生かされる命
(……マツカ……)
どうして私を庇った、とキースが脳裏に描く面影。
人類軍の旗艦ゼウスの司令官室、ただし、新たに設けられた「其処」で。
元からあった司令官室、国家主席の執務室も兼ねていた部屋は、既に無い。
ゼウスに潜入して来たミュウの青年、オレンジ色の瞳の男が壊したから。
(…本当だったら、あの時、私も…)
死んでいたのだ、とハッキリと分かる。
いや、それどころか、実際、キース・アニアンは「死んだ」。
一度は鼓動を止めた心臓。
自分では知らなかったのだけれど、後にセルジュから聞かされた。
「閣下は、強運でいらっしゃいますから」と、蘇生したことを褒め称えられて。
(……だが、あれは……)
私自身の力では無い、と確信に満ちた思いがある。
あの時、二度も「救われた」のだ、と。
もうゼウスにはいない側近、広い宇宙の何処を探しても、出会えはしない青年に。
(…あれは、幻などではなかった…)
ミュウの青年に襲われ、意識を失った後に見ていたもの。
深い水底に沈んでゆく自分に、シロエが、サムが、手を差し伸べて来た。
溺れたくなくて、必死に藻掻いた自分の身体は、どうにも出来ずに沈んでゆくだけ。
(…其処に、マツカが…)
現れ、微笑んで腕を掴むのを、確かに見た。
そうして、引き上げてくれる強い力を「感じた」。
(だから、私は…)
死の淵から戻れたのだと思う。
息を吹き返し、再び瞳を開けた時には、マツカが「いなくなっていた」けれど。
「キース」を庇って、身体の半分を吹き飛ばされて、失せていた命。
それでも、マツカは救ってくれた。
最後の最後に、残ったサイオンを振り絞って。
死にゆく「キース」の魂を追い掛け、黄泉の国から連れ戻して。
マツカが身をもって救った「キースの肉体」、引き戻してくれた「キースの魂」。
二度も自分は救われたけれど、それに報いてやるどころか…。
(……後始末を、と……)
言い捨てて部屋を後にしたから、自分はマツカの死に顔にさえも、向き合っていない。
「後始末を」と命じられた部下たち、彼らは、忠実に仕事を済ませたから。
上官を煩わせることが無いよう、迅速に「マツカ」の後始末をして、新しい部屋を整えて。
(…終わりました、と…)
今の部屋に案内された時には、とうに全ては終わっていた。
マツカが何処に葬られたのかも、報告さえも受けてはいない。
なんと言っても「後始末」だから、廃棄したゴミの処分先など、上官に知らせる必要は無い。
(……本当に捨ててはいないだろうが……)
きっと内輪で、ささやかな弔いもしたのだろうけど、其処にも自分は呼ばれていない。
「後始末を」などと言われたマツカは、二度も救ってくれたのに。
マツカが救ってくれなかったら、こうして生きてはいなかったのに。
(…私を襲ったミュウと一緒に…)
逃れることも出来ただろうに、と零れる溜息。
「どうして私を庇ったのだ」と、「何故、あの男と逃げなかった」と。
マツカがそうするわけもないのに、埒も無いことを考えてしまう。
其処で逃亡するくらいならば、とうの昔に、マツカは逃げていたのだろうに。
(……思えば私は、最初から……)
マツカに救われてばかりだったな、と浮かんだ苦笑。
「逆だったのは一度だけだ」と、「マツカに出会った時だけだった」と。
ソレイドで初めて遭遇した時、マツカは牙を剥いて来た。
生き延びるために「キース」を消そうと、そのサイオンをぶつけて来て。
(窮鼠猫を噛む、というヤツだったが…)
それでメンバーズを倒せはしないし、本当だったら、マツカは「始末されていた」。
文字通りキースに返り討ちにされ、処分されて。
(…しかし、マツカに…)
シロエの面影が重なったから、殺さず、生かしておくことにした。
罪滅ぼしのつもりだったか、単なる気まぐれだったのか。
「一匹くらい生かしておいても、特に問題無いだろうさ」と。
その「一匹」が役に立つなど、夢にも思いはしなかった。
けれど、結果は…。
(…本当に、その直後から…)
マツカは「キース」を救い続けた。
