(とりあえず…)
失恋したことは確かなんだよ、とジョミーがついた大きな溜息。
アッと言う間に変わりまくった自分の境遇、気付けばソルジャー候補とやら。
普通の少年のつもりでいたのに、成人検査で全てがパアに。未来はオシャカになってしまって、ミュウという種族になってしまった。かてて加えて、将来はミュウの長らしい。
(…そっちは問題がデカすぎて…)
考える気にもなれやしない、とフテ寝しているベッド。ソルジャー候補の衣装のままで。
サイオンの訓練はシゴキの日々だし、ソルジャー候補としての勉強も大概、疲れる。何もかもを投げてしまいたいキモチ、けれど投げたら終わるのが命。
このシャングリラから外へ出たって、人類に追われて殺されるだけ。嫌というほど学習したし、運命については諦めの境地。考えても無駄で、嘆いても無駄、と。
そんな日々だから、ちょっぴり離れてみたい現実。ソルジャー候補ではない、ただのジョミーな自分を探してみたくなる。「ただのジョミー」は元気だろうか、と。
思考をそっちへ向けた途端に、思い出したのがフィシスのこと。よって零れてしまった溜息。
(美少女なんだと思ってたのに…)
アタラクシアにいた頃、ソルジャー・ブルーに見せられた夢。
そうとも知らずに惚れたのがフィシス、「なんて綺麗な人なんだろう」と。ところがどっこい、夢の中でも上手く運ばなかった展開。
(ブルーが出て来て…)
掻っ攫われたのが夢の世界のフィシスで、やっと本物のフィシスに会えたと思ったら…。
(五十歳も年上なんだよね?)
これじゃ駄目だ、と嫌でも分かる。
ブルーには顔で惨敗な上に、実年齢でも激しく負けているのだから。どう考えても、フィシスに似合いのお相手はブルーの方だから。
なんてこったい、と嘆きたくなる自分の立場。
ただのジョミーを見付け出したら、「失恋したジョミー」が転がっていた。夢で出会った素敵な美少女、フィシスはブルーのものだったから。
(みんなが認めるミュウの女神で…)
ブルーにベッタリらしいもんね、と膝を抱えて丸くなりたい気分。ソルジャー候補なジョミーを待つのは訓練の日々で、ただのジョミーは失恋するのがこの船なのか、と。
シャングリラはキツイ船らしい。ジョミー・マーキス・シンにとっては。
(いいこと、なんにも…)
ありやしない、と幾つ目だか分からない溜息。
果たしてこの先、何かいいことがあるのだろうか。船の面子は把握したけれど、フィシスよりも魅力ある女性がいそうな気配はゼロで…。
(ブリッジのルリとかが、大きくなったら…)
ちょっとは望みがあるのかも、と思ってみたって失恋したら結果は同じ。
もう本当に泣きたいキモチがMAXだけれど、ふと浮かんだのが「恋占い」という言葉。
まだ人類の世界にいた頃、けっこう人気があった占い。将来、結婚出来るかとか。
そういえば、と気付いたフィシスの立ち位置なるもの。未来を占うソーシャラー。
タロットカードで未来を読めると評判なのだし、恋占いも出来るに違いない。
(…失恋しちゃった相手だけど…)
五十歳も上の人となったら、アタラクシアで育ててくれた母よりも遥かに「おばあちゃん」。
そう考えたら、失恋ショックも宥められないことはない。「おばあちゃんだしね?」と。
その「おばあちゃん」に頼む恋占い。「誰かいい人、見付かりますか?」と。
自分はソルジャー候補なのだし、フィシスは断らないだろう。遊びみたいな占いだって。
(訊いてみようかな…)
いつか運命の相手が見付かるのならば、ちょっとは希望もあるというもの。こんな船でも。
思い立ったが吉日なのだし、訊きに行こう、とガバッと起きた。
幸い、服は着たままだったし、時間もそれほど遅くない。
善は急げ、とダッと駆け出した通路。フィシスの私室と言っていいほどの天体の間へ。
そして…。
「ようこそ、ジョミー」
私に何か御用ですか、と迎えてくれた麗しのフィシス。
(…この人がブルーの…)
恋人なんだ、と胸に蘇ったのが失恋ショックで、こみ上げてくる情けなさ。顔でも年でも負けているよねと、ブルーは何でも持ってるんだ、と。
フィシスという美人な恋人はもとより、ソルジャーの地位も、強いサイオンも。カリスマすぎる超絶美形な姿形も何もかも…、と思ったら涙が溢れそう。
「どうせぼくなんか」と、「思いっ切り失恋したんだっけ」と。
そうしたら、首を傾げたフィシス。「どうしたのです?」と心配そうに。
「…私に御用だったのでしょう? でも…」
あなたは勘違いをしていますよ、とフィシスの手がめくった一枚のカード。白いテーブルの上に置かれたタロットカードは、見たって意味がサッパリだけれど。
「…えっと…。そのカードって何ですか?」
「さあ? でも、ジョミー…。真実は此処にあるのです。少なくとも私は…」
ソルジャーの恋人ではありませんわ、とフィシスが言うから驚いた。嘘だろう、と。
「ちょっと、それって…!」
有り得ない、と叫んだけれども、フィシスは優しく教えてくれた。「本当ですよ」と、柔らかな声で。「失恋だなんて、勘違いですわ」と鈴を転がすように笑って。
(…失恋したわけじゃなかったんだ…)
ソルジャー・ブルーの恋人だとばかり思っていたのに、違ったフィシス。
あまりにビックリしたものだから、恋占いを頼むのも忘れて部屋に戻って来たけれど。この船は本当に奥が深い、と考えたりもしていたのだけれど…。
(…えーっと…?)
