(…みんな、幼いね…)
本当に幼い、とシロエが浮かべた皮肉っぽい笑み。
キースが講義を受ける教室、其処を覗きに来たのだけれど。
次の時間は、講義の予定が入っていない。
だから敵情視察とばかりに、「キース」の様子を窺いに来た。
キースの全ての講義予定は、事前にきちんと掴んでいる。
これから始まるものについても、とうに下調べを終えていた。
階段状の大きな教室だけれど、全ての席を埋められる数の生徒はいない。
最上級生ともなれば、既に幾つもに「ふるい分けられた」後だから。
「大きな教室で揃って講義」は、まず無いこと。
(…キースがいるような教室だから…)
もっと期待をしていたのにな、と軽い失望感さえ覚える。
顔ぶれは皆、エリートばかりで、「出来の悪い生徒」はいないだろう、と。
どんな生徒が揃うものかと、楽しみにしてやって来た。
「物陰に隠れて」だけれど。
キースでさえも、「シロエがいた」とは気付かなかった筈。
入口付近の柱の陰まで、誰も覗きはしないだけに。
(……最上級生ね……)
ガッカリだよね、と零れる溜息。
教室の後ろでキスを交わしていた、候補生同士の一組のカップル。
キースが彼らを窘めるなり、二人とも「その場」を去ってしまった。
(…あの教室にいたんだったら、講義を受ける予定の筈なのに…)
教室を去って行ったのならば、サボタージュ。
つまり講義を受ける気は無くて、今日、抜けた分は失点になる。
場合によっては、マザー・イライザからの「コール」があるかもしれない。
彼ら二人の行いについて。
エリートとしての自覚があるかどうかを、厳しく問い詰められもして。
それが分からないわけもないのに、二人して逃げて行ったカップル。
なんとも幼い考え方で、「呆れた」としか言いようがない。
あれでもエリート候補生かと、「本当に、最上級生なのかな?」などと。
そのカップルにも呆れたけれども、それ以上に呆れさせられたこと。
教室の真ん中あたりの座席に、何人か群れていた者たち。
(……海賊放送……)
彼らは「それ」を観ていたらしい。
本来は講義で使う端末、勉強のためのモニター画面を覗き込んで。
(ライブ中継ね…)
海賊放送にライブも何も…、と可笑しくなる。
「そういったもの」を観ている時点で、その人間の器量が知れる。
エリート候補生となったら、海賊放送は忌むべきもの。
いつかメンバーズに選ばれたならば、撲滅に励むべき対象。
SD体制が敷かれた宇宙で、システムは「守られなければならない」。
どんな些細な「違法行為」でも、「蟻の穴から堤が崩れる」こともある。
本物の宇宙海賊はもちろん、海賊放送も許されはしない。
「それ」を使って、何をしでかすか分からないから。
上手く人々を扇動したなら、反乱や暴動を引き起こすことも可能だから。
(…基本の中の基本なのにね…?)
自分のように反抗的な候補生なら、海賊放送が似合いだろう。
宇宙の何処かで燻る火種に、アンテナを立てておくことだって。
いつか自分の役に立つ日が、けして来ないとは言い切れない。
(…メンバーズの道を、行かなくたって…)
この忌々しいSD体制を倒せるのならば、海賊にだって身を投じる。
「セキ・レイ・シロエ」の頭脳があったら、その辺の宇宙海賊どもを…。
(……正規軍にだって負けないくらいの、立派な戦闘集団に……)
仕立て上げることも可能なのだし、そういう道も「無い」ことはない。
「選ぼう」と思わないだけで。
海賊としての道を行くより、メンバーズになる方が早道。
いつの日か宇宙の頂点に立って、このシステムを壊すには。
憎い機械に「止まれ」と命じて、奪われた過去を取り戻すには。
そうだと自分でも分かっているから、海賊放送を「観る」ことは無い。
観れば失点を増やすだけだし、自分の不利益になるのだから。
そんなことさえ考えないで、海賊放送を観ていた者たち。
あれでも最上級生なのか、と同じ候補生として情けない限り。
しかも「彼ら」の方が年上で、メンバーズに近い位置にいるのが腹立たしい。
「キースと同じ教室にいる」なら、そこそこの成績の持ち主ばかり。
(……サム先輩も一緒にいたけど……)
見た目は冴えない「サム」にしたって、きっと取り柄があるのだろう。
「キースの友達」が務まるのならば、一つくらいは優れた点が。
評判はまるで聞かないけれども、「マザー・イライザの目から見たなら」素晴らしい点が。
(…機械の評価は分からないしね?)
