(…ソルジャー・ブルー…)
奴こそ真の強敵だった、とキースが脳裏に描いた顔。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令に与えられた広い個室で。
とうに夜更けで、側近のマツカも下がらせた後。
マツカが淹れていったコーヒー、それを片手に。
ミュウたちの先代の長、伝説のタイプ・ブルー・オリジン。
モビー・ディックで対峙するまで、生きているとは思わなかった。
(なにしろ、奴はアルタミラで…)
最初に発見されたというミュウ、いくら長寿でも三百年も生きてはいまい、と。
ところが、彼は生きていた。
若い姿を留めたままで、それも現役の戦士として。
文字通りに「ソルジャー」、敵と戦うために存在している男。
(…まさか、先回りをされるとはな)
この私が、と今でも苦笑せざるを得ない。
武装していたミュウの兵士は、話にもならなかったのに。
丸腰の「キース」に苦も無く倒され、足止めも出来なかったのに。
(此処まで来れば、もう安全だと…)
ミュウの女から盗んだ情報、それの通りに走って、着いた格納庫。
其処に「ソルジャー・ブルー」がいた。
涼しい顔で、さも「待っていた」と言わんばかりに。
(…しかも、あの女がいなければ…)
私は捕虜に逆戻りだった、と痛いくらいに分かっている。
あの時、「彼」が何かしたのは、明白だから。
ミュウの女が庇わなければ、意識を失くしていたのだろうか。
(恐らく、殺しはしなかったろうが…)
またも囚われ、壊れた部屋とは別の所に監禁されたことだろう。
ソルジャー・ブルーのサイオンならば、「キース」の情報を引き出せるから。
ほんの一瞬だったとはいえ、易々と心に入り込まれて、読まれてしまったくらいだから。
けれど、ジルベスター・セブンに於いては、天はキースに味方した。
モビー・ディックからは脱出できたし、そこから後も。
無事にマツカの船に拾われ、メギドを持ち出して引き返した。
今度こそ、ミュウを殲滅するために。
星ごと、忌々しいモビー・ディックごと、地獄の劫火で焼き払うために。
(…だが、またしても…)
ソルジャー・ブルーに、してやられた。
生身で宇宙空間を翔けて、たった一人で現れた「彼」に。
メギドを沈められてしまって、モビー・ディックは逃げおおせた。
(……お蔭で、私は……)
もうじき、国家騎士団を離れ、パルテノンに入ることになる。
軍人ではなく、政治家として立つために。
初の軍人出身の元老、そう謳われて。
(…グランド・マザーの計算通りではあるのだがな…)
元老入りは、と「自分のこと」だから承知している。
遅かれ早かれ、そういう日がやって来たのだろう、と。
なにしろ「キース」は、そのために生まれて来た者だから。
(生まれて来たと言うよりは…)
実は「作られた」者なのだがな、と、それも重々、承知の上。
機械が無から作った生命、それこそが「キース・アニアン」なのだ、と。
人類を導くために作られた優秀な存在、だからこそ、いずれ頂点に立つ。
二百年間も空位のままの、国家主席の座に就いて。
パルテノンの元老どもとは違って、「正しい決断」を下すことが出来る人材として。
(…その時が、かなり早くなったとは言える)
メギドを沈められたせいで、と苦々しい思いで傾けるカップ。
モビー・ディックが逃げ延びなければ、パルテノン入りは、もっと先だったろう。
(今ほど敵を作りはしないで…)
誰もが順当だと思うコースで、無理なく出世したのだと思う。
ミュウを排除するのが使命とはいえ、それほど急がなくてもいいから。
彼らが真の脅威になるのが、まだまだ先のことだったなら。
(奴がメギドを沈めなかったら…)
モビー・ディックは、宇宙の藻屑と消えていた筈。
タイプ・ブルーが九人いようが、第二波までは防げはしない。
彼らだけが命を長らえていても、再びミュウの仲間を集めて、地球を目指すには…。
(長い年月がかかったろうさ)
人類も馬鹿ではないからな、と笑いの形に歪める唇。
ミュウが脅威だと分かったからには、実験体でも、そうそう生かしてなどはおかない。
もちろん、彼らに奪われるような、宇宙船も置いてはおかない。
そうなったならば、彼らは一からやり直しな上、その道のりも茨の道。
地球を目指して船出するまでに、いったい何年かかったことか。
(…その筈なのに、ソルジャー・ブルーが…)
たった一人で、それを阻んだ。
何発もの弾を撃ち込まれてもなお、倒れもせずに。
右の瞳を砕かれた後も、残った瞳で「キース」を鋭く見据えて。
(…最初から、私を道連れにする気で…)
チャンスを窺っていたのだろう。
ソルジャー・ブルーは「戦士」だから。
撃たれたことで「キース」を油断させておき、間合いを詰めてくるのを待った。
確実に、「キース」を殺すために。
命を捨ててのサイオン・バースト、それに巻き込み、消し去るために。
