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勝者のバイク

(ふうん…?)
 耳に入った噂話。
 キースという名が聞こえて来たから、耳を澄ませていたけれど。
 面白い、とクスッと笑ったシロエ。
 どうやらキースは、振られてしまったらしいから。
(機械の申し子はダテじゃないってね)
 思った以上に、人の心の機微というものに疎いらしい。
 あのエリートの先輩は。
(彼女に逃げられてるようじゃ…)
 話にならない、と心で嘲る。
 メンバーズ・エリートを目指すのだったら、恋は要らないものだけれども。
 このステーションでは恋は不要だとも言えるけれども、それはまた別。
 人間としての質の高さで考えるなら…。
(彼女の一人も繋ぎ止められないエリートなんてね)
 本当に笑い話でしかない、そんな愚かな男など。
 しかもキースが破れたらしい恋のライバル、それは宙航の技師だという噂。
 メンバーズどころか、宙航の技師。
 パイロットにすらもなれなかった男、キースに勝利を収めた男は。


 なんとも可笑しくて、馬鹿々々しくて。
 部屋に戻っても、まだ可笑しさがこみ上げてくる。
 宙航の技師に魅力で劣るエリート、そんな者が自分のライバルなのか、と。
(…とりあえず…)
 亜空間理論と位相幾何学の成績は抜かせて貰った、間違いなく。
 E-1077始まって以来の秀才、キースの成績を塗り替えてやった。
 他の教科も、もちろん抜いてやるけれど。
(エリートってヤツは、勉強だけじゃあ…)
 駄目ってことさ、と机の代わりに座り込んだ床。手にした工具。
 此処に来てから作り始めたバイクの仕上げをしなければ。
 乗って颯爽と走ったならば、きっと気分も晴れるから。
(息抜きも大切…)
 特に此処では。
 マザー・イライザが監視しているステーションでは。
 勉強ばかりでは、本当にイライザの意のままになる人形だから。
 それ以外のこともやってみなくては、やりたいことをやりたいように。
(…エネルゲイアの出身だったら…)
 機械に強くて当たり前。
 自分が育った故郷も意識しておきたいから、こうしてバイク。
 工具を手にして作っていたなら、故郷にいるような気持ちだから。
 その間だけは、懐かしい町へ心が飛んでゆくようだから。


(…キースなんかには負けないってね)
 成績はキースに勝って当然、人間としてもキースに勝つ。
 それが目標、いつかは自分が地球のトップに立つのだから。
 器を大きく持っておかねば、人の上には決して立てはしないのだから。
(ぼくなら、彼女に振られるような無様な真似は…)
 しないんだけどな、とクックッと笑う。
 同じエリートが恋のライバルだったとしたって、振られた時には負けは負け。
 いくら成績で勝っていたって、器では敵わないということ。
 振られた相手が選んだ男に、まるで全く。
 「成績は上だ」と叫んだ所で、魅力が無いと笑われるだけ。
 なのに、振られてしまったキース。
 よりにもよって宙航の技師と並んで秤にかけられて。
 「要らない」とポイと捨てられたキース、宙航の技師の方が選ばれて。
 もう可笑しくてたまらないから、早くバイクを仕上げなければ。
 これが出来たら、きっと同期の候補生たちのヒーローだから。
 誰もバイクを作れはしないし、乗って走りもしないから。
(女の子だって寄ってくる筈…)
 日頃の彼女たちの言動、その辺りから考えてみても。
 目新しいものが好きそうな少女、他の同期生たちに人気があるのも…。
(あの子だってね?)
 きっと来るな、と思い浮かべたツインテールの少女。
 同期生の中で一番人気の、クルンとした目の。
 バイクを作り始めた時には、何も考えていなかったけれど。
 出来上がったならば、彼女を乗せて走ってみようか、自分の後ろに。
 そして振られたと噂のキースの前に、颯爽と。


