「キース・アニアン。今回の件はよくやりました」
お蔭で被害は最小限に止まりました。これからの、あなたの活躍に期待します。
(マザー・イライザ…)
まさか褒められるとは、と嬉しいけれど。
少し複雑な気持ちもするな…、と思ったキース。自分の部屋で。
新入生を乗せていた船の衝突事故。
危うく区画ごとパージされる所だったのを、サムと二人で助けに行った。
そうして見事にやり遂げたけれど、それを褒められたのだけれども。
(…サムは呼ばれなかったんだ…)
サムには無かった、マザー・イライザのコール。
二人で救助活動をしたのに、サムがいたから自分は帰って来られたのに。
(マザー・イライザは…)
救助に向かった決断のみを買っているのだろうか。
それならば分かる、サムがコールをされなかったこと。称賛を受けなかったこと。
サムは自分を手伝ってくれただけだから。
「船外活動は得意なんだ」と、「しっかり食って、しっかり動く」と。
そう、サムは救助に向かおうと決めてはいない。決めた自分について来ただけ。
同行するなら誰にでも出来る、それがたまたまサムだっただけ。
だから評価はされることなく、サムは呼ばれなかったのだろう。
誰にでも出来ることだから。
「救助に向かう」と決断すること、行動を起こすことが重要。
自分はそれをやったけれども…。
サムには無かった称賛の言葉。マザー・イライザからの労い。
けれど、そのサムがいなかったならば、自分は生きて戻ってはいない。
パージの衝撃でぶつけたバーニア、壊れてしまった宇宙空間を移動するための装置。
あの時、サムが助けに来てくれなかったら、間違いなく死んでいただろう。
ステーションには戻れないまま、酸素切れになって。
(サムが助けてくれたから…)
こうして生きていられる自分。
しかも、自分を助けに来たサム。彼もまた命懸けだった筈。
(あの宇宙服のバーニアは…)
本来は一人用のもの。二人分の姿勢を制御できるとは限らない。移動の方も。
なのに、迷わず飛んで来たサム。
失敗したなら、サムも宇宙の藻屑になりかねなかったのに。
危うい回転をし続けていた自分の巻き添えになってしまって、回り続けて、酸素切れで。
一度勢いがついてしまったら、宇宙空間では止まれないから。
サムだけ慌てて逃げ出そうにも、手遅れということもあるのだから。
(…基礎の基礎なんだ、そういう知識は…)
無重力訓練の講義の最初に叩き込まれる。
サムが知らない筈は無いのに、迷うことさえしなかった。
死んでしまうかもしれないのに。…巻き添えになって、後悔しても遅いのに。
まさに命の恩人だったサム。命懸けで助けてくれたサム。
運よく二人で助かっただけで、下手をしたなら、彼もまた死んでいたろうに。
(ぼくだったら…)
出来たろうか、と自分に問い掛けてみる。
あの場面で立場が逆だったなら、と。
(…多分、直ぐには飛び出していない…)
戻り損ねたら無い命。
何処かに命綱を取り付け、それから宇宙へ飛び出したろう。
ただし、それでは間に合わないかもしれないけれど。
姿勢を制御できなくなったら、何のはずみで高速移動を始めてしまうか分からないから。
パージされた区画に引き摺られてゆくゴミの一つに、ぶつかったならば終わりだから。
弾き飛ばされてしまうだろう身体、アッと言う間に彼方へと消える。
恐らくサムもそれに気付いた。
だから即座に飛んで来た。…命綱など、つけることなく。
(何故、そこまで…)
出来たのだろう、と思った時に不意に頭に浮かんだ言葉。
(……友達……)
サムが教えてくれたと言っていい言葉、そして自分はサムの「友達」。
それで来たのか、と思い至った。
サムは自分の友達だから。
きっと「友達」というものは、そう。
命を預けたり、命懸けで一緒に行動したりと、強い絆を持つのだろう。
自分が礼を言った時にも、サムは笑っていただけだから。
「いやあ、しっかり食って、しっかり動く。それだけさ」と。
本当に命を懸けてくれたのに、恩着せがましいことも言わずに。
それが「友達」なのだろう。
互いに信頼し合っているから、迷わずに懸けられる命。
同じに預けられる命で、「友達」だからこそ出来る行動。
なるほど、と納得出来たこと。
サムだからだ、と。
(命綱を確保、と思うようなぼくは…)
まだまだ友達と呼べないのだろう、真の意味では。
サムは友達だと言ってくれても、あそこで迷わず行動出来はしなかったから。
(しかし、今なら…)
迷わずに出来る、サムを助けに飛び出して行ける。
やっと「友達」になれたのだろう、命懸けで来てくれたサムのお蔭で。
そうするべきだ、とサムに教えて貰ったから。
(友達か…)
なんという奥の深い言葉か、と改めて思い知らされた。
命も惜しまず、共に行動出来る相手が友達。
迷わず命を懸けることが出来て、命を預けられるのが真の友達。
(命綱を確保しているようでは…)
駄目なのだな、と自分自身を叱咤した。
そんな腰抜けでは、「友達」が逃げてゆくだろうから。
サムのお蔭でやっと分かった、と深く頷いた「友達」という言葉だけれど。
自分もサムの真の友達になれそうだ、と嬉しくなったのだけれど。
「はあ…? 命懸けって、お前…」
ポカンと口を開いたサム。
二人で食事をしていた席で。
「いや、だから…。あの時、サムが来てくれたのは、友達だからだろう?」
命綱無しで、あんな頼りないバーニアだけで、と続けたら。
「そりゃまあ…。そうかもしれねえけどよ。俺って、考えなしだから…」
先に身体が動いちまった、命綱なんか忘れちまっていたよ。
こりゃあ成績下がりそうだな、と笑ったサム。
基礎の基礎だってえのによ、と困ったように頭を掻いて。
どおりでマザー・イライザに褒めて貰えなかったわけだと、こんなウッカリ者では、と。
失敗したぜ、と笑い続けて、それからサムは笑顔で言った。
「あのさ…。そんな大袈裟なモンじゃねえんだよ、友達ってのは」
命懸けだとか、預けるだとか…。
そんなんじゃ命が幾つあっても足りやしねえぜ、とポンと叩かれた肩。
「こうして一緒に飯とか食えれば充分なんだよ」と、「友達ってのは、そういうモンさ」と。
「…そうなのか?」
「そう、そう! だから、お前はしっかり考えてから動いてくれよ?」
間違えたって命綱無しで来ちゃいけねえぜ、とサムは注意をしてくれたけれど。
サムの命が危うい時でも、自分の安全を優先するよう、釘を刺されてしまったけれど。
(…でも、ぼくも行こう)
もしも、そういう時が来たなら、命綱は無しで。
命綱など考える前に、友達の命を最優先で。
それが本当の友達なのだと、サムから教えられたから。
サムは「違う」と言うだろうけれど、それが真実だろうから。
命を預けられる相手が真の友達、命懸けで助けに行くのが真の友達。
そういう友を持って初めて、一人前の人間だろうと思うから。
そうありたいと今は思っているから、その時は自分も、命綱は無しで…。
本当の友・了
※あの事故、サムが一緒に行かなかったら、キースは本当におしまいだった筈なんですが…。
サムが行ったのもマザー・イライザのプログラムだったら、ブチ切れちゃってもいいですか?