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刺さった少年

(真面目に色々、限界だってば…)
 もう疲れたよ、とジョミーはベッドに倒れ込んだ。
 ソルジャー候補として、日々、追い回される猛特訓。サイオンも座学も、容赦しないで。
 半殺しと言ってもいいほどの毎日、部屋に戻れるのも夜遅い時間。シャワーを浴びたら、もはや気力は残っていない。体力だって。
(明日の朝には、死んでいるかも…)
 本気で死にそう、と手放した意識。パジャマを着込んで、ベッドに潜った所あたりで。
 後はグーグー、夢も見ないで深く眠って、目を覚ましたら次の日の朝で…。
(……まだ生きてる……)
 おまけに回復しちゃってるし、と泣きたいキモチ。
 此処で高熱を発していたなら、流石に今日は休みだろうに。いくら相手が鬼の長老でも、病人となれば話は全く違うだろうから。
(無駄に元気な身体が憎いよ…)
 コレのお蔭でスカウトされたようなものだし、と募る悲しさ。現ソルジャーのブルーみたいに、虚弱で今にも死にそうだったら、ソルジャー候補ではなかった筈。
(…ホントに限界…)
 起きたくない、とベッドに転がっていたら、「キューッ!」と小さな声がした。
(キューって…?)
 誰、とキョロキョロ見回す間も、「キューッ! キューッ!」で、切羽詰まった気配が漂う。
(えーっと…?)
 これはどうやら普通じゃない、と起き上がって声のする方を探してみたら…。
「あっ、お前…!」
 何してるんだよ、とポカンと開いた口。
 なんと部屋の壁に、「ナキネズミが生えていた」ものだから。青い毛皮を纏ったお尻と後ろ足、フサフサの尻尾。そいつが壁に「刺さっていた」。もうズッポリと。


 何事なのか、と頭の中は一瞬、真っ白。
 状況と事態が把握出来たら、けたたましく笑い出すしかなかった。「馬鹿だな、お前」と。
「お前さあ…。ちゃんと考えて入ったわけ?」
 ぼくがいないとおしまいだよ、とベッドから下りて、壁際に椅子を運んで行った。それを踏み台代わりに使って、壁に刺さったナキネズミを両手でガシッと掴んで…。
(エイッ! ってね…!)
 抜けた、と通気口から引っこ抜いた。悲鳴を上げていたナキネズミの、哀れな身体を。
「キューッ!」
 一声叫んで、走り去って行ったナキネズミ。御礼も言わずに、まっしぐらに部屋の外の通路へ。
 きっと一晩中詰まっていたのか、あるいは昨夜、部屋に戻った時にはもう…。
(刺さってたかもね?)
 疲れ果てていたから気付きもしないで、シャワーを浴びて寝たかもしれない。
 ナキネズミの方では、「ヘルプミー!」と絶叫していても。「誰か助けて」と、「もう死ぬ」と壁に刺さって喚いていても。
(それなら逃げても仕方ないかあ…)
 お腹も減っているのだろうし、逃げて行くのも無理はない。「ありがとう」とも言わないで。
 恩知らずだとは思うけれども、ナキネズミにとっては「悲惨な一夜」だったのだから。
(でも、あいつ…)
 馬鹿じゃなかろうか、と椅子から下りて見上げた通気口。
 自分の身体が通るのかどうか、それも考えずに入った結果が、さっきのアレ。
(何処へ行く気だったのかは、知らないけどさ…)
 不精しないで通路から行けば良かったのに、とナキネズミの馬鹿さ加減に呆れる。誰にも秘密で移動するなら、通気口でもいいけれど…。
(普通は通路を使うよね?)
 ホントに馬鹿だ、と思った所で閃いた。「そうだ、ソレだ!」と。


