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運命の星

(……地球……)
 この星に運命を変えられたよね、とシロエが零した小さな溜息。
 E-1077の夜の個室で、一人きりで机に向かっていて。
 明日の講義で使う資料を読んでいる時に。
 其処に書かれた「地球」という文字。
 人類の聖地とされている星、SD体制を統べるグランド・マザーがいるという星。
(…ずっと昔に、人間が無茶なことをしたから…)
 青く輝く母なる星には、人が住めなくなってしまった。
 大気は汚染され、海からは魚影が消えていって。
 地下には分解不可能な毒素、人類が窒息させてしまった地球。
(その地球を、青く蘇らせるために…)
 今も努力が続けられていて、進められている清浄化。
 六百年も経っているから、かなり進んでいることだろう。
 きっと宇宙から眺めた時には、元通りに青く見えるくらいに。
 一度滅びてしまった星とは、誰にも信じられないほどに。
(……うん、きっと、そう……)
 ネバーランドよりも素敵な場所が地球なんだから、と一人、頷く。
 幼かった日に、大好きな父が教えてくれた。
 「ネバーランドよりも、素敵な場所さ」と。
 そうして、父は笑顔で言った。
 「シロエなら、行けるかもしれないな」とも。
(…そう聞いたから…)
 地球に行こうと、懸命に努力を重ねた日々。
 成績優秀な子供でなければ、地球に行く道は開けないから。
 大人社会への入口になる、十四歳の誕生日。
 その日に受ける成人検査で、選ばれなければ、チャンスは来ない。
 地球に行くべき子供だけしか、そのための教育を受けられないから。
 他のコースに振り分けられたら、チャンスは二度と来ないのだから。


 ネバーランドよりも、素敵な地球。
 いったい、どんな所だろうかと、幼い頃から夢を見て来た。
 遠い昔にネバーランドを記した作家を、その懐に育んだ地球。
 人類が最初に生まれた星で、地球と並ぶほどの環境を持つ惑星は…。
(未だに一つも見付かってなくて…)
 首都惑星のノアでさえもが、地球には及ばないという。
 SD体制が始まる前から、テラフォーミングをされて来たのに。
 「最も地球に近い星だ」と、首都惑星に定められたのに。
(…ノアは、充分、青いんだけど…)
 綺麗な星に見えるんだけどな、と画面にノアの画像を呼び出す。
 この目で見たことは無いのだけれども、子供の頃から、何度も見て来たノアという星。
 教科書や、ニュースや、新聞などといった媒体。
 其処に出て来るノアの姿は、一見、地球かと見まがうほど。
 ノアの周りをぐるりと取り巻く、白く輝く輪さえ無ければ。
 それだけが地球との違いなのでは、と思うくらいに。
(…だけど、この星も、地球に比べたら…)
 敵わないって言うんだから、と地球の画像と並べてみた。
 「あんまり変わらないけどね?」と。
 「どっちも青いし、白い輪があるか、無いかの違いに見えるけど…」と。
 そうは思っても、今の自分が見られるデータは、限られたもの。
 学生用にフィルタリングされ、制限されたものしか無い。
 だから「本物の地球」の姿は…。
(……見られるわけがないんだよね……)
 今のぼくでは、と零れる溜息。
 メンバーズ・エリートに選ばれたって、それだけでは、まだ無理だろう。
 もっと努力を重ね続けて、相応しく昇進してゆかないと。
 「地球に降り立つ資格がある」と、グランド・マザーが認めない限り。
 その日が来るまで、得られるデータは「本当の地球」を捉えてはいない。
 人類が還るべき心の故郷、聖地とまでされる真の姿は。
 誰もが焦がれ、還りたい故郷、青く輝く水の星は。


(…絶対、こんな画像なんかより…)
 本物の地球は、遥かに美しいのだろう。
 この目で見たなら、たちまち魅了されるくらいに。
 一度、その星に降り立ったならば、二度と離れたくないほどに。
(……だからこそ、フィルタリングされてて……)
 きっと大人の社会に行っても、一般人には「本物の地球」は見られないのに違いない。
 宇宙から眺めることはもちろん、画像でさえも。
 何故なら、それを目にしてしまえば、誰でも「行きたくなる」だろうから。
 たとえ、どんなに望んだとしても、一般人には、そのための許可は下りないのに。
 宇宙を旅するパイロットでさえ、地球があるというソル太陽系には…。
(…立ち寄ることさえ出来ないんだよね?)
 E-1077で受けた講義で、そう教えられた。
 航路設定を間違えた船が、ソル太陽系に接近したなら、警告される。
 「直ちに、此処を立ち去るように」と。
 「そのまま進めば、撃墜する」と、最大級の脅し文句で。
(…きっと、近くの軍事基地から…)
 警備艇が飛び立ち、近付いた船が遠くに去るまで、追跡もすることだろう。
 本当に「間違えて接近した」のか、「わざと」なのかを確かめに。
 許可無く地球を目指していたなら、それは重罪だとされる。
 たとえ「見たい」と望んだだけでも、厳しい裁きを受けるという。
 今の地球には、選ばれた者しか行けないから。
 母なる地球を再び滅ぼすことが無いよう、そうする恐れが無い者だけが降り立てる星。
(…愚かな人間が、地球に行ったら…)
 歴史は、再び繰り返すから。
 欲望のままに地球を貪り、生命力を削っていって。
 せっかく長い長い時をかけ、青い星を蘇らせたのに。
 ヒトの生き方を改革してまで、元に戻した「母なる星」。
 それを再び滅ぼすことなど、けして許されはしないから。
 重ねた努力を無にすることなど、絶対にしてはならないのだから。


