(冷徹無比な破壊兵器か…)
よくも名付けた、とキースが翳らせた、冷たいアイスブルーの瞳。
自分の姿はそう見えるのか、と。
「コンピューターの申し子」の次は、「冷徹無比な破壊兵器」かと。
どちらも心が無さそうなモノで、破壊兵器の方が「申し子」よりも更に上。
「申し子」だったら人間だけれど、「破壊兵器」は機械だから。
元より心を持っていないモノ、持っていなくて当然のもの。
それが自分かと、ついに其処まで成り下がったかと。
(……グランド・マザーの御意志ならな……)
仕方ないが、と思うけれども、何故だか酷く疲れた気がする。
あの名が軍に、国家騎士団に広がってゆくだけで。
陰でヒソヒソ囁き交わしているならまだしも、褒め言葉として言われるのが今。
配属されたばかりの若い士官が最敬礼して。
「少佐の部下に配属されるとは、光栄であります!」と。
彼らの憧れ、キース・アニアン上級少佐。
それが自分で、冷徹無比な破壊兵器と称賛されている有様。
多分、そうではない筈なのに。
今はそうかもしれないけれども、元は違っていた筈なのに。
疲れた、と自分で淹れたコーヒー。
自室に座って口にしながら、思い出すのは名前の理由。
どうして今の異名があるのか、「冷徹無比な破壊兵器」と呼ばれる所以は何なのか。
(マザー直々の命令だったが…)
陣頭指揮を執ることになった、ラスコーで起こった反乱の鎮圧。
マザー・システムに不満を抱く兵士たち、彼らが起こしたクーデター。
元々は小さな部隊の反乱、けれども増えた賛同者たち。
手をこまねく間に、燎原の火のように広がり、星を丸ごと巻き込んだ。
「独立しよう」と、「マザー・システムはもう要らない」と。
相手は戦闘に慣れた者たち、地の利もあるから手も足も出ない。
(…だから私が駆り出されたんだ…)
メンバーズならば、きっと鎮圧できるだろうと。
どういう指揮を執るのも良しと、兵器も何を使っても良し、と。
(そこまでお膳立てをされたからには、働くさ)
グランド・マザーの御意志のままに、と口に含んだコーヒーの苦味。
それが戦場を思い出させる、「こうやった」と。
あの作戦の指揮を執っていたのは、確かに自分だったのだと。
綿密に立てておいた作戦。
けれど、尻込みした兵士たち。
相手も同じ兵士だから。
通信回線を通して流れる、反乱軍からのメッセージ。
「共に戦おう」と、「我々は同志を歓迎する」と。
彼らは攻撃して来なかった。
「君たちの心を信じて待つ」と。
それこそが彼らの強さで、戦法。
考える時間を与えられる内に、「彼らが正しい」と共に反旗を翻した者たち。
彼らが集う場所がラスコー、幾つもの部隊が合流しては増える戦力。
銃を向けては来ないのに。
ミサイルの一つも放ちはしないで、戦わずに待っているだけなのに。
(ああいう奴らが厄介なんだ…)
何処から見たって、彼らの方が正義だから。
鎮圧しようと兵器を持ち出す方が悪魔で、邪悪だから。
(どいつもこいつも、役に立たなくて…)
持ち場にいたって、照準を合わせることさえしない。
「あそこにいるのは、仲間なのでは」と。
何も攻撃して来ないのだし、きっと話せば分かるのだろうと。
だから一人でやることに決めた。
「どけ!」と兵士たちを退け、淡々と照準を合わせていって。
反乱軍の拠点を一つ残らずロックオンして、発射ボタンを押したミサイル。
多分、迎撃するだろうから、「攻撃が来たら撃て」と命じた。
「奴らは敵だ」と、「我々を撃って来るのだからな」と。
狙いは当たって、第一波で潰れなかった拠点は、部下の兵士たちが当たった掃討。
彼らもようやく目が覚めたから。
こちらへ向かって撃たれたミサイル、それを目にして。
あちこちの基地から急発進した、戦闘機の群れで正気を取り戻して。
(…私は口火を切っただけのことだ)
そう思うけれど、それが「誰にも出来なかったこと」。