一番最初は、ジルベスター・セブンに向かった時。
単独で降下を試みた着陸船を、ミュウに墜落させられた。
待機していた母船の者たち、彼らは全員、「キースは死んだ」と見なして逃げた。
考えてみれば「それ」が普通で、誰も救助に来なくても…。
(おかしくはないし、咎める者もいないのだがな…)
ただ一人だけ、「キース」の生存を信じていたのが、あの時のマツカ。
そう信じたから、嘲笑われつつ、たった一人で「救いに来た」。
ちっぽけな船しか借りられなくても、誰も同行してくれなくても。
(もしも、マツカが来なかったなら…)
ミュウの母船からは脱出できても、命運は其処で尽きていたろう。
いくら人質を取っていようと、ミュウの能力に敵いはしない。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
彼が本気で追って来たなら、船ごと破壊されただろう。
そうしたとしても、彼が人質を救い出せたのは、皮肉な形で証明された。
(…私が、あの船を爆破したのに…)
人質だった「ミュウの女」は、ジョミーに救い出されたから。
「キース」がマツカに救われたように、サイオンに守られ、爆発には巻き込まれずに。
(……あれが、一度目……)
あの時も、二度、救われたのだな、と改めて思う。
マツカが救いに駆け付けたからこそ、逃げ遂せた上に、その後も…。
(…人類軍の船に拾われるまで…)
真空の宇宙を飛んでゆけたし、お蔭で命を拾えたのだ、と数えた回数。
「二度、救われた」と。
メギドでミュウの殲滅を目指した時にも、同じようにマツカに救われた命。
ソルジャー・ブルーに道連れにされる寸前、飛び込んで来たマツカに救い出された。
彼が現れなかったならば、間違いなく死んでいただろう。
追い詰めた筈の手負いの獣に、喉笛を食い破られて。
(…こうして、ザッと数えただけでも…)
マツカ無しでは「命が無かった」局面が幾つもある人生。
他にも幾つもの暗殺計画、それをマツカが未然に防いでくれていた。
(……マツカのお蔭で拾った命は……)
数え切れんな、と思うけれども、礼を言おうにも、マツカは「いない」。
最後まで「キース」を救い続けて、身代わりのように死んでしまった。
これからは、もう…。
(…私の命を救える者は…)
誰一人としていないのだ、と覚悟は、とうに出来ている。
オレンジ色の瞳の青年、彼が再びやって来たなら、今度こそ命は無いことだろう。
それはそれで、世界の未来のためには…。
(いいのかもしれん、と思うがな…)
どうせ、世界はミュウのものだ、と恐ろしい答えを、自分は知った。
ミュウは進化の必然だったと。
だから「キース」が死んでしまっても、ミュウが世界を手に入れる日が早まるだけ。
人類には気の毒な結末だけども、それが歴史の流れなのだし、仕方ないこと。
(……そんな未来しか無いというのに……)
どうして私を生かしたのだ、と神がいるなら問いたくなる。
「どうして、マツカを寄越したのだ」と、「彼は、人類ではなかったのに」と。
殲滅すべきだと思っていたミュウ、いつかマツカが「最後の一匹」になると信じていた。
ミュウは端から滅ぼすけれども、マツカくらいは生かしておいてもいいだろう、と。
(そんな私の命を、何故…)
よりにもよってミュウのマツカに、神は救わせ続けたのか。
マツカの命と引き換えてまで、神は「キース」を生かしたのか。
(……まさしく、それだな……)
生かされているのだとしか思えん、という気がする命。
「キース」の肉体、神の領域を機械が侵して、創り上げた「モノ」。
神には最初から見放されている筈だというのに、「生かされている」ように思えてくる。
そのために神が「マツカ」を寄越して、今日まで生かして来たのだと。
命を失いそうになる度、マツカに「それ」を救い出させて。
そうだとしたなら、「マツカ」の役目は終わったろうか。
「キース」を救う使命が終わって、神の許へと召されたのか。
この先はもう、「キース」が命を失っても…。
(世界は順調に動いてゆくから、それでいい、と…?)
