(…どうして私は、人類なのだろうな?)
実に不合理な話なのだが、とキースが漏らした自嘲の溜息。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令に与えられた個室で、たった一人で。
とうに夜更けで、側近のマツカも下がらせた後。
彼が淹れていったコーヒーだけが、まだカップの中で湯気を立てている。
「コーヒーを淹れるだけしか、能のない野郎だ」と、他の部下から揶揄されるマツカ。
その部下たちは、自分が教官をしていた頃から、目をかけていた優秀な者たちだけれど…。
(誰一人として、マツカの真価を知る者はいない)
今や右腕となったスタージョン中尉も、頭の切れるパスカルでさえも。
彼ら以外の者が見たって、マツカは「ただの側近」なだけ。
ひ弱で、武器もろくに扱えず、「キースの身の回りの世話」をしているだけの。
(…だが、実際は…)
今日もマツカに救われた命。
国家騎士団総司令を狙った暗殺計画、それをマツカは未然に防いだ。
「そちらのルートは、通らない方が」と、遠回しな言い方で告げて来て。
ミュウならではの能力でもって、暗殺者の所在か、殺意に気付いて。
(…私は、マツカの進言を受けて…)
何食わぬ顔で、スタージョン中尉に命令した。
「ルートを変える」と、「それから、元のルートの方を調べろ」と。
急いで駆け出して行った部下たち。
彼らはルートの近辺を調べ、暗殺者どもを逮捕したけれど…。
(…全ては、私の危機管理能力が優れているからだ、と…)
思い込んでいて、疑いもしない。
まさか、その裏にマツカがいるとは。
「コーヒーを淹れるしか、能のない野郎」が、卓越した能力を持っているとは。
(……そして、マツカは……)
忌むべきミュウというヤツなのだ、と再び零れ落ちる溜息。
「どうして私は人類なのだ」と、「ミュウにすることも、出来ただろうに」と。
マツカの能力を見せられる度、そういう思いが掠めてゆく。
「この能力が、私にあれば」と、「私ならば、もっと使いこなせる」と。
実際、マツカのミュウとしての力は、優れたものだと言えるだろう。
ジルベスター・セブンの頃から、何度も命を助けられたし、力も目にした。
(…瞬間移動まで、出来るのだからな)
実験体として飼われるミュウたち、彼らの場合は、そこまで出来ない。
いわゆる、タイプ・グリーンでは。
伝説と言われたタイプ・ブルー・オリジン、ソルジャー・ブルーの場合でさえも…。
(……アルタミラでは、確認されていない力だ)
つまりはタイプ・ブルーであっても、急には使えないのだろう。
サイオン能力を磨かない限り、発動出来ないものだと言える。
それをマツカは、いとも容易く…。
(…メギドで、やってのけたのだからな)
しかも、自分一人を移動させるのではなく、「キース」までをも伴って。
後にマツカに確かめたけれど、やはり、あの時が初めてだという。
「出来るとは思っていませんでした」と、「どうやったのかも、分かりません」と。
(…タイプ・グリーンには、出来ないとされているのだが…)
ソルジャー・ブルーも、研究施設では、一度も使っていないのだが、と思う能力。
けれどマツカは、確かに「使った」。
その能力を、もしも「自分」が持っていたなら…。
(…「どうやったのかも、分かりません」などとは、言っていないで…)
死に物狂いで、再現に努めることだろう。
「あの時、私は、どうやったのか」と。
再現するのに必要であれば、この命さえも、危険に晒してかまわない。
絶体絶命な危機的状況、それで力が発動するというのなら。
その可能性があるのだったら、迷いなく、そうすることだろう。
部下たちと宇宙に出掛けて行って、「私を生身で、宇宙空間に放り出せ」と命じるとか。
あるいは、ノアの海の底深く、其処で「私を海に投棄しろ」とか。
そうなったならば、瞬間移動をしない限りは、死ぬのだから。
もっとも、一瞬の内にシールド、それで生き延びる可能性もあるのだけれど。
(…シールドを張ってしまったら…)
やり直しだな、と苦笑する。
それでは話にならないのだから、もっと過酷な条件を自分に課さなければ。
瞬間移動という特殊な能力、それを自在に操るために。
伝説のタイプ・ブルー・オリジン、彼とも互角に戦えるほどに。
(……そう、私なら、それが出来るのだ)
もしも私がミュウだったなら、とマツカが淹れたコーヒーのカップを見詰める。
「キース・アニアン」がミュウであったら、何故、まずいのか。
要はバレなければいいだけなのだ、と思えてならない。
