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左手の罪

 前方を飛んでゆく宇宙船。
 キースの目に映る、それは大きな船ではない。
 乗員は多くて六人くらいか、そういう小型の船ではある。
 けれど、見逃すわけにはいかない。
 メンバーズとして受けた任務は、必ず遂行せねばならない。
 出来得る限り、迅速に。
 自分一人で処理出来るのなら、近隣の基地からの援軍などは頼りにせずに。
 もちろん、同じメンバーズが乗る僚船も。
 共に出撃した仲間たちも、頼りにしてはいられない。
 他の誰かの手を借りるなどは、自分の評価を下げるだけのこと。
 更に言うなら、手を貸した者に評価を与える結果になって。
(…たかが一機だ)
 どれほど逃げ足が速かろうとも、この宙域から逃しはしない。
 「キース・アニアン」が見付けた以上は、必ず、あの船を仕留めてみせる。
(全ては我らの偉大な母、グランド・マザーの導きのままに…)
 何度、この言葉を口にしたろう。
 乗り込んだ船のブリッジで号令したこともあれば、今のように自分の心の中でも。
 本当に「そう」思っていようが、思っていまいが。
 メンバーズとして受けた教育、その過程で叩き込まれた言葉。
 宇宙の秩序を、SD体制を、地球を守り抜くのが選び抜かれたメンバーズ。
 グランド・マザーの導きのままに。
 人類の聖地、地球に据えられたコンピューターが命ずるままに。
 前方をゆく船を「撃ち落とす」ことが、自分の使命。
 今回の任務。
 慣れた手つきで、左手が勝手に動いてゆく。
 利き手の右手は操縦桿を握っているから、此処から先は左手の役目。
 親指を軽く動かしてやれば、前方の船に照準が合う。
 ロックオンされた印が出たなら、また親指で操作してやる。
 撃墜に向けてレーザー砲へと、船の出力を回すために。


 もう何度となく繰り返した手順。
 宇宙船が飛んでいる位置は遥か彼方で、肉眼では光しか見えない。
 けれども、ロックオンした画面は、宇宙船を大きく映し出している。
 肉眼では小さな光だとしか捉えられない、船のエンジンが曳く光の尾も。
(この私から逃れられると思うのか?)
 出会った相手が悪かったな、とレーザー砲の発射ボタンを押し込んだ。
 さっきから踏んだ手順の続きで、左手の親指だけを使って。
 そうして、前方で砕け散った船。
 弧を描くように広がる光と、目には見えない衝撃波と。
 その瞬間に、ハッと気付いた。
 自分が何を撃ったのか。
 「グランド・マザーの導きのままに」撃った船には、誰がいたのか。
(……シロエ……!)
 何故だ、と心で上げた絶叫。
 どうしてシロエの船を撃ったのか、自分は何をしでかしたのか。
 メンバーズとしての任務ならばともかく、それを外れて。
 反乱分子でもなく、海賊でもない、シロエの船を撃ち落とすなど。
(…嘘だ……!)
 これは何かの間違いだろう、と気が狂いそうな気持ちになった所で目が覚めた。
 首都惑星、ノアの一室で。
 国家騎士団総司令として与えられている、個室のベッドで。
(……夢か……)
 今、見ていたのは夢らしい。
 それも遠くに過ぎ去った過去で、とうの昔にシロエは「いない」。
 夢の自分がやった通りに、彼が乗る船を落としたから。
 E-1077から、練習艇で宇宙へ逃げ出したシロエ。
 彼の船を追って、撃ち落とした。
 グランド・マザーの導きではなく、マザー・イライザの命令で。
 船に届いたイライザの声が、「撃ちなさい」と命じるままに。


 あれから長い時が流れて、もう何人を殺したことか。
 「冷徹無比な破壊兵器」と呼ばれる異名は、ダテではない。
 敵が反乱軍であったら、容赦なく殺す。
 まして人ではないミュウとなったら、星ごと全てを焼き尽くすことも厭わない。
 心の中では、それに疑問を感じていても。
 「本当に、ミュウは異分子なのか」と考え込む日が、たまにあっても。
(…シロエは、実はMのキャリアで…)
 ミュウだったのだ、と後になって知った。
 E-1077が廃校になったと聞いた噂と、相前後して。
 ミュウは人類の敵だけれども、シロエは「そうは思えなかった」。
 システムに反抗的だというだけ、マザー・イライザに逆らい続けただけ。
 他には何もしてなどはいない。
 彼が敵なら、E-1077は無事では済まなかったろう。
 「ミュウのスパイ」として潜入したわけでは、なかったとしても。
 ただ一人きりのミュウとして来て、孤独な日々を送っていても。
(…同じミュウでも、マツカは大人しいのだが…)
 シロエの方は違っていた。
 「機械の申し子」と呼ばれた「キース」に、敵意むき出しで挑んで来た。
 あの激しさをシステムの方に向けていたなら、彼はテロリストだったろう。
 「キース」の成績を抜き去るほどの、優れた頭脳の持ち主ならば。
 フロア001、進入禁止区域を探って、入り込んだほどの者だったなら。
(…あそこで私の出生の秘密を探る代わりに…)
 破壊活動に向かっていたなら、E-1077は、後に「自分」が処分に赴くまでもなく…。
(シロエのお蔭で、木っ端微塵に砕かれていたことだろうな)
 あちこちに仕掛けられた爆弾、それが同時に起爆して。
 エネルギー区画も、マザー・イライザのメモリーバンクも、一瞬の内に破壊されて。
 爆発の中で、シロエは笑っていたろうか。
 それとも、一人、船で逃れて、まだ見ぬ地球へ向かったろうか。
 あの日、シロエが「そうした」ように。
 武装していない船で、ただ一人きりで、暗い宇宙へ逃げ出したように。


