(まったく……。これで何度目なのだ)
もう報告も聞き飽きたぞ、とキースが零した深い溜息。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令のために与えられた個室で。
夜の帳は降りたけれども、昼間のことを思い出させる報告書。
直属の部下のセルジュが届けた、暗殺計画の首謀者のリストや、後始末などの中身。
(今のところは、マツカのお蔭で全て未遂に終わっているが…)
いつか成功するやもしれん、と呆れるくらいに何度も起こる暗殺計画。
「キース・アニアン」は邪魔だから。
『冷徹無比な破壊兵器』と呼ばれた頃には、無害だったけれど。
お偉方にすれば「使える部下」で、仕事の出来るメンバーズ。
けれど今では事情は変わった。
国家騎士団総司令にまで昇り詰めた上に、グランド・マザーの「お気に入り」。
放って置いたら、何処まで昇るか分からない。
現にチラホラ聞こえてくるのが「パルテノン入り」という噂。
パルテノンと言えば、元老たちで構成された最高機関。
軍人出身の元老は過去に一人もいないけれども、初の例外になりそうだ、と。
グランド・マザーのお声がかりでパルテノン入りか、あるいは誰かが抜擢するか。
(……しかし、抜擢するような奴は……)
誰もいないと見ていいだろう。
皆が保身に必死だから。
「キース・アニアン」がパルテノン入りを果たせば、自分の立場が危ういから。
元老ともなれば、今以上に強まる発言権。
グランド・マザーの後ろ盾もあるし、「キース・アニアン」は無敵になる。
二百年以上も空席だった、国家主席の座に就くことさえも…。
(…夢物語ではないのだからな)
だから私を殺そうとする、と顰める顔。
本当に「地球のため」を思うなら、私欲に走ってはならないのに。
SD体制を守りたいなら、醜い足の引っ張り合いなど、決してしてはならないのに。
そうは言っても、ヒトは私欲に走るもの。
自分の利益を守るためには、目障りな者は排除するだけ。
彼らの頭の中にあるのは、「出る杭は打たねばならぬ」ということ。
「キース・アニアン」を早々に消して、目の前の脅威を葬り去る。
そうしておいたら、自分の人生は安泰だから。
これから出世をしてゆく者も、功成り名遂げている者たちも。
(……もしも奴らが、私を消すのに成功したら……)
厄介なことになるだろうな、と「キース亡き後」を想像してみる。
表面上は何も変わらず、世界は動いてゆくことだろう。
たかが人間一人消えても、宇宙が滅びるわけもないから。
直ちに代わりの者が選ばれ、国家騎士団総司令の座に就くだけだから。
(周りから見れば、何も変わらん…)
新しい国家騎士団総司令が就任するというだけ、その名を覚え直すだけ。
部下たちも、一般社会を構成している者も。
「新しい国家騎士団総司令は、彼か」と、素直に現実を受け入れる。
それが意味することも知らずに。
世界は何を失ったのかも、まるで全く知らないままで。
「キース」の代わりは「いない」のに。
広い宇宙の何処を探しても、絶対に「見付けだせない」のに。
(……そして、これからも……)
何年、何十年と待とうと、「キースの代わり」は現れはしない。
どんなに待っても、何処からも来ない。
何故なら、「キース」は「作られた」から。
機械が無から作った生命、そんな者など他にはいない。
(…実際は、もう一人だけいるのだが…)
残念なことに失敗作で、その上、「ミュウに攫われた」それ。
今ではすっかりミュウの仲間で、人類には戻れないだろう。
なにしろ出会った自分自身が、そう思うから。
「ミュウの女」で、「人類とは全く違う者だ」と。
最初は恐らくアルテメシアで、行われていただろう実験。
「ミュウの女」が作られた頃には、ガラスの水槽は地上にあった。
(…そういうデータを見てはいないが…)
E-1077ではなかったのだ、ということくらいは想像がつく。
伝説のタイプ・ブルー・オリジンの侵入を許したのだから。
ソルジャー・ブルーが易々と入り、水槽の少女を攫って行った。
無から作られた盲目の少女、彼女が育って水槽の外へ出された後に。
「失敗作だ」と判断されて、処分が決まったその日の朝に。
(…いくらソルジャー・ブルーでも…)
舞台がE-1077では、そんな芸当は出来ないだろう。
足繁く通って入り込むことも、攫って逃亡することも。
つまり「かつては、別の場所に在った」実験施設。
そこで少女が攫われたせいで、実験は宇宙に移ったろうか。
またしてもミュウが通って来たなら、また失敗に終わるから。
新たに無から作る命も、まんまとミュウに奪われるから。
(……E-1077に移したお蔭で……)
ソルジャー・ブルーは二度と現れず、機械は「キース」を完成させた。
幾つもの「命」を作り出しては、処分した末に。
サンプルとして残した他にも、きっと何人もいた「キース」。
少なくとも顔は「キース」な男を、幾つも、幾つも作り続けて。
(…ようやく私が生まれたらしいが…)
そうやって「キース」が世に出た後の、機械のやり方。
果たして正しかったのだろうか、その判断は。
「もしや、間違いだったのでは」と、時々、背筋が寒くなる。
暗殺計画が起こって、それを乗り越えた時に。
「いつか、彼らが成功したら」と、「キース亡き後」を考えた時に。
代わりは「何処にもいない」から。
誰も代わりになれはしないし、何年待とうと、代わりは現れないのだから。
(……所詮は、機械の浅知恵なのか……?)