フィシスの言葉を思い返したら、心に引っ掛かったこと。恋敵だと思ったソルジャー・ブルー、彼が問題。どうやら自分は失恋していなかったし、恋敵ではないのだと思ったけれど。
(…フィシスはブルーの恋人じゃなくて、ブルーは船のみんなを愛してるって…)
そう言ったよね、と忘れてはいないフィシスの言葉。この耳で確かにそう聞いた。
フィシスに限らず、船のみんなをブルーが愛しているのなら…。
(…もしかしなくても、みんなブルーの恋人だとか?)
恋人ではないなら愛人だろうか、フィシスともやたら親密そうに見えたから。恋人なんだと思い込んだ末に、勝手に失恋したほどだから。
(そうなのかも…?)
この船のみんながブルーの愛人、と見開いた瞳。子供はともかく、大人は一人残らず、と。
けれど男性も多いわけだし、男同士のカップルなんかは有り得ないし…、と考えたものの、頭の中から消えない疑惑。「もしかしたら」と。
だから部屋にもあった端末、それを使ってデータベースにアクセスしてみて…。
(……嘘……)
男同士もアリだったんだ、と愕然とさせられた恋の実態。学校では教わらなかったこと。
もうちょっと詳しく、と調べようとしたら、「これ以上は駄目」と出たエラーメッセージ。
曰く、「十八歳になってから、また来てね」とでもいった所だろうか、その内容は。
(…うーん……)
よく分からない、と思うけれども、男同士でも恋は出来るというのが真実。ならば、フィシスが言っていた通り、ソルジャー・ブルーは船の仲間の全員を…。
(…男も女も、分け隔てなく…)
愛人にしているわけですかい! と唖然呆然、けれどもピンと来ないでもない。
(アタラクシアに帰せ、って言ったら、何処かからリオが出て来たし…)
あんな具合で、青の間には常に誰かが侍っているのだろう。愛する人の世話をするために。
ソルジャー・ブルーが何か言ったら、「はいっ!」とお相手、あらゆることで。
(一緒に食事とか、お喋りだとか…)
きっとそういう世界なんだ、とジョミーが派手にやらかしてしまった勘違い。
それに加えて、「十八歳になってから、また来てね」というエラーメッセージも気になる年頃。
なんとか突破できないものか、とソルジャー候補のストレス解消とばかりに挑み続けて…。
ある日、開けてしまった道。エラーメッセージの向こうにあった大人な世界。
(……なんだか、色々……)
どんなカップルも恋もあるよね、とジョミーは納得してしまった。
世の中、男女の恋だけではなくて、男同士にも色々あると。上とか下とか、表現、様々。それに老け専とか、好みの方も山ほどらしい、と。
(…全部こなすのがブルーなんだ…)
相手が女でも男でも…、とビビるしかないブルーの素顔。シャングリラの誰もがブルーの愛人。
そうなってくると、組み合わせの方も星の数ほどあるわけで…。
(…リオが相手だと、ブルーは受けになるのかな…?)
それとも偉そうにしていたのだから、攻めなのだろうか。いやいや、ブルーが偉そうでも…。
(……女王様っていうのも、あるみたいだし……)
決めてかかっちゃいけないよね、とフィシスのことで学んでいたから、思慮深く。思い込みでは語っちゃ駄目だ、と。
(…ゼルやヒルマンだと、どうなるんだろう?)
老け専なのは分かるんだけど、と若きジョミーの悩みは尽きない。
フィシスばかりか、船の仲間の全てを愛しているのがソルジャー・ブルー。
この船は奥が深すぎるよねと、ブルーの全てを理解するには何年かかることだろう、と。
(…そのスキル、まさかソルジャーには必須とかじゃないよね…?)
ぼくにはとても真似出来ないよ、とブルッているのがソルジャー候補。
船を守るだけで許して欲しいと、皆を愛するのは絶対無理、と。
受けでも攻めでも男は勘弁、女の子の方に限定したい、と。
(…それって、ソルジャー失格かな…?)
だったらホントにヤバイんだけど、と勘違いしたままで過ごしたジョミーは、後に宇宙へ逃れた船でヒッキーの道を突き進む。
いきなりブルーが眠ってしまって、ソルジャーにされてしまったから。
船の仲間を分け隔てなく愛する立場にされたから。
(……五十歳上でも、フィシスだったら……)
歓迎だけれど、いくら若くてもキムやハロルドは困る。ゼルやヒルマンなどもう論外だし、船を纏めるキャプテンだって。
(…ブリッジに行ったら、絶対、言われる……)
どうして仲間を愛せないのか、と突っ込まれるに決まっているから、ヒッキーの道。
引きこもっていれば、受けだの攻めだの、悩まなくてもいいのだから。
誰かのベッドに引っ張り込まれて、それは恐ろしい目に遭わされなくても済むのだから…。
少年の悩み・了
※ジョミーはフィシスを「美少女」なんだと思ってたよね、と考えたらこうなったオチ。
五十歳も上の「おばあちゃん」でも、ゼルとかヒルマンよりは「若い女性」な分だけマシ。
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