 バイクを作り始めた時の動機から、少し外れてしまったけれど。
 エネルゲイアを懐かしんで走るつもりが、キースとの勝負になりそうだけれど。
 それもいいか、と作り上げたバイク。
 やっと出来たから、今日は早速試運転といこう、と繰り出した食堂。
 案の定、皆に取り囲まれた。
 同期生の男女にワッと囲まれ、質問攻め。
 ツインテールの少女も出て来た、「乗せて、乗せて!」と。
 一番人気の女の子だけに、男子の視線が一気に険しくなるけれど。
 知ったことかと、「いいよ」と答えた。「後ろに乗って」と。
 「危ないから、しっかり捕まっててよ?」と。
 「うんっ!」と後ろに跨った少女。ツインテールの髪を揺らして。
 抱き付くようにギュッと回された少女の両腕、「この野郎!」と睨む男子たち。
(…君たちに魅力が足りないからだよ)
 何処かのキースと変わらないよね、とスイッとバイクで走り出す。
 後ろの少女は、彼女などではないけれど。
 二人きりで話したことなどは無くて、本当はどうでもいいのだけれど。
(ナンバーワンってトコが大切…)
 誰もが羨む、今の自分がいるポジション。
 男子に一番人気がある女子、それを後ろに乗せていることが。
 キースには決して真似の出来ない離れ業。
 自分ならこうして彼女も作れる、その気になりさえしたならば。
 これを機会に「付き合わない?」と言いさえしたなら、後ろの少女は手に入るから。


 そうやって走って、見付けたキース。
 振られたと評判のキースがのんびり、友と座っているようだから。
 すかさずバイクで横に乗り付け、インタビューよろしく問い掛けてみた。
 二科目でキースの成績を抜いたと宣言してから、ついでのように。
 なにしろ、腑抜けたキースときたら、成績の方で受けて立つ気は無いようだから。
 張り合いが無いから、次はこっち、と。
「ところで、あなたの彼女は?」
 そうしたら…。
「彼女? 誰のことだ?」
 怪訝そうなキース、彼は自覚さえ無かったらしい。
 彼の友人ですらも「スウェナか?」とキョトンとしている有様だから。
 しかも「あいつがどうかしたのか?」とまで。
 とっくの昔に、ステーション中にスウェナの噂が流れているのに。
 宙航の技師と結婚すると、キースは振られてしまったらしいと。
 キースが鈍いなら友人も鈍い、類は友を呼ぶと言うべきか。
(バーカ…)
 そんな調子だから振られるんだよ、とツインテールの少女と顔を見合わせた。
 「ね?」とばかりに。
「お二人とも、御存知ないんですか…」
 呆れた、という口調で言ってやる。
「機械の申し子でも分からないことがあるんですね。いや…」
 …機械の申し子だから、分からないのかな?


 ふふっ、と笑ってまた走り出した、ツインテールの少女を乗せて。
 同期生の嫉妬と羨望の眼差し、心地良いそれを浴びに行こうと。
(分かってないね…)
 あの調子じゃね、とシロエはバイクで走り続ける。
 こっちの面でもぼくの勝ちだ、と。
 振られた自覚も無いらしいキース、何も分かっていないらしいキース。
 宙航の技師に魅力で負けたと、まだ気付いてもいないのがキース。
 それに比べて自分はと言えば…。
(今日からぼくの彼女なんです、って言うことだって…)
 簡単に出来る、同期生に人気ナンバーワンの少女をあっさり手に入れることが。
 面倒だからそれはしないけれども、望みさえすれば。
 後ろの少女を誘いさえすれば。
 勝った、と今日は爽快な気分。
 バイクは出来たし、キースにも勝った。
 最高の気分で初乗りが出来た、エネルゲイアと繋がるバイクの。
 故郷で学んだ技術を生かして作り続けて来たバイクの。
 これで何処までも走ってゆこうか、いつかは夢のネバーランドへも。
 地球のトップに立った時には、これで故郷へ帰ろうか。
 父の許へと、母の許へと、バイクを駆って。
 「ただいま」と、「ぼくは帰って来たよ」と。
 機械に命じて取り戻した記憶をしっかりと抱いて、懐かしい町へ、このバイクで…。

 

       勝者のバイク・了

※放映当時に思ったこと。「シロエ、なんで女の子を乗せて走ってるわけ?」。
 アンタそういうキャラだったのかよ、と印象には残ったんですが…。スミマセンです。





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