滅びを知らないグランド・マザー。
部品さえ交換していったならば、永久に壊れることなどはないコンピューター。
それゆえに「キース」も、「一人いればいい」と思ったろうか。
もしも万一のことがあったら、「いなくなる」とは考えもせずに。
「キース・アニアン」を失った時は、代わりの者が必要なのに。
(…自分が死なないものだから…)
不慮の事故さえ想像もせずに、一人だけ作って満足したのがグランド・マザー。
「キース」の代わりを作っておかねば、万一の時は「後が無い」のに。
人類は導く者を失い、グランド・マザーも困るだろうに。
(……私が出来上がったら、これ幸いと……)
閉鎖されたのが実験の場所で、E-1077は廃棄された。
表向きの理由は、シロエの事件にかこつけて。
「ミュウのキャリアに汚染された」と、在学生たちを処分して。
そうして宇宙に棄て置かれたのを、グランド・マザーは跡形もなく消し去った。
他ならぬ「キース」に命令して。
「E-1077を処分せよ」と、マザー・イライザごと滅ぼすようにと。
(……お蔭で自分の生まれを知ったが……)
あの時、受けて来た命令通りにした自分。
実験施設もサンプルも全て、E-1077もろとも消した。
惑星上に落下させて。
大気圏との摩擦で燃やして、重力の中で爆発させて。
(…だが、本当に正しかったのか…?)
施設そのものを壊したことは…、と恐ろしくなる。
破壊しないで残しておいたら、多分、「キース」を作れたから。
全く違う生命さえも、作ることは可能だっただろう。
「ミュウの女」の遺伝子データに基づき、「キース」を新たに作ったように。
今度は「キース」のデータを基本に、まるで全く違ったモノを。
E-1077さえ今もあったら、「代わりの者」は作り出せた。
もう一度「無から作る」となったら、かなり時間がかかるけれども。
(……それでも、いないよりかは遥かにマシだ……)
そうも思うし、「どうして作り続けなかった?」とも問い掛けたくなる。
機械に問うても、きっと理解はしないけれども。
「キース」一人で満足し切って、E-1077を捨てた機械は。
(……作り続けていてくれたなら……)
私の心が軽くなるのに、と思っても、それは無駄なこと。
E-1077を「処分した」のは「自分」だから。
この自分でさえ、あの瞬間には、その意味が「分かっていなかった」から。
(…私が暗殺されてしまったならば、何もかもが…)
終わってしまって、人類の導き手は消える。
劣等人種のミュウでさえもが、ちゃんと代替わりをしているのに。
ソルジャー・ブルーが死んだ後には、ジョミー・マーキス・シンがいるのに。
(ついでに、ジョミーに何かあっても…)
次の世代のタイプ・ブルーが何人もいるし、ミュウの導き手は失われない。
人類は「そうはいかない」のに。
「キース・アニアン」が死んでしまえば、あえなく滅びそうなのに。
(……こんな具合だから、ミュウに敗れる未来しか……)
私には見えて来ないのかもな、と暗澹たる気分になってくる。
暗殺計画を無事に切り抜け、命を拾った時などに。
「いつか暗殺が成功するかも」と、最悪の結果を考えた時に。
もしも「キース」が殺されたならば、「代わりの者」はいないから。
人類の未来は「お先真っ暗」、ミュウに滅ぼされて終わりだから。
(……私は、死ねん……)
暗殺などで決して死んではならないのだ、と重荷を背負って生きるしかない。
「キース」は一人きりだから。
代わりの者など何処にもいなくて、何年待とうと、現れることはないのだから…。
一人きりの重荷・了
※原作ではキースが生まれた後にも、作られていた実験体。E-1077で、定期的に。
けれどアニテラでは「キース」で最後。本当にそれで良かったのか、というお話。
(……こんなトコかな)
今日の所は、とシロエが閉じた勉強用のノートと端末。
E-1077の夜の個室で、キリのいい辺りで。
机を離れてベッドに向かうと、腰を下ろして本を手に取った。
いつも決まった場所に置いてある、大切な本を。
たった一つだけ、故郷の星から持って来たもの。
(……ピーターパン……)
ぼくは頑張っているからね、と本の表紙に語り掛ける。
心の中で語る言葉は、ピーターパンにも届くだろうと思うから。
声に出すより、その方がいいと思えるから。
(…まだまだだけど……)
まだまだ時間はかかりそうだけれど、着実に前進している自分。
次の試験でもきっとトップで、その後も、ぐんぐん昇ってゆく。
周りのエリート候補生たち、彼らを端から置き去りにして。
単独でトップを走り続けて、メンバーズ・エリートに選ばれる日まで。
(……待っていてね……)
ぼくは必ずメンバーズになって見せるから、とピーターパンに何度誓っただろう。
幼い頃から憧れ続けた、ネバーランドに住む少年に。
永遠に年を取らない子供に、「ぼくは頑張る」と。
このステーションから選び出される、何人かのメンバーズ・エリートたち。
選抜されれば、能力次第でいくらでも上に昇ってゆける。
そうして、いつかは頂点に立てることだろう。
けして努力を怠らなければ。
自分自身を磨き続けて、グランド・マザーに気に入られれば。
(…システムを批判してたって…)
その能力さえ優れていたなら、機械は「シロエ」を抜擢する筈。
今の社会を統治する者は、他にいないと。
二百年間も空席のままの、国家元首の座にだって就ける。
他に適した者がいないなら、「シロエ」にするしかないのだから。
その日を目指して、ステーションでも続ける勉強。
候補生なら当たり前のことだけれども、「それ以上」のものを。
