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ソルジャーの寝相

(もう駄目っぽい…)
 着替えも無理ならシャワーも無理、とベッドにパタリと倒れたジョミー。
 もう動けない、と。
 ソルジャー候補の日々はハードで、シゴキの方も半端なかった。来る日も来る日も、長老たちに引き摺って行かれるサイオン訓練。
 かてて加えて、新たな試練が降って来た。
(舞台衣装じゃないんだからさー…)
 なんだってコレで訓練なわけ、と泣きたいキモチになったブツ。それは仰々しい衣装。
 白地に金をあしらった上着、それから手袋、ついでにブーツ。おまけに赤いマントまで。全部が揃ってこそのソルジャー、この船ではそういう考え方。
 つい数日前に出来たばかりのソルジャーの衣装、フルセットでガッツリ着せられた。
 あまつさえ、それの着こなしチェックが入る有様、あらゆる場面で。
 「マントはそうじゃありません!」だとか、「品が無いのう…」という冷笑だとか。
 ああだこうだと長老たちが文句三昧、歩き方まで指導付き。マントが品よく靡くよう。ブーツの踵がカッコ良く音を立てるよう。
(…指の先まで神経を配れって言われても…)
 その状態でサイオン訓練だなんて無理すぎだから、と愚痴を言ってもどうにもならない。自分はソルジャー候補なのだし、現ソルジャーのブルーはといえば…。
(…完璧に着こなすらしいしね…)
 流石はカリスマ、と嘆きたくても、いつかは継がねばならないソルジャー。
 考えただけで疲れがドッと来るから、起き上がる気力も出なかった。もう駄目ぽ、と。
 遠い昔のネットスラング、それと被ったのは偶然なだけ。
 其処で意識は途切れてしまって、眠りの淵へと落ちたのだけれど…。


「ジョミー・マーキス・シン!!」
 凄い怒声で破られた眠り。
 ハッと気付けば、長老たちが立っていた。鬼の形相で、ベッドの側に。
「…え、えっと…?」
 寝過ごしたのか、と慌てたけれども、時計が指している時刻は真夜中。
 なんだってこんな深夜に長老たちが集っているのか、キャプテンも込みで。こんな所に。
(…何が起こったわけ…?)
 まさか緊急事態じゃないよね、と眠い目をゴシゴシ擦っていたら。
「なんということをしているのです!」
 自分の姿をよく御覧なさい、とエラに言われた。思いっ切り眉を吊り上げて。
(……???)
 何か変かな、と自分の身体に目を向けてみたら、ソルジャー候補の服を着たままだった。倒れてそのまま寝てしまったから、ブーツまで履いていたわけで…。
「ご、ごめんなさい…!!」
 直ぐに脱ぎます、と慌てて脱ごうとしたブーツ。途端に飛んで来た罵声。
「何も分かっておらんのか! 馬鹿者めが!」
 これじゃから若いのは駄目なんじゃ、と頭から湯気を立てているゼル。他の面子も苦い顔。
「…分かってないって…?」
 何がでしょうか、と低姿勢で出たら、ピシャリと足を叩かれた。ブーツの上から、ヒルマンに。
「これだよ、寝るならこのままでだね…」
 きちんと寝たまえ、と入った指導。ソルジャーたるもの、この制服で寝てこそだ、と。


 そんな馬鹿な、とガクンと落ちたジョミーの顎。
 けれども長老たちは真面目で、キャプテンだって大真面目だった。
 曰く、「ソルジャー・ブルーは、そうしておられる」。
 ミュウのカリスマたる超絶美形は、そのイメージを保ってなんぼ。まるで王侯貴族のように。
「たとえ具合が悪くったってね、面会したい仲間もいるしさ…」
 そういう時にパジャマではねえ…、とブラウが振っている頭。パジャマや部屋着で面会したなら値打ちも何も、と。
 ソルジャーの威厳がまるで台無し、それでは話になりはしないと。
「そうなのです。ですから、ソルジャーは常にマントも含めて、全てお召しで…」
 ブーツも履いてお休みになっておられるでしょう、とエラがズズイと押し出して来た。言われてみれば、ソルジャー・ブルーはそうだった。
(…ぼくが初めて会った時にも、今だって…)
 ソルジャーの衣装をフルセットで着けて、その状態で寝ているブルー。マントもブーツも、手袋だって。上着もキッチリ着込んだままで。
 ということは、もしかしなくても…。
「…本当にコレで寝ろってこと!?」
 今日まで何も言われなかったのに、と反論したら、ハーレイにジロリと睨まれた。
「我々は待っていたのだが? 君が自覚を持ってくれるまで」
「そうじゃぞ、ワシらにも多少の情けはあるからのう…」
 しごくばかりが能ではないわい、と恩着せがましく言ってくれたゼル。
 どうやらソルジャー候補の制服については、猶予期間があった模様。着たままで寝ようと、自分自身で決めるまで。…そういう覚悟が生まれるまで。


