(…ジョミー・マーキス・シン…)
あの子供は半端ないかもしれない、とソルジャー・ブルーは溜息をついた。
もうすぐ燃え尽きる、自分の命。残り少ない寿命では、辿り着けない地球。このシャングリラを地球へ向かわせたくても、地球の座標さえも分からない状態。
どうすればいいのか悩み続けて、後を託せる者を探した。ただ懸命に、青の間から。サイオンを駆使して、アタラクシアを、エネルゲイアを探って。
そうして見付けた「後継者」。
ミュウの兆候は全く無くても、明らかにタイプ・ブルーの少年を。
明るい金髪に緑の瞳の、ジョミー・マーキス・シン。彼こそが、ソルジャー・ブルーを継ぐ者。いつの日かミュウの力に目覚めて、そのサイオンで船を守って、地球まで行ってくれるだろう。
ようやく掴んだ「ミュウたちの未来」。ミュウの未来を担う少年。
けれど…。
(健康な身体なのはいい。…それはいいんだが…)
虚弱体質の者が多くて、「何処がか欠けている」のがミュウという種族。ブルーのように聴力が弱いとか、ヒルマンのように義手だとか。
その点、ジョミーは「人類のように」健康体。ミュウと人類の「理想的な混血」と言えるほど。
ただ、あまりにもジョミーは「元気すぎた」。
有り余るエネルギーを持て余すように、派手に繰り広げる喧嘩。破りまくるルール。
三日に一度は、学校のカウンセリングルームに呼ばれて、何度も説教。それでも、全く反省などしない。学校の教師に叱られようが、家に帰って母にも小言を言われようが。
(……あのくらいの方が、いずれ人類と戦う時には……)
大いに役に立つとは思う。ひ弱な指導者では話にならない。…そう、「自分」のような。
それは分かっているのだけれども、ジョミーは、まさしく暴れ馬だった。
今日も今日とて、カウンセリングルームに呼び出しを食らって、朝から説教三昧。罪状の方は、幼馴染のサムを相手に、取っ組み合いの喧嘩をしたこと。
(ジョミーは怪我をしてはいないが…)
殴られたサムの方は鼻血で、顔にアザまで出来ていた。彼がミュウなら、今頃はきっと…。
(メディカルルームに入院だろうな…)
そんな所だ、と頭が痛い。「あんなジョミーで、いいのだろうか」と。
赤ん坊だったジョミーを見付けて、以来、見守って来たけれど。
ジョミーも十三歳まで育って、あと一年もすれば目覚めの日。このシャングリラに後継者として迎え入れる日も近いというのに、今も「ヤンチャ」なのがジョミー。
(子供の間は、あれで良かったが…)
十三歳にもなってコレなら、残り一年では「どうにもならない」。
学校の教師も手を焼くほどだし、改善されはしないだろう。もっと酷くなることはあっても。
そんなジョミーを船に迎えて、次期ソルジャーに育て上げること。それがソルジャー・ブルーの「最後の仕事」で、「やり遂げなくてはならないこと」。
(しかし、燃え尽きそうなぼくでは…)
あの暴れ馬を調教できるか、正直な所、自信が無い。
そうでなくても、教育係は長老たちの役目。ソルジャーの残り少ない寿命は、ソルジャーにしか教えられない「心構え」などを伝えるために使うべき。
つまりは、同じくタイプ・ブルーな上に、暴れ馬すぎるジョミーを調教するために…。
(…ぼくのサイオンを使えはしなくて…)
肉体の力に頼るしかなくて、出来るのは「説教」程度のこと。ジョミーを相手に喧嘩したなら、パンチを食らって「終わり」だから。…他の長老たちにしたって、同じ結末。
(ハーレイだったら、ジョミーを殴れもするのだろうが…)
他の者では、ジョミーにはとても歯が立たない。
抑止力になるのがハーレイだけなら、ジョミーは「暴れ馬」のまま。ハーレイは長老である前にキャプテン、何かと忙しい立場。お目付け役として目を配れはしなくて、目を離した隙に…。
(ジョミーが暴れて、ゼルやヒルマンを殴り飛ばして…)
逃亡するのが目に見えるよう。
「こんな講義なんか、聞いてられるか!」と逃げてゆくとか、訓練の場から逃げ出すだとか。
(相手が、ソルジャーのぼくでも同じで…)
ジョミーのことだし、もう完全に「なめられる」。
見た目は若くて青年だけれど、「中身はゼルたちよりもジジイ」と見抜いて、鼻で笑って。
口を酸っぱくして説教したって、「やってられるか!」と飛び出して行って。
きっとそうなる、と見えている「未来」。
けれどジョミーを迎えなかったら、この船にも、ミュウにも「未来」などは無い。
どんなにジョミーが暴れ馬だろうと、もう文字通りに「殴る、蹴る」といった具合であろうと、彼を「調教する」しかない。
