれを実行する。
成人検査でミュウと判明した子は、生きてゆくことを許されない。
その場で処分されてしまうか、実験動物として殺されるか。
(…マツカも、そうなる筈だったのを…)
運が良かったのか、たまたま逃れられた運命。
シロエのように「機械に選ばれた」わけではなくて、「見落とされた」存在。
成績不良の劣等生として生き、ひっそりと死んでゆく筈だった。
辺境の基地から出られないまま、出世の道さえ見付けられないで。
(それが今では、大した出世で…)
部下の中には、マツカをやっかむ者たちもいる。
「コーヒーを淹れるしか能のない、ヘタレ野郎だ」などと罵倒して。
だから、マツカも「孤独」なのだろう。
人類の世界に、一人、紛れてしまったミュウ。
仲間が集まる船には行けずに、人類の世界で暮らし続けて。
今日のように部下たちが飲みに行く時も、一人だけ、声を掛けられないで。
(…だが、マツカには…)
友はいなくても「仲間」がいる。
未だに出会えていないだけのことで、この宇宙にはミュウが大勢。
モビー・ディックに乗っているミュウが全てではない。
今、この瞬間にも、何処かで生まれていることだろう。
ミュウの因子を持った子供が。
成人検査を通過できずに、システムに消されてしまう命が。
(……思った以上に、ミュウは多くて……)
もはや単なる「異分子」だとは思えない。
進化の必然と呼べばいいのか、歴史がミュウに味方していると捉えるか。
(…グランド・マザーは、ミュウを否定するが…)
それ自体が誤りなのかもしれない。
所詮、マザーは機械だから。
自分で思考しているとはいえ、その根源は人間が組んだプログラム。
SD体制に入るよりも前に、グランド・マザーを作った者たち。
彼らが意図して組み上げたモノが、「彼女」の思考を作り出している。
ゆえに彼らが間違えていたら、グランド・マザーも「間違ったこと」しか考えられない。
世界が、どのように動こうとも。
歴史の流れが変わってゆこうと、機械は変わらず叫び続けるだけ。
「ミュウを殺せ」と。
異分子は全て抹殺すべきで、一人たりとも、生かしておくなと。
側近の「マツカ」は、そのミュウの一人。
人類の世界では孤独であっても、ミュウの時代が訪れたならば、友は容易く見付かるだろう。
マツカが心を開きさえすれば。
「ぼくもミュウだ」と、本当のことを打ち明ければ。
(……しかし、私は……)
本当に一人きりなのだ、と足元の床が消えてゆくよう。
サムが「友達」と呼んでくれた頃は、まだ孤独ではなかったのに。
そのサムが壊れてしまった後にも、友の仇を討ってやろうと、旅立ったのに。
(…知らないというのは、幸せなことだ…)
自分が本当は何者なのか。
どうして此処に、国家騎士団総司令として生きているのか。
いずれはパルテノンに入って、国家主席の座に就くのだろう。
機械がそのようにレールを敷くから、その上を黙って歩いて行って。
友の一人も見付からないまま、気が遠くなるほどに孤独に生きて。
(……まさか、ヒトではなかったなどと……)
いったい誰が思うだろうか、こうして生を享けて来たのに。
怪我をしたなら、赤い血だって流れるのに。
(…マザー・イライザが作った人形…)
シロエの口からそう聞いた時は、「ヒトではないのか」と疑った。
機械が作ったアンドロイドで、思考も全てプログラムかと。
けれど、その方がマシだったろう。
「無から作られた」人間よりは。
ヒトと同じに生きているのに、「誰一人、仲間がいない」よりかは。
そうは言っても、人付き合いは得手ではない。
セルジュたちが飲みに行くと言っても、一緒に行こうと思いはしない。
部屋で静かに本を読んだり、こうしてコーヒーを傾けたり、と「一人」を好む。
それでも「一人」と「孤独」とは違う。
ただ一人きりの「機械に作り出された生命」、ソレは「孤独でいる」しかない。
何処を探しても、同じモノなど、いはしないから。
マツカのように「仲間が見付かる」時も、訪れはしないのだから。
(……あの、ミュウの女……)
ジルベスターで人質に取った、長い金髪で盲目の女。
彼女の生まれは「キース」と同じなのだという。
やはり同じに無から作られ、失敗作として処分される所を盗み出された。
伝説と呼ばれたタイプ・ブルー・オリジン、ソルジャー・ブルーに見いだされて。
ミュウの船へと連れてゆかれて、ミュウの仲間になってしまって。
(…私と生まれは同じなのだが…)
あの女は、けして孤独ではない。
ミュウの母船で、仲間に囲まれているのだから。
彼女がどういう立場であろうと、きっと「孤独」を味わいはしない。
船のミュウたちと一緒に暮らして、友達もいることだろう。
此処にいる「キース」とは、まるで違って。
ただの一度も、孤独の淵など、立ち止まって覗き込まないで。
(……私にも、友がいてくれたなら……)
今でもサムが正気だったら、全ては違っていただろう。
サムに「キース」の正体を明かしたとしても、嫌われはせずに。
「生まれなんて、そんなに大事なモンか?」と、笑い飛ばしていたかもしれない。
そう、あのサムがいてくれたなら。
遠い昔に「友達だろ?」と、明るく笑った彼がいたなら。
(……私には、運が無いのだな……)
だから一人だ、と孤独の闇に包まれる。
照明は消えていないのに。
煌々と明るく照らし出すのに、それさえも消えてしまったように。
(…こうして、ずっと一人きりで生きて…)
きっと最後も、自分は孤独なのだろう。
最期の息を引き取る時にも、友達は側にいてくれなくて。
ただ一人きりで生きて、生き続けて、疲れ果てて死んでゆくのだろうか。
「最後まで、私は一人なのか」と、溜息をついて。
孤独に生きた人生の終わりに、またも孤独を突き付けられて。
(…それが似合いではあるのだがな…)
どうせヒトではないのだからな、と思いはしても、虚しくなる。
友達もいない孤独な生など、本当は望んでいないから。
機械が促し、「行け」と言うままに、歩んでゆくしかないのだから…。
作られた孤独・了
※「最後まで、私は一人か…」と呟いていたのが、アニテラのキース。死の直前に。
その隣にいたジョミーの立場は…、と考えていたら出来たお話。単に口癖みたいなもの。