(まったく……。これで何度目なのだ)
もう報告も聞き飽きたぞ、とキースが零した深い溜息。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令のために与えられた個室で。
夜の帳は降りたけれども、昼間のことを思い出させる報告書。
直属の部下のセルジュが届けた、暗殺計画の首謀者のリストや、後始末などの中身。
(今のところは、マツカのお蔭で全て未遂に終わっているが…)
いつか成功するやもしれん、と呆れるくらいに何度も起こる暗殺計画。
「キース・アニアン」は邪魔だから。
『冷徹無比な破壊兵器』と呼ばれた頃には、無害だったけれど。
お偉方にすれば「使える部下」で、仕事の出来るメンバーズ。
けれど今では事情は変わった。
国家騎士団総司令にまで昇り詰めた上に、グランド・マザーの「お気に入り」。
放って置いたら、何処まで昇るか分からない。
現にチラホラ聞こえてくるのが「パルテノン入り」という噂。
パルテノンと言えば、元老たちで構成された最高機関。
軍人出身の元老は過去に一人もいないけれども、初の例外になりそうだ、と。
グランド・マザーのお声がかりでパルテノン入りか、あるいは誰かが抜擢するか。
(……しかし、抜擢するような奴は……)
誰もいないと見ていいだろう。
皆が保身に必死だから。
「キース・アニアン」がパルテノン入りを果たせば、自分の立場が危ういから。
元老ともなれば、今以上に強まる発言権。
グランド・マザーの後ろ盾もあるし、「キース・アニアン」は無敵になる。
二百年以上も空席だった、国家主席の座に就くことさえも…。
(…夢物語ではないのだからな)
だから私を殺そうとする、と顰める顔。
本当に「地球のため」を思うなら、私欲に走ってはならないのに。
SD体制を守りたいなら、醜い足の引っ張り合いなど、決してしてはならないのに。
そうは言っても、ヒトは私欲に走るもの。
自分の利益を守るためには、目障りな者は排除するだけ。
彼らの頭の中にあるのは、「出る杭は打たねばならぬ」ということ。
「キース・アニアン」を早々に消して、目の前の脅威を葬り去る。
そうしておいたら、自分の人生は安泰だから。
これから出世をしてゆく者も、功成り名遂げている者たちも。
(……もしも奴らが、私を消すのに成功したら……)
厄介なことになるだろうな、と「キース亡き後」を想像してみる。
表面上は何も変わらず、世界は動いてゆくことだろう。
たかが人間一人消えても、宇宙が滅びるわけもないから。
直ちに代わりの者が選ばれ、国家騎士団総司令の座に就くだけだから。
(周りから見れば、何も変わらん…)
新しい国家騎士団総司令が就任するというだけ、その名を覚え直すだけ。
部下たちも、一般社会を構成している者も。
「新しい国家騎士団総司令は、彼か」と、素直に現実を受け入れる。
それが意味することも知らずに。
世界は何を失ったのかも、まるで全く知らないままで。
「キース」の代わりは「いない」のに。
広い宇宙の何処を探しても、絶対に「見付けだせない」のに。
(……そして、これからも……)
何年、何十年と待とうと、「キースの代わり」は現れはしない。
どんなに待っても、何処からも来ない。
何故なら、「キース」は「作られた」から。
機械が無から作った生命、そんな者など他にはいない。
(…実際は、もう一人だけいるのだが…)
残念なことに失敗作で、その上、「ミュウに攫われた」それ。
今ではすっかりミュウの仲間で、人類には戻れないだろう。
なにしろ出会った自分自身が、そう思うから。
「ミュウの女」で、「人類とは全く違う者だ」と。
最初は恐らくアルテメシアで、行われていただろう実験。
「ミュウの女」が作られた頃には、ガラスの水槽は地上にあった。
(…そういうデータを見てはいないが…)
E-1077ではなかったのだ、ということくらいは想像がつく。
伝説のタイプ・ブルー・オリジンの侵入を許したのだから。
ソルジャー・ブルーが易々と入り、水槽の少女を攫って行った。
無から作られた盲目の少女、彼女が育って水槽の外へ出された後に。
「失敗作だ」と判断されて、処分が決まったその日の朝に。
(…いくらソルジャー・ブルーでも…)
舞台がE-1077では、そんな芸当は出来ないだろう。
足繁く通って入り込むことも、攫って逃亡することも。
つまり「かつては、別の場所に在った」実験施設。
そこで少女が攫われたせいで、実験は宇宙に移ったろうか。
またしてもミュウが通って来たなら、また失敗に終わるから。
新たに無から作る命も、まんまとミュウに奪われるから。
(……E-1077に移したお蔭で……)
ソルジャー・ブルーは二度と現れず、機械は「キース」を完成させた。
幾つもの「命」を作り出しては、処分した末に。
サンプルとして残した他にも、きっと何人もいた「キース」。
少なくとも顔は「キース」な男を、幾つも、幾つも作り続けて。
(…ようやく私が生まれたらしいが…)
そうやって「キース」が世に出た後の、機械のやり方。
果たして正しかったのだろうか、その判断は。
「もしや、間違いだったのでは」と、時々、背筋が寒くなる。
暗殺計画が起こって、それを乗り越えた時に。
「いつか、彼らが成功したら」と、「キース亡き後」を考えた時に。
代わりは「何処にもいない」から。
誰も代わりになれはしないし、何年待とうと、代わりは現れないのだから。
(……所詮は、機械の浅知恵なのか……?)
