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裏切り者の薬

(ぼくは腰抜けの裏切り者なんだ…)
 だから今だってこんな所に、とマツカが噛んだ自分の唇。「臆病者だ」と。
 国家騎士団が開発中のAPDスーツ。
 アンチ・サイオン・デバイス・スーツ。…装着者を超能力から防御するもの。
 これが完成してしまったなら、今まで以上の危機に晒されるミュウ。自分と同じ力を持つ者。
(…ぼくがキースを助けたから…)
 どんどん悪い方に行くんだ、と分かっているのがミュウの運命。
 一番最初は、ジルベスター・セブンからキースを救い出したこと。行方不明のキースを捜して、降下中だった時に呼び掛けられた。「あなたはミュウか?」と。
(…あの時、ぼくが応えていれば…)
 呼び掛けた声に応じていたなら、全ては変わっていたのだろう。
 キースは生きて戻ることなく、ジルベスター・セブンも滅びなかった。あの星にいたミュウたちだって。
 きっと一人も欠けたりはせずに、地球を目指していたのだろう。…今と同じに。
(…ソルジャー・ブルー…)
 ミュウの前の長、彼も自分が見殺しにした。キースが撃つのを止めもしないで。
 何もかも全部、自分の罪。
 メギドの炎がジルベスター・セブンを滅ぼしたことも、ソルジャー・ブルーが斃れたことも。


 取り返しのつかない、大きすぎる罪。
 けれど詫びさえ口にしないで、人類の中で生きている自分。しかもキースを守りながら。
(…襲撃も、爆破も…)
 キースを狙った暗殺計画、どれも成功したことはない。セルジュたちの存在も大きいけれども、一番役立つ化け物が自分。
 …銃の弾さえ、受け止めることが出来るから。キースの食事に盛られている毒、それも察知して密かに処分してしまうから。
(…ぼくがキースを守る度に…)
 消えてゆくのがミュウの命で、今だってそう。
 APDスーツが完成したなら、全軍きってのゴロツキどもが集められるのだろう。命知らずで、金さえ貰えば何でもする者。…ミュウを端から残らず虐殺することだって。
(この間だって…)
 キースが無表情に見ていたモニター、それの向こうで無残に撃ち殺されたミュウたち。
 開発中のAPDスーツを纏った部隊に、あどけなさが残る女性までもが。
 あんな調子で、子供たちも殺してゆくのだろう。ミュウの子供なら、それは敵だと。
 生まれたばかりの赤ん坊さえ、銃で頭を吹き飛ばして。


(…だけど、ぼくには…)
 止める術が無い、そんな力を持ってはいない。
 もしも力を持っていたなら、とうの昔に逃げ出していることだろう。ミュウの船へと。
 何処かから小型艇を一隻奪って、ミュウの船がいる宙域へ。
 通信回線を使うことなく、思念波で彼らに呼び掛けたなら…。
(きっと迎えて貰えるんだ…)
 モビー・ディックに、ミュウの母船に。
 これまでに犯した罪も問われず、「よく逃げたな」と労われて。
 「国家騎士団にいたなら、知っている限りの情報を頼む」と、好待遇で。
 けれど出来ない、離れられないキースの側。
 最初に命を助けられたから、本当のキースを知っているから。
(でも、それだって…)
 ミュウたちから見れば、ただの言い訳。
 腰抜けだから逃げることさえ出来ないのだと、「お前はただの臆病者だ」と。


 そう言われても仕方ない…、と零れる溜息。
 自分は此処から逃げる気も無いし、これからもキースを守るから。
 そのつもりだから、裏切り者。
 APDスーツを纏った部隊がミュウを残らず殺す日が来るのを、知っていて知らぬふりだから。
(…あれが完成したら、ミュウたちは…)
 今度こそ滅ぼされるのだろう、一人残らず。
 キースはそういうつもりなのだし、開発を急がせているのだから。
(ぼくには、それをどうすることも…)
 出来ないんだ、と俯いた所へ、入って来たのがまだ若い兵士。国家騎士団の制服の。
「アニアン大佐のお食事をお持ちしました」
 お願いします、と渡されたトレイ。側近の自分が運ぶべきもの。
 受け取ってキースに持ってゆく前に…。
(…この食事は…)
 安全だろうか、とサイオンで探る。
 毒を察知する力は無くても、それを誰かが入れていたなら、分かるから。
 人類でも思念は残るものだし、良からぬ企てをしていたのならば、それを自分が防ぐから。


 これは…、と調べてゆくトレイ。載せられた皿を一つずつ。
(…これは大丈夫で、この皿も…)
 何も怪しい所はないな、とチェックしていった最後の皿。其処で止まってしまった視線。
(……誰かが入れた……)
 盛られたシチューに、有り得ないものを。調味料ではないものを。
 おまけに毒でもなかったそれ。
 使いようによっては、毒になるかもしれないけれど。…それを狙って入れたのだけれど。
(……物凄く頑固な……)
 便秘用だ、と分かった下剤。
 一週間どころか十日ほども出ないで困っている人、そういう人間の御用達。
 入れた人間の心を感じる、「アニアン大佐なら、さぞ効くだろう」と。
 日々の運動を欠かさないキース、食生活にも抜かりはない。便秘などとは無縁な人物、いつでも快食快眠な人。…ついでに快便。
 そんなキースに、これほどの効き目を秘めた下剤を飲ませたら…。


