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親がいるなら
(……両親か……)
 きっと、さぞかし良いものなのだろうな、とキースは心で一人呟く。
 首都惑星ノアの、国家騎士団総司令の部屋で、夜が更けた後に。
 机の上には、側近のマツカが置いて行ったコーヒーがあるが、人影はもう無い。
 今日の昼間に時間が取れて、サムの病院へ見舞いに出掛けた。
 その時、サムが話していたのが両親のこと。
(サムは、いつでも楽しそうに…)
 彼を育てた両親の様子を教えてくれる。
 「パパが勉強しろって、うるさいんだ」などと、今も両親と暮らしているかのように。
 サムの両親はとうの昔に、サムの子育てを終えてしまっているのが現実なのに。
(次の子供を育てているのか、養父母の役目を降りているのか…)
 調べたことは無いのだけれども、どちらかだろう。
 いずれにしても、両親は、もはや「サム」とは無縁で、彼らの暮らしにサムなどいない。
(そうとも知らずに、記憶の中の両親と暮らしているサムは…)
 いつ会いに行っても幸せそうで、「叱られたんだ」と言っていたって嬉しそうに見える。
 そうなるくらいに、「両親」というものは、「良いもの」なのに違いない。
 シロエが懐かしがっていたのも、故郷と「両親」だった。
(…サムは心を壊されたせいで、子供の頃に戻ってしまって…)
 今も両親と暮らし続けて、充実した日々を送っているらしい。
 病院の中だけで生きているのに、「此処から出たい」と話したことは無いから。
(…そして、シロエは…)
 故郷の星に帰りたいとばかり願い続けて、最後は暗い宇宙に散った。
 シロエの魂だけは、あの後、故郷に向かったろうか。
 両親が今も暮らしている星へ、ただ真っ直ぐに。
 「きっと、そうだ」という気がする。
 其処で両親に会えたシロエは、嬉しかったか、あるいはガッカリさせられたのか。
 両親が「次の子供」を育てていたなら、家に「シロエ」の居場所は無い。
(……だが、そうなっていても……)
 シロエは満足したのだろう、とも思えてしまう。
 「シロエだけの親」ではなくなっていても、両親に会うことが出来たのだから。
 たとえ言葉は交わせなくても、両親の目には映らなくても、「家に帰れた」ことが一番。
 成人検査で奪われたという「子供時代の記憶」も、シロエはすっかり思い出せたのだろう。
 代わりに命を失っていても、サムが幸せなのと同じで、シロエも幸せ一杯で。


 サムの見舞いに出掛けてゆく度、繰り返される「サムの両親の話」。
 普段は気にも留めないけれども、たまに、こうして「引っ掛かって来る」。
 サムもシロエも、「両親」を追っているというのに、キースには、その「両親」がいない。
(…どうせ、育ての親なのだが…)
 いるといないのでは違うのだろうな、と分かってはいる。
 マザー・イライザが、こう話していた。
 キースは、「両親や友人などに左右されることなく、育った無垢な者」なのだと。
(…私を無から作るだけでは、まだ足りなくて…)
 「親も友人も与えないまま、水槽の中で育て続ける」ことが重要なポイントだったらしい。
 成人検査の年を迎えて「水槽から出る」まで、何者にも「影響されない」ことが。
(…そういう選択をしたほどなのだし、両親の存在は大きくて…)
 機械が「理想の養父母を選んで、キースに与えた」としても、駄目なのだろう。
 両親も所詮は「生きた人間」だけに、「キース」は何処かで感化されるに違いない。
 「父のような人間を目指したい」とか、「母の優しさを見習いたい」だとか。
(…どうしても、偏る部分が出来てしまって…)
 全ての人類を導くための「指導者」には、不適格になるのだろうと思う。
 「キースにとって、望ましい人間像」が生まれたのでは、其処から外れる者が出て来るから。
(…将来、人材を抜擢するとか、登用する時に…)
 それらが影を落とすようでは、わざわざ「無から作り出してまで」世の中に出した意味が無い。
 あくまで「公正、公平」な選択が出来る者でなければ、本当の意味での「政治」は出来ない。
(…そうなのだろう、とは思うのだがな…)
 納得もしてはいるのだけれど、実は「気になる」点が「もう一つ」ある。
 「キース・アニアン」は、無から作られて「水槽の中で育った」というだけではない。
 機械は「辻褄を合わせる」ために、キースの「出生」まで「作り上げていた」。
 誕生日を決めて、育った場所と「両親」までをも、まるで「本物である」かのように。


