(……うーん……)
こういった生き物もいるのだった、とソルジャー・ブルーが零した溜息。
青の間のベッドで観ていた映像、アルテメシアで人類が放映している番組の一つ。ミュウの船は娯楽が少ないからして、こんな具合に傍受して流すニュースやドラマ。
ソルジャー・ブルーが眺めていたのは、愛らしい動物たちの紹介番組。心癒されるからと、よく観るもの。今日の主役は鴨なのだけれど…。
(…刷り込みというのを忘れていたな…)
仕方ないが、と見詰める画面は、飼育係の後ろをチョコチョコ歩く雛たち。
鴨だけに限らないのだけれども、「刷り込み」と呼ばれる現象がある。卵から孵化して、最初に目にした「モノ」が「親だ」と思い込むこと。
飼育係の人間だろうが、たまたま居合わせた犬であろうが、それが「親」。まるっと親だと思う雛たち、「本物の親」には見向きもしない。「初めて出会った」モノを親だと信じたままで。
(……ぼくとしたことが……)
三百年以上も生きたくせに、とブルーは悔やんでも悔やみ切れない。
人類の放送を傍受し続け、何度この手の映像を鑑賞して来たことか。刷り込みで「親だ」と思い込む雛も、「思い込まれて」雛の世話をする犬や猫なども。
本当だったら、ヨチヨチ歩きの雛鳥なんかは、犬や猫から見たなら「餌」。
けれども、「親だ」と思われた場合、「育て始める」こともある。毛繕いならぬ、羽繕いまでも舌でしてやって、自分の毛皮を寝床代わりに使わせもして。
(…鴨の雛でも、こうなんだから…)
ぼくも頑張れば良かったんだ、とブルーは後悔しきり。
何故かと言うに、只今、船で何かと話題のソルジャー候補。ジョミー・マーキス・シンが問題。
彼は「ブルーの後継者」なのに、大変な暴れ馬だった。船から逃げて行ったくらいに。
今でこそ観念したようだけれど、そうなるまでが長かった上に…。
(…ジョミーを追い掛けて、成層圏まで飛んで行ったから…)
ブルーも半殺しの目に遭ったわけで、未だ本調子ではない身体。寿命のことは抜きにしたって。
もしもジョミーが「鴨の雛」よろしく、ブルーに懐いていたならば…。
(同じように船に連れて来たって…)
流れは全く違った筈だ、とヒシヒシと思う。
成人検査を妨害した時点で、既に違っていただろう出会い。刷り込みが起こっていたならば。
失敗だった、とブルーが悔やむ「刷り込み」のこと。
ジョミーのことなら、生まれた時から「ずっと」見て来た。
正確に言うなら、人工子宮から外に出されて、養父母たちの家に来た時。アタラクシアで感じた「強い思念」に引かれて「見付けた」赤ん坊。
(あの時から、何度も思念体になって…)
ジョミーを眺めに行ったわけだし、もっと捻っておけば良かった。
養父母たちの隙を狙って、「幼いジョミー」に接触しては、「悪い人じゃない」と覚えて貰う。夢の世界に入り込んで行って、「一緒に遊ぶ」という手もあった。
(そうしておいたら、ジョミーは、ぼくにすっかり懐いて…)
「夢の中でしか会えない人だ」と思っていたって、きっと嫌いはしなかったろう。鴨の雛たちの刷り込みよろしく、「この人も親だ」といった具合で。
ジョミーが「親だ」と思い込んでいたら、成人検査を妨害した時も、嫌われる代わりに、助けに来たと分かって貰えた。「あの人だよ!」と、顔を輝かせたりもしてくれて。
そうやってジョミーを救っていたなら、「家に帰せ」とも言われてはいない。
(…ぼくがジョミーの「新しい親」で…)
次期ソルジャーに指名したって、文句の一つも無かっただろう。
