(ジョミー…。みんなを頼む)
それがブルーの最後の思念。
『ヒト』として紡いだ、最後の思い。
気付けば身体は宇宙に浮いていて、けれども、思念体ではなかった。
「自分なのだ」とは感じられても、きっと「誰にも」見えないだろう。
そう、後継者として後を託したジョミーでさえも。
ナスカの上空で出会った「未来」、タイプ・ブルーの子供たちにも。
(……もしも、見られる者がいるなら……)
フィシスくらいなものだろうか、とブルーは「自分」の姿を見てみる。
自分の目にさえも透けて見えるような、頼りなさげな腕や、足やら。
思念体とは似て非なるもので、恐らく、今は魂だけ。
依るべき『身体』を失ったせいで、このようになっているのだろう。
「誰にも捉えられないだろう」と思う姿に。
それでもブルーが纏っているのは、あまりにも見慣れたソルジャーの衣装。
キースに撃たれて血まみれになった、その跡は消えているけども。
(…何もかも消えてしまったな…)
メギドと共に、と見回す宇宙。
地獄の劫火でナスカを燃やした忌まわしい兵器は、もはや残骸と化していた。
人類軍の船も同じで、生き残った船が引き揚げてゆく。
キース・アニアンを乗せた旗艦を、先頭に立てて。
ぽっかりと大穴が開いてしまった、ジルベスター・エイトを後に残して。
その遥か彼方、砕け散ってゆくナスカが見えた。
赤い大地を持っていた星、ブルーは一度も降りなかった星。
ミュウの楽園だったナスカは、宇宙の藻屑と消えてしまった。
何人のミュウが逃げ延びられたか、シャングリラは無事に飛び立てたのか。
(……もう何も……)
感じ取れるものが「此処に」無いなら、白い箱舟は「飛んだ」のだろう。
あの七人の子供たちを乗せ、「ミュウの未来」へ。
いつか地球へと繋がる道へと、宇宙の彼方にワープして行って。
(……どうか、皆が無事に……)
一人でも多く、あの船に乗っているように…、とブルーは祈りを捧げる。
魂だけしか持たない者でも、祈ることなら出来るから。
祈りが神に届くものなら、「皆を地球へ」と。
(…ぼくは、船には戻れないけれど…)
屍さえも戻らないけれど、きっと、その方が良いのだと思う。
いったい誰が想像したろう、「あんな最期」を。
弄ぶように銃で何発も撃たれた挙句に、右の瞳まで砕かれるなど。
直接、命を奪い去ったものは、メギドの爆発。
けれども、それを生き延びていても、あの有様では助かりはしない。
元々、寿命が尽きていた上、サイオン・バーストまでをも引き起こしたから。
ミュウの誰かが「ソルジャー・ブルー」を救い出したところで、それは無駄なこと。
どうせ助かるわけなどはなくて、そのことが皆にもたらすものは…。
(……悲しみと、人類への激しい憎しみ……)
そうなったろう、と痛いほどに感じる。
仲間たちが「ソルジャー・ブルーの最期」を知ったら、憎しみだけが残るのだと。
ミュウは人類と手を取り合えずに、人類を滅ぼす道を歩む、と。
「ソルジャー・ブルーの亡骸」すらも、戻っては来ないシャングリラ。
喪失感が船を包むだろうけれど、「知らない方が良い」こともある。
長い年月、皆を導いた長が、どう散ったのか。
惨たらしいほどに傷付けられて、赤い瞳さえ撃たれたなどは…。
(……誰も知らない方がいいんだ)
知らなかったら、全ては時が癒してくれる。
深い悲しみを抱えたままでも、仲間たちは未来へ進んでゆける。
「ソルジャー・ブルー」が命を投げ出し、拓いた道を。
メギドの炎に焼き尽くされずに、残った船で。
(……きっと、ジョミーがそうしてくれる)
ナスカを失った今だからこそ、毅然と前を見詰めて立って。
どうするべきかを自らに問うて、仲間たちに道を指し示して。
「ソルジャー・ブルー」は、もういないのだし、ソルジャーは「ジョミー」ただ一人。
(…ぼくとは全く違った道を…)
歩んでゆこうと、ジョミーなら行ってくれると思う。
「自分」は見られなかった星まで。
見たいと望んで、けれど叶わず、辿り着けなかった青い地球まで。
(……地球……)
今ならば、其処へ行けるだろうか、とブルーの心に浮かんだこと。
魂を縛る「身体」が無いなら、飛んでゆけるのかもしれない。
その座標さえも知らない星でも、「想いさえ」すれば。
強く強く「地球へ」と願ったならば、かの星を知る「誰か」の思いに魂を乗せて。
(…人類ならば、知っている筈…)
青い地球は人類の聖地なのだし、知っている者は少ないだろう。
けれども、聖地に「住む者」もいれば、「これから向かう者」だっている。
彼らの心に「在る筈」の地球。
それを標に飛んでゆけたら、一瞬の内に青い星まで…。
(……行けるかもしれない)
地球へ、と心に強く念じた。
どうか地球まで飛べるようにと、其処までの道が開くようにと。
(…………!!)