(…そう、生き方を変えてまで…)
 地球を蘇らせたんだから、と誇らしい気持ちを抱いたけれど。
 「ぼくは、地球まで行くんだから」と、選ばれる筈の未来を思い描いたけれど…。
(……ヒトの生き方を変えた、って……)
 SD体制のことなんだよね、とハタと気付いた。
 今の自分が、憎むシステム。
 機械が統治している歪んだ体制、大人の社会と子供の社会を分けている世界。
 そのシステムが作られた理由、それは「母なる地球を蘇らせる」ため。
 人類が滅ぼしてしまった地球は、「そのままでは」取り戻すことが出来ないから。
 従来通りの生き方をすれば、人間は地球を滅ぼすだけ。
 途方もない時間をかけてやっても、美しい地球は「戻って来ない」。
 人類が、「地球を滅ぼした」から。
 愚かしいヒトは、どんなにしたって、同じ道しか歩まないから。
(…だから、人間を変えるしか…)
 方法は無い、と遠い昔に、人間たちは決断した。
 「今の生き方を変えよう」と。
 自分たちが今、変えなかったら、「地球を元には戻せない」から。
(…それで、SD体制を敷いて…)
 グランド・マザーと、マザー・システム、機械に「ヒトの統治」を委ねた。
 機械に全てを任せさえすれば、全てが計算通りに運ぶ。
 ヒトと違って、機械は「決して間違えはしない」。
 組まれたプログラムの通りに動いて、ヒトを管理し、支配してゆける。
 「地球を蘇らせる」という目的、それを果たすために。
 そうして地球が蘇ったなら、二度と再び、滅びることがないように。
 けれども、ヒトにそれをさせたら、美しい地球が蘇っても…。
(…また、同じことをしてしまうだけ…)
 蘇った地球を好きに貪り、生命力を失わせて。
 大気を汚して、海を汚して。
 地下には毒素が溜まっていって、またしても地球は滅びてしまう。
 ヒトは過ちを犯すものだし、やり直させても、同じだから。


(……ヒトが作った……)
 SD体制も、マザー・システムも、とゾクリと背筋に走った悪寒。
 憎くてたまらない機械の世界は、元は人間が作ったモノ。
 滅びゆく地球を、青く蘇らせるために。
 人類の聖地、母なる星を、二度と失うことが無いよう。
(…そうやって、地球を取り戻しても…)
 肝心のヒトは、誰もが行けるわけではない「地球」。
 どんなに「見たい」と恋焦がれても、適性と能力が無い人間には、許可は下りない。
 地球には降りずに、宇宙船から眺めることさえ、生涯、出来ずに死んでゆくだけ。
 画像で見るのを許される地球も、こうして見ている画像のように…。
(…フィルタリングされてて、本物よりも、ずっと…)
 質の劣ったものでしかなくて、「ノアと変わらない」星にしか見えない。
 本物の地球は、もっと美しい筈なのに。
 ネバーランドよりも素敵な場所で、選ばれた者しか行けないのに。
(……そんな星のために……)
 このシステムが生まれたのか、と恐ろしくなる。
 地球に行きたいとは思うけれども、それも「機械が仕掛けた」ろうか。
 誰もが、少しも疑いもせずに、「地球のために」生きてゆくように。
 地球を蘇らせるためにだけ生きて、そのために死んでゆくように。
(…もしも、そのまま、滅びさせていたら…)
 SD体制は作られないで、ヒトは自由に生きたのだろうか。
 地球を忘れて、広い宇宙で。
 大人の社会と子供の社会に分かれはしないで、成人検査も行われないで。
(……そうなっていたら……)
 ヒトも滅びてしまっていたかもしれないけれども、今よりはいい、という気もする。
 SD体制が無かったならば、この苦しみは無かったから。
 機械に支配される屈辱、それを味わうことも無かった。
(…それなのに…)
 どうして、ぼくは地球が見たいの、と胸が引き裂かれて血を流すよう。
 このシステムの元凶が地球であっても、焦がれる気持ちは消せないから。
 地球が滅びてしまえばいいとは、絶対に思えないのだから…。

 

            運命の星・了

※シロエが行きたいと願っている地球。けれど、その地球のために作られたのがSD体制。
 地球が滅びてしまっていたなら、SD体制も無かったのに、と思った所から生まれたお話。












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