(……レクイエムか……)
確かに捧げて来たのだがな、とキースは深い溜息をつく。
首都惑星ノアへと向かう船の中で、ただ一人きりで。
ミュウたちが勝手に拠点にしていた、ジルベスター・セブン。
あの赤い星を滅ぼした後に、二階級特進させて貰った。
「上級大佐」の肩書はダテではないから、この船でも指揮官クラスの待遇。
グランド・マザーの直々の指示で、極秘任務に就いてはいても。
(…私の任務を知っているのは…)
船の中では、側近のマツカ、ただ一人きり。
今、この部屋にはいないけれども。
銀河標準時間は、とうに夜更けで、起きているのは当直の者くらいだろう。
まだミュウたちがいない宙域、戦闘配置など必要は無い。
艦長までもが眠ってしまって、この船は、きっと…。
(…オートパイロットで航行中だな…)
ノアまでの航路を設定したなら、ワープさえも自動で出来るほど。
ブリッジに詰めている者はいても、操舵などしてはいない筈。
たまに計器に目を遣るだけで。
「予定通りに航行中」と、お決まりの文句を口にするだけで。
(……何のために、私が乗っているのか……)
何故、あそこまで航行したのか、それさえも誰も気にしてはいない。
「マツカだけを連れて」船を離れたことも。
やがて船へと戻った後にも、「使われた小型艇」の整備をした程度だろう。
その船が何処へ行って来たかは、考えもせずに。
停泊していた地点から「かなり離れた」宙域、そこで起こった爆発さえも関知しないで。
「E-1077を処分せよ」という極秘の命令。
遠い昔に、廃校になった教育ステーション。
表向きは「生徒にMのキャリアがいたから」ということになっていた。
(…Mのキャリアとは、シロエのことで…)
他の候補生たちは、記憶処理されて「忘れ去ってしまった」シロエのこと。
覚えていたのは、それよりも前にステーションを離れた、スウェナだけ。
そのスウェナから「本」を渡された。
シロエがとても大事にしていた、ピーターパンの本を。
所々が焦げて傷んだ本は、間違いなくシロエが遺したもの。
(……残るとは思っていなかったろうが……)
シロエの船は、自分がこの手で撃墜した。
爆発の中でも「本が残る」など、有り得ないこと。
ブラックボックスなら残りはしても、「紙の本」などは燃えてしまうから。
(…しかし、燃えずに…)
ピーターパンの本は「回収された」。
事故処理に来た宇宙海軍の者に。
それも早々に退役した上、酒浸りになるような一兵卒に。
(……運命というのは、あるのだろうな……)
本が自分の手許に来た時、そう思った。
シロエが生前、何よりも大切にしていた本。
マザー・イライザに捕えられ、其処から逃れた後も。
(…目が覚めるなり、本を探して…)
見付けたら、胸に抱き締めていた。
それほど大事な本だったのだし、宇宙にも持って行ったのだろう。
「二度と戻らない」旅立ちの時に。
撃墜されることを承知で、練習艇でステーションを離れる時に。
けれども、本は「残ってしまった」。
シロエと一緒に旅に出ないで、傷んだ姿で宇宙に浮いて。
一兵卒の手からスウェナに渡って、ついには「キース」の所に来た。
(……「キース先輩、見てますか?」と……)
得意げだった、シロエが遺した映像。
本に隠されていた、小さなチップに記録されて。
(…あの映像を撮った時には…)
シロエは「死ぬ気」など、無かっただろう。
本にチップを隠してはいても、「キースに」渡す気だったと思う。
けれど果たせず、本と一緒に飛び立った末に…。
(…本だけが残って、こうして私を…)
あの宙域まで呼び寄せたのだ、と今も感じる。
今は亡きシロエの魂が。
「キース先輩!」と、「ぼくの本を返して下さいよ」と。
だから「レクイエムを捧げに」行った。
この船の者たちは知らないけれども、マツカにだけは、そう告げた。
マツカが操縦する小型艇で、任務に向かったから。
「行き先は此処だ」と、E-1077の座標を指示したのだから。
(……レクイエムというのは……)
きっとマツカは、「E-1077に捧げる」ものだと考えたろう。
「破壊しに行く」とは言わなかったけれど、明らかに「そうなった」から。
E-1077は中枢機能を全て失い、惑星へと落下して行ったから。
(…燃えながら大気圏に突っ込んで行って、大爆発だ…)
残骸さえも、燃え尽きて消えてしまった筈。
