(……国家主席とは、便利なものだな)
実に便利だ、とキースが遮断してゆく回線。
グランド・マザーに直結した「それ」、監視カメラやマイクに繋がったモノ。
普通の者には、触れられはしない。
国家騎士団総司令の頃でも、その権限は持っていなかった。
「グランド・マザー」の「瞳」や「耳」を塞ぐなど。
どう足掻いても「機械の身では覗けないよう」、部屋を完全に孤立させるなど。
けれど、今では可能なこと。
グランド・マザーが座している地球、人類の聖地の中心でも。
唯一、人間が生きてゆける場所、ユグドラシルの中であっても。
(……どうせ、マザーは気付くまい……)
「キース」が何を意図しているのか、何故、回線を遮断したのか。
今日まで「真面目に」生きて来たから、機械は微塵も疑いはしない。
「キース・アニアン」が裏切るなどは。
彼らが無から作った生命、「理想の子」が反旗を翻すとは。
(…ミュウどもが、地球に降りたのだからな…)
それに備えての考え事でもするのだろう、とマザーは思っていることだろう。
その目や耳を塞がれても。
「キース・アニアン」に指図するための、口さえ塞いでしまわれても。
(…これでいい…)
完璧だな、と部屋を確認してゆく。
残った監視カメラは無いかと、他の設備も停止させたかと。
この瞬間から明日の朝まで、「此処」は無人でなくてはいけない。
警備兵さえ下がらせてあるし、セルジュにも「来るな」と命じておいた。
グランド・マザーを「黙らせた」のも、その一環。
これからしようとしていることを、知られるわけにはいかないから。
全て終わるまで、隠し通さねばならないから。
フウと息をつき、執務机の前に座って考える。
部屋の白い壁の一点を見詰め、「どう始めるのがいいのか」と。
国家騎士団総司令として、元老として、何度もこなして来た「演説」。
人の心を掴む術なら、幾度となく披露し続けて来た。
(…それも機械が教えたことか…)
私自身が知らない間に…、と歪める唇。
E-1077の水槽の中に浮かんでいた頃、流し込まれた膨大な知識。
「人類の指導者」になるために。
こうして国家主席となって、人類を導き続けるために。
(だが、生憎と…)
もう導いてはゆけないのだ、と限界を思い知らされた。
いくら「キース」が努力しようと、「歴史の流れ」に逆らえはしない。
時代遅れのグランド・マザーは、「出来る」と考え続けていても。
「それが正しい」と機械が思っていようと、叶わないことは存在する。
「終わりの時」は、もう見えているから。
グランド・マザーが気付かなくても、それは機械のプログラムのせい。
「そう思考する」ことが無いよう、グランド・マザーは作られたから。
どれほど矛盾を抱えていようと、「彼女」は疑問に思いもしない。
「ミュウは宇宙から排除すべし」と唱えながらも、「ミュウ因子を排除できない」こと。
本当に排除したいのだったら、ミュウ因子を排除すればいいのに。
そうすればミュウは「生まれて来ない」し、いずれ自然に消え失せるのに。
(……ミュウ因子の排除は、不可能なのだと……)
長い間、ずっと信じて来た。
因子が特定できていないか、あるいは排除が困難なのか。
DNAの「造り」によっては、そういったことも起こり得る。
特定の因子を排除した場合、高いリスクを伴うだとか。
「ミュウは生まれて来なくなっても」、「人類」という種族の衰退を招きかねない危険。
そう、「ミュウ因子の在り処」によっては、そういうこともあるだろう。
「生命」と密接に絡んでいるなら、リスクがあっても「残しておかざるを得ない」ケースが。
事情はどうあれ、「グランド・マザーにも不可能なこと」がミュウ因子の排除。
そうだとばかり思って来たのに、先日、伝えられた真実。
「ミュウ因子の排除」は、「してはならないこと」だった。
グランド・マザーが作られた時に、そうプログラムが施されて。
「生まれて来るミュウ」は排除できても、「ミュウの因子」は排除できない。
何故なら、彼らは「進化の必然」、その可能性があったから。
「人類」の次の時代を担う種族が「ミュウ」だとしたなら、因子は排除してはならない。
ヒトという種族を残してゆくには、「彼ら」が必要なのだから。
宇宙から「ミュウ」を抹殺したなら、「ヒト」の未来は無くなるから。
(……SD体制に入る前から、ミュウは存在していたのだ……)
それも実験室の中でも、何体ものミュウが生まれるほどに。
ミュウの因子を残すか否かで、研究者や政治を担う者たちが、会議を重ねて悩んだほどに。
(…そうして彼らが悩んだ結果が、グランド・マザーだ…)
