「キース先輩、遅刻でしょうか?」
来てませんよね、とシロエが見回す教室の中。もうすぐ朝のホームルームが始まる時間で、席にいなければ地味にヤバイという頃合いで。
「…俺はなんにも聞いてねえけど?」
連絡もねえし、とサムはのんびり、ジョミーだって。
「ほら、アレ…。いつもの月参りってヤツじゃないかな」
「月参りで遅刻は多いですしね」
それですよ、きっと、とマツカも至ってのんびりコース。
シャングリラ学園1年A組。そこに揃ったブラックリストな面々、それが特別生というもの。
一般人には秘密のサイオンを持った超能力者、と言えば非常にカッコいいものの、大した能力は持っていないらしい残念な面子。
思念波で連絡を取るのがせいぜい、後は外見が年を取らない程度というオチ。
ところが、此処に天才が一人。彼の名前はキース・アニアン。
サイオンを持った生徒が特別生になるには、一度卒業するというのがお約束。再入学して、学校生活再びの所を、天才は華麗に勘違いした。
他の面子は何も考えていなかった卒業後の進路、それをガッツリ見据えて行動。
「進路を決めるのは普通だろう」などと言ってはいけない、シャングリラ学園は普通ではない。
サイオンを持っていると分かれば、一年限りで卒業な運び。三年ある筈の高校生活、なのに一年限りでサヨナラと来た。
そのためだけに卒業旅行もしてくれるという強烈な学校、しかも一年生は全員、対象。おまけに特別生などという美味しい制度の説明も無くて、「アンタは卒業」と告げられるだけ。
これで進路を決められる方がどうかしている、履歴書になんと書けばいいのか分からない世界。
「中卒」はガチでいけるけれども、「高卒」と言っていいのかどうか。
さりとて「高校中退」でもないし、なのに高校の授業は一年分しか受けていないから、学歴では中退になったようなもの。
まあ、普通はオタオタするしかないから、他の面子は投げた人生。
「きっとなんとかなるであろう」と、「卒業式の後に進路相談会があるようだから」と。
卒業してから、進路相談もクソも無いのだけれど。
各種企業の採用期間はとっくに終了、バイト人生まっしぐらっぽい感じだけれど。
それでも人生をブン投げた面々、けれど天才はそうではなかった。
幸いなことに頭も良ければ、家業も立派にあったから。
生まれ育った家がお寺で、「坊主になる」と言いさえしたなら、そのまま家業を継げる人生。
よって、その道を選んだ天才、キース・アニアン。
彼は真面目に、宗門校と言われる大学の面接を受けた。宗門、すなわち寺が属する宗派の本山が経営している大学、寺の跡継ぎは大歓迎。
自分の名前を書けさえしたなら、入試もチョロイと噂が立つほど優遇される寺の跡継ぎ。
そんなわけだから、シャングリラ学園で一年しか学んでいないキースも特別枠で面接となった。
「試験なんかは受けなくていいです」、そんなアバウトな入学制度。
面接に出掛けて師僧の名前と継ぐべき寺を言えば合格、後は大学に入るだけ。
キースは堂々と「師僧は父のアドスです」と告げ、「家は元老寺と言います」とやって、見事に合格、翌年からは二足の草鞋な学生生活。
シャングリラ学園と大学を掛け持ち、そうして立派な坊主になった。
特別生には出席義務など無かったお蔭で、大学優先。ちゃんと四年をキッチリ務めて。
姑息な手段で、髪の毛はバッチリ死守したけれど。自慢のヘアスタイルをキープだけれど。
そんな天才、キースは只今、副住職。
アドス和尚に便利に使われる日々で、押し付けられるのが月参り。
檀家さんの家を回って読経で、それが済んだら着替えて登校。
シャングリラ学園がいくら型破りでも、制服は決まっているものだから。
登校するなら制服は必須、坊主の世界の制服な衣と袈裟ではコスプレにしかならないから。
「…キース先輩、今日は何軒回るんでしょうねえ…?」
午前中だけで済むんでしょうか、とシロエも首を捻る有様、ハードな世界が月参り。
「運が良ければ三軒ほどだろ。でもよ…。お婆ちゃんとかに捕まっちまうと…」
一軒で時間を食っちまうしな、とサムが言うのも、また正しい。
月参りに来る若い副住職、それを労おうと、お茶やお菓子を用意しがちな御老人。
