(何度やっても此処でエラーか…)
どういうことだ、とシロエが見詰めるキースのデータ。
他の者だと表示されるのに、キースだとエラーメッセージ。
何度やっても。…何度試みても。
(キース・アニアン…。何者なんだ)
とても普通だとは思えない。
マザー・イライザの、機械の申し子。
その名の通りに、普通の人間ではなさそうなキース。
過去を覚えていないという上、他の者たちも知らないらしいキースの過去。
同じ宇宙船で此処に着いた筈の者も、キースと同郷だった筈の者も。
(そのデータさえも…)
詳しく見ようとする度にエラー。どうしても見られない映像記録。
普通の者なら引き出せる筈の、ステーション到着直後のデータ。
監視カメラが捉えた映像、それこそ到着した瞬間から。
けれども、それが表示されないキース。
彼のデータは、新入生のためのガイダンスから。
それよりも前を調べようとしたら、必ずエラーメッセージ。
そしてどうしても辿り着けない、此処へ着いた時のキースの表情。
(誰でも、何処か不安そうな顔で…)
自分自身もそうだった。
だから今でも、わざわざそれを見に行くくらい。
どんな心境で此処へ着いたか、機械に騙された時の気分を忘れないために。
最初は、ごくごく単純な興味。
キースの過去を知ってやろうと、トップエリートの鼻を明かしてやろうと。
彼にも過去はある筈だから。
それを忘れたと気付かされたら、心に穴が開くだろうから。
(あいつだって、此処に着いた時には…)
不安そうな顔の筈だったんだ、と確かめたくなったキースの表情。
養父母の記憶も過去も忘れたなら、平然といられるわけがない。
落ち着きを失くしてキョロキョロしていたか、あるいはボーッと立ち尽くしていたか。
今のキースからは想像も出来ないような表情と姿。
それを存分に堪能してから、過去を探っていこうと思った。
キースが忘れただろう養父母や、故郷や、育った家や幼馴染を。
(なのに、エラーばかり…)
人為的なものとしか思えないエラーメッセージ。
意図して隠しているとしか。
(あいつ、本当に機械なのかも…)
そんな思いさえ生まれてくる。
精巧に出来たアンドロイド。機械仕掛けの操り人形。
マザー・イライザが此処で作って、人間の中に混ぜ込んだ。
そうではないかと、それがキースの正体では、と。
疑問は解けずに、募る一方。
苛立ちさえも覚え始めていた時、出くわしたキース。
レクリエーション・ルームで、エレクトリック・アーチェリーに興じている所。
「天才は勉強だけじゃなくって、何でも出来るってわけか」と、評する声が癇に障った。
キースに負けてはいられないから。
彼の成績を全て塗り替え、いつかは地球のトップに立つのが夢だから。
(あんなヤツがトップに立ったって…)
このシステムは変わりはしないし、機械に支配されたまま。
自分がトップに立った時には、このシステムを止めてやるのに。
機械に「ぼくの記憶を返せ」と命じて、それから「止まれ」と言ってやるのに。
(子供が子供でいられる世界…)
成人検査は消えて無くなり、子供は両親といつまでも一緒。
そういう世界を作るのだから、キースに負けるわけにはいかない。
たかがゲームでも、負けられない。
(大したことないのに、目立ち過ぎだ)
ぼくがあいつの点数を抜く、と前に出て行ったら、受けて立ったキース。
何も言葉にしてはいないのに、「リセットしてくれ」と。
(いったい、あなたは何なんだ…)
機械仕掛けの人形なのか、マザー・イライザが作ったアンドロイドか。
それならば、余計に負けられない。
自分は機械に勝つのだから。
いつかは地球のトップに立って、マザー・システムを止めるのだから。
(負けないよ)
キースなんかに負けるものか、と始めた勝負。
次から次へと的を射抜いてゆく間にさえ、覚える苛立ち。
(機械みたいに撃ってんじゃないよ)
正確すぎる、と思ったキースの腕。
もっと遊びのある撃ち方は出来ないのか、と的から逸れてゆく思考。
キースは本当に機械のようだ、と。
思考がズレれば、自然と的も外れてゆくもの。
(外した…!)
射損ねた的を、またも正確に射抜いたキース。
こんな筈ではなかったのに。…キースに勝たねばならないのに。
生じた焦りがまた的を外す。一度外せば、二度、三度と。
(負けるもんか…!)