暴れまくろうとも、手綱をつけて。振り落とされないよう、しっかりと乗って。
(…これが本物の馬だったら…)
暴れた時には、麻酔銃でも撃ち込んでやれば…、と思ってはみても、ジョミーは「人間」。馬のようにはいかないからして、本当に頭が痛い日々。
「あんな後継者を、どうすれば」と。
ミュウよりも遥かに野蛮な人類、彼らでさえも手を焼くのに。カウンセリングルームに呼び出ししたって、ジョミーは少しも懲りないのに。
(……あれが、ぼくの手に負えるだろうか……)
ハーレイ以外の長老たちは、生傷が絶えない日々になるのでは…、と零れる溜息。ソルジャーの自分も、「年寄り」を前面に打ち出さない限りは、きっと生傷。
(…シャングリラで一番の生傷男は……)
いったい誰になるのだろう。
いくらジョミーでも、エラやブラウといった女性は、殴らない筈。その分、お鉢が回るのが男。「殴られた時は、殴り返せる」ハーレイ以外は、もれなく「生傷男」だろうか。
(…ノルディに頼んで、メディカルルームの生傷部門を充実させておかないと…)
駄目だろうな、とソルジャー・ブルーの悩みは尽きない。
シャングリラのミュウたちは、殴り合いなど「しない」のが基本。だから生傷の手当なんぞは、ノルディたちでも「慣れてはいない」。
今の間に「殴られて鼻血」や「アザ」といった類の怪我の手当を、覚えておいて貰わねば。
それしか出来ることは無いな、と深い溜息をついた所へ…。
「ヒルマン先生、ごめんなさい!」
もうしません、と泣き叫ぶ声が聞こえて来た。正確には「サイオンで聞き取った」声。
(…また、ヒルマンのお仕置きか…)
備品倉庫も大活躍だ、と苦笑したブルー。船の決まりを破った子供は、備品倉庫に入れられる。ヒルマンがガッチリ施錠してしまい、反省するまで放置プレイで。
今日は小さな男の子が一人、放り込まれていた。「おやつは抜きで反省しなさい」と。
もうワンワンと泣きじゃくる子供。「ごめんなさい!」と、「もうしません」と。
けれど、聞く耳を持たないヒルマン。その子は「常習犯」だったから。
「もう何回目になるのだね? 分かるまで、其処に入っていなさい」
おやつは皆で食べておこう、との言葉通りに、その子のおやつは「無くなった」。他の子たちに配られて。その間も、備品倉庫で一人、おんおん泣き続けて…。
彼が「出られた」のは、夕方のこと。「先生、トイレ!」と、切羽詰まった声と思念と。それは嘘ではなかったからして、「早く行きなさい」と倉庫を開けたヒルマン。
(…倉庫にトイレは無いのだし…)
ああなるだろう、とブルーはサイオンで覗き見しながら、クスッと笑ったのだけど。
(……待てよ?)
使えるのでは、と閃いたアイデア。
いつか迎える「暴れ馬」なジョミー、彼を調教するにはコレだ、と。
次の日、ブルーは、もう早速に長老たちを招集した。無論、シャングリラのキャプテンも。
「急ぎの用だ」と、会議室ではなくて、青の間に。
「…ソルジャー、急ぎとは何の用なんじゃ?」
「ジョミーの件で話がある。…ゼル、君ならば出来るだろうか?」
お仕置き用の部屋が欲しいのだが、と切り出したブルー。あまりに斜め上な言葉に、長老たちは目を剥いた。
「お仕置き用じゃと? 何なのじゃ、それは?」
「そのままの意味だが…。いつもヒルマンがやっているだろう? 備品倉庫で」
決まりを破った子供を入れている筈だ、と話したら。
「ああ、あれかね…。今更、部屋を作らなくても、備品倉庫で間に合っているが…?」
ヒルマンがマジレス、ゼルも大きく頷いた。
「まったくじゃて。あんな悪ガキどものためにじゃ、このゼル様が何もしなくてもじゃな…」
「あたしもゼルに賛成だね。備品倉庫で充分じゃないか」
「私もです。子供たちは、備品倉庫と聞いただけで震え上がるのですから」
効果はありませんけれど…、とブラウもエラも「備品倉庫で充分」との意見。ハーレイもまた、そうだった。「備品倉庫で充分です」と。
けれど、ブルーの狙いは違う。欲しいのは「子供用」ではない。
「…子供用なら、備品倉庫でいいだろう。しかし、相手はタイプ・ブルーだ」
「「「は?」」」
ご自分をお仕置きなさるので…、とヒルマンが口をポカンと開けた。他の長老たちだって。
なにしろ船に「タイプ・ブルー」は一人しかいない。ソルジャー・ブルー、ただ一人だけ。
お仕置き部屋が「タイプ・ブルーのため」のものなら、入るのはブルーしかいないけれども…。
