(国家騎士団総司令か…)
肩書きだけは御立派だがな、とキースが歪めた唇。
異例の出世で国家騎士団のトップに昇り詰めたけれども、その自分は…、と。
与えられた「御立派すぎる」部屋。
側近のマツカが控える部屋まで備えられた其処に、今はマツカの影は無い。
「下がれ」と言っておいたから。
とうに夜更けで、不審にも思わず下がったマツカ。
(いくらマツカがミュウでも、だ…)
私の心までは読めまい、と持っている自信。
けれど、誰にも読めない心。読ませない心の中にあるもの、それが時折、疎ましくなる。
どうして自分だったのか、と。
「他のモノ」では駄目だったのかと、どうして自分を選んだのかと。
(…キース・アニアン…)
そういう名前なのだがな、と眺める自分のパーソナルデータ。
軍の上層部にいる者だったら、大抵は見ることが出来るだろう。
ID:076223。
出身地、トロイナス。
父の名はフル、母の名はヘルマ。
生年月日、SD567年12月27日。
誰のデータにも並ぶ内容、IDに出身地、両親の名前と生年月日。
そして誰ものデータが「本物」、其処に偽りは入り込めない。
養父母とはいえ、両親の名は本物だから。
誰が養父母になっていたかで、名前も変わってくるものだから。
サム・ヒューストンなら、「サム」と名付けたのはヒューストンの姓を持つ両親。
シロエだったなら、「セキ」の姓を持っていた両親。
サムの養父母のことは知っている。
E-1077にいた頃にではなく、サムが壊れてから知った。
病院にサムを見舞った時には、子供時代のことばかり話すものだから。
「父さんが勉強しろって、うるさいんだ」とか、「ママのオムレツは美味しいよ」とか。
それほどサムが慕うのならば、と知っておきたくなったから。
いったいどんな養父母だったか、今はどうしているのかと。
(…あいつに似合いの両親だった…)
データだけしか知らないけれども、そういう印象だった養父母。
病院でサムが話す通りに、子供を大事にしそうな両親。
(…そしてシロエは…)
別の方面から見付けた養父母。
ミュウに関わり、彼らを調べてゆく内に。
アルテメシアからモビー・ディックを追い出した時に、シロエの父の名があった。
サイオニック研究所に所属していた「ミスター・セキ」。
シロエの故郷のエネルゲイアが心に引っ掛かったから、調べた詳細。
(…あれがシロエの父親だった…)
自分の息子がMとも知らずに、開発したサイオン・トレーサー。
モビー・ディックはそれに追われて、アルテメシアを離れて行った。
彼が機械を作らなかったら、あるいはシロエは…。
(…あの船に乗っていたかもしれんな)
ソルジャー・ブルーか、ジョミー・マーキス・シンか、どちらかに救われ、命を拾って。
成人検査を受けることなく、それよりも前に。
(…サムもシロエも、データは本物…)
人類だろうが、シロエのようにミュウと判断されようが。
どちらも同じに養父母を持って、彼らに繋がる名前がついた。
サムならば「サム・ヒューストン」。
シロエだったら「セキ・レイ・シロエ」と。
自分の場合も、傍から見たならそう見えるだろう。
「子供時代は覚えていない」というだけのことで、存在している筈の両親。
トロイナスに出掛けて探してみたなら、きっと彼らは…。
(何処かで事故死か、移住したことにでもなっているのか…)
調べたことは無いのだけれども、ごくごく自然に姿を消していることだろう。
父のフルも、母のヘルマの方も。
彼らが暮らしていた筈の家も、きっと存在しているのだろう。
ただし、「データの上で」だけ。
本物の「フル」と「ヘルマ」はいないから。
「キース・アニアン」を育て上げた筈の、「アニアン」夫妻はいないのだから。
(…アニアンも、それにキースの方も…)
知っている者は誰もいない、と握り締めた拳。
今でこそ誰もが知っている名前、国家騎士団総司令。
エリート中のエリート軍人、キース・アニアンをの名を知らない者などいはしない。
軍はもちろん、一般人でも。
何かといえばニュースに出るし、誰もが耳にする名前だから。
けれども、誰が知るだろう?