感じた、空間を飛び越える時と同じ感覚。
瞬間移動で飛ぶかのように、魂だけが宇宙(そら)を翔けてゆく。
それこそ、瞬きするほどの間に。
飛び越えた先に、夢に見た地球が…。
(……地球……?)
あれが、と思わず疑った瞳。
もう肉体の瞳は無くても、捉える像は変わらない筈。
それなのに……。
(……青い……地球は……?)
青く輝く母なる星は、と魂だけのブルーの身体が震え出す。
あの星の何処が「地球」だと言うのか、青さの欠片も無い星の。
生命は悉く死に絶えたと分かる、砂漠に覆われ、青い海も無い赤茶けた星。
(…あれが…地球だと……?)
信じたくない気持ちだけれども、「それ」が真実の「地球の姿」。
魂だけで飛んで来たから、間違えはしない。
「地球へ」と念じて、導かれた先が「この星」だから。
其処へ飛んでゆく人類の船、それに乗っている者たちも「地球」を目指しているから。
(……この星が、地球……)
青い星だと信じていたから、仲間たちに「地球へ」と説き続けた。
ジョミーにも同じことを話して、其処へ行くよう、自分は最後の最後まで…。
(…促したのではなかったのか?)
だから、ジョミーは「そうする」だろう。
地球の本当の姿も知らずに、ひたすらに前へ歩み続けて。
シャングリラに乗った仲間たちも皆、ジョミーを信じて、その後に続く。
どれほどの犠牲を払うことになろうと、「青い地球」まで。
地球まで辿り着かない限りは、「何も解決しない」のだから。
人類と戦い、滅ぼすにしても、手を取り合うにしても、倒さねばならないSD体制。
それの要が「地球に在る」から、グランド・マザーは「地球に居る」から。
長く辛く厳しい旅路の果てに、いつか着くだろう「母なる地球」。
青く輝く銀河のオアシス、宇宙に浮かんだ一粒の真珠。
そういう「ご褒美」が待っているから、ミュウたちは迷わず進んでゆける。
「青い地球へ」を合言葉に。
いつかその目で地球を見ようと、ブルー自身が「そうだった」ように。
けれど、これでは「どうなる」のだろう。
青い地球など幻影に過ぎず、本物は「ただの死の星」ならば。
これからミュウたちが払う犠牲は、どれほどのものかも知れないのに。
(……それでも、地球に辿り着くしか……)
道は無いのだ、と分かっているから、せめてシャングリラを追ってゆこうか。
謝る術さえ今は無くても、「見守る」ことは出来るから。
旅の途中で潰えた命に、詫びるくらいは出来るだろうから。
(……皆と、地球まで……)
シャングリラと共に旅してゆこう、とブルーは地球に背を向けた。
青くない地球を見た仲間の衝撃、それを見る時が怖いけれども。
その時、皆に謝りたくても、その方法は無いのだけれど。
(……シャングリラへ)
皆の許へ、と念じて一瞬で翔けた、其処までの宇宙(そら)。
白い船は悲しみの色を纏って、その灯りさえも悲しげだけれど…。
(……ジョミー……)
ぼくも行こう、とジョミーの心にそっと寄り添う。
決意を固めつつある者に。
悲しみを越えて、前へ進もうとしている「ソルジャー・シン」に。
この船がどういう道をゆこうと、旅の終わりは、死の星の地球。
そういう星へと導いたことを、いつの日か、ジョミーに謝れたらいい。
船の皆にも、出来ることなら、心からの詫びを。
白いシャングリラが向かう先には、青い地球など無いのだから。
夢と憧れが崩れ去る日が、ミュウたちの旅の終わりだから…。
青くない星へ・了
※「ブルー追悼は、もう書かない」と言った筈ですが…。転生ネタやってるんですが…。
アニテラ放映から12周年、干支が一回りした上、元号まで変わってしまった今年。
「今年くらいは書いておくか」というわけで、2019年7月28日記念作品。
おりしも原作者様の画業50周年展、只今、京都漫画ミュージアムで開催中。
9月8日までに行ったら、カフェでブルーのラテアートが飲めます、本当です。