「ジョミーだった。…あれは……ジョミーだった!」
そう言って嘆き悲しんだサム。幼馴染の変わりようを。
「なんで、あいつが!」と、「教えてくれよ」と。
あの表情が、声が、頭を離れない。
悲しむサムを慰めようと側にいたのに、「いやあ、キース君!」と現れた男。
プロフェッサーと呼ばれる教官。
彼の自慢話に、大袈裟に騒ぐ生徒たち。誰もが自分をヒーロー扱い。
打ち消される優しいサムの感情。
とても冷静ではいられなくて。
堪えようとしても瞳が揺れてしまって、ついには頭を抱えて呻いた。
「やめろ。…やめてくれ、もう沢山だ!」と。
それすらも通じないかと思ったけれども、騒ぎを収めに来た警備兵たち。
彼らが皆を散らしてくれた。その代わりに…。
(サム…)
座り込んでいたサムも連れ去られた、その警備兵に。
マザー・イライザの指示で医務室に連れてゆくと。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
ミュウの長と名乗ったサムの幼馴染、彼の思念に晒されたから、と。
自分以外の者たちは全て、念のためにと医務室へ。
誰もが意識を失ったのだから、当然の処置ではあるけれど。
(…すまない、サム…)
お前の力になれなかった、と引き揚げた部屋。
サムが落ち着くまで、話を聞いてやりたかったのに。
ジョミーという名は何度もサムから聞いていたから、こんな時こそ。
「きっと何かの間違いだろう」と、「他人の空似だ」と、励ましてやって。
サムはジョミーが「あの頃の姿のままで、全然変わっていない」と言ったのだから。
そんなことなど、ある筈がない。
人は必ず年を取るのだし、ジョミーがサムと一緒だった頃の姿だなどと。
そう言ってやれば、サムは落ち着いただろうに。
「そうだよな」と頷いてくれたのだろうに、掛けてやる暇が無かった言葉。
プロフェッサーに、「早くみんなにヒーローの顔を見せてやれ」と促されて。
強引に連れてゆかれてしまって。
サムは心細そうに座り込んだままで、悲しそうに顔を覆っていたのに。
幼馴染と、ジョミーと名乗ったミュウとの間で揺れていたのに。
…見たものが信じられなくて。
モニターに映ったミュウの長のジョミーが、幼馴染だとショックを受けて。
(…本当にそうなのかもしれないが…)
たとえそうでも、「違う」と一言、自分が言ってやれたなら。
「まだジョミーだと決まってはいない」と、肩を叩いてやっていたなら。
サムのことだから、きっと、考え直してくれただろう。
「本当に人違いなのかもしれない」と、「他人の空似だ」と前向きに。
持ち前の元気と、明るさでもって。
…なのに、励ましてやれなかったサム。
医務室へ連れてゆかれたサム。
今頃はきっと、治療を受けているのだろう。
他の者たちよりも酷かった動揺、それを収めるための治療を。
(…薬は確かに効くのだろうが…)
それだけでサムが受けたショックが癒えるだろうか?
