(敗色が濃いとは思っていたがな…)
1パーセントの勝機さえも無かったとは、とキースが零した深い溜息。
地球を目指すミュウを迎え撃つため、ソル太陽系に布陣している人類軍。
その指揮を執る旗艦ゼウスで、国家主席として寝起きする部屋で。
地球の地の底に据えられている巨大コンピューター、グランド・マザー。
実質上の最高指揮官たる彼女の口から、キースだけが聞いた恐ろしい真実。
(…ミュウどもが、進化の必然だったとは…)
それでは勝てるわけが無かろう、と心の中には絶望しか無い。
今の戦況を覆すために、国家主席になったのに。
自ら望んで、クーデターとさえ見える手段で、最高の地位を手に入れたのに。
(奴らが進化の必然ならば…)
もはや人類には勝機など無く、逆転のチャンスも残されていない。
歴史という荒波に流されるままに、敗れて消えてゆくしかない。
新しい人類が現れたのなら、旧人類は、新しい人類に吸収される。
どう足掻こうとも、彼らの中へと取り込まれて。
人類はミュウに同化していって、いつしか、その血も混じって消える。
(…そう、血さえもが混じるのだ…)
ミュウが忌避するSD体制、それも崩壊するだろうから。
彼らが勝利を収めるのならば、マザー・システムもグランド・マザーも要らないから。
(ミュウどもは、SD体制が禁じた自然出産を…)
いつの間にやら、ジルベスター・セブンで始めていた。
SD体制が倒れた時には、それが「普通」になるのだろう。
子供は人工子宮から生まれることなく、母の胎内で育まれて。
両親も仮の養父母ではなく、本当に血の繋がった親で。
人類とミュウの区別を叫ぶ機械が消えれば、両者の血までが混じり合って。
(…それどころか、機械に育てられた人類どもは…)
自らミュウを選ぶだろうか、自分の子孫を残してゆくための配偶者に。
ミュウは進化の必然なのだし、彼らは優れた因子を保持する種族だから。
そういったことも有り得るだろうな、と考えるほどに深まる絶望。
いったい自分は、何のために努力して来たのか。
(…負け戦だと分かっていたなら…)
国家主席に就任する前に、別の手を打っていたかもしれない。
裏切り者だと言われようとも、人類が歴史の荒波の前に、ただ流されて消えないように。
ほんの僅かな数字だろうと、ミュウに対して少しは抵抗出来るようにと。
(それでも、負けは負けなのだがな…)
流されるままに消えるよりかは、最後の砦があってもいい。
遠い昔に、SD体制を創った人類、彼らが「その道」を歩んだように。
(…何処か遠い星か、あるいは宇宙基地か…)
隔絶された場所へ移住し、其処だけで暮らしてゆくという道。
いずれ自然と滅びるけれども、それでも、その時が訪れるまでは…。
(ミュウの脅威を感じることなく、人類だけで…)
生きてゆくことが出来る楽園、それを作ってやれただろうか。
「その日」に備えて、準備し続けて。
其処へと脱出するための船も、密かに建造させておいて。
(…最初から分かっていたならば…)
そうしたかもな、という気がする。
権力などには目もくれないで、その時々に持っていた地位で、出来そうなことを。
国家騎士団総司令でも、元老の一人だった時でも。
(…だが、こうなった今となっては…)
もはや打つ手は残っていなくて、「キース・アニアン」に残された道は、ただ一つ。
何処で戦いに終止符を打つか、たったそれだけ。
負け戦が決まってしまった以上は、最高指揮官には、それしか出来ない。
不毛な戦を終わらせるために、この戦争に幕を引くこと。
でないと、被害が拡大するだけ。
軍人は端から命を落として、一般市民も命を落とす。
何故なら、機械はミュウの存在を認めないから。
ミュウ因子を持って生まれた人間、彼らは消されてゆくのだから。
(……厄介な……)
とんだ役回りになったものだ、と悩みは尽きない。
他に道など一つも無くても、その道を簡単に選べはしない。
人類は皆、「キース」に期待しているから。
「キース・アニアンなら、やってくれる」と、ミュウに勝利を収めることを。
何も知らない一般市民はもちろん、人類軍に所属している者も。
(…私なら、きっと勝てる手段を見付け出せる、と…)
誰もが信じてついて来るのが、なんとも愚かしくて悲しい。
どうやって彼らを納得させるか、負けを宣言して戦いに幕を下ろすのか。
(…いっそ私が、このゼウスごと…)
ミュウどもに撃沈されてしまえば、全てに片が付くことだろう。
国家主席と、ゼウスに集う有能な軍人がいなくなったなら…。
(パルテノンのお偉方には、どうすることも…)
出来はしないし、白旗を掲げてミュウに降伏する他に道など存在しない。
グランド・マザーが、どれほど激怒しようとも。
「認めません!」と喚いていようと、彼らも自分の命が大切なのだから。
(そうなったならば、私が心を煩わせずとも…)