グランド・マザーの命令通り。
E-1077を支配していた、マザー・イライザの悲鳴と共に。
(…何処の教育ステーションにも、ああいうコンピューターが…)
あるものだから、マツカは「マザー・イライザのための」レクイエムだと思っただろう。
まさか「シロエのため」とは思わず、哀れな機械を思い描いて。
(……だが、実際は……)
レクイエムを捧げに出掛けた相手は、「シロエ」。
かつてシロエの部屋だった場所に、ピーターパンの本を置いて来た。
崩壊してゆくステーションの中を、「此処だったな」と移動して行って。
主を失くして荒れ果てた部屋の、シロエが使った机の上に。
心で「さらばだ」と告げたけれども、声はシロエに届いたろうか。
大切な本を胸に抱き締め、嬉しそうに笑んでいたのだろうか。
(…そうだといいがな……)
そうなったと思いたいのだが…、と零れた溜息。
「レクイエムを捧げた」意味はあった、と。
マザー・イライザのためにではなくて、「シロエに捧げる」レクイエム。
(……その筈だったが……)
それだけで済まなくなってしまった、と柄にもなく心の奥がざわめく。
「レクイエムを捧げる」相手は、シロエだけではなかったから。
(…マザー・イライザは、どうでもいいのだがな…)
あんな「機械」は、どうでもいい。
機械はプログラムで動いているだけ、思考さえも「プログラムされたもの」。
まるでミュウのように、思念波を操ることはあっても。
ヒトの心に入り込んでは、記憶を塗り替えたりしていても。
(……機械に魂など、あるわけがない)
それはハッキリしていると思う。
機械は、所詮は、「機械」だから。
赤い血などは流れていないし、呼吸さえもしていないから。
けれども、「アレ」は違っていた。
シロエが「キースに見せたかった」モノ、「ゆりかご」にいた者たちは。
E-1077もろとも闇に葬られた、幾つもの「キース」のサンプルたちは。
それから「ミュウの女」にしても。
恐らく「キース」と対で作られた、ミュウの船にいた盲目の女にそっくりなモノ。
「彼ら」はサンプルだったけれども、そうなる前には「生きていた」筈。
たとえ機械が作ったモノでも、「無から生まれた」生命でも。
E-1077もろとも「消えた」モノたち。
マザー・イライザが残した「サンプル」。
(…「サンプル以外は、処分しました」と…)
事もなげに言ったマザー・イライザ。
だから他にも「いた」のだろう。
何体もの「キース」や「ミュウの女」が。
無から作られ、水槽の中で育った生命たちが。
(……彼らに魂があったかどうか……)
神の領域を侵した生命、それにも「魂」はあるのかどうか。
自分自身の感覚で言えば、やはり魂は「ある」のだと思う。
たとえ、この世から消えた後には、「向かうべき場所」が無かったとしても。
天国も地獄も、「神の手が介在していない者」には、扉を開かなかったとしても。
(…水槽の中に浮かんでいただけにしても…)
それだけで終わった生命たちでも、「外」は認識していただろう。
自分にもある「水槽の記憶」、それと同じに。
外側から水槽を叩いたりする、研究者たちを「ぼんやりと」見て。
(……研究者たちは、アレをサンプルに仕立てただけで……)
悼む言葉など、一つもかけてはいない。
「弔わねば」とは、思いもしない。
そんな「彼ら」に、レクイエムを捧げることが出来るのは…。
(…この私しか……)
いはしないのだ、と分かっているから、「彼らのものにもなった」レクイエム。
元々は「シロエのため」だったのに。
マザー・イライザを悼む気は無くて、「壊すためだけに」出掛けたのに。
(……皮肉なものだ……)
自分自身にレクイエムか、と思うけれども、「魂を持っている」ならば…。
(…私そっくりの代物だろうが、ミュウの女のサンプルだろうが…)
鎮魂のための歌を捧げねばならないだろう。
いつか「自分」が死んだ時には、誰も捧げてくれないとしても。
天国の扉も地獄の扉も、けして開いてはくれなくても。
「魂は、ある」と思うから。
いくら「機械が作ったモノ」でも、「悼む気持ち」は自分の中に存在するのだから…。
レクイエムの意味・了
※「レクイエムを捧げにな」というキースの台詞。誰へのレクイエムだったのか。
シロエだったと思うんですけど、「ゆりかご」を見た後は、どうなったかな、と…。