サムの私生活が評価されたか、あるいは人物評なのか。
入学直後に起こった船の衝突事故で、「キース」と二人で救助活動をしたという「サム」。
それで高評価なのかもしれない。
「キース」と同じ講義のクラスに、立派に在籍出来るくらいに。
(……そっちの方はいいんだけどね……)
カップルで授業をサボる生徒や、海賊放送に興じる生徒。
まだ一年目の「自分」が見たって、とても模範にはならない「彼ら」。
「幼いね」としか言いようがなくて、「下級生」の身が悲しいだけ。
あんな者たちより、自分の方が遥かに有能な生徒だろうに。
「四年間、E-1077で学ぶこと」という規則が無ければ、代わりに卒業したいほど。
あのガランとした大教室に、自分も籍を置くことにして。
短期間で彼らに追い付き、追い越し、卒業までに必要な単位を取得して。
(……だけど、まだまだかかるんだ……)
マザー・システムは絶対だから、教育を受ける期間も「絶対」。
四年の所を二年にするとか、一年で終えることは出来ない。
どれほど優秀な生徒でも。
「キース」でさえもが、今が四年目なのだから。
E-1077始まって以来の秀才だろうと、四年の期間を短縮出来はしないから。
(……腹が立つよね……)
幼いとしか言えない者たち、「彼ら」に後れを取るなんて。
今から三年以上も経たない限りは、「あの教室」に入れないなんて。
その日の夜を迎えてからも、消えてくれない腹立たしさ。
どうして「幼い」彼らに負けねばならないのか。
ただ「年齢が足りていない」だけで、E-1077に縛り付けられるのか。
一日も早く、メンバーズの道を歩みたいのに。
地球の頂点に立つ「国家主席」になる日を目指して、一直線に駆けてゆきたいのに。
(……海賊放送を観ていたような奴らが……)
先にその道を行くかと思うと、悔しいばかり。
マザー・イライザにコールされても、「彼ら」の成績が良かったならば、「お叱り」だけで。
(…ぼくは、あんなモノ…)
あんな所で観やしない、とハッキリと言える。
大教室に備え付けの端末、それで観るなど愚の骨頂。
「誰が、その席に座っていたか」は、マザー・イライザに筒抜けだから。
端末を操作していた事実も、海賊放送を観ていたことも。
(同じ観るなら、この部屋で観るよ)
マザー・イライザに知られないよう、個室の端末に細工をして。
海賊放送を受信していても、「全宇宙帯域で放送中」の何かを観ているかのように。
(…ぼくなら、そうする…)
でも…、と今になって思い出した。
「幼いね」と彼らを笑ったけれども、「彼ら」が観ていたのは何だったかを。
「UFO?」などと、賑やかに騒ぎ立てながら。
(……宇宙鯨……)
噂には聞いたことがある。
未確認の飛行物体が宇宙鯨で、その正体は誰も知らない。
異星人の船だと言う者もあれば、未知の生命体だとも。
(…ぼくは一度も見ていないけど…)
海賊放送を「観ていた」彼らは、あの時、宇宙鯨を見ていた。
「遭遇した者は、一人残らず死ぬ」と噂の鯨を。
別の噂では、「目撃すれば願いが叶う」と、まるで逆でもあるモノを。
(……宇宙に、鯨がいるわけが……)
無い、と、どうして言い切れるだろう。
異星人の船にしたって、どうして「無い」と言えるのだろう。
それを話題にしていた「彼ら」を笑ったけれども、「自分」の方はどうなのか。
今もピーターパンを探して、ネバーランドを夢見る自分。
子供時代に戻れるのならば、ピーターパンと「飛んでゆきたい」と。
E-1077に朝があるなら、ネバーランドに行けるのに、と。
(…二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ…)
すらすらと空で言えるくらいに、覚えてしまった「ネバーランドへ行く方法」。
「此処には本物の朝が無いから、ネバーランドにも行けやしない」と思う自分。
夜空の代わりに「宇宙」があるから、「ピーターパンは飛んで来られない」とさえも。
(……ぼくだって……)
今日の「彼ら」とは違う所で、きっと遥かに幼いのだろう。
ピーターパンを、ネバーランドを忘れない上に、今も求めてやまないのだから。
(…宇宙鯨を見れば、願いが叶うなら…)
あの時、笑わずに「観に行けば」良かっただろうか。
上級生たちの後ろに立ったら、画面に「それ」を見られたろうに。
「ぼくを、パパやママたちの所に帰して」と、願いをかけられただろうに。
(……失敗したかな……)
ぼくはチャンスを逃したろうか、と悔やんでも、もう「鯨」はいない。
ライブ放送の画面はダウンしてしまって、次に観られる日がいつ来るのかも分からない。
(…海賊放送は、観ないけれども…)
宇宙鯨を見れば良かった、と涙がポタリと落ちる。
一つ、チャンスを逃したから。
目撃すれば願いが叶う鯨を、「幼いね」と鼻で笑って、見ないで終わってしまったから…。
見損ねた鯨・了
※宇宙鯨の話題が出ていた、キースの教室。後ろでシロエが覗いていたんですよね…。
「みんな、幼いね」と立ち去りましたけど、シロエの方はどうなのかな、というお話。