ジョミーは進んで訓練を受けて、「次期ソルジャー」を目指した筈。シャングリラで出会った、「新しい親」が「そう言う」のなら。
(……思い付きさえしなかったなんて……)
つくづく馬鹿だ、とブルーの嘆きは尽きない。
「刷り込み」という言葉も、それが起こった結果の方も、映像などでお馴染みだったのに。
おまけに、ブルーは「ソルジャー・ブルー」。
ミュウたちの長で、ただ一人きりの、タイプ・ブルーというヤツでもあった。
ジョミーが船にやって来るまでは、もう本当に唯一無二。それだけにサイオンの方も最強、刷り込みをやってみたいのだったら、いくらでも出来た。
思念体での接触も、夢で出会うという方法も、意識の下に刷り込むことも。
いつかジョミーと生身で会ったら、「親だ」と思って貰えるように。
ジョミーを育てた養父母の代わりに、「今日からは、この人を頼ればいいんだ」と、心の底から信じて貰えて、すっかり懐いてくれるようにと。
一生の不覚、とブルーが悔やんだ、「ジョミーに刷り込み損ねた」失敗。
それでも「ジョミーが可愛い」わけだし、とても大切なソルジャー候補で、後継者。
だからブルーは、その夜、早速、ジョミーを呼んだ。「話があるから」と、青の間へ。
「…何の用です?」
訓練で疲れているんですけど、と仏頂面で現れたジョミー。愛想も何もまるで無かった。
この辺からして、激しく悔やまれる「ジョミーに刷り込まなかった」こと。
きちんと「刷り込んで」おきさえしたなら、ジョミーは「青の間に呼ばれた」だけでも、最高に御機嫌だったろうから。「ブルーに会える」と、犬なら尻尾を振らんばかりに。
(……ジョミーには、ぼくの轍を踏んで欲しくない……)
いつの日か、次のソルジャーを指名するのだったら、ジョミーは「その子」に好かれて欲しい。それがブルーの切なる願いで、ジョミーのためにもなるだろう話。
ゆえに、重々しく切り出した。
「…ジョミー。ぼくの遺言だと思って聞いておきたまえ」
「遺言ですって?」
聞き飽きました、とジョミーは素っ気なかった。取り付く島もない状態。
なにしろ「死ぬ死ぬ詐欺」というのが、ジョミーの「ブルーに対する」評価。養父母の家にいた頃に見せた夢でも、アルテメシアの遥か上空でも、「残り少ない」と告げていたブルーの寿命。
けれど、一向、死にはしなくて、今も現役で「ソルジャー」な人。
それで「遺言」などと言っても、ジョミーの耳には白々しいだけ。「また言い出した」といった感じで、右から左へスルーされても「文句は言えない」のだけれど…。
「いいから、聞いておくんだ、ジョミー。…ぼくのようなことに、なりたくなければ」
「…どういう意味です?」
「今の君だよ。ぼくを嫌っているのは分かるし、それも仕方がないとは思うが…」
負のスパイラルを背負って欲しくはない、とブルーは説いた。
自分の件なら、もう諦めているのだけれども、ジョミーは「同じ道を行くな」と。
次のソルジャーを選ぶ時には、「刷り込み」をやっておくように、と。
「刷り込みって…?」
訝しむジョミーに、ブルーは鴨の雛たちの話を聞かせた。
卵から孵って最初に出会えば、天敵だろうと「親なのだ」と思い込む、鴨の雛たち。ヨチヨチと後ろをついて歩いて、本物の親よりも「好きになる」ほど。
ブルーも「ジョミーに」それをしておくべきだった、と本当に後悔していることを。
ジョミーが「次のソルジャー」を見付けた時には、そうならないよう「刷り込むべきだ」と。
そうは言われても、まだ若いのがジョミー。全くピンと来はしない。
(…なに言ってんだろ…?)