そういうことなら、納得がゆく。
「マツカ」がいなくなったことにも、「キース」の命を救える者がいないことにも。
(…そうだったのかもしれないな…)
だから、お前は旅立ったのか、とマツカに心で問い掛けてみても、答えは無い。
彼の命があった頃には、「言葉を使え」と何度怒鳴ったか知れない思念を、待ってみても。
(……私が生かされていたのなら……)
そのために、マツカがいたのだったら、自分は何をすべきだろうか。
何もしないまま、ミュウに殺される日を待っていたのでは…。
(…マツカが私を生かし続けてくれていた意味が…)
まるで無くなるではないか、と「生かされている意味」を考える。
神に、マツカに「生かされて」今があるのだったら、そうなった意味を。
「キース」は命を失う前に、この世界で何をすべきなのかを。
(……考えろ、キース……)
確かに意味はある筈なのだ、と深く、深く思考を巡らせてゆく。
「それは何だ?」と。
「何のために私は生きているのだ」と、「今も生かされているのだろうな?」と…。
生かされる命・了
※「マツカがいなかったら、キースはとっくに死んでるよね」と、ハタと思ったわけで。
そんなキースが生きていられるのも不思議な話だ、と考えた所から出来たお話。
どうして私を庇った、とキースが脳裏に描く面影。
人類軍の旗艦ゼウスの司令官室、ただし、新たに設けられた「其処」で。
元からあった司令官室、国家主席の執務室も兼ねていた部屋は、既に無い。
ゼウスに潜入して来たミュウの青年、オレンジ色の瞳の男が壊したから。
(…本当だったら、あの時、私も…)
死んでいたのだ、とハッキリと分かる。
いや、それどころか、実際、キース・アニアンは「死んだ」。
一度は鼓動を止めた心臓。
自分では知らなかったのだけれど、後にセルジュから聞かされた。
「閣下は、強運でいらっしゃいますから」と、蘇生したことを褒め称えられて。
(……だが、あれは……)
私自身の力では無い、と確信に満ちた思いがある。
あの時、二度も「救われた」のだ、と。
もうゼウスにはいない側近、広い宇宙の何処を探しても、出会えはしない青年に。
(…あれは、幻などではなかった…)
ミュウの青年に襲われ、意識を失った後に見ていたもの。
深い水底に沈んでゆく自分に、シロエが、サムが、手を差し伸べて来た。
溺れたくなくて、必死に藻掻いた自分の身体は、どうにも出来ずに沈んでゆくだけ。
(…其処に、マツカが…)
現れ、微笑んで腕を掴むのを、確かに見た。
そうして、引き上げてくれる強い力を「感じた」。
(だから、私は…)
死の淵から戻れたのだと思う。
息を吹き返し、再び瞳を開けた時には、マツカが「いなくなっていた」けれど。
「キース」を庇って、身体の半分を吹き飛ばされて、失せていた命。
それでも、マツカは救ってくれた。
最後の最後に、残ったサイオンを振り絞って。
死にゆく「キース」の魂を追い掛け、黄泉の国から連れ戻して。
マツカが身をもって救った「キースの肉体」、引き戻してくれた「キースの魂」。
二度も自分は救われたけれど、それに報いてやるどころか…。
(……後始末を、と……)
言い捨てて部屋を後にしたから、自分はマツカの死に顔にさえも、向き合っていない。
「後始末を」と命じられた部下たち、彼らは、忠実に仕事を済ませたから。
上官を煩わせることが無いよう、迅速に「マツカ」の後始末をして、新しい部屋を整えて。
(…終わりました、と…)
今の部屋に案内された時には、とうに全ては終わっていた。
マツカが何処に葬られたのかも、報告さえも受けてはいない。
なんと言っても「後始末」だから、廃棄したゴミの処分先など、上官に知らせる必要は無い。
(……本当に捨ててはいないだろうが……)
きっと内輪で、ささやかな弔いもしたのだろうけど、其処にも自分は呼ばれていない。
「後始末を」などと言われたマツカは、二度も救ってくれたのに。
マツカが救ってくれなかったら、こうして生きてはいなかったのに。
(…私を襲ったミュウと一緒に…)
逃れることも出来ただろうに、と零れる溜息。
「どうして私を庇ったのだ」と、「何故、あの男と逃げなかった」と。
マツカがそうするわけもないのに、埒も無いことを考えてしまう。
其処で逃亡するくらいならば、とうの昔に、マツカは逃げていたのだろうに。
(……思えば私は、最初から……)
マツカに救われてばかりだったな、と浮かんだ苦笑。
「逆だったのは一度だけだ」と、「マツカに出会った時だけだった」と。
ソレイドで初めて遭遇した時、マツカは牙を剥いて来た。
生き延びるために「キース」を消そうと、そのサイオンをぶつけて来て。
(窮鼠猫を噛む、というヤツだったが…)
それでメンバーズを倒せはしないし、本当だったら、マツカは「始末されていた」。
文字通りキースに返り討ちにされ、処分されて。
(…しかし、マツカに…)
シロエの面影が重なったから、殺さず、生かしておくことにした。
罪滅ぼしのつもりだったか、単なる気まぐれだったのか。
「一匹くらい生かしておいても、特に問題無いだろうさ」と。
その「一匹」が役に立つなど、夢にも思いはしなかった。
けれど、結果は…。
(…本当に、その直後から…)
マツカは「キース」を救い続けた。
一番最初は、ジルベスター・セブンに向かった時。
単独で降下を試みた着陸船を、ミュウに墜落させられた。
