(…あなたのピアス。サムの血だったんですね…)
知らなかった、とマツカは窓の向こうを眺める。
ただ暗いだけの宇宙空間。サムが死んだ星は、遥かに遠い。
けれども、サムは確かに捉えた。
連れて行ってしまった、キースの心を。
ほんのひと時、逝ってしまった自分の側へと。
(…ぼくが心に触れられたほどに…)
それほどの隙を、キースが心に作ったほどに。
いつも、いつでも、城塞のように堅固な心だったのに。
微かな思いの欠片でさえも、其処から漏れては来なかったのに。
サムの死と、形見のサムが好んだパズルと。
それがキースの心を攫った。
キースの心を覆った悲しみ、心の中に流れた涙。
瞳から涙が零れる代わりに、サムの許へと飛んでいた心。
サムがキースを連れて行ったから、弱い自分でも読み取れた。
今日まで少しも読み取れなかった、キースの心。
こうなのだろう、と推測するしかなかった心に流れる深い悲しみ。
(…サムの血のピアスだっただなんて…)
友の血を常に身につけるほどに、キースの悲しみは深かったのか。
忘れまいと、共に在ろうとしたのか、子供の心に戻った友と。
初めてキースに会った時から、その耳に光っていたピアス。
特別な意味があるのだろうと思ったけれども、読めなかった心。
キースの教え子だという腹心の部下たち、彼らも知らないようだった。
セルジュも、それにパスカルたちも。
(一度も話題にならなかったから…)
不思議に思いもしなかった。
彼らがキースに会った時には、もうその耳にあったのだろうと。
何かの功績を記念するものか、あるいはキースの決意なのか。
どちらかと言えば、決意だろうと考えたけれど。
ついに答えは得られないまま、突然に掴んでしまった真実。
友と一緒に在り続けたキース。
その血をピアスに変えて身につけ、今までも、そしてこれから先も。
サムの魂が肉体を離れ、遥か彼方へと飛び去っても。
飛んで行った友の魂を追って、心が一瞬、飛翔したほどに。
固く閉ざされ続けた心の深みに、自分が一瞬、触れられたほどに。
(…あなたはやっぱり、思った通りの人だった…)
誰よりも優しい心の持ち主、けれども、それを見せられぬ人。
そのように訓練されて来たからか、生来、どうしようもなく不器用なのか。
両方だろうという気がする。
訓練の成果も大きいけれども、多分、不器用な人なのだと。
心を許せる友を失い、一人で走り続けたからだと。
サムが壊れてしまわなければ、キースも変わっていたかもしれない。
冷たく非情な顔はあっても、何処かで優しい笑みを見せる人に。
いつでもサムに向けていたような、穏やかな色の瞳の人に。
アイスブルーの瞳の色は同じ色でも、凍てついた色と、雪解けの水を湛えた色と。
それを併せ持つ人だっただろう、サムが壊れずに心の友で在り続けたなら。
キースという人を読み誤らずについて来られた、自分は幸せだったのだろう。
心を読むことは叶わないまでも、ミュウの力が働いたろう。
本当のキースはどんな人かを、どういう心の持ち主なのかを、自分は分かっていたのだから。
(…分かっていたつもりだったけれども、それ以上の人…)
キースの心を捉えた、ただ一人の友。
子供の心に戻った後にも、死んだ後にも、キースを捉えて離さないサム。
あれほどの友情を捧げられたサム、彼が羨ましいけれど。
友だったのだから、敵わないのも仕方ない。
最初から部下の一人に過ぎない自分と違って、サムはキースと並んで生きた。
同じ時間を共に過ごして、きっと多くの思い出だって。
だからサムには敵わないと思う、過去も、この今も、これから先も。
自分はきっと敵わないだろう、キースの友だったサムには、一生。
(キース…。ぼくがいなくなっても、あなたは悲しんでくれますか…?)
サムを思ってキースが心で流した涙。
その内のほんの一粒でもいい、一粒にも満たないような欠片でも、水の分子の一つでもいい。
キースが悲しんでくれたならば、と思うけれども、恐らく叶いはしないだろうから。
とてもサムには敵わないから、せめて、と心を掠めた思い。
(…一度だけでいい…)
一度でいいから、いつか自分がいなくなったら。
自分が死んだことすら意識しないまま、一言、自分にこう言って欲しい。
「コーヒーを頼む、マツカ」。
其処に自分がいるかのように。
そして「いない」と驚いて欲しい、それだけできっと…。
(…ぼくは、嬉しくて…)
きっと涙を流すのだろう。
死んで魂だけになっても、瞳から涙が流れるのなら。
今日のキースの心のように、涙が溢れて伝うのならば。
最後までサムには敵わないけれど、きっと敵いはしないけれども。
「コーヒーを頼む」と言って貰えれば、それだけで満たされるのだろう。
キースの心に、自分も住んでいたのだと。
サムに敵いはしないけれども、片隅には住んでいられたのだと…。
いつか叶うなら・了
※いきなり核心に突っ込んで行ってどうするよ、と自分に突っ込みを入れたかったチョイス。
「書きたいものを書く」のはいいけど、アンタ、マツカは初書きだろうが…!