(優秀な人材か……)
そんな者はいないから困るのだがな、とキースが心で零した溜息。
首都惑星ノアの、元老のためにと与えられた個室で。
側近のマツカも部下たちもいない、とうに夜更けとなった時間に。
マツカが淹れて行ったコーヒー、それもすっかり冷めてしまった。
半分ほど飲んであったけれども、考え事をしている間に。
(まったく、元老たちといえども…)
本当にクズばかりなのだ、と悩みは尽きない。
最初から予想はしていたけれど。
初の軍人出身の元老として、パルテノン入りをする前から。
(鳴り物入りでの大抜擢だったが……)
それは民間人から眺めた視点で、上層部の者たちの考えは違う。
軍人も、肝心の元老たちも。
保守と出世欲に凝り固まった思考の持ち主、エリートどもの考え方。
(出る杭は打たれる、と言うのだがな…)
その杭である「キース・アニアン」、それを消そうとしていた者たち。
国家騎士団総司令だった頃に、散々、身をもって知らされた。
幾つも立てられた暗殺計画、何度、実行に移されたことか。
ミュウのマツカがいなかったならば、とっくに死んでいただろう。
爆弾に車ごと吹き飛ばされて。
あるいは、あえなく撃ち殺されて。
(私を消してまで、守りたいものが…)
自分の出世欲だというのが情けないな、と呆れ果てる。
もっと志を高く持たねば、社会も宇宙も、守れないだろうに。
たかが劣等人種のミュウども、彼らに秩序を覆されて。
気付けば宇宙はミュウに征服され、人類の方が劣等人種に成り下がる。
今のように、日々、足の引っ張り合いばかりでは。
己の保身だけを考え、全体を見詰めないままでは。
パルテノン入りを果たした今となっては、絶望感は深まるばかり。
何処を探しても、「優秀な者」はいないから。
宇宙の、地球の舵を取れる者は、誰一人として「いそうにない」。
ただ単純に「優秀な者」と言うだけだったら、直属の部下たちが「そう」だけれども。
スタージョン中尉やパスカルたちなら、充分に優秀な頭脳の持ち主。
とはいえ、彼らは「指導者」ではない。
指導者になれる器でもない。
いくら優秀な人材とはいえ、方向性が違うから。
自分で思考し、自分の意志で行動出来ても、彼らに「指導者」は向いてはいない。
そう、適性の問題と言える。
どんなに励まし、どれほど教育を施そうとも、「なれない」指導者。
とても優秀な部下にだったら、なれるのに。
上司の指示が無くても動けて、命じた以上の成果を上げることが出来るのに。
(……そう、それこそが問題なのだ……)
今の世界には一人もいない、と溜息を漏らすしかない「優秀な人材」という代物。
そういった者が全く「生まれて来なくなった」惨い現実。
無限大の精子と卵子の交配、それを繰り返し続けても。
人工子宮で育てては世に出し、様々な場所で育ててみても。
(……国家主席の座は、二百年も空位……)
つまり二百年も「出て来なかった」、指導者の座に就ける人材。
二百年前までは、その座に就ける者がいたのに。
ミュウが宇宙に現れた頃にも、国家主席はいたというのに。
(…アルタミラ事変で、ミュウの殲滅を命じた者も…)
その時の国家主席の筈。
アルタミラを擁したジュピターの衛星、ガニメデをメギドで破壊させた命令。
計画自体は、グランド・マザーが立案した。
けれど命令を実行するには、軍を動かさなければならない。
当時の国家主席が自ら、その命令を下しただろう。
「全ては偉大なる母、グランド・マザーの導きのままに」と。
そうした決断を下すことが出来た、人類の指導者。
彼らが座った国家主席の座は、いずれ「キース」のものになる。
二百年もの長い空位の時代を経て。
そうなる予定なのだけれども、どうして「キース」になるというのか。
誰一人として気付かなくても、「キース」自身が知っている。
「キース」は、「ヒトではない」ものだと。
機械が無から作った存在、それも「指導者になるために」。
作った理由は、「人類の中から、優秀な人材が出て来ないから」。
無限大の精子と卵子の交配、機械が延々と続けてきたこと。
二百年前までは、そのやり方は有効だった。
国家主席になれる者が出て、人類を上手く纏め上げられた。
ところが何がいけなかったか、生まれなくなった「優秀な者」。
いくら交配を繰り返しても。
かつては優秀な者が生まれた、仕組み自体は変わらなくても。
(……機械は、それに業を煮やして……)
ついに「キース」を作り上げた。