 けれど、そうなりはしなかった。
 シロエはE-1077を壊してはおらず、皆の記憶から「消された」だけ。
 「キース・アニアン」の出生の秘密を知っただけ。
 そう、「暴いて」さえいなかった。
 「キースが何者なのか」を知っても、シロエは誰にも話してはいない。
 その場で保安部隊に捕まり、連行されてしまったから。
 「キース」本人に出会った時にも、「フロア001」と叫んだだけ。
 其処に何があるか明かしはしないで、「忘れるな」と伝えて、それで終わった。
 踏み込んで来た保安部隊の者たち、彼らに意識を奪い去られて。
(…シロエは、ミュウには違いなくても…)
 人類に対して不利益なことは、ただの一つもしていない。
 あの「マツカ」でさえ、ソレイドで初めて出会った時には、明確な殺意を向けたのに。
 自分の身を守るためだとはいえ、彼は「キース」を殺そうとした。
 力及ばず、逆に倒されてしまったけれど。
(そういう意味では、マツカの方が危険なミュウで…)
 シロエは人畜無害なミュウ。
 それを「殺した」のが自分。
 シロエなどより遥かに危険な、「マツカ」は今も生きているのに。
 それも「キースの側近」としてで、ミュウの力を「人類のために」使い続ける日々なのに。
(……シロエが何をしたというのだ……)
 何故、殺されねばならなかったのだ、と何度考えても、答えは出ない。
 あえて言うなら、「そういうプログラムだったから」。
 マザー・イライザが作った「人形」、「キース・アニアン」の生育のためのプログラム。
 理想的な指導者としての資質が開花するよう、シロエは「連れて来られた者」。
 キースと競ってライバルになって、最後はキースに殺されるために。
(…テロリストならば、まだ分かるのだがな…)
 シロエを消さねば、皆の命が危ういのなら。
 E-1077の危機だと言うなら、「シロエ」を殺す意味はある。
 なのに、そうではなかったシロエ。
 「Mのキャリア」であったことさえ、「マツカ」がいる今は、脅威でさえもないのだから。


 こうして歳月を経てゆくほどに、ますます分からなくなってゆく。
 シロエの船を落としたことは、本当に正しかったのか。
 Mだとはいえ、何の罪も害も無かった人間、それを「自分」が殺したのでは、と。
(……シロエの他にも、大勢の者を殺して来たが……)
 さっき見ていた夢の通りに、任務で殺した人間の数は数え切れない。
 反乱軍の船なのだからと、端から追尾して撃墜して。
 それが飛び立つ前の基地にも、幾つものミサイルを撃ち込んだりして。
(…殺した奴らの数は多いが…)
 ミュウの長まで殺したのだが、とソルジャー・ブルーを思い浮かべる。
 危険極まりなかったミュウ。
 あれほどの弾を撃ち込んでみても、「彼」は単身、メギドを沈めた。
 ああいう「危険なミュウ」だったならば、シロエも殺すしかなかっただろう。
 放っておいたらテロリストになり、E-1077を破壊し尽くす者だったなら。
(…しかし、シロエは…)
 本当に何もしてはいない、と他ならぬ「自分」が知っているから、忘れられない。
 生まれて初めて「殺した人間」、それが「罪もない」シロエなこと。
 マザー・イライザが、ああして仕組まなければ、友になれたかもしれないのに。
 何処かでピースが狂っていたなら、シロエもマツカと同じに「生き延びた」ろうに。
(…そういうシロエを殺したのが、私で…)
 それをしたのが、この左手だ、と眺める親指。
 レーザー砲の照準を合わせて、エネルギーを回して、発射ボタンを押し込んで。
 同じ手順は、もう何度となく繰り返したけれど…。
(…相手は反乱軍の船や、海賊ばかりで…)
 誰が聞いても「悪人だ」と思う者ばかり。
 殺されても仕方ない者ばかりで、シロエだけが「そうではなかった」者。
(……私は、立派な人殺しだな……)
 たとえMでも、シロエに罪は無かったから、と自覚している左手の罪。
 この手は「人を殺した」から。
 マザー・イライザが命じたとはいえ、罪もないシロエが乗っている船を落としたから…。

 

            左手の罪・了

※システムに反抗的だったのがシロエで、結果的にキースに撃墜されたわけですが…。
 具体的な罪状は不明で、逃亡したというだけのこと。殺されるほどのことはしていない…。










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