「ぼくは自由だ。自由なんだ…!」
いつまでも、何処までも、この空を自由に飛び続けるんだ…!
それがシロエの最期の言葉。
彼を乗せていた練習艇は、キースに撃ち落とされたから。
木っ端微塵に砕け散った船、広がっていった衝撃波。それに爆発に伴う光も。
「…なんだ、今のは?」
爆発したぞ、と広がる光を遠くで目撃した者が一人。…いや、もっと。
「何なんでしょうね、この宙域だと…」
E-1077が近いんじゃあ、と答えた男。他にも数人、頷いている男たち。
「へえ…。エリート様の育成場所かよ、そりゃ面白い」
何かあったに違いねえや、と男は「行け」と顎をしゃくった。さっきの光が見えた方へと。
「お、お頭…?」
「いいから行けと言っているんだ、船長の俺に逆らったら…」
海賊の掟は分かってるよなあ、と凄む男は海賊だった。SD体制の社会からはみ出した男。他の者たちもそれは同じで、船の名前はジョリー・ロジャー。言葉通りに「海賊旗」。
「わ、分かりました…!」
慌てて航路設定する者、データの収集を始める者。
彼らを尻目に、「行け」と命じた船長は不敵に笑っていた。「いい日だよなあ?」と。
「さっきは宇宙鯨も見たしよ、今日はいい日になりそうだ」
今の光も俺にはプンプン匂うんだよ、と肝が据わった船長だったのだけれど…。
目指した宙域、其処に散らばっていた船の残骸。
撃ち落とした方はとうに去って行ったのを確認したから、海賊船が来たとはバレない。
「気を付けて探せよ、絶対に何かありそうだからな」
俺たちの役に立ちそうなモノが、というのが船長の勘。滅多に外れはしないものだから、自信に溢れてやって来た。いったい何が見付かるだろう、と。
けれど…。
「お頭、あそこに…!」
何か光が見えますぜ、と報告した部下の声は、直ぐに震え始めた。「ひ、人だ…!」と、まるで恐ろしいものでも見たかのように。
それはそうだろう、光が見えるのは真空の宇宙。人がいる筈がないのだから。
「落ち着け、馬鹿。…ふうむ、人だな」
だったらアレがお宝だろう、と船長の肝は据わりすぎていた。
漆黒の宇宙に散らばる残骸、その中でぼんやり黄色く発光しているモノ。多分、少年。
「回収しろ」と命令された部下たちは震え上がったけれども、逆らったら自分が放り出される。船から宇宙空間へと。宇宙服など着せては貰えず、身体一つで。
そうなれば死ぬしかないのだから、と部下たちは淡い光を纏った少年を宇宙から拾って来た。
「拾いました」と青ざめた顔で、「どうやら生きているようです」と。
海賊船が回収したのは、もちろんシロエ。
船が撃墜された瞬間、無意識に張っていたシールド。命よりも大切に思っていた本は、シールドごと他所に飛ばされた。爆発の時の衝撃で。
シロエ自身も、意識して張ったシールドではなかったものだから…。
爆発の後をキースが確認しに来た時には、微弱だった光。キースは気付かずに行ってしまって、それから強くなった発光現象。「此処にいる」と仲間に知らせるかのように。
何故なら、仲間が来ていたから。…ミュウの母船が近付いてくれば、サイオンは共鳴し始める。
それで強くなったサイオンの光、いわばSOSなのだけれど。
残念なことに、シャングリラはまだ遠かった。先に来たのが海賊船。
よってシロエは拾われてしまい、ジョリー・ロジャー号の獲物というわけで…。
肝がやたらと据わった船長、彼はシロエの手当てが済んだら自分の部屋へ運ばせた。
気絶しているだけらしい少年。衰弱が酷いようだけれども、じきに回復するだろう。少年だけに数日もすれば…、とベッドの上の獲物を眺める内に…。
「…此処は?」
何処、と少年の瞼が開いた。光はとうに消えているから、ただの子供にしか見えない。瞳の色は菫色。夢見るようにぼやけた焦点。
「さてなあ? その前に答えて貰おうか。…坊主、名前は?」
「え…?」
途端に冴えたシロエの意識。ダテにエリート候補生ではなかったから。
正気が戻れば、自分が置かれた状況も分かる。E-1077ではないらしいことも、そういえば追われていたらしいことも。
(…キースの船が…)
ぼくが乗った船を撃ち落とした、と気付いたら後は身構えるだけ。「新手なのか!?」と。
どういうわけだか助かったものの、今度は別の所に収監されたのか、と。
「落ち着けよ、おい。…俺はお前の敵じゃねえ」
お仲間といった所だろうさ、と笑った船長。「俺たちは、はみ出し者だからなあ」と。
マザー・システムなんぞは糞くらえだと、メンバーズどもも御免蒙るね、と。
そんなわけだから、シロエも直ぐに理解した。「本当に敵じゃないんだ」と。
海賊船でも、自分を助けてくれたのだったら、文句を言えるわけがない。大切なピーターパンの本は失くしたけれども、命は拾ったのだから。