神の領域に足を踏み入れ、幾つもの実験体を生み出した末に。
ミュウの船で見た盲目の女や、E-1077の廃墟で目にしたサンプルたち。
彼らの遺伝子データをベースに、三十億もの塩基対を合成して。
DNAという名の鎖を紡いで、無から作った生命が「キース」。
しかも「ヒト」とは思えぬ期間を、胎児の状態で育成して。
成人検査を迎える年まで、人工羊水の中に浮かべて。
そうやって「キース」は出来たけれども、本当に、それでいいのだろうか。
機械が作った「ヒトではないモノ」、そんな存在が国家主席でも。
人類を纏める者となっても、指導者の座に就いたとしても。
(……そもそも、SD体制下でも……)
機械がヒトの出産を管理しているとはいえ、制限はある。
優秀な人材が生まれなくなることが予想出来ても、それを防げなかった理由が。
「キース」のようなモノを作らなくても、方法は他にあったのに。
無から生命を作り出さずとも、「既にあるモノ」をコピーすればいい。
最後に国家主席の座に就いた者は、ちゃんと優秀だったのだから。
彼の遺伝子データを継いだら、同じく優秀な者が生まれる。
(…いわゆる、クローンというヤツだ…)
遺伝子レベルでの生命体の複製、それを作れる技術ならある。
ヒトには使っていないけれども、クローンの動物や植物は多い。
何故なら、彼らは「優秀」だから。
同じ遺伝子を持った彼らの複製、それらも、もれなく優秀なモノ。
だからクローンの技術があるのに、グランド・マザーは「使わなかった」。
最後の国家主席でもいいし、その前の国家主席であっても、かまわないのに。
間違いなく優秀な者がいたなら、彼らのクローンを作りさえすれば…。
(……人類の指導者は、絶えることなく続いて……)
国家主席の座は空位にならずに、今も彼らが占めていたろう。
「キース」を作り出す必要も無くて、E-1077も、ただの教育ステーション。
けれども、そうならなかった原因、それがSD体制の「禁忌」。
機械に与えられた制限、「ヒトのクローンを作り出すこと」。
いくら優秀な者が生まれても、彼らのクローンを生み出すことは許されない。
グランド・マザーを作った者たち、SD体制の前の世界を生きた者。
彼らは機械に命令を出した。
「ヒトのクローンだけは、決して作ってはならない」と。
それは禁断の技だから。
神の領域を侵す行為で、神への冒涜。
ヒトはヒトらしく生まれ出るべきで、クローンなどでは有り得ない。
だから「禁ずる」と下した命令。
そのせいで、機械は作れなかった。
優秀な者が生まれなくなると分かってはいても、彼らのクローンというものを。
(……それなのに……)
グランド・マザーが見付けた抜け穴、「禁止されてはいなかった」こと。
SD体制を作った者さえ、まるで考えなかった行為。
(…クローンが許されないのなら…)
無から生命を生み出せばいい、とグランド・マザーは考えた。
そのことは禁止されてはいないし、「許されるのだ」と。
神の領域を侵すことなど、考えもせずに。
(…機械の世界に、神というものは…)
概念さえも存在しなくて、ただデータだけが存在する。
機械は神を恐れはしないし、神の怒りを考えもしない。
だから「キース」を作り出せた。
クローンですらも禁忌な世界で、それを遥かに上回る禁忌を犯してまで。
しかも、そのことを悔いてさえもいない。
「とても優秀な者が生まれた」と、自画自賛しても。
自分たちが無から生み出した「キース」、彼のためにあらゆる手を尽くしても。
(……おおよそ、ろくな結果には……)
ならないだろうな、と思う「機械の暴走」。
そのような機械が治める世の中、それは滅びるべきだと思う。
機械が作った「キース」が言うのも変だけれども、「滅びて貰おう」と。
(…もっとも、私が手を下さずとも…)
滅びるのは時間の問題だがな、と唇に浮かべた皮肉な笑み。
「その時」は、もう見えているから。
機械がどんなに抗おうとも、歴史の流れは変えられないから。
劣等人種のミュウが勝ったら、自然と機械の世界は滅ぶ。
「キース」も一緒に滅ぶけれども、それで少しも悔しくはない。
何故なら、滅ぶべきだから。
機械も、機械が作った「キース」も、滅びるのが正しい道なのだから…。
滅ぶべきもの・了
※国家主席の座に就いた人間も、ずっと昔には存在した筈。それを考えたら出来たお話。
かつての「優秀な者」のクローンだったら優秀なのに、と。クローン禁止は、もちろん捏造。