 機械が設けた「誕生日」の方は、それほど気にはならない。
 水槽の中から出された時でも、「生命として」出来た時でも、変わりは何も無いだろうから。
(…どうせ私は、どちらにしても…)
 記憶に残っていないわけだし、「キース」に影響するようなものでもない。
 誕生日くらい、いつであろうが、ただの記念日。
 ステーションの中にいたなら、同級生たちが祝いの言葉をくれる程度の代物だから。
(…メンバーズでなければ、卒業した後も…)
 仲間や伴侶と祝う機会もありそうだけれど、キースは、そうした道には「いない」。
(…誕生日などは、あろうが無かろうが…)
 本当に「どうでもいい」のだがな、と思っているくせに、「どうでもいい」とは思えないもの。
 不意に頭に浮かんで来る度、気になってしまうものは「両親」。
 サムが楽しげに語っている時、心を掠めてゆくことも多い。
(…私の、記録上の両親は…)
 果たして「実在する」のか、実は「何処にもいない」のか。
(…マザー・イライザも、グランド・マザーも…)
 両親のことなど語らないから、偽の情報の正体は今も「謎」のままで留め置かれている。
 恐らく、調べようと試みてみても、壁に突き当たることだろう。
 機械が巧妙に隠し続けて、「キース」の目には、けして触れないように躱して。


(……両親か……)
 記録の上では、キースが育った故郷の星に「いた」筈の両親。
 データを引き出したことは無いけれど、恐らく、「キース」を育てた頃の写真もあるだろう。
(…しかし、写真を作り上げるくらい…)
 「キース」を「無から作った」ことに比べれば、ごく簡単なことに過ぎない。
 シロエのように器用な者なら、子供時代でも「偽の写真」を合成出来る。
 まして機械が「細工する」となれば、「両親の、今現在の姿」さえをも作り上げられる。
(…私を育てた頃から、今日まで経過した年月の分を…)
 計算し尽くして、相応しく年を取らせて、「今は、こういう姿ですよ」と。
(…実在するのか、していないのか…)
 それを調べようとするだけ無駄だ、と知っているだけに、調べようとも思いはしない。
 試みてみても「壁に当たる」か、偽のデータで「誤魔化される」か。
(……永遠の謎というものなのだが……)
 もしも、と、たまに考えてしまう。
(偽の両親で、私など、一度も育てていなくて…)
 会ったことさえ無いのだとしても、「偽の両親が実在している」なら、一度、姿を見てみたい。
 「キース」の養父母らしい姿か、そうでもないのか、それだけでも自分で確かめてみたい。
 「親というのは、こういうものか」と、少しだけでも分かりそうだから。
 サムが、シロエが慕う両親、それが「どういうもの」なのかが。


 そうは思っても、機会は永遠に来そうにない。
 SD体制が続く限りは、グランド・マザーに阻まれ続けて、どうにもならないことだろう。
(いつか、機会が来るとしたなら…)
 その時には、「キース」の命も、ありそうにはない。
 人類がミュウに敗れた時しか、SD体制は終わりはしないし、SD体制が終わるのならば…。
(…人類の指導者をしている筈の私も、もろともに…)
 滅びることになるだろうしな、と溜息しか落ちて来ないけれども…。
(……ジョミー・マーキス・シン……)
 一度だけ会ったミュウの指導者で、サムの同級生だったという「ソルジャー・シン」。
 彼が何かの気まぐれを起こして、「キース」を生かしておいてくれるなら…。
(…シロエが、故郷に帰ろうとして…)
 暗い宇宙に飛び立ったように、「キース」も宇宙に飛んでみようか。
 「機械が作り上げた、記録の上だけの」親が、何処かの星にいるかどうかを、探し求めて。
 SD体制が壊れた後なら、本当のことも分かるだろうから。
(……そう出来たなら……)
 少しは「人間」に近付けるのだろうか、と「作られた者」だからこそ、思ってしまう。
 形だけの「偽の両親」だろうと、存在してさえいれば、「キース」にも「親」が出来るから。
 「親というのは、どういうものか」が、ほんの少しだけ、理解出来そうだから…。



              親がいるなら・了


※アニテラだと、シロエが調べて分かったのは、キースの誕生日。原作だと、故郷と両親。
 両親の名前まで分かっているので、其処から生まれたお話。実在するかが謎だけに。





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