 ジョミーが全く知らない間に、部屋の何処かに監視カメラが仕込まれていた。ソルジャー候補の制服での寝相、それを子細にチェックするために。
 長老たちの部屋から見られるモニター、今夜ようやく出番と相成ったらしい。
 もう駄目ぽ、とベッドに倒れ込んだから。シャワーも着替えもとても出来ない、と服を着たまま眠りに落ちてしまったから。
「いいかね、君の寝方はこんな具合で…」
 我々が見ていた光景はこうだ、とヒルマンが出して来た録画。それの中には、右へ左へと転がる姿が映っていた。マントはグシャグシャ、足に絡まったりもしているし…。
(……なんだかヒドイ……)
 自分で見たって、まるで救いの無い寝相。此処で誰かが入って来たなら、幻滅するに違いない。なんて寝相の悪い人かと、これがソルジャー候補なのかと。
(ブルーの寝相が凄くいいから…)
 比べられて馬鹿にされるよね、と言われなくても分かること。長老たちが怒る筈だと、部屋まで突撃して来たのだって、至極もっとも、ごもっともです、と。
「…ジョミー?」
 お分かりですか、と睨んでいるエラ。「こんなことではいけません」と。
「……分かってます……」
 もうションボリと項垂れるしかなくて、指導付きでの就寝の儀。
 マント捌きから足の運び方まで、口うるさくチェックが入りまくりで。「いいですか?」と。
 ベッドに上がる時にはこう、と。横になる時はこういう具合で、上掛けをかける時はこう、と。


 そして翌日から、完全に無くなってしまった自由。
 サイオンの特訓でヘロヘロになっても、ベッドまで監視つきだから。たまにはパジャマで寝たい気持ちでも、そうしようとしたら…。
「ジョミー・マーキス・シン!」
 ソルジャー候補の自覚はどうしたのです、とエラが走って来る始末。直ぐに着替えて、あっちの衣装で寝るように、と。
 エラが走って来ない時には、他の面子がやって来る。ゼルもヒルマンも、ブラウだって。
 こんなに遅い時間だったら大丈夫、と高を括ってパジャマを着たって、恐ろしい顔のハーレイが入って来るだとか。
(…あれって、シフトを組んでいるんだ…)
 絶対そうだ、と分かるけれども、自分の方では組めないシフト。
 あちらは五人もいるというのに、「ジョミー」は一人だけだから。別のジョミーに後を任せて、ぐっすり眠れはしないから。
(…叱られずに寝ようと思ったら…)
 安眠できる夜が欲しかったら、マスターするしかない寝方。
 マントも上着もブーツまで込みで、まるっと着たままグッスリ眠れる行儀良さ。
(……なんで、こういうトコまでカリスマ……)
 別にこだわらなくっても、と思ってはいても言えない文句。ソルジャー・ブルーは、同じ寝方で楽々と寝ているのだから。…生きた手本がいるのだから。


(…もう駄目っぽい…)
 ぼくの人生、マジで終わった、と泣きそうだったジョミーだけれど。
 寝る時間さえも奪われたんだ、とブツブツ愚痴を零したけれども、慣れというのは怖いもの。
 いつの間にやらマスターしていた、ソルジャー候補の服で寝ること。
 それは遥かな後の時代に、大いに役立つことになる。
 人類軍との激しい戦闘の最中、ソルジャー・シンは常にキリッと寝ていたから。
 トォニィが「グランパ!」と夜の夜中に飛び込んで行っても、「どうした!?」とソルジャーの衣装を纏って起き上がったから。
 最初はジョミーを舐めていたナスカの子供たちだって、それには恐れ入るばかり。
 「ソルジャー・シンは凄い人だ」と、「寝ている時も気を抜かない」と。
 あんな人には勝てやしないと、生まれながらの戦士でソルジャー、と。
 それを着たまま寝ている理由も知らないで。
 遠い昔にはとても寝相が悪かったなんて、夢にも思わないままで…。

 

         ソルジャーの寝相・了

※ソルジャー・ブルーがあの服装で寝ていたんなら、ソルジャー・シンも引き継ぐ筈、と。
 あの服装で寝るのが一番楽、というネタでも書いてますけどね。「ソルジャーの制服」を。





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