待機していた母船の者たち、彼らは全員、「キースは死んだ」と見なして逃げた。
考えてみれば「それ」が普通で、誰も救助に来なくても…。
(おかしくはないし、咎める者もいないのだがな…)
ただ一人だけ、「キース」の生存を信じていたのが、あの時のマツカ。
そう信じたから、嘲笑われつつ、たった一人で「救いに来た」。
ちっぽけな船しか借りられなくても、誰も同行してくれなくても。
(もしも、マツカが来なかったなら…)
ミュウの母船からは脱出できても、命運は其処で尽きていたろう。
いくら人質を取っていようと、ミュウの能力に敵いはしない。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
彼が本気で追って来たなら、船ごと破壊されただろう。
そうしたとしても、彼が人質を救い出せたのは、皮肉な形で証明された。
(…私が、あの船を爆破したのに…)
人質だった「ミュウの女」は、ジョミーに救い出されたから。
「キース」がマツカに救われたように、サイオンに守られ、爆発には巻き込まれずに。
(……あれが、一度目……)
あの時も、二度、救われたのだな、と改めて思う。
マツカが救いに駆け付けたからこそ、逃げ遂せた上に、その後も…。
(…人類軍の船に拾われるまで…)
真空の宇宙を飛んでゆけたし、お蔭で命を拾えたのだ、と数えた回数。
「二度、救われた」と。
メギドでミュウの殲滅を目指した時にも、同じようにマツカに救われた命。
ソルジャー・ブルーに道連れにされる寸前、飛び込んで来たマツカに救い出された。
彼が現れなかったならば、間違いなく死んでいただろう。
追い詰めた筈の手負いの獣に、喉笛を食い破られて。
(…こうして、ザッと数えただけでも…)
マツカ無しでは「命が無かった」局面が幾つもある人生。
他にも幾つもの暗殺計画、それをマツカが未然に防いでくれていた。
(……マツカのお蔭で拾った命は……)
数え切れんな、と思うけれども、礼を言おうにも、マツカは「いない」。
最後まで「キース」を救い続けて、身代わりのように死んでしまった。
これからは、もう…。
(…私の命を救える者は…)
誰一人としていないのだ、と覚悟は、とうに出来ている。
オレンジ色の瞳の青年、彼が再びやって来たなら、今度こそ命は無いことだろう。
それはそれで、世界の未来のためには…。
(いいのかもしれん、と思うがな…)
どうせ、世界はミュウのものだ、と恐ろしい答えを、自分は知った。
ミュウは進化の必然だったと。
だから「キース」が死んでしまっても、ミュウが世界を手に入れる日が早まるだけ。
人類には気の毒な結末だけども、それが歴史の流れなのだし、仕方ないこと。
(……そんな未来しか無いというのに……)
どうして私を生かしたのだ、と神がいるなら問いたくなる。
「どうして、マツカを寄越したのだ」と、「彼は、人類ではなかったのに」と。
殲滅すべきだと思っていたミュウ、いつかマツカが「最後の一匹」になると信じていた。
ミュウは端から滅ぼすけれども、マツカくらいは生かしておいてもいいだろう、と。
(そんな私の命を、何故…)
よりにもよってミュウのマツカに、神は救わせ続けたのか。
マツカの命と引き換えてまで、神は「キース」を生かしたのか。
(……まさしく、それだな……)
生かされているのだとしか思えん、という気がする命。
「キース」の肉体、神の領域を機械が侵して、創り上げた「モノ」。
神には最初から見放されている筈だというのに、「生かされている」ように思えてくる。
そのために神が「マツカ」を寄越して、今日まで生かして来たのだと。
命を失いそうになる度、マツカに「それ」を救い出させて。
そうだとしたなら、「マツカ」の役目は終わったろうか。
「キース」を救う使命が終わって、神の許へと召されたのか。
この先はもう、「キース」が命を失っても…。
(世界は順調に動いてゆくから、それでいい、と…?)
そういうことなら、納得がゆく。
「マツカ」がいなくなったことにも、「キース」の命を救える者がいないことにも。
(…そうだったのかもしれないな…)
だから、お前は旅立ったのか、とマツカに心で問い掛けてみても、答えは無い。
彼の命があった頃には、「言葉を使え」と何度怒鳴ったか知れない思念を、待ってみても。
(……私が生かされていたのなら……)
そのために、マツカがいたのだったら、自分は何をすべきだろうか。
何もしないまま、ミュウに殺される日を待っていたのでは…。
(…マツカが私を生かし続けてくれていた意味が…)
まるで無くなるではないか、と「生かされている意味」を考える。
神に、マツカに「生かされて」今があるのだったら、そうなった意味を。
「キース」は命を失う前に、この世界で何をすべきなのかを。
(……考えろ、キース……)
確かに意味はある筈なのだ、と深く、深く思考を巡らせてゆく。
「それは何だ?」と。
「何のために私は生きているのだ」と、「今も生かされているのだろうな?」と…。
生かされる命・了
※「マツカがいなかったら、キースはとっくに死んでるよね」と、ハタと思ったわけで。
そんなキースが生きていられるのも不思議な話だ、と考えた所から出来たお話。
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