「チョロイね。シークレットゾーンのくせに」
ぼくにかかれば簡単なこと、とシロエが足を踏み入れた部屋。
E-1077のフロア001、此処にキースの秘密がある筈。
マザー・イライザのメモリーバンクから盗んだ情報、ME5051C。
無機質な記号、どうやら、それがキースのことらしいから。
「キース・アニアン」という名前ではなくて、「ME5051C」と呼ばれるモノ。
やっと見付けたと躍った心。
機械の申し子、キースはまさにその名の通りだったから。
フロア001から作り出される、マザー・イライザの人形そのもの。
だから確かめにやって来た。
キースにも真実を見せてやろうと、撮影用のカメラも準備して。
(…アンドロイドの製造室…)
そういう部屋だと思った場所。
フロア001でパーツを作って、組み立てるのだと。
其処にあるのは、精巧な人形を作り上げるための設備だろうと。
なのに…。
(…これは…?)
打ち捨てられた部屋かと思った、暗い空間。
ほのかに青く発光している、何かが入ったガラスケースたち。
(…何なんだ、此処は?)
見上げた頭上のガラスケース。それは小さめで、奥へゆくほど大きなケース。
天井ではなくて壁際に並ぶ、幾つものガラスケースの中には…。
まさか、と思わず見開いた瞳。
頭上のケースに入っているモノ、それは機械のパーツではなくて。
(……胎児……)
明らかに人間だと分かる物体、人工子宮で育てられるモノ。
生育過程を示すかのように、尾のあるモノから尾が消えたモノまで。
胎児はともかく、其処よりも奥に並んでいるモノ。
(…キース・アニアン…)
それともME5051Cと呼ぶべきだろうか、彼は此処から生まれたから。
とうに呼吸を止めている標本、その顔はキースそのものだから。
(機械じゃなかった…)
幼児から今のキースに瓜二つのモノまで、並んだ標本。
こういうモノが存在するなら、キースはアンドロイドではない。
機械仕掛けの人形どころか、もっと精巧だろう物体。
人間と全く同じ身体で、血だってきっと流れている。
此処にあるような、標本になっていないなら。
呼吸して動き回っているなら、キースは人間なのだろう。
ME5051Cだとしても。
此処で生まれて、ガラスケースで育ったとしても。
(これがME5051C…)
ならば、向かい側に並ぶケースは何だろう?
キースと同じにME5051Cの筈だけれども、そちらは女性。
二体あるとは思わなかった、とME5051Cを眺める。
これらはいったい何だろうかと、どういう理由で此処にあるのかと。
機械だとばかり思っていたから、まるで予想もしなかった胎児。
その胎児から育つ物体、それがME5051C。
男だったら、キースになる。
女性の場合はなんと名付けるのか、全くの謎。
(ステーションでは見掛けない顔…)
こんな顔をした女性は知らない。
標本の女性は長い髪だけれど、それをショートに切ってあっても…。
(同じ顔がいれば分かる筈…)
現にキースに育つ物体、そちらの髪も長いから。
身長と同じくらいに伸びているから。
ME5051Cは二種類、男性と女性。
男性の方はキースだけれども、女性の方は見たことが無い。
とうに育ってステーションから出て行ったのか、それとも完成していないのか。
(どっちなんだ…?)
首を捻っても、標本だけでは分からない。
それに、ME5051C。
どうやってこれを作り出すのかも、どういう生まれのモノなのかも。
(…多分、クローンだ…)
男性も女性も、どちらも同じ顔ばかりだから。
胎児の間は顔の区別もつかないけれども、育ち始めたらハッキリと分かる。
幼い顔立ちか、もっと大きく育っているかの違いだけ。
男性の顔は全部キースで、女性の方も同じ顔立ちばかり。
つまりはクローンなのだろう。
最初の一体を写し取っては、次のを作ってゆく仕組み。
そっくり同じなDNAを持つ、男性と、それに女性とを。
やっと分かったキースの正体。ME5051Cの名を持つ物体。
(…最初の一体が鍵なんだ、きっと)
恐らく最高に優秀な人間、マザー・イライザが選んだのだろう組み合わせ。
本来はランダムに行われる筈の、卵子と精子の交配過程で。
これだと見込んだ卵子を一つ。
精子も特別に優れたものを。
きっと機械なら、把握しているだろうから。
無限大とも言える卵子と精子のデータの全てを、それが育ったらどうなるかを。
(とても優秀になる筈のモノ…)
男性も女性も、他とは比較にならない能力を持っている筈のモノ。
最初の一体をそうやって作り、後はコピーを作ってゆくだけ。
全く同じ遺伝子データのクローンたちを。
此処のガラスケースの中で育てて、何らかの方法で施す教育。
キースは此処から作り出された。
ランダムに交配するのではなくて、明らかな意図で為された交配。