(もう絶対に…)
 腹を壊して、ピーピーになることだろう。下痢止めだって効きはしなくて、もはや離れられないトイレの個室。
 どうしても個室を出ると言うなら、個室の前にベッドを置かねばならないくらい。
 催して来たら、直ぐにトイレに駆け込めるように。ベッドを出たなら五秒でトイレ、とズボンを下ろす間に飛び込めるトイレ、そういう場所に置くべきベッド。
 最高に気の利く側近ならば。
 キースがトイレの個室に立てこもることを、良しとしないで出て来るのなら。
(…強烈すぎる下剤だけれど…)
 このままシチューを持って行ったら、もう大惨事になるのだけれど。
 恐らくキースは三日間ほどトイレと友達、APDスーツの出来を確かめるどころではない。彼の仕事は止まってしまって、チェックするキースがいないのならば…。
(…APDスーツの開発は…)
 きっと遅れるに違いない。キースが指揮をしているのだから、指揮官不在になるわけだから。


 ならば、と見詰めたシチューの皿。
 これをキースに運んで行ったら、後は下剤の出番になる。キースは食事を残しはしないし、空になるだろうシチューの皿。…中に仕込まれた下剤ごと。
(十日も出ないで困っている人と、キースだと…)
 まるで違う、と自分でも分かる。シチューに下剤を仕込んだ人物、そちらの方でも百も承知で。
(…キースの足を引っ張りたい誰か…)
 それに間違いないのだけれども、毒の代わりに強力な下剤。場合によっては薬になるもの、酷い便秘に苦しむ人なら救世主と言っていいくらい。
(キースが飲んだら、とんでもないことになるだけで…)
 人によっては大喜びだ、と見詰めるシチュー。
 飲めば頑固な便秘が解消、スッキリするだろう辛かった腹。いきみすぎた時は、見舞われる悲劇だってある。とてもお尻が痛くなるとか、もう座るのも辛いだとか。
(そういう人には薬なんだし…)
 毒とは違う、と自分に向かって言い聞かせた。これは薬で、良薬は口に苦しだから、と。
 キースの場合は腹に苦しで、腸に苦しかもしれないけれど。
 腸も腸粘膜もまるっとやられて、お尻さえもが悲鳴なのかもしれないけれど。


(…ぼくが届けに行ったなら…)
 三日間ほどは遅れるだろう、APDスーツの開発計画。
 毒ではなくて、薬のせいで。
 キースがトイレに籠ってしまって、其処から出られなくなって。
(出たとしたって、きっと五分と経たない内に…)
 トイレに走ってゆくだろうから、個室の前に置くべきベッド。いざという時、トイレから離れた場所にいたならマズイから。…ズボンを下ろして座る時間が無くなるから。
 その状態では、もう絶対に執れない指揮。
 APDスーツの完成を如何に急がせていても、キース抜きでは進まないのが開発計画。
(…ぼくは裏切り者だけど…)
 ミュウを散々裏切ったけれど、これからも裏切り続けるけれど。
 裏切り者でも、キースを守って生きてゆこうと決めているのが自分だけれど…。
(…三日間だけ…)
 ほんの三日にしかならないけれども、ミュウたちのために時間を稼ごうか。
 これが毒なら運ばないけれど、毒ではなくて薬だから。…頑固な便秘の人には福音なのだから。


 一度だけだ、と決意したマツカ。
 シチューに毒など入っていないし、入っているのは救世主とも呼べる良薬。
 頑固な便秘は、放っておいたら手術なのだと聞いているから。下剤を飲むのが遅すぎたならば、開腹手術になるという話も耳にしたから。
(…良薬は口に苦し、だから…)
 キースの場合は、ちょっと薬が効きすぎるだけで、とマツカが運んだ食事のトレイ。
 APDスーツを巡る報告を見ているキースに、「食事をお持ちしました」と。
 臆病な自分に喝を入れながら、「裏切り者でも、たまには役に立ちたいから」と。
 三日間だけ稼げそうな時間、その間に頑張って欲しいミュウたち。
 APDスーツの開発をそれだけ遅らせるから、少しでも前へ進んで欲しい。
 今日まで重ね続けた裏切り。これからも重ねるだろう裏切り、その罪滅ぼしに三日だけ。
 薬入りのシチューで、キースを足止めしておくから。
 強力すぎる下剤を飲ませて、トイレの側から離れられないようにさせるから。


(…すみません、キース…)
 ぼくが看病しますから、とキースに心で詫びたマツカは頑張った。
 臆病者の裏切り者なりに、なけなしの度胸で届けたシチュー。頑固な便秘の人が飲んだら、狂喜しそうな下剤入り。
 かくしてキースは、三日間ほど現場から姿を消すことになった。
 APDスーツの出来具合を見に出掛けたくても、トイレから離れられないから。たったの五分も離れていたなら、脂汗どころではなかったから。
「マツカ…!」
 トイレットペーパーが切れる前に運んで来ておかないか、と個室で叫んでいるキース。
 もっと紙をと、ありったけ運んで来ておけと。
 「私がトイレに入っている間に、ベッドも快適に整えておけ」と。
 そのベッドはと言えば、個室の前にドカンと据えてあるのだけれど。ベッドから出たら、五秒でトイレな場所に置かれているのだけれど。
(…ぼくはキースを裏切ってなんか…)
 いないと思う、とマツカは甲斐甲斐しく世話を続ける。
 自分が此処で頑張る間に、ミュウたちにも努力して欲しいと。
 APDスーツが出来つつあると気付いてくれと、これが自分の精一杯の罪滅ぼしだから、と…。

 

         裏切り者の薬・了

※マツカはキースに「毒を盛らない」そうですけれど。…毒に気付かないふりなら可能。
 本当の毒なら処分な所が、便秘薬はスルーしたらしいです。切実に欲しい人もいますしねv





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