実年齢の方はともかく、見た目は高校一年生なキース、ご老人からすれば孫のようなもの。
「今日は小僧さんが来てくれるから」といった感覚、ケーキなんかも出るらしい。
「どうなるのかしら? お茶とお菓子で、ゆっくりお喋りコースかしらねえ…」
私たちは今日も授業だけれど、とスウェナが言った所でチャイム。
廊下の方からコツコツと聞こえた高い靴音、それもお馴染みの1年A組名物の音で。
ガラリと開いた教師の扉、軍人さながらに入って来たのは眼鏡の男。
「諸君、静粛に!」
いつもうるさくて嘆かわしい、と眼鏡をツイと押し上げた、担任のグレイブ・マードック。
出席を取る、と順に読み上げる名前、それが止まって…。
「キース・アニアン。…欠席だな」
「「「えっ!?」」」
思わず叫んだ特別生の面々、月参りだと思っていたから。
月参りコースで遅刻な場合は、そこは「月参りか。…午後からだな」といった具合になるから。
あの天才が欠席だとは、と教室もザワザワ、いったい何が起こったのかと。
日頃、柔道部で鍛えているキース、そう簡単には風邪も引かない筈なのだが、と。
「やかましい! キースは法事だ!」
「「「法事!?」」」
そっちはアドス和尚の管轄では、と驚く特別生の御一同様、若すぎるキースが法事に出たなら、貫禄不足。檀家さんにもご迷惑だと、出るならせいぜい手伝いくらい。
そういう時には「明日は親父の手伝いで法事だ」と、予告があるのが常というヤツで…。
本当に何が起こったのかと、その日は派手に飛び交った推測。
元老寺もついに世代交代の時が来たかと、アドス和尚は引退なのかと。
「…楽隠居して、ゴルフ三昧とかもありそうですしね…」
ゴルフの会もありましたよね、とシロエまでが知る、アドス和尚の私生活。ゴルフの会で旅行に行ったら、キースが代理でババを引かされ、学校で文句を垂れているから。
「ゴルフでなくても、なんか色々やってるよなあ…。キースの親父さん」
キースも、とうとう住職かよ、とサムも頭を振る始末。
「そうなると、自由が無くなるわよねえ…」
「住職だと仕方ないですけどね」
スウェナとマツカも気の毒に思うキースの身の上、ジョミーもそれは心配そうに。
「…住職をするってことになったら、学校、来られないのかなあ…?」
「ウチの学校、出席しなくても、誰からも文句は出ませんけどね…」
でも、ストレスは溜まるでしょうね、とシロエが同情、他の面子も。
来る日も来る日も読経三昧、それがキースのデフォになるのかと。法衣に輪袈裟がデフォ装備になり、それが普段着の毎日なのかと。
そうやって皆が心配しまくり、同情しきりだったというのに…。
「「「ギックリ腰!?」」」
次の日、キースは朝からきちんと登校して来た。これが今生の別れになるかと眺めた面々、朝の挨拶を交わそうとしたら…。
「そうだ、親父が朝のお勤めの前にやらかしたんだ!」
迷惑すぎる、とキースが語った、アドス和尚のギックリ腰。
歯を磨こうとしていた朝の洗面所、何が悪かったか痛めた腰。その日に限って法事がビッチリ、午前も法事で午後からも法事。
和尚不在では出来ないのが法事、キースが出るしか無かったという法事が二つも。
「…なんだ、そういうことでしたか…。ぼくはてっきり、世代交代かと」
思い込んでしまって心配しちゃいましたよ、とシロエが切った口火、他の面子も口々に。
「いやあ、良かったぜ! 俺もホントに心配でよ…」
「ぼくも心配しちゃったってば、今日はお別れの挨拶かも、って…」
「縁起でもないことを言ってくれるな!」
俺はまだまだ住職なんぞは絶対やらん、と怒鳴る天才、キース・アニアン。
副住職くらいは務めてやるが、親父に逃げられてたまるものかと。
そんなこんなで無事に戻った副住職のキース、シャングリラ学園、今日も平和に事も無し。
もうすぐカツカツと足音が廊下に響きそうだけれど、ホームルームの時間だけれど。
「諸君、静粛に!」と出席が取られ、賑やかな一日が始まるけれど…。
副住職の事情・了
※2008年の春から書いているらしい、イロモノなシャングリラ学園シリーズ。
オリキャラ排除で、一人称な日記風も排除、ちょこっと落書きしてみましたですv