「キース・アニアン」を「知る人間」など、何処にも存在しないこと。
養父母だった筈の二人は何処にもいなくて、在籍していた学校にさえも…。
(担任の教師の名前はあっても…)
彼らはきっと覚えていない。
「キース・アニアン」の名を持つ少年、それを担当したことを。
今の自分の経歴を誰かが見せたとしたって、その出世ぶりに…。
(素晴らしい子を担当させて貰ったようです、と言いはしてもだ…)
生憎と記憶に残っていない、と答えるのだろう。
「当時は忙しかったので」だとか、誰も疑いはしない理由を述べて。
そんな具合に「消えている」キース。
故郷だった筈のトロイナスから、両親が何処かに行ってしまって。
担任の教師も幼馴染も、誰もが「忘れ去って」しまって。
(…サムがジョミーを忘れたように…)
E-1077の誰もがシロエを忘れたように、それが「機械の仕業」ならいい。
機械が記憶を処理した結果で、皆が忘れてしまったのなら。
それならばそれで、「存在した証」が無いというだけ。
何処かを探せば、欠片くらいは出てくるもの。
サムがジョミーを忘れていたって、「ジョミー・マーキス・シン」は存在しているから。
皆が忘れてしまったシロエも、スウェナが覚えていたのだから。
(完璧に消せはしないのだ…)
その人間が「本当に」生きていたのだったら、この世界からは。
死んだ後までデータは残るし、人の記憶に残りもする。
自分がシロエの父の名前を見たように。…其処からシロエに辿り着けたように。
E-1077を早くに離れたスウェナが、記憶を消されていなかったように。
(しかし、私は…)
私の場合はそうではない、と嫌と言うほど知っている。
かつては自分も信じ込んでいた、「父はフルで、母はヘルマ」ということ。
アニアン夫妻が育てた子供で、彼らが「キース」と名付けた息子。
人工子宮から取り出された日は、SD567年の12月27日だと。
誰のデータもそうだから。
E-1077からは消されたシロエも、養父母を辿れば其処に残っていた記録。
生年月日も「セキ・レイ・シロエ」の名も、彼が暮らしていた家も。
なのに、自分には「無い」それら。
「消された」わけでも、「忘れ去られた」わけでもないのに、存在しない。
何処を調べても、その名残さえ。
意味ありげに残る、わざと仕込まれたデータだけしか。
なんという皮肉なのだろう、と自分を嘲り笑いたくなる。
誰もが知っている「キース・アニアン」、その名を真に知る者などは一人もいない。
何処を探しても、誰に訊いても、「キース・アニアン」を見た者はいない。
(…正確に言えば、あの連中なら…)
多分、知っている筈なのだがな、と思う記憶の隅に「居る」者。
E-1077にあった水槽、それの向こうに自分が見ていた研究者たち。
けれど、彼らも「消された」だろう。
「キース・アニアン」が完成したなら、彼らは用済みなのだから。
マザー・イライザが記憶を消したか、あるいはシロエを処分したように…。
(宇宙船の事故にでも見せかけて…)
存在自体を消しただろうか、念には念を入れねば、と。
けして秘密が漏れぬようにと、口封じに皆、殺してしまって。
(…そんな所だ…)
確かめる気にもなれないが、と忌まわしく思う自分の「生まれ」。
どうして自分を選んだのかと、他のモノでは駄目なのかと。
フロア001に幾つも並んでいたサンプル。
かつてシロエが命懸けで見た、「キース・アニアン」と「同じモノ」たち。
あの中のどれでも良かったろうにと、そして自分はサンプルの方で良かったのに、と。
今頃になって、真実を知るくらいなら。
いずれはミュウに敗れるだろうと思う人類、彼らを導く指導者として無から創られたなど。
(もっと意味のある人生だったら、まだマシなものを…)
時代の流れに抗ってみても、きっと負けるのだろう人類。
その中で自分に何が出来るか、考えるほどに虚しいから。
皆が自分を称える度に、虚しさだけが降り積もるから。
(何が国家騎士団総司令様だ…)
誰も「キース」を知らないくせに、と眺める「キース・アニアン」の名前。
この名を知るのは機械だけだと、「故郷で私と出会った者など一人もいない」と。
記号と何も変わりはしないと、育てた時の数字で呼んでも充分なほどの存在なのに、と…。
偽りの生まれ・了
※いや、キースの両親がいないんだったら、誰が「キース・アニアン」と名付けたんだ、と。
機械が名前を付けたんだよな、と思ったら、こういう展開に。キースには気の毒すぎるけど。
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