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二つ目の角を

(行きたかったな、ネバーランド……)
 本当に行きたかったのに、とシロエの唇から零れた溜息。
 E-1077の夜の個室でベッドに腰掛け、ピーターパンの本を広げて。
 挿絵に描かれた、夜空を駆けてゆくピーターパンたちを眺めて。
 幼い頃から夢に見ていた、憧れの世界がネバーランド。
 いつか行けると思っていたのに、何処で失敗したのだろうか。
(……ピーターパンは、来てくれなくて……)
 夢の国へと旅立つ代わりに、このステーションに連れて来られた。
 しかも記憶を奪われて。
 大好きだった両親の顔も、故郷の景色もおぼろになって。
(…いったい、何がいけなかったの?)
 ちゃんと準備もしてたのに、と忘れてはいない「準備したこと」。
 中身はすっかり忘れたけれども、そうしていたことは覚えている。
(……ピーターパンが、いつ迎えに来てもいいように……)
 幼かった自分は「準備していた」。
 何の準備をしたのだろうか、持ってゆくための荷物だろうか。
 それとも夜空を駆けてゆく時、あまりの高さに身が竦んだりしないように…。
(心の準備をしていたのかな?)
 子供だしね、と考えてみる。
 高層ビルで暮らしていたから、高さには慣れていたけれど…。
(ピーターパンたちは、もっと高く飛ぶし、おまけに、そんな高さから…)
 真っ逆様に墜落したなら、命が無いのは知っていた。
 幼い頃から、何度も注意されていたから。
 ピーターパンが飛んで来ないか、夜のベランダに出る度に。
 「そこから落ちたら、死んでしまう」と、父か母かが声を掛けて。
(…ぼくが背伸びをしていたら…)
 肩を押さえに出て来たこともあった両親。
 その顔は、もう思い出せないけれど。
 とても大きかった父の手のことも、優しかった母の手も、おぼろだけれど。


 そうやって待っていたというのに、来てくれなかったピーターパン。
 もしも迎えに来てくれていたら、今頃は、此処にいないのに。
 いつまでも子供の姿を保って、きっと楽しく暮らせていた筈。
 ネバーランドは、そういう国だから。
 子供が子供でいられる世界で、ピーターパンだって、永遠に年を取らないから。
(…ぼくの準備が足りなかった?)
 夢見るだけでは駄目だったろうか、とも思うけれども、どうなのだろう。
 今だって夢は忘れていないし、未来に向けて努力もしている。
 機械が治める歪んだ世界に、あるべき姿を取り戻そうと。
 SD体制を全て破壊し、成人検査も消し去るのだと。
(ぼくは、そのために選ばれた子で…)
 そうするためには、今の世界に暫くは甘んじるしかない。
 候補生の身で世界は変えられないから、もっともっと上に行くように。
 まずは候補生たちのトップに立って、メンバーズ・エリートに選ばれること。
 そして順調に出世してゆき、いつか元老にならなくては。
 パルテノン入りして、更に出世し、国家主席の座に昇り詰める。
(…そこまで行ったら、もう機械なんか…)
 恐れる必要は何も無いから、隠しておいた牙を剥き出しにして…。
(地球にあるって言う、グランド・マザーに……)
 止まってしまえ、と一言、命令すればいい。
 SD体制の要はグランド・マザーで、それさえ止めれば全てが止まる。
 成人検査を行っているテラズ・ナンバーも、教育ステーションのコンピューターも。
 機械の統治が終わってしまえば、人間のための世界が戻る。
 記憶を消されることは無くなり、消された記憶も戻って来て。
 懐かしい故郷や両親の元に、誰もが帰ってゆくことが出来て。


(……そうするためには……)
 今は耐えるしかないし、選ばれたのなら名誉ではある。
 ネバーランドに逃げてゆくより、「ネバーランドを勝ち取る」ための勇者の方が…。
(ピーターパンだって、期待してくれているんだし…)
 頑張らなくちゃ、と思うけれども、先は長くて険しい道。
 途中で挫けてしまったならば、そこで機械に屈するしかない。
(…マザー牧場の、大人しい羊…)
 そう呼んで自分が軽蔑している、このステーションの候補生たち。
 自分が機械に膝を折ったら、彼らと同じに羊になる。
 いいように使われ、洗脳されて。
 歪んだ世界を「変だ」と感じることもなくなり、何の疑いも持たなくなって。
(…そんなの、嫌だ!)
 ぼくは絶対、そうはならない、と握り締める拳。
 ピーターパンの期待に応えるためにも、自分は勇者にならなければ。
 「準備していたのに、迎えが来なかった」ことを、誇らしく自分の胸に掲げて。
 子供が子供でいられる世界を、ネバーランドを「勝ち取る」のだと。
 けして機械に、屈することなく。
 どんなに長くて辛い道でも、ただ真っ直ぐに前を見詰めて。