 ナキネズミが刺さった通気口には、本来、蓋がついていた。それを器用に外して入って、自分で刺さったナキネズミ。後ろ足とお尻と、尻尾を残して。
(あの蓋は元に戻したけれど…)
 他にも蓋ってヤツはあるよね、とジョミーは部屋を眺め回した。
 一見、普通の部屋に見えるし、窓の外には庭だってある。けれども、此処はシャングリラという巨大な宇宙船の中。
(通気口があるってだけじゃなくって…)
 もっと他にも、色々な「穴」が部屋にある筈。ごく平凡な家よりも、ずっと沢山の穴が。
(エネルギー系統のメンテナンス用とか、ケーブル用のヤツだとか…)
 ダテに習っていないんだから、と日頃の「座学」を思い返すジョミー。
 機関長のゼルが、ガンガンと叩き込んでくれた船の構造。右から左へ聞き流したけれど、幾らか残っていた知識。「船の中には、通路が一杯」と。
(メンテナンス用だと、人が通るから…)
 自分も通れるに違いない。通路を見付けて入り込んだら、その先は…。
(シャングリラ中を、縦横無尽に…)
 駆け巡っている通路なわけで、其処に逃げれば、そう簡単には「見付からない」。この部屋なら何処に隠れても無駄で、他の倉庫や公園などでも即バレだけれど。
(メンテナンス用の通路なんかは…)
 係の者しか通らないから、係さえ上手くやり過ごしたなら、一日中だって…。
(安全地帯で、訓練も座学も無しの天国…!)
 そうと決まれば善は急げ、と部屋中の壁を叩いて回った。「この辺かな?」と。床も同じに足で踏んでは、怪しそうな箇所を手でコンコンと。
 頑張って端から端まで探して、やっと見付けた目的の通路。床板を一ヵ所外した先に。


(よーし…!)
 行くぞ、と小さなライトを手にして、中に入った。床板はそうっと元に戻して、中から閉じて。
(…真っ暗だけどさ…)
 この先はぼくの天国なんだ、とジョミーはライトを頼りに進む。早く部屋からトンズラしないとヤバイから。「床板を上げて逃亡した」とバレたら、追手がかかりそうだから。
(そうなる前に、うんと遠くへ…)
 とにかく逃げろ、と狭い通路をひたすら先へ。幸い、誰にも出会っていない。
(かなり来たけど、此処、何処だろう?)
 確かめたいのは山々だけれど、サイオンを使って調べようとすれば…。
(そのサイオンでバレちゃいそう…)
 誰が使ったサイオンなのかを、エラ女史あたりに感知されて。「ジョミーは其処です!」と。
 それは困るし、ただ闇雲に進むだけ。来た方向も、とうに謎だけれども…。
(訓練は無しで、丸一日もゆっくり出来たら…)
 体力も気力もゲージは満杯、そうなれば「外に」出ればいい。適当な場所で蓋を外して、通路の外へ。公園だろうが、厨房だろうが、もう見付かっても平気だから。
(まさか夜中に、「これから訓練の時間です」とは言わないもんね?)
 叱られるのだって明日なんだよ、とガッツポーズで、更に前進。
 時にはコロンと寝転んだりして、気力と体力をしっかり身体に蓄えながら。「訓練が無い日」を心ゆくまで満喫しながら、前へ、前へと。
 そうして進んで、出くわしたのが分岐点。どっちに進んでも行けそうだけれど…。
(こっちの通路は、ちょっと狭くて…)
 冒険心をくすぐられる。
 楽々と身体が通る場所より、スリリングな道を行きたいもの。同じ通路を進むなら。
(やっぱり人間、楽しまなくちゃ…)
 こっち、と決めて狭い通路に入り込んだ。ナキネズミのことは綺麗に忘れて、どうしてこういう場所にいるかも忘れ果てて。


 座学を「右から左へ」聞き流すのが常のジョミーは、思い切りスルーしたのだけれど。
 このシャングリラで暮らすミュウの殆ども、まるで知らないことだったけれど。
 ソルジャー・ブルーの私室とも言える、広い青の間。
 其処は「神秘の世界」で「空間」、仕掛けの方も半端なかった。やたらとデッカイ貯水槽やら、妙に薄暗い照明やら。
 その実態は半ば「演出」、総仕上げとばかりに、舞台裏までが…。
(……ジョミーが来たか……)
 しかも墓穴を掘る方向で、とソルジャー・ブルーがベッドの上でほくそ笑む。
 「来るがいい」と天蓋の遥か上の方を思念で眺めて、「ナキネズミのように刺さるがいい」と。
 青の間の周りを走る通路には、何本も混ぜてあるのがダミー。
 熟練の仲間は「ダミーか」と瞬時に見抜くけれども、そうでなければ気付かない。少しだけ狭い通路なのだと思う程度で、それを進んで行ったなら…。


