(……理想の子、キース……)
厄介なものを作ってくれた、とキースは深い溜息をつく。
国家騎士団、総司令。その肩書きに相応しい部屋。
其処でただ一人、夜が更けてから。
側近のマツカはとうに下がらせ、「明日の朝まで用などは無い」と告げてある。
だから朝まで誰も来ないし、通信も入らないだろう。
その部屋の中で、思い返してみる自分の生まれ。それから、マザー・イライザの言葉。
E-1077を処分してから、ずいぶんと経った。
「キース・アニアン」の正体は、誰も知らない。
これから先も知られはしないし、いつの日か、SD体制が崩壊する日が来ない限りは…。
(…誰も気付きはしないのだ…)
マザー・イライザが「無から作った」生命、言わば「人形」なのだとは。
三十億もの塩基対を繋ぎ、DNAという鎖を紡いで生み出されたもの。
人の姿で、「人のように」考え、こうやって生きているのだけれど。
「真実を知った」日よりも出世し、いずれ「人類の指導者」として立つだろうけれど…。
(……所詮は、人形ではないか……)
遠い日に、シロエが言った通りに。
「お人形さんだ」と、「マザー・イライザの可愛い人形」だと嘲り笑ったように。
自分では「人」のつもりではいても、「人形」でしか有り得ないモノ。
機械が作った、「理想の指導者」たる人間。
それが「人形」でなければ何だと言うのか、「自分の意志では歩めない」のに。
今更、違った道を行こうにも、その道がありはしないのに。
(……国家騎士団総司令の次は……)
パルテノン入りだ、と分かっている。
初の軍人出身の元老、そう呼ばれる日が来るのだろう。
そうして歩んで、いつかは「国家主席」になる。
それが自分の歩むべき道で、其処から「外れる」ことは出来ない。
もう、そのように「歩いた」から。この先も「歩いて」ゆくだけだから。
ふとした時に、そう気付かされる。
自分は「歩まされている」のだと。
機械が自分を「作った」時から、定められていたレールの上を。
自分にはまるで自覚が無くても、最初からそうなっていた。
(…水槽から出されて、その日の内に…)
サムと出会って、後には親友。ただ一人きりの「友」だと今も思っているサム。
その「サム」さえも、マザー・イライザが「用意した」。
人類の敵であるミュウの長、ジョミー・マーキス・シン。
彼と同郷で、幼馴染なのが「サム」だったから。
「キース・アニアン」が、いつか「人類の指導者」として立つのなら…。
(…ジョミー・マーキス・シンとの出会いは、避けられはしない…)
真っ向から戦いを挑むのにせよ、「ミュウの殲滅」を命じるにせよ。
ならば、布石は打っておくべき。
早い間に、「ジョミー・マーキス・シン」を知る者たちと接触させて。
折があったら、彼の名前を耳にするように。
(…実際、サムは何も知らずに…)
ジョミーのことを聞かせてくれた。
E-1077で、誰かを探しているようだったサム。
「誰か探しているのか?」と訊いたら、「友達がいないかと思って…」と答えが返った。
アタラクシアで友達だった、ジョミー・マーキス・シン。
それが「ジョミー」の名を聞いた最初。
(…マザー・イライザは、何処まで計算していたのか…)
あの話だけで終わる筈だったか、その先まで読んでいたと言うのか。
サムは「ジョミーに会う」ことになった。
訓練飛行の時に受けた思念波攻撃、それは「ジョミー」が放ったもの。
サムは悲しみ、混乱した。「どうして、ジョミーがミュウの長に」と、悲嘆にくれて。
なのに、「忘れてしまった」サム。
次にジョミーのことを訊いても、「よく覚えていない」と怪訝そうな顔をしたほどに。
マザー・イライザが、サムに施した記憶処理。
「ジョミーを忘れさせる」こと。
それは「必要なこと」だったのか、あれも「計算の内」だったのか。
(…あのタイミングで、ミュウが思念波攻撃をしてくるなどは…)
マザー・イライザはもちろん、グランド・マザーにも「予測不可能」だったと思う。
ミュウは「SD体制の枠から外れた」異分子なのだし、どう動くのかは読めない筈。
そうは思っても、マザー・イライザのことだから…。
(ありとあらゆる可能性を考え、それの答えを…)
あらかじめ準備していなかったとは、とても言えない。
現にシロエも、「あの時」に「消された」のだから。
二度目の思念波攻撃を受けて、混乱していたE-1077。
保安部隊の者たちさえもが、一人も動けはしなかった。心だけが子供に戻ってしまって。
