(わあっ…!)
懐かしいなあ、とジョミーが目を留めたもの。たまたま入った倉庫の奥で。
今日も今日とて、長老たちから大目玉。訓練に身が入っていないとか、集中力がどうだとか。
なんとも腹が立って仕方ないから、午後はサボリを決め込んだ。正確に言えば、午後のお茶にと出掛けた長老、その間に逃亡したわけで…。
此処なら見付かるまでに多少は時間が、と身を隠したのが備品倉庫の一つ。シャングリラの中に幾つもあるから、こういう時に隠れる定番。
さて、と伸びをして見回していたら、目に入ったそれ。
(スピードウィル…)
早い話がローラーブレード、昔の言葉で言うならば。
シャングリラに連れて来られる前には、よく使っていた。学校へ急いでいる時に。目覚めの日の前日もそれで走った、お蔭で朝から食らった呼び出し。
(あの日は二回も…)
カウンセリングルームに呼び出されたっけ、と今はそれさえ懐かしい。口うるさかった担任教師のお小言だって、サッカーの最中に「オフサイド」と繰り返した憎い審判ロボットだって。
(…もう、あの頃には戻れないよね…)
ミュウの船まで来てしまったから、どうしようもない今の状況。
自分はソルジャー候補とやらで、このシャングリラをいずれは一人で…。
(背負って行けって?)
酷い話だ、と思うけれども、これまたどうしようもない。明らかにミュウだと分かった以上は、もう帰れないアタラクシア。両親と暮らしていた家にも。
(どうせ、帰れはしないんだけどね…)
ミュウでなくても、成人検査が終わったら。記憶を消されて教育ステーション行きで、やっぱり家には帰れない。分かっているから余計に悔しい、「どうして、ぼくが」と。
ソルジャー候補にされるくらいなら、成人検査をパスした方が…。
(人生、平和だった気がする…)
きっとなんにも知らないままで、今頃は教育ステーション。
もしかしたら、こういうスピードウィルを履いて、元気に走っていたかもしれない。ルール違反だと叱られながらも、「早ければいい」と。
サッカーの試合で「オフサイド」と言われて、審判ロボットを壊すとか。
そっちだったら良かったのに、と思わないでもない人生。たとえ記憶を消されていたって、社会ではそれが普通だから。両親もそうだし、サムやスウェナも、いずれその道を行くのだから。
(ブルーだって、偉そうなことを言うけど…)
成人検査を妨害しに来たソルジャー・ブルー。自分をソルジャー候補に決めてしまったミュウの長。彼は自分に「根無し草になるな」と言ったけれども、その彼だって…。
(記憶、すっかり無いくせに…)
成人検査よりも前の記憶はスッパリ無いのがソルジャー・ブルー。
それでも立派にソルジャーなんぞをやっているから、過去の記憶がまるで無くても、きっと人生なんとかなる。そう思うからこそ、腹が立つわけで…。
(ホントだったら、ぼくは今頃…)
スピードウィルで走ってたんだよ、と脱ぎ捨てたブーツ。こんな靴よりスピードウィル、と。
幸い、足にピタリと合ったスピードウィル。丁度サイズが良かったらしい。
(うん、この感じ!)
懐かしいよね、と倉庫の中を走り始めた。シャーッ、シャーッと、風を切って。
積み上げられた荷物を避けつつ、気持ち良く。こんな風にぼくは走ってたんだと、本当だったら今だってきっと、と。
そうしたら…。
「ジョミー・マーキス・シン!!」
フルネームで呼ばれてしまった名前。怒鳴った声は怒れるブラウ航海長で、彼女の声が聞こえるからには、他の長老たちもいるわけで…。
(見付かった…!)