(……真っ直ぐ……)
 真っ直ぐといえば、とパラパラとめくった大切なピーターパンの本。
 其処に書かれている、ネバーランドに行くための道。
(二つ目の角を右に曲がって、あとは朝まで、ずっと真っ直ぐ……)
 そうやって真っ直ぐ進んで行ったら、ネバーランドに行けるという。
 同じ「真っ直ぐ」な道と言うなら、断然、そちらの方がいい。
 いくら選ばれた勇者の道でも、長くて辛い道よりは。
 「選ばれた子」ではなくてもいいから、ネバーランドに行けたらいい。
 機械に屈して膝を折る前に、ただ真っ直ぐに歩いて行って。
 二つ目の角を右に曲がって、あとは朝まで、ずっと真っ直ぐ。
(……そういう曲がり角があったら……)
 きっと自分は、其処を曲がってゆくだろう。
 ピーターパンに呆れられてもいいから、勇者の道を投げ捨てて。
 「セキ・レイ・シロエ」が挫折したって、新しい勇者が現れる筈。
 勇者というのは、何処でも、そうしたものだから。
 過酷な試練に何人もの勇者が挑み続けて、乗り越えた者が真の勇者になるのだから。
(…ぼくが勇者になれなくっても…)
 誰かが代わりになると言うなら、自分は勇者でなくてもいい。
 歩むべき道は、長すぎるから。
 気が遠くなるほど辛く長い道で、いつ果てるとさえ見えはしないから。
(……二つ目の角が……)
 見付かったんなら、きっと曲がるよ、と本の表紙に目を落とす。
 夜空を駆けてゆくピーターパンと、ティンカーベルと、ウェンディたち。
 こんな風に飛んでは行けなかったけれど、歩いて行けるなら、それもいい。
 二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ。
 その曲がり角が、見付かったなら。
 何処かで運良く「それ」に出会って、曲がってゆくことが出来たなら。


(…でも、曲がり角…)
 いったい何処に在るのだろうか、ネバーランドに続いている道は。
 二つ目の角を右に曲がれば、夢の国へと繋がる道は。
(……ネバーランドがあるのは、何処?)
 何処なんだろう、と顎に手を当て、考えてみた。
 幼い頃には、「地球にあるのだ」と思い込んでいたこともある。
 何故なら、父がこう言ったから。
 「ネバーランドより素敵な所さ」と、宇宙の何処かにある地球のことを。
 地球が素敵な星だと言うなら、ネバーランドも、地球の上にあるに違いない。
 ピーターパンの本を書いた作者は、ネバーランドを見ただろうから。
 作者が本を書いていたのは、地球という星の上なのだから。
(…だけど、作者が生きていた頃の地球は…)
 一度、滅びて死んでしまった。
 何も棲めない星に成り果て、人類は宇宙に去るしかなかった。
 機械が治めるSD体制、そんなシステムに身を委ねて。
 青い地球を再び取り戻すために、人の生き方まで改革して。
(……そんな時代も、ネバーランドは……)
 滅びることなく命を繋いで、今も何処かに存在している。
 だったら、其処は「地球ではない」。
 ネバーランドが地球にあるなら、とうに滅びている筈だから。
 ピーターパンたちも消えてしまって、この本だって、消えている筈。
 夢の国が「無い」というのなら。
 ネバーランドが青かった地球と共に滅びて、何処にも存在しないのならば。
(…ということは、ネバーランドは、地球じゃなくって…)
 亜空間にあるのだろうか、未だ全貌が分からない世界。
 ワープ航法で飛び越えられても、どれほど広いかも謎の空間。
(きっと、其処だよ)
 あるとしたなら、とポンと打った手。
 ネバーランドが存在するのは、亜空間の中の何処かなのだ、と。


 そうだとしたなら、「曲がり角」に出会えるかもしれない。
 このステーションを卒業した後、メンバーズ・エリートの道に進んで。
 任務で宇宙を旅する間に、何度もワープを繰り返す内に。
(…何処かの星へと、ワープした時に…)
 亜空間を越えて飛んでゆく内に、その「曲がり角」が現れる。
 二つ目の角を右に曲がって、あとは朝まで、ずっと真っ直ぐ進める道が。
 宇宙に角など無さそうだけれど、ある日、バッタリ出くわす「それ」。
(……一つ目の角は、やり過ごして……)
 二つ目の角で、舵を大きく右に切る。
 右に曲がらねばならないから。
 二つ目の角を右に曲がって、あとは朝まで、ずっと真っ直ぐ飛んでゆかねば。
(宇宙船でネバーランドに着いたら、ピーターパンもビックリだよね)
 だけど行かなきゃ、という気がする。
 勇者の務めは放り出しても、道半ばにして捨てることになっても。
 真の勇者になることは出来ず、「ただのシロエ」のままになっても。
(……ついでに、メンバーズのシロエの方も……)
 ワープの事故で死亡した、という結末を迎えるわけだけれども、それでもいい。
 ネバーランドに行けるなら。
 真の勇者の辛い道より、遥かに希望があるだろうから…。

 

           二つ目の角を・了

※「ワープで事故ったら、ネバーランドに行けるのかな?」と思った所から生まれたお話。
 もしも二つ目の角があったら、シロエなら、きっと曲がる筈。迷いもしないで舵を切って。












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