課された課題や、するべき勉強、それらだけでは終わらせない日々。
地球のトップに立とうと言うなら、覚えるべきことは山のようにある。
今から先取りしておいたって、得にはなっても損にはならない。
(ぼくは、そうして来たんだから…)
エネルゲイアにいた頃から、と子供時代の記憶を手繰る。
成人検査で消され、薄れた記憶とはいえ、そういったことは「忘れていない」。
学校の場所さえ曖昧になっても、「頑張って勉強した」ことは。
懐かしい家すら霞んだ今でも、その家で「努力していた」頃の記憶は。
(……きっと、都合がいいからなんだ……)
勉強好きの努力家だったことが、「機械にとっては」。
その事実を忘れさせるよりかは、覚えておかせた方がいい。
そうすれば「シロエ」は、努力するから。
「あの頃のぼくも、頑張ってたよ」と、励みに思って上を目指すから。
(…いいんだけどね…)
別にそれでも、と浮かべる皮肉な笑み。
努力は裏目に出たのだけれども、「勉強好き」は今後の役に立つ。
機械に選ばれ、国家元首になりたいのなら。
トップエリートの階段を上り、出世街道を駆け抜けたいなら。
(……本当は、ネバーランドよりも素敵な地球へ……)
行こうと思って、故郷で努力を続けていた。
優しかった父が、こう言ったから。
「シロエなら行けるかもしれないな」と。
ネバーランドも悪くないけれど、それよりも素晴らしいという所が「地球」。
其処へ行けたら、と夢を抱いて、ひたすらに励み続けた自分。
「頑張った先」に待っているものも、知らないで。
子供時代の記憶を消されて、ステーションに行くとも気が付かないで。
ネバーランドよりも素敵な地球へ、と頑張ったことは失敗だった。
こうして過去を奪い去られて、ステーションに連れて来られたから。
「地球に行くこと」は、「子供時代の全てを捨て去ること」だったから。
(……でも、どうせ……)
成人検査は必ず受けるものだし、どんな子供でも逃れられない。
それなら、これでも「いい」のだろう。
E-1077に来られた自分は、いつか力を持てるから。
国家主席の座に就いたならば、機械に向かって命令出来る。
「奪った、ぼくの記憶を返せ」と。
大切な記憶を奪い返したら、次は「止まれ」と下す命令。
自分のような子供を作り出し続ける歪んだ世界は、滅ぶべきだから。
「ヒトが、ヒトらしく」生きるためには、機械が治める世界は要らない。
だから「止まれ」と機械に命じて、SD体制を終わらせる。
「子供が子供でいられる世界」を、取り戻すために。
ピーターパンの本が書かれた時代に、地球で、人間が「そう生きた」ように。
(…もちろん、滅びを繰り返さないように…)
策を講じねばならないけれども、SD体制なんかは「要らない」。
世界は「ヒト」のものであるべきで、機械のものではないのだから。
誰もが幸福になれる世界は、「ヒトが治める」べきだろうから。
(……頑張らなくちゃ……)
そのために、ぼくは選ばれたんだ、と今は誇りに思っている。
ピーターパンの本を失くさず、ステーションに持って来られた自分。
成人検査を受けた子供は、「何も持っては来られない」のに。
子供時代の記憶はもちろん、故郷で大切にしていた物も。
成人検査を受ける時には、荷物を持っては行けない決まり。
けれど自分はそれに従わず、宝物の本を持って出掛けた。
お蔭で今でも失くしてはいない、大切な本。
それこそが「選ばれた者」の証で、ピーターパンにも、きっと期待をされているから。
(……今よりも、もっと……)
もっともっと努力を重ねないと、と「やるべきこと」に思いを馳せる。
メンバーズ・エリートに選ばれた先に、国家元首の座に就いた先に。
そうやって頑張り続けていたなら、ピーターパンにも会えることだろう。
「迎えに来たよ」と、永遠の少年が空を翔けて来て。
その頃には「シロエ」は年老いていても、この命を終える時であっても。
(…ネバーランドに行けるなら…)
それでいいや、と緩んだ頬。
懸命に生きた生の終わりに、そんな御褒美が待っているなら。
ピーターパンと一緒に空に舞い上がり、ネバーランドへ飛んでゆけるのならば。
(……だけど、ホントは……)
もっと早くに行きたかったな、と微かにチリリと痛む胸。
「ネバーランドよりも素敵な地球へ」と思わなかったら、あるいは行けていたのだろうか。
子供の味方のピーターパンは、「シロエの夢」を尊重したから、迎えに来ないで…。
(…こういう人生になってしまったとか?)
まさかね、と急に冷たくなった背。
あれだけ待って待ち続けたのに、ピーターパンは「来なかった」。
もしかしたら、それは「自分が選んだ」道だったろうか。
「ピーターパンと一緒に行くより、地球に行こう」と。
そう出来るだけの素質と能力、それが「シロエ」にはあったから。
努力と勉強を怠らなければ、「地球への道」が開くのだから。
(……ぼくが、こういう道に来たなら……)
SD体制を破壊するために、更なる努力を続けてゆく。
「ぼくは選ばれた子供なんだ」と、誇りを持って。
ピーターパンなら忌み嫌うだろう、機械の世界を滅ぼすために、と。
だから自分は「今、ステーションにいる」のだろうか、ネバーランドには行けないで。
ピーターパンは迎えに来ないで、大人への道を歩み始めて。
(……そんなことって……)
あるだろうか、と思うけれども、否定するには決め手に欠ける。
ピーターパンが「ずっと、探していた」のが、「シロエのような子供」だったら…。
(…迎えに行くより、SD体制を破壊して貰おう、って思うよね?)