同じ仲間がいる筈の場所に、ミサイルを撃ち込んでやるということ。
撃てば、仲間は死ぬのだから。
自分と同じ仲間を殺してしまうのだから。
(ただ、それだけのことなのだがな…)
しかし、誰も出来ずにいたのが現実。
自分の他には、誰一人として。
反乱部隊を鎮圧した後、ついた異名が「冷徹無比な破壊兵器」というものだった。
血も涙も無いから出来たことだと、本当に破壊兵器だと。
普通、人間には出来はしないと、恐ろしすぎるメンバーズだと。
(…私はマザーに従ったまでで…)
それに、と心にわだかまる思い。
マザー・システムに反旗を翻した者、ラスコーに集っていた兵士たち。
彼らの中には、きっとシロエがいた筈だから。
そういう名前ではなかったとしても。
「セキ・レイ・シロエ」の名は持たなくても、シロエと同じ心の持ち主。
マザー・システムには従えない者、機械の言いなりになって生きたくなかった者。
大勢のシロエがいたのだろうと、自分だからこそ分かること。
あの時、作戦に赴いた兵士、その中の誰が気付かなくても。
誰一人として知らないままでも、自分には分かる。
「もう一度、シロエを殺したのだ」と。
シロエと同じに、強すぎる意志を持った者。
それを何人殺したのかと、この手は何処まで血に染まるのかと。
ラスコーの反乱、その首謀者が何人ものシロエだったなら。
彼らの下には、大勢のサムもいたのだろう。
優しい心を持っていた友、気のいいサム。
彼ならばきっと、危険な任務も「いいぜ」と進んで引き受ける。
それが仲間の役に立つなら、喜んで。
真っ先に爆撃される場所でも、「俺なんかで役に立つんなら」と。
何人のサムが、あのラスコーにいたことか。
自分がミサイルを撃ち込んだ場所に。
部下たちに「撃て」と命じた地点に、飛び立って来た戦闘機の操縦席に。
(…サムと、シロエと…)
どちらも私が殺したんだ、と分かっている。
もっとも、サムなら、今も元気にしているけれど。
ずいぶんと長く会っていなくても、本物のサムは今も宇宙を飛んでいる。
パイロットとして、今も何処かの宙域を。
昔のままに気のいい笑顔で、仲間たちとも仲良くして。
(…あのサムが、これを聞いたなら…)
いったい何と思うだろうか、ラスコーで自分がしてきたことを知ったなら。
対外的には、反乱軍の鎮圧でしかないけれど。
サムは事実を知りようもなくて、「流石はキース!」と言いそうだけれど。
昔と同じにエリートだよなと、「やっぱり俺とは出来が違うぜ」と。
(…サムに、シロエに…)
私が殺した相手はそうだ、と分かっているから覚える疲れ。
本当にこれでいいのか、と。
「冷徹無比な破壊兵器」の道を歩んでいていいのかと。
それは間違いではないけれど。
正しい道だと、グランド・マザーは自分を導いてゆくのだけれど。
(…いつか後悔せねばいいがな…)
そんな日が来る筈もないのに、時折、胸を掠める思い。
「誤りだった」と気付かされる日、その日は遠くないのでは、と。
サムはともかく、シロエの声が聞こえて来る日。
「前から言っていたでしょう?」と。
なのに気付かなかったんですかと、「機械の申し子も、大したことはありませんね」と。
(……そうなりたくはないのだが……)
分からないのが未来なんだ、と傾けたカップのコーヒーが苦い。
いつもは舌に心地良いのに、今日は疲れているせいなのか。
それともシロエの声が未来から、響いて来た気がするからなのか。
(ラスコーか…)
冷徹無比な破壊兵器か、と唇に浮かべた自虐の笑み。
それには心はありそうもないなと、兵器は心を持たないからな、と…。
ラスコーの反乱・了
※「冷徹無比な破壊兵器」の異名を取ったらしい、ラスコーの反乱。その中身は謎。
捏造したっていいんだよな、と書いたオチ。ラスコーもアルタミラも洞窟壁画だよね?
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