死ぬ死ぬ詐欺の次はコレか、と思った程度で、お義理で「はい」と頷いただけ。少しも真面目に考えはせずに、「遥か未来のことなんか」とサラリ流して。
(ぼくが後継者を探す日なんて、三世紀以上も先のことだよ)
三百年も覚えていられるもんか、というのがジョミーの感想で本音。ブルーの気持ちは、まるで伝わりはしなかった。「ぼくの轍を踏んでくれるな」という「親心」も。
お蔭でジョミーはスッパリ忘れて、やがてシャングリラは宇宙へ出た。長く潜んだ雲海を離れ、アルテメシアを後にして。
それから間もなく、昏睡状態に陥ったブルー。
必然的にジョミーが「ソルジャー」になって、シャングリラは宇宙を彷徨う日々。地球の座標は未だ分からず、人類軍の船に追われて、思考機雷の群れに突っ込んだりもして。
希望も見えない船の中では、人の心も疲弊してゆく。
新しいミュウの子供も来ないし、諦めムードが漂うばかり。
けれど、見付けた赤い星。ジルベスター星系の第七惑星、ジルベスター・セブン。
「赤い星」、そして「輝く二つの太陽」。
フィシスが占った希望と未来に、まさにピタリと当て嵌まる星。
遠い昔に破棄された植民惑星なのだし、人類も来ないことだろう。ジョミーは其処に降りようと決めて、反対意見も、さほど無かった。ゼルがブツブツ言った程度で。
ジルベスター・セブンは、フィシスに「ナスカ」と名付けられた。ミュウの星として。
其処に入植するにあたって、もう一つあった大きな目的。
「ミュウの未来を築いてゆくこと」、すなわち、SD体制の時代には無い「自然出産」で子供を産み育てること。
たとえ倫理に反していようが、非効率的な手段だろうが。
そして最初の「命」を宿したのがカリナ。何ヶ月か経てば「子供」が生まれる。
(……男の子なんだ……)
元気な子供が生まれるといいな、とジョミーは思った。
ミュウは何かと虚弱な種族で、「何処かが欠けている」のが普通。ジョミーは例外中の例外。
そんな種族では「未来が無い」から、生まれてくる子は「健康で強い子供」がいい。ジョミーは心からそれを望んで、「そうなるといい」と願い続けて、ある日、気付いた。
ずっと昔に、ソルジャー・ブルーが「遺言だ」と告げた、鴨の子の話。確か、刷り込み。
(…卵から孵って、最初に見たものを親だと思って…)
人間だろうが、犬猫だろうが、懐きまくるのが鴨の雛たち。後ろをヨチヨチついて歩いて。
ブルーも「それをするべきだった」と、あの日、滾々と聞かされた。
いずれジョミーを「船に迎える」なら、幼い頃から「刷り込んでおいて」、懐くようにと。
(…カリナが生む子が、強い子だったら…)
ソルジャー候補は、まるで必要ないのだけれども、いつか役立つ日が来るかもしれない。人類と戦う時が来たなら、戦力として。
(そうなってくると、ブルーが言っていたように…)
刷り込んでおくのがいいのだろう。
生まれてくる子の本当の親は、カリナとユウイ。SD体制始まって以来の、本物の「親」。
彼らが子供の「親」になるなら、刷り込むには「親」になるよりも…。
(…親よりも上の立場の方が、もう絶対に有利だよね?)
「親の親」だと「おじいちゃん」か、とジョミーは大きく頷いた。「それでいこう」と。
ただ、「おじいちゃん」という言葉は「嬉しくない」。
今も昏睡状態の「ジジイ」、ブルーでさえも「おじいちゃん」と呼ばれはしない。
(…おじいちゃん、って意味の言葉で、もっと響きがマシなのは…)
無いだろうか、とジョミーは懸命に調べまくって、「グランパ」という言葉を見付けた。意味は「おじいちゃん」そのものだけれど、これならダメージ低めではある。
カリナが生む子に、「グランパ!」と呼び掛けられたって。
「おじいちゃん!」と懐かれるよりは、断然、そっちの方がいい。「グランパ!」の方が。
(……よーし……)
頑張るぞ、とジョミーが固めた決意。「刷り込まなくちゃ」と。
ジョミーはせっせとカリナを見舞って、名前も無い胎児に思念を送った。「グランパだよ」と、「生まれて来たら、ぼくと一緒に遊ぼう」などと。
その子が無事に生まれた後には、「トォニィ」と呼び掛け、抱っこもして。
ジョミーの努力は立派に実って、喋れるようになったトォニィは…。
「グランパ!」
大好き、と見事に「懐いた」わけで、鴨の雛のように「ジョミーに夢中」。
実の両親が側にいたって、ジョミーの方にトコトコ歩いて来て。「グランパ!」と呼んで。
こうしてジョミーは、トォニィの「グランパ」になった。
遠い昔にブルーから聞いた、「刷り込み」を、きちんと実行して。
タイプ・ブルーの強い子供を、すっかりと「ジョミーに」懐かせて。
これのお蔭で、後に人類は、ミュウに敗れることになる。
トォニィが率いるナスカの子たちは、半端ない戦力だったから。揃いも揃って最強の子で。
しかもトォニィの「グランパ」はジョミー、どんな命令でもトォニィは「聞く」。
鴨の雛と同じで、実の親よりジョミーが「大好き」なのだから。
ジョミーが一言「やれ」と言ったら、降伏して来た人類軍の船も、平然と爆破するのだから…。
最初が肝心・了
※アニテラでは、全く語られなかった「グランパ」の由来。トォニィがジョミー好きな理由も。
だったら「仕掛け人」はジョミーでもいいじゃない、というお話。刷り込み、最強。