サボリどころかスピードウィル。膝を抱えて蹲っていたなら、情状酌量の余地はあっても、この姿では言い訳不可能。もう間違いなく吊るし上げになって、ブルーの所にも報告が行って…。
激しくヤバイ、と頭はパニック、アッと思ったら迫っていた壁。
「うわぁぁぁーっ!!?」
日頃のトレーニングの成果は出なかった。サイオンでピタリと止まれもしなくて、瞬間移動など出来もしなくて、そのまま真っ直ぐ…。
バァン!!! と派手に突っ込んで行って、目から飛び散ったお星様。
(……お星様だ……)
アルテメシアの成層圏まで駆け上がった時も、星だけは綺麗だったよね、と遠ざかる意識。何もかもあそこから始まったよねと、あんなことさえしなかったなら、と。
もしもシャングリラから「家に帰せ」と言わなかったら、少なくとも今よりマシだった筈。
不本意ながらもミュウだと認めて、船で大人しくしていたら…。
あの時、ぼくは間違えたんだ、と痛む額に手をやった。ズキンズキンと痛む頭に。
(…ぼくって、馬鹿だ…)
最初の選択肢を誤った上に、今度は訓練のサボリがバレた。部屋の天井が見えるけれども、この後はきっと説教だろう。スピードウィルで激突した壁、そのまま気絶したのだから。
(…ゼルに、ブラウに…)
ヒルマンにエラ、と訪ねて来るだろう面子を思うと、更に激しくなる頭痛。おまけにブルーにも報告が行くし、夜には青の間で説教を食らう。この件について。
(……ホントに最悪……)
ツイていない、と痛む頭を押さえている間に開いた扉。
(来た、来た…)
もう早速にやって来たぞ、と覚悟したのに。
『ジョミー。…よく眠れましたか?』
声ではなくてリオの思念波。ちょっとラッキー、と思ってしまった。リオは何かと庇ってくれる兄貴分だし、心強い気分。このままリオに、長老たちの所へしょっ引かれるとしても。
助かった、と顔を上げたら、「キュウ!」とナキネズミまでが飛んで来たから、嬉しい気持ちは更にアップで。
「あっ、お前…!」
一緒に叱られてくれるんだ、と肩に纏わりつくナキネズミに頬が緩んだ所へ。
『あなたを恋しがって鳴くので』
(えっ!?)
なんだか変だ、と目を見開いた。…この台詞、ずっと昔に聞いた…?
ナキネズミが背中などを駆け回るから、「くすぐったい!」と笑いながら、ふと気付いたこと。
(ぼくの服…)
それはとっくに無い筈の服で、目覚めの日に初めて袖を通した服。アルテメシアの成層圏から落下するブルーを追ってゆく時、燃えて無くなってしまった服。
(…なんで、この服が…?)
まさか、と見回す自分をリオが連れて行った先には、柔和な顔のヒルマンがいた。どう考えても怒り狂っている筈のヒルマン、さっきのサボリとスピードウィルで。
なのに…。
「待っていたよ、ジョミー。まあ、座りたまえ」
君はミュウについてどれほど知っているかな、と質問されたから、慌てて答えた。
「えっと…。人類に追われる新人種…です、サイオンを持った」
「ほう…。たった一日で其処まで理解してくれたのかね」
嬉しいね、と笑顔のヒルマン。飲み込みが早くて助かるよ、と。
(…たった一日って…?)
どうなってるんだ、と途惑っていたら、「それでは、聞いてくれたまえ」と始まった講義。この船に来て直ぐに受けた講義と全く同じ。
講義の後のリオの話も。「この船は…」という、シャングリラについての説明。
(もしかしなくても…)
時を飛び越えちゃったんだ、と分かった現実。
スピードウィルで激突した壁、目からお星様が散った瞬間、タイムリープをしたらしい。そうとなったら、この先は…。
(船から出ようとしたら駄目なわけで…)
大人しくするのが一番なんだ、と決意した。
どうせだったら、成人検査の前まで戻りたかった気もするけれど。ソルジャー・ブルーがやって来たって、知らないふりしてパスしたかった気もするのだけれども…。
(贅沢を言ったらキリがないよね…)
これでもマシになった状況、船の雰囲気はきっと和らぐ。同じソルジャー候補にしたって、長老たちの覚えも目出度くなる筈だから。
(よーし、明日から…!)
ぼくの周りを変えて行こう、と積極的に打って出たジョミー。時を飛び越えて戻ったとはいえ、能力はついて来てくれたから。思念波もサイオンも、それなりに。
だからキムたちとも喧嘩は起こらず、すっかりマブダチ。
さっさと青の間に出掛けたお蔭で、ソルジャー・ブルー直々に皆に紹介して貰えたし…。
(ぼくの人生、まるで違うよ…!)
同じミュウでもこうも違うか、と人生薔薇色、そんなこんなで過ぎて行った日。
ソルジャー・ブルーは健在だったから、皆に親しまれるソルジャー候補になれた。うまい具合に行っているよね、と思っていたのに、失敗してしまったシロエというミュウの子供の救出。
「やはり、ぼくは無力です…」
アルテメシアからも逃げる羽目になって、すっかり落ち込んでいたのだけれど。
(…ひょっとして…?)
もう一度、時を飛び越えられるかも、と急いだ備品倉庫の奥。スピードウィルが仕舞われていて、あの時と同じだったから…。
(これを履いて、壁に思いっ切り…)
もちろんスピードはMAXで、と突っ込んだ壁に頭をぶつけて、目から飛び散ったお星様。
(えーっと…?)