何もかも綺麗に終わるけれども、そうそう上手くはいかないと思う。
ミュウの方でも、恐らく、「それ」は心得ている。
最高指揮官が乗っている船、ゼウスを「沈めてはならない」ことを。
不幸な事故でも起きない限りは、彼らは旗艦を沈めはしない。
人類の指導者と交渉するのが、一番穏便な幕の引き方。
全面降伏を持ち掛けた上で、互いの今後を話し合うのが、禍根を残さないやり方だから。
ミュウの方でも、人類の方も、「仕方がない」と譲歩出来る所を見出して。
「これで終わりにしようじゃないか」と、もうそれ以上は引き摺ることが無いように。
遥か昔から、戦争の終わりは、そういったもの。
敗れた側が条件を飲んで、賠償金を支払ったりして、其処でおしまい。
以後は互いに文句を言わずに、歩み寄り、手を取り合ってゆく。
二度と戦火が燃え上がらぬよう、自制し、互いに許し合って。
歴史が語る戦いの終わり、それはいつでも「話し合い」。
勝者と敗者で幕を下ろして、終止符を打つものだけれども…。
(…今度ばかりは、どう進めれば…)
いいのだろうか、と「キース・アニアン」にも分からない。
グランド・マザーから聞いた真実、それを人類に伝えるにしても、「いつ」なのか。
そして激昂するグランド・マザーを、どうするべきか。
(…グランド・マザーは、私ごときで、どうこう出来る相手では…)
ないのだがな、と分かっているのが悔しくて、もどかしい限り。
グランド・マザーを倒せる者には、心当たりがあるけれど。
(……ジョミー・マーキス・シン……)
それからオレンジ色の瞳の、自然出産で生まれたトォニィ。
彼らだったら、あの機械にも勝てる筈。
ミュウが機械を倒すのが先か、「キース」が潔く負けを認めるのが先か。
(どれが一番、人類にとって得なのか…)
よく考えてゆくしかないな、と背負わされた重い荷物を思う。
「人類のために」作られたからには、責任を果たすしかないけれど。
マザー・イライザが無から作った、人類の指導者なのだから。
(…私は、そのために作られたもので…)
負け戦ではなく、勝ち戦を期待されていようと、存在しない道を選べはしない。
残された、たった一つの道が負け戦だと決まっているなら、人類が歩んでゆく上で…。
(少しでもマシな条件を…)
引き出せるように、考え抜くしかないだろう。
知恵を絞って、あらゆる可能性を考慮して。
ミュウに降伏する条件やら、負けを認めるタイミングやらを。
(…それが私の最後の仕事か…)
国家主席に就任したのは、戦いに幕を引くためか、と情けなくなる。
「キース・アニアン」の名は、後世まで残ることだろう。
ミュウが歴史的な勝利を収めた戦い、その時の敵の指導者として。
SD体制があった時代の、最後の国家主席だったと。
(…なんとも不名誉極まりないが…)
もう、そうなると決まっている、と唇に自嘲の笑みを浮かべて、ハタと気付いた。
「その先」の運命は、どうなるだろう、と。
ミュウに全面降伏したなら、今の人類とミュウの立場は入れ替わる。
指導者として立つのはミュウで、人類は彼らに従う側。
(…負けたとはいえ、人類がミュウにして来たように…)
ミュウが人類を殲滅するとか、迫害することは無いだろう。
現時点でも、彼らは、降伏した星の人類に対して、お人好しなほどに友好的だから。
ミュウを殺すのが仕事だった筈の、ユニバーサルの職員にまで。
(……とはいえ、ああいう職員たちは……)
それに多くの軍人にしても、機械が教育を施した結果、そうなったもの。
だからこそ許して貰えるけれども、「キース・アニアン」は、「そうではない」。
最初から「そのために」作られた者で、無から生まれて来た生命体。
ミュウどもが「それ」に気が付いたならば、どういう道が待っているのか。
(…ジョミー・マーキス・シンならば…)
全てを飲み込み、許してくれそうに思えるけれども、トォニィはどうか。
それから「ジョミー」が率いるミュウたち、彼らはどのように考えるのか。
(……もしかしたなら……)
「どうせ、人間ではないのだから」と処刑されるか、実験体として扱われるか。
ミュウの多くがそれを望むなら、ジョミーにも止めることは出来ない。
(…しかし、そうなったとしても…)
自ら逃れることだけはすまい、と噛んだ唇。
どんなに惨い運命だろうと、きっと正面から受け止めてみせる。
「自殺して、それを免れる」ことだけは、絶対にしてはならないから。
そんな逃げを打つのが許されるような、生き方をしては来なかったから。
(……楽な道など、選べはしないさ……)
そうだろう、と思い浮かべるシロエの面影。
あれが最初の罪だったから。
この手でシロエを撃墜した時、血塗れの道が始まったから…。
敗北の時・了
※キースの最期は、ジョミーとの共闘だったのですけど、もし、そうなっていなかったなら。
人類が全面降伏していたならば、キースは処刑か、実験体ということもあったのかも…。