現にマツカがミュウな事実は、グランド・マザーも「把握していない」。
それとも、黙認しているのだろうか、「マツカ」は役に立つミュウだから。
彼を抹殺してしまうよりは、「キース」を補佐させた方が得だ、と計算したか。
そうだとしたなら、「キース・アニアン」がミュウであっても、問題は無いと思えてくる。
ミュウだと、誰にもバレなければ。
処分されるべき異分子なのだと、誰も気付きはしなかったならば。
(…そうなっていたら…)
ミュウどもは、とうに殲滅された後だな、と浮かべた酷薄な笑み。
グランド・マザーの命令とあらば、同族だろうと容赦はしない。
一瞬さえも迷いはしないし、彼らを全て滅ぼすだろう。
全ては偉大なるグランド・マザーの命令のままに。
(……ジルベスター・セブンに降下するのも、私がミュウなら……)
造作ないことで、ミュウどもの妨害に阻まれはしない。
船を落とされることさえもなくて、易々と着陸していただろう。
「人類の犬」を始末しに来た、ジョミー・マーキス・シンの力を、物ともせずに。
その場で彼と対峙したって、同じミュウなら敗れはしない。
たとえジョミーが、タイプ・ブルーであろうとも。
自分はタイプ・ブルーではなくて、タイプ・グリーンであったとしても。
(…マツカでさえも、あれだけやれるのだしな)
私だったら、負けはしない、と自信はある。
恐らく互角に戦える筈で、銃やナイフを扱える分だけ、有利だろう、と。
「キース・アニアン」がミュウだったならば、今の状況は変わっていた筈。
人類はミュウを全て消し去り、脅威でさえもなくなったろう。
どうすればミュウを処分できるか、そのための指示を、ミュウの「キース」が下すのだから。
ミュウのことなら、同じミュウには、手に取るように分かると思う。
成人検査を、どのように改革するべきか。
社会に紛れ込んでいるミュウ、彼らを端から炙り出すには、どういう策が効果的かも。
(…そもそも、モビー・ディックが無ければ…)
大したことは出来はしない、と経験からして分かっている。
タイプ・ブルーが何人いようと、機会を捉えて個々に抹殺すれば済むこと。
メギドで、自分がそうしたように。
あの時、メギドは失ったけども、ミュウの方ではソルジャー・ブルーを失った。
それを思えば、やってやれないことではない。
まして「キース」がミュウだったならば、ジョミー・マーキス・シンにしたって…。
(…ジルベスター・セブンで、最初に出会った時に…)
ナイフで始末をつけたろうから、流れは其処から変わり始める。
モビー・ディックで「キース」を殺そうと試みた子供、彼にしてみても…。
(攻撃される前に、返り討ちだな)
最初から捕えられもしないが、と顎に当てる手。
ジョミー・マーキス・シンを倒していたなら、次の目標はモビー・ディック。
自ら乗り込み、内部から破壊することは容易い。
同じミュウなら、「キース」の方が遥かに強いだろうから。
警備の兵が何人いようが、捕まらなければ、船の中を自由に走り回れる。
メイン・エンジンを暴走させれば、ひとたまりもないことだろう。
モビー・ディックは微塵に砕けて、ソルジャー・ブルーも、あの子供も…。
(巻き添えになって死んでいたかもしれないな)
でなくても、瀕死の重傷だろう、と想像はつく。
息の根を止めることは簡単、それで「キース」の任務は終わる。
残るは、新しく生まれて来るミュウと…。
(人類に紛れ込んでいるミュウの処分だけ…)
それだけなのに、と解せない「今」。
どうして「キース」は、人類なのか、と。
(……同じように、無から作り出すなら……)
ミュウにも作れた筈なのだがな、と生じる疑問。
「バレなかったら、ミュウにしておいてもいい筈だが」と。
その方が、きっと役に立つのに。
同族殺しを躊躇うようなら、そんな人間は「キース」ではない。
無から作った「キース」がミュウなら、この宇宙から…。
(…ミュウは残らず消えた筈だが、何故、私を…)
人類として作ったのだ、と疑問は消えない。
「何か理由があるのだろうか」と。
「人類でなければ、存在してはならないのか」とも。
いつか直接、聞いてみようか、と思いさえする。
「どうして私は、ミュウであってはならないのですか」と。
「ミュウだった方が、ミュウを滅ぼすには、遥かに有利な筈なのですが」と…。
不合理な生まれ・了
※キースがミュウとして作られていたら、ミュウは殲滅されていた筈。マツカ以上の脅威。
けれど、SD体制そのものが、ミュウの存在を認めない世界。そういうシステム。