きっとそうだ、と容易に想像がつく。
ネバーランドを、ピーターパンを忘れない子で、優秀な子供が、どれほどいるか。
こんな「機械の言うなり」な世界に、マザー牧場の羊ばかりが増える世界に。
(……ぼくの他には、誰もいなくて……)
そのせいで、ぼくが「選ばれた」なら…、とゾクリとする。
もっと成績が悪かったならば、「違っていたかもしれない」と。
成人検査を受けるより前に、ピーターパンが迎えに来て。
今では住所も思い出せない、エネルゲイアの高層ビルにあった家。
あそこの窓から、夜の間に高い空へと舞い上がって。
ピーターパンやティンカーベルと、夜空を翔けてネバーランドへ。
(……二つ目の角を右に曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ……)
謎かけのような、ネバーランドへ行ける道。
それはすっかり無視してしまって、真っ直ぐに飛んで。
子供が子供でいられる世界へ、幼い自分が焦がれた場所へ。
(……ぼくが劣等生だったなら……)
そっちの道へ行けただろうか、と零れ落ちる涙。
もしもそうなら、「選ばれた子供」でなくても良かった、と。
世界を救った英雄になるより、ただの名も無い子供で良かった。
先の見えない長い長い道、其処を懸命に歩くよりかは。
SD体制を破壊する日まで、がむしゃらに努力の人生よりは。
たとえ「負け犬」と呼ばれようとも、そちらの道なら後悔は無い。
ピーターパンが迎えに来るのだったら、ネバーランドへ行けたのならば…。
劣等生なら・了
※ステーションで努力するシロエですけど、もしも劣等生だったら、どうなったのか。
成人検査で一般コースに送られるのが普通とはいえ、ネバーランドに行けていたのかも…。
(優秀な人材か……)
そんな者はいないから困るのだがな、とキースが心で零した溜息。
首都惑星ノアの、元老のためにと与えられた個室で。
側近のマツカも部下たちもいない、とうに夜更けとなった時間に。
マツカが淹れて行ったコーヒー、それもすっかり冷めてしまった。
半分ほど飲んであったけれども、考え事をしている間に。
(まったく、元老たちといえども…)
本当にクズばかりなのだ、と悩みは尽きない。
最初から予想はしていたけれど。
初の軍人出身の元老として、パルテノン入りをする前から。
(鳴り物入りでの大抜擢だったが……)
それは民間人から眺めた視点で、上層部の者たちの考えは違う。
軍人も、肝心の元老たちも。
保守と出世欲に凝り固まった思考の持ち主、エリートどもの考え方。
(出る杭は打たれる、と言うのだがな…)
その杭である「キース・アニアン」、それを消そうとしていた者たち。
国家騎士団総司令だった頃に、散々、身をもって知らされた。
幾つも立てられた暗殺計画、何度、実行に移されたことか。
ミュウのマツカがいなかったならば、とっくに死んでいただろう。
爆弾に車ごと吹き飛ばされて。
あるいは、あえなく撃ち殺されて。
(私を消してまで、守りたいものが…)
自分の出世欲だというのが情けないな、と呆れ果てる。
もっと志を高く持たねば、社会も宇宙も、守れないだろうに。
たかが劣等人種のミュウども、彼らに秩序を覆されて。
気付けば宇宙はミュウに征服され、人類の方が劣等人種に成り下がる。
今のように、日々、足の引っ張り合いばかりでは。
己の保身だけを考え、全体を見詰めないままでは。
パルテノン入りを果たした今となっては、絶望感は深まるばかり。
何処を探しても、「優秀な者」はいないから。
宇宙の、地球の舵を取れる者は、誰一人として「いそうにない」。
ただ単純に「優秀な者」と言うだけだったら、直属の部下たちが「そう」だけれども。
スタージョン中尉やパスカルたちなら、充分に優秀な頭脳の持ち主。
とはいえ、彼らは「指導者」ではない。
指導者になれる器でもない。
いくら優秀な人材とはいえ、方向性が違うから。
自分で思考し、自分の意志で行動出来ても、彼らに「指導者」は向いてはいない。
そう、適性の問題と言える。
どんなに励まし、どれほど教育を施そうとも、「なれない」指導者。
とても優秀な部下にだったら、なれるのに。
上司の指示が無くても動けて、命じた以上の成果を上げることが出来るのに。
(……そう、それこそが問題なのだ……)
今の世界には一人もいない、と溜息を漏らすしかない「優秀な人材」という代物。
そういった者が全く「生まれて来なくなった」惨い現実。
無限大の精子と卵子の交配、それを繰り返し続けても。
人工子宮で育てては世に出し、様々な場所で育ててみても。
(……国家主席の座は、二百年も空位……)
つまり二百年も「出て来なかった」、指導者の座に就ける人材。
二百年前までは、その座に就ける者がいたのに。
ミュウが宇宙に現れた頃にも、国家主席はいたというのに。
(…アルタミラ事変で、ミュウの殲滅を命じた者も…)
その時の国家主席の筈。
アルタミラを擁したジュピターの衛星、ガニメデをメギドで破壊させた命令。
計画自体は、グランド・マザーが立案した。
けれど命令を実行するには、軍を動かさなければならない。
当時の国家主席が自ら、その命令を下しただろう。
「全ては偉大なる母、グランド・マザーの導きのままに」と。
そうした決断を下すことが出来た、人類の指導者。
彼らが座った国家主席の座は、いずれ「キース」のものになる。
二百年もの長い空位の時代を経て。