彼らは「答え」を先延ばしにした。
自分たちの手で答えを出さずに、遠い未来にツケを残した。
「ミュウは排除すべし」というプログラムと、「ミュウ因子の排除は不可」なプログラム。
相反する「二つの指令」を詰め込み、グランド・マザーを起動して去った。
遥かに遠い未来のことなど、彼らは「生きて」見はしないから。
そうでなくても「SD体制に入った世界」に、彼らの居場所は何処にも無い。
生まれて間もない赤子までもが、「それまでの世界」と共に滅びていったのだから。
彼らが去って行った先では、「滅びる」以外に道は無かった。
「人工子宮から生まれた人間」だけが、宇宙で生きてゆくのだから。
それ以外の者は受け入れられない、それがSD体制だから。
(…自分たちには関係ない、と先送りにして逃げたのだろうが…)
そうやって「逃げた」結果が「これ」だ、と「自分の運命」を呪いたくなる。
増え続けるミュウに業を煮やして、機械が作った「キース・アニアン」。
「無から作った理想の子」ならば、人類を上手く導くだろうと。
どんなに困難な時代だろうと、懸命に舵を取り続けて。
(……精一杯、舵を取ったのだがな……)
それでも歴史に勝てはしない、と「ヒト」だからこそ分かること。
機械には、「それ」が分からなくても。
矛盾しているプログラムにさえ、自ら気付くことは無くても。
(…ミュウは結局、進化の必然だったのだ…)
SD体制に入って以来の、六百年近い時間をかけて行われた「賭け」と「実験」。
ミュウは進化の必然なのか、それとも、ただの異分子なのかと。
「答え」なら、とうに出ていると思う。
グランド・マザーが何と言おうと、「人類」がどう考えようと。
現に「彼ら」は「地球まで来た」。
たった一隻の母船で始めた、戦いの末に。
「モビー・ディック」の異名そのまま、「負けを知らない」白鯨に乗って。
こうなった以上、「幕を下ろす」しかないのだろう。
「人類」の時代は終わりにして。
グランド・マザーを頂点とするマザー・システム、そちらの方を「排除して」。
「ミュウの因子」を排除できない「機械」では、もう導けはしない。
これから先の「ヒトの時代」も、未だ蘇らないままの聖地も。
(…私が幕を下ろすというのが、なんとも皮肉な話だが…)
そうは思っても、これも「キース」の役割だろう。
国家主席にまで昇り詰めたから、知り得た「真実」。
歴史は「ミュウの時代」に向かって、流れを変えてゆきつつあること。
今ならば、まだ「間に合う」から。
「人類」が「ミュウ」に滅ぼされる前に、共存の道を選択できる。
上手く舵さえ取ってやったら。
頑なに考えを変えない人類、「ミュウを敵視する」者たちを変えてやったなら。
手遅れになってしまわない内に、「キース」はそれをせねばならない。
「人類は、ミュウと手を取り合え」と、皆に話して。
グランド・マザーは時代遅れの機械なのだと、筋道立てて説明して。
(…どう始める?)
どういう言葉で始めるべきか、カメラの前で考えてみる。
「グランド・マザーからは切り離された」カメラと、録音用のマイク。
今から収録するメッセージは、グランド・マザーに知られはしない。
「キース」が何を話していようと、メッセージを何処へ送ろうとも。
(……一個人、キース・アニアンとして……)
話をしたい、と言えばいいのだろうか、と組み立ててゆく「演説」の中身。
国家主席として話すよりかは、「キース」個人の方がいいか、と。
(…それから…)
これもだ…、と机の端末を操作してゆく。
メッセージの収録が終わったら直ぐに、送信準備に入れるように。
「キース」に何かあった時にも、メッセージが宇宙に流れるように。
(……ミュウの女が、私を殺しに来るだろうしな……)
伝説のタイプ・ブルー・オリジンの仇を、「あの女」が討ちに来ることだろう。
殺されてやってもいいのだけれども、メッセージは送信されねばならない。
それが「キース」の、最後の仕事になるだろうから。
「ヒトの未来」が、それにかかっているのだから。
(……圧縮データを、スウェナ・ダールトンに送信……)
自分の手で送信できない時には、この時間に…、と淡々と機械に出してゆく指示。
グランド・マザーの目も耳も口も、塞がれた場所で。
明日の朝には「キースの死体」が、其処に在るかもしれない部屋で…。
ヒトの未来へ・了
※キースが収録していたメッセージ。あれは「いつ、何処で」撮ったんだ、と疑問なわけで…。
「ユグドラシルだ」と思ってはいても、ハレブルでしか書いていなかったっけ、と。