何処だ、と見れば直ぐ前にシロエ、「嫌だ、ぼくは行かない」と言っているから。
(喋っている間に、シロエのお母さんが戻る筈だし…)
それでシロエがブチ切れるんだ、と思い出した流れ。けれどもシロエの説得は無理で、そのまま置き去りにしたわけだから…。
「ごめんよ、シロエ…!」
とにかくネバーランドに行こう、とシロエを攫って飛び出した。窓の向こうで光った空。それにシロエが気を取られた隙に、強引に。
そうして戻ったシャングリラはといえば、衛星兵器で攻撃されている真っ最中だったから…。
シロエは納得してくれた。「あそこにいたら殺されていた」という説明に。
(スピードウィル…)
あれは凄すぎ、と考えたから、備品倉庫の係に頼んだ。アタラクシアで履いていたから、あれを譲ってくれないかと。もちろん「駄目だ」と言われはしなくて、貰えてしまって。
それから後は、失敗したらタイムリープで戻って行った。スピードウィルがいつでも足にピタリと合うよう、サイズを調整して貰いながら。
キースの脱出騒ぎが起きた時にも、上手い具合に修正出来た。キースは逃げて行ったけれども、船に被害は出なかったから。
(トォニィは無傷で、カリナも無事で…)
よくやった、と思っている間に、今度はメギドが来たのだけれど。
(此処でナスカから、全員、脱出…)
逆らってシェルターに残ろうとした連中、それが出来ないようシェルターの鍵を壊しておいた。入れないのでは残留不可能、全員が船に戻ったから。
「キャプテン、ワープ!」
メギドの第一波が飛んで来る寸前、シャングリラはナスカを後にしていた。つまり人的被害などゼロで、ソルジャー・ブルーも乗っけたままで。
そんな具合で、スピードウィルで壁に向かって何度も激突、ついに地球まで辿り着いた。地球に降りる時にもスピードウィルを持参で、カッコ良く肩に掛けていたから。
「なんだ、それは?」
グランド・マザーに会うというのに、妙な靴など持って行くな、と睨んだキース。秘密兵器だと知るわけがないし、当然と言えば当然のことで…。
「後で分かってくれる……かもしれない。分からなかったら、その方がいい」
とにかく、ぼくはこのスタイルで、と地の底まで運んだスピードウィル。それはやっぱり…。
「その傷でそれを履いてどうする…」
死ぬぞ、とキースが止めにかかるから、「放っておいても死ぬじゃないか」と真顔で返した。
キースは剣でグッサリやられて致命傷だし、自分も同じ。
此処は走って軌道修正、壁に当たって目からお星様でも死ぬよりはマシで…。
(何がなんでも、やり直してみせる…!)
瓦礫の中でも当たって砕けろ、とサイオンも乗せてスピードウィルで真っ直ぐ走った。何処かに当たれば目からお星様、またやり直しが出来るから。
どうすればベストな道を行けるか、答えはとっくに出ていたから。
そして…。
グランド・マザーはキースが止めた。「言い直せ!」と叱ってやったから。
「何故、私が」と仏頂面だから、「その台詞は誤解されるから」と言葉でガンガン攻めて。
「人類は我を必要や否や」、それの答えは「要りません」だと。
元からキースはそういうつもりで、不幸なミスが重なった挙句に悲惨な結末になっただけ。
ゆえに「あなたは不要だ」というキースの一言、グランド・マザーはアッサリ止まった。宇宙に広がるマザー・ネットワークも、ついでに停止してしまったから…。
「…終わったようだな。ところで、お前が持っているソレは…」
いったい何の役に立つんだ、とキースが指差したスピードウィル。相も変わらず、肩から掛けたままだったから。
「ああ、これかい? 分からなかったら、その方がいいと言ったじゃないか」
ぼくのラッキーアイテムでね、と返してやったら、呆れ顔のキース。「それだけのことか」と、「そういうことなら早く言え」と。
何か誤解をされているけれど、あえて訂正する気もしない。
(本当にラッキーアイテムだしね?)
これから先もよろしく頼むよ、とポンと叩いたスピードウィル。
自分一人が痛い目を見たら、全ては丸く収まるから。目からお星様、それだけだから。
最強の相棒はスピードウィルだと、タイムマシンだとジョミーは信じているのだけれど。
今も疑いもしないのだけれど、本当は少し違ったらしい。
スピードウィルは単なる切っ掛け、壁に激突した途端にショックで発動するサイオン。
実はジョミーは、タイムリープの能力を持ったミュウだった。
誰も気付いていないけれども、本人も知らないままだけど。
そしてジョミーは今日も突っ走る、平和になった世界のシャングリラの中を。
最強の相棒のスピードウィルを履いて、鼻歌交じりで、ぐんぐん走るスピードを上げて。
平和な世界では、ただのスピードウィルだから。
アタラクシアで走っていたのと同じで、何処までも楽しく走れるのだから…。
時をかける少年・了
※キムタクのタイムリープ説が話題になった時、「なんでもアリだな」と思った管理人。
昔、その手のSF好きだったけどさ、自分が書くとは思わなかったよ、タイムリープを…。
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