その上、撃墜された時の衝撃、それで戻って来た記憶。子供時代をどう過ごしたか。
(…パパ、ママ…)
ぼくは海賊になったみたい、と夜な夜な部屋で苦笑する。「お前は此処だ」と貰った部屋。
昼の間は海賊見習い、エネルゲイアとE-1077で教わった技術はついて来たから…。
「シロエ、こいつはどうなっている?」
他の奴らじゃ手に負えねえ、と船長に名指しで頼まれる仕事。ハッキングなどといった作業。
「はいっ!」
直ぐにやります、と交代したら、それは素晴らしいスピードだけに…。
「見ろよ、お宝だっただろう? 俺の勘には間違いねえんだ」
「で、でも…。あいつ、光ってたんですよ?」
それに宇宙で生きてました、と腰が引けていた部下たちだって、時間が経てば慣れてくる。妙な出会いをしたというだけ、シロエは全く無害なのだし、強いて言うなら…。
「いい加減に覚えて下さいってば! この手のシステムというヤツはですね…!」
こうやって、こう、と海賊相手にも怒鳴り散らすという気の強さ。
ついでに喧嘩も負けていないし、小さいくせに腕が立つ。元がエリート候補生だから。
そうとなったら、海賊たちにも可愛がられる。マスコットよろしく、「シロエ、シロエ」と。
海賊船に乗ってしまったセキ・レイ・シロエ。
なまじミュウだから、拾われた時から全く成長しないまま。他の仲間が年を重ねてもチビ。
「お前、どうやらアレだよなあ…。やっぱ、ミュウだな」
仲間の所に帰るんだったら送ってやるが、と船長は言ってくれたのだけれど。
「もう充分に役に立ってくれたし、ミュウどもの勢力も広がったからな」と下船の許可も貰ったけれども、一宿一飯どころではない恩の数々。
(それに、ミュウって言葉も知らなかったくせに…)
助けてくれたのが船長。あの頃は「M」と口にしていた。「お前の正体、Mじゃないか?」と。
お尋ね者では済まないのがM、人類からすれば端から抹殺すべきもの。
それでも船長は「お宝だから」と自分を拾って、立派な海賊に育ててくれて…。
(…まだまだ恩は返せてないよね?)
もっと頑張って恩返しを、とシロエが励んだ海賊稼業。
あちこちの星がミュウの手に落ちても、首都惑星ノアが陥落しても。
(キース先輩…)
いつかゆっくり、あなたと話したいんですけれど、と思い出すのは国家主席になった人。
彼の正体を知ったお蔭で、狂いまくりになった人生。
けれども自分は死んでいないし、両親や故郷の記憶も戻って、海賊船を降りた時には…。
(パパとママに会いに行くんだから…)
あの懐かしいエネルゲイアへ、子供時代を過ごした家へ。
「ネバーランドに行って来たよ」と、珍しいお土産を山のように持って。
(本当にネバーランドに来ちゃった…)
自分は今も子供のままだし、乗っているのは海賊船。
船長の名前はごくごく普通で、「フック船長」ではないけれど…。
(パパとママには、ネバーランドで通じるよね?)
ぼくのことは覚えている筈だから、と楽しみな、いつか故郷へ帰る日。
そうする前には、国家主席になったキースに会いに行こうか、さっき演説を聞いたから。
たまたま仲間が点けたモニター、其処で流れていたものだから。
(ミュウが進化の必然ね…)
それも是非とも先輩と話したいですね、と思ったシロエの夢は叶わなかった。
キースは地球で死んでしまって、それきりになってしまったから。
ついでにミュウの長のソルジャー、そちらも地球で斃れてしまって代替わりで…。
(…今更、ミュウの船に行っても…)
なんだか色々と遅すぎる気が、としか思えないから、まだ暫くは海賊船の乗組員でいい。
船長は「海賊も、もう時代遅れになっちまったな」と言っているから、じきに引退するだろう。船の仲間も引退だろうし、その時は…。
(ぼくも引退して、家に帰って…)
パパやママと一緒に暮らすんだ、とワクワクするのが土産物リスト。
両親の好物を色々揃えて、養育している女の子には何を持ってゆこうか?
「初めまして」と「君のお兄ちゃんだよ」と、差し出すリボンがかかった箱。
ぬいぐるみがいいか、人形だろうか、それとも美味しいお菓子だろうか。
女の子の好みは分からないや、と今日も頭を悩ませる。
もうじき会えるだろう妹、その子に何をあげようかと。海賊だったことは内緒か、土産話に披露してみるか。「海賊船に乗っていたんだよ」と。全く年を取らないままで。
それもいいよねと、「ネバーランドに行って来たんだから、話せば喜ばれるかもね」と…。
拾われた少年・了
※正統派(?)シロエ生存ED。多分、一番無理がないのが、こういうルート。
ピーターパンの本が爆発の中でも残るんだったら、シロエ本人も生存可能な筈なのよ、と。