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紅茶党の男

「…テーブルに紅茶を用意しておきました」
 その声に、キースは目を剥いた。もう、文字通りに。
(紅茶だと!?)
 有り得ん、と受けてしまった衝撃。メンバーズなのに、頭にガツンと。
 ジルベスター星域での事故調査のために、このソレイドまでやって来た。直ぐにでも出発したいほどなのに、船の用意が整うまでは足止めで…。
(…しかも紅茶か…!)
 何故だ、と頭が真っ白だけれど、優先事項は「それ」ではなかった。
(この青年…)
 Mか、と既に見切っている。「紅茶を用意しておきました」と告げた、ジョナ・マツカ。此処に配属されたばかりだと、自己紹介をしてはいたものの…。
(…Mのスパイか…?)
 こんな辺境星域に、と思いはしても、ジルベスター星系から「一番近い」軍事基地がソレイド。人類軍の動きを探りに、Mが潜り込んでいても不思議ではない。
 だから、「わざわざ」読ませた心。拳銃を床に「落とした」上で、ミュウのマツカに。
 それから後は、もうゴタゴタで、けれど、何故だか起こした気まぐれ。「生かしておこう」と。
 そのマツカには「更に一発」、衝撃弾を見舞っておいたけれども。
(……しかしだな……)
 撃つ前に「替えさせて」おけば良かった、とキースが見詰めるテーブルの上。
 其処に置かれたティーポットにカップ、シュガーポットやミルクピッチャーまでが揃っていた。今の気分は「コーヒー」なのに。そうでなくても、こうした場所で出て来るのなら…。
(……普通、コーヒーなのだと思うが……)
 まるで分からん、と「通用しない」らしい常識。
 国家騎士団の中に限らず、軍人と言えば「黙ってコーヒー」。男だろうが、女だろうが。
 紅茶なんぞが出る筈もなくて、現に今日まで「見はしなかった」。
 けれど、テーブルに「用意された」ものは、紅茶を飲むための道具一式。ご丁寧なことに、まだ肉眼では見たことが無かった、ティーコジーまでが「ポットに被せてあった」。
 中の紅茶が冷めないようにと、保温しておくカバーが「ソレ」。
 ポットの紅茶が「濃くなり過ぎた」時に「薄める」差し湯も、専用の器にたっぷりと。
 此処が辺境星域の軍事基地とは、誰一人思わないだろう。…テーブルの上だけを眺めたならば。


 なんとも優雅で手荒な「歓迎」。叩き上げのメンバーズに「紅茶を出す」などは。
(…紅茶と言ったら、女どもが飲むか、そうでなければ…)
 軍人などとは違う人種だ、とキースは苦々しいキモチ。
 いわゆる政治家、パルテノン入りして元老になるような輩が「飲む」のが紅茶なるもの。時間に追われていないものだから、それはゆったりと寛いで。
(しかし、私は先を急ぐのだ…!)
 最新鋭の船と、優秀な人材の準備はまだか、とイラついてみても、「辺境には辺境のやり方」というのがあるらしいから…。
(……コーヒーが無いなら、仕方あるまい……)
 紅茶でかまわん、とカップに注いだ紅茶。ポットに被せられたティーコジーを外して、慣れない手つきでトポトポと。
(…何故、辺境で紅茶なんぞを…)
 飲まされるような羽目に陥るのだ、と心でブツクサ。もちろん砂糖を入れてはいない。コーヒーだって「ブラック」なのだし、紅茶に砂糖を入れるわけがない。
(どうにも頼りない味だ…)
 マツカに「二発目」を撃ち込む代わりに、「入れ替えて来い!」と言えば良かった。テーブルの上の紅茶を下げさせ、「コーヒーを淹れろ」と命じていたなら…。
(インスタントのコーヒーにしても、これよりは…)
 まだマシだった、とカップを傾けていると、入室許可を求められた。きっとマツカだ、と思って「入れ」と応えたのだけれど。
「…アニアン少佐。紅茶はお気に召したかね?」
 入って来たのは、ソレイドのトップのマードック大佐。唇に薄い笑みを浮かべて。
「……やはり大佐の御趣味でしたか。この紅茶は」
「もちろんだとも。…これでも私は、上昇志向の強い男なのだよ」
 まずは形から入るべきだ、とマードック大佐はブチ上げた。
 コーヒーなどは「下品な飲み物」、紳士たる者、紅茶を愛してなんぼ。遠い昔の地球で知られた大英帝国、其処では「男も紅茶」だった。「血管の中を紅茶が流れる」と言われたほどに。
 彼らの流儀を継いでいるのが、パルテノン入りを果たした元老たち。
 教育ステーションでの時代からして、日々の暮らしに「生きている」のが紅茶。
 朝一番には、ベッドサイドのテーブルでアーリーモーニングティー。正式には執事が「恭しく」淹れて、主人に供する。これに始まって、夕食の後まで、一日に何度もティータイムだとか。
 仕事中にも、「イレブンジズ」などと、午前十一時に仕事を中断、其処で紅茶を飲むほどに。