そうした中で、練習艇で逃亡したシロエ。
それを追い掛け、撃ち落とした。
シロエは呼び掛けに応えることなく、真っ直ぐに飛び続けたから。
連れ戻すことは不可能だったし、命ぜられるままに「撃った」のが自分。
けれど、シロエが、「あの時に」逃げなかったなら…。
(…追跡するのも、撃ち落とすのも…)
保安部隊の仕事になっていただろう。
いくら自分が「メンバーズ」に決まって、卒業の日が迫っていても。
じきに「本物の軍人」になる身で、配属先までが決められていても、所詮は「生徒」。
武装した船で飛び出して行って、「逃亡者」を処分する権限などを持ってはいない。
「非常事態だからこそ」許されたことで、通常だったら「有り得ない」こと。
けれども、マザー・イライザは言った。
「全ては計算通り」だったと。
「キース・アニアン」の指導者としての資質を、開花させるための。
サムに、スウェナに出会ったことも、ミュウ因子を持つシロエに出会ったことも。
…そのシロエを「この手で」処分させたことも。
何処までが「計算」だったのか。
いくら優れたコンピューターでも、「未来を予知する」ことは出来ない。
ありとあらゆる「可能性」なら予測できても、それに対する「答え」を導き出せたとしても。
機械は、けして「神」などではない。
神でないなら、未来を「読める」筈などがない。
それでも「計算通り」だったと、マザー・イライザは言ったのだから…。
(……私の人生も、既に計算済みなのだろうな……)
とうの昔に、先の先まで。
シロエが遺した「ピーターパンの本」さえ、機械は「計算済み」だったろうか。
「E-1077を処分せよ」と、グランド・マザーが告げて来たのと、本が姿を現したのは…。
(…同時だと言ってもいいほどで…)
自分が「見た」シロエのメッセージ。
あれさえも機械は「知って」いたのか、全て承知で「計算を続けていた」ものなのか。
だとすれば、自分に「自由」などは無い。
人生の先の先まで決められ、そのように「歩いて行く」というだけ。
「自分の意志」では何も出来ずに、「歩まされて」。
国家騎士団総司令の次は、パルテノン入りして元老になって、更には国家主席の地位へと。
…其処から「外れる」ことは出来ない。
「そうなるように」と作り出された生命体には、「他の選択」など許されはしない。
せいぜい、「ミュウのマツカを生かしておく」だけ、その程度の自由。
何一つとして、「自分の自由」にはならない人生、その道を歩んでゆくしかない。
「そのように」機械が「作った」から。
「理想の子」として、三十億もの塩基対を繋いで。
(…それ以外の道など、私には無い…)
この先も選ぶことなど出来ない、と思う傍ら、ふと寒くなる。
今、「これを」考えている「思考」。
それは自分のものなのか、と。
この思考もまた、「機械がプログラム」してはいないか、と。
E-1077にあった水槽、あそこで見て来た「サンプル」たち。
「キース・アニアン」にそっくりなモノ。
マザー・イライザは「彼ら」を育てて、途中で廃棄し、標本にした。
それを「免れた」のが「キース・アニアン」で、「たまたま選び出された」だけ。
彼らと同じに育ったのなら、機械が「全てを」教えて、育て上げたなら…。
(…この考えまで、私に組み込んでいないだなどと…)
どうして言える、と恐ろしくなる。
マザー・イライザが「先の先までを」読んで、サムを、シロエを用意したなら。
シロエの「最期」まで「読んでいた」なら、「キース・アニアン」の「思考」くらいは…。
(……容易くプログラム出来そうではないか…)
可能性など計算せずとも、「そのように」教え込みさえすれば。
幼い子でさえ、養父母次第で、どうとでも変わるらしいのだから。
(……本当に、実に厄介なものを……)
作ってくれた、と呪いたくなる「自分の生まれ」。
この思考でさえ、「自分のもの」だと自信が持てない時があるから。
何処までが「自分自身の思考」で、何処からが「機械のプログラム」なのか、謎だから。
せめて「思考」は、「自分のもの」だと思いたい。
機械が作った生命でも。
「無から作られた」生命体でも、「思考くらいは自由なのだ」と…。
持たない自由・了
※原作キースだと、最後の最後にグランド・マザーに「操られる」わけで、なんとも気の毒。
アニテラには「無い」設定ですけど、キースが心配になるのも当然だよな、と。