あんなヤツに、と焦り、苛立つから、また射損ねる。
その繰り返しで…。
「タイムアップ!」
機械の声が告げた戦績、それはキースに及ばなかった。
自分が勝てると思っていたのに。
(次こそは…)
ぼくのペースに持ち込んでやる、と平静さを装って称賛した敵。
「流石ですね、先輩。どうです、もう一勝負」と。
今度は勝つ、と。
けれど、挑発に乗らなかったキース。「これでおしまいだ」と。
「勝負はついた」と、ゲームばかりか、全て切り捨てて来た。
「これ以上、ぼくに付き纏うのはやめて貰おう」と、勝負の一切を。
途端に頭に昇った血。
「逃げるのか、卑怯者!」とキースの背中に叫んでいた。
けして冷静ではないだろうキース。
人の気持ちが分からないから、そう見えるだけの機械の申し子。
きっと本当に機械仕掛けで、思考さえもプログラミングされたもの。
感情のままにそれをぶつけた、当のキースに。
「やっぱり、あなたはマザー・イライザの申し子だ」
機械仕掛けの冷たい操り人形なんだ、と自分が辿り着いた答えのままに。
そうしたら、殴り飛ばされた。
機械仕掛けの人形に。マザー・イライザが作ったアンドロイドに。
唇が切れて血が出たけれども、面白い。
「機械でも…怒るんだ」
怒るだろうね、と浮かんだ笑み。
マザー・イライザだって、叱るのだから。
コールされた生徒が恐れる怒りは、機械でも怒る証拠だから。
ますますもって面白い、と。
型通りだった、キースの一撃。
今度はこっちがお見舞いしてやる、と挑みかかったのを止められた。
候補生たちに寄ってたかって。
キースの方もサムに手を引かれ、逃げるように去って行ってしまった。
「逃げるのか、キース!」
叫び続ける間に、手首の辺りでツーッと響いた音。
マザー・イライザからのコールサイン。
(…まただ…)
これは嫌いだ、と一気に引き戻された現実。
コールされる度、自分は何かを失うから。
心が晴れたような気持ちになるのは、何かを消されてしまったから。
ただでもおぼろになってしまった、両親のことや故郷の記憶。
そういったものを消されてゆくから、コールされるのは嫌なのに。
(あいつのせいだ…!)
キースのせいでコールされた、と募る憎しみ。
機械仕掛けの人形のくせに、キースがぼくを陥れた、と。
けれども、逆らえないコール。
このステーションで暮らす間は、マザー・イライザを無視できない。
(…ぼくがトップに立つためには…)
マザー・イライザの命令は絶対。
背けば、評価を下げられるから。キースに負けてしまうから。
(…また何かを…)
消されるんだ、と唇を噛んで向かうしかない。
マザー・イライザがいる場所へ。
自分が何かを失う場所へ。
そして現れた、母の姿を真似ている機械。マザー・イライザ。
「セキ・レイ・シロエ。…コールされた理由は分かっていますね?」
あなたの心を導きましょう、と引き込まれてゆく眠りの淵。
眠れば何かを失うのに。また何か失くしてしまうのに。
(マザー・イライザ…)
導くのなら、ぼくに応えろ、と薄れてゆく意識の中で叫んだ。
キースはいったい何者なのか。
何処へ行ったら答えがあるのか、それを知ることが出来るのかと。
それきり眠ったシロエは知らない。
マザー・イライザの顔に浮かんだ冷たい笑みを。
「疑問には答えを」と嗤った声を。
「時は満ちたから、教えましょう」と。
こう行くのです、と刻み込まれた答えのことを。
(待ってろよ、キース・アニアン…)
昨日はキースに殴られたけれど、ゲームでも負けてしまったけれど。
あの後、自分は勝負に勝った。
ついに突破した、キースの過去に関するデータ。
其処に示されたルートを辿れば、きっと答えが見付かる筈。
キースの正体は何なのか。
彼は何処からやって来たのか、何もかもがきっと分かる筈。
E-1077の奥深く潜り込んだなら。
狭い通風孔を通って、奥へ奥へと進んだなら。
キースの秘密は、このステーションの中に隠されていると示したデータ。
(お前の澄ましたその顔を、このぼくが…)
壊してやる、と深く潜ってゆくステーションの奥。
それを教えたのがマザー・イライザだとは、夢にも思わないままで。
破滅への道とも知りもしないで、勝ったとシロエは笑い続ける。
もうすぐ答えが出る筈だから。
機械仕掛けの操り人形、キースの正体が分かるから。
そうすれば、自分はキースに勝てる。
きっとキースは、愕然とするのだろうから。
自分は人ではなかったのかと、崩れ、壊れてゆくだろうから…。
仕組まれた罠・了
※シロエがステーションにいた理由が、マザー・イライザの計算だったということは…。
何もかも最初から罠なんだよな、と思うわけで。シロエ、気の毒すぎ…。