心の傷になってはいないか、あのミュウの長が。
まだ本当にサムの幼馴染だと、決まったわけでもないというのに。
何の証拠もありはしないのに。
(……ジョミー・マーキス・シン……)
会ったこともないのに、すらすらと空で言えてしまう名前。
サムが何度も繰り返し話した、幼馴染のジョミーの名前。
(シロエにそっくりの目をしていた、と…)
そんな話さえ聞いたほど。
サムの一番の友達だったと、「また会えたら」と思っていると。
友達とは重要なものなのか、と遠い日にサムに尋ねたけれど。
あの時に初めて、ジョミーの名前を耳にした。
それからは何度聞いたのだろう。
ジョミーの名前も、サムの故郷での思い出話も。
だからこそ、サムの悲しみも分かる。
モニターに映ったミュウの長の少年、彼が本当にジョミーだったなら、と。
もしもそうなら、サムの幼馴染はもういない。
少なくとも、同じ世界には。
いつの日かサムが友として再び巡り会えるだろう、この世界には。
ミュウのことは殆ど知らないけれども、敵だから。
少なくとも、自分や訓練中の仲間は命を落としかけたのだから。
サムも含めて、一人残らず。
あのまま意識が戻らなかったら、惑星の地表に叩き付けられて。
幼馴染がどういうものかは、自分には分からないけれど。
成人検査よりも前の記憶を持っていないらしい、自分にはまるで謎なのだけれど。
「古くからの友達」だとは分かっているから、想像はつく。
自分の友達はサムだから。
(…幼馴染が敵だというなら…)
ある日突然、友達のサムが敵へと変わるようなもの。
それも自分を殺そうとする敵、危うく殺されかけたなら。
…サムが自分に刃を向けたら、自分もきっと、ああなるだろう。
嘆き悲しんでいたサムのように。
「なんで、あいつが!」と、「教えてくれよ」と、肩を震わせて。
冷静さの欠片も失くしてしまって、ただ繰り返すだけだろう。
「どうして」と、「サムはどうなったんだ」と。
…考えるほどに、悔やまれること。
サムの話を聞いてやれずに、励ますことさえ出来なかったこと。
(プロフェッサーさえ出て来なければ…)
あの手を振り払うべきだった。
プロフェッサーの機嫌を損ねて、自分の評価が下がろうとも。
(……すまない、サム……)
せめて今からでも見舞いに行かねば、面会許可が下りるようなら。
こういう時に駆け付けなければ、とても友とは言えないから。
(…行ってみようか…)
駄目で元々、と見回した部屋。
見舞いの品を持ってゆこうにも、生憎と何も無いのだが、と。
けれど…。
あった、と思い出した物。
サムに貰ったぬいぐるみ。
宇宙の珍獣シリーズと言ったか、レア物だというナキネズミ。
(…元気でチューか…)
そう言ってサムが励ましてくれた、シロエを殴ってしまった時に。
ぬいぐるみを握って、お辞儀をさせて。
「元気でチューか?」と。
そしてそのまま、貰ってしまったぬいぐるみ。
「やるよ」と、「それはお前のだから」と。
けれど、レア物のぬいぐるみ。お返しの品も持っていないから、と断ったら…。
「それじゃ、貸しってことにしようぜ」と笑ったサム。
「いつか俺がさ、元気を失くすようなことがあったら、返してくれよ」と。
そんな日は来ないだろうけれど、と。
もしも来たなら、その時に「元気でチューか?」と返してくれ、と。
(元気でチューか、か…)
今がきっと、サムが言っていた時。
サムが元気を失くしている時。
今こそ返すべきだろう。貰ったレア物のぬいぐるみを。
ナキネズミを持って、サムの所へ。
「元気でチューか?」とあれを返して、サムを励ます時なのだろう。
ジョミーのことは心配するなと、きっと何かの間違いだからと。
「元気を出せ」と、「あれは幼馴染のジョミーじゃない」と。
(…まさか返せる時が来るとは…)
貰いっ放しだと思っていたが、と取り出したナキネズミのぬいぐるみ。
幼馴染のことで悲しむ今のサムには、きっと効果がある筈だから。
友達の自分が励ましたならば、どんな薬よりも効くだろうから。
「…元気でチューか…」
上手くやれればいいんだが、とキュッと握ったぬいぐるみ。
サムを励ましてやりたいから。…さっき励まし損ねた分まで、駆け損なった声の分まで。
「元気でチューか?」とサムに返そう、このナキネズミのぬいぐるみを。
それだけでサムは、きっと笑顔になるだろうから。
「あの貸し、返されちまったか」と。
「俺としたことが」と、「やられちまった」と、きっと笑ってくれるだろうから…。
励ましたい友・了
※キースがやった「元気でチューか?」。サムには効果抜群でしたよね、「癒される」と。
『友の励まし』と対になっています、とうとう書いてしまったか、自分…。