(…………)
 なんとも暇な奴らばかりだ、とキースが思った「ティータイム」。
 メンバーズが「それ」をやっていたなら、任務は端からパアだろう。寸秒を争う任務は山ほど、紅茶など飲んでいられはしない。コーヒーが飲めたら、それで上等。
 「やってられるか」と、キースはカップを傾けたけれど…。
「…これはこれは。少佐はご存じないらしい」
 それでは出世も難しいだろう、とマードック大佐は嘆かわしそうに頭を振った。
「……私が何か失礼でも?」
「いや、何も…。君の育ちが、たった今、分かってしまったのだよ」
 下品な男だ、と舌打ちをしたマードック大佐。「昔で言うなら、労働者階級といった所か」と。
(…労働者だと!?)
 今の時代は、そんな区別は無いのだけれども、キースにも知識くらいはあった。大英帝国時代の労働者階級と言えば、下層階級と呼んでもいい。貴族たちに顎で使われるような。
(私が、労働者階級だなどと…)
 この男、とんだ言いがかりを…、とキースは不快感MAX。
 ゆえに無言で睨み付けたら、「これだから、無粋な男は困る」とマードック大佐は、深い溜息を吐き出した。「育ちの悪さが見えるようだよ」と。
「いいかね、君はカップのハンドルに指を通しているがね…」
 そのような持ち方はしないものだ、とマードック大佐の視線は冷たい。
 紳士が紅茶のカップを持つなら、ハンドルは「指でつまむ」もの。けして指など通しはしない。カップが「どんなに」重かろうとも、上品に指でつまんでこそ。
(……指で、つまめと……?)
 馬鹿な、と「それを」試した途端に、ガシャンと落ちていたカップ。
 いつもコーヒーを「マグカップで」飲む、ガサツな軍人が「キース・アニアン」。どっしり重いカップを持つには、ハンドルに指を通すもの。そういう世界で生きて来たから、ティーカップなど「指だけで」持てるわけがない。
「…これはまた…。落とすなどとは、もう論外だよ」
 君の未来が見えるようだ、と嘲笑いながら、マードック大佐は部屋を出て行った。
 「実に楽しい見世物だった」と、嫌味たらしい台詞を残して。