そうなる予定なのだけれども、どうして「キース」になるというのか。
誰一人として気付かなくても、「キース」自身が知っている。
「キース」は、「ヒトではない」ものだと。
機械が無から作った存在、それも「指導者になるために」。
作った理由は、「人類の中から、優秀な人材が出て来ないから」。
無限大の精子と卵子の交配、機械が延々と続けてきたこと。
二百年前までは、そのやり方は有効だった。
国家主席になれる者が出て、人類を上手く纏め上げられた。
ところが何がいけなかったか、生まれなくなった「優秀な者」。
いくら交配を繰り返しても。
かつては優秀な者が生まれた、仕組み自体は変わらなくても。
(……機械は、それに業を煮やして……)
ついに「キース」を作り上げた。
神の領域に足を踏み入れ、幾つもの実験体を生み出した末に。
ミュウの船で見た盲目の女や、E-1077の廃墟で目にしたサンプルたち。
彼らの遺伝子データをベースに、三十億もの塩基対を合成して。
DNAという名の鎖を紡いで、無から作った生命が「キース」。
しかも「ヒト」とは思えぬ期間を、胎児の状態で育成して。
成人検査を迎える年まで、人工羊水の中に浮かべて。
そうやって「キース」は出来たけれども、本当に、それでいいのだろうか。
機械が作った「ヒトではないモノ」、そんな存在が国家主席でも。
人類を纏める者となっても、指導者の座に就いたとしても。
(……そもそも、SD体制下でも……)
機械がヒトの出産を管理しているとはいえ、制限はある。
優秀な人材が生まれなくなることが予想出来ても、それを防げなかった理由が。
「キース」のようなモノを作らなくても、方法は他にあったのに。
無から生命を作り出さずとも、「既にあるモノ」をコピーすればいい。
最後に国家主席の座に就いた者は、ちゃんと優秀だったのだから。
彼の遺伝子データを継いだら、同じく優秀な者が生まれる。
(…いわゆる、クローンというヤツだ…)
遺伝子レベルでの生命体の複製、それを作れる技術ならある。
ヒトには使っていないけれども、クローンの動物や植物は多い。
何故なら、彼らは「優秀」だから。
同じ遺伝子を持った彼らの複製、それらも、もれなく優秀なモノ。
だからクローンの技術があるのに、グランド・マザーは「使わなかった」。
最後の国家主席でもいいし、その前の国家主席であっても、かまわないのに。
間違いなく優秀な者がいたなら、彼らのクローンを作りさえすれば…。
(……人類の指導者は、絶えることなく続いて……)
国家主席の座は空位にならずに、今も彼らが占めていたろう。
「キース」を作り出す必要も無くて、E-1077も、ただの教育ステーション。
けれども、そうならなかった原因、それがSD体制の「禁忌」。
機械に与えられた制限、「ヒトのクローンを作り出すこと」。
いくら優秀な者が生まれても、彼らのクローンを生み出すことは許されない。
グランド・マザーを作った者たち、SD体制の前の世界を生きた者。
彼らは機械に命令を出した。
「ヒトのクローンだけは、決して作ってはならない」と。
それは禁断の技だから。
神の領域を侵す行為で、神への冒涜。
ヒトはヒトらしく生まれ出るべきで、クローンなどでは有り得ない。
だから「禁ずる」と下した命令。
そのせいで、機械は作れなかった。
優秀な者が生まれなくなると分かってはいても、彼らのクローンというものを。
(……それなのに……)
グランド・マザーが見付けた抜け穴、「禁止されてはいなかった」こと。
SD体制を作った者さえ、まるで考えなかった行為。
(…クローンが許されないのなら…)
無から生命を生み出せばいい、とグランド・マザーは考えた。
そのことは禁止されてはいないし、「許されるのだ」と。
神の領域を侵すことなど、考えもせずに。
(…機械の世界に、神というものは…)
概念さえも存在しなくて、ただデータだけが存在する。
機械は神を恐れはしないし、神の怒りを考えもしない。
だから「キース」を作り出せた。
クローンですらも禁忌な世界で、それを遥かに上回る禁忌を犯してまで。
しかも、そのことを悔いてさえもいない。
「とても優秀な者が生まれた」と、自画自賛しても。
自分たちが無から生み出した「キース」、彼のためにあらゆる手を尽くしても。
(……おおよそ、ろくな結果には……)
ならないだろうな、と思う「機械の暴走」。
そのような機械が治める世の中、それは滅びるべきだと思う。
機械が作った「キース」が言うのも変だけれども、「滅びて貰おう」と。
(…もっとも、私が手を下さずとも…)
滅びるのは時間の問題だがな、と唇に浮かべた皮肉な笑み。
「その時」は、もう見えているから。
機械がどんなに抗おうとも、歴史の流れは変えられないから。
劣等人種のミュウが勝ったら、自然と機械の世界は滅ぶ。
「キース」も一緒に滅ぶけれども、それで少しも悔しくはない。
何故なら、滅ぶべきだから。
機械も、機械が作った「キース」も、滅びるのが正しい道なのだから…。
滅ぶべきもの・了
※国家主席の座に就いた人間も、ずっと昔には存在した筈。それを考えたら出来たお話。
かつての「優秀な者」のクローンだったら優秀なのに、と。クローン禁止は、もちろん捏造。
(…これも、これも…)
これも違う、とシロエが机に叩き付ける拳。
E-1077の個室で、唇を噛んで。
モニター画面をきつく睨んで、その画面をも憎むかのように。
(畜生…!)