滅びを知らないグランド・マザー。
部品さえ交換していったならば、永久に壊れることなどはないコンピューター。
それゆえに「キース」も、「一人いればいい」と思ったろうか。
もしも万一のことがあったら、「いなくなる」とは考えもせずに。
「キース・アニアン」を失った時は、代わりの者が必要なのに。
(…自分が死なないものだから…)
不慮の事故さえ想像もせずに、一人だけ作って満足したのがグランド・マザー。
「キース」の代わりを作っておかねば、万一の時は「後が無い」のに。
人類は導く者を失い、グランド・マザーも困るだろうに。
(……私が出来上がったら、これ幸いと……)
閉鎖されたのが実験の場所で、E-1077は廃棄された。
表向きの理由は、シロエの事件にかこつけて。
「ミュウのキャリアに汚染された」と、在学生たちを処分して。
そうして宇宙に棄て置かれたのを、グランド・マザーは跡形もなく消し去った。
他ならぬ「キース」に命令して。
「E-1077を処分せよ」と、マザー・イライザごと滅ぼすようにと。
(……お蔭で自分の生まれを知ったが……)
あの時、受けて来た命令通りにした自分。
実験施設もサンプルも全て、E-1077もろとも消した。
惑星上に落下させて。
大気圏との摩擦で燃やして、重力の中で爆発させて。
(…だが、本当に正しかったのか…?)
施設そのものを壊したことは…、と恐ろしくなる。
破壊しないで残しておいたら、多分、「キース」を作れたから。
全く違う生命さえも、作ることは可能だっただろう。
「ミュウの女」の遺伝子データに基づき、「キース」を新たに作ったように。
今度は「キース」のデータを基本に、まるで全く違ったモノを。
E-1077さえ今もあったら、「代わりの者」は作り出せた。
もう一度「無から作る」となったら、かなり時間がかかるけれども。
(……それでも、いないよりかは遥かにマシだ……)
そうも思うし、「どうして作り続けなかった?」とも問い掛けたくなる。
機械に問うても、きっと理解はしないけれども。
「キース」一人で満足し切って、E-1077を捨てた機械は。
(……作り続けていてくれたなら……)
私の心が軽くなるのに、と思っても、それは無駄なこと。
E-1077を「処分した」のは「自分」だから。
この自分でさえ、あの瞬間には、その意味が「分かっていなかった」から。
(…私が暗殺されてしまったならば、何もかもが…)
終わってしまって、人類の導き手は消える。
劣等人種のミュウでさえもが、ちゃんと代替わりをしているのに。
ソルジャー・ブルーが死んだ後には、ジョミー・マーキス・シンがいるのに。
(ついでに、ジョミーに何かあっても…)
次の世代のタイプ・ブルーが何人もいるし、ミュウの導き手は失われない。
人類は「そうはいかない」のに。
「キース・アニアン」が死んでしまえば、あえなく滅びそうなのに。
(……こんな具合だから、ミュウに敗れる未来しか……)
私には見えて来ないのかもな、と暗澹たる気分になってくる。
暗殺計画を無事に切り抜け、命を拾った時などに。
「いつか暗殺が成功するかも」と、最悪の結果を考えた時に。
もしも「キース」が殺されたならば、「代わりの者」はいないから。
人類の未来は「お先真っ暗」、ミュウに滅ぼされて終わりだから。
(……私は、死ねん……)
暗殺などで決して死んではならないのだ、と重荷を背負って生きるしかない。
「キース」は一人きりだから。
代わりの者など何処にもいなくて、何年待とうと、現れることはないのだから…。
一人きりの重荷・了
※原作ではキースが生まれた後にも、作られていた実験体。E-1077で、定期的に。
けれどアニテラでは「キース」で最後。本当にそれで良かったのか、というお話。