(……どんどん記憶が薄れていく……)
本当に実感が無くなってゆく、とシロエが覗き込む画面。
E-1077の夜の個室で、ただ一人きりで。
画面の向こうには、エネルゲイア。
育英惑星アルテメシアの、技術関係のエキスパートを育てる都市。
流れる音声に耳を傾けなくても、そのくらいは分かっているのだけれど…。
(…ぼくが育った場所なのに…)
まるで無いのが「懐かしい」と感じること。
故郷は、今でも懐かしいのに。
帰りたいと常に願っているのに、何故か感じない「懐かしさ」。
エネルゲイアの映像を見ても、「此処にいたのだ」という気がしない。
育った家も分からなければ、住所も覚えていないほどだから。
(テラズ・ナンバー・ファイブに消されて…)
曖昧になってしまった記憶。
顔さえ思い出せない両親。
肝心の面差しが、焼け焦げてしまった写真みたいに穴だらけで。
瞳の色すら分からないから、「どんな顔だったか」掴めはしない。
どんなに記憶を手繰ってみても。
思い出そうと足掻いてみても、奪われた記憶は戻っては来ない。
しかも日に日に薄れてゆくから、一層、不安が増してゆくだけ。
「ぼくも、いつかは…」と、寒くなる背筋。
ステーションの候補生たちと同じに、「全部、忘れるかもしれない」と。
そうして機械に従順になって、「マザー牧場の羊」になる日が訪れるかも、と。
「羊になる」のは御免だと思う。
けして全てを忘れはしないし、いつかは記憶を取り戻したい。
機械が治める歪んだ世界の頂点に立って。
国家主席の座に昇り詰めて、機械に「止まれ」と命令して。
そうする前には、「ぼくの記憶を返せ」と命じる。
機械が奪った記憶だったら、きっと機械は「戻すことも出来る」筈だから。
「セキ・レイ・シロエ」から消した記憶を、また植え直して。
(…その日が来るまで、忘れるもんか…)
ぼくは絶対に忘れない、と思うけれども、どうなのだろう。
本当に敵う相手かどうかも、分からないのに。
国家主席になるよりも前に、何もかも、忘れさせられたなら…。
(…ぼくだって、羊…)
羊になったと思いもしないで、それを悔しいと感じもせずに。
マザー・イライザに素直に従い、いずれは地球にあるグランド・マザーに…。
(何の疑いも持たないままで…)
言われるままに任務に勤しみ、出世を遂げてゆくかもしれない。
メンバーズ・エリートの道を歩んで、いずれはパルテノンに入って。
元老として出世し、名を上げた後は、国家主席に昇進して。
(……結末は、同じなんだけど……)
まるで違う、と恐ろしくなる。
このまま進めば、そうなるのかもしれないから。
コールされる度に薄れる記憶を、繋ぎ止めておく術も無いから。
画面に映し出される映像。
ピンとくる場所は一つも無いまま、エネルゲイアの案内が続く。
高層ビルやら、家族連れが大勢歩く街やら、そういったものを紹介して。
かつて「シロエがいた」筈の場所を、実感は伴わないままで。
(…こんなモノ…)
眺めても、何になるのだろう。
記憶が戻って来る筈もなくて、手掛かりさえも見付からない。
「ぼくの家だ」と思いもしないし、「此処を歩いた」と心が躍りもしないから。
画面の向こうを流れてゆくのは、「知っていた筈の場所」というだけ。
今の自分は「知らない」のに。
何を見たって、「こうだったっけ?」と疑問が浮かびさえもするのに。
エネルゲイアを紹介する映像は、あくまで「一般向け」のサービス。
不都合なものを映しはしないし、加工してある可能性もある。
エネルゲイアで育った子供が、「ぼくの家だ」と、場所を特定できないように。
偽の画像を混ぜるくらいは、ごく簡単なことなのだから。
(……そうでなくても……)
子供たちが学ぶ学校。
全景も教室も映るけれども、「学校の名前」は出て来ない。
何処にあるのか、地図さえも出ない。
「学校」は全て同じなのかも、映像からは分かりはしない。
エネルゲイアにある学校だったら、どれも似たような建物なのか。
グラウンドなども「そっくり同じ」で、見分けが付かないくらいなのか。
(…分からないよね…)
映っているのが、自分の通った学校なのか、そうでないのかは。
ただでも記憶が薄れているから、「これだ」と思う決め手が無くて。
けれど、「見なければ」忘れるだろう。
エネルゲイアという場所を。
間違いなく自分が育った「故郷」を、いつの間にやら。
故郷への関心を失くしてしまえば、機械の思う壺なのだから。
(…ぼくには要らない記憶なんだ、と判断されたら…)
きっと今以上に忘れてしまう。
懸命にしがみついていないと、コールされた時に…。
(もう要らない、って…)
あっさり消されて、思い出すことも出来なくなる。
ただ漠然と「エネルゲイア」の名前を覚えているだけになって。
誰かに「故郷は?」と尋ねられたら、「エネルゲイア」と答えられたら充分だから。
(……嫌だ、そんなの……!)