どうして見付からないんだろう、と悔しくて、ただ堪らない。
とても簡単そうに思えて、けれど決して出て来ない「それ」。
探し続けて、ひたすらに求め続ける情報。
(……記憶を繋ぎ止める方法……)
それが知りたい。
成人検査で子供時代の記憶を奪われ、このステーションに送り込まれた。
両親の顔さえおぼろにぼやけて、故郷の記憶も曖昧になって。
酷い衝撃を受けたけれども、まだそれだけでは終わらなかった。
(…マザー・イライザ…)
E-1077を統治している巨大コンピューター。
地球にいると聞くグランド・マザーの、多分、直属だろうと思う。
(……ママそっくりな格好をして……)
彼女が「シロエ」を呼び出す度に、記憶から「何か」が欠け落ちてゆく。
「コール」と呼ばれる心理療法、それを施される度に。
深い眠りの淵に落とされ、心を分析された末に。
(…目が覚めた時は、すっきりした気がするけれど…)
そう感じるのは「大切な何か」を失くしたからだ、と気付いたのは、いつだったろう。
自分の中から大事な記憶が、今も消されてゆく真実に。
成人検査だけでは終わらず、折を見ては記憶を消してゆく機械。
その目的は、もう分かっている。
システムに逆らう気を起こさぬよう、従順な「羊」を作り上げること。
マザー牧場で暮らす羊を。
大人しく草を食んで育って、大人の社会に出てゆく者を。
そんな「羊」になりたくはない。
過去を奪われ、歯車にされて、どうして幸せになれるだろうか。
いくら憧れの地球に行けても、「自分自身」を失くしたならば。
記憶を奪われ、根無し草になって、機械が与える暮らしに甘んじる人間。
「そうされたのだ」とは、気が付かないで。
自分でも「幸せなのだ」と信じて、何一つ疑わないままで。
(……それでいい奴らも、いるんだけどね……)
殆どの奴はそうじゃないか、と分かってはいても、馴染めはしない。
彼らの仲間になりたくはないし、「自分自身」を失くしたくない。
心からそう願っているのに、どうして忘れてゆくのだろう。
記憶力には自信があるのに、コールされる度に。
決して頭は悪くないのに、大切なことを忘れていって。
(…忘れない方法さえあれば…)
それがあれば、と向かう端末。
モニター画面を食い入るように見詰めて、検索ワードを打ち込んでゆく。
「忘れない方法」だとか、「しっかり記憶する方法」とか。
けれど、どうしても見付けられない。
求める情報は出てはこなくて、代わりに見付かる「記憶術」。
習った知識を忘れないよう、脳味噌に刻み付ける方法。
どう頑張っても、そればかり。
「これも違う」とキーを叩いて、別の情報を表示させても。
検索ワードの切り口を変えて、新しい角度から調べてみても。
(……此処が教育ステーションだから……)
そういう情報ばかり出るのか、他所でやっても「同じ」なのか。
何度も疑念が生じたけれども、恐らくは「何処でやっても」同じ。
機械は「それ」を望まないから。
システムにとっては不都合な記憶、それを「人間」が持ち続けては困るから。
(くそっ…!)
なんて世の中なんだろう、と反吐が出そうで、憎しみの炎が噴き上げる。
どうして世界は「こう」なのだろう、と。
マザー牧場の羊でなくても、皆、従順に「忘れてゆく」。
機械が記憶を操作する度、何の疑問も抱かずに。
忘れ、失くした過去のことなど、振り返ろうとさえもしないで。
(……一人残らず、そうなんだから……)
此処の奴らを見てれば分かる、と握り締める拳。
たまに聞こえてくる故郷の話や、養父母たちの話。
(…懐かしそうに話してるけど…)
話の最後を締めくくる言葉は、判で押したように「同じ」だった。
「もう、はっきりとは覚えていない」と、穏やかに笑んで。
そう言った者も、聞いていた者も、それを「変だ」とも思わないで。
(……子供時代の記憶は、消されて当たり前……)
機械が「そうだ」と教え込むから、大人しい羊たちは信じる。
それが正しい道だと思って、ただ真っ直ぐに歩んでゆくだけ。
コールされる度、更に記憶を奪われても。
「大切な何か」が消えていっても、それも「当然なのだ」と素直に納得して。
何故なら、過去は不要だから。
もう戻れない「過去」のことなど、覚えていたって意味などは無い。
機械は彼らに、こう教える。
「成長は過去を捨て去ること」だと。
過去の自分を捨ててゆくことで、人は成長してゆくのだと。
(……大嘘つき……!)
そんな筈などあるものか、と信じる気には、とてもなれない。
本当に「それ」が正しいとしたら、SD体制が始まる前の時代には…。
(偉い人間など、いやしないさ)
遠い昔には、成人検査も、コールも無かった。
誰もが記憶を失くすことなく、「過去」を糧にして育った筈。
英雄と呼ばれて今の時代まで名が残る者も、学者も、それに哲学者だって。
「過去」は大事なものだと思う。
それが「個人」を作り上げる核で、けして忘れてはならないもの。
「自分自身」を持っていたいのなら、「羊」になりたくないのなら。
だから懸命に探し続ける。
薄れてゆく記憶を繋ぎ止める術を、なんとかして見付けられないかと。
なのに出るのは記憶術ばかり、「教わった知識」を頭に刻む方法ばかり。
(……こうする間にも、またコールされて……)
きっと何かを失うのだろう、「失った」ことを知ったら愕然とするものを。
失くして直ぐには気が付かなくて、後でショックを受ける「何か」を。
(…ぼくはこんなに、忘れたくないのに…)
マザー牧場の羊たちは皆、幸せそうな顔。
子供時代の記憶が薄れて、故郷や養父母たちのことさえ、霞んでいても。
そうなったことを嘆きもしないで、ただ従順に受け入れている。
成長を遂げて「社会」に出るには、それが正しい道だから。
機械が彼らに教える通りに、丸ごと鵜呑みにしてしまって。
(……忘れたくない……)
忘れたくないよ、と叩いたキー。
「ぼくの記憶を消させないで」と、何かに縋るような気持ちで。
この世に神がいると言うなら、どうか祈りが届くようにと。
そうして表示された結果に、瞳を大きく見開いた。
「信じられないもの」が出たから。
本当だとはとても思えず、食い入るように見入った「それ」。
(……忘却は、神が与えた恩恵……)
モニター画面には、そういう文字列があった。
「忘れたくない」と神に祈ったのに、まるで全く逆の言葉が。
忘却が神の恩恵だなどと、機械に都合の良さそうなことが。
(……これも、機械が……!)