「間違えるな。ぼくが自分で入ってどうする」
「で、では…。誰をお仕置きなさるのです?」
キャプテンの問いに、ブルーは重々しく宣言した。「次のソルジャーになる者だ」と。
「ジョミーの話は、皆に伝えたと思ったが…? 彼のために部屋が必要になる」
「何故なんじゃ?」
まるで話が見えんのじゃが…、と騒ぐゼルたちは、全く知りはしなかった。ジョミーがどれほどヤンチャなのかも、凶暴な暴れ馬なのかも。
そんな彼らに、懇切丁寧に説明したブルー。次期ソルジャーの現状と、日頃の悪行を。
「このままで彼を船に迎え入れたら、この中からきっと、船で一番の生傷男が出るだろう」
ハーレイは恐らく、無事だろうが…、とのブルーの解説。女性陣も、と。
けれども、他の三人の中から、出ることになるだろう「シャングリラで一番の生傷男」。鼻血にアザにと怪我をしまくり、「ソルジャーのぼくも、無事では済まない」とも付け加えて。
「…そ、それは…。それは、なんとも恐ろしいことじゃ…」
わしは命が惜しいわい、とゼルがガクブル、他の面々もガクガクブルブル。
ゆえにブルーは、こう続けた。
「だから、お仕置き部屋が要る。タイプ・ブルーには、備品倉庫は意味が無い」
「そ、そうじゃな…。で、どうすればいいんじゃ?」
どんなお仕置き部屋が要るんじゃ、というゼルの質問。ブルーはニヤリと笑って答えた。
「まずは、脱出不可能なこと。…それから、相手は子供ではないし…」
晒し者としての自覚を持つよう、ガラス張りで、とのキツイ注文。
相手は「暴れ馬」なジョミーだからして、「お仕置き中」の姿を皆に披露で、赤っ恥をかかせて促す反省。いくらジョミーが太々しくても、「晒し者」は堪えるだろうから。
晒し者の刑をかますからには、必要ないのが「プライバシー」。
お仕置き部屋には「トイレを兼ねた椅子」が一脚あれば充分、子供たちみたいに「トイレ!」と逃げ出せないように。
「な、なんと…。トイレまで、ガラス張りの部屋とは、ちと酷いような…」
じゃが、そのくらいで丁度じゃろうか、と髭を引っ張るゼルに向かって、ブルーは続けた。
「心理探査用のシステムも頼む。ジョミーの不埒な考え方も、皆に晒しておかないと…」
「…プライバシーはゼロということじゃな?」
「その通りだ。…心理探査の結果は、モニターに映るようにしてくれ」
其処までやっても、ジョミーには甘いかもしれない、とのブルーの読み。反対する者は、もはやいなかった。
「シャングリラで一番の生傷男」になりたくなければ、暴れ馬なジョミーを「調教する」こと。
必要とあらば、「お仕置き部屋」に突っ込んで。
ガラス張りの部屋に押し込め、トイレに行くのも衆人環視。ついでに「野蛮すぎる」オツムも、中身を皆に晒しまくりで。…心理探査用のプローブを深く下ろして、モニター画面に中継で。
こうして作られた「お仕置き部屋」。
ジョミーが船で暴れた時には、容赦なく「放り込む」ための部屋。
幸いなことに、それの出番は「来なかった」。
ジョミーは船から逃げた挙句に、ユニバーサルの保安部隊に捕まり、大爆発した彼のサイオン。衛星軌道上まで飛び出し、ブルーが追い掛けてゆくことになった。
お蔭でブルーは「シャングリラで一番の生傷男」になったけれども、なんとか生還。
ジョミーは深く反省したから、「お仕置き部屋」までは使わなくても…。
「…ジョミー・マーキス・シン!」
訓練をサボるようなら、行き先は分かっておるじゃろうな、と怒るゼルたち。もうそれだけで、ジョミーは黙った。「すみません…」と、それは大人しく。
「お仕置き部屋」は出番が無いまま、埃を被っていったのだけれど…。
それから十五年もの時が流れて、「お仕置き部屋」は華麗にデビューを遂げた。
ジョミーが捕獲した「地球の男」を閉じ込めるために。
「…ゼル、いいものを作っておいてくれた。この部屋は、こいつにピッタリだ」
大いに役立てさせて貰う、とジョミーはキースを其処に押し込め、こう命じた。
「心理探査用プローブを下ろしてくれ」と。
グランド・マザーの犬を捕えたからには、頭の中まで「覗き見て」なんぼ。それに使える設備はバッチリ、おまけに「逃げ出せない」牢獄。
地球の男には、ピッタリだから。まさに「お誂え向き」の牢獄だから…。
牢獄の由来・了
※キースが入れられていた、ガラス張りの牢獄。何故、あんな牢獄があったのかが謎。
前に「座敷牢の男」で別の理由を書いてますけど、今回はコレで。ジョミー専用らしいです。