たとえ実感を伴わなくても、覚えていたい。
高層ビルが幾つも立ち並んでいた、故郷のことを。
歩いた記憶は全く無くても、家族連れで賑わう町の中心部を。
(…この次は…)
プレイランドが映るんだっけ、と眺める画面。
もう何度となく繰り返して見て、映像の流れは馴染んだもの。
じきに切り替わったカメラの視点は、プレイランドを捉えている。
幼い子たちに人気の場所。
コースターやら、観覧車やらと、盛り沢山で。
(……ぼくだって、此処で……)
パパやママと遊んだんだよね、と顔が綻ぶ。
両親の顔立ちはおぼろになっても、プレイランドは「まだ覚えている」。
順番を待って、やっと乗り込めたコースター。
思った以上に速かったことも、ちょっぴり「怖い」と感じたことも。
(…うん、大丈夫…)
全部忘れたわけじゃないよ、とホッとする心。
観覧車だって、とても楽しかった。
遥か上から見下ろした町は、もう覚えてはいなくても。
隣に、向かいに座っていた両親、二人の顔は思い出せなくても。
(…ぼくの隣がママだったよね?)
向かいの席にパパがいたよね、とプレイランドの映像を見る。
幼かった自分が乗っていたのは、観覧車のゴンドラの「どれ」だったろう、と。
今も現役で動いているのか、それとも交換されたのか。
(どうなのかな…?)
そこまでのことは分からないよね、と考えた所で気が付いた。
プレイランドは、何処の育英都市にも存在しているもの。
健全な子供を育てるためには、欠かせない施設。
映像とセットの音声でも、そう言っている。
「エネルゲイアでは…」とプレイランドの名前を告げて。
同じアルテメシアにある『アタラクシア』だと、「ドリームワールドと呼ばれています」と。
(……ドリームワールド……)
エネルゲイアのは、そうは呼ばれていなかった。
映像の音声とテロップも、それを裏付けている。
けれども、プレイランド自体は…。
(…何処の育英都市にもあって、子供は誰でも…)
養父母に連れて行って貰って、其処で楽しく遊ぶもの。
コースターやら、観覧車に乗って。
どんな子供でも「持っている」のが、プレイランドで遊んだ経験。
それは「必要なこと」だから。
子供が育ってゆく過程では、プレイランドは「外せない」から。
(……だとしたら……)
もしかしたら、とゾクリと凍えてしまった背中。
機械が「それを望む」のだったら、「覚えている」プレイランドの記憶は…。
(…本物じゃなくて、機械が作った…?)
成人検査で記憶を奪って、書き換えた時に。
E-1077へ送り込む前に、「機械に都合がいいように」。
理想とする「プレイランドの記憶」を刷り込んで。
「セキ・レイ・シロエ」の個性は無視して、「どんな人間にも」合うように。
(…コースターの行列、大人しく待ったと思っているけど…)
そうではなかったかもしれない。
「ぼくの順番、ちっとも来ない」と膨れていたとか、怒っただとか。
それを宥めるのに、両親が、とても苦労したとか。
(…順番が待てない子供なんかは…)
機械にとっては、理想的とは言えないだろう。
反抗的な子供よりかは、「大人しく待てる」子供の方が…。
(……ずっといいのに決まっているから……)
あるいは「書き換えた」だろうか。
自分では「覚えている」つもりでも。
「こうだったよね?」と思う他の記憶も、それと同じで…。
(…機械が書き換えてしまったとか…?)
まさか、と身体が震えるけれども、有り得る話。
今の世界は、機械が統治しているから。
世界の全ては、「機械の都合」が優先だから。
(……ぼくの記憶も……)
事実とは違うのかもしれない、と考えただけで、ただ恐ろしい。
もしもそうなら、「逆らい続けて」生きてゆけるか、危ういから。
自分でも全く気付かない内に、いつか自分も「羊になる」かもしれないから…。
羊になる日・了
※プレイランドは何処の育英都市にもある筈だよね、と思った所から出来たお話。
必要不可欠な施設だったら、其処の記憶も、機械に都合のいいものだけなのかもね、と。