何か操作をしているんだよ、と眉を吊り上げ、文字を追ってゆく。
きっと見出しは「そう」であっても、中身の方は違うだろうと。
詳しく読んだら答えは逆で、神は「忘却」など、人に与えはしなかったろうと。
何度も何度も、読み返した「それ」。
他に引っ掛かって来た「似たようなもの」も、端から読んだ。
背筋が冷えてゆく中で。
「嘘だ」と何度も心で叫んで、「機械が弄った情報なんだ」と否定しながら。
けれども、残酷すぎた結末。
機械は「操作していなかった」。
何故なら、遥か昔の文献、それを引き出して確認したって「同じ」だったから。
「忘却は神が与えた恩恵」、その考え方に間違いは無い。
人間が地球しか知らなかった頃から、「そのように」考えられて来た。
辛くて苦しいだけの過去やら、心を責める罪の意識やら。
「そういったもの」を抱えたままでは、人の心は壊れてしまう。
だからこそ、神は「忘却」というものを与えた。
抱え込み過ぎて壊れないよう、過去を忘れてゆけるようにと。
どんなに辛いことがあっても、再び「未来」を描けるように、と。
(……成長は過去を捨て去ること……)
機械が言うのと同じじゃないか、と氷の手で心臓を掴まれたよう。
神は「忘れろ」と言うのだろうか、「忘れたくない」大切な過去を。
繋ぎ止めたいと願う記憶を、いつまでも持っていたいものを。
(…確かに、此処で生きてゆくなら…)
過去などは、不要なのだろう。
抵抗しないで忘れた方が、きっと生き易くはあるだろうけれど…。
(……忘れてしまったら、「ぼく」はいなくなる……)
別のシロエになってしまう、と分かっているから、その「恩恵」は欲しくない。
神が与えたものであろうと、逆らう者には神の恵みが無くなろうとも。
(…ぼくにとっては、忘却なんかは…)
神じゃなくて悪魔の贈り物さ、と心で吐き捨て、端末に向かう。
「記憶を繋ぎ止める方法」、それを知ろうと。
そうすることが神に逆らうことでも、悪魔が用意した道であろうと…。
忘却の意味・了
※「忘却は神の恩恵」という考え方は、本当にあるんですけれど…。SD体制でもないのに。
シロエが聞いたら怒るだろうな、と思った所から生まれたお話。シロエが可哀想ですが。
(……そういえば、明日は……)
インタビューがあるのだったな、とキースは心で独りごちる。
元老として与えられた個室で、「厄介なことだ」と溜息をついて。
とうに夜更けで、側近のマツカも下がらせた後。
彼が淹れていったコーヒーだけが、カップで湯気を立てていた。
(明日はマツカにも、余計な仕事が…)
一つ増えるな、と眺めるコーヒーのカップ。
たかが取材に来る記者とはいえ、何も出さずにいられはしない。
そういった輩にコーヒーを出すのも、マツカの役目。
もっとも、有能なセルジュ辺りに言わせれば…。
(コーヒーを淹れるしか能が無いヘタレ野郎だ、と…)
酷評されるのが「マツカ」でもある。
彼の真価は、そんな所には無いというのに。
今までの数々の暗殺計画、それを未然に防げた陰には、彼がいるのに。
(だが、表向きはコーヒー係…)
そうしておくのが無難でもある。
マツカの「機転」や「暗殺を阻止する力」の源、それを知られるわけにはいかない。
人類には決して持ち得ない力、「サイオン」はミュウの特徴だから。
異分子のミュウは抹殺すべきで、現にそうして来たのだから。
(明日のインタビューの内容も、どうせ…)
キース・アニアンの対ミュウ戦略、そういったことについてだろう。
国家騎士団総司令から、元老に抜擢された男。
ミュウと戦う最前線にいた、初の軍人上がりの元老。
どういう信条を持っているのか、この先、どのようにやってゆくのか。
(…インタビューして、記事を書くのが…)
ジャーナリストたちの仕事の一つで、こうして取材を申し込まれる。
もう幾つ目の取材なのかは、忘れたけれど。
「申し込みは広報部を通してくれ」という逃げ口上も、何度言ったか記憶には無い。
そんなものの数を数えるほど、暇ではないから。
やるべき仕事が山と積まれて、「キース」を待っているのだから。
そうは言っても、取材を逃れることは出来ない。
インタビューに来る記者がいるなら、そういうこと。
自分はともかく、地球にいる偉大なグランド・マザー。
彼女が「不要」と判断したなら、取材の許可など決して下りない。
なにしろ「キース」は多忙なのだし、つまらない取材に時間は割けない。
(以前だったら、本当にくだらん取材も多くて…)
実に辟易させられたがな、と苦笑する。
あれはいつ頃だっただろうか、国家騎士団で名を馳せた時代。
(ジルベスター星系の演習の事故で、大勢の部下たちの命を救って…)
二階級特進という、異例の出世を遂げたりもした。
本当の所は、「演習の事故」ではなかったのに。
ジルベスター・セブンに巣食うミュウたち、彼らを星ごと殲滅しようと試みたのに。
(モビー・ディックには逃げられたが…)
あの赤い星をメギドで砕いて、グランド・マザーに称賛された。
それゆえの特進、少佐から上級大佐へと。
(そうなる前から、つまらん取材が…)
多かったな、と思い出す。
どう考えても「軍人向け」でも、「一般人向け」でもない取材。
記者が差し出す名刺を見なくても、申し込みの時点で気が付いていた。
インタビューを読むのは、「女性たち」だと。
軍事にも政治にも興味など無い、ごくごく平凡な一般女性。
それも若くて未婚の者たち。
普段はスターを追い掛けるような、「頭の軽い」女性が相手の記事。
(インタビューよりも、私の写真を撮る方が…)
大事だったらしい、その手の記者たち。
プロのカメラマンを連れて来て。
「こちらを向いて頂けますか?」などと、ポーズを取らせて切ったシャッター。
「もう一枚」だとか「次は、あちらで」だとか、何枚も。