こうなるだろうと、こう育つと。
(マザー・イライザの最高傑作…)
それがキースと呼ばれる人間。
フロア001で作られ、ステーションへと送り出された。
本当の名前はME5051Cなのに。
此処で作られたクローンの一つで、申し分なく育った一体。
だからキースは世に出て来た。
標本にならずに、候補生として。
将来を嘱望されるエリート、マザー・イライザが自ら育てた傑作として。
(…せっかくだから…)
データの方も見せて貰おう、とコントロールユニットに繋いだケーブル。
どういう卵子と精子を使って、ME5051Cを作ったか。
その卵子たちは、他の人間を生み出すためにも使われているモノなのか。
(交配はあくまでランダムな筈…)
けれども、マザー・イライザがこだわるからには、選り抜きの卵子と精子がある筈。
優秀だからと選び出された、ME5051Cを生み出す卵子と精子。
最初の一体はどう作ったのか、この世界にはME5051Cの兄弟たちもいるのか、と。
単純に知りたかっただけ。
キースの「兄弟」や「姉妹」はいるのか、いたのか。
過去には何人もいた筈だけれど、これから先も生まれるのかと。
優秀な卵子と精子が残っているのなら。
普通の人間を生み出すためにと、交配システムに戻されたなら。
(…ぼくがキースの兄弟だったら、最悪だけどね…)
その可能性もゼロとは言えない。
卵子か精子か、どちらかがキースと同じだったというケース。
(それだけは勘弁願いたいね)
キースの情報を抜き取ったならば、簡単に調べがつくだろう。
自分を生み出した卵子と精子のデータの方も、きっとハッキング出来るから。
(あいつと兄弟だったら最悪…)
もしもそうだと答えが出たなら、自業自得というものだけれど。
自分の墓穴を掘るわけだけれど、此処まで入り込んだ以上は、土産にデータ。
キースは、ME5051Cはどう生まれたか。
ズラリと並んだ標本たちの、最初の一体はどう作ったのか。
そう考えただけだったのに。
興味本位でデータを取ろうとしただけなのに…。
(……そんなことが……)
愕然と見詰めた、ME5051Cに関するデータ。
卵子も精子も、提供されてはいなかった。
マザー・イライザは何も交配しはしなかった。
(…本当に人形だったんだ…)
正真正銘、マザー・イライザが作った人形。それがME5051C。
三十億もの塩基対を繋ぎ、DNAという鎖を紡ぐ。
キースは無から生まれたモノ。
対になるのだろう女性体の方も、全くの無から作られたモノ。
どちらにもいない、兄弟たち。いたことすらない、兄弟や姉妹。
卵子も精子も無いのでは。
それを提供した、人間すらも存在しないのでは。
(人間でさえもなかったなんてね…)
機械が無から作ったモノ。
何度もコピーし、作り続けて、最高傑作としてケースから送り出したキース。
本当の名前はME5051C、その後に続く記号は作り出された順を示しているもの。
(…これがぼくなら…)
どうするだろうか、人でさえもないと知ったなら。
自分は無から作られたのだと、人形だったと知らされたなら。
(…アンドロイドでした、というのも衝撃だけど…)
こっちの方がもっと酷い、と見回したフロア001。
人間なのに、人ではないから。
その肉体は人間なのに、作り出された人形だから。
きっとガラガラと崩れるだろう存在意義。
人ですらないと言われたら。
無から生まれた人形なのだと、恐ろしい真実を突き付けられたら。
(…きっと、キースでも…)
その衝撃には耐えられないに違いない。
泣き叫ぶのか、狂ったように笑い続けるのか、声も失くして崩れ落ちるか。
マザー・イライザの、機械の申し子。
本当にそうだと知らされたならば、キースはいったいどうするのだろう?
(…楽しみだね…)
思った以上の収穫があった、と取り出したカメラ。
これを撮影して、キースに見せる。
その瞬間のキースの顔を思うと、もう可笑しくてたまらない。
「見てますか、キース・アニアン。此処が何処だか分かります?」
…フロア001。あなたの「ゆりかご」ですよ。
そういう言葉で始めた撮影。
(ゆりかご、ね…)
自分でも言い得て妙だと思う。
本物の人間の赤ん坊なら、ゆりかごの中で育つのに。
母の手で優しく揺すって貰って、成長してゆくものなのに。
キースには無かった、本物のゆりかご。
見るがいい、と回してゆくカメラ。
これがお前の正体だ、と。
マザー・イライザが作ったのだと、真実を知って心ごと壊れてしまうがいいと…。
見付けた真実・了
※何の説明もなくフロア001の中身を知ったら、クローンだと思うのが普通だよな、と。
シロエにガイドはいなかったしね、とお得意のハッキングをして貰いました~。
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