「うわあっ!?」
 ジョミーの足元の床が、いきなり外れた。
 下に向かって放り出されたと思ったけれども、止まった落下。身体が半分落ちた所で。
「なんだよ、これ!?」
 慌てて上がろうと足をバタバタ、なのに少しも這い上がれない。床はツルツル、掴むことさえも出来ないから。サイオンを使って上がりたくても、それすらも上手くいかないから。
「だ、誰か…!!!」
 助けて、と声を上げた所で、下から聞こえたブルーの声。「其処にいたまえ」と。
「えっ、ブルー!?」
 じゃあ、此処は…、と青ざめたけれど、生憎と何も見えない有様。穴は自分の身体が刺さって、もうそれだけで一杯だから。隙間から下を覗けはしなくて、サイオンの目も使えないから。
「…君が逃げたのは知っていた。ゼルたちが探しているけどね…」
 此処に来るとは、とブルーはクスクス笑っている。「ゼルの講義を聞かなかっただろう?」と。
「ぜ、ゼルって…。この穴、何なんですか!?」
 叫んだジョミーに、「忍び返しと聞いたけれどね?」と呑気な声が返った。
「詳しい仕組みは、ぼくも知らない。ただ、忍び込もうとした人間は…」
 今の君のように刺さるらしい、とソルジャー・ブルーは可笑しそう。
 「初めて見たよ」と、「後でゼルたちにも教えてやろう」と。
「ちょ、ブルー…!」
 ぼくって、どう見えているんですか、と怒鳴りながらも、ジョミーにはもう分かっていた。朝に目にした「アレ」と同じで、「とても情けない格好」だと。
 今の自分は壁の代わりに天井に刺さって、後ろ足とか尻尾の代わりに…。
(…マントも上着もめくれてしまって、腰から下だけ…)
 そういう間抜けな格好なんだ、と後悔したって、もう遅い。忍び返しにかかった後では。


 かくして「青の間の天井に刺さった」ジョミーは、ゼルたちどころか…。
「へええ…。あれが未来のソルジャーねえ…」
「情けねえよな、あんなので地球に行けるのかよ?」
 見物に来た仲間がワイワイガヤガヤ、子供たちだって上を見上げて…。
「ねえねえ、クマのプーさんみたい!」
「ソルジャー、後でジョミーのお尻を飾って遊んでもいい?」
 天井だから花瓶は難しいけど、とキャイキャイはしゃがれ、それは恥ずかしい状況で…。
(…なんで、こういうことになるのさ…!)
 誰か助けて、と泣けど叫べど、自業自得の集大成。
 ナキネズミまでが下でキューキュー言うから、穴に刺さったジョミーは呻くしかない。
 「お前、助けてくれないのか?」と。
 「朝に助けてやったのに」だとか、「なんで、お前も見てるんだよ!」と。
 座学をスルーしなかったならば、穴には落ちなかったのに。
 真面目に訓練に出掛けていたなら、こんな所で晒されてなんかいないのに。
 けれど人生、結果が全てで、ジョミーには「プーさん」という渾名がついた。もちろん、由来は「クマのプーさん」。
 「ソルジャー・プー!」とまで呼ばれる毎日、「プーさん」で済めば、まだマシな方。
 ソルジャー候補と呼ばれる代わりに、「ソルジャー・プー!」になるのだから。
 「これで立派にソルジャーだよな」と、「名前だけなら、もうソルジャーだぜ」と…。

 

            刺さった少年・了

※ナキネズミが壁に刺さったネタ元は、「欄間に刺さった猫」なツイート。でも、その先は…。
 やっぱり自分が考えたわけで、ジョミーには「マジでスマン」としか。ソルジャー・プー。








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