そうした写真を幾つも鏤め、くだらない記事が書き上げられた。
届いた記事など読む気もしなくて、右から左へ捨てさせていただけだけれども。
(ああいう時代に比べたら…)
ずいぶんと楽になったものだ、と分かっているから、文句は言わない。
つまらない質問をされるようでも、その取材には意味がある。
グランド・マザーが許可するだけの、充分な価値が。
ミュウの侵攻に恐れ慄く者たち、彼らを落ち着かせるための「何か」。
(……キース・アニアンさえいれば……)
SD体制も人類も安泰なのだ、と思わせる記事を、記者たちは書いてくれるのだろう。
多忙な自分は、それを読む暇など無いだろうけれど。
見本誌が部屋に届けられても、「処分しておけ」とマツカに言うだろうけれど。
(まあ、くだらない取材よりはな…)
遥かにマシだ、と今の状態には満足している。
いつから「彼ら」は来なくなったろうか、「キース」をスター扱いした記者たち。
写真を何枚も撮られた上に、質問の内容も呆れるようなものばかり。
「お好きな食べ物は何ですか?」だとか、「休日は何をして過ごしますか?」だとか。
そんなことを知っても、いいことなど何も無さそうなのに。
(……若い女性は、大いに興味があるのだろうが……)
生憎と私はどうでもいいのだ、と何度欠伸を噛み殺したろう。
記者の頭まで「軽そう」ではあっても、彼らも大切なピースの一つ。
「社会」を上手く組み立てたいなら、そういった者たちも取り込まなければ。
広い視野など持っていなくて、「軍人」と「スター」を同列に扱う者であろうと。
まるでスターを追い掛けるように、「キース・アニアン」に夢中だろうと。
(…あの頃よりかは、厳選されたな…)
くだらん取材に来る連中も、とグランド・マザーに感謝する。
「元老」という肩書きにも。
パルテノン入りした元老ともなれば、スターのように追い掛けるには…。
(かなり敷居が高くなるだろうさ)
国家騎士団時代のようにはいかん、と可笑しくなる。
いくら記者たちが申し込もうと、端から拒絶されるだろうから。
どう頑張っても許可は下りずに、全て門前払いだろうから。
若い女性が喜ぶことなど、自分は言えない。
根っからの軍人、それに加えて「特別な」生まれ。
(養父母などいないし、生物としての両親もいないのだからな…)
機械が無から作った生命、それゆえに「完璧な」存在となった。
誰もが羨望の眼差しを注ぐ、エリートの中のエリートとして。
E-1077で育った頃から、異例の出世を続けて来て。
(……だからこそ、スターと混同されるのだがな……)
あちらも似たようなものだからな、と思い浮かべるスターたち。
彼らは「人目を集めるように」育て上げられた、プロフェッショナル。
俳優も歌手も、選りすぐりの美形や、素晴らしい才を持った者たち。
ただ「居る」だけで華があるから、人の目を惹く。
(…スター扱いされるというのは、光栄の至りなのかもしれんが…)
私は好かん、と窓の外へと目を遣った。
宵闇に覆われた高層ビル街、其処に「キース」の姿も映る。
窓は光を反射するから、ガラスが鏡のようになって。
(……キース・アニアン……)
もう「スター扱い」の取材は来ない、とホッと吐息をついたけれども。
窓に映る自分の姿を眺めて、元老の制服に目を細めたけども…。
(………今の私は………)
あの頃の私の姿ではない、と愕然とした。
多忙な日々に追われ続けて、鏡など見てはいなかった。
もちろん「鏡」には向かうのだけれど、ただ身だしなみを整えるだけ。
「自分の顔」をじっくり見詰めはしないし、観察もしない。
女性と違って化粧は必要ないのだから。
(…ジルベスター・セブンから、何年経った……?)
あれから過ぎた歳月の分だけ、重ねた齢。
「それ」が自分の顔に出ていた。
隠しようもない、年相応の面差しとなって。
あの時代には無かった皺が、何本か、肌に刻まれていて。
(……これでは、たとえ断らなくても……)
若い女性が相手の記事など、誰も書かないことだろう。
書いても、「誰も読まない」から。
もしも読む者がいたとしたって、ほんの僅かな女性たちだけ。
遠い昔を思い返して「懐かしいわね」と、「老けたキース」を見る者たち。
つまりは、長い年月が過ぎた。
今ではすっかり、人類の敗色が濃くなるほどに。
ジルベスター・セブンで収めた勝利が、まるで幻だったかのように。
(……そして、ミュウどもは……)
全く年を取らないのだ、と冷えてゆく背筋。
普段から「マツカ」に接しているのに、ついつい忘れ果てていたこと。
ミュウの長、「ジョミー・マーキス・シン」は、今なお若い。
彼の肉体は衰えを知らず、その寿命もまた…。
(人類の三倍以上もあるのだ…!)
伝説と謳われたタイプ・ブルー・オリジン、彼が身をもって示したように。
死の影が差すほどに年を重ねた後にも、身一つでメギドを破壊したのがソルジャー・ブルー。
(…私が老いて、指揮が覚束なくなった時でも…)
若きミュウの長は健在だろう。
その上、更に若い世代のタイプ・ブルーたちが何人もいる。
(……人類とミュウの戦いの……)
行く末は見えているではないか、と、ただ恐ろしい。
明らかにミュウの方が有利で、人類は不利な立場だから。
それでも「キース」は戦うしかなく、「勝ちに行く」以外に道は無いから。
(……これが私の運命なのか……)
肉体的にも「敵うわけがない」敵と戦い、敗れるのが。
あるいは敗北するよりも先に、老いさらばえて死んでゆくのが。
「キース」は、そのように「作られた」から。
機械はミュウを認めないから、ミュウはあくまで「異分子」だから…。
敵わない敵・了
※このお話、絶対、途中で「敵」は「老化」だと勘違いした人がいるな、という気がします。
ミュウの寿命は人類の三倍、それだけで勝ち目が無さそうだよね、と思うんですけど…。