(実際、危なかったのだ…)
もしもマツカが来なかったならば、間違いなく「そうなっていた」。
「キース」の命はそこで終わって、それきりになっていただろう。
人類の指導者への道は歩まず、死んでしまって。
そして人類は、逃げ延びたミュウに敗北する。
なにせ、指導者がいないのだから。
パルテノン入りが近い「キース」は、何処にも存在していないから。
そうなっていたら、グランド・マザーは、どうしたろうか。
「キース」の代わりは、いはしないのに。
完成したのは「キース」一人で、あの実験は既に終了したというのに。
そこまで考えて、ハタと気付いた。
「マザーの誤算だったのだ」と。
あの時、キースが生き延びたことが、マザーの誤算。
誰もそうとは気付いていなくて、マザーも恐らく、気付いてはいない。
「誤算」のお蔭で、「今」があることに。
人類は指導者を失うことなく、ミュウとの戦いに臨めることに。
(……あの時、私は……)
自分がどういう生まれなのかを、知らないままで生きていた。
シロエは「真実」を知ったけれども、それを告げずに死んだから。
ピーターパンの本に隠してあった、フロア001を写したチップも、あの時はまだ…。
(スウェナが既に持ってはいたが、私の手には…)
渡ってはおらず、だから、分からなかった真実。
マザー・イライザが無から作った、人工の生命体だったこと。
知らないからには、もちろん自分の使命も知らない。
(ただの優秀なメンバーズ…)
自分ではそうだと思っていたし、周りの者もそうだった。
現に「キース」が、ジルベスター・セブンで消息不明になった時にも…。
(…マツカが捜しに出なかったならば、他には誰も…)
捜索しないで、放置されていたことだろう。
それではモビー・ディックから逃れたとしても、無事に基地まで帰れはしない。
それが一度目の命拾いで、二度目は、メギドで命を拾った。
ソルジャー・ブルーが起こしたサイオン・バースト、それに巻き込まれる寸前に。
「キース!」と飛び込んで来た、マツカに辛くも救い出されて。
(……マツカが助けに来なかったなら……)
自分の命は、あそこで終わっていたのだろう。
ソルジャー・ブルーの狙い通りに、巻き添えにされて。
自分の使命も知らないままで、メンバーズとして殉職して。
(…殉職なのだし、二階級特進は出来ただろうが…)
「キース・アニアン上級大佐」が指揮を執ることは、二度と無い。
死んでしまえば、おしまいだから。
国家騎士団総司令の座にも、昇り詰めることは出来ないままで。
(……なんということだ……)
ただの偶然ではないか、とゾクリと背中が冷たくなる。
「キース・アニアン」が生きていること、それは偶然の産物なのだ、と。
もしもマツカがいなかったならば、二度も命を拾ってはいない。
一度目の方は、あるいはグランド・マザーの指示で、誰か来たかもしれないけれど…。
(その「誰か」が、私を無事に基地まで…)
連れ帰れたかは、疑問が残る。
とはいえ、可能性はゼロではないから、そちらはいい。
けれど、メギドで拾った命は、マツカでなければ「拾えなかった」。
ミュウでなければ、瞬間移動で逃れることなど出来ないから。
部下の誰かが来ていたとしても、共に巻き添えにされただけ。
ソルジャー・ブルーの狙い通りに。
(…私をジルベスター・セブンに派遣したのは…)
グランド・マザーの意向だけれども、明らかに誤算だったと言える。
「自分の正体」を知らないキースは、その責任も知らないから。
「決して、死んではならない者だ」と、自覚してなどいなかったから。
ただのメンバーズだと思っていたから、あの時、「狩り」に出る気になった。
「極上の獲物を、この手で狩るのだ」と、無謀とも言える闘志に燃えて。
ソルジャー・ブルーの真の狙いが、「キースの命」だとは、思いもせずに。
(…そして、グランド・マザーの方でも…)
どう考えても、計算してはいなかった。
「ソルジャー・ブルー」が現れることを。
「伝説のタイプ・ブルー・オリジン」、彼が恐るべき戦士なことを。
(単に戦って、ミュウどもに勝ちを収めて来い、と…)
送り出したのがグランド・マザーで、計算通りに運んでいたなら、キースは「いない」。
こうして「偶然」が重なった結果、此処に「キース」が生きているなら。
グランド・マザーが描いたシナリオ、それは無残に崩れた筈。
機械は、認めないけれど。
そうとも思っていないけれども、此処に「キース」が生きているのは、マザーの「誤算」。
偶然、拾った命だから。
機械が計算していたようには、事は運ばなかったのだから…。
マザーの誤算・了
※原作だとキースを作った後にも、作られている人工の生命体。十年に一人ずつのペースで。
けれどアニテラではキースで最後で、正体も教えなかったという。それって危なすぎ…。