 早い話が、「赤っ恥をかいた」のがキース。
 不慣れな紅茶を「飲まされた」上に、その作法までも「観察されて」。
 パルテノン入りなど「とても無理だ」と暗に言われて、見世物扱いまでされて。
(……グレイブの奴め……!)
 こうなったからには、意地でも「マツカ」を引き抜いてやる、とキースは心に固く誓った。こうなる前から、そのつもりではいたけれど。
(ミュウは何かと役立ちそうだが、その前にだな…!)
 あいつの「紅茶のスキル」が得難い、とキースにも、「もう分かっていた」。
 恐らくマツカは、「そういう教育」を施す場所にいたのだろう。たまたま「軍人向き」の素質を持っていたから、「此処に」配属されて来ただけ。
(本来だったら、パルテノン入りするような連中の…)
 側に仕えて、「紅茶を淹れたりする」のが仕事。
 其処から始めて、順調に出世していったならば、グレイブが言った「執事」の役目を貰えたりもする。朝一番には、主人のベッドサイドで、「目覚めの紅茶」を注げるような。
(なんとしても、マツカを貰わないとな…)
 さっきのグレイブの話からして、「紅茶要員」はマツカの他にもいる筈。「配属されたばかり」だったら、それまでの間、此処の「紅茶にまみれた日々」を支えていたような人材が。
(…私が、マツカを貰った所で…)
 グレイブは困らないだろう、と分かっているから、「貰う」と決めた。
 何かと役立つ「ミュウ」である上に、「紅茶のスキル」を持っているマツカ。きっとマナーにも詳しいだろうし、側に置いたら、「下品な男」らしい「キース・アニアン」も…。
(…じきに立派に洗練されて……)
 コーヒーの代わりに紅茶三昧、そんな男になれるだろう。「血管の中を紅茶が流れている」と、誰もが一目置くような。
(……いずれ、パルテノン入りを果たしたいなら……)
 グレイブなどに負けてはいられん、とキースも「形から入る」ことにした。
 まずは「マツカ」をゲットすること、話はそれから。
 ジルベスターでの任務を終えたら、「ミュウのマツカ」を土産にノアに帰らねば。
 「紅茶を頼む」と注文したなら、サッと紅茶が出て来るように。「下品極まりない」コーヒー党から、貴族社会でも通用しそうな「紅茶党」へと、華麗に変身を遂げられるように。


 かくして、キースが「目を付けた」マツカ。
 彼はキースが睨んだ通りに、「執事などを育てる」教育ステーションの出身だった。けれども、其処での選抜試験。「元老たち」に仕えるのならば、それなりの軍事訓練も要る。
(…その成績は、イマイチだったようだが……)
 軍人になった理由はコレか、とキースは「じきに」知ることになった。
 ジルベスター星系に向けての、連続ワープの最中に。…グレイブが寄越した「新人の兵士」が、軒並み「ワープ酔い」で、呆気なく倒れてゆく中で。
(三半規管が半端ないのか、それともミュウだからなのか…)
 其処は謎だが…、とキースにも分からないけれど、マツカは「酔いはしなかった」。
 この調子ならば、部下としても「使える」ことだろう。「紅茶のスキル」に加えて、連続ワープにも強い人材となれば。
(…今の間に…)
 転属願いを出しておくか、とキースは即断即決。
 ジルベスターにも着かない内から、グランド・マザーに宛てて送った通信。
 「この者を、宇宙海軍から、国家騎士団に転属させたい」と、ジョナ・マツカの名を、キッチリ添えて。「是非とも、私の側近に」などと。
 既に根回しは「済んだ」からして、その後、キースが「ミュウに捕まり」、脱出してからメギドなんぞを持ち出した時は、マツカは「側近」の座に就いていた。
 「ミュウである」ことはバレもしないで、「キース専属の紅茶係」として。
 コーヒーばかりの「軍の世界」で、それは優雅に「紅茶の用意」を整えられる人材として。
 もちろん、マツカは「紅茶のマナー」にも詳しい。
 けれども「上から目線」ではなくて、あくまで「控えめに」教えるマナー。「こうです、大佐」などと言いはしないで、さりげなく視線で促したりして。
(…私は、実にいい部下を持った…)
 それに紅茶も美味いものだ、と今のキースは、もう根っからの紅茶党。
 朝一番には、マツカが「どうぞ」とベッドサイドで紅茶を注いで、仕事中にもティータイム。
 当然のように、カップのハンドルには「指を通さず」、つまむように持って。
 パルテノンでも立派に通るスタイル、いつ「栄転」になっても「要らない心配」。
「…マツカ。紅茶を頼む」
 ダージリンのセカンドフラッシュを、とキースは、すっかり「通」だった。
 茶葉はフルリーフに限る、などと思うくらいに、紅茶の世界に馴染み切って。
 遠い昔の貴族好みの、アールグレイなどを好むくらいに、コーヒーなんぞは「忘れ果てて」…。

 

           紅茶党の男・了

※いや、ふと「キースにティーカップは似合わないよな」と思ったわけで…。ビジュアル的に。
 けれどマツカに似合いそうなのが、ティーセットの準備。そして、こうなりましたとさ。









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